もしもラインハルトがラインハルトちゃんだったら   作:龍仁

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お待たせしました。

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『再臨の獣』
王選開始


 

 

 親竜王国と呼ばれるルグニカ王国の次代の王を決める王選。それが今日、開始される。

 

「頑張ってくるんじゃぞー! 困ったらいつでも呼ぶんじゃぞー!」

 

「一発かましてこい、フェルト! 第一印象が大事だぞ!」

 

 と、そんな風に見送られながら、フェルトは王城へと出発した。

 いつまでも過保護なロム爺はともかく、スバルは一体何をさせるつもりなのか。

 

 爺やが操縦する竜車の中にいるのはフェルトと、向かいに座るラインハルト、そしてその隣に座るティルの3人だ。ラインハルトとティルは近衛騎士の制服、フェルトはへそを出した随分とラフな格好だった。

 

「兄ちゃんは一発かましてこいとか言ってたけど、何かやっといた方がいいか?」

 

「あんまり変な事すると怒られるかもしれないから……」

 

「どうせ王になったらどうする、というような話になった時に印象付けられるので特に考える必要はないですよ」

 

 足を組み、あまり行儀が良いとは言えない仕草に注意される事はない。ラインハルトはともかく、ティルとフェルトは公の場ではちゃんとする代わりにそれ以外の場での格好や言動などに口出ししないという約束を交わしているのだ。

 

「既に言った通り、お祖母様とフラム、グラシスが先に入って準備をしているのでフェルト様は3人に従って準備しておいてください。時間になれば私が呼びに行きます」

 

「またあのキツキツドレス着ると思ったら気分下がる」

 

「帰ったらお祖母様がお菓子をたくさん作ってくれるので、それを楽しみに頑張ってください」

 

「私も作る」

 

「お前らお菓子で釣ればアタシが何でもするって思ってないか? もちろん食うけどな」

 

 およそ一ヶ月の時間を経て、始まりがほとんど誘拐のようなものだった事を忘れるほど、フェルトは随分と打ち解けた。

 ラインハルトは美味い菓子を作ってくれるし、ティルに対する盾にもなってくれる。たまに気晴らしとして色んな場所に連れて行ってもくれた。

 ティルは勉強を強制してくるなど、主に嫌な事をやってくる相手であったが、アストレア家関係者の中で一番長い時間を過ごしたのがティルだった。志を同じくする者同士でもあり、それなりに親しみは湧いている。

 

「それと、フェルト様の一の騎士はお嬢様なので、何かあった時はお嬢様を頼ってください。私は一介の従者なので」

 

「分かってるっつーの。そん時は頼むぞ、ラインハルト」

 

「うん。何があっても守る」

 

「ま、そんな手荒な事にはならねーとは思うけどな。つーか、戦って決めるならアタシらの圧勝だろ。いや、むしろそっちの方が手っ取り早いか?」

 

 最強の『剣聖』であるラインハルトはともかく、話によればティルは近衛騎士団の二番手らしい。野良の強者がいるとなれば分からないが、この国の強さで数えて上から2人の剣士がフェルト陣営に所属している事になる。

 力勝負になればそうそう負ける事はないだろう。

 

「手っ取り早いとは思いますが、さすがにそうはならないでしょうね。私もそちらの方が好みですが」

 

「アタシにはちゃんとしろとか言っといてお前が問題起こすとかやめてくれよ」

 

「善処します」

 

「大丈夫かよ……最近アタシよりコイツの方が問題児じゃねーかと思ってきた」

 

「最近は大人しいけど、ティルは元々問題児。他の国に密入国して喧嘩しに行ったりしないだけマシ」

 

「嘘だろ、オイ!? 冗談だよな!?」

 

「そうですね。とはいえ入場の際に一発かましておきますか」

 

「聞けよ!」

 

 そうして和気あいあいと、竜車は王城へと進んでいった。

 

 ▼△▼△▼△

 

 王城に到着し、地竜を繋留するために爺やと別れ、煌びやかな王城内をラインハルトとティルの二人を引き連れて練り歩き、控え室で二人と別れたフェルトを出迎えたのは婆やとフラム、グラシス、そして見知らぬ侍女たちだった。

 

「お待ちしておりましたよ、フェルト様」

 

「お待ちしていました、フェルト様」「いました」

 

「おー、ご苦労ご苦労」

 

 そう返しながら、フェルトは豪華なソファに腰を下ろす。

 

 そしてそれほど時間を置かず、フェルトは侍女たちに取り囲まれた。

 

「痛い痛い痛い! 痛いっつーの!」

 

「もう少し頑張ってくださいませ、フェルト様」

 

「ぐぉおおー!」

 

 内臓が飛び出るのではないかというほどコルセットを締め付けられ、フェルトは悶絶する。これが屋敷での練習のように双子の仕業であればもっと文句を言ってやるのだが、今は善意で行なってくれているこの城で働く侍女だ。

 

「あらあら……もしかしてお菓子を食べ過ぎてしまったのでしょうか」

 

「確かに、最近のフェルト様はお菓子を食べ過ぎ」「フェルト様、出っ腹」

 

「出っ腹じゃねーよ! テメーら後で覚えとけよ! 特にグラシス! ぐぇえー!?」

 

 フラムやグラシスと言い合いながら、四苦八苦しながらフェルトがドレスを着用していたその部屋には笑いすら起こっていた。

 次の瞬間、乱入者が現れるまでは。

 

「ラインハルトはいるか?」

 

 男の声だった。

 その部屋にいた人間の目が一斉に扉の方へ向かう。

 赤い髪の男だった。無精髭の目立つだらしなそうな男で、しわだらけの礼服はフェルトも知る近衛騎士団の制服だ。

 

「テメー、誰だよオッサン」

 

 一応この場にいる人間で最も位が高いのがフェルトだ。だから、という訳ではないが、代表してフェルトが問い掛けた。

 

「あぁ? なん……」

 

「婦女子の着替え中に何たる無礼な!」

 

 男が何か言おうとしたところを婆やが遮った。この1ヶ月間で聞いた事のない、明確に怒りの感情を込めた言葉だった。

 

「……誰かと思えば婆やかよ。それでラインハルトは」

 

「出て行きなさい!」

 

「ったく、ピーピーうるせぇレメンディスのガキがいねぇと思ったら次は婆やか」

 

 男は婆やの怒声に怯む事なく、大きく溜め息をついたかと思えば、纏う雰囲気を変えた。

 

「そんな事言って良いのかよ、俺の立場を忘れた訳じゃねぇだろ?」

 

「……ハインケル副団長」

 

 べつに名前などどうでも良いが、副団長というからにはかなり高い立場なのだろう。近衛騎士団の制服を着ているのだから、普通に考えて近衛騎士団の副団長。つまりはラインハルトやティルの上司に当たる人間という事だ。

 

「まさかラインハルトの親父とかいわねーだろうな」

 

「そのまさかです」「フェルト様、慧眼」

 

「マジかよ……」

 

 フェルトを庇うように立つ双子に声を掛けてみれば、返ってきたのは半ば予想通りの答えだった。

 赤毛という特徴の一致に、何の躊躇いもなくアストレア家の関係者控え室に踏み込むその行動。推測するのはそう難しい事ではなかった。

 

「はぁ……婆ちゃんの言う通り出て行けよ、オッサン。ここはテメーの来る場所じゃねーよ」

 

「さっきからテメェは誰だ、ガキ」

 

「王選候補者のフェルトだ。アタシが王になった暁には騎士団も全部ぶっ壊してやるからよ。それまで精々権力に縋っといてくれや」

 

 フェルトがこの男について知っているのは、ラインハルトとティルから聞いた話だけだ。それ以外に知っている事はないし、興味もなかった。クズだろうとは思っていたが。

 交わした言葉は多くなくても、この感じであればフェルトが話を聞いて思った人物像とそう大差はないだろう。となれば、この『剣聖』を探しているらしい男とラインハルトは合わせたくないところだった。

 

「――何をしている、下郎」

 

 どうやって追い払うかと考えていると、更に新たな声が現れた。フェルトもよく聞き覚えのある声。見慣れたピンク色の髪を揺らすティルだった。

 

「もう時間か? 悪いけどまだ着替え中だからちょっと待ってくれ」

 

「少し早めに来たのでまだ時間は大丈夫です。ところでフェルト様。この男に何かされましたか?」

 

「あー、着替え覗かれた?」

 

「なるほど――」

 

 ティルは時間になれば呼びに行くと言っていた。色々と手こずっていたためにまだドレスを着られていないため、一旦男を意識の隅に追いやってドレスに集中しようとするフェルトだったが、その前にティルが腰に提げていた剣を抜いた。

 

「――殺す」

 

 その瞬間、ぶわりと殺気のようなものが全身を通り抜けた。

 

「嘘だろ!?」

 

 事情を聞いてから行動に移すまでの時間が短すぎる。しかも、いきなり殺しに掛かっている。脅しの可能性もなくはないが、ティルなら普通に殺しそうだという負の信頼があった。

 

「待て!」

 

 フェルトの声により、男の首を落とす直前で剣が止まる。

 一拍遅れて男の尻が地面に落ちた。

 

「アタシも思うところがない訳じゃないねーけど、いきなり殺すのは色々とマズいだろ?」

 

 これから王選が始まるという時に従者が近衛騎士団の副団長を殺したなどとなれば、それが良い方に働かないのはフェルトにだって分かる。例えそれがどんなクズであったとしても、だ。

 

「オッサン。言っとくがラインハルトはもうアタシのもんだ。テメーがこき使う隙はねーよ。これに懲りたらもう近付いてくんな」

 

「俺は……いや、そうかよ。さすがは王選候補者。『剣聖』も『付き人』も言いなりって訳だ。なら精々お山の大将をやっていればいい。どうせ、王様なんてなれやしない」

 

「へーへー、ご講説どーも。んじゃ、アタシの方からも一つ言っといてやるよ。格好つけて乗り込んで来たくせにそうやってビビってるのはダセーから、格好つけるかビビるかどっちかにしといた方がいいぜ」

 

 ティルに剣を向けられたまま男は俯き、そして舌打ち。それ以降何も口を出す事なくその場を去った。

 

「いつまで剣構えてんだよ。衛兵とか来て捕まったりしねーだろうな?」

 

「すみません。近い未来に王となるフェルト様の着替えを覗いたなら不敬罪か何かで叩き切っても大丈夫かと思いまして」

 

「大丈夫じゃねーだろ、普通に。アタシもあのオッサンは嫌いだからいいけどよ。王様になれって持ち上げといてお前がアタシを不利にするような事はすんなよな」

 

「気をつけます」

 

「頼むぞ。割とマジで」

 

 そろそろ本気でフェルトは自分の方がティルよりもまともな人間ではないかと思い始めていた。

 

 ▼△▼△▼△

 

 ▼△▼△▼△

 

 ラインハルト・ヴァン・アストレアは最強であると、それを疑う者は近衛騎士団には存在しない。それはこれまで成し遂げてきた偉業や、実際にその力を目の当たりにした事から来るもので、戦力としての『剣聖』は大変重宝されている。

 しかし、人間として、ラインハルトという人間に対しては多くの者が一線を引いており、民衆のようなあからさまな態度を取る者はおらずとも、親しい人間もほとんどいなかった。

 

「やっほ〜、ラインハルト」

 

「あ、フェリス」

 

 ラインハルトが主に近衛騎士団の中で話すのは大抵近くにいるティルか、たった今目の前にいる獣耳を生やした少女のような男、フェリスことフェリックス・アーガイルの二人であった。

 

「見つけたんだって? 王選候補者」

 

「うん。といっても、ほとんどティルが話を進めたけど」

 

「これで5人揃った訳だし、とうとう始まるネ〜」

 

「うん」

 

 ラインハルトがティルと話すのは当然としても、フェリスと話すようになったのは理由がある。フェリスは今、水魔法を極めた称号である『青』を持つ治癒術師であるが、以前は先代の『青』を持つ人間に師事していた。

 そしてティルも今でこそ様々な魔法を使いこなすが、その魔法を学んだ人間の中に先代『青』がいたのだ。同時期に学んだわけではないが、姉弟子とも言えるティルへフェリスが話し掛けた事で交流が始まった。それをきっかけとしてラインハルトとも交流が始まったのだ。

 

「そういえば、食べたよ。ラインハルト印のお菓子。すんごい美味しかった。全然見た事ないものだったけど、アレってラインハルトが考えたの?」

 

「あれはスバルが考えた」

 

「スバル? アストレア家の関係者にそんな人いたっけ」

 

「最近うちに来て、今はお菓子屋の店番をしてる。目つきの鋭い方」

 

「あ〜! フェリちゃん、その子から買ったかも」

 

 現在近衛騎士団に所属する女性はラインハルトとティルの2人のみ。大抵の場合、そこへ見た目だけなら少女であるフェリスが加わり、男だらけの中に特異点を形成している。

 

「どうだった? その、スバルの働き」

 

「う〜ん、普通だったと……はは〜ん、さてはそういう? そういう?」

 

「何を言ってるか分からない」

 

「照れちゃって、カワイイ〜」

 

 そうして話していると、玉座の間に続々と人が集まっていく。今日この場はフェリスが仕える主であるクルシュ・カルステンを初めとして、未来のルグニカ国王候補が一堂に介する会合だ。クルシュはラインハルトがこの場を訪れるよりも先にいたが、他の王選候補者も徐々に登場していった。

 ちなみにではあるが、ラインハルトはクルシュの事が苦手だった。見た目でいえば男装の麗人だが、苛烈な一面があって怖いからである。

 

「じゃ、また後でネ〜」

 

「うん」

 

 そして、フェルトを除いた王選候補者の中で比較的親しい仲である人物が、豪華な装飾の施された大きな扉の向こうから現れた。

 

「エミリア様?」

 

 銀髪のハーフエルフであるエミリアもまた、王選候補者の1人であった。かつて世界を滅ぼしかけた嫉妬の魔女と同じ身体的な特徴を持つ事が原因で疎まれており、同じく遠巻きにされる事の多いラインハルトとは、その負の共通点が交流を持つきっかけとなった。

 

「あ……ラインハルト……」

 

 そのエミリアの様子がいつもと違っていた。表情が暗く、その目線は床を向いていた。

 さらに、この場には自らの騎士や後見人を伴って来るはずであるにも関わらず、たった1人だった。

 

「辺境伯は……」

 

「この前王都で会った後に色々あって……ロズワールは体調を崩してるの」

 

「そう、ですか」

 

「うん、それじゃ、また後で」

 

「はい……また」

 

 心配ではあったが、ラインハルトは既に主とする人物がいる身。平時ならともかく、主を待っているというこの時間にエミリアと話し過ぎるのも良くないと、その程度はラインハルトにも分かった。

 そうしている間に、フェルトを除いた王選候補者が玉座の間に集結した。

 

「これより、賢人会の方々の入場です」

 

 近衛騎士団団長であるマーコスの宣言によって現在不在の王に代わって国営を取り仕切っている賢人会の人間が入場し、残るは最後の王選候補者フェルトのみとなった。

 賢人会の人間たちが玉座の左右を固めるように設置された席につくと、自然とそれまで各々に行動していた者たちも整列し始めた。

 

「フェルト様、だったよネ? ラインハルトのご主人様。まだ来ないのかな?」

 

「うん。もう来た」

 

 騎士団と文官で左右に分かれて並んで待つ中、玉座の間の扉が開いた。

 扉の向こうから現れたのは、桃色髪の双子を背後に侍らせ、自身の金髪を連想させる黄色を貴重としたドレスを纏ったフェルトだった。その一歩半前には任務の時に嫌がりながら着る近衛騎士団制服を身に纏ったティルがいる。

 入場と同時にティルが振り返り、そして右手を胸元に置いてお辞儀をした事で、騎士団や文官たち、さらには賢人会の間にもザワザワとしたものが広がった。

 

「えっ、あのティルが……? うそ……」

 

 ラインハルトの背中にも、フェリスが本気で驚いている気配が伝わってきた。

 

「ティルがあんなに恭しく……何があったらそんにゃ事に……」

 

 散々な言い様だが、相応の理由はある。

 

「馬鹿な……あのティル・ファウゼンが大人しく従っているだと……!?」

 

 たった今、文官側から聞こえてきた声が全てだ。

 貴族嫌い、騎士嫌いで有名なティルは、任務であれば仕方なく多くが貴族から成る文官や騎士と接するのだが、嫌悪感を隠そうともしない。気に障る事を言えばそれはもうキレ散らかして大変な訳だ。それでも近衛騎士として重用されているのはひとえに強いからである。

 それが、嫌悪感の欠片もなく従っているのを見て、この場にいたほとんどの者が驚愕したのだ。そして、自然と注目はティルを従えているフェルトへと移る。

 すなわち、フェルトは入場からまだ一歩も動かず、一言も発さずに一目を置かれる事となった。この時点で、スバルの言っていた第一印象で衝撃を与える事には成功したと言えるだろう。暴れ馬を乗りこなすような話ではあるが、たった今フェルトは人を従える力があると示した事になったのだ。

 

「ちょっとお行儀よくしただけでコレって、お前普段どんなにヤバいんだよ」

 

「何を言っているのか分かりませんが」

 

「姉様は頭がおかしいので」「姉様、お察し」

 

「後でお話」

 

「本当ですのに」「理不尽」

 

 という小声の会話が聞こえてきたが、ラインハルトは聞こえていない振りをした。超人的な聴力があるために拾う事が出来たが、恐らく他の人間には聞こえていないだろう。

 ティルに促されるようにして、フェルトは既に王選候補者が待機している玉座の前まで歩く。途中、ラインハルトもティルがやったように胸元に手を置いてフェルトに対してお辞儀をした。

 

「候補者の一人として王選に参加するフェルトと申します。どうぞ、お見知りおきを」

 

 そしてニヤリと、王選候補者や国の中枢に関わる者たちが勢揃いする場で、フェルトは不敵に告げた。

 

 ▼△▼△▼△

 

 騎士団や貴族たちの前で各々の国の展望などを語り、王選開始の宣言が為された後、流れで王選候補者を含めた面々は自然と解散していった。

 フェルトもその一人であり、傍にはラインハルトがいた。ティルは団長のマーコスに呼び出され、別行動となっている。

 

「アタシが言うのもなんだけどよ。王様候補があんなんばっかで大丈夫なのか? まともなの、あのクルシュとかいう人ぐらいじゃねーの?」

 

「クルシュ様は貴族だから、国の運営も分かってる。みんな本命だって言ってた」

 

「ふーん。ま、それより早くコレ着替えさせろよな。これ以上着てたら内臓が潰れる」

 

「屋敷に戻ったら着替えていいと思う。ティルが戻ってきたら帰るから」

 

「はー、マジかよ……」

 

 玉座の間ではある程度取り繕っていたフェルトだが、解散した今、その仮面もかなり剥がれてきていた。

 

「屋敷に戻ったらお菓子作るから……」

 

「ならティル呼んでさっさと帰るぞ。つーか、王選候補者につく騎士の人間は特務とかで仕事免除になるんじゃねーのかよ」

 

「一の騎士は、そうだけど、ティルはそうじゃないから」

 

「大量に騎士持っていかれたら困るとかそういう感じの話か?」

 

「たぶん……」

 

 王国の騎士が王選候補者に護衛としてつく場合、その筆頭である一の騎士は特務として通常の任務が免除される。そのため、『剣聖』というルグニカ王国の切り札でありながら、ラインハルトは現在王国の指揮下から外れていた。

 しかし、同じくフェルトに仕える立場ではあるが、一の騎士ではないティルにはその特例が適応されないのだ。それは、フェルトが言った通り王選候補者とはいえ、いち個人に王国の騎士という戦力を独占させないための処置とも言えるだろう。

 

「王選候補者のフェルトが行ったら、話もすぐに終わるかもしれない」

 

「じゃあ行ってくるわ。ティルはあの団長さんの部屋か?」

 

「うん。そこの角を曲がって突き当りの階段を上がって、すぐ左に行って突き当りの部屋。私は竜車を準備してくる」

 

 そうしてフェルトと別れようとしたラインハルトは一度足を止め、背中の龍剣レイドを手に取った。

 

「これ……もしかしたら、フェルトの事を知らない人がいるかもしれないから」

 

「通行証ってか? にしてはデカすぎるだろ。あの徽章でいい……いや、お前が良いなら良いけど。んじゃ、後でな。汚しても文句言うなよ」

 

「うん。洗えばいいから」

 

「そういう問題か……?」

 

 王城内には先ほど玉座の間にいなかった者もいるし、フェルトは他の王選候補者に比べて顔があまり知られていない。そのために、フェルトの顔を知らない者と遭遇いた時に備えてラインハルトは龍剣を渡したのだ。

 無理やり奪うという事が不可能である以上、それを持っているという事は、託されたという事だ。それを見せれば、フェルトの身分に関して面倒な事にはならないだろうとラインハルトは考えた。

 

 ちなみに、王選候補者が持つと赤く光る徽章は現在騎士団が所持しているのでラインハルトは持っていない。

 また、ラインハルトがついていけばそんな面倒はないが、早く帰りたいというフェルトの意思を汲んで先に準備をしておく事にしたのだ。

 

 ▼△▼△▼△

 

 ▼△▼△▼△

 

 近衛騎士団に所属するフェリックス・アーガイルは他の騎士に比べて複雑な立場である。それは戦闘員としてではなく、軍医のような立場である事や先祖返りである猫耳、男なのに女のような格好をしているといった容姿から来るものも多い。ただ、これらはフェリスが自ら望んだ事や納得している事柄である。

 対して、たった今目の前で繰り広げられている事は。

 

「気は変わらないのか、レメンディス」

 

「ファウゼン」

 

「家名を偽る事に何の意味がある」

 

「黙れ」

 

 場所は近衛騎士団団長であるマーコスへ与えられている執務室。フェリスの目の前では部屋の主であるマーコスと問答無用の問題児であるティルが向かい合っている。

 

「ともかくだ。近衛騎士団を辞めるという意志は変わらないのか? お前なら特例で王選候補者の一の騎士と同じく特務扱いとして任務から離れてくれても構わないのだぞ」

 

「しつこい。お嬢様が離れる以上、籍を残しておく理由もない」

 

「そのお嬢様は3年後、王選が決着した時には近衛騎士団の任務に戻る」

 

「その時にはフェルト様が王になって、近衛騎士団も解体される。どの道意味はない」

 

 既にフェリスは胃がキリキリする感覚に顔を歪ませていた。

 フェリスには問題児であるティルと、近衛騎士入団以前から顔見知りであるという経歴があった。とはいっても、同じ人物を一時師としていただけで、同時に師事してきた期間はない。師から優秀な弟子がいたという話を聞き、偶然顔を合わせる機会があったので話し掛けた。それが運の尽きだった。

 

「レメンディス。お前は……」

 

「ファウゼンだ。何度も言わせるな。殺すぞ、能無し」

 

「――なんだと?」

 

 始まっちゃったよお〜、とフェリスは心の中で嘆いた。

 フェリスはこれまで度々ティルとマーコスを含めた他の騎士や文官との会合に同席する事を命じられてきた。時には、それってフェリちゃんが聞いても良いやつ……!? というような場にまで呼ばれる事もあった。

 その理由が目の前で繰り広げられていた。

 

「やってみろや、クソガキ」

 

「出来ないと思うか? 木偶の坊」

 

「ちょっと、ちょっと〜、2人とも落ち着きましょうよお〜。ほら、深呼吸、深呼吸」

 

 2人の間に割り込むように、フェリスは大げさな動作をするが、2人の勢いは止まらなかった。

 

「上が引き留めろとうるさいからそうしていたが、気が変わらないなら辞めて構わん。今からお前は一般人だ。騎士を侮辱した一般人に対して誅を下してやる」

 

「10に満たない私に負けた負け犬が? 笑わせるなよ、雑魚」

 

 フェリスがティルのいる場に同席させられる理由はこうして言い合いになる事が珍しくないからだ。ティルは他の者に比べるとまだフェリスの言う事を聞いてくれるため、ティルに対するストッパーとして呼ばれるのである。

 それにどれだけの効果があったかどうかはともかく、そういう訳でフェリスの前でティルと誰かの言い争いが起こるのは日常茶飯事であった。ラインハルトの言う事なら素直に聞いたりもするのだが、彼女はこういう場にいてもほとんどの場合でオドオドするだけで役に立たない。

 さすがに流血沙汰にまで発展する事はよほどの事がない限りないが、それでも問題児という言葉で片付けて良いのか迷うほどの問題児だ。これが他の者であれば辞めさせられて終わりなのだが、逆に引き留められるのは、問題児という面から被る不利益とティルが近衛騎士団に所属している事の利益を天秤にかけた時、それは後者に傾くからだ。

 

「退職するなら送別会なんか企画しないとですよネ? 団長」

 

「誰がするか」

 

「フェリス、私の事をおちょくっていると見なして良いんですね?」

 

「もお、どうしろっていうの〜〜!?」

 

 王国が所有する個としての最強戦力は歴代最強の『剣聖』ラインハルトだ。しかし、彼女に対する命令権はその父親であり、副団長であるハインケルが独占じているような状態であった。無論、有事の際には問答無用で駆り出すが、ラインハルトという戦力は王国が自由に使える戦力とは言えなかった。近年はそこまでではないが、数年も前に遡れば、ラインハルトは王国最強の戦力であるとともに、いつ爆発するかも分からない爆弾も同然であった。

 そこで白羽の矢が立つのがティルだ。ラインハルトには及ばないまでも、戦闘力として三番手であるマーコスに大きく差をつける二番手。こちらはラインハルトのように任務を命じるのに不都合はない。付け加えると、戦闘を好む当人の気質も相まって、その力を振るうのが主である任務に就かせると文句のない功績を挙げてくる。

 さらに万が一の際には、ラインハルトを直接止める事は出来ずとも、ラインハルトを躱してハインケルを斬るぐらいは出来るだろうと期待されていた。ティルもハインケルを斬る事に関しては乗り気で、大義名分を得られるその機会を窺っていた。

 さらにさらに付け加えておくと、ティルを野放しにしておくのは怖いという意味でも上層部は引き留めろと言ってきていた。事実、ティルは昔に近衛騎士団にカチコミを掛けた前科がある。その時に軽く捻られたのがマーコスだ。

 

「おーい、ティル。ここにいんのか?」

 

 もうこれ止めるの無理じゃ……? なんて考えていたところに新たな人物が現れた。

 金髪に赤い目が特徴である王選候補者の1人、フェルトだった。身に纏うドレスを煩わしそうにしながらも、マーコスの執務室へずかずかと足を踏み入れた。

 

「屋敷に戻んぞ。わざわざアタシが呼びに来てやったんだから感謝しろよな…………って、何だこの空気」

 

 それがフェリスにとっては救いの女神に見えた。

 が、それはそれとして、肩に担いだ身の丈に合わない剣に視線が引き寄せられる。見間違えるはずもない。あれはラインハルトの龍剣だ。

 

「あの〜、その剣は……」

 

「通行証だとよ。重いしでかいし、もうちょっと考えろよなー。で? 何があったんだよ」

 

 色々と言いたい事はあったが、事情を聞かれたなら言うしかない。

 

「え〜と、ですネ。取り込み中というか、喧嘩中というか……」

 

「はあ……勘弁しろよ」

 

 それとなくこの場を収めてもらえないかと誘導すれば、ずかずかと踏み込んできたフェルトはティルの背後に回り込み、あろう事かその尻に蹴りをかました。

 

「ひょえっ」

 

 と、目を剥きながら変な声を上げたのはフェリスだった。

 仮に他の者が同じ事をすれば、蹴られたから蹴り返しただけだと大義名分を得たティルによって、この辺りの間取り図を書き換えなければならない状況になる事は想像に難くなかった。

 

「お前、マジでさあ……アタシが良い子ちゃんやってる間に何好き勝手やってんだよ」

 

「すみません」

 

「うっそお……」

 

 しかし、当のティルは暴れるどころか素直に謝った。それがどれほど異常な事か。恐らくこの場面を騎士団の者たちが見ていたなら、少なく見積もって半数はひっくり返っただろう。

 

「穏便に済ましとけよ。そろそろ帰るぞ」

 

「……。申し訳ありませんでした、マーコス団長。そして、これまでお世話になりました。失礼します」

 

「あ、ああ……」

 

 フェルトに続くようにしてティルが部屋を後にした。

 その場に残されたフェリスとマーコスの2人の間には少しの間無言の空間が広がっていたが、正気を取り戻したフェリスによってそれは破られた。

 

「にゃんですか、今の!? あのティルが蹴られてやり返さないとか信じられにゃいんですけど!?」

 

「ああ、俺も何が起きたのか一瞬分からなかった」

 

「しかもラインハルト以外に対してあんなに素直にゃんて……もしかしてフェルト様ってラインハルト並みに強いとか……」

 

「流石にないだろう。あるいは、王の器というやつか」

 

 ともあれ、あの様子で手綱を握ってくれるなら、騎士団を辞めても心配するような事にならないかもしれないと、フェリスは心の中で少しだけ未来への憂いを軽くする事が出来た。

 ただ、ティルを従わせるのが王の器だとすると、ティルにあまり良い風に思われていない自らの主が王の器ではないと言われているようで、それに関しては物申したいところであったが。

 

 ▼△▼△▼△

 

 ▼△▼△▼△

 

「そういえば昨日帰ってきた時なんか浮かない顔してたけど、何かあったのか?」

 

「ううん。エミリア様のところが大変だったって聞いたから」

 

 王選開始の宣言がされた翌日、朝。

 アストレア製菓店の店頭にはスバルだけではなく、今日はラインハルトも立っていた。

 

「エミリアちゃんか……フェルトと同じ王選候補者だもんな」

 

 エミリアの名はスバルにとっても忘れられない名だ。初めてこの世界に来た時、エミリアの死によって顕現する怪物のせいで散々な目に遭ったのだ。

 同時に、ラインハルトが親しげにしていたのも思い出す。屋敷に来てから、王選についての話を聞いた時にも色々と教えてもらった。

 

「今度お茶会でも誘ったらどうよ?」

 

「うん。考えてみる」

 

 何度かお茶会をしたという話も聞いていた。様子が気になるなら、それで話してみるのはどうかとスバルは提案した。

 

「話変わるけどさ、昨日帰ってきてからなんかティルとフェルトの立場逆転してるよな」

 

「ティルがまた問題を起こしたらしい。それをフェルトが収めてきたって」

 

「薄々分かってきたけど、あいつ真面目ですみたいな顔して結構ヤバいヤツだよな」

 

「騎士団の仕事中は全然真面目じゃない。言い争いばっかりやってる。スバルも見たら驚くと思う」

 

「マジか。それでよく騎士が務まるな」

 

「昨日辞めたらしい」

 

「えぇ……もうどう反応して良いのか分かんね」

 

 あのピンク頭についてはよく分からない。スバルはあまり考えない事にした。

 

「おい。ラインハルト、兄ちゃん。店閉めるなら早く閉めろよ。いつまでもイチャイチャしてねーでよ」

 

「おう、いたのかフェルト」

 

「喧嘩か? 喧嘩売ってんなら買うぞー?」

 

 今朝はいつも通りにラインハルトと共に菓子類を運んだ後、今日は屋敷に戻るラインハルトを見送る事はせず、せっかくだからとスバルが誘う形で一緒に店頭に立った。

 一応フェルトも一緒にいたのだが、菓子をつまみ食いするだけして、接客はせずに奥に引っ込んでいた。そして今、午前の分を完売して撤収する段階でいつまでも話しているスバルとラインハルトを急かしたという形だ。

 

「お前も店に立ったらよかったのにな、フェルト。選挙運動じゃねぇけど、顔を覚えてもらうってのは大事だぜ?」

 

「今度な、今度。それより腹減ったから帰ろーぜ」

 

「お前はすぐ食い物の話だな……グラシスがなんか言ってたけど、そんなへそ出し衣装で太ったら悲惨だぞ?」

 

「太ってねーっつーの! グラシスも帰ったらシバく」

 

「あのすばしっこい双子相手にやれるのかねぇ」

 

 スバルが想像したのは、鍛錬と称してティルが双子を扱いていた場面だ。ティルが強いのは分かるが、双子もスバルでは比べ物にならないほどの実力者だという事が分かった。フェルトが素早いのはスバルも知っているが、さすがに分は悪そうに思えた。

 

「ならラインハルト。アタシにも兄ちゃんに教えてる『流法』ってのを教えろよ。そんでから、あの双子にはどっちが上か思い知らせてやる」

 

「良いけど、あの2人に勝つのはたぶん難しいと思う」

 

「っておい、フェルト! 俺とラインハルトの蜜月を邪魔しようってか!?」

 

「なーにが、蜜月だ。『流法』ならティルも使えるだろ。ティルに教えてもらえよ」

 

「そりゃブーメランが過ぎるだろ、フェルト。お前こそティルに教えてもらえよ」

 

「冗談言うなよな、兄ちゃん。そんなもん、命がいくつあっても足りねーっつうの」

 

「それを押し付けんなよ!? 俺はともかく、フェルトなら優しく教えてくれるんじゃねぇの? 今は立場逆転してるんだろ?」

 

「いや、アイツは訓練って名目があったらやる」

 

「やると思う。ティルは治癒魔法が使えるから、怪我させてもいいって考えてる。フラムとグラシスも、それで何回も泣かされてた」

 

 ますますスバルの中でティルのヤバい奴メーターが上がっていく。

 

 そうして話しながら、午前中の売上金を回収し、戸締まりの準備を始めた。

 しかし、それを横目にフェルトが歩き出す。

 

「んじゃ、帰るぞー。いくぞ、ラインハルト」

 

「うん」

 

「おーい! 俺を置いていくなよ! 1人残されて悲しくなっちゃうだろ!?」

 

 穏やかな日常だった。来たばかりの時は、どんな物騒な世界だと嘆いたものだったが、スバルは最初の一件以降、特に荒事もなく今日まで過ごしてきた。

 だが、それもここまでだろう。嵐の前の静けさは終わる。波乱の王選が開始した。

 

 

 





拙作のスバルは製菓店でラインハルトちゃんのポジティブキャンペーンをやるのが第一だと考えているので、原作と違って王城には乗り込みませんでした。
騎士団には友達がいるというような話も聞いていたため、安心して送り出しました。

割と雑に扱われる龍剣:ラインハルトちゃんにとってはほとんどの場合で壊れない鈍器以上の意味はないので、結構雑に扱われてます。汚れた地面に座るときに尻敷にしたりしているかも。

ラインハルトちゃんも半分オリキャラみたいなものなのに、完全なオリキャラであるティルを書いている時の方が筆が動く不思議。その結果、上司に噛みつきまくるヤバい奴が出来上がりました。次話はもっとラインハルトちゃんに焦点を当てます。
それと、次話はどうしてもクルシュ陣営、特にヴィルヘルムの株が下がる展開になってしまうのでヴィルヘルムファンの方には先に謝っておきます。

一週間以内に次話出します。
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