もしもラインハルトがラインハルトちゃんだったら   作:龍仁

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アニメ3期と原作8章読了の熱で今回は比較的早く仕上げる事が出来ました。




王選へ向けて

 

 

 スバルがアストレア家の屋敷にお世話になり始めてから数週間。

 すっかり使用人としての仕事も板につき、さらにはロム爺の代わりにアストレア製菓店の店長代理として立つ事にも慣れてきた。接客系のバイトではクレーマーなどが現れて大変だという話を聞いた事があったが、異世界の民度はともかく、仮にも『剣聖』のアストレア家の名前を背負った店で無礼な事をする客はいなかった。陰口程度ならともかく、さすがに直接何かしようとする者はいないという事だろう。

 

「どうじゃ、小僧。今朝の売り上げは」

 

「俺の販促スキルにかかれば売り切れ御免の大繁盛よ。午後の入荷が待ち切れねぇって声もチラホラ聞こえてくるぐらいだぜ」

 

「まぁ、儂がやっても売り切れるぐらいじゃ。よほどでなければそうなるじゃろうて」

 

「ちょっとぐらい労ってくれてもバチは当たらないと思うんだが?」

 

「おお、ようやった、ようやった。屋敷に戻ってよいぞ」

 

 最近は午前はスバルが店番、午後からはロム爺が店番というサイクルで回していた。

 まず、朝一番にラインハルトが台所で菓子を作り、スバルがそれを梱包するという共同作業を行い、それをティルが魔法で作った氷のクーラーボックスに入れて店まで運ぶ。その運搬もラインハルトと二人で、たまにフェルトやティルも一緒に行なった。その後、屋敷へ戻っていくラインハルトを見送り、スバルの店番がスタートする。

 

 ちなみに、商売をしようとすれば当然ながら文字の読み書き能力は必須である。当初のスバルはこの世界の文字を読む事も書く事も出来なかったが、仕事の合間にラインハルトから教わる事で大体の文字はマスターした。ラインハルトは料理に加えて教える事もびっくりするほど上手かったため、すぐに覚えられた。

 

「たっだいまー! 今日もバッチリ完売してきたぜ!」

 

 もはや自分の家のように馴染んだ屋敷の扉を開ける。

 屋敷は広いため、スバルが帰ってきた時にちょうど玄関に誰かがいるという事は少ないが、ラインハルトは耳が良いので、屋敷のどこにいてもすぐに出迎えてくれる。

 

 しかし、今日はいつもと違っていた。

 玄関にいたのはフェルトよりも一回りか二回り小さな子供。それも2人。背丈も顔付きも似通った桃色の髪の恐らく双子の少女。ほのかにティルと似ている気がするが、ティルの髪色が鮮やかなピンク色なのに対してこの少女たちはそれよりも薄めの桃色だった。

 

「誰かと思えば、その目付きの悪さは話に聞いていた使用人のスバルさん」「スバルさん、怖い目」

 

「いきなりだな!? いや、目付きの悪さは自覚してるけども!」

 

「姉様がお世話になっています。姉様は戦い以外あんまりですから」「なっています」

 

「姉様……っていうと、ティルの?」

 

「はい。フラム・レメンディスです」「グラシス・レメンディス」

 

 予想通り、ティルの妹らしい。言われれば似ている気がする。目を隠せば特に。双子はスバルの目付きについて言及したが、スバルからすれば睨んだ時のティルの目付きも中々である。

 と、考えたところである疑問が浮かんだ。

 

「レメンディス? 確かティルはファウゼンって名乗ってたような」

 

「ファウゼンはお祖父様の家名です。レメンディスはお祖母様の。代々『剣聖』に仕える家系なので、お嬢様とは家系関係なくという意味でお祖父様の家名を」「姉様、健気」

 

「へえー、そりゃ確かに健気なもんだ」

 

「――何が健気なんですか?」

 

「ギクリ」「ギクリ」

 

 そこへ背後から姉の声がかかり、意外と余裕がありそうな声を出しながら、双子は元々伸びていた背筋をさらに伸ばした。

 

「顔合わせは済んだようですね。近々始まる予定の王選に向けて呼び付けた私の妹たちです」

 

「おう、中々に愉快な妹たちみたいで」

 

「ところで、フラム、グラシス。鍛練の用意は?」

 

「私たちにはフェルト様のお世話というそれよりも大切なお役目が」「痛いの痛いの嫌々」

 

「全く……」

 

 そう言って、ティルは双子を両肩に担いだ。双子は足をバタつかせるが、逃げられそうな様子はない。最近は見かけなくなったが、少し前のフェルトの姿を連想させた。

 

「スバルさん、助けてください」「ください」

 

「一応何させるつもりか、聞いてもいいか?」

 

「有事の際に対応出来るように鍛えるだけです」

 

「姉様は手加減を知らないので」「姉様、鬼畜」

 

「えらい言われようだな……」

 

「スバルさんも参加して構いませんが」

 

「いや、さすがに怖いから遠慮しとく。でもちょっとだけ気になるから見学だけさせてもらうってのはアリ?」

 

 という事で、双子の鍛練とやらにスバルもお邪魔する事になった。

 

 ▼△▼△▼△

 

「ティルはともかくとして、あの双子もよくあんなビュンビュン動けるよな」

 

「フラムもグラシスも、小さい時からティルが鍛えてるから」

 

「鍛えたらあんなに動けるようになるのか……」

 

 屋敷の庭。腰掛けに2人並んで座り、ラインハルトが淹れた紅茶を優雅に嗜む。目線の先では、桃色髪の少女2人が宙を舞っていた。

 

「うーむ、やっぱりこっちの人間って身体の構造からして違うのか……? あのトンチンカン3人を例外とすればフェルトもすばしっこいし、『腸狩り』もめちゃくちゃだったもんな……」

 

「身体の構造はスバルも同じ。あれは筋肉だけじゃなくてマナも使ってるだけ」

 

「マナを?」

 

 未だこの世界に詳しいという訳ではないが、それが魔法に使うマジック・ポイント的なものだろうという事はスバルにも分かる。しかし、今もまさにティルの振るった木剣に吹き飛ばされているフラムも、隙を狙って突っ込むグラシスも魔法のようなものを使用している様子はない。

 

「それって魔法を発動する時に使うやつで合ってる?」

 

「うん。でも、マナは魔法だけじゃなくて、色々な使い方がある。『腸狩り』に使った剣戟もそう」

 

「ああ、盗品蔵ごと吹っ飛ばしたあれか。マナをそのまま放出した的な?」

 

「ちょっと違う。あれはマナを斬撃に変換してる」

 

「あ〜、なるほどそういう」

 

 魔法がマナを火や氷に変換するものだとすれば、ラインハルトがやったのはマナを斬撃に変換したというもの。創作物でよくある飛ぶ斬撃のこの世界バージョンだと考えれば分かりやすい。

 

「他にも、剣を持ったりして近接で戦う人は大体マナで身体能力を強化してる。ほとんどの人は無意識だけど」

 

「マナってそんな気功的な使い方も出来るのか。というか、マナってもしかして俺にもある?」

 

「どちらかと言うと、マナは持ってるものじゃなくて取り込むものだから、取り込む能力に問題なければマナを使う事は出来ると思う」

 

「マジか、夢が広がるな……」

 

 平和な日々が続いて忘れていたが、スバルは異世界召喚をされてこの世界に来たのだ。テンプレ的な展開を考えるならスバルにはチート能力が付与されているはずなのだ。例の怪獣騒ぎの時は死に戻りがそのチート能力枠だと思っていたが、魔法方面は未開拓だった。

 

「剣で戦うのがめちゃくちゃ強いってのは分かってるけど、ラインハルト魔法はどんな感じ?」

 

「私はゲートに異常があって、マナを排出出来ないから、魔法は使えない。魔法ならティルが上手だから、ティルに聞いた方が良いと思う」

 

「……ごめん」

 

「ううん。魔法が使えなくても不便はしてないから」

 

 ゲートという言葉は初耳だが、文脈的には魔法を使うための器官か何かだと予想出来る。それに異常があるというのは大変な事だろう。完全に理解出来るとは言わないが、スバルにも身体に病気や障害を持った人の大変さは想像がつく。

 

「えっと、本当に……戦うのに魔法とかなくて問題ないし、ティルは魔法で空を飛んだりするけど、私は空を蹴ったり雲を足場に出来るから……」

 

 と、スバルがどう触れて良いのか悩む素振りを察したのか、ラインハルトが慌てて弁明する。そして、目線を漂わせた後に、ティーポットを手に取った。

 

「はい、おかわり」

 

「サンキュ」

 

 ティーポットからスバルのカップへ紅茶が注がれる。

 これで今の話は区切りだという合図だろう。スバルもひとまず魔法の話はここまでにした。

 

「って、雲を足場に?」

 

「うん、この前フェルトを連れていった。スバルも行ってみたい? 雲の上」

 

「もしかして急に仲良くなったと思ったらそういう理由だったのか……? まぁ、それはともかくとしてちょっと、いや、めちゃくちゃ興味ある」

 

 空を蹴るというのはフィクションの中であれば一応想像出来るが、雲を足場にするというのはどういう事かと疑問が浮かんだ。雲は足場に出来るような固体ではないはずだ。それは置いておくとしても上空何メートルなのかという話だが。人類がそれと同じ高さに到達するためには飛行機という文明の利器が必要となる。無論、元の世界での話にはなるが。

 

「ちょっと気圧とか大丈夫なのか心配にはなるけども」

 

 急激に高度を上げると気圧の変化でどうのこうの、というのは聞いた事があった。飛行機は内部の気圧を調整しているらしいが、生身で行けばどうなるかはあまり想像がつかない。

 

「それは大丈夫。加護があるから」

 

「そっか、加護か」

 

「うん。加護」

 

 また新たな単語が出る。

 加護。ニュアンスは分かるし、以前に一度耳にした事がある単語だ。始めてこの世界にきた日の最初のループにおいて、他ならぬラインハルトの口から語られたのだ。

 確か、隠伏の加護。動いていない間だけ気配を消せるというものだったはずだ。気配だけでなく姿だって消えていたが、ともかく加護というのは魔法とは別口の特殊能力なのだろう。

 

「それって俺にもあったりするかな」

 

「加護を授かった人はそれを自覚してるはずだから、それがないならない」

 

「くっ……」

 

 そこまで期待はしていなかったから、そこまでショックではないとはいえ、いざ無いとなれば落胆がない訳ではない。

 ただ、そもそも自覚のありなしで言うなら、死に戻りがそれに該当しそうだ。

 

「人が虐められているのを見て紅茶を飲むなんて、趣味が悪いと思います」「スバルさん、性悪」

 

「うお!?」

 

 と、スバルの視界の中に桃色の頭が2つ現れる。

 

「さっきからちょっとお口が悪くないですかねぇ、特に左側!」

 

「グラシスに悪気はないのでお許しを」「スバルさん、勘違い」

 

「おおい!?」

 

 姉のティルと同じようにショートボブに切り揃えられた桃髪のフラムとグラシスは、見た目がほとんど同じ事もあってぱっと見では見分けがつきにくい。よく見れば前髪の形が少し違ったりと、探せば違いも見つかるが、それよりも分かりやすい見分け方があった。

 2人が並んで立つ時は、相手に向かって右側が姉のフラムで左側が妹のグラシスなのだ。

 

「2人とも、あまりスバルをからかうような事は」

 

「はい、お嬢様」「仰せのままに」

 

「なんでラインハルトにはそんな従順なんだよ……」

 

「お嬢様はこの世で最も強く、最も高貴なるお方」「お嬢様、ステキ」

 

「……まぁ、ティルの妹だしな」

 

 ラインハルト至上主義のティルの妹たちだ。あるいはティルの英才教育を受けて、という事も考えられるが、ラインハルトに甘くてもおかしくはない。この場合、ラインハルトに甘いというよりはスバルの扱いが雑だともいうが。

 

 そこへ、先ほどまでフラムたちが使っていた木剣とは違う、透き通った物質でできた剣が投げ込まれた。

 

「お嬢様、一本付き合ってもらえますか?」

 

 その剣を掴んだのはラインハルト。見ればその剣からは白い湯気のようなものが上がっており、それが氷でできたものだと分かる。ティルが魔法で作った氷剣だった。

 

「うん。いいよ」

 

 そう言ってラインハルトはカップを置き、立ち上がる。双子と入れ替わるようにラインハルトはティルのいる庭の中央へと歩いていき、それを見送ったフラムとグラシスは腰掛けの空いたスペースに仲良く並んで座った。

 そして、フラムは先ほどまでラインハルトが使っていたカップにティーポットで紅茶を入れて、当たり前のように自分で飲み始めた。

 

「いや、あまりに自然だったから反応遅れたけど、それラインハルトの飲みかけなんだが!?」

 

「お嬢様は喜ぶので」「高貴なる性格」

 

「それだけ聞くとラインハルトが自分の飲みかけをロリに飲まれて喜ぶ変態みたいに聞こえるんだが、合ってる!?」

 

「ろりというのはよく分かりませんが、スバルさんったら想像力豊かな様子」「スバルさん、変態」

 

「変態はどっちかというとお前の双子のお姉ちゃんだけどな!?」

 

 相手のペースを崩して自分のペースにするのはスバルも得意なところだが、この双子を相手にするとどうも調子を崩される。

 そうしている間に、今度はグラシスがフラムからカップを受け取って紅茶を飲んだ。

 

「お前も飲むのか……」

 

 と呟きつつ、一旦意識を隣から庭の中央の方へ移す。

 先ほどから庭の方からは衝撃波がバンバン飛んできている。

 双子に対しては両足を地面につけてどっしりと構えていたティルが、今度は四方八方からラインハルトへ飛び掛かるように氷剣を振るう。それをラインハルトが受け流す。ラインハルトの氷剣とティルの氷剣が衝突するたびに轟音と突風がスバルの頬を撫でる。

 

「お前らの姉様すごいな」

 

「あれでもかなり手を抜いている方です。本気を出したら剣の一振りで屋敷が吹き飛びます」「お茶も吹き飛ぶ威力」

 

「あれで手加減してるのか……いや、お茶は今でも吹き飛びそうだけどな?」

 

 そうして双子と気の抜けるような会話をしながら、スバルはラインハルトとティルの剣舞を見届けた。

 

 ▼△▼△▼△

 

 あのやり合いのどこからどこまでが一本なのかはスバルには分からなかったが、一段落したのか屋敷の中に戻っていったティルと双子を見送り、再びスバルとラインハルトは腰掛けに隣り合うように座った。

 

「それ、さっき双子が我が物顔で飲んでたんだけど、いいの? アレだったら後で俺から注意しとくけど」

 

「ううん、大丈夫。あの子たちは、昔からずっとそうだから。私の事は親戚のお姉ちゃんみたいに、気軽に接してくれる」

 

「へぇ、じゃあさっきラインハルトを褒め称えるような事を言ってたのは」

 

「ティルが言わせてるだけ」

 

「やっぱりそうなんだ……」

 

 ラインハルトがティルと打ち合っている時にフラムとグラシスはラインハルトをイジるような事を言っていた事もあって、スバルはおや? と思ったが、どうやら双子がラインハルトを持ち上げるのはティルの英才教育の賜物だったらしい。

 ラインハルトからすれば気軽に接してくれるのが嬉しいようなので、面と向かってイジるような事を言っても大丈夫そうだが、双子が褒め称えるような事を言うのも嫌ではないようなので、どちらにしろ問題はないのだろう。

 

「そうだ、スバル。『流法』に興味があるの?」

 

「りゅうほう……?」

 

「さっき言ってた、マナで身体能力を強化する技術。全身のマナの流れを制御するの」

 

「ああ〜、めちゃくちゃ興味ある」

 

 もちろん魔法にも興味はあるが、物理方面にも興味が尽きる事はない。なにせ、スバルの何回りも小さい双子が『腸狩り』を彷彿とさせるような身体能力を発揮していたのだ。もしかすると自分も、と考えるのは自然の成り行きだろう。

 

 すると、ラインハルトは立ち上がり、座ったままのスバルの正面に来る。そして、両手を手のひらを見せつけるようにスバルの方に突き出した。

 

「手」

 

「て?」

 

「重ねて」

 

「あ、ああ、そういう事!?」

 

 急に何事かと思えば、自分の手にスバルの手を重ねろという事だったらしい。

 ラインハルトの手に触れる事は初めてではない。というより、マヨネーズ作りから始まって菓子作りの際に何度も触れた。しかし、その時はスバルの手のひらをラインハルトの両手でサンドするような形だった。それに対して今回は両手のそれぞれの手で互いに触れる形になる。好きな女の子を相手にそれはちょっと恥ずかしい。

 とはいえ、『流法』というのも魅力的であるし、ただ恥ずかしいを理由に逃すのも愚の骨頂。

 

「うひゃん!?」

 

「大丈夫?」

 

「だ、大丈夫、大丈夫」

 

 軽く重ねたところに指を絡められ、にぎにぎされた事で変な声が出てしまう。

 そして改めて、女の子の手だと思う。大きさもゴツゴツさもスバルの方が上だ。しかし、いざ剣を握れば『剣聖』だ。見た目では分からないものである。

 

「全身のマナの流れを意識して。ちょっとだけマナを吸ってみるから、私の方に流れるマナを感じてみて」

 

「オーケー、オーケー。いつでもドンと来い!」

 

 目を瞑り、身体の中へ意識を集中させる。

 正直に言うとラインハルトに触れている両手の感触に意識が持っていかれすぎて集中出来ないというのが本音ではあったが、言われてみれば身体を何かが巡っているような気がしないでもなかった。

 

「どうだった?」

 

「分かったような分からなかったような、って感じ」

 

「最初だからそれが普通。何回もやってたら分かるようになるから」

 

「それってつまり、同じ事を何回もやってくれるってこと?」

 

「うん。嫌だったら、ティルも同じような事が出来るから、ティルに頼むけど」

 

「いやいや! ぜひともラインハルトさんにお願いしたいです!」

 

『流法』は習得したいし、ラインハルトと触れ合う機会は減らしたくない。

 日が暮れるまで向かい合って手を握っているという、端から見れば何をしているのかと言いたくなるような格好で、スバルとラインハルトは『流法』の特訓をした。ただ、それだけでマスター出来るほど甘くはなかったが。

 

 ▼△▼△▼△

 

「うおー! 唸れ、俺のマナ!」

 

「なーにやってんだ、兄ちゃん。また何か変な事やってんのか?」

 

「おー、フェルト。これはヨガっつってな。身体の気の流れを良くして、たぶんマナの流れも良くなる俺の地元の体操的なやつでな」

 

「マナの流れねぇ」

 

「俺が『流法』完璧にマスターしたら、また『腸狩り』みたいな奴に狙われても返り討ちにしてやるから楽しみにしてろよ」

 

「兄ちゃんが? そりゃあ面白そうだ。無理そうだけどな」

 

 夕食後、広間でヨガのポーズをとって身体中のマナの流れを意識していると、勉強を終えたのかフェルトが現れ、そしてドカリとソファに腰を下ろした。

 

「そういうフェルトはどうなんだ? 王様になるための勉強は」

 

「最近はティルの奴もアタシに優しくするようになったからな。順調に進んでるよ。嫌なもんは嫌だけど」

 

 そう言って、フェルトはたった今下ろした腰を持ち上げる。そして、両手でスカートの裾を持ち上げるような動作をして一礼。

 

「候補者の一人として王選に参加するフェルトと申します。どうぞ、お見知りおきを……つってな」

 

「おおー! 中身はともかく外面は完璧じゃねぇか」

 

「褒めるフリしておちょくってんのか、兄ちゃん?」

 

 一仕事終えたように再びフェルトはソファに腰を下ろす。

 

「つーか、兄ちゃんもちょっと前までなんか勉強してたよな?」

 

「あー、文字の読み書きな。ラインハルトの教え方上手すぎて一瞬で覚えれたわ」

 

「はー、いいなー。ティルと交換してほしいわ。アイツ色々と大雑把なんだよな。強めの思想入ってるし」

 

「そりゃあご愁傷さまとしか。ラインハルトは譲らねぇぞ」

 

「言っとくけどラインハルトはアタシの一の騎士だからな」

 

 立場だけで見れば、ただの使用人と王様候補。しかし、その接し方はまるで近所に住む仲の良い男子高校生と女子中学生のようだった。

 他の陣営がどうなのかは分からないが、フェルトを中心とするこの陣営はアットホームで、スバルとしてもかなり居心地が良かった。

 

「で、菓子屋の方はどうなんだ?」

 

「順調も順調よ。俺とロム爺が店に立っても毎回売り切れ御免なぐらいにな」

 

「兄ちゃんはともかくロム爺が店に立ってるなら当然だろ?」

 

「ロム爺なら当然って、アレはどっちかというと客が近寄らなくなるタイプだろ。いや、お前もしかしてジジ専なのか……?」

 

「ジジ専のフェルト様、夕食後のお菓子の準備ができました。ところでジジ専とは」「お嬢様とお祖母様の合作」

 

 と、そこへ桃色の頭が2つ現れる。

 

「うお!? 出やがったな、双子! って、夕食後のお菓子? 持ってくるんじゃなくて呼びに来るって事は、いつものちょっとしたやつじゃないのかよ?」

 

「はい。よく来たという歓迎会を兼ねています。私たちの」「甘々お祖母様」

 

 双子が現れた瞬間に身構えたフェルト。何やら苦労があった事が察せられる。

 

「歓迎会ねー。確かに婆ちゃんは考えそうか」

 

「姉様は昔それはもう生意気な小娘でお祖母様は手を焼いたらしく、賢い私たちには甘々です」「ですです」

 

「ティルの生意気だった時の話はちょっと気になるな。な、兄ちゃん?」

 

「確かに、あんまり想像は出来ねぇな」

 

 あんないかにも仕事出来ますという感じで結構ポンコツだというのは分かってきたが、生意気な小娘というのはさすがに結び付かない。スバルの中で生意気な小娘といえば、今まさに目の前にいるフェルトがそれに当てはまりそうだが、やはりティルがフェルトのような立ち振る舞いをするというのは想像が出来なかった。

 

「話によれば、昔私たちよりも若い時に近衛騎士団に喧嘩を売ったとか」「頭がおかしい……」

 

「嘘だろ、アイツ。筋金入りかよ……つーかむしろ、それでボコられて余計に恨んでるとかか?」

 

「いえ、姉様は無傷で騎士をボコってきたらしいです」「力もおかしい……」

 

「ヤバすぎて何も言えねー」

 

「マジかよ、やべぇ……」

 

 短く、スバルはフェルトに同調しておく。

 スバルもそこまで騎士の話に明るい訳ではないが、近衛騎士とはこのルグニカという国で一番位の高い騎士団ではなかっただろうか。騎士というからには戦闘力を求められるはずで、その中の一番上だ。イメージ的にはこの国でも選りすぐりの実力者が集まっているはずだ。

 それを子供の身で打ち倒す。それも無傷で。

 フェルトよりも一回り以上に小さいフラムとグラシスよりも、さらに小さい頃の話らしい。ヤバイ以外の感想が浮かばなかった。

 

 そして双子の案内で食堂へ向かうと、いつか見た光景のように、たくさんの菓子類が並べられていた。

 

「スバルが教えてくれたお菓子を改良して新しいのを作ってみた」

 

 名目は双子の歓迎会であるため、脇役であるスバルが長テーブルの端の方で菓子を摘んでいると、隣にラインハルトが並んだ。

 

「見覚えのないやつがあると思ったらオリジナルか! さっすがラインハルトだ。やっぱこういうのは教えられるばっかりじゃなくて自分から作っていってこそだもんな。まぁ、俺のは教えたっていうほど大したもんじゃねぇが」

 

 並んだ菓子類にはいくつかスバルの見覚えのないものがあった。お菓子開発の際にこの世界で開発されたものは参考のために粗方調べたため、元々あったものではない。つまり、ラインハルトが自分で新たに開発したものだという事だった。

 

「実は、この前仕事で街を歩いた時に声をかけられた」

 

「……何か言われたのか?」

 

「うん。美味しかったって。お菓子を買った人から」

 

 それは、これまでの民衆からのラインハルトの扱いを考えれば大きな進歩だと言えた。元々アストレア製菓店はラインハルトの評判を少しでも良くするために始めたものだ。その結果が出たという事だろう。

 

「そっか。良かったな」

 

「うん」

 

 少しかもしれないが、確実に出ている結果を噛みしめる。

 そして食堂の中心部へ目を向けると。

 

「おいコラ双子! それはアタシが目を付けてたやつ!」

 

「これは私たちの歓迎会なのでフェルト様は譲るべき」「フェルト様、暴君」

 

「まぁまぁ、落ち着くんじゃフェルト」

 

 フェルトと双子がお菓子を巡って争っており、それをロム爺が宥めていた。

 

「相変わらず落ち着きがねぇな、ウチの王様候補者様は」

 

「賑やかでいいと思う」

 

「そりゃそうだ。ウチはアットホームが売りだもんな」

 

 あれで王様が務まるのかと少し疑問に思うところがないではないが、同じ陣営に所属する以上、スバルも全力で応援はするつもりだ。

 

「フェルトの騎士ってのも大変だと思うけど頑張れよ」

 

「うん」

 

「何かあったらお助け従者のナツキ・スバルが手を貸すからさ」

 

「頼りにしてる」

 

 何より、ラインハルトが笑って迎えられる未来をスバルは願っている。ついでにその隣に自分がいれば、とも。

 

 そうして夜は更けていき、運命は加速していく。

 王選開始の時が、すぐそこまで迫っていた。

 

 






ティルの妹として登場したフラムとグラシスは原作の王選開始の際にフェルトの侍女として一緒に入場してきた双子です。フェルト陣営が描かれた原作短編集にも登場しているので、気になった方はぜひ。

原作3章にあたる内容を考えると、戦力的に余裕で乗り越えられそうなのに原作と同じかそれ以上にスバルが死にそうになるのが不思議なところ。
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