「今から一緒にエミリアちゃんのところに行ってくれないか」
積み重なり過ぎている問題を整理した時、まず問題は白鯨関係とそれ以外に分ける事が出来る。前者はラインハルトが直接関われないもの、後者はラインハルトが関わっても問題ないと思われるものだ。
直近の問題はほとんどが物理的な力をもってすれば解決出来るタイプのもの。現状、フェルト陣営には頼りになる二大巨頭の戦力がいる。適切に配置さえ出来れば解決するのも難しくないはずなのだ。
「……どうして?」
「それは…………そうだ、お茶会。この前言ってただろ? お茶会に誘ったらいいって。それの、誘いで」
適切に戦力を配置出来れば。だが、それをするのにもさらに問題がある。
どうやって、説得するか。そのための理由は、説明する事が出来ない。
「どうして、エミリア様のところに行きたいの……?」
「だから、お茶会の誘いを……」
そこまで言って、スバルは失敗した事を悟った。
お茶会云々は、ラインハルトをエミリアのところに連れて行くための言い訳に過ぎない。そう、本心ではない。
ラインハルトと、目が合わなかった。
いつも、話す時は目と目を合わせていたのに。話している最中だというのに、下を向いたラインハルトと、目が合わなかった。
「…………。うん……わかった。今から出発したら夜になるから、今日の夜に出発する……で、いい……?」
「ラインハルト、俺は……」
「準備、しておくから」
止める間もなく、ラインハルトは一人で裏路地を抜けていく。その背に伸ばそうとした手は、宙で止まった。
嘘を吐いたら分かるような能力があると、盗品蔵で言っていたはずで、それを今さら思い出す。
確かに、嘘だ。エミリアのところに行きたいのはお茶会に誘いたい、あるいはお茶会に誘わせるためではない。お茶会をするならすれば良いだろうとは思うが、正直に言うとどうでも良い。
だが、仕方ないだろう。だって、このままでは再び死の未来が待っているかもしれないのだ。
ラインハルトを傷付けたくはない。そんな事、スバルにだって不本意だ。しかし、優先順位がある。死の未来を回避するのは、何より最優先の事柄のはずだ。
スバルだけではない。このままでは、ラインハルトやティルはともかく、爺やに婆や、フラムやグラシス、フェルトにロム爺だって死んでしまうかもしれない。事実、今回最初のループではみんな仲良く氷漬けになったのだ。
スバルが何もしなければ、恐らくは一周目のループの二の舞い。ラインハルトと祖父の確執。再び同じ状況になれば、前回よりももっと早く割り込みを掛け、仲介に動く事は出来るだろう。
だが、介入したとして、事態を好転させられるかというと、それは怪しいところである。あの時、祖父側は有無を言わせずにラインハルトを拒絶した。言い振りからして、ラインハルトが白鯨を倒した時点で向こうからすれば溝は埋められないほどに深くなってしまっていたように思える。
だから、ラインハルトには白鯨を倒させられない。
あの時はスバルが背中を押した形にはなったが、あんな祖父を気にかけてあげるぐらいの、優しい少女だ。きっとスバルが何も言わなくても、一人であったとしても祖父のところに向かうだろう。
ラインハルトに倒させる事は出来ない。
二周目でやったように、ティルに強力してもらう手はある。ただ、それでもティル一人が倒すといくらか確執が残ってしまう未来も見えてしまう。
ラインハルトだった事で余計に酷かっただけで、恐らくあの祖父は自分で倒す事に意味があるというタイプだろう。仮にティルが最初のラインハルトと同じような事をすれば、話は拗れる。前回は早々に立ち去った事でその場では有耶無耶になったが、後々がどうなっていたかは分からない。
それでも、逆に相手に噛み付き返すティルであればラインハルトの時よりは酷くならないかもしれないが。
ラインハルトの祖父に配慮した戦い方をした前回、時間がかかり過ぎた事でエミリアの方に間に合わなかった。
ラインハルトのように開幕一刀両断よりは心情的にマシだったと思いたいが、そこまで配慮しても遺恨がゼロになったというのは楽観だ。
他にも問題が積み重なっているのに、どうしてそこまで配慮してやる必要がある? と、そう感じてしまう。ラインハルトの見立てなら、手を出さなければ白鯨に負けて、その先にあるのは死だろう。そこから助けて貰っておいて、何様のつもりなのかと。
だが、ラインハルトの家庭環境が良くない事は何となく聞こえてくる。出来るなら、それをより悪化させてしまうような事は避けたかった。それで傷付くのを、見たくなかった。
そして、魔女教を名乗る二人。『暴食』の方は万全でないティルに倒されていたので、強者基準では大した事はないのかもしれないが、問題は『強欲』の方だ。
ラインハルトならきっと問題ない。ティルは、もしかすると万全の状態なら何とかなるかもしれない。
詳細が分からない以上、想像するしかないが、問題は大きく分けて三つ。
白鯨、エミリア、魔女教。
同時に対応しようとするから難しいのだ。なら、早く対応出来るものは早々に終えてしまえばいい。
祖父の件で傷付いてほしくないと考えておきながら、嘘を吐いて傷付けてしまっている現状に自嘲するが、それも問題が解決するまでの話だ。諸々の問題が片付きさえすれば、きっと全て上手くいくはずだ。
▼△▼△▼△
宣言通り、日が沈んで少ししてからラインハルトは屋敷の前に地竜を用意して、自分の部屋にいたスバルを呼びに来た。
「準備、出来たから」
「ああ、すぐ行く」
ラインハルトの格好は、近衛騎士団の制服ではないものの、完全なお嬢様的なフリフリ衣装でもなく、動きやすそうな印象の服装だった。ミニスカートとハイサイソックスの間から覗く太ももには一瞬目を奪われたが、これなら物騒な展開になっても動けるだろう。
用意されていた地竜は、スバルの記憶が正しければ前回ティルと共に乗った地竜だった。
「今さらだけど、地竜で行くんだな」
「うん……走って行ったら、失礼だって思われるかもしれないから」
「そういうもんなのか」
最初の白鯨討伐の際、白鯨討伐隊のいる場所までは地竜を使わず、ラインハルトに背負われる形で移動した。二周目の地竜での移動と比べてかなり速かったし、それで息一つ乱した様子もなかった。
背負われる立場のスバルから背負ってくれとはもちろん言わないが、一周目の時はラインハルトの方から提案してきた。それが今回は地竜を連れてきたため、気になったのだ。
「乗って」
「おお」
地竜の上から手を差し伸べられ、その手を掴む。その寸前に、スバルは違和感を覚えた。
具体的に言うと、ラインハルトの背中。普段はともかく、戦いに行く際にはいつも背中にあった剣がない。
「ラインハルト、龍剣はどうしたんだ?」
「置いてきた。邪魔だから」
確かに地竜に二人乗りをする事を考えると、邪魔ではあるのだろう。それに、お茶会の誘いという、言ってしまえばただの話し合いのためなら剣は必要ない。
だが、それは方便だ。実際には、エミリアの命を狙うであろう相手と戦いになるはずだ。ラインハルトのレベルなら剣があろうとなかろうと変わらないのかもしれないが、念には念を入れておきたい。
「持っていってくれないか」
「それは、どうして……?」
昼にもあった、それと似た問い。
昼は誤魔化すしかなかった。これも、本当の事を言えない以上、誤魔化すしかないが。
「物騒な事に、巻き込まれるかもしれない。いや、たぶん巻き込まれる」
これ以上、嘘で誤魔化す事はしたくなかった。
死に戻りを話そうとした時のペナルティーのような、あの黒い手。他者へその存在を打ち明けようとした時に現れると思われるあの黒い靄が、今回は現れなかった。
「うん。分かった」
そう言って、今度は目をそらさずに頷いたラインハルトは地竜から降り、屋敷の中へ戻っていった。
「……これぐらいなら、セーフなのか……?」
正直に言うと、賭けではあった。直接死に戻りによって知り得た知識を断定して打ち明けた訳ではないが、ほとんど言ったようなものだ。それでセーフ判定という事は、確実に断定するような言い方でなければ大丈夫なのだろうか。
この辺りは検証したいとは思わないものの、現状は要検証だ。今はラインハルトに対して嘘を重ねなくて良かった事に対して安堵する。
「お待たせ。でも邪魔だから、スバルが持ってて」
「逆にいいの? こういうの、男の子的には憧れだからむしろウェルカム」
前にラインハルト、後ろにスバルが乗る形になるため、ラインハルトが背中に龍剣を提げるとどうしても邪魔になってしまう。という事で、龍剣はスバルの背中に提げる事になった。
本物の剣だ。ただの長い棒ですらくすぐられる男の子心をこれ以上に刺激するものもそうはない。
喜んで背中に提げ、そして柄に手をかけてみる。龍剣レイドは『剣聖の加護』の持ち主しか抜けず、『剣聖の加護』の持ち主であっても相応しい時にしか抜けないらしいので、スバルにはどうやっても抜けそうにはなかったが。
例え抜けなくても、ラインハルトには関係ないのだろう。いざとなれば鞘に収まったまま使うのだから。
▼△▼△▼△
陽魔法で地竜を強化していたらしい前回よりはゆっくりであったものの、確実に進む。
既にリーファウス平原というらしい、前回と前々回に白鯨が現れた場所に差し掛かっていた。
「あれは、フリューゲルの大樹。『賢者』フリューゲルが植えたって言われてる」
「でっけぇ……! 雲まで届くんじゃないか」
「ううん。雲の方が全然高い」
「おお、さすが雲歩きの達人。実感が籠もってるぜ」
見上げると木というよりは、もはや何とかタワーという建築物だと言われた方が納得出来るような大樹だった。
下から見ると木の頂上と雲のどちらの方が高いか分からないほどの高さだったが、どうやらラインハルトによれば雲の方が高いらしい。雲の上を歩けるラインハルトが言うならそうなのだろう。
こんな風に、ラインハルトはところどころでバスガイドのような事をしてくれたので、道中に暇をする事はなかった。
まだ、エミリアがいるというメイザース領までは距離があった。問題が起こるにしてもまだ先のはずだったのだ。
だが、それは起こる。
「……来てる」
「来てる? 一体何が――」
言い終わる前に、何か白い靄のようなものが宙に漂っているのが見えた。
「まさか……!」
白い靄、というよりも霧。思い当たる節は、一つしかなかった。
白鯨討伐隊がいた前回や前々回とは違い、周囲は真っ暗だ。月も雲に隠れてしまっている。フリューゲルの大樹ですら、結構近くまで近付かなければ分からなかった。
ポケットから携帯電話を取り出し、ライトを点ける。
――ギョロリと、巨大な眼球と目が合った。
「ッッ……!?」
「私は、どうすれば……」
「落ち着きすぎじゃない!? とにかく逃げの一択――!!」
「うん」
ラインハルトの手が超接近していた白鯨の眼球の上を滑る。直後、飛び散る鮮血。
『――――!!』
至近距離での咆哮。思わずラインハルトの腰に置いていた手を両手を耳に当てる。
目を切り裂かれた白鯨が跳ね、離れていく。
「今は倒さなくていい! 離れるぞ!」
「物騒な事って、これじゃないの……?」
「これとは別にある!」
「じゃあ、ちょっと持ってて」
そう言って、走る地竜の手綱が手渡される。
ラインハルトが飛び降り、自然とスバルが地竜を制御しなければならなくなった。止まっている状態ならともかく、走っている状態の地竜の手綱を握るのは初めてだ。
『――――ッ!!』
「出るのが早過ぎるだろ……! 討伐隊が出るまでまだ2日ぐらいあるってのに!」
後ろからの咆哮を聞きつつ、なんとか態勢を崩さないように気を付けながら手綱にしがみつく。
「追い払ってきた」
数秒後、ラインハルトが地竜に並走する形で戻ってきた。そして走りながら地竜に飛び乗ったラインハルトへ、手綱を渡す。
それ以上は追いかけて来なかった白鯨は一旦放置し、メイザース領へ向かった。
後から聞いてみれば、白鯨は蹴って追い払ったとの事だった。
▼△▼△▼△
夜が明けて少しして、メイザース領の森に入った。
森に入る辺りで、もう少しで着くと聞いていたスバルは、周囲への警戒を強めていた。エミリアの死に関わる原因は当然エミリアの近くに潜んでいるはずだからだ。
どんな相手か分からない。数も姿も未知数の敵だ。
いつ遭遇するか、そもそもエミリアのいる場所まで遭遇せずに到着するかもしれない。分からないだらけではあるが、その時は唐突に訪れた。
「スバル、じっとしてて」
風が吹いたような気がした。
地竜の足が止まる。
「なっ!? なんだ、こいつら……!」
周囲には音もなくいくつもの影が現れていた。
黒い頭全体を覆う頭巾にローブで全身を包み隠した、どこかの思想団体のような格好の人間。
「魔女教」
「魔女教、こいつらが……!?」
魔女教。スバルの前回の死因であり、因縁のある相手だ。
顔も見えず、一人ひとりに区別出来るような個性はなく、大罪司教を名乗っていた『強欲』や『暴食』を幹部だとするならば、一般教徒といったところだろうか。
考えてみれば当然の話だ。魔女教などというカルト宗教じみた集まりならば、相応の構成員があって然るべきだろう。幹部がいるならば、その部下がいても何の不思議もない。
「すぐに片付けるから」
「龍剣使うか!?」
「ううん。大丈夫」
目にも止まらぬ、とはまさにこの事だろう。
瞬きの間に、二、三十はいたであろう一般魔女教徒が頭と胴体が別れる形で、血を噴き出しながら倒れた。
最後の一人を前に、ラインハルトは腕を横に振ったような形で止まった。手には武器を持っていない。手刀でやったのだろう。
ショッキングな光景ではあったが、そこまで衝撃ではなかった。それはラインハルトならそれぐらい出来るだろうという信頼や、大罪司教の危険度を知っていること、そしてこの魔女教徒たちは短剣を持ってこちらを襲おうとしていたことがあったからだろうか。
「……魔女教徒は、見つけたら殺せって言われてるから」
「そんなゴキブリみたいな扱いなのか……」
物騒な考え方ではあるが、『腸狩り』をはじめとして割と物騒な者が多いこの世界ならではの心構えだろう。今もいきなり襲ってこようとした事といい、その危険度を考えればそうなるのも仕方ない。
「近くにまだいると思うから、先に片付けてもいい……?」
「一匹いたら的な話か……マジでゴキブリじゃん。そっち優先しよう」
まだ確証はないが、エミリアがいる場所に近いはずのここにいるという事は、エミリアの死に関わっているのも魔女教ではないかと予想出来る。そうでなくても、危険因子なら取り除いておくのが良い。
そうして、こっちの方にいる気がする、と森の中を分け入って行くと、ラインハルトの言った通りにアジトのようなものが見つかった。
「ワタシは魔女教大罪司教『怠惰』担当ペテルギウス・ロマネコンティ…………デス!」
「怠惰……!? 嘘だろ、何人いるんだよ……!」
そこから現れたのは、他の魔女教徒とは違って顔を晒した、緑の髪をおかっぱにした痩せぎすの男。
名乗った肩書きは大罪司教の『怠惰』。そりゃ、いるだろう。七つの大罪を元にした肩書きなら『強欲』や『暴食』の二人だけという方が不自然だ。だが、アレと同じようなものがまさか残りの四枠分も近くにいるのかと、頭が痛くなる。
「お待ちしておりましたデス。寵愛の信徒よ」
「スバル、知り合い?」
「いやいやいや! 見た事も聞いた事もない他人だよ!」
一体何の寵愛なのか知らないが、まるでスバルを知っているかのような口ぶりだ。だが、こちらは本当に見た事も聞いた事もない。見間違いか他人の空似だろうとは思うが、それにしてもにゾッとしない話だ。
直後、ラインハルトの姿がブレたかと思うと『怠惰』の男の首が飛んだ。
相変わらずの手刀。手刀でよくそんなスパスパ切れるものだと、もはや感心する。
「たぶん、他にも潜んでると思うから」
「お、おう。害虫駆除な」
呆気ない。
前回の『強欲』はともかく、『暴食』はティルにすぐにやられていたので同じ大罪司教でも戦闘能力はピンキリだという事だろうか。あるいは、『怠惰』は普通に強かったが、ラインハルトがそれ以上に強過ぎただけか。
森を進む。スバルからすると、今どの方向に進んでいるのかすら怪しいところだが、ラインハルトは迷いなく地竜を進ませる。
「スバル、ちょっと貸して」
「龍剣?」
「うん」
今のスバルに貸してと言われるようなものは龍剣ぐらいなものなので、柄を握って前に跨がるラインハルトに手渡した。
そして、一閃。鞘に収まったままの龍剣が弧を描き、周囲十数メートルの木々が伐採された。
「バカなバカなバカな……! ワタシの権能が、『見えざる手』が見えているッ!?」
その奥から現れたのは、魔女教特有の黒いローブに身を包みながらも顔は隠していない茶髪の中年男。
「何かしてたのか……?」
「うん。何かを伸ばしてきてた。これ、持ってて」
スバルに手綱を渡し、ラインハルトが地竜から降りる。
そして、地面の砂を蹴り上げた。
それはもはや蹴ったというよりも、前方で爆弾でも爆発したのかというぐらいの砂が宙に浮かび、その一部は男へと向かう。
「見えた?」
「ごめん、何が?」
まさかではあるが、ありがちなラッキースケベを責めるようなものではない。
ミニスカートで地面を蹴り上げるという、少し足癖を指摘したくなるような行動だが、幸か不幸かラインハルトはスバルに背を向けている形。こちらからは何も見えなかった。
「手みたいな形の何かが来てた。砂を通したら、形が分かりやすいと思って」
「見えない、透明だから逆にそこだけ抜けて見えるって事か……全然見えなかったけど。ていうか、ラインハルトは砂がなくても普通に見えたのね?」
「うん。飛んでる塵とかの、光の反射で」
「さすがだわ。マサイ族にもマウント取れるな、その視力」
敵の目の前だというのに、不思議と全く不安は感じなかった。
ラインハルトが負けるはずがないと、そう確信しているからだ。最初のループを抜け出す事が出来た時のラインハルトの姿に、スバルはある種の信仰さえ抱いていた。日常生活ではただの女の子だが、戦闘においては他の追随を許さない。
女の子の背中に隠れる形になるのは情けない事この上ないし、仮にラインハルトが戦う事が嫌だと言うなら、どれだけ強くても前線に立たせるような事はしない。だが、スバルの見立てが正しいならば、ラインハルトは剣を握る事自体は嫌いではない。化け物だなんだと周囲から言われ、疎まれるのが嫌なだけで、剣を握る事はむしろ好きな部類に見える。
「ワタシの寵愛をッ……怠惰なる権能をッ……!」
ラインハルトが龍剣を振るう。
次の瞬間、背後の木と共に男の首が両断された。
「次」
「まだまだいそう?」
「もうちょっと」
▼△▼△▼△
およそ十ほどの魔女教徒のグループを滅ぼし、ラインハルトは殲滅完了を宣言した。
「たぶん、もういない」
「これでひとまずは安心、か……?」
スバルは後ろで見ていただけで、ラインハルトがすべて片付けたのだが、エミリアの近くにいた脅威は取り除けたと考えられるだろうか。
さすがに、敵がいるかどうかも何も分からない状態から、まだ何のアクションも起こしていない敵を発見出来るほどバカげた直感ではないらしいが、既に襲いかかってきた相手の仲間がどの辺りに潜んでいるかぐらいは分かるらしい。そのラインハルトがもういないと言うなら、ひとまずの危機は去ったと考えられるだろう。
仮に『強欲』や『暴食』が近くにいたとすれば、同じ魔女教の仲間判定でラインハルトが察知出来るはずだ。
魔女教とまったく別口の敵がいるとなれば話は変わるが、今はないと考えて動くしかない。
「とりあえずエミリアちゃんのところに向かうか。不審者がいたから追い払っておいたって報告も兼ねて」
「うん」
これで脅威の一つである極寒の獣の顕現を防ぐ事が出来るはずだ。
今回のループには複数の脅威があるが、その中でも直接の死因となりやすい一件を止められた。残りの脅威は、白鯨と『強欲』の大罪司教。
他力本願だが、白鯨はティルに頼めば何とか出来る。白鯨は祖父の関係でラインハルトを参加させるのは難しいが、『強欲』相手ならラインハルトが何とか出来るかもしれない。
恐らく白鯨討伐からの帰り道で『強欲』や『暴食』と遭遇する討伐隊。白鯨討伐の現場にはいなくても、その帰り道でラインハルトと合流する事が出来れば。
手綱を握るラインハルトの腰に手を置きながら、これからの動きを頭の中で整理する。
ティルの説得。白鯨討伐での流れ。白鯨が分身を出して高高度に逃げた後、ティルでなくラインハルトの祖父もしくは討伐隊の誰かに地上まで落とさせるにはどうすれば良いか。そして討伐後、どうやってラインハルトと合流するか、どこかで待っていてもらう方が良いか。
「スバルは……ここに来たかったのは、魔女教がいたから……?」
「え?」
「最初、お茶会って嘘を言ってたから。嫌な気持ちを持ってるわけじゃないって、分かってたけど……それでも」
考え事をしていたために、反応に遅れてしまった。
「どんな理由でも、言ってくれたら……」
だが、その言葉に応える事は出来なかった。
――脳を掻きむしられるような感覚があった。
「ッ!!」
とっさにラインハルトの腰から手を離し、両手で頭を押える。
「スバル……?」
近くにいては駄目だと、何とか残る理性が訴えかけていた。
片手を頭に当てたまま、燃え上がるような赤い髪ごとラインハルトの背中を押し、地竜から落ちる。
「どうしたの、スバ――」
「離れ……ろ! アイツが……俺の、中に……!」
「え――」
思えば、おかしい事はあった。
最初の大罪司教本人は使う前にラインハルトにやられたから分からなかったが、他のグループ毎の代表面をした魔女教徒は揃いも揃って同じ能力、本人たちがいうところの『見えざる手』を使ってきた。
それだけでなく、その『見えざる手』使いは皆が皆、特徴的な口調であった。
魔法だって同じ魔法を使う人間なんてたくさんいるのだから『見えざる手』使いが複数いる可能性だってあるし、口調など組織の制服のように統一しようと思えば統一出来る。
だが、違った。
同じような能力、同じような口調の人間が複数いたのではない。
一人が複数の人間を器として乗り換えていたからこその状況だったのだ。
「俺から、離れ…………ても遅いのデス」
「っ……!」
意思を無視して勝手に動く口。確実に、何かが侵食してきている感覚があった。
「俺は……! ……ペテルギウス・ロマネコンティ……じゃねぇ、クソッ」
「スバル……! お願い……やめて、なんで」
地竜から降りたラインハルトの悲痛な叫びを、スバルには止めてやる事が出来ない。
「実に実に実にイイ! 実に良く馴染むのデス! これほど馴染む器は…………黙れ……! 俺から、出て行きやがれ……!」
「スバル……! スバルっ……!」
身体を乗っ取られるなんて経験は、スバルにはない。自分の身体からの追い出し方など、分かるはずもない。
「逃げろ……お前まで、乗っ取られたら……!」
仮に追い出す事が出来たとしても、ラインハルトを乗っ取られでもしたら終わりだ。
少なくとも、ラインハルトを離れさせなければいけなかった。
「そうだ、待ってて……これなら」
だが、ラインハルトは離れてくれなかった。どころか、背中の剣に手を伸ばす。
「なんで……! なんで、抜けないの……!」
龍剣レイドの柄を引くが、当然のようにその刃は鞘に収まったまま。
鞘を掴み、無理やり引き抜こうとするが、龍剣はラインハルトの思いには応えるつもりがないと言うかのように、ビクともしないようだった。
「なんでなんでなんでなんで……!!」
見た事もないような形相で、髪を乱しながら。縋りつくように。
「ライン……ハルト……!」
龍剣レイド。抜けるべき時にしか抜けない聖剣の類い。
さぞかし、素晴らしい力が秘められているのだろう。あるいは、この場面を切り抜ける事が出来る力があるのかもしれない。
だが、抜けなければ意味はない。
ペテルギウス・ロマネコンティという名の『怠惰』の大罪司教に身体を乗っ取られ、精神が侵食されていく。
「逃げ……」
打開策は何もない。
自分の身体から追い出す方法がない。ラインハルトは目の前で立ち尽くしているも同然。
何も出来ず、ただ。
精神が、塗り潰され、塗り潰され、塗り潰され、塗り潰され――――
▼△▼△▼△
「私は、どうしたら良いのか分からない」
「――何も、しない方がいい」
結局、あの後どうなったのかは分からない。
ラインハルトがスバルごと『怠惰』を斬ったのか、ラインハルトを悲しませたとしてキレたティルに斬られたのか、あるいは他の人間によって討たれたのか。
ともかく、こうして戻ってきたという事は、死に戻ったという事だ。
「手を出すべきじゃ、なかった」
ただ分かったのは、例えラインハルトがいても、あそこにいたのがティルだったとしても、どうにも出来なかっただろうという事だった。
スバルに憑依したペテルギウスには龍剣は抜けなかったようです。
なお、龍剣が抜けていたとしてもどうにか出来たかというと……。