凪は日輪と共に   作:蜜柑凪

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第陸話 鬼と人

場所は浅草。

目まぐるしい人混みと建物、きらめく街灯に圧倒される。

 

それは、義勇が無事任務を終えた帰り道のことだった。

そこはただの壁でその先は行き止まりとなっている。だが、なぜか違和感を覚えるのだ。

一体、なんだ…?

 

(そのまま真っ直ぐ進め。)

 

ふいに頭に声が響く。

 

(縁壱…?)

 

突然言われたことにやや困惑しながらも、言葉通りに前へと進めば、壁にぶつかる衝撃はなく、身体は壁へと吸い込まれていった。

そして壁の先には行き止まりではなく、開けた場所があった。

そこには何もないように見える。けれども何かがある。そう感じた。

 

「ここは…」

「貴様。鬼狩り、それも柱だな?なぜここが分かった。」

 

背後から声がした。

そこには、不機嫌そうにこちらを睨む少年と儚く美しい女性の二人の鬼がいた。

彼らの額には呪符が張り付けてある。

なるほど。目くらましの血鬼術か。どおりで背後を取られても気付かぬわけだ。

それにしても、この二人は…

 

義勇の脳裏に浮かぶのは、幾度と見た『記憶』。

 

『お前…は…今日…必ず…地獄に堕ち…る…』

『私の…夫…と…子供を…かえ…せ…』

 

そう呪詛を吐き、喰い殺された女性。

 

 

『無惨。お前はこの世で最も重い罪を犯した。俺から珠世様を奪ったこと後悔して跪け!!今からお前を地上へ叩き出してやる!!』

 

涙を流し、怒りに顔を染めた少年の姿。

 

 

 

「そうか…。お前たちが…。」

 

 

(なんだ…?この鬼狩り…。)

 

兪史郎は目の前の鬼狩りに妙な畏怖を覚えていた。

こいつは鬼を目の前にしても刀を抜くことをしない。殺気が無い。それどころか鬼である俺達に穏やかな眼差しを向ける始末。

この男、一体、何を考えている…?

 

ふいに義勇が動いた。

腰から日輪刀を外して地へと置く。そこから数歩下がって、腰を下ろして地に手を着き、頭を下げた。

その思わぬ行動に珠世も兪史郎も目を見開いた。

 

「あなた方に大事な話がある。あなた方を害する気は一切ない。刀は預かっていてくれて構わない。身の回りをいくらでも調べてくれても構わない。だから、どうか話を聞いていただきたい。」

 

相手は鬼を狩る鬼殺隊。それも柱だ。信用ならないのは無理ないだろう。けれど、挫けるわけにはいかない。

 

「―…わかりました。着いて来てください。」

「珠世様!!」

「…兪史郎。」

「はい!かしこまりました!」

 

ジッと視線だけで珠世は兪史郎を咎める。

ギッと兪史郎は鋭い眼差しを義勇に向ける。

 

「おい!鬼狩り!少しでも珠世様に妙な真似してみろ。貴様を跡形もなくぶち殺すからな!」

「…ああ。」

 

といっても、義勇には暖簾に腕押しでしかないが。

 

 

 

 

何もない所から一つの大きな屋敷が現れる。

案内された一室に対面する形で座る。

 

「改めまして、私は〝珠世〟と申します。この子は〝兪史郎〟。」

「鬼殺隊 水柱 冨岡義勇。」

「そうですか…。あなたが…。」

 

そう言って、彼女はどこか懐かしむような優しい微笑みを浮かべた。その意味は分からない。

 

「それで、お話というのは…?」

「ああ。とても信じられぬような話ではないかもしれない。実は―――…」

 

俺は全てを話した。過去と未来に繋がる悲しみと死の『記憶』を見ること。その『記憶』について。そして、無意識領域に棲む縁壱の存在も。

最初、珠世さんは信じられないといった表情をしていたが、やがてポツリとこう洩らした。

 

「そうですか…。縁壱さんが…。」

 

そういえば、たしかこの人と縁壱は知り合いだったな。

 

「分かりました。あなたの話を信じましょう。」

「珠世様!!」

「私には分かります。あなたが嘘をついていないと。私と縁壱さんとの関係などもう知る者はほとんどいませんから。」

「そうか…。」

「それにあなたの名前は話を聞く前から知っていたんです。あなたは鬼を『人』として扱い、助けようとする。鬼となった者を哀れみ、慈しむと。」

 

そうか…。それがこの人の先ほどの微笑みの正体か。

 

 

「あなた方に頼みがある。無惨を倒すために協力してほしい。」

「(縁、壱さん……?)」

 

その姿に今はもう懐かしい彼の姿が重なった。

 

『あの男を倒す手助けを頼む。』

 

無惨をあと一歩の所まで追い詰めたあの剣士は、鬼である私にそう告げた。

困惑した。なぜ、鬼である私を見逃し、協力を持ちかけたのか。

けれども、彼は優しい目をしていた。

 

 

 

「わかりました。では、これを。」

 

そう言って彼女が渡したものは、短刀だった。

 

「私は今、鬼を人間に戻す薬の研究をしています。ただ今の時点では鬼を人に戻すことはできない。ですが私たちは必ずその治療法を確立させたいと思っています。

治療薬を作るためには、たくさんの鬼の血を調べる必要がある。できるかぎり鬼舞辻の血が濃い鬼から、十二鬼月の血を採取して欲しいのです。」

「分かった。下弦の鬼については問題ないが、上弦の鬼については必ず、という保障はできない。上弦の強さは少なくとも柱三人分の力に匹敵する。」

「それで充分です。ありがとうございます。」

 

「先ほどお渡しした短刀は鬼の身体に突き刺すことで自動的に血を採ることができます。それをこの子を介して届けてください。」

「この子…?」

「―…茶々丸。」

 

『ニャーー』

 

鳴き声と共に現れたのは一匹の猫。そう猫。ね…こ。

ズザザッと義勇は勢いよく後退る。

そのあまりの勢いと突然の行動に、珠世も兪史郎も目を瞬いた。

 

義勇はハッと意識を戻す。

 

「すまない。俺は動物全般が苦手なんだ。」

「あら。困りましたね。」

「ふん。柱ともあろう者が猫に怯えるとは、情けない限りだな。」

「すまない…。なんとかする…。」

 

恐る恐る猫へと手を伸ばす。その距離はだいぶ遠い。

なんとか頭に触れる。そのことにホッと一息ついた。

すると猫はスリスリと義勇の腕にすり寄って来た。

ビクンとなるも、先ほどのように慌てて後退るようなことはしなかった。ただ単に突然のことに驚きのあまり動けなかっただけかもしれないが。

 

「こいつは…人懐っこいな…。」

 

そもそも義勇が動物がダメになったのは、昔、犬に追い掛けられ尻を噛まれたことが原因である。

あの時の犬は凶暴で怖かった。この猫はそんな風には感じない。

義勇も自分に戯れてくれる猫に撫で返す。

 

「これなら、なんとかなりそうだ。」

「そのようですね。よかったです。」

 

その様にホッと気持ち緩めた。

 

 

 

「では、俺からはこれを。」

 

義勇が懐から出したものを見た瞬間、珠世の目が大きく見開いた。

 

「そんな…。まさか…。これを一体、どこで…!」

 

義勇が懐から取り出したもの。それは青い彼岸花だった。

 

 

 

「青い彼岸花は、一年で二、三日、昼間のみ咲いている。」

 

その言葉に、自然と珠世から笑みが漏れた。

『青い彼岸花』。それは、鬼舞辻無惨を鬼へと変えた未完成な薬の素材。

そして、あの男が太陽を克服するために血眼になって探し求めるもの。

そのためだけに、数多の者の人生を滅茶苦茶にして、鬼へと変え、探し求めてきた。

それが、よもや太陽の下でしか咲かないとは、なんと皮肉なことだろうか。

人を蔑むあの男には、決して見つけられる筈もない代物だ。

 

「これを調べてほしい。きっと役立つはずだ。」

「ええ…!ありがとうございます…!あなたのおかげで、薬がより完成に近づく。いえ!絶対に鬼を人間に戻す薬を完成させてみせます…!!」

「…ああ。」

 

その瞳はきらきらと希望の光に輝いていた。

 

 

 

 

 

**

 

だいぶ日が昇って来た。朝は近い。

 

「一つ、ここを出る前に聞いてもいいか。」

 

この人の『夢』を見てからずっと気になっていたことがあった。答えは分かっていたが、どうしても尋ねたかった。

 

「あなたは無惨と共に心中するつもりか。」

 

ヒュウッと風が吹いた。

しばしの間、時が流れた。

 

「…はい。」

 

やがて彼女は答えてくれた。それは少しの動揺も見られない静かで落ち着いた声だった。

 

「私は鬼になり夫と子供を殺しました。ただ子供の成長を見届けたかっただけなのに…」

 

鬼はまず身内を喰らう。

義勇は幾度となくその場面を見てきた。

 

この人とて例外ではない。心を取り戻した分だけ、それは辛く重く圧し掛かる。

 

「それからは自暴自棄となって大勢の人を殺しました。それらを償うためにも、私はたとえこの身と引き換えにしてもあの男を殺さなければならない。あの男を殺し、私も死にます。」

 

兪史郎は分かっていたのだろう。

彼は静かだった。けれど、やはりどこか顔を歪めていた。

 

「そうか。」

 

やはり、か…。だが…

 

「一つ、言っておく。死は罪の償いではない。逃げだ。それはただの傲慢に過ぎない。」

「!」

 

ヒュッと珠世が息を呑んだ。顔面蒼白となっている。

 

「貴様!珠世様になんと言う物言いを!!」

「兪史郎!」

 

怒りのままに兪史郎が胸倉を掴んでくる。ギリギリと絞まる。

対して義勇の表情は凪いだままだ。

 

「真に罪を償いたいなら、生きて足掻いてみせろ。そして、殺した分以上の人を救え。

あなたは生きなければならない。夫と子供の分も。そして殺した人の分も。生きろ。それが償いだ。」

 

その言葉は珠世の心の奥底に染み入った。渇いていた心を潤してくれる。

ポロポロと涙が次から次へと溢れてきた。

 

「貴様ァ!!珠世様を…!!」

「いいえ、違います…!兪史郎!」

「珠世様…?」

 

珠世はスッと兪史郎の手を止める。

 

「そうですね…。あなたの言う通りです。あの男を殺して私も死ぬ。ずっとそれが償いだと思い込んで来た。けれど、私はただ罪の意識から逃げていただけなのかもしれません。」

「珠世様…。」

 

ギュッと珠世の手が義勇の手を包み込む。

 

「ありがとう、義勇さん。ありがとう…。」

 

泣きながらずっと珠世さんは俺にありがとうと言い続けていた。

 

 

 

 

 

朝日が照り輝く。

 

「では、俺は行く。」

「はい。では武運長久を祈ります。」

 

義勇は踵を返す。

 

「義勇。」

 

ふいに兪史郎に名を呼ばれた。彼に名を呼ばれるのは、初めてだ。

後ろを振り向けば、彼はすでに俺に背を向けていた。

 

「死ぬなよ。」

 

顔は見えない。

けれど、なんとなく彼の表情が分かる気がした。

 

「ありがとう。」

 

 

久々に自然と笑えた気がした。

 

 

今度こそ屋敷を後にする。

差し込む日の光は、今日も美しい。

 

 

 

 

 




久々に縁壱さん登場~~!!
けど、たぶんその後、登場回数は減ると思われます。
確実に出るのは、無限列車編ですね。
その前までの話に登場するかは作者にも分かりません。結構、勢いで書いているので。
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