もしもラインハルトがラインハルトちゃんだったら   作:龍仁

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話数も増えてきたので、短編から連載への変更と章の追加を行いました。



再来

 

 それは王選の開始が宣言されてから4日ほどが経過した昼。担当である朝の店番を終えたスバルは、迎えに来てくれたラインハルトと共にアストレア家の屋敷を目指して歩いていた。

 

「いやー、順調も順調で怖いぐらいだぜ。頑張って店を出しても泣かず飛ばずで借金だけ残ったって話もあるってのに、客が全然途切れねぇもんな」

 

「スバルが頑張ってくれてるから」

 

「ラインハルトのお菓子が美味いおかげだよ。俺なんか常につまみ食いの誘惑と戦ってるし」

 

 と、話しながら歩いていた時。不意にラインハルトがスバルの袖を掴んだ。

 

「来て」

 

「全然行くけど、急にどしたん? って、裏路地? いきなり連れ込まれるのは心の準備が…………あの、ラインハルトさん?」

 

 スバルの袖を掴んだまま、ラインハルトは尋常でない力で引っ張り近くの裏路地へ駆け込んだ。抵抗するつもりはなかったが、スバルにはラインハルトがまるで何かから逃げるような仕草をしているように感じられた。

 

「誰かいたのか?」

 

「……うん。お祖父様」

 

「ラインハルトのおじいちゃん……」

 

 実際に会った事はない、はずだ。屋敷にいる爺や婆やと呼ばれている2人はラインハルトの血縁ではない使用人のようなものだ。

 だが、全くの初耳ではない。いつか、ラインハルトの祖父について聞いたような気はしたが、詳細は思い出せなかった。

 

「もう大丈夫」

 

「ラインハルトはその……おじいちゃんともあんまり上手くいってないのか?」

 

「うん……お祖父様は、怖い。最後に話したのは5歳の時だったけど」

 

「まぁ、親戚付き合いなんてそんなもんだよな……」

 

 スバルは少し前にラインハルトの父親についての話を聞いていた。フェルトの方が先に知っていたという事だけは少し癪だったが、それを忘れるぐらいにはまだ見ぬ父親に腹が立ったものだ。自分の娘の事をちゃんと見もせずに兵器のように扱う父親など、父親ではないと。

 

「何か気になる事でもあるのか?」

 

 さすがにそんな父親ほどでなくとも、何か問題がある人物である可能性はある。関わらないのが一番だろうとスバルは考えたが、ラインハルトの表情からただ祖父を怖がっているだけではないと感じられた。

 

「お祖父様は、白鯨を追ってる」

 

「はくげい……白鯨! ああ、あの時か!」

 

「あの時?」

 

「ああ、いや、今は関係ないから大丈夫!」

 

 この世界に来たばかりの時に困らされた極寒の世界を顕現させる怪物。その対処について模索している時にラインハルトから聞いた話にあったのだ。ラインハルトの祖父が白鯨をどうとか言っていた。

 その話をしてくれたのは今のラインハルトではないが、確かに聞いてはいたのだ。

 

「それで、気になる事って?」

 

「今のお祖父様は、きっと白鯨に負ける」

 

「負ける……」

 

「私は、どうしたら良いのか分からない」

 

 スバルには白鯨がどんな化け物なのか分からないし、ラインハルトの祖父がどれぐらい強いのかも分からない。今の、というあたり昔なら戦えるポテンシャルはあったのだろうが、老いて戦う能力が落ちたというところだろう。白鯨も祖父もよく知らないが、ラインハルトがそう言うならきっと負けるのだろう。

 

 ただ、迷っているのだ。本当に嫌いでいなくなってほしいなら、放っておけばいい。しかし、ラインハルトはそれを選択しない。どうしたら良いのか分からないとは言っているが、きっとその心の中ではすべき事が浮かんでいるはずだ。

 

「助けたいんじゃないのか? おじいちゃんを」

 

「それは……でも……」

 

「俺は今まであの時ああすれば良かったって、何回も思った事がある。というか、ここ最近だって何回かあった。だから偉そうには言えねぇけど、助けたいなら助けるべきだと思う。後から、あの時助けておけば良かったって、そう思っても遅いかもしれないんだから」

 

 人生は一度きりで、過ぎ去ってしまったものは取り返せない。この世界に来たばかりのスバルは何度か同じ日をやり直したが、それは例外中の例外で、それも再び同じような状況になった時、やり直せるかどうかなんて分からない。

 

「うん、分かった。でも、1人は心細いから、その時は付いてきてほしい」

 

「おうよ! 任せとけ!」

 

 正直に言うと、確か三大魔獣などと呼ばれているらしい化け物との戦いに同行するのはちょっとだけ恐ろしくもあるが、そんな事よりもラインハルトが自分を頼りにしてくれたという事実が嬉しかった。

 そして、その約束が果たされるのはそれから数日後だった。

 

 ▼△▼△▼△

 

 様々な物資を積んだ竜車の列が王都から出て行く。そんな光景を、スバルは少し離れた高台でラインハルトと共に眺めていた。

 

「あれが白鯨討伐隊か……かなり気合入った感じに見えるけど、やっぱり無理そう?」

 

「たぶん。お祖母様が負けるような相手だと、兵のほとんどは何も出来ないと思うから」

 

「ちなみにそのおばあちゃんってどれぐらい強かった感じ? ティルより強い?」

 

「ううん。ティルの方が強い。フラムとグラシスなら、お祖母様の方が強いけど」

 

「先代とはいえ『剣聖』より強いティルってマジで何者なんだ……ティルと白鯨ならどっちの方が強そう?」

 

「たぶんティル」

 

「マジか」

 

 雑談をしつつ、隊列が全て王都から出たのを見送ると、ラインハルトはベンチから立ち上がった。

 

「一旦屋敷に戻る」

 

「よっし、準備な。何か俺が準備しとくものとかある?」

 

「特にない」

 

 そうして、2人は一度アストレア家の屋敷に戻った。

 ラインハルトは先ほどまではいつも通りの近衛騎士団制服だったが、こっそりと白鯨討伐隊の後ろを負うために目立たない格好に着替えるらしい。かくいうスバルはジャージ姿だが、目立つ目立たないの話をすると、結構目立つ。

 

「って訳なんだが、何か目立たない感じの良い服ない?」

 

「……。いきなり来て何を言うかと思えば。これでも被れば良いんじゃないですか」

 

 ラインハルトを待つ間、庭で剣の素振りをしていたティルに声を掛けてみるも、返ってきたのは素っ気ない返事と布だった。

 

「って、これなんか濡れてるんだけど!?」

 

「汗を拭いたんですから、濡れているでしょうね」

 

「嘘だろ、お前!? もうちょっとなんか、恥じらいとかねぇのか!?」

 

「ついでに洗ってきてもらえます?」

 

「これ、俺がおかしい訳じゃないよな!?」

 

 控えめに言ってもティルは美少女ではあるし、その美少女の汗なら喜ぶ者もいるだろうが、残念ながらスバルにその気はない。ティルをそういう目で見ようとすると、スバルの野生の勘とでも言うべきものが警鐘を鳴らし始めるのだ。

 複雑な気分になりながら、スバルは顔にかかったタオルを親指と人差し指の2本でつまみ上げた。

 

「洗いには出しといてやるけどさ、そんなんだとフェルトにお行儀云々言えねぇと思うのは俺だけ?」

 

「…………」

 

「図星だからって睨むなよ。な? な?」

 

 気に入らない事があればすぐに睨みつけてくるピンク頭。相変わらず眼光だけで人が殺せそうである。

 

「……スバルさん」

 

「どうした? 他にも何か洗うもんある感じ?」

 

「私もついて行きましょうか」

 

「……急にどうしたんだよ」

 

 タオルをつまみながら背を向けたスバルへ、先ほどのふざけた感じではなく、真剣な声色でティルが語りかけてきた。

 

「白鯨なら私でも……いえ。忘れてください」

 

「なんだよ、そこまで言われたら気になるじゃん?」

 

「お嬢様を悲しませたら殺します」

 

「シンプル殺害予告!?」

 

「お嬢様を悲しませたら殺します」

 

「大事な事だから2回言ったの!?」

 

 なにやら気になる事を言いかけていたが、この様子だともう聞いても言わなそうだ。それに、そもそも目に入ったから声をかけてみただけで、それほど期待しての事ではなかったというのもある。

 ラインハルトが準備万端で待っているかもしれないので、少し急ぎつつ、とりあえずタオルを置くために屋敷の中へ足を進める。そんなスバルの背へ、ティルは言った。

 

「使っていないローブならいくつかあります。お祖母様に聞けば教えてくれるはずです」

 

「おっ、サンキュ」

 

「……お嬢様を悲しませたら殺します」

 

「はいを選ばないと進まないタイプのRPGか何か!?」

 

 ▼△▼△▼△

 

 ラインハルトはフェルトに買ってもらったローブ――お金を出したのはラインハルトらしいが――に身を包み、スバルもジャージの上に婆やに用意してもらったローブを纏った、傍から見れば怪しいローブの2人組となった。

 そんな状態で、スバルは背負われる形で龍剣に尻を置きながら、爆走するラインハルトの背でほとんど風を感じずに過ぎていく風景を眺めていた。

 まず、白鯨討伐隊を追いかけるための足をどうするかという話になった時、いちいち竜車を用意しなくてもラインハルトが担いで行った方が早いという事になった。そしてどうやってスバルを担ぐか。肩で担ぐ形の俵抱きにするのか、俗に言うお姫様抱っこ、あるいはおんぶの形にするのか。最終的におんぶの形にする事で落ち着いた。

 そして次に問題になるのがラインハルトの龍剣だ。背中に提げる大剣は、人を背負うには言ってしまうと邪魔だった。とはいえ、置いていくという選択肢もない。そこでラインハルトが提案したのが、龍剣をおんぶ紐のように使う形だ。

 結果、スバルは由緒正しい聖剣を尻に敷く形で背負われる事になったのだ。スバル的には体勢が楽で助かるのだが、ちょっぴり罪悪感はあった。

 

「ここで、ちょっと待つ」

 

「この辺に白鯨が出るのか……確かに不自然に霧は広がってるけど」

 

「たぶん。この霧は自然のものじゃなくて、白鯨に由来するものだから」

 

 既に日は沈みかけていた。霧の中に突っ込むまでは夕日の赤っぽい光がはっきりと見えていた。

 霧の中に入り、白鯨討伐隊が見えていざという時にすぐに助けに入る事が出来る場所――霧のせいでスバルには討伐隊の影も形も見えない――でラインハルトは足をとめる。

 

「ずっとおんぶされてるのもアレだし、降りてもいい?」

 

「私はべつにそのままでもいいけど」

 

「そう言われると降りたくなくなっちゃう。男の子的にはちょっと複雑だけど」

 

 そうして雑談をしながらその時を待つが、なかなか白鯨が現れる気配はなかった。

 

「本当に出るのか……? 討伐隊のみなさんが時間読み間違えたとかない?」

 

「ううん、間違ってない。見て」

 

 さすがにずっとおんぶされた状態では情けないため、地面に足を降ろしたが、その場で立ち尽くしてどれぐらいの時間が経過したか。幸いにしてすぐそばに赤髪の超絶美少女がいたため、その国宝級の顔を眺めるだけでいくらでも時間は潰せたが、それでも結構な時間は待ったはずだ。

 もしかして白鯨なんて出ないのではないか。そう思い始めたところで、ラインハルトは討伐隊がいるらしい方向を目線で示した。スバルも釣られるようにそちらに意識を向けるが、霧のせいでやはり何も見えない。

 

「白鯨」

 

 次の瞬間、大地を揺らすような咆哮がスバルの鼓膜を叩いた。

 

「マジか……鳴き声だけでヤバそうだ」

 

 恐らく、王都で見た怪物よりも大きいだろう。ラインハルトなら倒せるかもしれないが、他の人間にあんな怪物を倒す事が出来るのか。未だに異世界基準の戦闘力の水準がよく分かっていないスバルには分からない。

 

「どうする? すぐに加勢しに行った方がいい?」

 

「もしかしたら、お祖父様が勝つかもしれないから……様子を見たい」

 

 元々はラインハルトの祖父が白鯨を倒そうと人や物資を集めてできたのがあの討伐隊だ。この場にいるスバルやラインハルトは、言ってしまえば部外者であり、仮に最初から戦いに割って入ってしまうと獲物を横取りしたような形になってしまうかもしれない。

 

「それに……怒られるかもしれない」

 

 ラインハルトはどうやら、祖父に対してトラウマのようなものがあるらしかった。

 怖いと言ったり、怒られると言ったり、最後に話したのは5歳の頃らしいが、人は案外子供の頃の事を覚えている。それほどの何かがあったのだろう。それでも助けたいと思えるのはラインハルトの優しさゆえか。

 

「危なくなったら助けに入ろう。さすがに命の恩人に怒るって事はないだろうし」

 

「……うん」

 

 白鯨との戦いが始まる。

 といっても、ただ白鯨が攻撃を受けたのであろう鳴き声からそう判断するだけで、実際にどんな戦いが繰り広げられているのか分からない。

 

 そうして少しして、ラインハルトは鞘に収まったままの龍剣を握った。

 スバルには分からないが、恐らく討伐隊だけでは戦力が足りなかったのだろう。

 

『剣聖』の一撃が振るわれる。

 一撃。辺り一帯を覆い尽くしていた霧が一瞬にして晴れた。

 

 ようやく、スバルにも白鯨の全貌が確認出来た。端的にいえば、バカでかい白いクジラ。スバルが知るクジラと違うのは、頭部に生えている細長い角や背の上に浮かぶ魔法的な輪、そして何より空を泳いでいるということ。

 

「でか過ぎるだろ……!」

 

 大地を踏みしめ、スバルの隣から音よりも速く飛び出す。

 ニ撃目。たったそれだけで、決着した。

 正中で真っ二つに斬られた白鯨は空を浮かぶ力を失い、大きな2つの肉片が落下の衝撃で地面を揺らす。

 

「すっげえぇ……!」

 

 あんなバカでかい怪物もラインハルトの相手にはならないらしい。というよりも、サンドバッグにすらならないらしい。鞘に収まっている、言ってしまえば鈍器の状態でなぜあんなにきれいな断面になるかは気になるところだが、今は一旦横に置いておく。

 湯船いっぱいのマヨネーズを作ってしまうようなポンコツぶりがあったりと、日常を共に生活していると可愛い部分ばかり見えてしまうが、やはり『剣聖』と言うべきか、こと戦いにおいては一線もニ線も画する。

 

 突然の事に、討伐隊の面々は呆然として動けないように感じられた。距離が離れているため、詳細は分からない。

 と、そこまで考えたところでスバルは駆け出す。元々は心細いからと一緒に来たのだ。ラインハルトを1人先行させている今のこの状態は、スバルがここに来た意味が果たせていないといえる。

 

「夢の100m走9秒台に届きそうで届きそうじゃないこの感じ……! 俺の『流法』もまだまだか……!」

 

 ラインハルトに付き合ってもらって『流法』の訓練を続けているスバルだが、目に分かるほどの効果は今のところ出ていない。ティル曰く、一般人と一般人に毛が生えた程度の間ぐらいらしいので、最初に比べれば進歩はあるのだろうが、かといって誇れるほどでもない。

 

 ラインハルトが一歩で詰めた距離だが、何kmも離れている訳ではない。スバルの足でも追い付くのにそう時間はかからなかった。

 そして、たどり着いた場所では、ラインハルトが地面に尻をつけた白髪の老人におっかなびっくりな様子で手を差し伸べているところだった。

 

「大丈夫、ですか……?」

 

 恐らくそれがラインハルトの祖父なのだろう。老紳士といった印象がピッタリだった。

 還暦前後はありそうな年でありながら、その手には剣が握られていた。それでいながら白鯨という化け物に立ち向かうのは、エネルギッシュというか何というか。

 

 恐らくは親子水入らずならぬ祖父孫水入らず的な場面だろうと、スバルはその顛末を見守る事にした。

 そしてその選択をほんの数秒後に後悔する事になる。

 

「お前が、何故……ここにいる」

 

「それは……お祖父様が、心配で」

 

「今更、何故だ……」

 

「ぇ……」

 

 老人が差し伸べられた手を叩き払おうとして、ラインハルトは直前で引き、叩かれそうになった手をもう片方の手で包んだ。老人は勢いそのままの手で自身の顔を覆った。

 

「テレシアの、仇すら……お前は」

 

「ちが……わたし、は」

 

 ラインハルトは強い。それは紛れもない事実だ。

 しかし、それは戦闘力だけの話だ。その力を振るう戦場でなければ、か弱い女の子と同じであると、スバルは分かっていたはずなのに。

 決定的なその言葉が放たれる前に動かなければならなかったのだ。しかし、ナツキ・スバルは間違えた。

 

「私には……関わらないでくれ」

 

「ご……ごめんなさいごめんなさい」

 

 手遅れになってから、まるで今までに掛かっていた金縛りが解けたように、スバルの身体が動く。

 

「ら、ラインハルト……」

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

 胸の前で自身の手を握ったまま、老人に背を向けるラインハルトは、焦点すら合わない様子でうわ言のように同じ言葉を繰り返していた。

 そんな様子にスバルは、遅すぎるが、今さらながらに堪忍袋の緒が切れたのを自覚した。

 

「ふざけるんじゃねぇ!!」

 

 振り向き、老人の方へ向けて叫ぶ。

 そうだ、ふざけるのも大概にするべきだ。

 

「それが、心配してこっそり付いてきて、怒られるかもって思っても助けてくれた孫に言う言葉かよ!!」

 

 向こうにどんな事情があるかなど知った事か。怖いと言っていたのに、怒られるかもしれないと心配していたのに、それでも助けに来た優しい孫娘だろう。それが、どうしてこんな事が出来るというのか。

 

「ねえ君! もしかして、スバルって君のこと?」

 

 ヒートアップし、掴み掛かりそうになったスバルだったが、そこで老人の間に割り込むように、猫耳をつけた少女が割り込んできた。

 

「なんだよ、お前」

 

「ラインハルトから話は聞いて……って、そんな事良いから、早くラインハルトを追いかけて!」

 

「は?」

 

 何を言っているのか。ラインハルトならここに、と。再び振り向いてみるが、巨大な白鯨の残骸があるだけで、誰もいなかった。

 

「なっ、ラインハルト!?」

 

「地竜はどこ!?」

 

「いや、ここにはラインハルトにおぶってもらって」

 

「もう! じゃあ後ろ乗って!」

 

 呼び寄せた地竜に跨り、猫耳少女はスバルに手を伸ばした。

 老人に対する怒りは未だ収まる事はない。だが、ここで詰め寄るのと、傷付いて去ってしまったラインハルトを追いかけるのが、どちらの方が大切かなど言われるまでもない。

 

「ごめんなさいクルシュ様! 先に王都に戻ってます!」

 

「ああ。頼む」

 

 引き上げられ、2人乗りの形でスバルも地竜に跨った。そしてそれを確認するなり猫耳少女は地竜を走らせた。

 

「『風避けの加護』が切れてるから揺れるけど、我慢してネ」

 

 ラインハルトの背に乗っていた時よりも遅く風景が後ろに流れていく。しかし、ラインハルトの背に乗っていた時よりも大きな振動が伝わってくる。

 

「なんで」

 

「なんで手伝ってくれるのかって? そんなのラインハルトが友達だからに決まってるでしょ?」

 

 スバルのすぐ前に跨がる猫耳少女の装いは、ラインハルトが持っているものと同じ近衛騎士団の制服だ。同じ集団に属しているのだから、友人関係があったとしてもおかしくない。ラインハルトからは友人関係について聞かないし、ラインハルト至上主義のティルが嫌っている事から、仲の良い人物などいないと思っていたところだが。

 

「でも良いのか? あのクルシュって人、フェルトと同じ王選候補者なんじゃないのか? 騎士が主人を置いていくみたいな事して」

 

「そのクルシュ様を守るためにもラインハルトを追いかけないといけないの。それに、ラインハルトのおかげで怪我人がほとんどいない以上、フェリちゃんの仕事もないし」

 

「守るためにも? どういう意味だよ」

 

「君にも言っておくけど、あれはヴィル爺の個人的な感情でクルシュ様もフェリちゃんもあんな事まったく思ってないから」

 

「はぁ?」

 

 言い訳をしているような言い方だ。

 君にも、という事は他にも言い訳をしておきたい人間がいるのだろうか。当然ラインハルトにはするつもりだろうが、そんな事を言っても慰めになるかどうか。

 あるいは、ラインハルト以外に言い訳をしたい人物がいるとすれば。

 

「君にもって、他に誰に言うつもりだよ」

 

「それは……」

 

 薄々はスバルも気付いている。なんなら、スバルだって本人から3度も釘を刺されたのだ。

 

「ティルじゃないのか」

 

 ラインハルトを悲しませたら殺すと、そう言われているのだ。こうならないためについてきたはずだったのだ。信じて送り出してくれたであろうティルに合わせる顔もない。

 だが、今はティルよりもラインハルトだ。ティルに何を言われるか分からない現状、その足止めをしてくれるならスバルにとっては都合が良い。

 

 無言のまま、地竜が駆ける。

 ラインハルトに背負われた状態ではあっという間だった行き道が、地竜の足ではその何倍もの時間がかかってしまった。

 

 ようやく王都にたどり着いた時には既に夜中。あるいはもう少しで夜明けではないかという時間。

 アストレア家の屋敷の前まで来ると、スバルは地竜から降りて門番を叩く。

 

「ティル! 開けてくれ!」

 

 貴族の屋敷というのは、大抵門番がいるものだが、この屋敷ではその役目をティルが負っていた。日中は爺やがその役割を他の仕事と兼任しているのだが、爺やを含めて他の者たちが寝静まる夜は門のすぐ近くの小屋で待機する形でティルが門番をしている。聞いた話によれば、全然家事をしないのでこれぐらいはしろと婆やに言われたらしい。

 

「何か弁明は?」

 

 ラインハルトがいない事か、あるいは同行者の顔を見てか、ティルはすぐに事態を把握した様子だった。

 

「ラインハルトは帰ってきてないか?」

 

「帰って来ていないですね。スバルさんは探してきてもらえますか。話はフェリスから聞いておくので」

 

「ひ、ち、違うの! クルシュ様は、そんなつもりは全然なくて……!」

 

 ピンク髪に寝癖がついているという事はなかったが、今まで寝ていて寝起きの状態なのか、心なしか目付きがいつもより鋭くなっていたその視線がスバルから猫耳少女へ移った。

 屋敷に戻っていないなら、今頃どこかで泣いているかもしれない。事情を話すよりも、ラインハルトを探しにいく方が優先度は高い。

 

 門に背を向けてスバルは走る。

 仮に王都にいるとしても、自分の足で探し回るには莫大な広さだ。しらみ潰しでは、どれだけ時間がかかるか分かったものではない。

 だから、スバルは心当たりの場所を目指した。初めてスバルが彼女と出会った裏路地、そこで膝を抱えているのではないかとあたりをつけて。

 

 しかし、いなかった。

 ただでさえ広大な範囲に、さらに付け加えるとラインハルトは気配を消して隠れる加護を持っているのだ。見つけるのは、簡単な事ではない。

 

 あたりをつけた場所を中心に、呼び掛けながら探して回ったが、結局見つけられないまま夜が明けた。

 

「帰ったら、ラインハルトも屋敷に戻ってる……ってのは楽観的すぎるか……」

 

 もしかしたら、屋敷に戻ってきているかもしれない。そんな一縷の望みに賭けて屋敷に戻ってみるが、やはりラインハルトは戻ってきていなかった。

 

「ひとまずトリアスは殺してきました」

 

「トリアス?」

 

「お嬢様の祖父という事になっているゴミです」

 

「ああ、あの……って、え? 冗談だよな? 確かに俺もムカついたけど、マジでやってないよな?」

 

「さて。息の根が止まるところまでは見ていませんが」

 

 そして、屋敷では緊急会議が開かれた。そこでの開口一番ティルの言葉がこれだ。

 ラインハルトを悲しませたら殺すという言葉を忠実に守ったとも言えるが、実際にやったと聞かされると困る。爺やと婆やは顔に手を当てて俯いている。

 次に口を開いたのはフェルトだ。

 

「お前はあいつがいそうな場所とか分からねーのかよ、ティル。一番付き合い長いのお前じゃねーの?」

 

「そうかもしれませんが、最初の方はただ喧嘩を吹っかけていただけなので、そういう意味ではお祖母様や

 お祖父様の方がまだ知っていると思いますよ」

 

「お前何やってんだよ……」

 

「あの時は私も若かっただけです」

 

 ティルとラインハルトの関係性が昔から今のような感じだった訳ではないらしいが、今は重要ではないので突っ込まないでおく。今はラインハルトを見つける事が最優先だ。

 と、そこまで考えたところでスバルは違和感を覚えた。少し前の夜中でもジャージで苦もなく過ごせたというのに、日が上っている今の方が、寒い? 

 

「つーか、なんか寒くね? ティル、温かい上着」

 

「確かに気温が……」

 

 フェルトに上着を要求されたティルは立ち上がると、その部屋にある窓を開けた。

 そしてそこにあったのは。

 

「雪……」

 

「はあ!? 季節外れにもほどがあるだろ!?」

 

 雪。フェルトが騒いでいる通り、そもそも今の時期に降るものではないという意味で、異常事態。

 だが、スバルにとってはそれ以上に。

 

「この感じ……まさか魔法?」

 

「ティル、この雪、自然のやつじゃないんだな?」

 

「ええ、恐らく」

 

 スバルには分からないが、ティルによれば自然の雪ではない。直前まで何の前兆もなかったのに、いきなり雪が降ってくる。この現象を、スバルは知っている。

 

「お嬢様がどこにいるかも分かっていないというのに……出どころを辿って辞めさせてきます」

 

「ま、待った! もしかしたら話が通じないかも……」

 

「なら力尽くで辞めさせるだけです」

 

 この世界にやってきたばかりの頃に、その対応に苦労させられた極寒を顕現させる獣。エミリアという少女の死をトリガーとして顕現するというものだったはずだ。

 仮にこの雪の原因があの化け物だったとすると、放置は出来ない。今からどれぐらいの猶予があるか分からないが、少しすれば生存不可能の極寒世界が展開されてしまう。

 

「何を心配しているか知りませんが、私はお嬢様以外に負ける事はありません」

 

「一応聞くけど、それって相手が白鯨みたいな化け物でも大丈夫か?」

 

「ええ」

 

 正直にいうと、スバルはティルの正確な腕前は分からない。もちろんスバルなど足元にも及ばないのだろうが、あの化け物相手にどれだけやれるのかは分からない。そもそも、あの化け物も実際に倒した訳ではなく顕現させない方向で攻略したのだ。実際のところどれぐらい強いのかは分からない。

 分からない尽くしだ。だが、現状動ける最高戦力はティル。任せるしかない。

 

 

 そして結局、ティルは戻って来なかった。戦いになって負けてしまったのか、あるいは戦いが長引いて間に合わなかったのか。

 詳細は分からない。ただ、世界は極寒に包まれた。

 

 ▼△▼△▼△

 

 ▼△▼△▼△

 

「これだから魔女教は嫌いなんだ」

 

「あのさあ、今僕が話してたよね? それを聞きもせずに、攻撃してくるって一体どういう神経してる訳?」

 

「害獣精霊にクソ魔女教……面倒な」

 

 ▼△▼△▼△

 

 ▼△▼△▼△

 

 そうしてナツキ・スバルは舞い戻る。

 

 未来を切り開くための戦いが、再び始まる。

 

 

 

 






白鯨を自分の手で倒した後ならまだ歩み寄る余裕もあるヴィルヘルムさん。なお……。

さすがにヴィルヘルム最低過ぎますが、ヴィルヘルム視点ではテレシアの死因の一つとなったであろうラインハルトちゃんにその仇すら横からかっさらわれた形なので仕方な……
いや、普通に最低だな?

なお、フェリスはキレたティルにクルシュが殺されないように必死でした。さすがに殺しはしないにしても半殺しぐらいにはされるかもしれないので。さすがにヴィルヘルムは言動が最低だったので見捨ててます。

こんな感じで原作3章部分は進んでいきます。
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