イイのが思い付いたら、変えるかもしれません。
無限城の中へ落とされたカナエは、近くにいたしのぶと真菰と合流し、広い城内を探り歩いていた。
ここはどこだろう…。
廊下の脇には、水が張ってあり、蓮の花が咲いている。
ふいに血の匂いがカナエの鼻を捉えた。
そのことに否応なく既視感を覚えた。
扉の取っ手に手をかける。この扉の奥から血の匂いが漂ってきている。
おそらく、そこに
あの日、冨岡くんと二人がかりで朝まで粘ったけど、仕留められず、殺されかけたあの鬼。
「姉さん…?」
「カナエちゃん…?」
その声にしのぶと真菰ちゃんの方を見やれば、彼女達の瞳は不安気に揺れていた。
そして、気付いた。自分の取っ手にかけたその手が震えていたことに。
「ごめんなさい。もう大丈夫よ。」
そうよ。
何を恐れているの。この子達まで不安にさせてどうするの。
それに私は一人じゃない。この子達もいるし、何より私達の帰りを待っていてくれる大切な人達がいる。こんな所で怖気づいている場合じゃない。
震えを止め、扉を開ける。
そこには予想通りの上弦の弐 童磨の姿。
いつぞやのように彼の周りには、血に濡れ、喰い散らかされた数多の女性の遺体。彼はバリボリと貪り喰い、その口元は血に濡れていた。
「あ!やあやあ!久しぶりだね。カナエちゃん!嬉しいなぁ。また、会えるなんて。あの日は、君を喰べ損ねちゃったからさ。大丈夫!今度はちゃんと喰べてあげるから!冨岡くんがいないのは残念だけど。彼にはあの日、ひどく傷つけられたからさ。けど、代わりに若くて美味しそうな女の子が二人もいるんだもん。後で鳴女ちゃんに、ありがとうって言わなくちゃ。」
カナエの傍で、二つの色濃い怒りと殺気が膨れ上がるのを感じた。
しのぶの刀を握る手が怒りで震えた。
あまりの怒りで思考が真っ赤に染まる。
こいつが…この鬼が…、姉さんと義勇さんを…っ!!
あの日のことは今でも色濃くしのぶの脳裏に焼き付き離れない。
鴉からの報せ、その先で血濡れになって気絶した愛しい人と姉の姿。
蝶屋敷で昏睡し続ける姉さんと義勇さんの姿に、もう目を覚まさないんじゃないかって心臓が凍りそうになった。
目を覚ましてくれた時は本当に心から安堵した。けど、傷ついた姉さんと義勇さんの姿に、心が締め付けられた。
上弦の弐が憎かった。憎くて憎くて堪らなくて、それはどんどん蓄積され続け、膨らんでいった。
それは今も変わらない。
初めて見た、仇の姿。『上弦の弐 童磨』。そのヘラヘラと笑う様が憎くて仕方がない。
「落ち着きなさい。しのぶ。」
その声にハッと意識を戻す。
「姉、さん…。」
しのぶを律するような厳しい瞳。
それは『柱』としての姉の顔。
そうだ。何をしているのだろう。
こんなに感情を高ぶらせて。
感情の制御ができないのは未熟者。まして、私は『柱』。
対する相手は上弦の弐だ。そんなことで倒せる筈がない。
「へえ~。君はしのぶちゃんって言うんだね。カナエちゃんの妹なんだね。姉妹で鬼狩りかぁ~。きっと固い絆で結ばれてるんだね。うん。うん。大丈夫。俺は優しいからちゃんと姉妹仲良く救ってあげる。そっちの君は何て名前なのかな?」
そう言って、上弦の弐が視線をやったのは真菰だ。
「私は鱗滝真菰。冨岡義勇の姉だよ。」
「??えっホント?肉質の感じからして血縁っぽくないけど。若い女の子はだいたい美味しいからいいよ。何でも!」
――【水の呼吸 漆ノ型 雫波紋突き】
「わぁ。いきなりだねぇ。」
真菰の鋭い突きが童磨の頭部を貫く。
頭部を貫かれながらも、ニコニコと笑みを浮かべながら話すその姿は異常だ。
「けど、やっぱり冨岡くんの姉って言うのは嘘だね。」
童磨の足が真菰の腹を蹴り上げる。
「ガハッ…!」
「真菰さん…!」
その衝撃で華奢な真菰の身体は勢いよく飛ばされ、しのぶ達の元へと落ちる。
「だって、冨岡くんの雫波紋突きはもっと速くて鋭かったよ?ほら、見てよ。ここ。未だに傷痕が残ってる。」
そうして、捲った服の首元には、灼けるように深く抉られた傷痕があった。
「けど、君のはもう治っちゃった。」
「!!」
スゥーーッと真菰が与えた傷が跡形もなく消えていく。
ただの突き技では鬼は殺せない。頸を斬らなければ。しのぶのように鬼を殺せる毒を使えるわけでもない。
けれど、真菰は速さが取り柄だった。
『漆ノ型 雫波紋突き』。水の呼吸の中でも最速の突き技。速さを取り柄とする真菰の得意技だった。
これで仕留められないことは分かりきっている。けれど、少しでも傷を与えられたら。
なのに、こんなにも早く傷を治せるなんて…!
「突き技じゃあ鬼は殺せない。頸だよ。やっぱり頸を斬らなきゃ。」
――【蟲の呼吸 蜂牙ノ舞 真靡き】
不意の一突きが童磨を襲う。
「突きでは殺せませんが、毒ならどうです?」
「ぐっ。ガハッ。」
勢いよく吐血し、童磨の肌が毒々しい紫に染まっていく。
ふいに童磨の咽込む音が止まった。
ゆらりと顔を上げる。
「あれぇ?毒、分解できちゃったみたいだなあ。ごめんねえ。せっかく使ってくれたのに。」
口元が吐いた血に濡れ、瞳は血走り、肌に血管を浮き上がらせながら笑うその様は、とても異常で、これ以上なく不気味だった。
**
新たに駆け付けて来てくれた頼もしい加勢、カナヲと伊之助くんを交えながら童磨へと猛攻する。
しのぶが毒を打ち込み、その隙に皆で頸を狙ってもらう。
それでも、隙は僅かの間しかできず、どんどん毒は効きづらくなってきている。
これが…上弦の強さ。耐性がつくまでの早さが異常だ。
なおかつ、あいつの血鬼術からは常に呼吸を使う剣士にとっては天敵の、肺を壊死させるほどの氷の粒子が散布されている。
ホント、厄介な事この上ない。
――【水の呼吸 参ノ型 流流舞い】
「うん。うん。君の速さにはもう慣れたよ。」
瞬間、ビュシャッと血が舞った。
「真菰さん!」
「大丈夫。肩を斬られただけ。まだ戦えるよ。」
そう言って、真菰さんは強い意志を宿した瞳を向け、力強く刀を握る。
こちらは既に皆、だいぶボロボロだ。
対して、童磨は涼しい顔で立っている。このままではジリ貧だ。いずれ、限界が来て負ける。
ならば。連撃で大量の毒を打ち込む!
――【蟲の呼吸 蜻蛉ノ舞 複眼六角】
ブシャッと童磨から勢いよく血が飛び出す。
「いやあ君、本当に速いね!」
それと同時に、しのぶの斬られた傷口から勢いよく血が噴出する。
そんな…。なんという速さ…。見えなかった…。
「しのぶ!」
「しのぶちゃん!」
「しのぶ姉さん!」
「しのぶ!」
「大丈夫。心配しないで。致命傷ではありません。」
はぁはぁと荒い呼吸を繰り返す。
痛い。傷口が灼けるよう。けど、斬られた場所は急所から外れてる。
――あれ?
見えなかったのに。避けられなかったのに。
どうして急所が外れているんだろう。
目の前の鬼が、それを逃すなんてあり得ないのに…。
「毒じゃなく頸を斬れたら良かったのにね。それだけ速かったら勝てたかも。あーー。無理かあ。君、小さいから。」
ケラケラと目の前の鬼はしのぶの非力を嘲笑う。
それに呼応して周りの怒気が膨れ上がった。
『しのぶ。』
その中で声を聞いた。
とても大切で愛しい声。
――そうだ。思い出した。
それは柱稽古が始まってしばらくしてからのこと。
義勇さんに教えてもらった。
上弦に、鬼舞辻無惨に渡り合う力。『透き通る世界』と『赫刀』のことを。
『透き通る世界』。
無駄な動きを削ぎ落し、〝正しい呼吸〟と〝正しい動き〟で身体の中の血管一つ一つまで認識していくことにより、無我の境地へと至る。
それにより、相手の骨格・筋肉・内臓の動きが手に取るように分かり、透けて見える。
あの時、おそらく私は一瞬だけ入れた。
あの『透き通る世界』に。
だから、私は確実に致命傷となるはずだった童磨の攻撃を外せた。
そして、もう一つの力『赫刀』。
強く刀を握り締めることにより、刃は赫く染まる。その刃は鬼の再生力を阻害する牙となる。
このことを義勇さんに教えてもらった時、私ではできないと思った。
私は誰よりも力が弱かった。筋力が無いから鬼の頸を斬ることすらできない。
だから、きっと。私の力では刃を赫く染めることはできない。
けれど、そんな私に義勇さんは迷いなく言った。
『お前ならできる。』
真っ直ぐな蒼い眼差しがしのぶに注がれた。その瞳は確かな信頼に満ちていた。
『筋力は関係ない。非力な者でも、命の危機に瀕した時、人は真に爆発的な力を発揮する。〝赫刀〟は覚悟の力。お前の頑張りをずっと見てきた。お前なら必ずできる。保障する。』
それは誰よりもしのぶを信じる瞳だった。
**
――信じてくれる人がいる。
できる、できないじゃない。やらなきゃならないことがある。
「…姉さん。カナヲ。伊之助くん。真菰さん。あなた達に託します。私が必ず隙を作るから、頸を斬ってとどめを刺してね。」
――【蟲の呼吸 蜈蚣ノ舞 百足蛇腹】
筋肉の収縮。
これが『透き通る世界』。義勇さんが見ていた世界なんだ…!
加えて、童磨の身体には細胞を灼き続ける程の傷痕。
それは、あの夜、義勇さんが傷つけたもの。治癒しなかったんだ。
これは、この鬼の脆い部分。
義勇さんが導いてくれている…!
優しく温かく、澄んだ水のように。力を貸してくれているような気がした。
しのぶから繰り出される四方八方にうねる動きに、橋を割る程の踏み込み。
速い。攻撃が読めない。
童磨の身体をしのぶの刀身が貫く。
何だろう…。とっても痛いな。
あれ…?刃が…赤く…。それに顔には藤の紋様の妙な痣まであるし。
おかしいな…。血鬼術が発動しない。この妙な赤い刀のせいかな。
それにしても嫌な眼だな。
何だろう。この眼。あの日の冨岡くんと重なって見える。
この眼。この子にも見えているのかな。黒死牟殿と同じ世界が。
まぁ。いいや。目障りだし、とりあえず目潰しとこ。
「ぬおおおお!!」
童磨がしのぶへと鉄扇を振るうよりも速く、伊之助の刀とカナヲの刀が童磨の鉄扇を払い落とす。
――【花の呼吸 肆ノ型 紅花衣】
――【水の呼吸 壱ノ型 水面斬り】
皆の紡がれた想いが作り出した確実な隙。
それを、同じく蝶を象るような痣を出したカナエと同じく痣を出した真菰が童磨の頸を目掛けて刀を振るう。
その刃は頸へと届き、童磨の頸は切り離され、身体は最早再生することなく、ボロボロと崩れ落ちた。
「―…終わった…。」
「やった…。」
ぺたんとへたり込み、姉妹三人ギュッと抱き締め合う。その瞳からはボロボロと涙が零れ落ちていた。
その中でしのぶは聞こえた気がした。
『よく頑張ったな。しのぶ。』
愛しい彼の声が。
ふいに見上げる。彼が微笑んでくれた気がした。
今回の話には、真菰ちゃんが作り出した拾参ノ型を取り入れるつもりでしたが、ピッタリはまる技名が思い浮かばなかったため削除されました。
また、途中からほとんどの童磨戦で戦ったメンバーが空気になっている気がする…。
大丈夫かな…。