また、原作そのまんまだと言われるのが大変怖かったので…。
死の間際、無惨は感動に震えた。
受け継がれゆく不滅の想い。それをしかと、この目にした。
じきに、この身体は日に灼かれ滅びゆく。
だが、私の想いは決して消えることはない。全てをこの男に託そう。
心臓の鼓動も脈もどんどん弱くなっていっている。じきに死に至るだろう。
だが、終わりではない。
お前は生まれ変わるのだ。最強の鬼の王として。
なぜなら、お前はあの化け物と同じくする存在なのだから。
――…お前が滅ぼせ。私の代わりに。鬼狩りを。
**
やっと悲願たる無惨を倒したばかりだというのに、誰もが皆、沈痛な面持ちをし、悲しみにくれ、涙に顔を濡らしていた。
「うっ。ううっ。義勇さん…。」
炭治郎の瞳から止めどない涙が次から次へと溢れてくる。
ずっと守られていたのに。
守ってもらってばかりで、肝心な時に守れなかった。
無力な自分が悔しくて仕方がない。
「義勇さん!義勇さん!!」
どんな時でも落ち着いたしのぶさんの、こんなにも我を失くした焦った声を、匂いを初めて知った。
炭治郎は鼻がいい。
だから分かってしまった。
大切な恩人が、兄弟子がもう死んでいることに。
彼からは死の匂いがしていた。
今はそれを強く感じる自身の嗅覚が恨めしい。
「義勇さん!義勇さん!!」
しのぶはずっと呼びかける。
決してその声が届くことはないと頭では理解しながらも。
頭では誰よりも理解している。
彼が死んでいることを。もう施せる手などないことを。
ずっと誰よりも彼の身体を診てきたから。
医学・薬学に精通した柱。【蟲柱 胡蝶しのぶ】。
――しのぶ。お前は俺とは違う。お前はすごい。鬼の頸を斬ることしかできない俺とは違う。お前の手は俺の救えない命を救うことができる。
――頸が斬れずともお前は鬼を倒せる。傷ついた者を癒すことができる。
――お前は強い。お前は柱となる。鬼殺隊史上、唯一、毒で鬼を殺せる柱として。
――胸を張れ、しのぶ。おまえは間違っていない。お前の血の滲むような努力を他でもないお前が否定するな。
あの日。義勇さんに言われたことは今でも耳に残ってる。
嬉しかった。
その言葉を励みに今まで頑張って来た。
傷ついた人を癒せる手が何よりの誇りだった。
なのに。
今は、愛する人一人救うことができない。
「お願い…。目を覚まして…。」
約束したじゃないですか。
無惨を討つまで死なない、って。
それにあの日、言ったでしょう。無惨を倒したら言わなきゃならないことがある、って。
私、まだ聞いてないんですよ。
だから…。だから。どうか目を覚ましてください。
天に祈る。
神様なんていない。そんなこと分かっていながらも。
けれど。たった一つのこの願いをどうか聞き届けてほしかった。
**
ふいにピクリと義勇の指が動いた。
義勇の傍で座り込んで、ボロボロと涙を零していた炭治郎はその光景にピタリと涙が止まった。
うっすらと目を開いた義勇の姿に歓喜の声を上げかけ、そして静止した。
…匂いが違う。
いつもの澄んだ水のような優しい義勇さんの匂いじゃない。
禍々しく混ざり合った異様な匂い。
これじゃあ…まるで……。
義勇の瞳が開かれる。
それは鬼特有の縦に割かれたもの。
「そんな…。どうして…。なんで…。義勇さん…。」
ただ茫然と呟く。
「ウガァァアアア!!」
それは鬼の咆哮。
肌が日に灼け苦しんでいる。
ふいにピタリと咆哮が止み、陽光灼けが止まっていた。
「炭治郎!」
善逸のその声に反応し、咄嗟に後方へと飛ぶ。
「ガアァ!!」
衝撃波が地面を抉る。
彼の背からは無惨と同じように骨のような管が生えていた。
嘘…。そんな…。どうして…。
目の前の光景が信じられない。信じたくない。
もう皆、無惨との戦いでボロボロで戦えない。何よりも、大切な人を斬りたくなんてない。
できるわけない。こんなのあんまりだ。
「ウガァ!!」
咆哮が、衝撃が轟く。
けれども、意に反して、それはこちらまで届かなかった。
それどころか、衝撃は義勇さんの中心部のみに収束されている。
そして、背の管は決して仲間達を襲っては来ない。
「ガァアア!!」
とても苦しんでる匂いがした。
義勇さんは抗っている。
まだ、完全に理性を失った鬼になったわけじゃない!
ずっと義勇さんに助けられてここまで来た。
だから、今度は俺達が。
戻って来てください。義勇さん。あなたに話したいこと、いっぱいあるんです。
**
―…そうだ。お前は私の意思を継ぐ者。お前が滅ぼすのだ。鬼狩りを。
義勇の精神世界の奥深くの闇の中。
そこに無惨の細胞の意識は根付いていた。
「ここはお前がいていい場所ではない。」
背後から響く忘れようもないその声に。
一瞬にして心臓が鷲掴みにされたような畏怖を覚えた。
額に痣のある太陽を象った髪飾りをつけた男。
無惨の目がそれを認識した瞬間。日の太刀が無惨の細胞を灼き、断ち切った。
「何故、貴様がここにいるッ!!継国縁壱ィッ!!」
「私は義勇の心を守る者。ここはお前のような存在がいてはいい場所ではない。」
「黙れ!亡霊がッ!!邪魔をするな!!この者は神に選ばれし者。私の意思を継ぐ者なのだ。」
「―…そうだな。私は過去の亡霊だ。そして、無惨。お前も。」
「何を…。」
その無惨の言葉に、縁壱は穏やかに微笑んでいた。
それは、無惨にとって、気味が悪いものでしかなかった。
「私は随分と私自身がやり残したことを義勇に押し付けてしまった。義務はない。にもかかわらず、義勇はもう充分過ぎる程にしてくれた。だから、最期くらいは私の手でけじめをつけよう。」
縁壱は剣を構える。
そこには一分の隙もない。
確実な〝死〟があるのを嫌という程に実感してしまった。
「やめろォォォオオオ!!!」
パチンッと刀が鞘へと収められる。
その断末魔の叫びと共に、無惨は完全に消え去っていった。
**
「ここは…。」
義勇は辺りを見渡す。
そこは、ただどこまでも果て無く続く水面の上。
随分と懐かしい。
ずっと傍にあったのに、もう長いこと来てなかったような気さえする。
「義勇。」
「縁壱…。」
縁壱は義勇と向かい合うように立っていた。
何故だろう。
ずっと傍にいてくれたのに、今はその姿が懐かしい。
自然と涙が次から次へと零れ落ちてきた。
義勇の姿は幼い、鬼に襲われる前の、蔦子と共に暮らしていた頃の姿まで戻っていた。
「縁壱…。俺はできたかな?頑張れた?お前ができなかったこと。ちゃんと。」
「ああ。勿論。充分すぎるほどに。」
「そっかぁ。よかった。」
義勇は、へへっと泣き笑いの表情を浮かべる。
「ずっとここにいたい…。」
随分と駆け足で頑張ってきた。
本当は、刀を握るのも怖かった。痛いのは嫌だった。
ずっと耐えて耐えて耐えて。
だから、ほんの少し疲れてしまった。
「お前がそれを望むなら。私はどこまでもお前の味方だ。」
「ありがとう。」
そこはどこまでも義勇に優しい世界だった。
――義勇の
**
「ウガァァアアア!!」
義勇さんのその叫び声はとても苦しげで。
彼も今、必死に抗い、戦っているのだということが分かった。
しのぶは、たしかな足取りで義勇の方へと向かう。
彼女の手には自身が調合した藤の花から作った鬼を人へと戻す薬が握られていた。
あなたが認めてくれたから頑張れた。
あなたが認めてくれた技術で鬼を人へと戻す薬を作れた。
あなたが認めてくれたこの力で、今度は私があなたを助けるから。
だから―――…
しのぶはヒュンっと軽やかな足取りで包囲網をくぐり抜け、義勇の身体に薬を注入する。
――お願い。帰って来て。義勇さん!
**
「―…え?」
くるりと辺りを見回す。
今、誰かに呼ばれた気がした。
「どうかしたか。義勇。」
「ううん。でも、なんか声が聞こえたような…。」
懐かしい声。それでいて、とても甘くて切なくて、愛しさを感じるような声だった。
「そうか…。」
そう言った縁壱はどこか儚く、優しさと寂しさが織り交ぜになったような表情をしていた。
「義勇。お前がここにいたいというのなら、それでいい。私はお前の望みを叶えよう。だが、お前にはお前を待っていてくれる大切な人がいるだろう?」
「―…え?」
その時、声が聞こえた。
『義勇さん!』
『義勇!』
『義勇ゥ!』
『冨岡!』
『水柱様!』
『半々羽織!』
『冨岡くん!』
『冨岡さん!』
『義勇!』
それは大切な弟弟子の、親友の、仲間達の声。
『義勇さん。』
そして、優しく包み込むような愛しい人の声。
「しのぶ…。」
どうして忘れていたのだろう。
こんなにも大切な人達のことを。
義勇の瞳から一筋の涙が頬を伝った。
義勇の姿が変わる。幼い少年から、半分に柄の分かれた羽織と黒い詰襟を身に纏い、刀を提げた青年へと。
ここはとても温かくて優しい。
けれど、俺は帰らなければ。待っててくれる人がいるから。
「縁壱…。」
「それでいい。お前はもう私の力がなくてもやっていける。」
縁壱の身体は光の粒子となって散り逝こうとしていた。
寂しそうに、けれども、それ以上に幸せそうに、嬉しそうに縁壱は微笑んでいた。
「さよならだ。義勇。」
「縁壱…!いっぱい助けられた。今まで本当にありがとう…!!」
ボタボタと止めどようもない涙が瞳から溢れ出す。
「幸せであれ。」
それを最期に縁壱は光の粒となって消えていった。
◆
(縁壱…。)
目を開けたとき、義勇の瞳からは自然と涙が零れ落ちていた。
「んっ…」
朝日が眩しい。
藤の花の香りがした。
義勇の瞳に、ボタボタと大粒の涙を流すしのぶの姿が映る。
「ああ…。やっと泣いたな。ずっと待っていた女の子の顔だ。おかえり。しのぶ…。」
「それはこっちの科白です。ずっと待ってたんですから。」
「そうだな…。ただいま。しのぶ。」
「おかえりなさい。義勇さん。」
日の光がどこまでも義勇達を優しく照らしていた。
この小説の中の縁壱さんは義勇さん中心に世界が周っています。
そのため、鬼殺隊の敵でもなければ味方でもありません。
あくまで、義勇さんの味方なのです…。
ちなみに、第壱話の前書きで、この小説の中の縁壱さんは、「縁壱さんであって縁壱さんではない」と書きましたが、この縁壱さんには、実は現代からの転生者という少しも生かされていない裏設定があったりします。