もしもラインハルトがラインハルトちゃんだったら   作:龍仁

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白鯨攻略前哨戦

 

 

「古来より不老不死を目指す研究は数多くされてきた訳だが、その中の一つに朽ちる身体を捨て、新たな身体を得る事によって生き延びようというという目的で開発が進められた魔法があったはずだ。私の記憶では結局その実験は失敗していたし、結果の分からないものも既に記録が遺失していて最終的に成功したのかも分からない。ただ、それらに共通して言える事として、誰彼構わず精神だけで乗り移るような事は原理的に不可能という事が挙げられる。最低限必要なのは術者と被術者の相互の間にある繋がりだ。例えば乗り移る予定の者に予め術式を仕込んでおくなどして人工的に繋がりを作っておく。あるいは、血縁者のように生まれながらの繋がりを利用するという事が考えられる。本当にたまたま偶然極端に親和性が高いなどしてこれらの条件を無視して実行出来る可能性はあるにしろ、やはり誰彼構わず乗り移る事が出来る可能は低いだろう。と、いったところが私の見解だがどうだろうか?」

 

「おつかれ。なら引き続き研究を進めてもらって」

 

「まさかこれだけのために連れて来たのではないだろうな!?」

 

「……?」

 

「“?”ではないのだが!?」

 

 繰り広げられるティルとエッゾによる漫才を聞き流しながら、スバルは考える。

 エッゾの言葉が正しいとした場合、対『怠惰』の戦略がかなり変わる。スバルは乗っ取られた事実があるため、運悪くたまたま偶然極端に親和性が高かったのだろう。『怠惰』が何やらこちらを知っている風な事を言っていたが、予め術式を仕込まれたりはしていないと思いたい。

 そして、ラインハルトやティル、他の人間も乗っ取る可能性は低い。これは朗報だ。魔女教徒の器には予め術式を仕込んでいたのだろうが、それを全て倒せば、あとは乗り移り先はスバルのみ。狙撃など面倒な事は考えなくても良くなる。

 となれば、スバルの身体から『怠惰』の精神を追い出す方法さえあれば完璧だ。

 

「助かったよ、エッゾさん。おかげでかなりやりやすくなった」

 

「それは良かったが、しかしにわかには信じられないな。魔女教に関しては動き出すというのも分からなくはないが、白鯨は神出鬼没だろう?」

 

「そこは未来予知的な能力があるって感じに思ってくれたらいいよ。恐ろしく使い勝手は悪いけど」

 

「未来予知とは……本当なら興味深い」

 

 死に戻りは未来から戻ってきているようなものなので、実際に体験してはいるが、一種の未来予知と言っても過言ではないだろう。戻ってくるのに死を経由しなければならないというのが難点だが。

 

「ま、どうせ嘘でも恥かいた後でボコされるのは兄ちゃんだしな」

 

「ですね」

 

 と、フェルトとティル。

 恥をかいた上でボコられるのは勘弁してほしいところだが、それを天秤に乗せて話を聞いてくれるなら安いものだ。

 

「それで、現れると分かっているなら堕とすのだろう? 白鯨を」

 

「まあな」

 

「ならばぜひとも同行させてはくれないだろうか。その歴史的瞬間に立ち会いたい」

 

「あっさりと信じるんだな?」

 

「なに、未知のものを検証もせずに否定するのは愚かだというだけの話だ」

 

 ともあれ、だ。

 白鯨は倒す予定だが、ただ倒せば良いという話でもない。討伐隊に合流する形にしても良いが、そうすると帰りに『強欲』と『暴食』に遭遇する事になる。『暴食』はともかく、『強欲』は強敵だろうが、そこはラインハルトに任せたい。ただ、後ろに大勢いては戦いにくいだろう。

 

 ゆえに――

 

「――単刀直入に言う。一緒に白鯨を倒そう」

 

 必要なのは、白鯨討伐隊を擁するクルシュ陣営との同盟だ。

 

 ▼△▼△▼△

 

 前回、スバルは討伐隊が出撃するよりも前に白鯨が出現するのを見た。つまり、討伐隊を予定よりも早く出撃させる事が出来れば、白鯨討伐も早く完了し、『強欲』や『暴食』との遭遇を回避出来るかもしれない。

 ただ、そうするためにはクルシュ陣営への交渉が不可欠であり、討伐隊にこちらからも人員を出すならその場限りでも同盟を組む必要がある。

 そして、そのための交渉。矢面に立たされたのはスバルだった。

 

 だが、続く言葉を紡ぐ前にゾワリと何かが背筋を通り抜けるような感覚。直後、パキパキと何かが凍るような音が鼓膜を叩いた。

 

「まっ、待った!!」

 

 次の瞬間には、氷でできた剣を振り下ろすような形でティルは停止していた。

 一瞬遅れて風が部屋の中で吹き荒れた。

 

「こちらは話し合いに来たと、そう前置きしてあったはずだ。殺し合いがしたいならそう言ったらどうだ」

 

 未熟ではあるが、ラインハルトの指導で『流法』の特訓をしているスバルには、それがラインハルトの祖父であるヴィルヘルムから発せられた剣気のようなものだと理解する事が出来た。

 

 ここに来る前の作戦会議で、ナメられないように一発かますかもしれないとは聞いていたが、まさかこんなにも一触即発な感じでくるとは思わなかった。予め何かするかもと聞いていたから反応出来たが、スバルが反応していなかったらどうしていたのだろうか。

 

「お前がのうのうと生きていられるのはラインハルトの厚意あってこそだという事が分かっていないようだな」

 

「……申し訳ありません。未熟な真似を」

 

 幸いにも、ここから斬り合いになるような事はなく、ヴィルヘルムが謝罪する形で収まった。

 呼び方はお嬢様じゃなかったっけ、と一部気になったが、それよりも今は話を進める方が優先だ。

 

「一応ティルは俺とフェルトの護衛って事で来てもらってる。ちょっと紙を散らしちまったけど、先にアクションを起こしたのはそっちだから、ここはお相子って事で」

 

「ああ、その言葉に甘えよう」

 

 場所はクルシュ・カルステン公爵の所有する屋敷。時は夕方、日が傾いてきた頃。

 交渉のテーブルにはスバル一人がつき、その後にはフェルトとティルが立っている。

 対してスバルの正面に座るのは、長い緑色の髪が特徴的な麗人クルシュ・カルステン。その後にはヴィルヘルムとフェリスがそれぞれ控えていた。

 

「では、改めて問おう。話があると言われて場を用意してみれば、白鯨とは。些か突拍子もない話だ。そもそも卿は? 見ない顔だが」

 

「俺はナツキ・スバル。今はアストレア家の使用人って事になってる」

 

「ほう、アストレア家の使用人か。それが、フェルトや『付き人』を差し置いて交渉とは」

 

「今回のは兄ちゃんが言い出した事だかんな。こういう話も兄ちゃんがやるってのが自然だろ?」

 

「ですね」

 

 同じく使用人の立場? であるティルはともかく、屋敷の中で一番立場は高いであろう王選候補者のフェルトを差し置いてというのは、メンツを大事にしそうな印象のある貴族からすれば不自然な事なのだろう。

 だが、当のフェルトがそうさせたのだ。スバルとしては、フェルトがやってくれたら楽ではあるのだが、言い出しっぺの法則とでもいうのか、矢面に立たされる事となった。

 

「そちらの事情は理解した。だが、その上で改めて問おう。白鯨というその言葉は一体どこから出てきた?」

 

 クルシュはハキハキとした話し方で、嘘偽りは許さないという空気が出ている。

 ここに来る前にラインハルトに聞けば、ちょっと怖いなどと言っていたのも納得だ。

 

「そっちの、ヴィルヘルムさんが長年白鯨を追ってるって話は聞いてる。それで、俺は白鯨が現れるのを知ってる。こうして話を持ち掛けるのは、不思議じゃないはずだ」

 

 クルシュからの反論はない。スバルの続く言葉を待っているようだ。

 

「じゃあ、改めて。こっち、フェルト陣営から求めるのは、クルシュ陣営との白鯨を倒すための同盟。俺が出せるカードは白鯨の出る場所と時間っていう情報と、ティル含めた戦力だ」

 

 ともかく、交渉だ。

 ややこしい事にならないようにラインハルトは留守番だとしても、本当に白鯨討伐をやるならとフェルトを筆頭に参加を表明してくれた。フェルトは面白そうだから、ティルはその護衛。エッゾは屋敷で言っていた通り。なんと爺やと婆やも参加するという。

 

 ただし、ティルという特大戦力をカードとして見せているが、本気を出させる事はしない。あくまでアシストに留めてもらう予定だ。それも、二周目よりもさらに裏方に回ってもらう形で。

 二周目の時、クルシュはティルの力に関して、これほどかと驚いている場面があった。ある程度出し惜しみをしても手を抜いているとは思われないはずだ。今のところ考えているのは白鯨の霧を晴らすのと、本当に威力を抑えて抑えた魔法で援護してもらう程度にしてもらうというものだ。

 

「そもそもの話をしよう、ナツキ・スバル。卿の知っての通りヴィルヘルムは長年白鯨を追い続けている。つまりそれは白鯨の行方を掴むのにそれだけの時間が掛かるという事を意味する。卿は一体、どうやってそれを知り得た?」

 

 当然の疑問だ。

 屋敷の誰に聞いても白鯨は神出鬼没で、出没の傾向すら掴めないと、そう言っていた。

 ここから数日後に討伐隊が出撃する以上、ヴィルヘルムは何らかの傾向を掴んだのか、あるいは白鯨出現の報せを聞いて急いで出現したのだろうが、長年追っているからこそ、白鯨が出る場所や時間を特定する事の難しさは分かっているのだろう。

 

「これが、それを教えてくれる」

 

 そう言って、ポケットから携帯電話を取り出した。

 

「これは?」

 

「ミーティアってやつだ」

 

 スバルには交渉の心得などない。

 ゆえに、元々盗品倉を経営していてその手の事に詳しいであろうロム爺にいくつかのアドバイスを貰っていた。その一つがこれだ。馬鹿正直に未来が分かるなどとは言わない。

 屋敷の人間は一ヶ月近い付き合いがある。その上で、ラインハルトが受け入れている事やフェルトが面白がっていた事があって、話を聞いてもらっているという形だ。初対面で未来が分かるなどと言っても信じてもらえる見込みは薄い。エッゾは例外だろう。

 

 ラインハルトからは、クルシュは加護を持っており、その効果で相手の嘘を見破れるという事も聞いた。

 ならば信じてくれるのでは、というスバルの言葉にはこれまたロム爺からのアドバイスがあった。そんな事はあり得ないという感情と正しいとする加護がぶつかった場合、その人間がどちらに傾くか分からないと。

 

 ミーティアとは、簡単にいえば魔法の道具だ。互いに離れた場所でテレビ電話のような事が出来る対話鏡というものがあったりするらしい。全てのミーティアの効果が知られている訳ではなく、新たな効果を持つものが出土する事もしばしばあるという。

 ならば、白鯨の出現場所や出現時間を知らせるミーティアがあるとしても不思議ではない。少なくとも、未来が分かるなどと言うよりも断然信じられるはずだ。

 

 また、これも完全な嘘という訳ではない。

 事実として、前回白鯨に対してライトで照らした際、ちらりと時刻表示が見えたのだ。

 この世界で出土したものではないが、ロム爺から言わせればミーティアらしい。この世界の住人が言うのだから間違いないだろう。

 

「……なるほどな。にわかには信じられないが、卿が白鯨の情報を知り得た理由についても理解した。だが、やはり分からんな」

 

「分からないってのは?」

 

「白鯨の出現する場所、時間が分かっているならば、何故『剣聖』を出さない? それが最も確実な方法のはずだ。それとも、『剣聖』ですら他陣営の力を借りなければ白鯨は落とせないと、卿はそう判断しているのか?」

 

 それも当然の疑問だった。

 ラインハルトが他陣営の力を借りなければ白鯨に勝てないなんて事はない。ラインハルトならば、一撃で白鯨を屠る事が出来る。とはいえ、クルシュも当代の『剣聖』が手こずるとは思っていないような言い方だ。

 他陣営ならともかく、対外的に見てもスバルは同じ陣営に属する人間。白鯨退治だけが目的であれば、ラインハルトを連れて行くのが一番早い。

 あちらは知らないかもしれないが、ティルでも同じような事が出来たりもする。

 

 だが、それでは駄目なのだ。

 白鯨討伐の目的は、あくまでもヴィルヘルムに白鯨を討たせること。あなた達だけだと負けるから手伝うよ、などとは口が裂けても言えはしない。そんな見下すような事を言って交渉が上手くいく訳もない。

 ただ、ちゃんとラインハルトを連れて行けない理由は考えてある。

 

「ラインハルトには別件を任せてる。白鯨の方には連れて行けない」

 

 これは、予め考えていたフレーズだ。

 ラインハルトに別件を任せているのは本当。白鯨討伐に連れて行けないのも本当。だが、別件を任せているから連れていけない訳ではない。二文の間に“だから”とか“なので”を付けると嘘になるが、それぞれの文は本当だという詐欺師のようなやり方だ。

 しかし、相手が嘘を見破るという能力を持っている以上、仕方ない。

 

「別件だと? 白鯨よりも優先すべき問題があるものか?」

 

「詳しくは省くけど、魔女教関係だ」

 

 こちらに関しては詳しく聞かれるとボロが出る。白鯨とは違って、それを知る理由を用意していない。

 ただ、この交渉は白鯨がメインだ。ラインハルトを連れて行けない事だけ分かればそれで良い。他の陣営の事情に深く首を突っ込んでくるような真似はしないと信じたい。

 

「そうか」

 

 そうして一息をおいて、クルシュは言った。

 

「疑問はある。腑に落ちない点は多く、即座に手を結ぶというのも難しい。だが、フェルトも『付き人』も伴って来た。酔狂で言っている訳ではないとも理解している。故に最後に一つだけ問おう」

 

 交渉に関しては素人のスバルだ。数々のものをこなしてきたであろうクルシュから見れば、そりゃ穴もあるのだろう。

 だが、それでもここまでは流れ的にも悪くないはずだ。後は最後の問いというものにクルシュが満足するような答えを出せれば。

 

「卿が白鯨を堕とそうとする理由。それは復讐のためか、名誉のためか。あるいは別の何かか」

 

「――――」

 

 聞かれる事になるだろうとは思っていた。むしろ、白鯨を倒すという大きな事を為そうとしているのに、やろうとしている理由すら知らない状況は不健全だろう。

 嘘が分かる加護を切り抜けられるようなお茶を濁した言い方は考えて来ていた。

 だが、クルシュの射貫くような目。嘘や誤魔化しは許さないと語るような鋭い視線に、思わず口を噤み、自らの視線はクルシュからヴィルヘルムの方へ流れた。

 

 それに対するクルシュの反応は。

 目を瞑り、ため息をつく。

 

「この場にいる者の間ですら話せないか。共に白鯨を堕とすとなれば、我々は背中を預け合う関係となる。何故それを為したいのかすら話せない間柄で、命を預けられるとは到底思えんな」

 

 それは、今までの流れを断ち切る言葉だった。

 

 明確な拒絶の意思。

 このままでは交渉がご破産になってしまう。だが、とっさに機転を利かせた言葉は出ず、しかし、代わりに後ろからスバルを援護する言葉が飛んだ。

 

「まあ待てよ。それを判断するのはちゃんと聞いてからでも遅くないだろ」

 

 フェルトだ。

 フェルトが、交渉を終わらせようとするクルシュへ待ったをかけた。

 

「だが、それが出来ないのが今だろう」

 

「ま、誰でも言いにくい事ぐらいあるんじゃねーの? アタシらは出てるから一対一で話したらいい。兄ちゃんもそれなら問題ねーだろ?」

 

「あ、ああ」

 

 それは助かる提案だった。

 白鯨を倒したい理由はラインハルトの家族関係の問題を少しでも解決したいというものがほとんどだ。もちろん、被害を出しまくる魔獣を倒して危険を減らしたいという思いもある。ただ、何が一番かと聞かれたらラインハルトだ。

 それを、ヴィルヘルムがいる場では言いづらかった。

 

「あの〜、さすがにクルシュ様をお一人にするのは……」

 

「なら姉ちゃんだけ残ってたらいいんじゃね? 兄ちゃんもそれでいいよな?」

 

「ああ」

 

 スバルにとってこの場で言いづらい理由であるヴィルヘルムが退出するなら、他は残っても構わない。さすがにヴィルヘルム一人に部屋を出てもらう訳にはいかないため、フェルトやティルも出るのだろうが。

 

「良いだろう。だが、一つ言っておくが、フェリスは男だぞ?」

 

 と、スバル、クルシュ、フェリスを残して部屋を出る流れになりそうだったところに爆弾が落とされた。

 

「「嘘だろッ!?」」

 

 スバルとフェルトの言葉が重なる。それだけの衝撃があった。

 猫耳を生やしたあざとい猫獣人のフェリスは、キャミソールの外側にワンピースをくっつけたような、どう見ても女の子の格好だった。確かに胸は出ていないが、それにしても女の子にしか見えない。

 

「そのあざとさで男かよ……とんだトラップもあったもんだぜ」

 

「ティルは知ってたのかよ?」

 

「当然です。骨格や歩き方、他にも色々と。見れば普通に分かります」

 

 見れば普通に分かるらしい。

 もう一度じっと見てみるが、やはり分からなかった。

 

 ▼△▼△▼△

 

 フェルトとティル、ヴィルヘルムが退室し、部屋には向かい合うように座るスバルとクルシュ、そしてクルシュの後ろに立つフェリスの三人が残った。部屋の外でティルが問題を起こさないか心配ではあるが、そちらはフェルトに任せるしかない。

 

「さて。聞かせてもらおうか」

 

 改めて、鋭い視線が向けられる。

 フェルトとティルがいなくなり、あれでもいてくれて心強かったのだと気付く。大切ものは失ってから気付くというが、こんな気持ちなのだろうか。

 

「もし個人的な理由だったとしたら、この交渉やっぱりなしとかないよな……?」

 

「安心するといい。それを言うなら卿も知っての通りヴィルヘルムが白鯨を追う理由も個人的なものだ。よほどのものでない限り、それを理由に突き返す事はしないさ」

 

「そのよほどのものってのが怖いところではあるけども……」

 

 とはいえ、ここまで来た以上、あとは真っ向勝負あるのみ。

 

「先に言っとくけど、俺はあんないつ襲われるかも分からない危ないクジラ野郎は放っておけないって思ってる。それは嘘じゃない」

 

「ああ」

 

「ただ、そういうノブレス・オブリージュ的な精神だけで白鯨を倒そうって持ち掛けた訳でもないって話で」

 

 ロム爺たちと作戦会議をしたとはいえ、スバルが確認した白鯨出現時間まで余裕は残っていない。そういう意味では見切り発車とも言える突貫工事の付け焼き刃でここまでやってきた。

 先ほど少しヒヤリとしたものの、まだ失敗はしていない。それどころか、ここさえ乗り切れば、というぐらいに手応えはある。

 

 調子に乗ってはならない。ロム爺にも予め言われていた。成功しそうでも最後まで気を抜くなと。

 分かっている。分かってはいるが、ある種の全能感を覚え始め、それゆえに迷いはなく。

 それが常に良い方向に作用するとは限らない。ただ、今回に限っては。

 

「クルシュさんは知ってるかもしれないけど、アストレア家の家族関係は色々と複雑なんだ。それに、あのクジラ野郎が絡んでる」

 

「それに関しては私も聞き及んでいる。ある程度、ではあるがな」

 

「色々事情があるのは聞いてる。俺一人で何かやったところで簡単にどうにか出来る問題だとも思ってねぇ。それでも、ラインハルトを悲しませるしがらみはぶっ飛ばしたいと思ってる。白鯨はその一つ……それが、俺がクジラ野郎を倒したいと思ってる理由だ」

 

 言い切ったスバルに対する反応は、少しの沈黙。

 そして。

 

「卿も『剣聖』を、か。因果なものだな……ん? フェリス、どうした?」

 

「にゅふっ……ラインハルトから話は聞いてて……この子、あの子といい感じらしいですネ」

 

「もしかして噂になってたりする?」

 

「噂にはなってないけど、フェリちゃんは聞いてるよ〜」

 

 実際、ラインハルトといい感じなのは事実なので、それは良い。

 

「剣鬼恋歌の再演か。困難な道のりだな」

 

 剣鬼恋歌。『剣聖』だったラインハルトの祖母と『剣鬼』である祖父の話だ。『剣聖』と『剣鬼』の出会いと別れを歌った恋物語。

 

「俺は力も強くねぇし、頭も良くねぇ。剣で負かすってのはたぶんティルの役割だし、軍師的な役割をするならロム爺だ。掃除に洗濯、家事だって爺ちゃんや婆ちゃんの方が何倍も上手い。俺に誰にでも勝てるような誇れる才能はねぇよ」

 

『剣聖』との恋物語。大いに結構だ。

 だが、スバルは代わりに剣を持つ事など出来ないし、する気もない。

 

「――ただ、一緒にいてやれる。俺に出来るのは、それだけだ」

 

 そう、それだけだ。

 ただ、それだけは誰よりも。

 

「そうか。失礼した。確かに、ヴィルヘルムの前では言いづらいだろう」

 

 それに対し、クルシュはどう感じたか。

 

「卿にそこまで言わせたのだ。こちらも、出せるものは出さねばな」

 

 そう言って、立ち上がる。

 そして一歩、スバルの方へ。

 

「白鯨を堕とすまで、少しの間かもしれないが、卿の申し出を受けるとしよう。この同盟、実りあるものとなる事を期待する」

 

「ああ――――ひと狩り行こうぜ!」

 

 差し出された手を握る。

 ここに、期間限定ではあるが、フェルト陣営とクルシュ陣営による同盟が成った。

 

 ▼△▼△▼△

 

 実を言うと、時間的な意味でそれほど余裕はない。

 スバルが正確に時間の分かる白鯨出現は、今日から明日にかけての夜中。クルシュとの交渉が完了した時点で、残り10時間を切っていた。

 そのため、白鯨出現の場所と時間を共有後、クルシュはすぐさま討伐隊の面々を集めるために奔走した。

 対してスバルたちフェルト陣営はいつでも準備完了状態。今すぐにでも出撃出来るという状態だった。

 

「という事で作戦会議をやっていく訳なんだが。フェルトはマジで付いてくるって事でいいのか?」

 

「あったりまえだろ? アタシだけ留守番とかねーかんな」

 

「まぁ、ティルがいる時点で危ない事はないだろうし大丈夫だろうけども」

 

 今の時点で白鯨戦に内定しているのは、スバルとティル、爺やに婆や、そしてフェルトとエッゾ。ラインハルトは一旦留守番として、宙ぶらりんになっているのはフラムとグラシス、それとロム爺だ。

 

「ロム爺はともかく、フラムとグラシスはどうする?」

 

「私としては二人共に経験を積ませたいところですが」

 

「でも、『念話の加護』があるもんな。どっちかはラインハルトの近くで待機してもらってた方が良さそうだけど」

 

「それならグラシスを白鯨戦に」「フラムの方が適任」

 

「そもそも必要ありますか? 白鯨程度、お嬢様の手を煩わせる未来など見えませんが」

 

「まぁ、それはそう」

 

 どちらが白鯨討伐戦に参加するかを押し付け合う双子。スバルをからかう時などは阿吽の呼吸を発揮してくるが、こういう時はなすりつけ合う。微笑ましくていつまでも見ていられるが、今は話を進めるのが優先だ。

 

 正直、白鯨だけならティル一人で事足りるので、将来の事を考えるならわざわざフラムかグラシスのどちらかを留守番させるのは経験値的な意味で勿体ないと思わなくはない。

 ただ、今回は白鯨だけでなく、後に魔女教大罪司教戦が控えている。『怠惰』は今の時点で既に複数のアジトに分かれて悪さの準備をしているだろうし、『強欲』や『暴食』と遭遇したのはおよそ2日後だが、白鯨討伐にかかる時間や、あの二人が徒歩っぽかった事を考えると、どこかで遭遇する可能性もある。

 

「ただ、途中で大罪司教のどれかとかち合う可能性もあるんだよなぁ」

 

「今さらその事について突っ込むつもりはないですが、それもそこまで脅威なんですか?」

 

「正直やってみないと分からんところもある。『怠惰』は特殊だから置いといて、『強欲』と『暴食』に関してはシンプルにパワーで解決出来そうだけど、本気のお前と戦ってるところは見た事ないし」

 

 二周目で戦った時のティルは本調子ではなかった。案外、万全の状態で戦ったらあっさりと勝つ、なんて事もあり得なくはないが、出来る備えはしておきたい。

 

「万が一を考えてな? あとは別々の場所に湧いてくる可能性もあるし」

 

「そうですね。なら、どっちが行く?」

 

 視線を移したティルのその先では、フラムとグラシスがお互いの事を指差していた。

 

「……じゃんけんで決めるか?」

 

 こういう時のお約束。伝統のじゃんけんを伝授した結果、白鯨戦に参加するのはフラムとなった。

 

「この恨み、どうするべきか……明日の食事当番は私……」

 

「俺のせいじゃないよな!?」

 

 さすがは妹と言うべきか、しっかりティルと同じ血が流れているらしい。姉譲りの迫力である。

 

「ロム爺は留守番でいいか。いい的にしかならないだろうし」

 

「儂の扱いが雑じゃろうが!」

 

「だって、その図体だと地竜も俊敏性発揮出来なそうじゃん」

 

「ですね。余計なお荷物が増えるとやりにくいです」

 

「なんでこういう時だけ結託しおるんじゃ、お主ら!!」

 

 珍しくティルと一致団結しつつ、ロム爺は留守番が決定。

 

「それで作戦なんだけど、まずはティル。今回は後衛に専念してほしい。メインは霧対策で、白鯨が霧を出してきたら魔法で吹き飛ばしてほしい。それ以外の時はめちゃくちゃ手加減した魔法でチクチクやる感じで」

 

「はあ、霧」

 

「ああ。アイツの厄介さの半分は霧だと思う。視界を遮るものさえなければみんな戦えるはずだ」

 

「その言い方だと、私が手加減せずに魔法を使うのは良くない感じですか」

 

「俺の見立てだとお前が本気で魔法撃ったら一撃で終わる」

 

「まあ、当然ですが」

 

 この場にいる者たちには、クルシュ陣営の討伐隊だけでは白鯨に負けるだろうという事は伝えてある。ラインハルトが感じた事による補足もあって、その事に関して誰も疑問は挟まない。

 さらに、この戦いは単純に白鯨を倒すためではなく、ヴィルヘルムに白鯨を討たせるための戦いであるという事も共有してある。

 

「エッゾさんもティルと同じ後衛にいってもらう予定なんだけど、エッゾさんの魔法の腕ってどれぐらい? ティルが信頼してるぐらいだし、ティルと同じぐらいだとしたらかなり手加減してもらわないといけなくなるけど」

 

「なに、心配する必要はないとも。さすがの私もティル嬢の馬鹿魔力に追随する事など出来はしない。細かい技術で言えば、まだ私の方が上ではないかと自負しているのだが、如何せんティル嬢の馬鹿魔力には……」

 

「二回目。次馬鹿と言ったら磔にして天日干し」

 

「私を干からびさせる気か……!?」

 

「エッゾさんは問題なさそうだな。フェルトもこの二人と一緒に後衛でいいか? クルシュさんのところにボウガンとかあったらそれでチクチクやってもらう感じで」

 

「兄ちゃんはどうすんだ?」

 

「正直役に立つとは思ってねぇけど、これでもラインハルトに『流法』習ってるからな。チャンスがあったら一突きぐらい入れてやるって感じか」

 

 ティルとエッゾは魔法役として後衛。フェルトも安全のために後衛に控えさせておく。

 スバル自身、無策で突っ込むような真似をするつもりはない。そんな事をしても無駄死にとなるだけだ。

 ただ、言い出しっぺである以上、チャンスがあれば一太刀を狙うぐらいはするつもりである。

 

「爺ちゃんと婆ちゃんは……剣持って前衛って事でいいんだよな……?」

 

「ええ。白鯨は私とお爺さんにとっても因縁のある相手。あの男一人に良い格好をさせるつもりはありません」

 

 爺やと婆やは前衛。大丈夫かと思わなくはないが、口振り的にヴィルヘルムと同じぐらい戦えるような意気込みを感じる。それに、ラインハルトやティルが何も言わないという事は、問題ないという事だろう。

 

「それで、フラムは……」

 

「姉様と同じ後衛で魔法を……」

 

「当然前衛です。お祖父様よりも前に立たせます」

 

「あぁ、うん」

 

 フラムは可哀想だが、ティルがこう言っている以上、スバルにはどうにも出来ない。さすがに危なくなったら助けるだろう。

 

「よし、じゃあそんな感じでいくか。クルシュさんたちがどれぐらい時間かかるか分からないけど、地竜借りたりしないとだから、そろそろ向かおうぜ」

 

 そう、白鯨と戦うのにみんなまとまって竜車に乗るでは駄目なのだが、一人ひとり地竜に乗ろうとすると、この屋敷にいる地竜だけでは数が足りないのだ。そのため、クルシュから地竜を数頭借りる事になっている。

 

「よっし、いくか。ロム爺、しっかり留守番しとけよな」

 

「フェルトも、気を付けて行ってくるんじゃぞ。怪我をせんようにな」

 

「フラム、ガンバ」

 

「……明日の食事に入れるお土産を持って帰ってくる」

 

 屋敷を出る際の見送りは、留守番組となったロム爺とグラシス、そしてラインハルト。

 

「スバル……気を付けてね」

 

「ああ。きっちりクジラ野郎を堕として帰ってくるよ」

 

「ティルもいるから、大丈夫だと思うけど、こういう時は…………この戦いが終わったら、結婚する……?」

 

「それ死亡フラグ……って言っても今さらだもんな。まぁ、でも、今は色々とゴタついてるから、全部片付いたらしよう。そん時は俺の方から言わせてくれ」

 

「うん」

 

「というか、さっきずっと無言だったのって、もしかしてそれ言うの考えてた?」

 

「前にフェリスが言ってたのを思い出してた」

 

「さすがは猫耳男の娘。後でお中元送っとくか……」

 

 絶世の美少女から結婚を申し込まれるこのシチュエーション。

 思わず頷きそうになったが、グッと堪えた。ここは男として、その時になったらスバルの方から言わせてほしいところだ。

 ただ、それはそれとして、このシチュエーションのきっかけを作ったフェリスには感謝しておかなければならない。

 

「何があったのか知らんがこの二人、いつにも増してあからさま過ぎるじゃろう……」

 

「「ケッ」」

 

 スバルの後ろの方で、フェルトとティルの主従の音が一致した。

 

「いってらっしゃい。美味しいお菓子を作って、待ってる」

 

「ああ、行ってくるよ。土産話は期待していいぜ?」

 

「うん、楽しみにしてる」

 

 そうして、白鯨戦へと。

 まずは一狩り。クジラ堕としだ。

 

 

 

 






フェルト陣営にいる事で、原作よりもちょっとだけずる賢い交渉が出来るようになったスバル。ただし、結局は付け焼き刃。

クルシュも言いたい事は色々とありましたが、スバルが男気を見せたので飲み込みました。
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