凪は日輪と共に   作:蜜柑凪

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途中から視点が変わります。


第弐話 弟子

「まず、お前にはお館様に会ってもらう。」

「は…」

 

思わず気の抜けた声が漏れる。

 

姉と別れ、鱗滝さんは開口一番そう告げた。

鱗滝さん曰く、鴉で俺についてのことを報告していたらしい。すると、お館様は是非一目会いたい、と。

普通、鬼殺隊の長であるお館様には柱でも、まして隊士でも無い人間が会うことなど到底叶うような人物ではない。

 

呆然とする俺を他所に事は進んでいき、

現在。俺は花木薫る閑静な産屋敷邸の一室に鱗滝さんと共に案内されていた。

 

襖が開かれる。

鱗滝さんが片膝をつき首を垂れる。俺もそれに合わせるように平伏する。

 

「今日はよく来てくれたね。」

「お館様におかれましても御壮健で何よりです。益々の御多幸を切にお祈り申し上げます。」

「ありがとう。左近次。」

 

「君が義勇だね。」

「はい。」

 

聞いているだけで心地よい声。穏やかな気持ちになる。

その顔に病はまだ見られない。

 

「今日は来てくれてありがとう。私の我儘に付き合わせてすまないね。」

「いえ。こちらこそお会いできて光栄です。」

 

深々と頭を下げる義勇の顔にお館様の手が触れた。

その手は優しく温かくて。

顔を上げ、見たお館様の顔は穏やかでどこか物哀しい様子だった。

 

「君は強いね。義勇。」

「誰かの悲しみや死の記憶を見るのは辛いだろう。それでも君が前を向いて大切な人を守れたことを誇らしく思うよ。よく頑張ったね。」

 

その言葉に自然と涙が流れた。

 

「姉と幸せに暮らせる筈の君を鬼殺隊へと導くことを許してほしい。鬼を倒すために力を貸してくれるかな。」

 

「御意。」

「俺はまだ弱いです。異能すら持たぬ鬼をやっと倒せるぐらいです。ですが、必ず強くなり記憶の中の悲しみを失くせるよう励みます。」

 

「ありがとう。」

 

 

温かな日が照らす。

どこまでも穏やかな陽気が漂っていた。

 

 

 

 

**

 

「今日からお前達の弟弟子となる冨岡義勇だ。」

 

そう言って、俺達が鱗滝さんに新たに紹介されたのは、ボサボサの髪を後ろで一つに括り、顔に流水のような痣のある、青い目を持った無表情な同い年の少年だった。

 

「俺は錆兎だ。よろしくな。」

「私は真菰だよ。これから仲良くしようね!」

「―…ああ。」

 

たった一言。そう返した義勇はどこか儚く、流れる水の如く掴みどころがない男だと思った。それが、俺の親友であり弟弟子ともなる義勇の第一印象だった。

 

 

 

 

俺達は同じ年で男ということもあり、すぐに仲良くなった。

義勇は表情筋が本当に仕事をしているのかというほどに無表情なことが多かったが、鮭大根を食べている時と、時たまに俺達といるときに笑顔を見せることがあった。

また、義勇はどこか抜けた所のある奴だった。

あいつは圧倒的に言葉が足りない。

よく食事時に顔を米粒だらけにしているし、犬に追い掛けられ、涙目になっていた時はさすがに真菰と共に笑ってしまった。

そんなどこか大きな子供のような義勇に年下のはずの真菰がお姉さんぶるものだから尚更おかしかった。

 

義勇は強かった。

どこで教わったのか、すでに水の呼吸の型を修得しており、日の呼吸という錆兎達も見たこともない呼吸の型を覚えていた。

ただ身体だけができていないだけだった。

俺は燃えた。負けられないと思った。

それは真菰も同じようで、俺達は切磋琢磨し合った。

 

 

 

――それから三ヶ月が経った頃。

 

「錆兎。義勇。お前達にもう教えることはない。」

 

唐突にそう鱗滝さんから言われた。

そうして案内されたのは、俺達の身の丈を優に超える二つの大岩の鎮座する所だった。

 

「この岩を斬れたら〝最終選別〟に行くのを許可する。」

 

そう言って鱗滝さんは背を向けた。

 

岩に触れる。

大きくて、それに硬い。おそらくただ闇雲に刀を振るったのでは斬ることなど到底叶わない。先に刀の方が折れてしまう。

 

「義勇。お前は斬れるか?」

「いや。まだ無理だ。身体ができていない。それは錆兎も同じだ。」

「そうだな。」

「最終選別まであと半年。それまで死ぬほど鍛える。そうするより他ないだろう。」

「そうだな。男なら。」

 

グッと決意を胸に刀を握った。

 

 

 

それから俺達は鱗滝さんから教わったことを反復し、真剣でやり合った。

真菰はたまに様子を見にやって来た。

自分だけ試練を課されなかったことにやや不満そうだったが、楽しそうに二人の様子を見ていた。

女で、年も身長も筋力もまだまだ足りない今のままでは、自分は鬼を斬ることが叶わないことを理解しているのだろう。

真菰はやや子供っぽいところがあって言動もふわふわしているが、聡明な子だから。

 

 

義勇と修行中、濃い霧に誘われて狐面を身に着けた11人の少年少女が姿を現した。

聞けば、彼らは俺達と同じように孤児であるところを鱗滝さんに拾われ育ててもらったらしい。

「俺たち、鱗滝さんが大好きなんだ」。皆、一様にそう言った。

彼らは、俺達の悪いところを指摘してくれ、無駄な動きや癖のついているところを直してくれた。

 

彼らを見る義勇の顔は儚げだった。それは初めて会った際、錆兎と真菰を見たときと同じ顔をしていた。

義勇は彼らに言った。

「俺達は必ずアイツに勝つ。仇を討つ。ちゃんと帰る。鱗滝さんを悲しませはしない。」

 

義勇の言葉の意味を俺は分からなかった。その意味はいくら聞いても教えてはくれなかった。

彼らは呆気に取られていた。けれど、すぐにニコリと笑った。

 

「ありがとう。」

 

そう言って彼らは姿を消した。

 

 

 

――最終選別まで一週間をきった頃だった。

俺と義勇は真剣を持ち、向かい合っていた。そこには両者から漂う常にない気迫があった。

 

男の顔だ。

一枚の木の葉が舞い、地へと落ちた瞬間、それが合図となり互いの刀が交わった。

 

止まることなく幾度となく鳴らされる剣戟の音。打ち合いの苛烈さを物語るように刀から激しい火花が飛び散る。

 

――【水の呼吸 捌ノ型 滝壷】

――【水の呼吸 参ノ型 流流舞い】

 

錆兎と義勇の操る水はまるで違う。

義勇の水が『静』とするなら、錆兎の水はまさに『動』だ。義勇は防御を得意とし、錆兎は攻撃を得意としている。

 

 

幾度、技を繰り出し、刀が交わっただろう。

互いの顔を見て分かる。おそらくこれが最後の型となることに。

真正面からの真剣勝負。シィィイイと呼吸を集中させる。

 

――【水の呼吸 拾ノ型 生生流転】

 

うねる龍のごとき連撃。

水の呼吸の型において最強の技であり、錆兎が最も得意とする型だ。

決める!

 

――【水の呼吸 拾壱ノ型

 

それは凪いだ水面のように静かで美しかった。

思わず見惚れるほどに。

 

【凪】

 

キィインと錆兎の攻撃は帰された。

錆兎の手から刀が弾き飛ばされ、遠くの地面へと突き刺さった。

義勇の刀が錆兎の首元に添えられる。

 

「俺の負け、か。」

「ああ。」

 

腰を着いた俺に義勇の手が伸ばされる。その手を取って俺は立ち上がった。

 

「やっぱり義勇はすごいな。結局、一度も勝てなかった。それに最後の技。あれは見事としか言いようがない。まさか新しい型を作り出すとは。」

「そんなことはない。」

 

負けはしたが、不思議と悔しさは無かった。それどころか満足感が漲っていた。

義勇との剣戟で自分もまた強くなっているとの実感を得られたからだろうか。それとも水の新たな可能性を見たからだろうか。

水の呼吸の型は壱から拾まで。それは長い鬼殺の歴史の中で受け継がれてきた必殺の御業。

それを修行して一年と経たずに新たな道を切り開いた弟弟子を誇らしく思う。

負けていられないな。

 

 

 

 

義勇と二人、大岩の前に立つ。

これが最後の試練。

ヒュッと刀を振りかぶる。そこには綺麗に真っ二つに割れた二つの大岩があった。

 

「よくやった。」

 

後ろから声が聞こえた。

そこには鱗滝さんの姿があった。

二人して頭を撫でられる。その手はしわがあり骨ばっているが、優しく温かい。その手は鱗滝さんの性格をそのまま表しているかのようだった。

 

「よく頑張った。錆兎。義勇。お前達は凄い子だ……。」

 

その言葉に自然と涙が流れた。

 

 

 

狭霧山を下り、鱗滝さんの住む家へと着く。

 

「あ!おかえり~!錆兎。義勇。」

「おかえりなさい。」

「「は…」」

 

義勇と二人、随分と間抜けな声を出してしまった。

家の中には真菰と、黒髪を三つ編みで纏めた見知らぬおしとやかで綺麗な女性がいた。大和撫子とはこういう女性をいうのだろう。

そして、その女性の膝枕にてじゃれて遊ぶ真菰の姿。

いやいや。真菰。お前は何をしている。というかその人は誰なんだ。

それにしても、この人誰かに似ているような…。一体…。

 

「蔦子姉さん…!」

 

その疑問は瞬時に義勇の声によって解決された。

姉さんって…。この人は、義勇、お前の姉なのか。たしかに整った顔立ちや涼しげな目元は実にそっくりだ。彼女を見たときの既視感にも説明がつく。

だが、義勇。俺はお前に姉がいたことを今、初めて知ったんだが?お前はもう少し自分のことを話せ。というか、真菰。お前は本当に何をやってるんだ。

 

「姉さん、なんでここに…」

「あら。かわいい弟の姿を見に来ちゃいけない?もうすぐ選別に行っちゃうって手紙にも書いてあったし。ちゃんとお見送りしたいじゃない。それに手紙だけのやり取りだけじゃ味気ないもの。やっぱり顔を見たいじゃない。それに久々に鱗滝さんや、錆兎くんや真菰ちゃんに会ってみたかったもの。」

 

スッと蔦子さんは俺に目線を合わせてくる。

 

「初めまして。錆兎くん。私は冨岡蔦子。義勇の姉です。いつも弟がお世話になっています。」

「あ。俺は錆兎です。」

 

「ふふっ。あなたには一度会ってみたかったの。義勇ってば、手紙にあなたのことをよく書いてくれたから。正義感が強くて心の優しい、強くて自慢の親友で兄弟子だ…」

「ね、姉さんッ!!」

 

義勇が蔦子さんの言葉を大声で遮る。

初めて聞く義勇の大声だった。義勇の顔は耳まで真っ赤だ。

 

「義勇…。」

「………。」

 

感極まって泣きそうだ。お前、俺のことそんな風に思っていてくれたんだな…。

 

「え~?錆兎だけ~?私は~?」

「ふふっ。もちろん真菰ちゃんのこともあったわよ。可愛くておっちょこちょいで、お転婆な妹だ、って。」

 

「義勇~?」

 

真菰が義勇の耳を引っ張る。相変わらず、義勇は無表情で顔には出ていないが、それは地味に痛そうだ。

 

「もう!私が妹じゃなくて、私が『姉』で義勇が『弟』だからね!」

 

そこなのか…。

ふんっと満足気に胸を張る真菰にプッとみんなして笑った。

 

 

 

それから選別までの間を蔦子さんは俺達と過ごした。

蔦子さんは優しくて温かかった。今は亡き母の面影を思い出して泣いてしまったのは、内緒だ。

ちなみに、その様子は運悪く真菰が見ていて、すぐさま義勇と鱗滝さんの知るところとなったが。蔦子さんはいつもと変わらず優しく微笑んでいた。

蔦子さんは料理上手で、義勇の好物の鮭大根や、俺や真菰、鱗滝さんの好物も作ってくれた。絶品だった。

 

そして、最終選別を前日に控えた日。

俺達は鱗滝さんから厄除の面という悪いことから守ってくれるという狐面をもらった。

俺の面は、俺と同じ顔に傷のあるもので、義勇の面は義勇と同じ左頬に水流のような痣のあるものだった。

蔦子さんからは、俺に白い羽織を、義勇には右半分が小豆色の無地・左半分が亀甲柄の羽織を仕立ててくれた。

真菰からは腕に着ける編み紐をもらった。

 

 

最終選別当日の朝。

身支度を整え、腰に刀を差し、授かった面と羽織、編み紐を身に着ける。

 

「最終選別、必ず生きて帰ってこい。皆で待っている。」

「二人の大好物作って待ってるからね。必ず帰ってくるのよ。」

「絶対!絶対!帰って来てねぇぇえ!!」

 

「はい!行ってきます!」

「―…行ってくる。」

 

見送ってくれた三人に手を振り、義勇と錆兎は思い出の詰まった狭霧山に背を向けた。

必ず生きて帰る。

たしかな誓いを胸に――…。

 

 

 

 

 

**

 

時は日没。夜の闇をたった一つの欠けた月が照らしている。

場所は最終選別の行われる藤襲山。そこには夥しい藤の花が咲き乱れている。

 

「これは…壮観だな。」

「ああ。」

 

すでに、緊張した面持ちで青褪める者、サラツヤな髪の者、顔に傷をこさえ辺りを睨みつける者、どこか涼しい顔で佇む者、多種多様な参加者が集まっていた。

 

まだ開始まで時間はあった。

 

「錆兎。」

「どうした。義勇。」

「約束しろ。たとえ何を知ろうと呼吸を乱すな。生きろ。生きて帰りを待つ者がいることを忘れるな。」

 

義勇はいつにない真剣な声音だった。そして、初めて会った時と同じようにどこか儚げな表情をしていた。

そうか…。義勇、おまえ…、

 

「俺の死を見たんだな。」

 

義勇は呆然とした顔をしている。なんで…、そう掠れた声が漏れている。

なぜ知っているのか、そう顔に書いてあった。

 

 

 

義勇は過去と未来へと繋がる悲しみと死の記憶を見ることができる。

 

それを知ったのは、義勇が来てそう経たない頃だった。

夜、寝静まった頃、ウッと嗚咽のような音を聞き、俺と真菰は目を覚ました。横を見れば、普段は表情の変わらない義勇が苦しそうに涙を流していた。

義勇が何に苦しんでいるのかは知らない。もしかしたら、大切な人が鬼に食べられた時の夢でも見ているのかも知れない。

ただただ義勇の苦しみが楽になるようにと、俺と真菰は義勇の頭を撫でるしかできなかった。

 

それから義勇が夜、苦しみ出すことはしばしば起こった。

時たまに、胡蝶だとか、炭治郎だとか人の名を呼ぶこともあった。呼ばれる名は一つではなかった。

俺と真菰はそんな儚く脆い義勇が心配で、だが当人に聞くのは憚られたため、鱗滝さんから事情を聞き出した。

鱗滝さんは最初渋ってはいたが、俺達の真剣な眼差しに教えてくれた。

 

聞いた時には言葉が出なかった。

ああ。義勇はなんて強いのだろう、とそう思った。それと同時に危ういと思った。

そして、俺達は義勇を支えたいと思った。義勇を支えられるような強い人になろう、そう誓った。

思えば、より修行に励むようになったのはそれがキッカケだと思う。

 

 

 

 

そして現在。

俺は義勇の頭に手を乗せる。わしゃわしゃと髪を乱した。突然の錆兎の行動に義勇は目を丸くしていた。

 

「大丈夫だ。俺は生きて帰る。お前の知った記憶のようにはならない。安心しろ。」

「―…ああ。」

 

義勇の儚げな表情は変わることはなかった。

錆兎は知っているのだろうか。努力はどれだけしてもし足りない。努力は必ず報われるわけではない。どれだけ強く願っていても祈っていても、どうにもならない残酷な現実は必ず存在しているということに。

 

 

 

 

 

**

 

「皆さま。今宵は最終選別にお集まりくださってありがとうございます。」

 

そう言って、姿を見せたのは、白樺の木の精と見間違うほどに浮世離れした美しさを持つ女性。

産屋敷あまね様。お館様の御内儀だ。

彼女と会ったのは、義勇がお館様と対面する際に案内していただいて以来なので、実に半年ぶりだった。

彼女の腹部はわずかながらに膨らんでいる。おそらく記憶どおりであれば、そこには輝利哉様達がいらしゃるのだろう。

身重の身でわざわざ来てくださるとは…。産屋敷家の心遣いと礼節に胸が熱くなる。

 

「この藤襲山には、鬼殺の剣士様方が生け捕りにした鬼が閉じ込めてあり、外に出ることはできません。山の麓から中腹にかけて鬼共の嫌う藤の花が一年中狂い咲いているからでございます。しかし、ここから先には藤の花は咲いておりませんから、鬼共がおります。この中で七日間生き抜く。それが最終選別の合格条件でございます。」

 

「では行ってらっしゃいませ。」

 

その言葉を合図に、皆一斉に山の中へと駆け上がった。

 

 

 

 

「うぉおおお!久々の人肉だぁああ!!」

「喰わせろぉぉおおお!!」

 

義勇と錆兎の前には鬼が二体。

 

――【水の呼吸 陸ノ型 ねじれ渦】

――【水の呼吸 参ノ型 流流舞い】

 

互い合わせになり鬼を斬る。

 

 

「きゃあああ!!」

「うわぁぁああ!!」

 

二つの悲鳴が聞こえた。それはちょうど東側と西側。真反対の位置だ。

 

「義勇!」

「ああ。」

 

目を合わせ、伝え合う。言葉はなくとも、互いの言いたいことは十分に理解している。

義勇は東側に、錆兎は西側の方へと足を向ける。

 

「七日後!必ず生き残って再び会おう!」

「ああ!」

 

その言葉を最後に少年達は駆け出した。

 

 

 

 

 

**

 

「うわぁぁああああ!!」

 

義勇は悲鳴のする方へと駆ける。

そこには、二体の鬼に追い詰められた一人の少年の姿。刀を持つ手は震えている。

 

――【水の呼吸 弐ノ型 水車】

 

義勇は少年に迫った手を切り落とす。

 

「無事か。」

「あ、ああ。ありがとう。」

「あとは一人で斬れるか?」

 

義勇にとってこの程度の鬼を片付けるのは造作もない。だが、それでは意味がない。この少年の成長とならないし、きっと心にしこりを残すことになる。『記憶』の中の自分がそうだったように。

 

「ごめん。ちょっと無理そう…。」

「そうか。ならば援護はする。トドメはお前が差せ。」

「う、うん!」

 

声はやや頼りないものだったが、刀はしっかり鬼へと向いている。

 

――【水の呼吸 参ノ型 流流舞い】

 

義勇は少年に迫る攻撃をいなす。

 

――【雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃】

 

神速の雷が鬼の頸を掻き切った。鬼の身体はボロリと崩れ、灰と消える。

 

「き、斬れた!よかった~!!」

 

少年はしかと刀を握りながらも、へにゃりと涙目を浮かべる。

 

「あの!助けてくれてありがとう!!」

「俺は特に何もしていない。お前の実力だ。」

 

その言い分に少年は苦笑した。

彼がいなかったら自分は死んでいたし、何より自分を信じて任せてくれた。

 

「じゃあな。」

「あの!本当にありがとう!!」

 

去っていく後ろ姿を見る。

かっこいいなぁ。俺もあんな風に…。

よし!パンッと頬を叩く。

少年は決意の宿った強い目をしていた。

 

 

 

 

少年と別れた義勇は瞬く間に鬼共を一掃していく。

また、悲鳴があればすぐさま駆け付け、気力を失くしてしまった者などは別の人間に預けるなどしていた。

ともかくも、錆兎と合流しなければ。

 

ふぅと息を吐く。

思い起こすのは、おぞましいあの『記憶』。刀が折れ、頭を潰され、血に染まっていく錆兎の姿。この選別が近づくにつれて日に日に鮮明になっていった。

大丈夫。錆兎は強い。必ず生きて帰ると約束した。だから大丈夫だ。

 

「きゃぁあああ!!」

 

また悲鳴が聞こえた。

誓った。錆兎だけではない。もう誰も死なせないと。悲しみを失くすと。

 

義勇は刀を握り、ひた走る。ただ誰かを救うために。

 

 

 

 

 

――最終選別六日目の夜。

初日で義勇と散り散りになった錆兎は鬼を斬り、助けを求める声があれば駆け付け、負傷した者や気力を失くした者は別の者に預けるなどということを繰り返していた。

未だに錆兎は、初日に別れてしまって以来、義勇とは合流できていないでいた。

けれど、自分より遥かに実力の高いアイツのことだ。この程度の鬼に手こずるなんてことは万が一にもありえないだろう。

何よりアイツは約束を守る男だ。俺達は必ず帰ると鱗滝さんと、真菰と、蔦子さんに約束したから。

 

 

ふいに肉の腐ったような激しい刺激臭が錆兎の鼻を突き刺した。俺は、鱗滝さんのように鼻が特別良いわけではない。けれども、それでも分かる腐敗臭に顔を顰めた。

 

「うわぁぁあああ!!」

 

再び悲鳴が轟く。

そこには逃げ惑う一人の少年と、巨大な体躯に何本もの太い腕が異形の鬼。

 

「なんで…こんなとこに大型の異形の鬼がいるんだ…!ここには人間を二、三人喰った鬼しかいないはずだろ…!?」

 

鬼の手が少年へと迫りくる。

 

――【水の呼吸 弐ノ型 水車】

 

「無事か…!!」

「う、うん!!」

「なら、さっさと逃げろ!!」

「は、はい!!」

 

少年は一目散に逃げていく。

その場にいるのは、錆兎と異形の鬼のみ。

 

「狐小僧。今は明治何年だ。」

「答える義理はない。」

 

刀を振るい、迫りくる腕を切り落とす。

手鬼はニタアと下衆た笑みを浮かべた。

 

「お前、強いなぁ。鱗滝の弟子に今までお前ほど強い奴はいなかった。」

「何故、お前が鱗滝さんの名を知っている…。」

「知ってるさァ!!俺を捕まえたのは鱗滝だからなァ。忘れもしない。アイツがまだ鬼狩りをしていた頃だ。江戸時代…慶応の頃だった。」

 

手鬼は指を折り、何やら数え始めた。

 

「十…。十一…。でお前で十二だ。」

「何を言っている…。」

「俺が喰った鱗滝の弟子の数だよ。アイツの弟子はみんな殺してやるって決めてるんだ。」

 

ドクンと心臓が高鳴った。ヒュウと呼吸が荒くなる。刀を持つ手がギリッと握り込められる。

 

「目印なんだよ。その狐の面がな。鱗滝が彫った面の木目を俺は覚えている。アイツがつけてた天狗の面と同じ彫り方。〝厄除の面〟とか言ったか?それをつけてるせいでみんな喰われた。みんな俺の腹の中だ。鱗滝が殺したようなもんだ。」

 

クスクスと手鬼は嗤い続ける。

 

「フフフフッ。これを言ったらアイツらみんなすぐガタが来やがったなァ。俺は手足を引き千切ってそれから」

「貴様ァァァぁあああああ!!!!」

 

これ以上聞くに堪えなかった。許さない。許さない!

怒りの咆哮。

全身から噴き出すような激怒が錆兎を突き動かす。

 

脳裏を過るのは、狭霧山で修行をつけてくれた11人の子供達。

義勇の言葉が蘇る。

『俺達は必ずアイツに勝つ。仇を討つ。』

あいつは知っていたんだ。この手鬼の存在も。こいつに殺された兄、姉弟子のことも。だから、あんなことを…。

 

突進し、迫りくる全ての腕を薙ぎ払う。

こいつだけはここで…!

 

『呼吸を乱すな。』

 

ふいに義勇の声が脳裏に響いた。

そうだ。〝仇を討つ〟。そう言った義勇の言葉にはまだ続きがあった。

 

『ちゃんと帰る。鱗滝さんを悲しませはしない。』

 

その瞬間、今まで怒りで錆兎の目の前を真っ赤に染め上げていたものが急に鮮明になった気がした。

何故忘れていた。義勇と交わした言葉を。大事な約束だっただろう。

こんなに呼吸を乱して、怒りのままに突進して、そんなんでこいつに勝てるはずもない。

あの優しい鱗滝さんを俺まで悲しませるというのか。

 

『生きろ。生きて帰りを待つ者がいることを忘れるな。』

 

そうだ。約束したんだ。蔦子さんと。真菰と。鱗滝さんと。そして、義勇と。必ず生きて帰るって。

 

フゥウウと呼吸を、意識を集中させる。

 

――【水の呼吸 壱ノ型 水面斬り】

 

意識を集中させた確実に頸を斬る一太刀。どんなに固くとも関係ない。その一太刀は確実に手鬼の頸を斬ることになる。常ならば。

錆兎はこの七日間、義勇のいない方の西側の鬼をほぼ一人で殲滅してきた。

助けを求める声があればすぐさま駆け付けた。

それゆえ、刀を酷使し過ぎた。その負荷が今、一気に出た。鬼の頸へと触れ、そのまま掻き切ろうとした瞬間、パキンと刀が真っ二つに割れた。

 

(しまった……!!)

 

目の前の手鬼が気色悪くニタアと嗤う。

奴の手が錆兎へと迫る。

錆兎の脳裏を駆け巡るのは、大切な人達のこと。

 

真菰。蔦子さん。鱗滝さん。ごめんなさい。

義勇。ごめん。必ず生きて帰ると約束したのに…。

 

その時、赤き日の光を見た気がした。

 

 

 

衝撃はいつまで経っても来なかった。

 

「無事か。錆兎。」

「義勇…?」

 

義勇の持つ紅き刀に光が反射する。

俺に迫った手鬼の手を義勇が斬ってくれたのだと理解する。

 

「ククッ。また来た。俺の可愛い狐が。」

 

「義勇!あいつは…!」

「知っている。」

 

義勇の心は凪いでいるように思えた。不自然なほどに。

 

「錆兎。約束した。お前と。兄弟子、姉弟子と。あいつは俺に任せてくれ。」

「―…ああ。」

 

大丈夫だという確信があった。

義勇なら安心して任せられると。

 

 

義勇に伸びた腕が迫る。

 

――【日の呼吸 参ノ型 烈日紅鏡】

 

「――は?」

 

手鬼は何が起きたか分からなかった。

今、コイツは何をした…!?

目を逸らしたことは一瞬たりともない。だが、気付いたときには頸の守り以外に使った手を全て斬られていた。

何が起こったのか。こいつが刀を振るった瞬間さえ見えなかった。

 

(どういうことだ…!?コイツに斬られた腕が再生しない!!)

 

鬼は人間とは違い、頸を斬られない限りどんな傷だろうと立ちどころに癒える。

にもかかわらず、何故、こいつの刀で斬られた腕が再生しないんだ!!

 

「無駄だ。俺の赫刀は鬼の再生力を阻害する。まして、お前は血鬼術も使えぬただの異形。なおさらだ。」

 

なんだ…?コイツ…?

なぜ、こんなにも落ち着いていられる?

こいつは無だ。こいつからはまるで殺気を感じない。俺に刀を向けている、にもかかわらず、だ。

まるで水とでも対面しているかのようだ。

なんだ、こいつは…。気持ち悪い。言いようのない悪寒で汗が止まらない。

 

こいつの姿が目前に迫る。

この音。この姿。覚えがある。重なる。あの時と。

 

「鱗滝!!!」

 

――【水の呼吸 壱ノ型 水面斬り】

 

スパンと頸が斬れ、ごろんと転がった。

―…は。

斬られた。斬られた。

くそ。くそ。くそぉ。

コイツもきっと俺を蔑むような目で見るんだろ。

くそっ。最期に見るのが鬼狩りの顔なんて――…

 

「俺はお前を許さない。」

 

「錆兎を殺そうとしたお前を。俺達の兄、姉弟子を嬲り殺したお前を。鱗滝さんを苦しませたお前を。」

 

なんで…。

言葉は俺を責め立てるものなのに、なんでお前は泣きそうな顔をしてるんだ。

 

「だが、お前の兄は待っていてくれる。だからもう怖がることはない。大丈夫だ。」

 

手鬼の手に義勇の手が添えられる。

自然と涙が溢れてきた。

この手に似た温もりを知っている。

 

『兄ちゃん。手ェ握ってくれよ。』

『しょうがねぇなあ。いつまでも怖がりで。』

 

―…ああ。そうか。俺はずっと…

 

「あ…りが……とう…。」

 

その言葉を最期にパラリと灰になって散っていった。

 

 

 

 

「義勇!」

「錆兎。」

 

鬼を倒した義勇に錆兎が駆け寄る。

 

「やったのか…。終わったんだな。」

「ああ。」

 

ふいに濃い霧が義勇達の周りを立ち込めた。

そこには、11人の狐面をつけた少年少女達がいた。

 

「お前たちは…――」

 

「ありがとう。約束を守ってくれて。」

「鱗滝さんをこれ以上悲しませる前にあの鬼を斬ってくれて、ありがとう。」

「ちゃんと帰って鱗滝さんに言ってあげてね。『ただいま』って。」

「俺達は伝えることができなかったから。」

「頑張れ。俺達はずっと見守ってるよ。あの狭霧山で。鱗滝さんと一緒に。」

 

『―…またね。』

 

「待っ…!!」

 

錆兎の止める声にお構いなく子供達は消えた。

霧が晴れる。

 

「錆兎。帰ろう。一緒に。皆が待つ狭霧山へ。」

「―…ああ!」

 

長い夜が明ける。

 

こうして七日後。義勇と錆兎は無事最終選別を終えた。

藤襲山の鬼は全て義勇と錆兎に倒されることとなった。

のちに、この年の最終選別は語り継がれることとなる。『一人の死者も出さずして全員が最終選別を通過した』記録として。

 

 

 

狭霧山の麓。

そこには帰りを待っていてくれた大切な家族の姿。

 

「よく生きて戻った!!!」

「おかえりなさい。義勇。錆兎くん。」

「よかったよぉぉお!!大丈夫って分かってても、ホント心配したんだからぁぁああ!!」

 

ぎゅっと強い力で抱き締められる。涙で羽織が濡れていく。

温かな家族の温もりを感じる。

ああ。やっと帰って来れたんだ。きっと彼らもずっと見守ってくれている。

義勇と顔を見合わせる。

 

「「ただいま。」」

 

ずっとこの言葉を待っていたんだ。

 

 

 

 

 

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