思ったよりたくさんの評価と感想が来てビビった。
コミュ力がアレなんで返信は出来てないですけどちゃんと読んでます。はい。
期待通りのものが書けるかは分かりませんが、続きが思い浮かんだらまた投稿すると思うので気長に待ってくださいな。
天を見上げれば美しい満月。
異世界には現代のような空気の汚れはなく、遮るものは何もない。都会では到底見られない星々とその中で一際存在感を放つ月。
そして視線を下ろせば目の前には月光に照らされた神秘的で可憐な少女。
「長いチュートリアルだったぜ」
ミッション『謎の魔獣の出現を阻止せよ』クリアだ。
最初のミッションにしては難易度が高かった。チュートリアルで三回も死ぬようなゲームがあれば、それはクソゲーだと断定できる。
だが、文句などありはしない。
彼女の、ラインハルトの笑顔と少しの信頼を得られたのなら。
「おい。なんかいい感じになっとるが、ここはどうするつもりじゃ!? 外から丸見えで空から綺麗な月が覗いとるぞ!?」
「空気が良いからか、綺麗だよな」
「皮肉で言ったんじゃバカタレ!!」
と、思いを巡らせるスバルにカウンターの中からロム爺から鋭いツッコミが入った。
「怒るなって。血圧上がるぞ?」
「周りを見渡してから言わんか!」
そう言われ、辺りを見渡すスバル。
確かに蔵はボロボロ。そもそも何の場所かは分からないが、何であれ元の通り使用する事は出来ないだろう。
「『剣聖』ならもっと上手く出来たじゃろうが」
「……ちょっと、気分が上がって」
責めるような視線をラインハルトはスバルの後ろに隠れる事で遮った。
「気分で壊されてたまるか!」
「まぁまぁ、手加減してたらこっちがやられてたかもしれねぇんだし。命あっての物種だろ?」
「微妙に怒りづらい所を突いてきおって……」
そしてロム爺を丸め込む事に成功したスバルは次にエミリアとフェルトへ視線を移した。
腸狩りが乱入してきた事で忘れていたが、この二人はかなり険悪な感じだった。スバルには断片的な情報しかないが、会話を聞くにフェルトがエミリアの大事な徽章とやらを盗んだらしいのだ。
だが、徽章を盗んだのもどうやら腸狩りの依頼の様子。ならば依頼主が消えた今、フェルトが徽章を盗む意味も無いだろう。
さすがにもう一度ドンパチやられるのは困る。
「とりあえず一件落着って事でフェルトは徽章を返す。エミリアちゃんは笑って許す。そんで握手して仲直りしよう」
「なんで兄ちゃんが仕切ってるんだよ」
「そうよ。すごーく釈然としないのだけど」
「俺の顔に免じて、な?」
「なんかさっきもそんな事言ってたけど、兄ちゃんの顔って別にカッコよくもなんともないからな?」
「辛辣!」
そりゃ、イケメンって訳じゃねぇけども。
と呟きつつ、いきなり魔法の撃ち合いなどという展開は避けられそうで胸を撫で下ろしたスバル。
しかし、穏便に済みそうな空気は突如として跳ね上がった蔵の一部だった瓦礫によって壊される事となった。
瓦礫の下に埋もれていたのは腸狩りだ。
「嘘だろ!? アレを受けて……」
既に血だらけで先程までの余裕な表情はないが、ラインハルトのあの一撃を受けて生きているだけで驚愕に値する。
だが、腸狩りはただ瓦礫の中から現れたのではない。手には折れ曲がったククリナイフを持っており、ある一点に向って加速する。
「エミリア様!」
腸狩りの先にいたのはエミリア。
最後に一矢報いるつもりか。
ラインハルトも地面を踏み込んで飛び出す。
その瞬間。
引き伸ばされた時間の中、天から舞い降りた黒い影がエミリアと腸狩りの間に割り込んだ。
▼△▼△▼△
「帰ってくる時間が遅いと思ったら、こんな所にいたんですか」
突如現れたその人物は手に持った剣で腸狩りの斬撃を受け止めていた。
「ティル……どうしてここに?」
「あんなもの放てばここにいると分かるに決まってるでしょう」
ティルと呼ばれたのはピンク髪のショートボブの少女。ラインハルトとは違い、青を基調とした上着に白いスカートを纏っている。
「それにしても、なるほど。腸狩りですね」
その少女が腸狩りの方へ視線を移すと、
「――エル・ヒューマ」
次の瞬間、腸狩りは巨大な氷に包まれた。
「おぉ、マジか」
あんなに暴れまくっていた腸狩りが瞬殺。
弱っていたのかもしれないが、それにしても強い。スバルはチンピラ三人組がこの世界の平均ぐらいかと思っていたが、実はこんな実力者たちが溢れていたりするのだろうか。
「王都でも度々名が上がっていますが、よく分かりましたね。腸狩りの居場所」
ティルは剣を鞘に収めながらラインハルトに話し掛ける。
少なくとも敵ではなさそうだが、どういう関係なのだろうか。
「そっちの、スバルが教えてくれた」
と、ラインハルトに誘導されたティルの視線がスバルに向く。
「そうですか。申し遅れました。お嬢様……ラインハルト様の付き人をしているティル・ファウゼンです」
「あ、どうも。ナツキ・スバルです」
どういう関係かと思えばなんと付き人だったらしい。そう考えればこの強さにも納得だ。
ティルはスッとスバルに頭を下げた。
「腸狩りの討伐は本当なら騎士団のクソ野郎共の仕事ですが、ご協力ありがとうございました。詰所の方には伝えておくので何か困った事があればこき使ってあげてください。全然働いている所を見ないので」
何やら棘があるような。
何か恨みでもあるのだろうか。藪蛇になるのは避けたいので言及はしなかった。
「いや、こき使うって言ってもなぁ。タダで泊めてくれたりすんのかな」
山場を越えて浮かれていたスバルだが、重要な事を忘れていた。
そう、夜を明かすための寝床が無い。
もう吹雪にはならないだろうが、よくよく考えてみれば引き籠もりだったスバルに野宿はハードルが高いし、お金も持っていない。
仮に騎士とやらをこき使えるとしても寝床を寄越せというのは――
「宿、ないの?」
貸してくれたとしても雑魚寝とかになったらやだな、とむさ苦しい夜を想像した時、ラインハルトの透き通った声がスバルの意識を引き戻した。
「そうなんだよ。俺、この街に来たばっかりだからそういうのに全然詳しくなくて」
あと金無いし。と心の中で付け加える。
そしてもし今夜をやり過ごしたとしても食料すら無い。金が無いのだから当然だが。
働き口を探そうにもこんなどこの馬の骨とも知れない人間を雇ってくれる所があるのか怪しいところだ。
今更ながら焦り始めるスバル。
これは控え目に言ってかなりマズいのでは、と。
「だったら、屋敷に来る?」
「え、マジで?」
だからこそ、ラインハルトの言葉はまさしく九死に一生であった。
▼△▼△▼△
そして案内されたのはまさに貴族といった様相の豪華な屋敷だった。
腑に落ちない点といえば何故かフェルトがティルに抱えられており、その後にロム爺がついてきているという事ぐらいだ。ぐらい、で片付けられる程軽い問題ではないが。
スバルがラインハルトからの提案に飛び付いた後、フェルトがエミリアに徽章を返そうとした。その時に問題は起こったのだ。
その徽章をフェルトが手のひらに乗せた瞬間、ティルがその手を掴んだ。スバルにはよく分からなかったが、簡単に言うとその徽章は未来の王様候補を探すためのもので、フェルトがその王様候補に選ばれたらしいのだ。
ラインハルトはおどおどしていたが、ティルは暴れるフェルトを気絶させて屋敷に連れ帰り、両者共に危害を加えないという条件でロム爺も屋敷に押しかけた。
それからスバルは夕食をご馳走になったのだが、それがまぁ、険悪な空気だった訳だ。
大きな食卓についたのはスバルとラインハルトとティル、そしてその頃には目を覚ましたフェルトとロム爺。更には部屋の隅ではラインハルトの言う爺やと婆やが目を光らせているというスバルにはとても口が開けない空間だったのだ。
そこに至るまでの経緯を考えれば仕方ないのかもしれないが。
「ごめんなさい。爺やも婆やもいつもはあんなじゃないのに」
「いいよいいよ。ラインハルトが悪いって訳じゃないし、そもそも俺は食べさせてもらってる方だから」
そして食事が終わったスバルはラインハルトに屋敷を案内してもらっていた。
かなり広い屋敷で、スバル一人だと迷いそうだ。迷路のように入り組んでいる訳ではないが、同じようなデザインがずっと続いている。
見たところここに住んでいるのはラインハルトと爺やと婆や、そしてティルの四人。四人で住むにしては広過ぎるような気がしないでもなかった。
「ここの部屋、使っていいから」
食事前にフリフリの服に着替えたラインハルトが一つの部屋を指し示す。
扉を開けるとそこにあったのはかなり豪華な部屋だ。優雅にお茶でもするような丸いテーブルと化粧台にこれまたフリフリしたベッド。
これはもしや。
「私の使ってる部屋じゃない」
「ですよねー」
まぁ、ラインハルトが使っている部屋に案内されても困るのだが。
それよりも今さらっと心の中を読まれたような気がしたが、スバルは気にしない事にした。
「お、ベランダもあるのか」
よく見ると部屋の奥のガラスは戸になっており、その向こうがベランダになっている。
今は夜でこの世界は空気が澄んでいる。ここからでも星が見えるのではないか、とスバルは一直線にベランダへ向かった。
「やっぱ綺麗に見えるな、星」
「星、好きなの?」
「ああ。俺の名前も実は星の名前から来てるんだ」
「そうなんだ」
スバルが隣を見ると、ラインハルトも空を見上げていた。
「私も星は嫌いじゃない。嫌な事を、忘れさせてくれる気がするから」
満天の星空。現代で見ようとすればそれこそ山奥にでも行かなければ不可能だろう。
星空には人を癒す力がある。それを実感させられる光景だ。
「分かるよ。俺の故郷じゃこんなによく見える事なんかほとんどなかったし。これを見てると疲れが吹っ飛ぶような気がする」
嫌な事。
一先ずはあの腸狩りの撃退が第一だったため、詳しい事は聞けなかった。
屋敷の中では特に邪険に扱われている様子もない。ならば何故あんな裏路地に身を潜めていたのか。
スバルには分からない事が多過ぎる。
「嬉しかった」
「え?」
そしてそんなスバルの思考はラインハルトの言葉によって遮られる事になった。
「私にあんな言葉も感情も、向けてくれる人なんていなかったから」
「……そっか。悲しいよな。周りから爪弾きされるってのは」
「うん」
スバルもそういう経験をした事がある。
というより、そのせいで引き籠るようになったのだ。
「何かあったら相談に乗るからさ。遠慮なく言ってくれよ」
分からない事は多い。
だが、他人に知られたくない事もあるだろう。スバルにだっていくらでもある。
ならば、こちらから聞くよりもいつか話してくれるのを待つ方が良い。
「ありがとう。スバル」
感謝するのはこっちの方なんだけどな。
そう心の中で呟きながらスバルは部屋から出ていくラインハルトを見送った。
▼△▼△▼△
窓から差し込む日の光に照らされて目を覚ます。
背中には絶妙な柔らかさ、身体には素人目から見ても高級品だと分かる掛け布団、そして天井には漫画の中でしか見たことのないようなひらひらのカーテンが付いている。
「……そうだ、屋敷」
一瞬ここがどこか忘れかけたが、ここはラインハルトの屋敷だ。
異世界に来て始めての朝。チュンチュンとスズメが鳴いていそうな心地好い朝だ。
スバルは丁寧に布団から身体を出し、手で少しシワを伸ばした。
そして両手を合わせて天井に突き上げて全力で伸びる。これでようやく目が冴えてくる。
「さて。これからどうするか、だな」
異世界生活二日目。
昨日はなんとかなったが、そう何度もこうしてお邪魔するのは気が引ける。そもそも追い出される可能性だってあるし。
まずはこの世界で活動するための資金、それを手に入れるための手段を確保しなければならない。
とりあえずは死に戻りのいわばセーブポイントとなっている果物屋にでも行ってみるか、と当たりを付ける。
化粧台の鏡で身だしなみを整える。と言っても少し髪を弄る程度だ。
「よし」
と、新しい一歩を踏み出そうとした時、部屋の扉が叩かれた。
「はーい」
スバルの声と同時に扉が開く。
誰かとそちらを見れば、現れたのはラインハルトだった。
「昨日はよく眠れた?」
「ああ、もうこれでもかってぐらいぐっすりよ」
服は昨夜のフリフリなものから街でいた時に着ていた白い制服のようなものに変わっていた。
しかし違うところもある。中二心をくすぐられる大剣とマントを身に着けていない。あとは髪型も変わっている。昨日は赤く長い髪をそのまま流していたが、今は後ろで一つに纏めている。
「髪型変えたんだ」
「うん。邪魔だったから」
そう言うラインハルトの手にお盆が乗っているのにスバルは気が付いた。
「これ、朝食」
「わざわざ朝食まで……何から何までありがとうございます!」
昨日の夕食と寝床を提供してくれただけでも頭が上がらないというのに朝食まで。
ここまでしてもらえるとなんだか自分が偉くなったような気になる。建物の豪華さも相まって。
「大したものじゃないけど」
「いや全然大したものよ!?」
ラインハルトの持つお盆の上には大皿小皿が十枚ほど。一人分の朝食にしては多い。
そしてそれだけの皿を乗せたお盆を片手で支えているのも地味に凄い事だったりする。スバルなら数秒でひっくり返すだろう。
「早く食べないと冷める」
「あ、悪い」
スバルがいたせいで部屋に入れなかったラインハルトはスバルが一歩横にずれると部屋の中に足を踏み入れ、器用に大きなお盆を丸いテーブルに置いた。
目線で促され、スバルは席につく。
化粧台の方から椅子を持って来てラインハルトもスバルの正面に座った。
もしかして一緒に食べるの?
と思ったが、スプーンとフォークとナイフは一本ずつしかない。
「どうしたの?」
「あ、いや。いただきます」
テーブルは結構小さいため顔が近い。
正面の青い瞳から逃れるようにスバルは一番手元にあった料理を口の中に放り込んだ。
「……うま」
気付けばそんな言葉が漏れていた。
食リポなどした事のないスバルには的確に表せる語彙力は無いが、一先ずそれだけは言えた。
「え、何これうま」
美味い。
何の料理かよく分からないものもいくつかあるが、全てが美味い。
下手をしなくても、これまでの人生で口にしたものの中で一番ではないか。
朝からこんな量は食べ切れないと思ったが、どんどん食が進むスバル。
「よかった」
そんな声に思わず手が止まる。
「料理なんて何年もやってなかったから」
「これラインハルトが作ったの?」
「うん。そうしたら喜ぶって、婆やが。だから、ちょっと本気で作った」
美少女の手料理。なんと甘美な響きか。
その料理を食べてどう感じるかというのはそれ自体の状態だけでなく、それ以外の状況も大いに影響を与える。
例えば全く同じ料理であったとしても、食べるのが埃だらけの場所であれば不味く感じるし、高級料理店のような場所であれば美味く感じる。作る人間によっても全然感じ方が違うのだ。
「家宝にしよう」
「…………」
「冗談、冗談!」
ラインハルトのなんとも言えない顔を見てスバルは急いで手を進めるのだった。
▼△▼△▼△
「テメー、離しやがれ!」
「離しません」
「ロム爺! 何とかしてくれ!」
「何とかなりません」
「くっ、すまん、フェルト……」
スバルが完食し、満足そうなラインハルトが食器を持って去った少し後、部屋を出ると何故かピンク髪の少女ティルがフェルトを俵のように担いでおり、その後に肩を落としたロム爺がいる。
「なにこれ、どういう状況?」
「あ、兄ちゃんいい所に! ここから逃げるんだ! 手伝ってくれ!」
状況がよく掴めないスバルにフェルトが足をばたつかせながら声を張り上げた。
「あなたも逃走の手助けをするなら相手になりますが?」
そして鋭い視線がスバルを射抜く。
呼び起こされるのは昨日の記憶。あの腸狩りを瞬殺した姿。今も腰に剣を提げていて、ここで返答を間違えばスバルも一瞬で切り捨てられる未来が見える。
フェルトは見た目は可愛いが、実質あの蔵で会ったばかりのほぼ他人。
「どうぞお通り下さい」
「おい!」
「仕方ねぇだろ。俺がどうこう出来るレベルじゃねぇし」
未だ状況はよく分からないが、余計な手出しはしないが吉。
そう判断したスバルは早々と道を譲った。別にスバルが譲らなくとも通れる隙間は十分にあるが。
「往生際が悪いです。さっさと部屋に戻って勉強して下さい」
「誰が勉強なんかすっかよ!」
「はぁ、言うことを聞かないならこちらにも考えがあります」
「……何だよ、考えって」
「お尻を叩きます。それが一番効くとお祖母様に教わりましたので」
「は、はあ!?」
そんなやり取りの直後、軽快な乾いた音が響いた。
それと同時に声にならない悲鳴がスバルの耳に届く。もちろん、フェルトのものだ。
「ちょ、いいのかよ。なんか王様候補とか言ってたような気がするんだけど」
「フェルト様とは一日一回どこへどうやって逃げ出しても良い代わりに捕まれば言うことを聞くという約束事を交わしました。いくら未来の王候補といえど、自分が承認した事柄を軽々と一蹴するような王になられては困ります」
「あ、そっすか。そんで、こんな朝から捕まってるって訳か。まぁ、なんだ。ドンマイ」
「助けろよ、兄ちゃん!」
そしてまた響く乾いた音。スバルは思わず目を瞑った。
音だけで分かる。あれは痛い。
「それでは」
異世界でも勉強かー、大変だなー。
スバルはそんな事を思いながらティルと担がれたフェルト、その後ろを歩くロム爺を見送るのだった。
ティル・ファウゼン:オリキャラ