最近思うこと
・このシリーズに継国縁壱のタグをつけたままでいいのだろうか…?
…だって、タグづけされるほど登場していない気が……。
無一郎と有一郎。彼らの身体に叩き付けられた障子を壊し、降りた先。
そこは何本もの柱が聳え立つ空間。
そこには、袴を身に纏い、刀を携えた六つ眼の鬼がいた。その瞳には『上弦・壱』の文字が刻まれている。
これが…上弦の壱…。
今まで相対した他の上弦とは比べものにならない。重厚な様。威厳すら伺われる。
これが上弦の頂点。――真に最強の鬼。
「お前達…名は…何という…。」
「!…時透…有一郎。」
「…時透無一郎…。」
「そうか…。兄弟…なおかつ…双子で…鬼狩りとは……懐かしや。」
そう言いながら、黒死牟の顔は懐古の面持ちをしてはいない。
ドロドロとしたドス黒い怨毒を宿していた。
それは今もなお、黒死牟に――、継国巌勝に灼き付いて離れぬ忌まわしい記憶。
自身の子孫。継国家。双子。
彼らを通して、否応なしに呼び起こされる。
実に惨めで忌々しい記憶。
彼らを通して、黒死牟の瞳に映ったものは、かつて共に鬼狩りをしていた頃の巌勝と縁壱の姿だった。
不愉快極まりない。
あれから、最早何百年と経っている。にもかかわらず、縁壱、貴様はいつまで私を苦しめ続ける。
嗚呼。なんと忌々しいことか。
ふいに無一郎、そして有一郎の姿が黒死牟へと迫る。
――【霞の呼吸 弐ノ型 八重霞!!】
――【霞の呼吸 参ノ型 霞散の飛沫】
「霞か…。成る程…。悪くない…。」
兄弟で息の合った連携。
習熟された同じ呼吸の型。双子故か…。
――【霞の呼吸 伍ノ型 霞雲の海】
私達の〝月〟や〝日〟は子孫には受け継がれなかった。
だが、技はよく練り上げられている。
年の頃は十四あたり。まだ若い。それも我ら継国の血というべきか。
スウーッと有一郎と無一郎の顔面に痣が浮き出る。
それは、どこか黒死牟に浮き出ている痣の形と酷似していた。
――【霞の呼吸 陸ノ型 月の霞消】
――【霞の呼吸 漆ノ型 朧】
成る程。
忠実な基本の型である兄が放った陸ノ型から、新たに弟自身が編み出した型を繋げたか。
この漆ノ型…。
独特の緩急に、動きが読みづらい攪乱も兼ねた技。流麗で美しい実に良き技。
無一郎の天賦の才というべきものか。
天才の弟と凡人の兄。
実によく似ている。故に惜しい。
「有一郎…。お前は…鬼となれ…。」
「何を…。」
その言葉に有一郎の額に青筋が浮かぶ。
「たとえ…才覚があり…努力しようとも…それは亀の歩みに…他ならない…。類い稀なる神童の前では…無に等しい…。有一郎…。お前なら…誰よりも理解しているだろう…。」
「…………。」
「だが…鬼となれば…それらのありとあらゆる…しがらみから解放される…。悪い話ではない筈だ…。」
ギュッと有一郎は刀を握り締める。
――【霞の呼吸 参ノ型 霞散の飛沫】
そして、霞を晴らすような素早い回転斬りが黒死牟を襲った。
「む…。」
「たしかに、アンタの言う通り俺は無一郎みたいな選ばれた人間じゃない。いつも自分の非力を疎んでる。」
「ならば…。」
「でも、それは無一郎を、弟を、大切な人を守れない弱さが憎いから。鬼になって自分が大切に思う弟を傷つけるなんて死んでもご免だ。」
「そうか…。残念だ…。」
スッと上弦の壱が刀を抜く。全く以って無駄のない所作。
――【月の呼吸 壱ノ型 闇月・宵の宮】
…速い!
防ぎ切れない…!
「兄さん…!」
無一郎は兄へと迫る斬撃をただゆっくりとした世界の中で見た。
その光景に、初めて鬼に襲われ、兄に庇われた時の記憶が否応なしに蘇る。
駄目だ。ここからじゃ間に合わない。遅い。
兄さん……!!
ふいに無一郎の視界に眩い日の光が通り過ぎたような気がした。
――【日の呼吸 壱ノ型 円舞】
日の御業が月を覆い隠す。
それは何よりも頼もしい背。左右で半分に柄の分かれた羽織がはためく。
「義、勇さん…。」
「俺が来るまでよく堪えた。後は任せろ。」
義勇さんはジッと上弦の壱から目を離さない。
義勇さんから滲み出るその気迫はいつもとはどこか違った。
その様を何故かとても危ういと感じたんだ。
「貴、様は……ッ!!」
「久しいな。継国巌勝。かく言うあの日から、そう時は経っていないが。」
ギリィッと上弦の壱は義勇さんを睨み付ける。
唇からは噛み締めた憎悪から血が滴っていた。
僕らに向けていた威圧感なんて非じゃない。なんていう憎しみの念。空気が重く感じる。
「言った筈だ。お前だけは他でもない俺が斬る。」
**
――【月の呼吸 玖ノ型 降り月・連面】
――【日の呼吸 弐ノ型 碧羅の天】
――【月の呼吸 弐ノ型 珠華ノ弄月】
――【日の呼吸 参ノ型 烈日紅鏡】
月と日の御業が入り乱れる。
凄まじい攻防。気迫。
けれど、いつもの義勇さんらしくない。
まだ無惨が控えている。にもかかわらず、ここで全てを出し切っても構わないというかのような、なりふり構わぬ戦い方。
いつもの落ち着いた、大局を見据えた戦い方じゃない。
どうして…。
――【月の呼吸 伍ノ型 月魄災渦】
こいつ…!振り無しで斬撃を…!
義勇さん…!!
――【岩の呼吸 壱ノ型 蛇紋岩・双極】
――【風の呼吸 壱ノ型 塵旋風・削ぎ】
――【風の呼吸 参ノ型 晴嵐風樹】
義勇さんを守るように上弦の壱へと、岩と風と銃弾が降り注ぐ。
これは…。
「お前達は…。」
「悲鳴嶼さん!不死川さん!粂野さん!玄弥!」
「次々と…降って湧く…。」
「我ら鬼殺隊は百世不磨。鬼をこの世から屠り去るまで…。」
それは頼もしい仲間達の姿。
「悲鳴嶼さん。実弥。粂野。玄弥。加勢はありがたい。けど、いい。こいつは俺の手で斬らなければ意味がない。」
その瞬間。ガンッと物凄い音が辺りに轟いた。
見れば、不死川さんが義勇さんに思いっ切り頭突きをしていた。
「???」
当の義勇さんは、一体、何をされたのか、まだ理解が及んでいないようだが。
怒りも冷めやらぬままに不死川さんは義勇さんの襟元を掴む。…まぁ、気持ちは痛い程分かる。
「おい。テメェ。義勇ゥ。それは俺達が役立たずだって言ってんのかァ?」
「そんなことは…」
「言ってる意味は同じだろうがァッ!!もっぺん自分の発言、見返してみやがれェッ!!」
「だが!約束したんだ。託されたものを繋ぐと。この男だけは、俺が斬らなければ…」
まだなお言い募る義勇さんに今度は思いっ切り平手打ちが炸裂する。
「たしかに、テメェと比べたら俺達は弱ェ。だがな!昔みてェにテメェに守られてばかりの俺達じゃねェ。俺達はずっとテメェに追い付きたくて、その背を守りたくて、ずっと鍛錬してきた。テメェと上弦の壱との間に何があるかは知らねェ。だがな!全部独りで背負い込むんじゃねェ。俺達は仲間だろうがァ!!」
「あ…。」
義勇の瞳に大切で、何よりも頼もしい仲間の姿が映る。
叩かれた頬が痛い。
実弥。悲鳴嶼さん。玄弥。有一郎。無一郎。粂野。
…ごめん。
『義勇…。』
縁壱の声が聞こえる。
その瞳に姿が映る。彼は悲しげで、申し訳のなさそうな顔をしていた。
…そんな顔をさせたいわけではなかった。
『済まない。お前を追い詰めてしまって…。』
(それは違う!)
縁壱…。
ずっと俺はお前に助けてもらってばかりだった。
だから、今度はそれに俺自身が報いたかった。
今思えば、随分と独りよがりな感情だ。
(ごめん。縁壱。…ありがとう。)
その言葉に縁壱はいつものように優しい笑顔を向けてくれた。
スッと義勇は顔を上げる。
その顔つきは先ほどまでとは、まるで違う。
「すまなかった。実弥。おかげで目が覚めた。ありがとう。」
「ハッ。全くだァ。」
「ああ。そうだな。倒そう。アイツを。皆で。」
一人じゃない。
頼もしい仲間が共にいる。
**
月と日が辺りを覆い、風が吹き荒れ、霞が漂い、岩が降り注ぐ。
混沌とした乱戦。
黒死牟の着物が切り裂かれたことにより、間合いが広がった大振りの刀が露わとなる。
――【月の呼吸 拾ノ型 穿面斬・蘿月】
避けきれぬ月の斬撃が義勇達を襲う。
けれど、それは義勇達の元へと届くことは無かった。
――【破壊殺 鬼芯八重芯】
――【雷の呼吸 捌ノ型 大雷神】
優しい雪のように真っ直ぐな拳と激しい虎と思しき雷の斬撃が黒死牟の攻撃を防いでいた。
「あれは…」
「獪岳…。」
「先生…。」
「お前は狛治なのか…?」
「ああ。俺はやっと自分を取り戻すことができた。お前とその弟弟子達のおかげだ。ありがとう。」
義勇はどこか感慨深げにジッと狛治の姿を見つめる。
ややもして、義勇は柔らかく微笑んだ。
「…そうか。よかった…。炭治郎は約束を守ってくれたんだな。本当にすごい子だ。」
「猗窩座ァ…!!」
ビリビリとした鋭い殺気がその場を駆け抜けた。
「上弦の参ともあろう者が…あの方を裏切り…鬼狩りに与するとは…何の真似だ…!」
その声からは抑えきれぬ憤怒の念がヒシヒシと伝わってくる。
「俺は狛治だ。そのことを、大切な守るべき人のことを思い出した。ただそれだけだ。」
――【破壊殺 滅式】
続いて獪岳が間髪入れず型を放つ。
――【雷の呼吸 弐ノ型 稲魂】
「ふん…。あの日…私に頭を垂れてまで…生きることに執着した存在が…私に楯突こうなど…実に不愉快極まりない…。」
「………。」
獪岳は何も答えない。
ただ答えの代わりとして刀を振るった。
**
玄弥は自分一人が後れを取っていることを自覚していた。
玄弥は強い。しかしながら、いくら悲鳴嶼や義勇、実弥といった柱三人に稽古をつけてもらっているとはいえども、まだ柱、それも上弦の壱との戦いに介入できるほどの力はない。
弱いことが恨めしい。
今もなお、大切な人達が戦っているのに何もできず、見ているしかない役に立てない自分が悔しくて仕方がない。
『一番弱い人が一番可能性を持ってるんだよ。玄弥。』
ふいに炭治郎の言葉を思い出した。
その言葉に自然と身体の強張りが解けていた。
ただそこには、大切な人を守りたいという強い意志だけが存在していた。
玄弥の撃った弾丸が根を張り、黒死牟を拘束する。
黒死牟の瞳に映るのは、迫り来る鬼狩り共の姿。
思い起こすのは、四百年振りのこと。生命が脅かされ、身体の芯が凍り付く平静が足下から瓦解する感覚。
それは、忌むべき、懐かしき感覚。
瞬間。黒死牟の咆哮が辺りを劈いた。
――【水の呼吸 拾壱ノ型 凪】
――【破壊殺 終式 青銀乱残光】
縦横無尽に襲い来る月の刃を義勇と狛治が防ぐ。
悲鳴嶼の鉄球が、実弥の、粂野の、有一郎と無一郎の刀がぶつかり合い、火花を散らして赫く染まりながら、ゴトンと黒死牟の頸は落ちた。
怒りが肉体を凌駕する。
斬られた頸の断面をあれほど滴り落ちていた血が止まった。
頭が再生する。その姿は…――
「……ッ!化け物がッ……!」
有一郎が忌々し気に吐き捨てる。
化け物。
…刀に映る醜き己の姿。
(これが本当に私が望んだ姿だったのか…?)
「もういい。もうやめてくれ…。巌勝…。」
(あ…。)
――兄上の夢はこの国で一番強い侍になることですか?
その憐れむような蒼い眼差しに、かつて縁壱に問われたことが蘇った。
身体が崩れていく。
「…ち。…壱。…縁壱……。」
覚束ない足取りで、ただ義勇の元へと歩んでいく。
その姿に義勇は刀を鞘に納めた。
「義勇!」
焦る仲間の声が遠くで聞こえた。
「何故だ…。何故、お前だけが理の枠外にいる…。何故、いつもお前は私に惨めな思いをさせる…?お前は道を極めた者が行きつく場所は同じだと言った…。しかし、私は辿りつけなかった…。お前と同じ世界を見ることができなかった…。何故、私は何も残せない…。何故、私は何者にもなれない…。何故、私とお前はこれ程違う…。私は…。ただ…縁壱…お前になりたかったのだ…。」
縋りつくように、もがき苦しむように巌勝は義勇へと手を伸ばす。
『義勇。頼みがある。―――…。』
『―…ああ。分かった。』
スッと義勇は瞼を閉じる。
そして、フッとその瞳を開いた。
「
「…縁壱……?」
その時、巌勝は信じられぬものを見た。
姿形は水柱 冨岡義勇そのもの。
しかしながら、巌勝の瞳に映るその姿は、そこにいたのは、額に痣のある太陽を象った耳飾りを着けた青年。まごうことなき弟の姿。
「兄上。私とて変わりませぬ。私は大切なものを守れず、人生において為すべきことを為せなかった者。何の価値もない男です。私は鬼舞辻無惨を葬るために特別強く造られて生まれて来ながら、しくじってしまった。ただ後世にいらぬ負担を継がせただけです。」
「縁壱…。」
「私は特別などいらなかった。ただありふれた優しい日々を兄上と、大切な者達と過ごしていきたかった。ただそれだけです。」
「それでも…!私は…お前になりたかった…。特別になりたかったよ…。」
「継国巌勝!」
「獪岳…?」
突然、声を発した獪岳に悲鳴嶼は首を傾げる。
そんな周りの様子など気にも留めず、獪岳はズンズンと巌勝へと近づいた。
「俺はずっと『特別』が欲しかった。『特別』になりたかったから、俺はアンタの誘いに乗った。鬼になって生きて、俺は『特別』になりたかった。けど、水柱が、善逸が、先生や皆が教えてくれた。『特別』は俺のすぐ傍にあったんだってことに。継国巌勝。アンタはきっと、それに気付けなかった俺自身と一緒だ。アンタも分かってるんじゃないのか。」
「獪岳…。」
その言葉はやけにストンと心に落ちた。
あの日、自身に命を乞うた鬼狩りの少年。
自分に似たその男は、師と仲間に囲まれて幸せそうに笑っていた。
羨ましい。
ただそう思った。
そして、それは私が自らの手で壊した中にあったのだと、やっと気づいた。
だが、気付いた所でもう遅い。
けれど、心はどこか晴れやかだった。
かつての自分と縁壱が見つめてくる。
随分とその眼は頼りなさげだ。
その様にフッと笑った。
「ありがとう…。獪岳…。」
優しく頭を撫でる。
「兄上…。」
「ありがとう…。縁壱…。」
それを最期に巌勝は完全に塵となって消えた。
残っていたのは、身に纏っていた着物とかつて自身が縁壱へと渡した音の鳴らない笛のみ。
縁壱はそれらを名残惜し気に優しく撫でる。
「兄上…。」
一筋の雫が頬を伝った。
どれくらいそうしていたのか。
ふいに彼は仲間達の方へと振り返った。
その表情は決して義勇が浮かべたことのないものだった。
「義勇を頼む。」
そう言って彼は、優しく、どこか儚げに微笑んだ。
「義勇…。いや。あなたはもしや…」
悲鳴嶼のその問いに答えぬまま、彼はスッと瞳を閉じ、そして開かれた。
その表情は、悲鳴嶼達がよく知る義勇のものだった。
「巌勝は…?」
「逝った…。笑っていた。」
「そうか…。」
義勇は微笑む。
そして、継国巌勝の去った先を真っ直ぐ見つめていた。
〇本編の補足〇
・猗窩座戦の後、錆兎と炭治郎はそのまま無惨の元へと向かいましたが、獪岳と狛治はそれぞれ思うところがあったので黒死牟戦に参入しました。
・黒死牟戦は共に戦った人数も多く、最後、義勇と狛治が守ったことにより、当然死人及び欠損した人はいません!