もしもラインハルトがラインハルトちゃんだったら   作:龍仁

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白鯨討伐戦

 

 

 白鯨攻略は、恐らく誰もが予想していた以上に上手く進んでいた。

 

「思った以上に呆気ないですね。霧がなければこの程度ですか」

 

「ああ。白鯨の脅威の半分は霧って言ったけど、飲み込まれたらみんなの記憶から消えるとか、そういうのを聞くとアイツの怖いところ8割が霧だよな」

 

 スバルがいるのは後衛。遠距離武器や魔法などによって白鯨に攻撃を仕掛ける者たちがいる場所だった。

 

 時間的な余裕はなかったが、クルシュが急いで準備を進めてくれた事もあって白鯨の出現までに討伐隊をこの場所に配置する事が出来た。今跨っているパトラッシュと名付けた地竜の事も含めて頭が上がらない。

 

「なーんか、アタシのやる事マジでないな」

 

「まあまあ、そう言うなフェルト嬢。陣営の頭である君はどっしりと構えているのも仕事だ」

 

 後衛にいるのはスバルとティル、そしてフェルトにエッゾ。一番の矢面に立たされたフラムを筆頭に、爺やと婆やは剣や盾を持って駆け回っている。

 

 呆気ないというワードすら浮かぶが、この状況のMVPは誰に聞いてもティルと答えるだろう。白鯨が霧を吐き出せば即座に風魔法で吹き飛ばし、ところどころで魔法部隊よりも少し強い魔法で前衛を援護。今のところは大丈夫だが、仮に大量に負傷者が出ても治癒魔法で癒せる事は周知済み。

 単純だが、霧を無効化出来ているというのがかなり大きい。

 霧がなければ白鯨にあるのは巨体を活かした質量攻撃のみ。もちろんそれも一般人レベルのスバルからすれば脅威に違いないが、この世界の強者規準に当てはめれば脅威レベルは大きく下がる。

 

 問題は白鯨が分身を出し、本体が上空に逃げた後にどうするか。

 前衛組は当然ながら届かないし、後衛組も攻撃が届いたとしても威力が足りない。なんとかして引きずり落とす必要がある。

 

「何か問題でも?」

 

「いや、今のところは順調過ぎて怖いぐらい」

 

 とは言いつつもこの流れは一度なぞったようなもの。

 急にティルが倒れでもしない限りはここから不利な方へ盤面をひっくり返される事はないはずだ。

 

 今もヴィルヘルムをはじめとして、白鯨の巨体の上を走りながら斬りまくる前衛組によって宙には血飛沫が舞っている。夜払いによって昼間も同然となった空には赤色がよく目に映った。

 

「というか、フラムヤバいな……一番ダメージ稼いでる感あるぞ」

 

 姉によって無理やり前衛に組み込まれたフラムはヤケクソとばかりに、小さい身体ながら剣を手に暴れ回っていた。桃色の短髪は、返り血で赤く染まっていた。

 

「当然ですね。あの程度やれなければ、鍛練を5倍に増やします」

 

「相場は2倍か3倍ぐらいじゃね?」

 

「何か文句でも?」

 

「文句というか、可哀想というか……さすがは鬼畜姉様」

 

「自分も剣で戦いたいならそう言えば良いものを。あの背中に投げて乗せるので地竜から降りてください」

 

「ごめんって!? マジで出来そうだからやめてね!?」

 

 ティルならスバルの事を投げて白鯨の背中に乗せるぐらいは本気で出来そうだ。無論だが、少しでも狙いがズレて白鯨の側面にぶつかりでもしたら普通に死ぬだろうし、着地に失敗して地面に落ちても死ぬ。

 

 と、冗談を交わしている内に白鯨が咆哮をあげ、高度を上げていく。もう何度目か、健気にも霧を全身から吐き出しながら。

 

「アル・フーラ」

 

 隣でティルが霧を晴らすのを横目に、状況が動くのを見る。

 

「来たな、第2形態……」

 

 白鯨が分身した。

 

 ▼△▼△▼△

 

 一応言うと、高高度に逃げた白鯨を引きずり落とす方法はいくつか考えてはいた。

 前衛組が物理的に届かない以上、後衛の力でどうにかするしかない。ラインハルトならあの高度でも飛び乗れるかもしれないが、他の者には不可能だ。

 では後衛の力をどう使うか。ここに来るまでの間、スバルは地竜を走らせながら魔法について聞いていた。特にエッゾが熱心に語ってくれたおかげで大体の魔法は頭に入ったし、異世界物の定番を流用したものもあるが、その活かし方もいくつか考えた。

 ただし、その大部分は結局のところティル個人のパワーで落とすのと同じ。それでは、2周目の焼き直しだ。

 

「どうする、ナツキ・スバル。あの距離では魔法も届かん。私の太刀も、届きはするかもしれないが有効と言えるほどの威力は出ないだろう」

 

「だな。正直上に留まる続けられると手の出しようがない」

 

 2体の分身、地上近くに放たれたそれは、フラムやヴィルヘルムたちが対処している。1体をフラムと婆やが、もう1体をヴィルヘルムと爺やが担当する形だ。クルシュ陣営の討伐隊も臨機応変に分かれて対処に向かっている。

 

 そしてスバルたちがいる場所まで下がってきたのは剣を携えたクルシュだ。百人一太刀という名の一薙ぎは遠くから相手を両断する風の刃だが、それでもあの高さでは有効打とはなり得ない。

 

「1つだけ方法を考えたんだが……」

 

「聞こう」

 

 ティル1人ではなく、ヴィルヘルムの力で。最低でもみんなの力で落としたという形にしたい。

 

 そこで考えたのが、みんなで引っ張って落とそう作戦だ。

 ティルに杭とそれにつながる鎖を作ってもらい、それを白鯨に突き刺してみんなで引っ張る。子供が考えたような作戦ではあるが、これ以上にみんなで落とした感を出せる作戦は思い浮かばなかった。

 

「ティル・ファウゼン。卿の魔法で、そんな事が出来るのか?」

 

「問題ない」

 

 もちろん道中で出来るかどうか確認している。

 

「ならば任せよう。ヴィルヘルムたちを呼び戻した方が良いか?」

 

「人手がいるから、ヴィルヘルムさんもこっちに来てくれると助かる。ただ、分身の方に邪魔されたら困るから、いい感じにあっちにも人を残しといてほしい」

 

「了解した」

 

 そうして、地竜を走らせるクルシュを見送り、改めてティルに向き合う。

 

「頼んでいいか?」

 

「仕方ないですね。ウル・ヒューマ」

 

 氷の杭が宙に浮かぶ。

 ティルが手をかざせば、杭は上空の白鯨へと向かっていく。だが、それはただの杭ではない。杭の後部には氷でできた鎖が繋がっており、ティルの手元から新たな鎖が生成され続ける。

 氷の杭が白鯨の腹に突き刺さり、かと思えばその周囲から氷の棘とでも言うべきものがいくつも生えてきた。恐らく抜けないための返しのように杭が体内で枝分かれしたのだろう。

 

「これでいいですか?」

 

「ああ、完璧だ!」

 

 準備は整った。

 ちょうど、クルシュが前衛組の一部を引き連れて戻ってきた。

 

「上に居座ってるクジラ野郎を落とす! みんな、引いてくれ!」

 

「ウル・ヒューマ」

 

 気を利かせ、もう一つの杭と鎖を飛ばすティル。

 腕っぷしに自信のある者も、そうでない者も一丸となって鎖を引く。やる事のなかったフェルトも参加している。

 

 しかし、なかなか高度を下げる事が出来ない。

 どういう理屈で浮いているのかは分からないが、白鯨がさらに上に逃げようとすると、拮抗してその場に留まらせるのが精々。

 

「……情けない」

 

 大勢で引けるように、長い鎖を作り終えたティルが鎖を掴む。

 少し、白鯨の高度が下がった。

 

「息を合わせて引けー!! オーエス! オーエス!」

 

「なんですか、その間抜けな掛け声」

 

「俺の地元の綱引きの掛け声! せーの、とかの方がいい!?」

 

「別にどっちでも構いませんが」

 

 スバルの掛け声に合わせ、鎖を引く。

 全員の力を合わせたとしても、その大半がティルの馬鹿力に占められるような気はしたが、それでもその場の全員が一丸となって白鯨を地へと近付けていく。

 

「また逃げられると面倒なので固定します」

 

 かなり地面に近付いたところで、上に逃げるよりも鎖を引いている人間を倒した方が早いと判断したのか、白鯨が大口を開けて迫る。

 

 ティルは白鯨の背を取るように跳び、2本の氷杭を放つ。ただし、狙いは白鯨ではない。白鯨が迫ってきた事により離された2本の氷鎖だ。

 

 新たな氷杭は2本の鎖を左右に引っ張る形で地面に縫い付けた。

 白鯨はその場に固定され、動けない。

 

「かなり弱ってるはず。これであとはトドメを刺すだけだ」

 

 こうなってしまえば、あとは時間の問題だ。

 

 悠然と白鯨へ向かって歩むヴィルヘルムを見送りながら、スバルは次に待つ課題へと頭を切り替えた。

 

 ▼△▼△▼△

 

「はぁ……はぁ…………。帰りたい……」

 

「及第点」

 

「もう嫌……」

 

 地面に大の字で倒れるフラムと、そばに屈んでいるティル。見たところ怪我らしい怪我はしていなそうだが、スタミナを回復でもさせているのかティルは治癒魔法を使っていた。

 

 白鯨には、ヴィルヘルムがトドメを刺した。

 現在は討伐隊によって白鯨の死骸の解体が進められている。2周目では早々に立ち去ったため分からなかったが、考えてみれば当然の話で、あんな巨大な死骸を放置などしていたらとんでもない事になる。

 全て土に還るまでに一体どれだけの時間が掛かる事か。ちなみにではあるが、エッゾも解体に加わっている。魔法で死骸を腐らないように保存しているらしい。

 

「次は魔女教か……先に居場所分かってる『怠惰』からか……?」

 

「憑依とかいうやつの対策は思い付いたのかよ、兄ちゃん?」

 

「ああ、フェルトか。まぁ、一応考えてはある。憑依したら俺と感覚を共有する事になるっていうテンプレが通用しなかったら使えないけどな」

 

「へー。ま、実際こうやって白鯨も出た訳だし、結果は出してるもんな。アタシは応援してるぜ」

 

「助かるわ。何かあったら王選候補者パワーで助けてな?」

 

「んな事しなくても問題ねーと思うけどな」

 

 ひとまずは第一の目標、白鯨の討伐完了だ。しかも、ちゃんとヴィルヘルムにトドメを刺させる形で。

 これでラインハルトの周囲を取り巻くしがらみを少しでも取り除く助けが出来たはずだ。

 

「浮かない顔だな、ナツキ・スバル」

 

 と、フェルトと会話していたところにやってきたのは、解体の指示を終えたらしいクルシュだった。

 

「クルシュさん」

 

「『剣聖』の方が気になるか? 確か、魔女教だったな」

 

「当たらずとも遠からずってとこ。ラインハルトがやられたりする事はないけど、動き方によっては被害が出る事もあるし」

 

 魔女教関連の事を任せているからと、この白鯨討伐戦にラインハルトを連れてこない理由として、クルシュには話していた。この場でスバルが気になる事となれば、それを思い浮かべるのは自然な成り行きと言えるだろう。

 ただ、別に今ラインハルトが魔女教と戦っている訳ではない。何なら、ちょうどお菓子を作っているかもしれない。

 

「人手は足りているか? 人手が必要なら、当家から出す事も出来るが」

 

「ありがたいけど大丈夫。少数精鋭でやる作戦だから」

 

「そうか。余計な事を言ったな」

 

「いや、ありがとう。白鯨倒すまでの同盟だったのに、そう言ってくれてすげぇ嬉しいよ」

 

「卿がいなければ、1人の犠牲も出さずに白鯨を堕とすのは不可能だっただろう。その程度、当然だ」

 

「戦いが始まったら俺はただ突っ立ってただけだぜ?」

 

「そう謙遜するな。勝敗は戦いが始まる前から決まっているという言葉もある。それだけ事前の備えが重要という事だ。その備えを十全に整えた卿の功績は大きい」

 

 何やら過剰に持ち上げられている気がするが、褒められるのは悪い気はしなかった。

 

「まぁ、こうして一緒に戦ったのも何かの縁だし、王選じゃ敵同士かもしれないけど、これからも出来るだけ仲良くしてくれると助かるよ。ラインハルトとも仲良くしてくれるとすごく助かる。あとはフェルトとかティルも」

 

「『剣聖』やフェルトはともかく、『付き人』はどうだろうな。いや、出来る限りの努力はしよう」

 

 クルシュ本人というよりは、ヴィルヘルムがメインではあるが、クルシュ陣営と仲良くなれるなら、スバルにとっても恐らくラインハルトにとっても良い変化が期待出来るはずだ。

 

「というか、普通に呼んでたからツッコまなかったけど、その『付き人』ってティルの二つ名的なやつ? ラインハルトの『剣聖』みたいな」

 

「なんだ、卿は知らないのか?」

 

「いや、なんかアイツのキャラと合ってないなぁって。ティルって使用人みたいな顔しといて全然家事とかしてるとこ見ないし」

 

 状況がひとまず落ち着いたので、少し前から気になっていた事を1つ。

 

「アストレア家にいる卿には言うまでもないかもしれないが、『付き人』と使用人は間違えない方が良い。それで最終的に骨を折られた者を私は知っている」

 

「それって物理的に……?」

 

「ああ。私から見れば、あれは折られた側にも原因はあったが」

 

「嘘だろ……フェルトとか普通に言ってた気がするのは気のせいか……?」

 

 最近は普通にボケとツッコミ的なやり取りになっているのだが、もしかするとスバルも加減を間違えると骨を折られるのだろうか。

 

「『付き人』というのは、ただ1人『剣聖』に追いつこうとする姿に敬意を払って付けられたものだ。『剣聖』の使用人のような立場にいるという意味が込められていないと言えば嘘にはなるだろうが」

 

「そういう感じなのな」

 

 確かにラインハルトにだけは従順なので、そういう評価も分かる。ラインハルトに勝とうとしているのも、思ったより周知の事実らしい。

 

 白鯨の解体はどうなったかと、ふと思ってバカでかい死骸の方を見てみると、ひとまず王都に持ち帰る頭だけは解体出来た様子だった。

 

「あっち一段落したみたいだから、クルシュさんも行った方が良いんじゃないか?」

 

「そうか? 私としては、もう少し卿と話していても良かったが」

 

「白鯨討伐記念パーティーやる時には呼んでくれよ。その時にでも、ゆっくり話そうぜ」

 

「そうだな。楽しみにしている」

 

 そうして、討伐隊は王都へ凱旋する。

 その誰もが晴れやかな顔で、その帰還に障害など何もない。そのはずだった。

 

 ▼△▼△▼△

 

 相性が良かったのか、一人乗りにも慣れてきたパトラッシュの上でフェルトやティルと雑談をしながらの帰り道。

 それは起こった。

 

 討伐隊の隊列、その先頭で爆発が起こった。

 

「フラム、フェルト様の護衛!」

 

「はい、姉様!」

 

 フェルトと二人乗りをしていたティルが、フェルトに手綱を渡して飛び出す。

 同時に、爺やと婆やが共に己の武器に手を掛ける。

 

 何者かに襲撃されたのだと判断するのはそう難しい事ではなかった。

 

「何が……」

 

 何が、というよりも誰が襲撃してきたか。

 すぐに脳裏に浮かぶものはある。魔女教大罪司教の『強欲』と『暴食』だ。実際、2周目のループでは討伐隊が白鯨戦の帰りに襲われていた。

 だが、おかしい。奴らが現れたのは今よりも2日ほど後の話。それを言ったら白鯨も、ではあるが、白鯨はまだその辺りを徘徊していたと考えれば通る。

 しかし、仮にも人間だ。ただの人間が、言ってしまえばこんな何もない場所に2日間も留まっているなどあり得るのだろうか。

 

「おい、前行くぞフラム!」

 

「ちょっとやんちゃ過ぎです、フェルト様……」

 

 フェルトが地竜を飛ばし、フラムが追従する。さらに爺やと婆やも続いた。

 スバルにもこのまま後ろで控えておくという選択肢はない。新たな襲撃者なら、そうそうティルが負けるような事はないだろうが、別の七つの大罪を冠する大罪司教という可能性がある。もしも『強欲』や『暴食』なら、既に知っているスバルがアドバイスなり何なりをする事も出来るはずだ。

 

「あのさぁ……僕が名乗ったよね? 名乗ってたでしょ。名乗られたら名乗り返すのが礼儀って教わらなかったわけ?」

 

「ゴミに名乗る名前はない。死ね、蛆虫が」

 

「わァ、怖い怖い。お姉さん、とっても喰らい甲斐がありそうだッ!」

 

 急いで進んだ先にいたのは、『強欲』と『暴食』だった。

 

「なんでいるんだよ……!」

 

「奴らを知っているのか?」

 

「ああ。魔女教の『強欲』と『暴食』だ」

 

 いつの間にか追い付いてきていたエッゾに答えつつ、考える。

 可能性はあるとは考えつつも、さすがにないかと否定もしていた。だが、実際こうして現れたなら対応するしかない。

 

「フラム! グラシスに連絡してラインハルト呼んでくれ!」

 

 まず、一番安牌なのはラインハルトに任せる事。土産話を持ち帰るとは言ったものの、こうなってしまっては仕方ない。

 元々『暴食』はともかく『強欲』はラインハルトに任せるつもりだったし、こういう時のためにフラムと『念話の加護』で離れていても情報を共有出来るグラシスを留守番係にしていたのだ。

 

「待ってください。様子を見ます」

 

 だが、フラムが加護を使う前に、ティルが一足で跳躍し、下がってきた。その手には、折れた剣が握られている。

 見れば、効いているのかは分からないが、『強欲』は土煙を上げながら後ろに吹き飛んでいた。

 

 鞘に収めた折れた剣を押し付けるようにエッゾに渡しつつ、ティルは続ける。

 

「確かに普通の相手ではないのは分かりました。ただ、それならそうで情報を集めた方が良いでしょう」

 

「それはそうかもだけど、大丈夫なのか?」

 

「動きは素人。能力さえ割れれば大した相手じゃないです」

 

「なら信じるぞ。あと、素手ではアイツに触らない方がいい」

 

「ですね」

 

 再び一歩、ティルは『強欲』や『暴食』の方へ向かった。

 

「君の目から見てティル嬢が勝てる公算は如何ほどだろうか」

 

「いや、正直未知数。今のティルはあんまり消耗してないし、ほとんど万全みたいな感じだから勝つ可能性もあるとは思うけど」

 

「口ではああ言っているが、ティル嬢は自分で倒すつもりだ。ラインハルト嬢を呼ぶなら早めに呼んでおいた方が良いかもしれない。ああ見えてティル嬢は頑固なところがある」

 

「ああ見えてというか、まぁ頑固なのは分かるけど……」

 

 正直に言うと、スバルにはティルが勝てるかどうか分からない。2周目の印象から言うと、天秤は若干不利寄りに傾いている。あの様子からして、最低でもラインハルトが来るまでの時間稼ぎぐらいなら難しくないかもしれないが。

 先にラインハルトを呼ぶかどうか、迷う。

 

 そうしている間に、状況が動く。

 ティルは魔法で生成した氷の剣を手に『強欲』へ。そしてヴィルヘルムが『暴食』へと斬りかかる。

 

 氷剣が砕けるのと同時に『強欲』の身体が吹き飛ぶ。『強欲』の身体には血どころか汚れた跡すらついていなかった。恐らくティルの攻撃は効いていないのだろう。身体の表面にバリアのようなものでも張っているのかあるいは別の何かか、詳細は分からないが、ゲーム的に言えばノックバックさせる事は出来るらしい。

 2周目に見たものと、少し様子が違う。

 2周目のあの時、ティルは武器を持たない素手だったとはいえ、その蹴りで『強欲』は吹き飛ぶ事はなく、ティルの足だけが砕けた。ティルの馬鹿げた身体能力を考えれば、正直武器があるか素手かは誤差みたいなものだろう。そこに大きな違いがあるとは思えない。

 一応、素手で触らないようには言ったが、『強欲』には推定バリア能力とは別にノックバックを無効化するような能力でもあるのだろうか。

 

 やはり無傷で起き上がってきた『強欲』が爪先で地面を削るように足を振った。

 ラインハルトもスバルに『見えざる手』を見せるために似たような事をしていたが、それに比べてその動きはまるで運動に慣れない者が初めてサッカーボールを蹴ったかのようで、ただそれだけの動作にも練度の差のようなものを感じてしまう。

 これに関してはラインハルト贔屓が入っているかもしれないが、ともかくとして、たかが砂粒ごときでティルに傷をつける事は出来ないだろう。

 だが、直後に砂粒の群れはあり得ないほどに急加速する。

 

 チラリと、ティルがこちらを振り返ったかと思った瞬間、眼前に見上げるほどの巨大な氷の山が現れ、そして直後に麓が崩れて大穴が空いた。

 

「ティルー!!」

 

「姉様!!」

 

 その大穴の中心には、全身から血を流したティルが立っていた。

 あの弾丸のごとき砂粒の群れが身体を貫いたのだ。

 

「フラム嬢、ティル嬢を頼む!」

 

 次に動いたのは駆け寄るフラム、そしてエッゾ。

 

「アル・ゴーア!」

 

 フラムがティルを抱えて離脱すると同時に炎が放たれ、大爆発を起こす。

 白鯨を落とした時のティルほどではないが、それでも他の魔法使いよりも幾分も強力な魔法だった。

 

「大丈夫か、ティル!?」

 

「ケホッ……この程度、問題ないです」

 

 ティルの身体が一瞬光に包まれたかと思えば、何事もなかったかのように氷剣を生成し、手にする。

 治癒魔法だろう。治癒魔法で傷を癒したのだ。

 だが、どう見ても致命傷だった。魔法で癒せるとしても、そんな事が続けられるとも思えない。

 

「ティル嬢……このまま戦うつもりなら、使()()べきだ。手を抜いて戦える相手でもあるまい」

 

「――――」

 

 エッゾの言葉に対し、ティルは答えない。

 ギリと、奥歯を噛み締めた音だけが、スバルの耳に届いた。

 

 ▼△▼△▼△

 

 ▼△▼△▼△

 

 この世界には、嫌いなものが溢れている。

 

 すぐ近くで剣を振り回しているヴィルヘルム・トリアスも。

 今どこで何をしているのか、知りたくもないハインケルも。

 貴族、騎士、無知な民草。

 

 嫌いだ。

 何もかも、嫌いだ。

 

 何もかも。何もかも。何もかも。

 

 許されるなら身に余る暴性をさらけ出して暴れたい。何もかも壊したい。

 

 けれど、一番嫌いなのは。

 

「分かってるんだよ、そんなこと」

 

 何も出来ない、自分自身。

 弱い、弱い、自分自身。

 

 分かっている。

 唯一の取り柄である剣ですら敵わない相手がいる。

 

『剣聖』ラインハルト・ヴァン・アストレア。

 分かっている。

 心の底では勝てないと、分かっている。

 

 弱い。弱いのだ。

 心すらも。

 

 知っている。

 知っているのだ。そんな事は。

 

 けれど、こんなゴミを相手に勝てないほど、弱いなんて認められない。

 少なくとも、これまで積み重ねてきたものは。

 そして、これから積み重ねていくものは。

 こんなところで土を付けるほど、安いものではないから。

 

 きっと勝てないと、分かっている。

 けれど、足を止める理由にはならないから。

 いつか命の鼓動が止まるその時まで、見上げながら歩むのだ。

 

 だから、こんなところで躓く事など許されない。

 絶対に、認められない。

 

 故にこそ。

 

 ティル・ファウゼンは。

 

 否。

 

 ()()()()()()()()()は、虚空より現れし漆黒の柄へと、手を伸ばした。

 

 

 






ライは白鯨がやられた気配を感じて来るので、日時が違っても白鯨を倒したら来ます。レグルスさんはたぶん、その辺を徘徊していたので遭遇。

ラインハルトちゃんがメインの話のはずなのに全然出番がありませんが、次話もティルがメインになりそうです。次の次ではちゃんと活躍します。
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