カナヲ拾いました。   作:エミュー

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可愛いは正義でした。

「────桜の呼吸 弐ノ型『八重桜(やえざくら)』」

 

それはまるで、春に咲き誇る桜の如き美しくも儚い絶剣技。桜色の軌道を描きながら八層に折り重なった連続斬撃は、さながら一輪の花に無数の花弁を纏い着飾る八重の桜。超絶技巧の流麗な太刀筋は、私たち姉妹の命を容易く葬り去るだけの力量を持つ十二鬼月の下弦の鬼を寸分違わず斬り飛ばした。

 

キン、と鞘鳴りの残響が響き渡る頃には既に鬼は灰燼と化し、風に攫われ何処とも知れぬ遥の彼方へと運ばれる。もう二度と会うことは無いだろう。

 

「何とか間に合ったね」

 

頭の上で結ばれた薄桜色の長髪と、漆黒に桜の花弁の刺繍が施された外套を風に靡かせ、その人は現れた。

中性的な顔立ちは果たして男性なのか女性なのか、一目見ただけでは区別がつかない。

私は記憶の底に眠る目の前の剣士の面影を引きずり出し、実像と照らし合わせる。そうしてぷくりと泡のように脳裏に浮かび上がった名前は。

 

「……『桜柱』の春乃真桜くん………?」

 

ほんの一ヶ月前ほど前に『柱』となった、私より一つ年下の剣士。

名を呼ばれた真桜くんは桜色の瞳で私としのぶを交互に見遣り、視線を往復させる。何度目かの往復で焦点が定まった真桜くんが私の姿をその瞳に映す。

静謐で神秘的な双眸が揺れ、瞬き一度。

 

「胡蝶カナエさん……でしたっけ。知っているんですか。僕のことを」

 

まるで自分に話し掛ける人間が珍しくてしょうがない、珍獣でも見ているかのような呆けた面に、私は先程まで命の危機を感じていたことなどすっかり忘れて笑みを零した。

 

 

 

 

 

###

 

 

 

 

 

カナエはつい先程届いた婚約者からの手紙を見るや、ぐちゃぐちゃに丸めて床へと思いっ切り叩きつけた。普段は凛とした佇まいで大和撫子然とした美しいお淑やかな女性だが、顬に青筋を浮かべ、満面の笑みを浮かべているようでその菫色の瞳はまるで笑っていない様子はまさに修羅のそれ。鬼もかくやと言わんばかりの鬼気迫る圧倒的迫力に、手紙を渡した神崎アオイは未だかつて無い程の恐怖をその身に覚えて身震いした。

 

「か、カナエ様……。鴉からの報せでは、『桜柱』様は件の女の子を連れてくるらしいです……」

「……………」

「ひぃっ」

 

無言。けれどダダ漏れの怒りがどす黒い瘴気となって、カナエを中心とした一定範囲の空間が丸ごと押し潰されそうなくらいの強烈な圧をかける。庭先に咲いた残り僅かとなった桜の花弁が風に揺られてはらりと散り、アオイはその光景に数刻先の真桜の未来を幻視した。南無阿弥陀仏……。悲鳴嶼ではないが、胸の内で静かに合掌した。桜柱様、せめて葬式には参列しますのでどうか安らかに……。

 

「アオイ」

「はっ、はいカナエ様」

「真桜くんが来たら私の私室に来るように伝えてください。もちろん、件の女の子も一緒に」

「承知しましたっ」

 

有無を言わせぬ迫力に、アオイは首を縦に振る他ない。逃げ出すように駆けだしたアオイはしのぶに慰めにもらいに行ってしまった。その背中を見送ったカナエは、踏み潰した手紙を拾い、再度目を通した。

存外適当な所がある彼らしい簡素な文面。それでいて一発でカナエの逆鱗に触れるあまりにも愚かな言葉選び。

 

『人売りから可愛い女の子を買いました。真桜』

 

「真桜くん……落ちるところまで落ちたのかしら」

 

きっと彼のことだから、男としての性を満たす為に女の子を買ったわけではないのだろうが、これではあまりにも言葉が足りなさ過ぎる。ああそうか、だから『水柱』の冨岡くんと仲が良いのね。類は友を呼ぶとはまさにこの事だ。

大きなため息を吐き出しながら、ほんの少しだけ散らかった自室を片付ける。

 

「……ほんと、どこか抜けてると言うか、なんと言うか……」

 

春乃真桜はとこか糸が切れた凧のように浮世離れしている。

悲鳴嶼行冥をも超越すると謳われている絶剣技を扱う風変わりな剣士。大抵の人間は真桜の剣技を目の当たりにすると、畏怖と敬意、そして嫉妬の感情を抱く。加えて真桜は自分から他人との間に壁を一枚挟んで距離を置くから孤立する一方だ。

上弦の鬼、ひいては鬼舞辻無惨を討ち果たす運命の担い手。彼のことを何も知らない隊士はそう持て囃す。良くも悪くも特別扱いしてしまう。

 

ただ、カナエだけは真桜を特別扱いしなかった。

だから、こうして婚約を交わすことができたのだ。

 

真桜との馴れ始めを反芻するカナエ。

気づけば随分と時間が経っていて、蝶屋敷に二つの気配が訪れる。

 

「来たわね真桜くん」

 

 

 

 

 

###

 

 

 

 

 

「やっぱり姉さんをあなたに任せたのは間違いだったわ!」

「酷いですぅ!」

「最低ですぅ!」

「もう菓子パンもおかきもあげません!」

「えー………」

 

少女を横抱きにして蝶屋敷までの道のりを駆け抜けた真桜を待っていたのは、屋敷に住まう少女達の心無い罵詈雑言。隣でぼけーっと立っている少女は、遠くの空の雲を眺めて無言。真桜はなぜ自分がここまでこっ酷く罵倒されるのか理解に苦しんでいた。

 

「この幼女愛好家!異常性癖者!姉さんというものがありながら、そんな年端もいかない女の子を買うだなんて……!自分好みに育てていやらしいことさせようとでも思っているんでしょ!?」

「しのぶ、しのぶ」

「自分色に染め上げて洗脳して……一体全体何させるつもりよ!!」

「しのぶ、それ以上喋ると自分がむっつりだってことが露見するよ」

「何か言ったらどうなのこのド変態っ!」

 

眉を釣りあげて激昴するしのぶ。せっかくのカナエそっくりな美人顔も般若のようになってしまっては目も当てられない。

取り付く島もない。会話による説得を諦めた真桜はしのぶの脇を通って屋敷の中に入ろうとするも、羽織を掴まれて足が止まる。

 

「出禁よ」

「えっ?」

「義兄さんは出禁!蝶屋敷の敷居を跨ぐことは、カナエ姉さんが許しても私が許さないわ!!」

「えぇ〜……」

 

しのぶに続いて三人娘も真桜の手や隊服にしがみつき、蝶屋敷への侵入を防ぐべく己の全体重を真桜にかけている。容易に解くことは可能だが、親しい人達に手荒な真似はしたくなかったので、さてどうしたものかと考えていたところ、玄関の奥からパタパタと足音が聞こえたのでそちらを見遣ると、アオイが慌てて姿を現した。

 

「さ、桜柱様……」

「久しぶりアオイ。早速で悪いんだけど、この娘達どうにかしてくれないかな……」

「カナエ様がお呼びです……。そちらの女の子も一緒に……」

「そっか。丁度よかった。カナエさんに是非紹介したかったから」

 

正気かコイツ、とでも言いたげな蝶屋敷の住人達の視線には当然気づくことなく、拘束が緩んだ隙に少女の手を引いてカナエの私室へと向かう。

 

「信じられない!不倫相手を姉さんに紹介したいだなんて……!」

「桜柱様って時々常軌を逸脱したことしますよね……」

「義兄さん自身が理を超越したような人だもの……。あれに合わせられるのは世界広しといえど姉さんだけね……」

 

怒りを通り越して呆れ果てたしのぶは、渋々真桜の背中を追ってカナエの私室へと向かう。釣られるようにしてアオイ達も歩き出した。

しばらく歩くと、カナエの私室の扉の前に辿り着く。礼儀正しく戸を叩き、

 

「カナエさん、僕です真桜です。お邪魔しますね」

 

部屋の中へと入る。

そこで待っていたのは。

 

「お疲れ様、真桜くん」

 

上質な座布団の上に座すカナエ。

春に咲き誇る桜のような満開の笑みを浮かべて、けれどその菫色の瞳はまるで笑っていない。明らかに不機嫌。間違いなく怒っているにも関わらず、それに気づかない真桜はにっこりと微笑んで。

 

「カナエさん今日も綺麗です。早速なんですけど、お手紙読んでくれましたか?」

「ええ。それはもう。紙に風穴が空くぐらいじっくりと」

 

その時のカナエの様子を見ていたアオイは、再び恐怖に陥り体を震わせた。怖気が止まらず、両腕で体をかき抱く。

 

「『人売りから可愛い女の子を買いました』……。だったかしら」

「そうなんですよ。是非カナエさんにも紹介したくて。おいで。」

「………」

 

真桜が廊下に向かって声をかけると、今まで人形のように動きを止めていた少女が弾かれたように動き、真桜の横へと駆け寄る。

その様子を見ていたカナエは言葉を失い、少女と真桜を交互に見遣り視線を往復させていた。

 

「この子には名前が無いんです。劣悪な環境下で育って……捨てられて……。どうにも放っておけなくて」

「………」

 

そもそも、真桜は身内以外には存外冷たい所がある。

自分は自分。他人は他人。そうやって真桜自身の中で様々なことにきっちりと線引きをしているのだ。

誰も彼もすべからく救うことなど出来やしない。叶いもしない理想は抱かない。掴めもしない希望など端から持ち合わせていない。だからこそ、己の理想を燦然と掲げ、不可能にすら抗おうとするカナエが眩しくてたまらないのだ。

現実主義者、という言葉が似合う真桜。自分とは無関係な人には積極的に救いの手を差し伸べることはしないが、それが大切な人となったら話は別だ。差別ではなく区別。

 

カナエは真桜を『知っている』側の人間だから、真桜のそういった行動を理解できるし、今回の少女買収事件についても強く咎めようとは思っていない。……まあ、婚約者としての自覚の無さには深く追求していきたいところだが。

しかししのぶ達は真桜を『知らない』側の人間だから、今回の件で真桜を酷く軽蔑したりド変態呼ばわりするのも無理はない。

真桜の事情を知っている人間は、鬼殺隊のなかでもカナエを含めほんのひと握り。

 

それだけ『桜柱』春乃真桜はミステリアスな存在なのだ。

 

それ以上に。

 

「………可愛い」

「………姉さん?」

 

姉の異常に気づいたのか、しのぶは心配になって声をかけた。

 

「可愛い真桜くんと、可愛い女の子。可愛い、可愛い、可愛いが二乗」

「姉さん?どうしたの姉さん?」

「可愛い!!!!」

 

突然叫び出したカナエ。

一瞬びくつく真桜だったが、そうでしょうと笑いかけ、少女の手を握った。

 

「ちょっと姉さん!義兄さんを叱るんじゃなかったの!?」

「そんなことどうでもいいじゃない。だって二人が可愛いもの!可愛いは正義っ!」

「えー……」

 

さっきまでは「真桜くん絶対許さない」「婚約破棄」「呪い殺してやる」とものすごい剣幕で呪詛を歌うかのように激怒していたのに。

 

「名前を決めましょう!」

「そうよね!何が良いかしら〜?」

 

まるで我が子の名前を考えている夫婦のようなやり取りに、しのぶは大きく息を吐き出した。

 





桜の呼吸は描写に違いを持たせるのが難しいです……。
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