「私は、どうしたら良いのか分からない」
スバルの死を起点として発生するタイムリープのような能力。スバルが死に戻りと呼んでいる現象がおよそ1ヶ月ぶりに発生した。
場所は裏路地。そして、たった今ラインハルトが言った言葉は覚えている。確か、祖父が白鯨に負けそうで、どうすればよいかという話だった。
セーブポイントと呼ぶべきものが更新されていた。スバルが自分で更新するような事をしていない以上、自動で更新されたという事だろうか。
いや、そんな事よりも。
死んだのだ。呆気ないほど簡単に。なんの抵抗も出来ずに、凍って死んだ。
「……スバル?」
初めて死に戻りのループをした約1ヶ月前に戻らなくてよかったという安堵と、再び死の未来を変えるための戦いが始まった事に対する不安に、同時に襲われた。
「……ラインハルトは怖いんだもんな、おじいちゃんが」
「うん……」
「なら、無理してラインハルトがどうにかする必要ないよ。白鯨ならこっちでなんとかする」
前回と同じ流れになってしまえば、また同じ未来に行き着いてしまう。
ここでラインハルトの背中を押してしまったのが、失敗だった。ラインハルトが祖父を怖いと思っているように、なにやら向こうも複雑な感情がありそうだった。だから、拗れた。
恐らくラインハルトが万全の状態なら、あの極寒の世界を顕現させる怪物にだって対処が出来たはずだ。
だったら、違う人間が助ければ良い。
「てな訳でお願いします、先生!」
「分かりました。お嬢様を向かわせるよりはよっぽどいい」
スバル1人では白鯨をどうにかするのは不可能だが、幸いにしてここにはラインハルト以外にもう1人、白鯨を相手に出来る人物がいる。
前回の世界で白鯨に勝てるとラインハルトにお墨付きを貰っていたティルだ。
「とはいえ、いつ白鯨が現れるか分からなければこちらも動けませんが」
「それなら、ここ何日かのうちに出るはずだ」
「白鯨は神出鬼没で出現場所を予測するのは難しいはずですが、なぜ分かるのか聞いても?」
「それは……」
白鯨討伐戦に出向く事自体は承諾してくれた。それは良い。ただ、なぜ白鯨が出るのを知っているかと聞かれると答えに困る。
ありのままの事実を語るなら、死に戻りをして過去に戻ってきたから分かるのだ。だが、それを言ったところで信じてもらえるか。
「いや……ラインハルトだったから呆気なく終わっただけで、命掛けの戦いに巻き込むんだ。信じられなくてどうするんだって話だよな」
そうだ。信じられなくてどうする。
仮にこちらの話を信じてもらえないとしても、スバルだけは信じなければならないはずだ。
「聞いてくれ、ティル」
「ええ」
「俺は――」
――死に戻りをして……という言葉は続かなかった。
世界が、停止していた。
目の前にいるティルも、庭の木々や草も、あらゆる動きが停止していた。それだけではない。音も消えていた。自然の音も、屋敷の近くを通る竜車の車輪の音も、何もかもが消え去り、静寂だけが支配していた。
何が起こったのか、理解出来なかった。
だが、状況を分析する前に、それは現れた。
それは黒い靄だった。
あらゆるものが停止しているこの世界で唯一動き、漂っていた。その輪郭はまるで手のひらを模しているようで、そして明確な意思を持つように、スバルの方へ近付いてくる。
不気味なそれを、スバルはただ見つめるしかない。身体を動かせず、意識だけがはっきりとしているスバルには、逃れる術がない。
黒い手のひらは、まるで実体を持たないかのように、スバルの胸を通り抜けた。しかし直後、実体を持たないというのは誤りだと気付かされる。
心臓を握られる。比喩ではなく文字通りの意味で体験したそれは、脳髄を突き抜けるような激痛で、しかし、声を上げる事は出来ない。
握られるどころか、握り潰されたような激痛に、身をよじる事すら出来ずにひたすら耐えるしかなかった。
永遠にも感じられるその苦しみからようやく解放されたスバルは、いつの間にか自由になっていた手を胸に当て、心臓の無事を確かめる。
「何かの発作ですか? 治癒魔法ならかけられますが」
「――ぁ……」
手足は動くし、声も出る。世界は再び動き出した。心臓にも痛みは残っていない。
警告。恐らくは、スバルが死に戻りを他者に話そうとした事への。
そこに一体どういう意思が介在しているのかは分からない。ただ、警告としては大成功と言えるだろう。もう一度同じ事をしようとは、スバルには思えなかった。
「……いや、大丈夫だ。それと……悪い。なんで分かるかって聞かれてもちゃんと答えられない。でも、分かるんだ。だから……」
「……まあ、私はいつでも大丈夫なので討伐隊が動きそうなら言ってくれますか」
「ああ、悪い」
結局スバルには、曖昧な言葉で濁すしかなかった。
▼△▼△▼△
今回の死に戻りの開始地点となった日から3日後。
前回と同じように白鯨討伐隊が王都から出ていく様子が見え、スバルはすぐにティルへと報告した。
「分かりました。向かいますか」
あっさりと、準備を完了させたティルは地竜を連れて門前で待っていたスバルの元へ来た。
「後ろに乗ってください」
そして、地竜に2人乗りする形で王都から出発した。
前回はラインハルトに背負われて、冗談のような速度で駆け抜けていったのだが、地竜の足だと常識の範囲内での速度でしか出ない。まだあのフェリスと呼ばれていた猫耳獣人と2人きりになるよりは気まずくないとはいえ、また数時間地竜の上と考えると気が遠い。
「それで、実際のところ、私はどれぐらい手を出せば良いんですか?」
「あー……」
何もする事がなければ気が遠いが、作戦会議を出来ると考えれば有意義な時間だ。
「出来る限り向こうとは穏便に済ませたい。たぶん、ラインハルトのおじいちゃんは自分で倒したいって思ってるはずだから、いい感じにアシストする形で……」
「あしすと?」
「ああ、補助するみたいな」
「なるほど。難しい事を言ってくれますね」
ラインハルトの祖父は白鯨に対して誰かの仇だと言っていた。自分で倒したいという気持ちはあるだろう。前回は恐らく危なかったから仕方ないのだろうが、悪く言えば獲物を横取りされたような形になった訳だ。
ラインハルトを傷付けた事に関して、断じて擁護するつもりはないが、手出しはアシストする程度に留めておけばまだ話は拗れなかったかもしれない。
「出来るか?」
「やるだけやってみますが、倒してしまっても文句は言わないでくださいよ」
「別にアレを倒してしまっても構わんのだろうと言われると構わなくはないんだけど、結果的に半分ぐらいなら構わんというか……」
と、そこまで話していてスバルはある事に気が付いた。
「なんか地竜速くない? そういう種類?」
前回の帰りに乗った地竜よりも、今乗っている地竜の方が目に分かるレベルで足が速く感じられた。
「陽魔法で強化しています」
「陽魔法……確か魔法は火水土風に加えて陽と陰の属性があるんだったか。陽魔法は身体強化とかのバフ、となれば陰魔法はデバフ系統とみた」
「陽魔法と陰魔法は使い手が少ない代わりに突き詰めれば出来る事が多くて便利ですよ」
「ちなみにティルはどの属性使える感じ? 氷の魔法使ってるのは見た事あるけど、あれって水属性?」
「私は六属性全て使えます。あの氷は水魔法の応用ですね」
そうして時に話し、時に黙りながらも、想定よりも早く霧が漂う場所にたどり着いた。どこにいるのかは分からないが、既に白鯨のテリトリーだった。
「さて。どうします? 討伐隊は見えましたが」
「やっぱりこの霧の中で見えるのな。これって見えてない俺の方が少数派って事はないよね?」
「まだ白鯨は現れていませんが、霧だけ飛ばしておきますか? それとも白鯨が現れてから偶然を装った方がいいですか?」
「スルーかよ……まぁ、その2つなら偶然を装う方が、まだ乱入しやすいか……?」
仮に今霧を晴らす事が出来たとして、まだ何も起きていないこの状況で、白鯨討伐戦に参加させてくださいと言いにいくのは、向こう側からしても意味が分からないだろう。
ならば白鯨が現れてから、こちらもまるで白鯨に襲われた被害者のような顔をして色々と有耶無耶にして戦いに加わった方が、ややこしい説明をしなくて済むはずだ。
「霧はどうします? 別にそのままでも私は戦えますが」
「私は、って事は他の人はやっぱりこの霧の中だと周り見えなくて厳しいんだよな?」
「ですね。たぶん」
討伐隊側から見えないなら、知らないところでのアシストはしやすいだろう。だが、そもそもの話、素人のスバルから見ても霧の中で戦うのは危険だ。霧を晴らす方法があるのに晴らさずに、霧のせいで命を落とした人がいたりすれば、目覚めが悪いなんて話ではない。
「白鯨が出たら霧は晴らそう」
「分かりました」
前回は討伐隊の近くで結構待った印象があったが、前回よりもここに来るまでに時間がかかった影響か、白鯨が現れるまで、そう長い時間はかからなかった。
前回も聞いた、白鯨の咆哮。
それが響いた瞬間、ティルが動いた。
「アル・フーラ」
風が吹いた。
それだけだ。それだけで、辺り一帯を覆っていた霧が吹き飛んだ。
「一発、攻撃しておきますが」
「ああ、頼む」
そして、白鯨の巨体が露わとなる。
スバルにとっては2度目の遭遇だ。スバルの知るジンベイザメの余裕で何倍もある巨体。やはり、人の手で倒そうとするのは無茶ではないかという感想が浮かぶ。
「アル・ジワルド」
白鯨へ向けたティルの手のひらから、白い熱線が放たれた。
人ひとりを飲み込んでしまうような太さの光線は、一直線に白鯨へと向かっていき、その横っ腹を貫いて反対側から彼方へ消えていった。
「ちょっ!? 倒すんじゃなくて、あくまでアシストね? アシスト!」
腹を貫かれた白鯨は、討伐隊がいる場所に突っ込もうとしていたのが一転、苦しむように身をよじり始めた。
明らかに効いている。あと何度か同じ攻撃を繰り返せば落とせるのではないかと思うほどだ。
「仮にも先代の『剣聖』が負けた相手ならこの程度、どうという事はないと思ったんですが」
「え、お前もしかしてアレで通常攻撃的な感じ?」
「ただの陽属性のマナですし、ジワルド系統は別に特別得意でもないので」
「ただの、じゃない陽属性のマナがあるのかとかちょっとばかし気になるところではあるが……」
空中で痛みゆえか暴れている白鯨から目線を近くに戻すと、地竜が2匹とそれぞれの上に乗った2人の人間が近付いて来ていた。
特に関わらずにアシストだけ出来ればベストではあったが、霧も晴らした以上それはさすがに難しいという事だろう。
「ティル!? にゃんでここに!?」
2人のうち1人は前回の帰り道に同行した猫耳獣人、ティルがフェリスと呼んだ人物だ。その少し後ろをついてきているのは緑髪の麗人。確か、フェリスにクルシュ様と呼ばれていた。
「別に、ただの通りがかりです」
「通りがかりで白鯨の霧の中に突っ込んでくるの!?」
「白鯨程度で私の足を止められるとでも?」
「う、う〜ん……」
通りがかりは嘘だが、白鯨程度というのは冗談ではなく本気なのだろう。見たところ、ティル1人だけで普通に白鯨を討伐出来そうだ。
脳内の戦力ランキングで、ラインハルトと白鯨の間にティルを入れておく。
「この際、卿がここにいる理由はいい。ただ、手出しは無用だ」
と、ティルとフェリスの間にクルシュが割り込んだ。
それに対し、ティルは応える事なく、面倒くさそうにスバルの方へ振り向いた。スバルに対応しろと言いたいのか、あるいは何を言えば良いかを聞きたいのか。
ひとまず、ティルの耳元へ口を寄せた。
「ここは、旅は道連れ世は情け的な」
「旅はみち……は?」
「マジトーンの“は? ”やめてね!? 普通に怖いから!」
「ともかく。出くわした魔獣を駆除するのに許可が必要か?」
「この人、フェルトと同じ王選候補者じゃなかった……? そんな偉そうにして大丈夫……?」
この世界についてはそれほど明るいとは言えないスバルではあるが、さすがにこの国の未来の王を決める王選候補者ぐらいは知っている。同じ屋敷で暮らしているフェルトもその1人なのだから尚更だ。
そんな人物にタメ口を聞いて大丈夫なのだろうか。不敬罪なんて言葉が脳裏に浮かぶ。
「今現在、白鯨討伐は私が取り仕切っているが、仮に卿らを参加させ、何かがあった時、私は卿の主に対して合わせる顔がない」
「つまり、あの程度の魔獣に私がやられると?」
「クルシュ様は心配してるだけだから! 侮ってるとか、そんにゃ事まったくにゃいから!」
バチバチと不穏な空気になりそうだったところに、今度はフェリスが割り込んだ。
「主人が大事ならどうするのが正解か分かるでしょう」
「それは、まあ……そうにゃんだけど……」
にゃん、などとあざとい話し方をするフェリスに、久しぶりに異世界ファンタジー感を覚えつつ、スバルも助け舟を出す事にした。
「ほら、見ての通りティルは離れたところからチクチク攻撃出来るから危なくないし、後衛が1人増えてラッキーぐらいに思ってもらえたらいいんで。こっちもこっちで、えっと……そうだ、これでも騎士だから放っておけない感じで」
「近衛騎士なら辞めましたが」
「そうだったよ! ちくしょー!」
上手く助け舟が出せない、というより出した舟をフレンドリーファイアによって沈没させられたスバルはヤケクソに叫んだ。
だが、ここは戦場だ。まだ白鯨の脅威は去っていない。ふと視線を空に上げると、あの白い巨体がこちらに向かってきていた。
「って、そんな事言ってる間にこっち向かってきてるぞ!」
「フェリス。何とかしてください」
「えっ!? フェリちゃんが戦う力ないの知ってるよね!?」
「だそうですが、どうします? スバルさん」
「なんでそんなに冷静なの!? 馬鹿なの!?」
「馬鹿……? どうやらそのまま白鯨のエサになりたいようですね」
「ごめんって!? 謝るからとりあえず逃げてくれる!?」
流石にないとは思いたいが、ティルなら地竜から降ろしたスバルをその場に放置するぐらいはしそうなのが怖いところだ。
実際問題として、ビビらせられる事は何度もあっても言葉の通りにされた事はない。ただ、それでも毎回身の危険を感じる程度には本気と書いてマジでやりそうだと感じてしまうのはどうしてだろうか。
「スバルさん、手綱を」
「俺、自分だけで地竜乗った事ないんだけど大丈夫!?」
「その場にいるだけでいいです」
それはそれとして、ティルは手綱をスバルに渡し、地面に降り立った。
腰の剣に手を伸ばそうとしたものの、ため息をついてそれをやめ、歩いてこの場の人間を白鯨から庇うような位置に移動した。
そして、ピンク髪のシルエットがブレたかと思った瞬間、白鯨の巨体が上空へ打ち上げられた。
「嘘だろ!? 蹴り上げたのか!?」
足を振り上げた姿を見れば、白鯨を蹴ったのだと理解する事は出来る。出来るが、あんな何トンあるかも分からない巨体の突進を受け止めるどころか蹴り返すなど、もはや想像の埒外の行動だ。
さらにティルは跳び上がり、直後、白鯨が地面に叩きつけられた。
「おいおいおいおい!?」
地面がめくれ上がったかのような土煙が通過し、飛ばされそうになるところを何とか手綱に掴まって耐える。
「狩るならさっさとしてくれませんか。放っておくといつフェルト様に危害を加えるか分からないので殺しておきたいんですが」
「確かにその通り! ナイス言い訳!」
「言い訳? 余計な事を言う口は閉じていた方が身のためですよ」
「ごめんなさいでした!」
何事もなかったかのように戻ってきたティルに手綱を渡し、スバルは尻を後ろにズラす。
「フェリス……ティル・ファウゼンとは、これほどの実力者だったのか」
「本人たちが言ってるからラインハルトの方が強いんだろうけど、実際のところ2人が突出しすぎてて正直どっちの方が強いとか分かんにゃい。っていうのが騎士団での共通認識にゃんです……団長とか一部はアレにゃんですけど……」
そんな会話が聞こえてくる。
確かにスバルの目からは正直ラインハルトとティルのどちらが強いかは判断出来ない。剣を使わずに素手でこれほどなのだから、剣を抜いたらラインハルトと同じように白鯨を真っ二つにするぐらいやりそうだと感じてしまう。
「早くしないと私が殺しますが」
それだけ言い残し、スバルを後ろに乗せたティルは手綱を引いてその場から少し離れた。
「あのー、もしかしてだけど白鯨を一刀両断真っ二つに出来たりする?」
「やろうと思えば出来ますが。やって良いんですか?」
「いやいや! 確認しただけだから!」
その後の白鯨討伐戦はあっさりと順調に進んでいった。
白鯨の最も厄介な攻撃である霧は出すごとにティルの魔法で吹き消され、討伐隊の面々はかなり有利な状態で戦いを進める事が出来た。大雑把に言えば、霧さえなければ白鯨は巨体を活かした突進ぐらいしか攻撃手段はない。
終始討伐隊が有利で戦いは進んだ。
しかし、ある時から膠着状態に陥る。
白鯨が2体の分身を出したのだ。霧が蔓延していれば、新たに白鯨が現れたのかと思うところだったが、目隠しになるはずの霧がティルのせいで機能しなかったため、それが虚空から生成された分身だという事は一目瞭然だった。
分身自体は本体よりも軽く、相手をするのは難しくなかった様子だったのだが、困ったのは当の本体が上空に居座ってしまったために攻撃手段がなくなってしまった事だった。
討伐隊のほとんどの攻撃がそもそも届かず、唯一クルシュの遠距離斬撃ならば届くが、しかし威力が足りないという状況。
「もう私が落としますけど、良いですね?」
「ああ……こうなったら仕方ねぇ」
いずれ降りてくるのかもしれないが、待っていたらいつまでかかるか分からない。
ティルの提案に、スバルは了承した。
「アル・ゴーア」
直後に放たれたのは城の1つや2つぐらいは容易に飲み込んでしまうぐらいの大きな火球。
討伐隊にも魔法を使う者はいた。霧を吹き飛ばしていた風魔法の時点でもそうだったが、同じ魔法にも関わらず、他の者が使うものと明らかにレベルが違う。
距離をものともせずに火球は白鯨に向かっていき、着弾。
既に夜中。真っ暗な夜空にから、間近で見た花火大会の花火を100倍眩しくしたような赤色と熱気が地上まで届いた。
「やっべぇ……消し炭になったんじゃないか」
「多少加減はしました」
その言葉の通り、白鯨の巨体は原型を留めており、しかし、黒く焼け焦げた姿で墜落していく。
そして、かろうじて息のあった白鯨を討伐隊、もっと言うとラインハルトの祖父がトドメを刺す形で白鯨討伐戦は決着した。
「私たちはただの通りがかり。謝礼は必要ないし、白鯨討伐もそちらが全て行なった事にしてくれていい」
それだけ言い残し、ティルとスバルはその場を後にした。
おこぼれを貰ったような形になったラインハルトの祖父がどんな顔をしていたか、スバルは見る事が出来なかった。
▼△▼△▼△
ラインハルトを白鯨討伐に関わらせないという当初の目的は達成出来た。ラインハルトの祖父に倒させるというのも、ギリギリ達成出来たと言っても良いのではないだろうか。完璧なお膳立てとはいかなかったが、状況が状況なので仕方なかった。
ともかく、第一の目的は達成出来た。ならば次の目的を、となるのだが、ここでスバルの計算が狂った。
スバルの計算では白鯨討伐後、王都に戻ってラインハルトと共に極寒の獣の対策に向かうつもりだった。だが、既に夜が明けてしまった。つまり、白鯨討伐に時間をかけ過ぎた。
「ティル、王都に戻る前にエミリアちゃんのところに寄れないか」
「は? 嫌ですが」
「そこをなんとか……」
「何の用があるか知りませんが、白鯨に対して手加減しかしなかったせいで不満が溜まっている事は忘れない方が良いですよ」
恐らく今から王都に戻っていては、戻っている間にタイムオーバーとなり、いくらラインハルトの超速移動でも間に合わない。もしかすると今回は傷付けられていないラインハルトが独自に動いてくれる可能性はあるが、万全を期すならこのままティルについてきてもらうのが一番良い。
だが、そのための理由が説明出来ない。
エミリアが死ぬ。その結果、獣が顕現する。その獣によって世界が極寒に包まれる。
それを止めるために動きたい。ただ、そのための説明は死に戻りなくして出来ない。死に戻りを打ち明けなければ、なぜそれを知っているかという説明が出来ないのだ。
「頼む……エミリアちゃんのところに行けば、全力を出す機会もあるはずだ」
「本気ですか?」
「本気だ」
正直に話すならば、本当にティルが全力を出すような相手がいるかは分からない。エミリアが死ぬという事はまた『腸狩り』のような人間がいる可能性は高いが、白鯨との戦いを見た今では『腸狩り』程度でティルに敵うとは思えなかった。
だが、今はティルしか頼れる相手がいなかった。
「……白鯨が数日のうちに現れるという事を予言した功績がありますし。その言葉を信じるとしましょうか」
「本当か!?」
「ええ。その代わり、出任せなら後でボロ雑巾にしますが」
「ああ! 頼む!」
放置していたら死んでしまうのだ。その程度、どうという事はない。
地竜が駆ける。その足はエミリアがいる場所を目指しているのだろう。実際問題として、スバルはエミリアがどこにいるか知らない。そういう意味でもティルの協力が得られたのは心強かった。
夜が明け、朝日が上った。かなりの時間が経ってしまっている。だが、このまま行けば。
エミリアの死の原因など全く分からない現状でも、その場に居合わせる事さえ出来ればなんとかなると、そう思っていた。
だが。
「……雪?」
「ッ、まさか……!」
もはや不吉の象徴になりつつある雪が降り始めた。
スバルにはこれが自然現象か人為的なものか判断は出来ない。だが、前回ティルは魔法によるものではないかと感じ取っていた。
「これ、魔法的なやつじゃないよな!?」
「いえ、魔法的なやつですね」
「クソッ、間に合わなかった……!」
これが魔法に類するものであるならば、十中八九あの獣が顕現している。エミリアが死ぬ前に辿り着きたかった。1ヶ月前はそうやって死のループを抜け出したのだ。
今はもう、それは出来なくなってしまった。
「スバルさん」
「……なんだよ」
「ここで待っててもらえますか」
既に平原から森に入っていたところで地竜をその場に止め、ティルが指し示した先には洞窟があった。
「後で迎えに来ます」
「お前、行くつもりか……?」
「凍え死にたいなら一緒に来ても構いませんが」
そう言っている間に、ぽつりぽつりと降っていた雪が吹雪並に降ってきていた。前回に比べて明らかに勢いが強まるのが早い。
思えば、最初のループでも雪が降り始めてからが早かった。これは獣に近付いたからだろうか。
こうなってしまった以上、スバルがついていったところで足手まといにしかならない。だが、前回の事を考えるに、ここでティルを行かせてしまえばティルを死なせてしまう事になりかねない。
「一回王都に戻ろう。それで、ラインハルトにも協力してもらって……」
「は? ここまで来て引き返すつもりですか? 全力を出す機会はこれをやった相手じゃないんですか?」
「これは違うんだ。こうなる前ならなんとかなるはずで」
「残念ながら手遅れですね。このまま帰るとスバルさんも地竜も凍死します」
首根っこを掴む形でスバルを降ろし、自分も降りてティルは洞窟の中に地竜を連れて行く。既に外は数メートル先しか見えないほどの吹雪に見舞われていた。
「それと、素人に私の実力を勝手に決めつけられるのは不愉快です。死にたくなければさっさと奥に入ってください。火は残していきます」
結局、スバルはティルを止める事が出来なかった。そもそも、仮に止める事が出来たとしても、打開策など何もなかった。
▼△▼△▼△
「片付けて……きました」
もう戻ってこないと思っていたティルが戻ってきたのは、別れてから数十分か数時間かが経った後だった。別れてしばらくしてから携帯電話の存在に気付いたため、正確な時間は分からないが、とにかく戻ってきたのだ。
「無事だったのか、ティル!?」
「だから言ったでしょう……」
ただ、いつもの余裕がなくなっていた。
よく見れば、腕を押さえている。血が流れている訳ではないが、あの獣との戦いで負傷したのだろう。
「大丈夫なのか?」
「ええ……今は少し魔法が使えないだけで、戻れば治癒魔法で治します。チッ……油断した……あのクソ精霊……」
服もところどころ欠けたり破れたりしており、激しい戦いがあった事が伺える。
「ちょっと休んだ方が良いんじゃないか?」
「問題ありません」
しかし、普段と比べて身体を運ぶバランスまで少しおかしい事が素人のスバルにも分かるレベルだというのに、スバルの近くで身体を休めていた地竜を立たせ、その背に跨った。
「乗る気がないなら、置いていきますが」
「乗るって!」
意地を張っているのか、あるいはスバルを心配させないようにしているのか。
ともかくとして、スバルはティルの後ろに乗って帰路につく事となった。
既に洞窟の外は晴天だった。
実際にこの目で見た訳ではない。
だが、あの豪雪、そして白鯨すら一人で倒しそうなティルから見て取れる激戦の跡。あの獣が顕現したと考えて間違いないだろう。
そうなった以上、エミリアが死んだという事だ。この世界に来て最初のループを乗り越える際、ほんの少し話しただけの間柄で、しかしその彼女が死んでしまった事に、罪悪感を覚えた。直接スバルが何かしたせいで死んでしまった訳ではない。ただ、死んでしまうだろうという事が分かっていて、そして間に合わなかったのだ。
白鯨も、あの獣という脅威も退けた。
作戦の成否でいえば、成功と言えるだろう。だが、成功の影で、スバルの心の奥底に傷跡を残した。
そう、成功したはずだった。
一人の犠牲を払った代わりに、今回のループの原因は取り除かれたはずだった。
▼△▼△▼△
「僕はさ、争いとか嫌いなんだよ。僕はこう、平々凡々とただただひたすら穏やかで安寧とした日々を享受出来ればそれで十分、それ以上は望まない。だっていうのに君はさ、いきなり攻撃してきたかと思えば、僕が喋っているのに全く聞く耳を持たない。どんな教育を受けてきたのかも分からない。僕は何も高望みをしようっていうんじゃない。君が親からの教育を受けられなかった悲しい存在だっていうならそれでも良いさ。ああ、いるよね。全く話の通じない頭のおかしい奴って。僕はそこで倒れてる彼のように飢餓とか渇望っていうの? そういう、下種な我欲ってものは持ち合わせてないし、今の自分ってものに満足をしている完成された個だ。だからって、他人にまで完成された事を強制しないし、身の程に合わせた生き方をしてくれればそれで何も問題はないわけ。でもさ、君は僕の話を聞かなかった。それだけに飽き足らず、喋ってる最中に攻撃してきて、かと思ったら口汚い言葉を思いつくまま吐くだけ。これってさぁ、いくらなんでも酷すぎるんじゃないかな。僕の意見を無視するってだけでも、それは僕の権利を侵害するって事だ。僕の意見を無視した上で攻撃してくるって事は、僕の権利を踏みにじって、その上からもっと僕の大切な権利を、僕の財を奪おうって事だ。ああ、認めるよ。君が可哀想な奴だってそれは構わない。でもさ、僕の権利を侵害しようっていうなら、それはいかに無欲な僕といえども許せない」
「っ……ぐ……」
「だ、大丈夫か!? ティル!」
帰路の途中、白鯨討伐隊にいた面々が何者かの襲撃を受けたかのように倒れていたのが見つかった。そこにはクルシュやラインハルトの祖父も含まれており、唯一フェリスだけが不自然なまでに身体が無傷の状態だったが、それでも精神的な攻撃でも受けたのか様子がおかしかった。
ティルが魔法を使える状態であれば治癒魔法で生存者を助ける事も出来たかもしれないが、それも出来ず王都へ救援を求めるためにも急いだ。
そして、その途中。それほど時間も掛からずに、遭遇した。
「間が……悪い…………」
魔女教大罪司教『強欲』担当を名乗ったレグルス・コルニアスという白い装いに白髪の青年と魔女教大罪司教『暴食』担当を名乗ったライ・バテンカイトスという黒っぽい装いに濃い茶髪を地面につきそうなぐらい伸ばした少年。
そもそも魔女教が何か知らない。魔女を信仰するという字面から何やら禍々しい感じがするのと、それを聞いたティルの反応から良いものではないと予想は出来るがそれだけだ。
その司教といういわば幹部ポジションで、七つの大罪で有名な強欲と暴食を名乗っている。
フィクション風に言うならば、ボスポジションの敵。
いや、そんな事はどうでも良い。
問題はティルが片腕を失い、さらに武器がないために蹴りを放った事で逆に足が砕け、敵の攻撃を腹に受けてしまったために動けない状態だという事だ。
当然ながら、スバルは戦えない。取れる手段といえば、口で応戦するか逃走するか。前者は見た通り話が通じなさそうで難しく、仮に同じ土俵に乗ってくれたとして、こちらを見逃してくれるところまで持っていけるかどうか。出来れば後者が良いだろうが、肝心の足となる地竜は『暴食』を名乗る少年によって既に殺されてしまっていた。
「頼む、待ってくれ! 勘違いで、行き違いがあったんだ!」
現実的な線を探るなら、少しの間魔法が使えないと言っていたティルの、その少しの間が過ぎるまで時間を稼ぎ、魔法で目くらましでもして逃げるのが良いラインだろうか。
ティルを背負って逃げられるかは賭けになるが、正面から挑むよりはマシなはずだ。
「あのさぁ……今は僕がその暴力女に話してる最中だったでしょ。それを遮るって事は、僕の権利を侵害するって事だ」
「わ、悪かった」
「僕の権利を侵害しておいて、口先だけ謝ったら、はい終わりなんてそんな都合の良い話はないだろ。むしろ僕を馬鹿にしてる。一体いくつ僕の権利を侵害すれば満足なんだ、お前も、お前も。いくら寛大な僕でも限度ってものがある」
直後、『強欲』が腕を振り上げる。
つい先ほども見た動きだった。その動きに連動するように、直線上にあったティルの腕が千切れたのだ。
不可視の斬撃とも呼べそうな攻撃。幸いにして、その腕の動きはそれほど速くない。それが来ると分かっているなら、スバルでも避けられるかもしれない。
だが、後ろにはティル。
スバル程度で攻撃を受け止められるとは思わない。むしろ、二人まとめてお陀仏となる未来しか見えないと言えるだろう。
一瞬でティルを動かす事は出来ない。被害を考えるなら、スバルだけでも助かる方が良いのかもしれない。
その瞬きの間が命取りとなった。
ティルを庇うか、それとも自分だけ生き延びるか。そのどちらかを選択する事すら出来ず、スバルはこのループにおいて二度目の死を迎え――
「うぐっ!?」
まるでトラックに衝突されたような衝撃を受け、身体が真横に吹き飛ぶ。
それが、庇うどころか逆に庇われたがゆえのものだったと理解するのに時間は掛からなかった。
「ティル――!!」
地面を転がり、身体中に擦り傷ができた事などお構いなしに、叫ぶ。が、そんなスバルの声は届かず。その目に映ったのは、赤色。
どこかの骨が折れたか、あるいは腱でも切れたか。
もはやティルが繋いでくれた命をこの場から逃がす事すら出来ない。
そして――
▼△▼△▼△
そして、再び舞い戻る。
「私は、どうしたら良いのか分からない」
場所は裏路地。セーブポイントは変わっていない。
「……? どうしたの、スバル?」
「いや……」
ラインハルトの祖父に関連する災害、白鯨。
エミリアの死を脅かす謎の存在。
エミリアの死により顕現する、極寒の獣。
極め付きには、魔女教の大罪司教を名乗る男。
あまりにも、脅威が多すぎた。
三周目のループが始まる。
正直盛り過ぎた感はありますが、書いてしまったのでこのままいきます。
原作と同様にラインハルトちゃんは『最強』なのでどれだけ盛っても良い。
『最強』が『最強』である以上、どんなに強くても二番手なので、二番手もどれだけ盛っても良い。
という認識でやってます。多少盛ったところでレグルスさんは倒せないですし。
そしてレグルスさん、まさかのスバル1キル。実は長台詞の前にティルがめちゃくちゃに煽りまくっていたので、キレて普通なら見逃すぐらいのスバルまできっちり殺しにいきました。
まぁ、原作でも初見ではスバルに傷を与えているので、殺す気があったらこれぐらいはね。