凪は日輪と共に   作:蜜柑凪

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今回の話は、途中、煉獄槇寿郎さんの回想が入ります。


おそらく言われることであろうため、最初に謝っておきます。ごめんなさい。
この展開にご不満・ご意見がございましたら、遠慮なくお申し付けください。修正致します。


第弐拾話 守るべきもの

吸い込まれた上下左右めちゃくちゃの屋敷の中へと炭治郎は落ちていく。

技を繰り出して軌道を変え、建物のどこかを掴もうにも体勢が悪く、落下の圧で踏ん張りがきかない。このままでは、底に叩きつけられて死ぬ。

ふいにグイッと羽織の端を掴まれた。手摺の先には兄弟子の姿。

 

「錆兎さっ…」

 

炭治郎の羽織の端を掴んだ錆兎は足場のある先に着地させる。

 

「大丈夫か!」

「はい。ありがとうございます。助かりまし…た。」

 

背後に襲い来る鬼を咄嗟に斬る。

ここは既に敵地だ。気を抜いている暇なんてない。

 

 

「ギャァァアアア!!死ぬぅ!!」

「うっせぇ…。」

 

ふいに、上方から、聞き慣れた甲高い悲鳴が響いた。そこには見知った金髪の目立つ友人の姿がある。

 

「善逸!」

 

彼の傍には、やや目つきの鋭い首元に勾玉をつけた黒髪の男の姿がある。善逸と同じ柄の羽織を纏っていることからいって、同門だろうか。

その人は、善逸を思いっ切り蹴飛ばし、炭治郎達と同じ足場へと着地させる。次いで、自身も足場のある場所に着地した。

善逸はうぅっと唸っている。たしかに、さっきのはかなり痛そうだった。

 

 

「痛ったたた…。」

 

善逸は蹲りながらも腰を擦る。これ、絶対、打ち身になってるよ。もの凄い痛いもん!

 

「ちょっと!兄貴!何すんのさ!めっちゃ痛かったんだけど!」

「ハッ。ギャアギャアうるせぇ。俺のおかげで叩きつけられておっ死ぬのは回避できただろうが。礼の一つぐらい言ったらどうだ。」

「あー!そうでしたね!打ち身ができる程、思いっ切り蹴っ飛ばされたけどね!」

 

少しは炭治郎の兄弟子の錆兎さんを見習ってほしい。

あの人は弟弟子の気遣いを忘れない良い人だしさぁ。獪岳ももっと俺に対して優しくしても良いと思うよ。うん。

 

 

ぶちぶちと内心、文句をぶうたれていると、襖が開いた。中には数多の鬼の姿。

 

「ギャアッ!」

 

ホンットこんなのばっか!

 

 

――【水の呼吸 陸ノ型 ねじれ渦】

――【水の呼吸 参ノ型 流流舞い】

 

――【雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃】

――【雷の呼吸 参ノ型 聚蚊成雷】

 

鬼が灰となって消えていく。

善逸は刀を収めた。

 

「行くぞ。炭治郎。」

「はい!」

 

…いや。おかしいよね…?

炭治郎の兄弟子の錆兎さん…。何なのあの人。

炭治郎の僅かな動きで、何の技を出すか把握して自分も斬り合わないように技を出すとかさぁ…。普通にできる芸当じゃないよね!?

何なのさ。あの人。普通にいって、柱以上の実力あるよね。なんで継子なの?

あ。あれだね。今の水柱が強すぎるだけだね!幾度となく上弦を倒して、生き残ってるしさぁ。最早、人間じゃないよね。

だったら、その継子も柱と同等の実力者になるはずだよね。なーるほどね!

 

「おい!いつまで呆けてるつもりだ。さっさと来い。善逸。」

「わかってるってばぁ。」

 

…やっぱ俺の兄弟子は優しくない!

 

 

 

 

 

――進む道すがら。

ドンドンッと激しい音が響いてくる。

足場が揺れる。立つことだけで精一杯だ。

 

こちらに近づいてくる。上から感じる。

その匂いに。音に。炭治郎も善逸も覚えがあった。

忘れようはずもない。自身の無力を突き付けられたあの日のことを。あの日、告げられた思いと言葉を胸に、死に物狂いで努力し続けた日々のことを。

 

「久しいなァ。よく生きていたものだ。お前らのような弱者が。」

 

それは『上弦の参 猗窩座』の姿だった。

 

 

 

 

 

 

**

 

煉獄槇寿郎がその者に初めて会ったのは、まだその者が少年といって差し支えの無い年の頃。

八丈島に巣食う鬼の討伐任務でのことだった。

 

「初めまして。この度、同じ任務に就く運びとなりました。階級『戊』。冨岡義勇と申します。」

 

冨岡は、流れる水の如く掴み所の無い、物静かな少年だった。

 

「あ、ああ。炎柱 煉獄槇寿郎だ。よろしく頼む。」

 

そんなありふれた返ししかできなかった。

一瞬。瞬きを忘れた。その蒼き瞳に吸い込まれた。気圧された。

 

冨岡のことは、かねてより話に聞いていた。

水の呼吸、そして一番初めに生まれたという最強の呼吸たる日の呼吸の使い手。

鬼殺隊の最終選別にて、同門の少年と共に藤襲山の鬼を全て狩り、鬼殺隊に入隊して間もない内に『戊』となった鬼才。

 

年の頃は息子の杏寿郎と何ら変わらない。まだほんの子供だ。にもかかわらず、その才。

槇寿郎の肚の奥深くにぞろりと何かが疼いたような気がした。

 

「炎柱様?」

 

首を傾げ、こちらを窺う少年の姿にハッと意識を戻す。

 

「いや。済まない。何でもない。行こう。」

 

バッと炎を象った羽織を翻し地を駆ける。胸の奥に疼いたものに気付かぬふりをして。

 

 

 

 

――【水の呼吸 壱ノ型 水面斬り】

 

冨岡の一太刀が蛇鬼の頸を斬る。

それは、しなやかに流れる、とても美しい水の御業だった。

 

 

 

俺達は任務を終え、帰路に着いた。

蛇鬼に捕らわれていた少年は煉獄家にて保護し、また、冨岡もしばしの間、煉獄家に滞在した。

 

その夜のことだった。

皆が寝静まった頃。槇寿郎はやけに目が冴え、屋敷内を渡り歩いていた。

その時、ヒュウと独特の呼吸音が聞こえた。

音に導かれた庭先。そこに冨岡の姿があった。

 

――【日の呼吸 壱ノ型 円舞】

――【日の呼吸 弐ノ型 碧羅の天】

――【日の呼吸 参ノ型……

 

冨岡は赤き赫刀を振るい、十二の型を何ら疲れた様子も見せず、ただ静かにずっと繰り返し続けていた。

それはあまりにも美しいものだった。思わず息を忘れるほどに。

刀を振るう冨岡はどこか人ではない、神がかった神聖なもののように見えた。

美しき赫刀と日の舞。

自身の赤く染まった刀や炎とはまるで違う。この『日』に比べたら、自身の炎など所詮、みすぼらしい紛い物だ。

 

自分の無能に打ちのめされた。

そして、それを畳み掛けるかのように最愛の妻である瑠火が病死した。

それからは見るに堪えない。酒に溺れ、息子達に当たり、蹲り続けた。そして、そんな自分を心底、嫌悪した。

 

だが、眩い日によって打ちのめされた俺を掬い上げたのも、また同じ若き日の光だった。

 

 

 

 

煉獄槇寿郎は鬼殺隊の指揮を執る輝利哉様の部屋の前に守りを固めていた。

年端もゆかぬ子供達が我が身を奮い立てている。

しかれば、それに報いるためにも私も、命を賭してお守りする。

 

空を見上げた。夜はまだ明けない。

けれども、愛しい大切な息子達の無事を祈って――…。

 

 

 

 

 

**

 

炭治郎達と猗窩座との間で激しい攻防が繰り広げられる。

水柱の継子たる錆兎はもちろんのこと、獪岳、そして、あの夜、蹲るばかりで何もできなかった炭治郎と善逸も貪欲に喰らい付いている。

 

――【破壊殺・乱式】

――【水の呼吸 拾弐ノ型 嵐】

 

錆兎により無数に放たれた斬撃が猗窩座の技の衝撃を相殺する。

 

「見たことがない技だ。以前殺した水の柱は使わなかった。」

 

 

―『拾弐ノ型 嵐』。

それは、義勇が新たに編み出した間合いに入った術を全て凪ぐ防御の型である『拾壱の型 凪』と背中合わせとなるように間合いに入った術を全てを吹き飛ばす程の激しい攻撃が放たれることから名付けられた、義勇と並び立つために錆兎が独自に編み出した攻撃の型だ。

 

 

――【ヒノカミ神楽 烈日紅鏡!!】

――【雷の呼吸 霹靂一閃・八連】

 

炭治郎・善逸共に技を繰り出すが、猗窩座の姿は掻き消え、背後を取られる。

目で追えない。凄まじい速度だ。

 

――【水の呼吸 弐ノ型 水車】

――【雷の呼吸 参ノ型 聚蚊成雷】

 

炭治郎と善逸に攻撃の入る刹那。激しい水と雷が猗窩座の腕を斬り落とし、身体に波状の攻撃が入る。

しかし、瞬く間にそれは再生され、激しい攻撃が繰り出される。

 

――【破壊殺 脚式 流閃群光】

 

畳と襖を何枚も抉るほどの攻撃が繰り出され、錆兎の身体が遥か彼方へと弾き飛ばされる。

 

「錆兎さん!!」

 

次いで、瞬く間に移動した猗窩座の姿が炭治郎の眼前へと迫る。

炭治郎は不格好ながらも刀に力を加える。

 

――【ヒノカミ神楽 灼骨炎陽】

――【破壊殺 鬼芯八重芯】

 

「炭治郎!」

 

あまりの衝撃に刀はビリビリと震え、なんとか踏ん張ったものの、それでも身体は壁へと飛ばされた。

猗窩座は大した傷もなく、コキコキと首と指を鳴らしながら、ニヤリと嗤った。

 

「いい動きだ。短期間でよくぞここまで鍛錬したな。褒めてやる。竈門炭治郎。あの夜、地面に転がっていたお前は圧倒的弱者、雑草でしかなかった。だがどうだ!!今のお前は!!目を見張る成長だ!!俺は純粋に嬉しい。心が躍る。」

 

その笑みは新たな獲物を見つけた獰猛な肉食獣に似ている。

 

「だが、お前達は駄目だ。」

 

そう言って、視線をやるのは善逸と獪岳の姿。

その瞳は蔑みの色を映している。

 

「お前達は片や雷の呼吸を壱ノ型しか使えず、片や壱ノ型だけ使えない。実に未熟だ。たしかに技の速さと力強さがあることは認めよう。壱ノ型を応用させた技も使えるようだ。だが、それだけだ。かつて殺した鳴柱は六つの型を使え、技の練度もお前達とは比べ物にならない。だが、お前達はどうだ。お前達のような弱者には虫唾が走る。反吐が出る。」

 

その言葉に善逸はギュッと刀を握り締める。

そうだ。俺には才能がない。雷の呼吸の型も壱ノ型しか使えない。

弱いし、泣いて逃げてばかりだ。

けど、じいちゃんはそんな俺を認めてくれた。獪岳と二人で後継だ、って。

俺はそれに報いたかった。

だけど、いざ戦うってなると嫌という程に分かってしまった。俺じゃ上弦の参に喰らい付くだけで精一杯で、自慢の速さも上弦の参にはすぐに順応された。

 

炭治郎はすごい。

優しくて、強くて、俺とは全然違う。上弦の参とも渡り合ってる。

 

ごめん。じいちゃん…。やっぱり俺なんかじゃ…。

 

「ふざけるなッ!」

 

炭治郎の怒号が空気を震わす。

 

「善逸は強い。善逸は上弦の陸と戦った時も、そして今までも何度も俺達を助けてくれた。善逸がいなかったら、俺は今、ここにいない。撤回しろ。善逸を侮辱するな。」

「炭治郎…。」

 

―…ありがとう。

 

俯いていた顔を上げ、前を向く。その瞳は力強い。

 

「そうだ。上弦の参。あんたの言うように俺は弱いよ。いっつも泣いて逃げてばかりだ。」

「善逸…。」

「けど、こんな俺にだって信じてくれる人達がいる。俺はそれに応えたい。隣に立ちたい。肩を並べて戦いたいんだ!これはそのための力だ。」

 

――【雷の呼吸 漆ノ型 火雷神】

 

羽織が破れるほどに激しい龍と思しき雷の斬撃が猗窩座を襲う。

 

「…すごい……。」

 

炭治郎は思わず感嘆の声を呟いていた。

とても速くて力強い技だ。速すぎて目で追えなかった。

六つしか型のない雷の呼吸から新しい型を編み出すなんて。やっぱり善逸はすごい。

 

 

 

その様子を見ながら、獪岳はギリィと歯を食いしばる。

あいつが繰り出した漆ノ型を綺麗だと思った。あいつをすごいと思った。

なのに、自分はどうだ?

上弦の参に有効な打撃を与えることもできずに、ただ見ているだけで。

ハッ。なんてざまだ。

 

あの泣き虫で逃げてばかりの弱っちいカスだった善逸がやったんだ。

兄の俺ができなくてどうする。

 

刀を構え、攻撃に転じる。

 

――【雷の呼吸 捌ノ型 大雷神】

 

莫大な威力の雷の虎が猗窩座を襲う。その雷は先ほどの善逸の雷と共鳴し合い、より深い攻撃へと転じていく。

無数の斬り傷が刻まれた猗窩座の身体。

 

「先ほどの発言は撤回しよう。お前達もまた良い!」

 

彼はニヤリと獰猛な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

**

 

痣を出した錆兎さん、そして、獪岳さんと善逸と共に炭治郎は代わる代わる技を出し、一瞬の休息を取り入れながら猗窩座の猛攻を防ぎ、戦い続けていた。

その中で炭治郎は、()()()。透き通る世界で、よりハッキリと動きや筋肉の収縮が鮮明に分かった。

何だろう。不思議だ。入った透き通る世界では、動きがとてもゆっくりに見えた。

 

――【ヒノカミ神楽 斜陽転身】

 

 

猗窩座の頸が斬れる。

その中で炭治郎は、かつて義勇に告げられたことを思い出していた。

 

 

 

 

 

**

 

それは、まだ左脚の骨折が治っていないことから柱稽古に参加できず、義勇さんに手紙で水柱邸へと呼ばれた時のことだった。

 

「お前に伝えておかなければならないことがある。それは狛治――…いや…。『上弦の参 猗窩座』のことだ。」

「!」

 

 

――それは、何ともまあ、惨めで滑稽でつまらない話であり、それ以上にとても哀しい一人の男の話。

 

男には病で苦しむ父親がいた。けれど、薬は高く、貧しい身の上では、薬一つ満足に買えず盗みを繰り返した。

幾度となく捕まり、男の腕には罪人の証である六本の線の入れ墨が刻まれていた。男の父はそれを悔い、自ら命を絶った。

江戸の所払いの刑を受け、流された地で、心優しい道場主に拾われた。

鍛錬に励み、道場主の娘と恋に落ちた。

 

けれど、その幸せは長くは続かなかった。

 

それは、男と娘が祝言を挙げる矢先のことだった。

道場主と娘は、毒殺された。隣接する剣道道場の者達が井戸に毒を入れた。

男はその時、亡き父の墓参りに行っていたため、二人の傍にいなかった。

 

男は怒りと憎しみのままに隣接する剣道道場を襲撃し、剣道道場の六十七名を惨殺した。

その先で、男は無惨に出会った。

多量の血を入れられ、男は――、狛治は『人』としての記憶を失い、鬼に――『猗窩座』となった。

 

 

 

 

 

どれくらいの長い時間、その話を聞いていただろう。

気づけば、炭治郎の瞳からはボロボロと涙が溢れ出ていた。

それはなんて悲しい…。

 

「俺はあの夜、猗窩座を――、狛治を助けることができなかった。俺の言葉は届かなかった。」

「義勇さん…。」

「だが、炭治郎。お前ならきっと俺のできなかったことができる。お前は狛治の師 慶蔵さんに似ている。きっとお前の言葉なら届くはずだ。

 ――だから、頼む。炭治郎。猗窩座を――、狛治を助けてあげてほしい…。」

 

「はいっ!!」

 

 

 

 

 

**

 

――託された想いがある。

 

 

「思い出せ!生まれ変われ!狛治ッ!!」

 

炭治郎は思いっ切り猗窩座の頬を殴る。

猗窩座は、その痛みに、その姿に今は亡き大切な師の面影を見た。

 

気づけば、真っ暗な空間の中にいた。

そこには、愛する人の姿があった。ずっと待っていてくれた。

 

「ごめん。ごめん。守れなくてごめん。大事な時、傍にいなくてごめん。気付かなくてごめん。待っていてくれて、ありがとう。」

「私たちのことを思い出してくれて良かった。元の狛治さんに戻ってくれて良かった…。」

 

「おかえりなさい。あなた…。」

 

彼女の元に還りたかった。

けれど、それには狛治は多すぎるほどの罪を犯した。

まだ、彼女達の元には還れない。己が償わなければならぬ事がある。

 

「俺はやらなくちゃいけないことがあるんだ。もう少しだけ待っていてくれますか。必ず帰ります。あなたの元へ。この約束は決して違えません。」

「はい。私はあなたの妻ですから。ずっとあなたの帰りをお待ちしています。」

 

「いってらっしゃい。あなた。」

「はい…。いってきます。恋雪さん。」

 

ハラリと狛治の姿が雪のように消えていく。

その背を恋雪はいつまでも見送っていた。

 

 

 

 

 

 

**

 

「頭が再生しかけている!?」

「クソが!」

 

頸を斬っても死なぬ猗窩座の姿に錆兎と獪岳は刀を振るう。

けれど、その切っ先は猗窩座へと届くことはなかった。それぞれの弟弟子達が彼らの刀を握るその手を掴み止めていた。

 

「おい!善逸!てめえ、一体、どういうつもりだッ!!」

 

猗窩座は頭を再生しかけている。攻撃の手を止めている暇はない。畳み掛けなければ。

それくらいのこと、こいつだって理解している筈だ。

なのに、何故、止めやがる!?

 

「わかんない…。」

「はァ!?……ッ!」

 

善逸のその言葉に青筋が浮かぶ。けれど、善逸の表情を見て、思わず固まった。

 

「てめえ…。善逸…。なんで泣いてやがる…。」

 

善逸の瞳から一筋の涙が頬を伝っていた。

 

「俺だって自分が泣いてる理由なんか、よく分かんない。けど、聞こえるんだ。猗窩座から優しい音が。なんでかな。あんな音聞いたら、俺、あいつを斬るべき鬼だなんて思えない。」

「善逸…。」

 

 

 

 

 

「放せ!炭治郎!」

「錆兎さん!待ってくださいッ!!」

 

他方で猗窩座を斬ろうとする錆兎とそれを止めようとする炭治郎も、どちらも譲らぬ掛け合いが続いていた。

 

 

その傍らで猗窩座の姿が変わっていく。

身体中を覆っていた罪人の証である六本の線の入れ墨は両腕へと収束し、紅梅色だった髪は黒髪へと変わっていく。

鬼の特徴たる牙と縦に割れた瞳はそのままだったが、瞳に浮かんでいた『上弦・参』の文字は完全に消えていた。

 

 

炭治郎は感じていた。

優しく降り積もる雪のように染み渡る温かくて、真っ直ぐな匂い。

ああ。きっと、これは狛治さんの匂いなんだ…。

 

「狛治さん…?」

「ありがとう。竈門炭治郎。おかげでやっと思い出せた。」

「いえ…。俺は何も…。お礼なら義勇さんに。俺は義勇さんに託されたものを繋いだだけですから。」

「そうだな…。あの男にも礼を言わねばなるまい。」

 

それはとても優しい微笑みだった。

猗窩座が見せていた獰猛な笑みとはまるで違う。きっと、これが『狛治』としての本来の笑みなのだろう。

 

「俺は自分を見失い、数多の人を殺した。それは決して許されない。俺は償わなければならない。たとえ、この身だけでは償いきれるものでなくても。」

「狛治さん…。」

 

次いで優しく、どこか物悲しいような瞳が炭治郎達に向けられた。

 

「お前達は俺を許さなくていい。俺が犯した罪を決して許すな。だが、それでも。共に戦うことを許してくれないだろうか。」

 

狛治さんから感じたのは、とても自己嫌悪に満ちた匂い、そしてそれ以上に強い決意を宿した匂いだった。

その言葉を信頼できると思った。

 

「はい!よろしくおねがいします!」

 

力強く炭治郎は頷く。その隣で善逸も頷いてくれていた。

 

「まぁ、俺は炭治郎みたく割り切れるってもんじゃないけど。けど、あんたが嘘をついてないってことは音で分かる。だから信じるよ。あんたの言ってること。馬鹿だって呆れられてもいい。俺は信じたい人を信じる。」

「善逸…。」

 

「お前達、お人好しだと言われないか。騙されて馬鹿を見ても知らないぞ。」

「大丈夫です!」

 

ムンッと炭治郎は自信いっぱいに胸を張る。

その様は何だかこちらの方が逆に心配になってくるほどだ。

はぁ、と狛治は深い溜め息を吐き出した。

 

 

ふいに「クソッ」と舌打ち混じりの錆兎の声が聞こえてきた。

 

「俺は!お前のことなど一切、信用していない!急に俺達と一緒に戦いたいと言って信用できるものか。ましてや先ほどまで戦っていた鬼相手に!」

「ああ。当然だな。」

 

むしろ、すぐに信用すると言った竈門炭治郎と我妻善逸の方が特異だろう。これは。

普通、錆兎の方が自然な反応だ。

 

「だが!俺は炭治郎の、大事な弟弟子の想いを無下にはできない!炭治郎達の想いを裏切ってみろ。俺は決して貴様を許しはしない!上弦の参 猗窩座!!」

「同感だ。てめえが妙な真似を少しでもしてみろ!俺がその頸を叩っ斬ってやる!」

 

錆兎の言葉に獪岳が続く。

 

「ああ。それでいい。」

 

屈託のない狛治のその笑みに錆兎と獪岳は思わず二の句が継げなくなった。

 

 

皆、傷も深いものではなく、気絶するほどのものでもないが、ボロボロだ。

それぞれ手当てを施した後、立ち上がる。

 

「行こう。」

 

まだ終わりじゃない。

無惨を倒すまでは。

 

進む。

それぞれの想いを胸に抱いて―――…。

 

 

 

 




…はい。
ご都合展開だということは分かっております。

実は今回の話、猗窩座は炭治郎と義勇にお礼を言って原作同様に消えていくか、恋雪さんの愛の力で無惨の呪いを外し、共闘していくかギリギリまで迷いました。

そこで、どうせなら原作とは違う展開にしようと思い、共闘していく方に決めました。
また、原作で鬼殺隊の面々が猗窩座を誤解していることが少し悲しかったこともあります。


次回は、童磨戦を予定しています。
ただ、拾話で若干、書き切った感があるので難産になりそうです。そして、絶対に短いものになると確信しております。
加えて、次回の童磨戦の構想を練っている内に、やや矛盾点が見られたため、拾話で義勇さんが使っていた呼吸を水の呼吸に変更しました。
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