もしもラインハルトがラインハルトちゃんだったら   作:龍仁

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約2年ぶりに投稿。

感想と評価ありがとうございます。

今まで少しずつ書いてました。


断章:Ⅰ
マヨネーズ


 

 ラインハルトと爺やと婆や、あとはラインハルトの付き人だというティル。元はその四人しか住んでいなかったはずなのに何故こうも広いのか。

 同じような光景の続く廊下を歩きながらスバルはそんな事を考える。

 昨夜初めて訪れた際、迷いそうとは思ったが、実はスバルが泊まった部屋の前の廊下は端から端まで一直線になっているため出口を見失ったりする心配はなかったりする。

 

「やっぱり爺ちゃんと婆ちゃんには一言言っていくほうが良いよな」

 

 名前は分からないが、ラインハルトの言う爺やと婆やには昨日お世話になった。

 スバルのような見ず知らずの人間に夕食と寝る場所を提供してくれたのだ。許可を出したのはラインハルトとはいえ、同居人である彼らにもお礼を言わなければならないだろう。

 

「どこにいんのかなー。台所とかか?」

 

 昨日は何故かロム爺と睨み合っていたので結構怖かったが、感謝はしっかりと伝えるべし。

 

 スバルは一旦玄関に向かう事にした。ちゃんとした構造は把握していないが、とりあえず玄関ならいろんな場所へ繫がっているからだ。

 そして玄関にたどり着くと、

 

「おはようございます。昨夜はよく眠れましたか?」

 

「あぁ、はい。お陰様で」

 

 婆やが箒を持って掃除をしていた。

 白髪にシワの目立つ顔で結構な年だという事は分かるが、それに反して背筋はピンと立っていて老人という感じはあまりしない。

 

「ほんと、ありがとうございました」

 

「いえいえ、お嬢様がお連れになったお客様ですから。むしろ私たちの方こそ感謝しておりますよ」

 

「えーと、どゆこと、ですか?」

 

「初めてでしたからね。お嬢様が誰かを招くなんて」

 

「そう、だったんですか」

 

 確かにそうほいほいと人を連れてくるような人物ではないという事は分かるが、スバルが初めてだったようだ。

 まさか一緒に住んでいてラインハルトの状態を知らないという事はないはずなので、娘の友達になってくれてありがとう、というような類の気持ちなのだろうか。お嬢様と呼んでいるので娘や孫といった関係ではなさそうだが。

 

「ええ。あんなに楽しそうにしているお嬢様は久しぶりでしたよ」

 

 言われてみればそうだが、初めて裏路地で会った時の顔と昨夜や先ほどの顔は真逆というほど違った。愛の反対は無関心というように前者は表情筋が死んでいるのかという目の奥に闇の宿った無表情、そして後者は花が咲いたような笑顔。可愛くないのかと言われればもちろんどちらも可愛いのだが、どちらの方が好きかと聞かれればそれは後者だ。

 それはもう、むしろこちらこそありがとうというほど。

 

「あの、そういえば爺ちゃんはどこに?」

 

 何やら事情がありそうだという事は想像に難くない。

 とはいえ、大した付き合いでもないスバルに言える事は何もなかったため、スバルは昨日お世話になった一人である爺やを探す事にした。

 

「お爺さんなら庭の方にいると思いますよ」

 

 庭といってもこの豪邸を取り囲む庭なので決して狭くはないが、見渡せる分、屋敷内を探すよりも見つけやすいだろう。

 幸いここは玄関だ。庭はすぐそこにある。

 そうしてお礼を言って玄関の扉を開けようとしたスバルに声が掛かった。

 

「ところで、スバル様はこの街に来たばかりとのこと。働く場所はもうお決まりなのですか?」

 

「い、いやぁ、それは今から探そうかと……」

 

 痛いところを突かれたとスバルの動きが止まる。

 スバルは現在無職の無一文。端的に言ってピンチなのである。仕事を探さなければならないが、いざとなると少し前まで引きこもりだったスバルにはなかなかハードルが高い。

 やべ、どうしよ。と今更ながら焦りながら振り返ると、

 

「それならば、ここがおすすめですよ」

 

 そう言って婆やは箒で軽く床を叩いた。

 それはつまりこの屋敷で働かないかというお誘い。

 

「え、マジっすか」

 

 あっさりと問題は解決したのだった。

 なんか昨日もこんな事あったな。と思いながらスバルは婆やの後について行った。

 

 

 ▼△▼△▼△

 

 

 スバルが案内されたのはドレスや礼服など様々な衣服が収納された部屋だった。

 屋敷で働くには衣服もちゃんとした物でなくてはならない。爺やの使っていない物があり、それの裾を合わせてスバル用にするとの事だ。

 そして当たり前のように寸法を測られている間、屋敷からしてかなり良い身分の家がスバルのようなどこの馬の骨とも知れない人間を雇っても良いのかという疑問を口にするとラインハルトが認めた人間だから大丈夫だという答えが返ってきた。

 よほどラインハルトの事を信頼しているのだろう。信頼している、だけで片付けて良いのかは分からないが。

 

「そういえば、スバル様は何か得意な家事はありますか?」

 

「えーと、裁縫ならちょっとは。あとはベッドメイキングとか……」

 

 具体的に何をするか全く分からないが、スバルが就くことになる仕事はいわゆる使用人のようなものだろう。そうなれば確かに家事などもこなせなければならない。

 しかし、残念ながらスバルが得意だと言えるのは裁縫とオマケ程度のベッドメイキング。身に付けたは良いが結局役に立たなかった裁縫は使いどころが今の裾直しぐらいしかない。

 もちろんベッドメイキングをしろと言われたら全力でやるが、一芸特化にもほどがあった。

 

「裁縫……それじゃあ、どれぐらいの腕か見てみましょうか」

 

 こういった軽いものは婆やが済ますし、派手に破れたりしたら捨てるか修理に出すとはいえ、いつかする事になるかもしれないとの事なので裾直しは右半身を婆や、左半身をスバルがする事になった。

 

「なるほど、裁縫の腕は確かなようですね」

 

 そしてその結果は合格。

 しかし、スバルから言わせると婆やが完璧過ぎて自信がある(ほどほどに出来る)というレベルのスバルはなんとも言えない気持ちになった。

 

「しかし、ここで働いているのは実質私とお爺さんとティルの三人だけなので裁縫だけをしてもらう訳にもいきません。まずは掃除から始めてみましょうか」

 

 

 ▼△▼△▼△

 

 

 あの後、スバルは婆やに掃除と洗濯を教えてもらい、爺やと共に買い出しに行った。

 フェルトは王様になるための勉強をさせられているらしく、ロム爺とティルはそれに付きっきりで昼食の時しか顔を合わせなかった。その時にもフェルトは懲りずにスバルに助けを求めてきたが、ピンク髪の鋭い眼光に睨まれて静かに合掌した。

 

 ラインハルトは外出していて帰って来なかったが、婆やによるといつも夕食の時には帰ってくるとの事なのでスバルは大人しく待つ事にした。

 昨日のようにどこかの裏路地で小さくなられていては探しようが無い。

 

 そして夜、玄関の掃除をしながらラインハルトの帰りを待った。既にこの場所は一度掃除しているのだが、玄関はいくら綺麗でも困る事はないと二度目の掃除を敢行したのだ。

 

 埃の無い床を箒で掃いていると、玄関の扉が開く。

 

「お、お帰り」

 

「あ……ただいま」

 

 外から吹き抜けた風に赤い髪がたなびく。

 白い礼服に身を包んだラインハルトが帰宅した。

 

「その服……」

 

「ああ、ここで働かせてもらう事になったんだ。どう? 似合ってる?」

 

「うん。似合ってる」

 

 給仕服に気付いたラインハルトにスバルは両手を広げてみせ、その高評価に心を震わせていた。

 昼食の時にフェルトには「似合わねー」と言われ、ロム爺は何も言わなかったのでラインハルトは何気なく言ったのかもしれないが、スバル的にはかなり嬉しい言葉だ。

 

「そうだ、もうちょっとで婆ちゃんの料理ができると思うから食堂で待ってて。いや、先に着替えるか」

 

「うん。着替えてから行く」

 

「オッケー、オッケー。じゃ、俺先に行ってるから」

 

 そう言ってスバルは箒を手に自室へ向かうラインハルトを見送った。

 本日二度目であるため、ほとんど集まらなかった埃を塵取りで回収してスバルは食堂に向かう。

 

「なんか実感ないな……」

 

 最初こそ右も左も分からない状態からのスタートだったが、今では寝泊まりが出来る場所と働く場所も確保でき、さらにそれはスバルが惚れた相手であるラインハルトと同じ屋敷ときた。

 完璧である。

 

 試しに頬を抓ってみるもやはり夢ではない。

 それを確認したスバルは掃除道具を片付けて食堂の扉を開けた。

 すると、

 

「ったく、勉強勉強って腕が痛いっての」

 

「お行儀が悪いですよ。足を降ろして下さい」

 

「ロム爺、こいつなんとかしてくれ」

 

「勘弁してくれ。このデカいコブが見えんか」

 

 椅子の上で足を組んでいるフェルトを挟んで鋭い眼光を光らせているピンク髪のティルと頭に大きなコブを付けたロム爺が既に座っていた。

 

「どうしたんだよロム爺、頭から落ちたか?」

 

「まったく、お主も口が減らんのう。やられたんじゃよ、こやつにな」

 

 そう言ってロム爺はティルの方に目線をやった。そしてティルも視線を返す。

 

「あなたが掴み掛かってくるから、加減が出来なかったのです。昔、男に酷い事をされたことがあって、それ以降男に対して少し過敏に」

 

「……それは、すまんかった」

 

「まあ、嘘ですが。今まで突っ掛かってきた男は全て返り討ちにしてきました」

 

「おいッ!? 今の儂の申し訳ないと思った気持ちを返さんか!」

 

 そんなやり取りを見てスバルは意外に思った。

 ロム爺は元々こんな感じだが、ティルは堅物といった印象だったため、こうして冗談を言うとは思わなかったのだ。ロム爺のコブは冗談ではなさそうだが。

 

「お前ら仲良いな」

 

「もしそう見えるならその目には節穴という称号をくれてやるわい」

 

「じゃ、俺は婆ちゃんの手伝いしてくるから」

 

 そう言ってスバルは台所へ向かった。

 そしてその後、この屋敷にいる者全員で卓を囲んだ。

 

 

 ▼△▼△▼△

 

 

 翌朝。

 スバルは昨日よりも早起きし、一人台所に立っていた。先ほどまでは婆やがいたのだが、先に朝食を摂って仕事を始める爺やに料理を持って行ったため、スバル一人だ。

 

「うーむ」

 

 ラインハルトに出す物ではないから多少形が崩れても問題無いという事でスバルも料理の手伝いをしたのだが、そこで一つの問題を発見したのだ。

 

「やっぱ無いよなぁ、マヨネーズ」

 

 マヨネーズ。

 それは至高の調味料。否、もはや一調味料という枠には収まらない。スバルにとってマヨネーズとはなくてはならない物だ。

 

 毎朝寝起きのマヨチュッチュはもちろん、朝食が何であれ傍らにはマヨネーズ。昼食、夕食は言うに及ばず。例え外食でもマイマヨネーズは欠かさない。そして寝る前にマヨチュッチュをして一日は終了する。

 

 そう。マヨネーズとはもはや人生の一部なのである。マヨネーズの無い生活など言語道断。

 しかし、彼の至高の品はここには存在しない。それどころか、そもそもこの世界には存在しないのかもしれない。

 ならば。

 

「作るしかない!」

 

「何を?」

 

「おわっ!?」

 

 と、他人の屋敷で勝手に決意したスバルの背後から声が掛かった。聞き間違えるはずのない、ラインハルトの声だ。

 

「きゅ、急に独り言に入ってきたらビックリするじゃん」

 

「……ごめんなさい。普通に声を掛けようとしたけど、突然大声を出すから気になって……」

 

「ああ! 考えてみれば俺が一人芝居してたのが悪いな! という事でこの話は終わり!」

 

 あからさまにシュンとするラインハルトにスバルは思わず話を強制終了させた。

 

「それでえっと、何を作るか、だっけ?」

 

「うん」

 

「それはだな、ずばりマヨネーズ」

 

「まよ、ねーず?」

 

 ラインハルトは首を傾げた。

 その様子にマヨネーズが一般に存在する物ではないと分かって少し落ち込むが、スバルはすぐに気を取り直した。無ければ作ればいい。当然の話だ。

 

「婆ちゃんがお給金もくれるって言ってたからまずはそれまで待って、材料を調達して作ってみようと思う」

 

「材料……何がいるの?」

 

「そうだなー、まずは王道のタマゴ。あとは油とか塩とかかな」

 

「分かった。ちょっと待ってて」

 

「え、何が分かったの?」

 

 スバルの問いに答えることなく、ラインハルトはスタスタと歩いていってしまった。

 そして言われた通りその場で待つこと数分。

 

「おぉ……ナイスエプロン姿」

 

 髪を纏めてエプロンを身に着けたラインハルトがスバルの様子を伺うように台所に入って来た。

 

「変……じゃない、かな」 

 

「全然! 超似合ってる!」

 

 スバルの言葉でどこか不安そうだったラインハルトは見るからに元気を取り戻し、台の前に立った。

 

「タマゴと油、あとは塩……」

 

 そして当たり前のようにスバルが言った材料を取り出し始める。

 

「待った、待った。もしかしてマヨネーズ作るつもり?」

 

 状況に付いてこれていなかったスバルに対してラインハルトは何を当たり前な事を、とでも言わんばかりに首を傾げた。

 

「大変可愛らしいからずっと見てたいところなんだけど、作り方知ってたりするの?」

 

「私は知らないけど、スバルは知ってるんでしょ?」

 

 スバルはそこで致命的なすれ違いがある事に気が付いた。といっても100%スバルが悪いのだが。

 

「あー、ちょっと言いにくいんだけど……」

 

 つまるところ、何が言いたいかというと。

 

「実は俺も作り方知らなかったりするんだな、これが」

 

「え……」

 

 せっかくスバルを思って準備してくれたのであろう、困惑とも焦りとも取れる表情を浮かべたラインハルトへ向かってスバルは速攻で土下座を敢行した。

 

 

 ▼△▼△▼△

 

 

 実のところスバルがマヨネーズを作ると言ったのはレシピを知っているからではなく、色々と試行錯誤しようと考えていた訳であって、正直材料と混ぜればいいかという事ぐらいしか分かっていないのだった。

 という事をこの場からダッシュで去ろうとしていたラインハルトにスバルが悪かったという旨を織り混ぜつつ伝えた。

 

「と、いう訳でございます。はい。誠に申し訳ない」

 

「うん……私の方こそ、早とちりして…………でも、もうタマゴとか出したし、婆やにも許可貰ったから。試してみない?」

 

「そりゃ、願ってもないけど、そのタマゴとかって屋敷の物でしょ? 許可貰ったっていっても何個ぐらい使うかどうか分からないし」

 

「大丈夫。足りなくなったら買いに行けばいいから。スバルが」

 

「あ、俺が買いに行くのね。でも俺お金持ってないよ?」

 

「お金は私が出すから」

 

「あれ、人のお金でマヨネーズ作ろうとしてる俺ってもしかして最低じゃ?」

 

 このようなやり取りがあり、朝食の後でスバルとラインハルトは結局マヨネーズを作ることになった。婆やも楽しみにしていると聞かされれば作らざるを得ないのだった。

 

 試行錯誤といってもどれをどれぐらい、どの順番で混ぜるかというのを試すだけの単純な作業だ。だが、作業は単純でもすぐに結果が現れるかといえばそういう訳ではない。

 

「あー、またダメだ」

 

 スバルはいくつ目かも分からない自分のボウルの中の失敗の証であるよく分からない液体を眺め、チラッとラインハルトのボウルへと移す。

 ラインハルトのボウルの中身もスバルの物と全く同じだった。

 

「うーむ、超絶料理上手のラインハルトでもダメか……まさか、これは世界がマヨネーズを拒んでいるとでもいうのか!?」

 

「完成した物がどんな感じか分からないから、スバルの真似をしてるんだけど……」

 

「あ、これ俺のせいか」

 

 確かによくよく考えてみれば恐らくマヨネーズの存在しない世界の住人であるラインハルトは完成品がどのような物か知らないし、スバルはちゃんと説明をしていなかった。とりあえず混ぜてみようとしか言っていなかった。いくら料理が上手くてもどうなれば正解かが分からなければマヨネーズを作るなど不可能だろう。

 それに、スバルの真似をしたのであれば完璧である。

 

「本当ならここでドロっとした感じの物が出来るはず」

 

「こんな風に?」

 

「そうそうこんな風に……って!? なんでそんな簡単に出来てるの!?」

 

 スバルがマヨネーズの形を言った瞬間、ラインハルトのボウルには見慣れた粘性のある物が出来上がっていた。

 

「スバルの助言のおかげ」

 

「さっきのって助言だったのか……」

 

 先程の言葉だけでマヨネーズが作れたら誰も苦労しないのだが、出来たものは出来たのだから良い。

 スバルは早速期待と共にラインハルトのボウルのマヨネーズ(仮)を指に取って舐めた。

 

「あー、うん。問題は味だな」

 

 形はマヨネーズそのものだが、とにかく油っぽくそれ以外の味がほとんどしない。

 

「塩でも加えれば良いのか……?」

 

 しかし、ソムリエでも何でもないスバルにはどの調味料をどれぐらい足せば良いかなど分かるはずもなかった。

 となれば、出来る事はやはり回数を重ねるのみ。

 

「なんか違う」

「これでもない」

「何か足りない」

 

 形は口頭で伝えられても味までは伝えられない。マヨネーズの味はスバルにとってマヨネーズでしかないからだ。

 ラインハルトは美味いがマヨネーズではない調味料を何度か生み出しているが、それはマヨネーズではないため今は置いておく。

 

 そして試行錯誤を重ねた結果、洗い場にボウルも重なっていく。

 チラリとラインハルトの方を見るとどんどん顔色が沈んできているように見えた。

 

 ここまでくるとスバルにも罪悪感が湧いてくる。

 スバルも最初は軽い気持ちで始め、ラインハルトも善意で手伝ってくれたのだろう。にも関わらず結果的にラインハルトを傷付けるような事になってしまっている。

 

 どうしたものか。こうなったら適当な物をマヨネーズと言って終わらせるか。

 脳裏に様々な考えが過ったその瞬間、スバルの手が何かに包まれた。

 

「え、ちょっ!? ラインハルトさん!?」

 

 振り向くとスバルの手はラインハルトの両手によって包み込まれていた。

 実はラインハルトの手を触ったのは初めてではないのだが、こうしてじっと面と向かって握られるのは初めてである。

 

「マヨネーズの味」

 

「え?」

 

 ドキドキしているスバルの目を蒼い瞳が覗き込む。

 

「強く思い浮かべて」

 

 思い返せばラインハルトは相手の感情が分かるのだった。このように触れていれば思い浮かべた味なども分かるのだろうか。

 そう思いながらもスバルは頭の中に今は無きマヨネーズの味を浮かべた。

 途中、何故かマヨネーズで満たされた大浴場に飛び込む自身の姿が浮かんだが、ササッと払ってラインハルトが良いと言うまでマヨネーズの味を思い浮かべ続けた。

 

「もう大丈夫」

 

 数秒か数分かの間スバルの手を握り続けたラインハルトは一目散にボウルを手に取った。

 そして何の迷いもなくタマゴを割り、かき混ぜ、調味料を足していく。

 

「できた」

 

 スバルの前に見た目は完璧なマヨネーズが差し出された。だが、形は先程までも良い線を行っていたのだ。問題は味である。

 ここにくるまで数々のゲテモノを舐めてきたスバルは恐る恐るそれを指に取る。見た目が良い分、味が悪かった時のダメージは大きい。

 ゆっくりと口へと運び、一思いに舐めた。

 

「……! こ、これは!!」

 

 その瞬間、スバルの全身に電流が走る。

 

「どう、かな」

 

「文句のつけようもない、完璧なマヨネーズだ!」

 

 それはマヨネーズだった。紛う事なきマヨネーズだった。誰が何と言おうとマヨネーズだった。

 

「あんなに遠く感じたマヨネーズがこんなに近くに……やべぇ、ラインハルトマジパネェ。この感動を誰かともっと共有したい。そうだ、もうすぐ昼飯だからその時に一緒に出してまずは屋敷の中から広めていこう!」

 

 スバルはラインハルトの持ったボウルなど気にせず両手を取ってブンブンと振った。

 当然そんな事をすれば完成品のマヨネーズが入ったボウルは宙を舞う。さらに運の悪い事にボウルは中身を下にラインハルトの頭上へ向かった。

 あっ、やべ。とスバルは赤い髪に白い粘性のある物体がぶちまけられる光景を幻視するが、ラインハルトは目にも止まらぬ早技で何事もなかったかのようにボウルを回収して事なきを得た。

 

 

 ▼△▼△▼△

 

 

 ラインハルトの作った完成品マヨネーズは昼食の時にお披露目する事になった。

 そのためにマヨネーズを瓶に詰めるから先に食堂で待っていてと言うのでスバルは一足先に食卓についていた。

 

「お。なんだ兄ちゃん、サボりか?」

 

 そこへフェルトが現れる。

 

「ふっ、聞いて驚くなよ。俺はさっき、それはもう素晴らしい物を作り出した。まぁ、正確にはラインハルトだが。軽口を叩けるのも今のうちだぞ? ヤバ過ぎて腰抜かすからな」

 

「危ねー薬じゃねーか」

 

 そしてその後ろからロム爺とティルのでこぼこコンビ。昨夜とは違ってロム爺の頭にコブはない。

 

「フェルトには飲ませるでないぞ」

 

「危ない薬じゃねぇっての!」

 

「お嬢様に何をやらせているのですか? 伸しますよ」

 

「ヒェッ」

 

 ロム爺には軽口で返し、目を細めたティルには恐怖した。

 適当にピンクの髪を揺らしながら窓の外でも眺めていれば完璧な美少女のはずなのにどうしてこうも威圧感が強いのか。ただでさえ眼光が鋭いのに加えて低い声をで言われては震えるしかない。

 

「ま、マヨネーズっていってな? ちゃんとした食べ物だから……」

 

 スバルはボコボコにされないようになんとか釈明を試みる。ラインハルトにやられた後とはいえ、腸狩りを瞬殺したティルにスバルが敵うはずもない。対応を間違えれば数秒後には物言わぬ骸の完成だ。

 どうどう、となだめる事少し。

 婆やが昼食、ラインハルトが瓶に詰めたマヨネーズを持って登場した。

 

「これだよ、これ。百聞は一見に如かずってな。とりあえず食ってみろ、お前ら」

 

 味方が現れた事に安心したスバルは息を吹き返す。

 

「うん。これ、すごく美味しいと思うから、みんなで食べてみてほしい」

 

「なるほど、頂きます」

 

「わーお、見事な掌返し」

 

 さっきまで刺々しかったのに、ラインハルトが言った瞬間これだ。

 などと心の中で思ったスバルだったが、自分もラインハルトが現れた瞬間に威勢が戻ったのでどっちもどっちだったりする。

 

 そして、念願のマヨネーズを口にした者たちはフェルトを含めて全員が絶賛の声をあげた。ロム爺からはこれで一商売出来るという最大限の褒め言葉までもらった。

 圧倒的掌返しではあるが、これにはスバルも大変満足した。

 

 

 ▼△▼△▼△

 

 

 屋敷がマヨネーズで盛り上がったその日の夜。

 使用人としての仕事を終えたスバルは風呂に向かった。

 

 この屋敷は広いだけあって、浴場も複数存在する。最も大きな浴場を使うのはラインハルトとその付き人であるティル、あとは王様候補のフェルトの三人だ。

 残りの人間が使うのはそれ以外の二つの小浴場のどちらか。婆やにはスバルも大浴場を使っても良いと言われているが、仕事の関係上スバルはラインハルトたちの後に入る事になり、変な気を起こすつもりはないが、ラインハルトに嫌がられたら立ち直れないので小浴場を使うようにしている。決して変な気を起こすつもりはないが。

 

 そんな訳で、小浴場の一つに向かったスバルであるが、脱衣所の扉が開いていた。

 何かあったのかと中を覗くとそこには何とも言えないような顔をしたティルと、当然のように俵抱きされているフェルトがいた。

 フェルトがティルに捕まっていること自体はよくあるが、いつもと違ってフェルトが騒いだり助けを求めたりしていない。よく見ればフェルトも呆れたような顔をしている。

 二人の視線の先には浴場がある。

 

「あのー、お二人さん? 今から俺が入ろうとしてた風呂に何かあった?」

 

「あぁ、スバルさん。実は……いえ、見てもらった方が早いです」

 

 スバルの問いに答えたのはティルだ。その視線は相変わらず浴場がある。

 とはいえ、スバルが見ても良いものだとは分かったので、スバルも浴場を覗いた。

 

「あ、スバル!」

 

 そこにいたのは半袖半ズボンで赤髪をポニーテールにしたのラインハルトだった。しかも、いつもよりもテンションが高い。

 

「ラインハルトがなんでここに?」

 

「マヨネーズを作った時、スバルが思い浮かべてたから。いっぱい作った」

 

「お湯の代わりにマヨネーズを張ったそうです」

 

「Oh…………いや、思ったけど!! 確かに想像はしたけども!!」

 

 ラインハルトが答え、そこにティルが付け加えた事でスバルは一瞬言葉を失い、それから叫んだ。

 そして同時に理解した。確かに何とも言えないような顔もするし、呆れたような顔もするだろう。

 テンションが上がっているラインハルトを諌めるのは大変心苦しいが、ここはラインハルトのためにも心を鬼にしなければならないだろう。

 そう心に決めてスバルはラインハルトが傷付かないように慎重に慎重に言葉を重ねた。

 





続きの展開が思いつき次第、書き始める予定なのでまた気長にお待ち下さい。
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