お待たせしてすみません。
今更ですが、6章と7章を読了しました。
読めない展開の連続で、さすがリゼロって感じでした。
マヨネーズ騒動があった翌日。
「どけどけ兄ちゃん、邪魔だー!!」
「どわらば!?」
屋敷の廊下を掃除していたスバルは背後からの衝撃に、箒を持ったままひっくり返った。
下手人の正体は、ヒラヒラのお嬢様ファッションに似合わない大股で駆けていく金髪の少女、フェルトだった。今回はスバルがこの屋敷に来てから3度目の朝だが、もはや見慣れたものだ。今は王様になるための勉強から逃げ出している最中なのである。
そして、それを追い掛けているのがピンク髪の悪魔(スバル命名)ことティル・ファウゼンだ。ラインハルトには及ばないまでも、スバルでは逆立ちをしても勝てない人物であり、事あるごとに鋭い視線を向けられてスバルは震え上がった。下手な事をすると冗談抜きで半殺しにされるというのが肌で感じられるからだ。
「大丈夫ですか、スバルさん」
「あぁ、大丈夫大丈夫。それよりこっちに構ってて良いのか? フェルトに逃げられるんじゃ?」
フェルトを追い掛けて走っていたはずのティルが立ち止まり、一切の息の乱れも衣服の乱れも見せずにひっくり返っているスバルへ手を差し伸べた。
「問題ありません。今は泳がせている時間なので。捕まえようと思えばすぐに捕まえられます。すぐに捕まえてしまってはフェルト様にも鬱憤が貯まるでしょうから」
「泳がせてるのか……なんか中途半端に希望持たせるのも可哀想な気もするけど」
手を引き上げられながら聞かされた事実に、スバルは思わず同情した。もしかしたら逃げ切れるかもしれないという希望を持たせながらも良いところで本気を出して捕まえる。ありもしない希望をチラつかせるというのは中々に残酷な行為なのではないかと思わなくもない。
スバルの脳裏にはティルの肩に担がれたまま不平不満を叫び、お尻を叩かれて悲鳴をあげる姿が浮かぶ。
「それでは、そろそろ私はフェルト様を捕まえに行きます」
「ああ、お手柔らかにな?」
数秒後か数分後か、これからお勉強を強制されるであろうフェルトへ心の中で合掌した。
そしてスバルは箒を手に、掃き掃除へ戻る。この廊下はフェルトの勉強部屋へ繋がっているため、そのうちフェルトを担いだティルがやって来るだろうと考えながら。
しかし、しばらく掃除をしていても、一向にティルやフェルトは現れなかった。
「もしかしてフェルトの逃げ切り成功か……?」
スバルからすればティルから逃げ切るなど到底不可能だが、フェルトならあるいは可能性もあるのかもしれない。スバルが目にしたフェルトの身体能力披露の場といえば、エミリアから逃げている最中であろう、路地裏で頭上を駆け抜けて行った時ぐらいのものだが、確かに異世界基準でもかなりすばしっこい方だったような気もした。
スバルとしては腸狩り瞬殺の印象が強く、直接戦う訳ではないにしてもティルから逃げ切れるとは思わなかったところであるが。
「しっかし、そうなった場合、置いていかれたロム爺はどうなるのかねぇ。もしかしてフェルトをおびき寄せるエサにでもされるか?」
などと、色んな方面に失礼な想像をしながらスバルはフェルトやティルが向かった方向へ歩く。先ほどまでの場所は掃除の途中だが、べつに順番は決まっていないのだ。先に別の場所を掃除するだけである。
そう、心の中で言い訳をしながら。
そして、屋敷の玄関前の庭といって良いのか、建物の玄関と敷地の門の間にある空間で、スバルは珍しいものを見た。
そこにいたのは逃げていたフェルトとそれを追いかけていたティル、そしていつも通りの近衛騎士の制服を纏ったラインハルト。フェルトが盾にするように、ラインハルトのマントの中に隠れていた。
「なるほど、考えたもんだ」
この屋敷で過ごしていれば、当然分かるのはラインハルトと他との力関係だ。ラインハルトの振る舞いを考えれば力関係というのは語弊があるかもしれないが、元々この屋敷にいた人間は皆ラインハルト至上主義のようなところがある。
ゆえに、ラインハルトを味方につける事が出来ればティルを追い払うのも容易かもしれない。ラインハルトがフェルトに協力的ならば、ではあるが、フェルトの強気さなら丸め込めそうな気もした。
「どうだ! これなら手を出せねーだろ!」
清々しいまでの虎の威を借る狐である。
そんな様子に、ティルは頭を手を当てて首を横に振った。
「フェルト様……お嬢様がこちら側の人間だという事を忘れていませんか。それではただ丸腰で相手の懐に入っているだけです」
「はっ、知ってるぜ。お前はこいつのやる事には口を出せねぇってな! 頼むぜ、ラインハルト! お前だけが頼りだ」
「私だけが、頼り……」
「お嬢様を誑かすような事言わないでもらえます?」
誑かすは言い過ぎかもしれないが、スバルから見てもラインハルトは少し揺れている。これはフェルトに軍配が上がるかもしれない。
「えっと……ティル……?」
「ハァ…………。言っておきますが、フェルト様自身の力で逃げ切ったわけではないという事は覚えておくように」
窺うように見ていたラインハルトに、先に折れたのはティルの方だった。
「お嬢様、フェルト様の護衛は任せます。あと、帰ったら……いえ。いってらっしゃいませ」
「久しぶりの外だ。行くぞ、ラインハルト」
「あ……いってきます」
ティルからの許しが出たため、フェルトはラインハルトを伴って門から出て行った。
そんな様子を見てティルは再びため息。
「良かったのか?」
「良いか悪いかで言えば当然悪いです」
スバルが声をかけてみれば、そんな答えが返ってきた。
「フェルト様がお嬢様と親睦を深めるのは悪い事ではありませんし、むしろ必要だとは思います。とはいえ、今のように都合よく使うようになられては困ります」
「あぁ……未来の王様がラインハルトの腰巾着とか言われたら困るもんな」
「ええ。帰ったら説教です」
怒れる獅子の待つ屋敷へのこのこ帰ってくるであろうフェルトへ、スバルは再び心の中で手を合わせた。
「何か?」
「なんでもないッス」
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ラインハルトを伴って王都を歩くフェルトは早々に居心地の悪さを感じていた。
周囲の人間が目線を向けてくる。それは良いだろう。今のフェルトはどこのお嬢様だというヒラヒラとした格好で目立つし、何よりそばを歩いているのは近衛騎士の、それも『剣聖』だ。むしろ、目立たない方がおかしい。
しかし、フェルトが感じた目線はそういう予想されたものとは違っていた。遠巻きに腫れ物を扱うような、あるいは恐ろしいものを見るような目を向けられていた。フェルトはこれまでの行いを考えても良い目を向けられるとは思っていない。ただ、向けられたのは貧民街の手癖の悪い泥棒に対するようなものでもなかった。
「お前なんかやらかした?」
「そんな事、ない……です」
となると、それを向けられるのはラインハルトという事になる。だが、近衛騎士という名誉ある役職についているはずの、それも『剣聖』に向けられるものとも思えなかった。
「そんな事なくはないだろ、絶対。アタシはお前について、『剣聖』はめちゃくちゃ強いって事ぐらいしか知らねーけどさ。さすがにアタシも居心地悪いし」
本意ではないが、一応同じ屋敷で暮らしているのだ。なぜこうなっているのか、説明ぐらいしてほしい。そう、声をかけようとしたフェルトは、途中で口を止めた。視線の先には衣服を売っている店。
「金は持ってきてるか?」
「えっと……これ」
「ちょっとここで待ってろ」
ラインハルトが懐から取り出した財布をひったくるように取ったフェルトは、その足で服屋に入る。
もちろんここで新しい服を買って着替えようというわけではない。少しだけ、いつも着ていたような軽装を買って着替えるというのも考えたが、人のお金なのでさすがに自重した。
そうして買ったものを、店の前で待っていたラインハルトに投げつけた。
「それ着とけよ。お前目立ち過ぎ」
「……ごめんなさい」
フェルトが買ってきたのは、ラインハルトの身体をすっぽり覆う白いローブだ。目立ち過ぎる赤髪と近衛騎士の制服、そして背中に背負っている身の丈に合ってなさそうな大きな剣を隠すための。
言われた通りにラインハルトがローブを纏い、目立つ格好がいくらか軽減された。剣の柄で背中が一部盛り上がってしまっているが、ないよりは全然マシだろう。
「だぁー! 辛気臭えー!」
しかし、隠せるのは格好だけで、陰鬱な態度は隠れない。強引に連れてきたのはフェルトではあるが、それはそれとしていつまでも暗い空気を放たれてはたまらない。
「どこか気晴らしになるような場所案内してくれよ。何かあるだろ?」
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ラインハルトに案内されたのは、今はもうスバルの記憶の中にしかない世界において、スバルが案内された高台だった。
「へぇ、確かにここなら眺めも良いし、気分も晴れ晴れ……」
王都が一望出来る場所だ。貧民街から王城まで、目を凝らせば人々の営みを観察する事も出来る。
「て、おい! 気晴らしになる場所だろ!? 晴れ晴れしろよ!」
「……ごめんなさい」
「……分かった分かった。アタシが悪かった。とりあえずお前も座れよ」
しかしながら、相変わらずラインハルトは後ろ向き思考。
言い合っても埒が明かない、というよりそもそもそんな事は望んでいないフェルトは設置されている腰掛けに座り、隣を指差した。
「まぁ、なんか……アレだ。なにかあったんだろ? お前がやらかしたのか、周りがやらかしたのかは知らねーけどさ。一応他人でもないんだから、事情ぐらい聞かせてくれよ。ま、そのうちまた他人になるかもだけど」
言われた通りに隣に座ったラインハルトへ、フェルトが問い掛ける。
本当に不本意ながら、今は他人の関係性ではないのだ。いつか逃げ出してやるとは思っているものの、今のところティルの手から逃れられないし、仮に逃げられたとしてもロム爺の存在がある。こんな事を言えば自分に構わず逃げろとでも言うだろうが、フェルトは見捨てて逃げる事は出来ない。毎日の逃亡は、本気で屋敷から逃げるというよりも勉強から逃げるという側面が強かった。
「事情……でも、何を話せば」
「だったら最初。そもそもお前、なんで毎日出かけてるんだ? それもそんな目立つ格好で。見回りとかか?」
それは単純にフェルトが気になった事だった。ラインハルトに対して先ほど向けられたような目は、当然ラインハルト1人でいても向けられるだろう。それを気にしているのは明らかで、わざわざ目立つ格好で屋敷の外へ出て行く理由が分からない。無論、仕事だからという理由もあったかもしれないが、非番らしい今日の様子を見るに、それだけではないだろう。
見回りなのか、というフェルトの問いに対してラインハルトは首を横に振った。
「私が巡回なんてしなくても、事件は起こる所では起こるし起こらない所では起こらない……です」
「その取ってつけたような敬語やめていいぞ。蔵のときみたいに普通に話した方がアタシも違和感ないし」
「取ってつけてない」
「なんで今のは言い返してくるんだよ……まぁ、いいや。なら外で何してるんだ?」
「…………」
言い返してきたかと思えば黙る。非常にやりにくいが、無理やり聞き出そうとすると余計にやりにくくなりそうだったため、フェルトは答えが返ってくるのを待った。
「……何も」
「はぁ?」
「何も、してない」
「…………」
今度はフェルトが黙る。だって、何をどう返せと言うのか。
「だったらなんで外に出るんだよ。やる事がないなら屋敷に引き篭もってた方がまだマシだろ。屋敷ならあんな目を向けられる事もないんだからさ」
なんとか頭の中から理屈を引っ張ってくる。
現時点でフェルトが得た情報から考えると、ラインハルトが日中、屋敷から出て行く理由が分からない。まさか、散歩が趣味だからではないだろう。
「…………。それは、お父様に……」
「お父様に?」
「会いたくない、から」
またもやフェルトは黙る。何というか、非常に調子を崩される。そんな事か、と言ってやるべきかそれとももう少し話を聞いてみるべきか。
「アタシはそのお父様とやらを見た事ねーんだが、鬱陶しい視線向けられるより会いたくないのか?」
ラインハルトは頷いた。
フェルトは家族関係の問題とは無縁だった。天涯孤独だったために当然といえば当然で、血の繋がりはないものの唯一の家族ともいえるロム爺とは小競り合いはあってもそこまでして避けようとした事もない。
「お父様にとって、『剣聖』を好きに動かせるのは、都合が良いから」
「なんだそりゃ。お前、ソイツに都合よく使われてんのか?」
「それでも、べつに良かった。私も、お母様を目覚めさせたいのは同じだから。またいつか家族一緒に笑えるなら。でも、お父様は変わってしまった。きっと私の事は、何でも壊せる出来の良い人形としか、思ってない」
何でも壊せる出来の良い人形とは、随分な言い草である。『剣聖』を好きに連れ回せるとしたら、そんな風に思ったりするのだろうか、と現状『剣聖』を連れ回しているフェルトは思う。
人形というには困らせられているので、そんな風には感じなかった。むしろ、ここまで気分を下げてくる人形があるなら持ってこいという話である。
「嫌なら嫌だって言ってやればいいだろ。都合よく使われるっつっても、まさかお前より腕っぷしがあるってわけでもねーだろうし。なんならティルの奴に守ってもらえば良いだろ」
そんなフェルトの言葉にラインハルトは首を横に振った。
「……これ以上、関係を壊したくない。私のせいで、壊れてしまったから」
「…………。屋敷にいたくない理由は分かった。なら周りの目は?」
「私は、自分の意思がなくて、言いなりになってる化け物だから。お父様の命令でいつ暴れるか分からないと思われてる」
「なんとなくお前の親父がどんな感じか想像出来てきたわ」
仮に自分に意思がなく、全くの言いなりになっていたとしても、ラインハルトを使う父親が高潔な人間であるならば、周囲からの評価はそんな風にはならないだろう。常に剣を振り回しているわけでもないのだから、周囲からの評価に直結するのはラインハルトを連れている父親の振る舞いだろう。
ここまで話を聞いたフェルトの中でのラインハルトの父親は、猛獣を飼い慣らした悪徳貴族というような人物像となった。
「つーか、なんでそんな目立つ格好でうろつくんだよ。見られるのが嫌ならもっと目立たねー格好してろよ」
「ティル達には、街の巡回をしてくるって言ってるから」
「さっき巡回しても意味ないとか自分で言ってたじゃねーか……」
ラインハルトが巡回したとして、実際に意味があるかどうかは知らないが、恐らく心配をさせたくないとかそういう魂胆だろう。屋敷の人間がそれを聞いてどう思っているのかは分からない。素直に騙されているのか、あるいは分かった上で送り出しているのか。
「ところどころ気になるっちゃ気になるが、まぁ今はいいわ。なにか気分上がる話しようぜ」
ともかく、ずっと暗い話をするのはフェルトの性に合わない。
「気分が上がる話……」
「例えば婆ちゃんのお菓子の話とか。勉強させられんのはゴメンだが、婆ちゃんのお菓子を食うためならもう少し屋敷に居座ってやってもいいかと思えてくる」
「婆やのお菓子は私も好き。でも、あなたが来てから私の分のお菓子が減ってて、困ってる」
「アタシのせいかよ。昨日婆ちゃんが言ってたぞ。お前いつも朝か夜しかいねーからお菓子出す時間が難しいってよ。昼もいればいっぱい出してくれるんじゃねーの。まぁ、お前の分まで食ってるかもしれねーってのは否定しないけど。なにせ、一回食べ出したら止まらねーからな」
先ほどまで暗い話ばかりだったので、その反動でフェルトの口も軽くなる。
「だったら、私があなたのお菓子を作るから、婆やが作った分は譲って」
「食い意地張り過ぎだろ。ま、お前が作るお菓子も気になるから明日作ってくれよな。昨日のまよねーずとかいうやつも美味かったし。婆ちゃんのお菓子は譲らねーけど」
「それはおかしい。あなたの方が欲張り」
そしてそれはラインハルトも同じだったようで、声の調子も上がっている。
ちなみにではあるが、仮に本気で屋敷から逃げ出す事になった場合、フェルトは婆やを連れていきたいと本気で思っている。それほどまでにフェルトは胃袋を掴まれており、現状屋敷に居座っているのは逃げられないからという理由はもちろんあるが、そういう後ろ向きの理由だけでなく、お菓子を食べたいからという前向きの理由もあった。
「ともかく明日は昼も屋敷にいろよ。もし仮にお前の親父が来たらアタシが追い払ってやるよ。たぶんアタシの嫌いな感じの奴だろうから、お前の家族関係とか関係なく個人的な好き嫌いでな。その代わりお前はアタシにお菓子を献上する。どうだ?」
「うん……分かった」
昨日のマヨネーズもそうだし、ティルや婆や曰く料理でも何でも出来るらしいラインハルトが作るお菓子にはフェルトも普通に興味があった。
「あっそうだ。お前雲の上歩けるとかティルの奴が言ってたけど、あれって冗談だよな?」
「行ってみる?」
「え?」
▼△▼△▼△
「お前スゲーな。逆に何出来ないんだよ。どうせ盗品蔵の時も本気じゃなかったんだろ? 山とか斬れるんじゃね? 今度山斬りに行こうぜ」
「そんな事したら怒られる」
「そこで出来ないって言わねーのが最高にラインハルトだわ。つーか、誰に怒られんだ?」
「ティル」
「アイツが? お前の事お嬢様お嬢様って甘やかしてるじゃねーか」
「ううん。ティルは怒ると怖い。小さい頃は何回も泣かされた。私をお嬢様って呼ぶのも丁寧な言葉遣いをするためだから。怒ったら普通に呼び捨てするし、口調も荒ぶる」
「マジかよ」
背負われた状態で空の散歩をするという常識外れを一周回って楽しんだフェルトは、その後も買い食いをしたりと楽しんだ後、ラインハルトと共に屋敷へ戻ってきた。
「随分と、楽しんできたようですね」
玄関の扉を開けたむこうでは、ティルが腕を組んだ状態で壁に寄りかかっていた。
「えっと、頑張って」
「あっ、てめっ」
良くない空気を察したのか、ラインハルトがフェルトを見捨てていこうとする。
しかし。
「お嬢様、昨日馬鹿ほど使った卵を買ってくるという話は」
「あっ……」
鋭い視線に射貫かれたラインハルトが足を止めた。
どうやらティルの目当てはフェルトだけでなく、ラインハルトも、であったらしい。
硬直する2人へ、ティルは顎をしゃくった。
「――――お話」
「「はい……」」
▼△▼△▼△
ラインハルトと2人で正座させられたままティルに説教され、夕食を挟んでフェルトは今日しなかった分の勉強をさせられる事になった。説教直後、フェルトは足が痺れて立てなかったのに、ラインハルトは何事もなかったかのように立ち上がっていて、ほんの少しだけムカついた。
「つーか、1つ聞いときたいんだけど」
「何でしょう」
そして勉強が一段落ついたところでフェルトは切り出した。
「アタシに王様候補の資格があるってのはまぁ、良い。で、お偉い騎士様がその候補を未来の王様に仕立てようってのも分かる。国の頭がいなけりゃ、その国も終わりだからな」
「ええ。本格的に王になる覚悟を決めてくれたという事ですか?」
「まぁ、待て。まだ話の途中だろ? この何日か接したアタシから見て、だ」
今も納得はしていないが、理屈は分かる。このルグニカ王国の頭である王族が大変な事になっているとは、全然関係ないフェルトの耳にも入ってきた事がある。それは、真剣に次期王候補を探そうとするだろう。分からないのは、それをやっているのがティルだという事実だった。
「なんで騎士様とかお偉い奴らを嫌いなお前がそれを積極的にやってるのかって話だ。だってお前、アタシと同じかそれ以上に貴族とか騎士とか嫌ってるだろ?」
「――――」
「そもそも初対面の時も色々と言ってたし、歴史とか勉強する時もにじみ出てるんだよ」
そもそもティルは盗品蔵で騎士の事をクソ野郎呼ばわりしていた。それだけに留まらず、王侯貴族関係や騎士団関係について語る時はもはや愚痴のようになっている事もしばしば。
「……そうですね。フェルト様の言う通りです」
そして、真っ直ぐに見つめられたティルは観念したように語り始めた。
「私はこの国の貴族が嫌いです。賢人会が嫌いです。何の役にも立たない騎士団も、知りもしない伝聞に踊らされる民衆も、全て嫌いです」
民衆まで、というのは少し予想よりも範囲が大きかったが、大まかにはフェルトの予想通りだった。
「どいつもこいつもお嬢様を何だと思っているのか。お嬢様は政治の道具じゃない。お嬢様は武力装置じゃない。お嬢様はあの男のものじゃない。お嬢様は意志のない人形じゃない」
「嫌いな理由全部ラインハルト関連かよ」
「特に父親という立場を利用するだけしてお嬢様の立場を貶めたあのクソ野郎に、理不尽な理由でまだ幼かった孫娘であるお嬢様を詰ったクソ野郎、『剣聖』のくせに魔獣如きに遅れをとった先代。あいつらがいなければ……」
「んで、特に、の中身全部アイツの身内かよ。親父だけじゃなくて、アイツの家系闇深いのか?」
「ええ。お嬢様が不幸になった原因はほぼアストレア家の人間です。だからといって、他の人間の罪がなくなる訳ではありませんが」
ラインハルトから聞いたため、父親がまともではなさそうだという事は分かっていたが、この調子だと祖父と先代『剣聖』も何やらよろしくない人物らしい。フェルトからすると先代というのが家系図的な意味でラインハルトとどんな関係だったのかは分からないし、魔獣に負けたというのがティルが嫌っている理由なら少し気の毒な気もしたが、ともかく何やら闇の深い家系だったようだ。
「まぁ、なんとなーく分かったけどよ、1つ言っていいか?」
「どうぞ」
「そりゃ、一応は今日一日見てきた訳だしアタシだって思うところがなくはないけどさ、お前、ラインハルトの使用人みたいなもんなんだろ? 仕事で世話してるだけなのにアイツの事好き過ぎじゃね?」
「親友の事を心配するのは当然でしょう。あと、仕事だからお嬢様のそばにいる訳ではありませんから。その勘違いだけ正してもらえますか」
「あぁ……うん」
フェルトもティルがただの雇われただけの使用人とは思っていなかったが、少なくともティルはラインハルトを親友だと思っているらしい。親友の使用人をやっているのがどういう状況でそうなったのかは、フェルトには分からないが、思っていたよりも複雑な関係なのかもしれない。
「まぁ、いいや。で、国中嫌いまみれでなんで王様を立てようってんだ?」
「貧民街の浮浪児が王になれば国は滅茶苦茶になるでしょう」
「間違ってねーけど言い方」
「ある程度こちらで軌道を修整しつつ、一度この国にはまっさらになってもらうつもりでした。端的に言うとフェルト様には王となってこの国をぶっ壊してほしいという事です」
「アタシが言うのもなんだけど、お前相当ヤバいな」
まさか新たな王を立てようとする理由が国を存続させるためではなく、国を壊すためであるなどフェルトからしても、かなり頭がイカれている。
「自覚はあります。ともかく、そうですね」
そう言って、ティルは席を立った。
今までは机に向かってフェルトとティルの2人が並んで座っていたのだが、ティルはフェルトの椅子を180度回転させ、その正面で片膝をついた。
「こうして、私の心の内を聞いてもらった上で、改めてお願いします。私達と共に王選を勝ち抜き、この国をぶっ壊してくれませんか」
「どんな誘い文句だよ……」
この屋敷に来るまで窃盗で生計を立てていたフェルトは常識を語るつもりはないが、それにしても、だろう。一体どこに国を潰すような王を立てる騎士がいるというのか。
そう、騎士だ。ラインハルトが近衛騎士団所属なのは普段の格好からして明らかだが、普段から騎士団をボロクソに言っているティルも近衛騎士団に所属しているのだ。ラインハルトが所属しているからという理由で入団したらしいが、それでも一応王国最高の騎士団所属である事には変わりない。
フェルトとしては、多少おだてられた程度で本気になって王になろうなどとは思わない。
ただ、少しではあるが、この屋敷で居心地が良かったのは認める。ヒラヒラした服を着せられるのはおもしろくないし、勉強などやってられるかという感じだが、3食毎回出てくる食事は美味いし、間食で出てくるお菓子も絶品だ。半分軟禁されているようなものだという事もを横に置いておけば、安全で快適な寝所もある。何より、ロム爺が楽しそうにしている。昨日の夜など、ラインハルトが無駄に作り過ぎたマヨネーズで一儲けを考えてニヤついていた。
「ま、行儀良く王様やれって言われるよりはぶっ壊してくれって言われる方がアタシもやる気は出るけど」
「では」
「そんな焦るなって。まだアタシとお前らは会って何日かしか経ってないだろ? 今すぐ決めろって言われてもこっちにも心の準備ってもんがあるしな。ただまぁ、前向きに考えてやってもいい」
どの道嫌だと言っても逃してくれなさそうというのはあるが、気に入らないところに大きな風穴を開けて良い、むしろ開けてくれと言うなら少しはやる気も出るというものだ。
「いいか? 前向きに考えるって話だからな。まだやるって決めた訳じゃねー。だから、お前はアタシがやる気になるように頑張れよ」
「どうすればやる気になってくれますか?」
「もう逃げるのは止めてやるから、とりあえずはアタシに優しくしろ。お前すぐケツ叩くからケツが痛くてしょうがねー。風呂でヒリヒリするし」
これは冗談抜きでフェルトが止めてほしいと思っている事だ。ティルが祖母から教わった、つまりはフェルトが婆ちゃんと呼んでいる人物から教わった躾けの方法らしいがティルは手加減を知らないのか、一発叩かれただけでもフェルトのお尻は真っ赤になる。
「つーか、婆ちゃんから教わったとかホントかよ。婆ちゃんがそんな事するとは思えねーんだけど?」
「お祖母様はあれで、結構な武闘派ですよ。昔は私も生意気な小娘だったので何度もやられました」
「ふーん、まぁとにかく、アタシには優しくしとけよ。そしたら協力関係になる事も考えてやるからよ」
「そうですね。では、改めてお願いします、フェルト様」
「おうよ」
まともな主従関係ではないだろう。そもそも出自がよく分からない貧民街の人間を王に祭り上げようとしている時点で大丈夫か? という感じだし、この陣営の人間を見ても、立場がよく分からなくて使用人かどうか微妙なティルを除けば、この屋敷の使用人の内半分は盗品蔵の主と出自不明の青年という有り様だ。
フェルトの部屋やその周辺を掃除しているロム爺は、フェルトにとっては大切な家族だが、高貴な立場から見れば普通に考えて懐に入れられるような人間ではないだろう。目付きの悪い青年だって、悪い人間ではないのだろうが、怪しいといえば怪しい。
とはいえ、お行儀の良い事は似合わない。
このくらいがちょうど良いと、フェルト陣営は最初の第一歩を踏み出した。フェルトの一の騎士になるであろう、ラインハルトはおいてけぼりのまま。
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▼△▼△▼△
ラインハルトがフェルトと随分仲良くなって帰って来た翌日。
相変わらずスバルは使用人として掃除や洗濯などをこなしていたが、昨日までとは違う光景があった。
「すげー! 婆ちゃんのと同じぐらいうめー!」
「本気を出せば、こんなもの」
「フェルト様、こちらはどうですか。お嬢様ほどとは言わずとも……」
「あっ、てめー! 煙出てるじゃねーか!?」
いつも朝に出掛けるために、日中屋敷にいないラインハルトが昼になっても屋敷に留まっていた。それだけでなく、フェルトやティルと共に台所でわちゃわちゃしているのだ。
箒を片手に覗いてみれば、煙の上がる何かを前に騒いでいるフェルトとティルの2人を背景にエプロン姿でドヤ顔のラインハルト。かわいい……と思わず呟きながらも、自分の前では見せなかった一面が別の人間の前で披露されている事にスバルは少しの不満を覚える。やはり女の子同士の方が気を許しやすいのだろうか。
「お前一応使用人みたいなもんだろ!? アタシでももうちょっと上手く出来るぞ!?」
「ティルは普段鍛練か趣味の刀剣集めをしているから、料理とかはしない。そういうのは爺やと婆やが全部やるから」
「全然使用人じゃねー!」
ラインハルトのそばには様々な種類の菓子が出来上がっていき、ティルのそばにはかろうじて原型が保たれている黒い物体が積み上がっていく。
「あんないかにもデキる人間みたいな感じのくせに実はポンコツなのか?」
「聞こえていますが?」
と、スバルが呟いた直後に鋭い視線と目が合った。
「やべっ」と退散するために踵を返すが、そんなスバルの腕が掴まれた。
「あー……っと、ティルさん? 話せば分かる。たぶん俺たちの間には多大なる誤解が……」
「ティルじゃない。私」
危機感を覚えながら言い訳を考えていると、掛けられた声はティルではなくラインハルトのものだった。
「ラインハルトか……マジで殺されるかと思って心臓がぎゅってなったわ」
「いい加減、その妄想を現実にしても構いませんが?」
「ヒェッ」
思わずティルと自分の間にラインハルトを挟んでその目線をシャットアウトする。
確かにちょっと、というか普通に失礼かもしれないが、スバルにだって言い訳はある。何というか、纏っている空気が刺々しすぎるのだ。もちろん、いつもという訳ではないが、そうなった時のティルは普通にやりそうなのだ。
「ティル、あまり怖がらせるような事は……」
「フェルト様ならともかく、一度も手を上げた事のないスバルさんにそこまでは言われる私の気持ちになってください」
「…………スバル、あまりティルを怒らせるような事は……」
「すごい手のひら返し!? と言いたいところだけどこっちも悪いからあんまり強く言えなくてつらい!」
一瞬、ラインハルトは援護してくれようとしたが、ティルの言葉に考えを改めたのかスバルを諭す方向に舵をきった。悲しいところだが、ティルが言っている事も普通に正論なので言い返せない。
「そうだ、スバル。ここにあるお菓子以外で何か美味しいお菓子、知ってる?」
と、ぐぬぬとしていたスバルに声を掛けたのはラインハルトだ。その目線はラインハルトによって作られた数々の菓子に向いていた。
「せっかくだから、もっと作りたいと思って」
そういえばラインハルトはマヨネーズを作る際、スバルの思考を読み取るような形で異世界の味を再現していた。となればスイーツでも同じ事が出来るのだろうか。
思えばこの世界に来てから食べられないものはたくさんある。元の世界にあったものがこちらの世界にはないというのは日常茶飯事だ。先日まではマヨネーズもその1つだった。それをスバルというフィルターを通す事によってラインハルトが再現出来るとなれば。
「よし、任せろ! これでも俺は菜月家のスイーツマスターとして一時期は近所の店の全メニュー制覇を果たした男」
スバルの手をラインハルトの手が包み込み、強く思い浮かべたスイーツの情報を受け渡す。そうして、マヨネーズの時と同じ方法でいくつものスイーツを共有した。
「なんだ、ここ……楽園か!?」
最終的に、台所では収まり切らなくなったお菓子たちは食堂のテーブルを埋め尽くし、それを前にしたフェルトは目を輝かせた。
スバルも同意である。どこの大パーティーかというほどにテーブルに敷き詰められたお菓子、スイーツは壮観だ。
「私のお菓子……」
それはもう純粋な子供かというほどにキラキラお目々のフェルトにドヤ顔のラインハルト。そして黒い塊を手に力なく呟くティル。
さすがに可哀想なので、スバルはティルの肩に手を置いた。
「ドンマイ。人には得意不得意があるんだ。次、頑張っていこうぜ」
「くっ……」
スバルの慰めが効かなかったのか、あるいは余計に惨めな気分になったのか、手元の黒塊を口に放り込んだ。
「ッ!? ゴッッエッ!? ブェッゴホッゴホッ!!」
「おいおい大丈夫かよ」
「ハァ……ハァ……剣の頂、未だ遠く……」
「剣の頂関係なくね!?」
ともあれ、ティルとも少しだけ距離を詰められたような気がした。
後日談としては、マヨネーズから色々と画策していたらしいロム爺が今回のスイーツ類にも目をつけ、アストレア製菓店として期間限定ではあるものの、店を出す事になった。
意外にもティルや婆や、爺やもこれに賛同した。アストレア家、ひいてはラインハルトの評判が少しでも良くなれば、という事だった。もちろん、販売する菓子にはラインハルト印がつけられる。
ラインハルトが菓子を作り、時間が経っても傷みにくいようにティルが魔法で氷のクーラーボックスを作り、スバルは菓子を梱包し、フェルトは味見をした。店を出すための手続きは婆やが行い、出店の場所を確保をすればロム爺が店の体裁を整えた。その間の手薄になった家事類は爺やが補った。
そうして陣営が一丸となって開店に漕ぎ着けたアストレア製菓店は徐々に王都の人間へと浸透していった。
本当に今更ですが、本作のティルというキャラクターはスムーズにフェルト誘拐を進めるため、という考えたのもとに生まれたオリキャラです。
なので、オリキャラタグを追加しました。
また、ティル以外のオリキャラを登場させる予定はありません。