僕の生まれた村はどこかおかしかった。
カルトに支配された村、と言えばわかりやすいだろうか。
村人達は皆、教祖様を崇め奉り、絶対的な忠誠を誓っていた。
村を抜け出そうとした者、掟を破った者、教祖様に逆らった者は例外なく殺され、そうやって歪な村は体を守っていた。
排他的で閉鎖的な時代に取り残された村。はっきり言って居心地は最悪だった。
僕達よりも教祖様とやらとか村の掟を優先する両親。
盲目的なまでに教祖様とやらを信じ込む村の人達。
数多の宗教の表層部のみを切り取って繋げただけの継ぎ接ぎだらけの胡散臭い宗教。
不確かで気色の悪いカルトに支配された村の総てが大嫌いだった。
けれど、たかが子供の僕に抗う術など無く、教祖様の教えを忠実に守っている風を装う日々。
吐き気がした。気分が悪かった。不快の絶頂だった。自分をさらけ出すことは許されず、ただただ与えられた役を演じ、この先の未来に何の希望も見い出せず、それでも在りもしない未来を目指し生きることができたのは、きっと。
「兄さん兄さん見てください!桜が満開です!」
背景の桜に負けない程の可愛らしい微笑みを浮かべる少女が居てくれたからだろう。
春乃
薄桜色の髪を側頭部で結び、肩まで流した所謂サイドテールと言う髪型の可愛らしい少女。桜の花弁を模した髪飾りは僕が数年前にあげたものだ。
僕達の髪色は村の中でも浮いていて、気味が悪いと邪険に扱われて孤立しがちだったけど、莉桜が居てくれたから寂しさなんて感じなかった。
「兄さんはどこか達観していますねぇ。私たちは子供なんだから、もっと自由気ままに楽しめばいいと思うのですよ」
「こんな村で自由気ままに生きてたら大人たちが五月蝿いからね」
「掟を守りつつ、大人の目を掻い潜りつつ、自由気ままに生きるのです!」
「いやそれ……自由気ままじゃなくない……?」
これまでずっと一緒に生きていた。
これからもずっと一緒に生きていく。
僕が莉桜を守っていく。
いつか二人で村を抜け出し、本当の自由を手に入れて、莉桜を幸せにする。
それが、僕の切なる願いだった。
それだけが、僕の生きる全てだった。
「いやぁ、こんな矮小な村に『稀血』がいるだなんてねぇ。それも稀血の中の稀血。おまけに珍しい髪色の可愛い女の子ときた。正しく俺が喰うに相応しい人間だよ」
僕の切実な願いは、渇望は、ささやかな幸せは、無情にも奪われ、蹂躙され、踏み躙られることとなる。
「そう言えば随分前にこの村作ったっけ。宗教色が強いと逆に面倒なんだよな〜。あ、いい事思い付いた!村の人間に彼女を絶対神たる俺に『生贄』として捧げるように命じよう!」
短い春を終焉へと導く絶対零度の絶望が、僕たち兄妹に毒牙を向ける。
###
淡い月明かりが照らす闇夜の中で、真桜は一体の鬼と対峙していた。
「お前も鬼にならないか?」
妙なことを聞いてくる鬼だなと、真桜は眉を寄せた。
桃色の短髪。筋肉質な細身に迸る幾何学的な紋様。生粋の武人然とした態度や佇まいはいっそのこと清々しかった。
その瞳に刻まれた『上弦』『参』の文字を見るや、真桜は日輪刀の柄を握る手に力を込めた。
「有難いお誘いありがとう。でも鬼にはなりたくないなぁ」
「見れば解るよお前の強さは。『柱』だな」
ほぅ、と感嘆の吐息を零した上弦の参は、より一層眼光鋭く真桜を睨めつける。
「練り上げられたその闘気……『至高の領域』に限りなく近い」
「そうなの。どうでもいいけど」
「女の身でよくぞそこまで闘気を練り上げたものだな。名乗れ。名前を教えろ」
「僕は『桜柱』春乃真桜。ちなみにこんななりだけど健全な男の子だよ」
「……………」
「……………」
「………俺は猗窩座」
「あ、今話逸らしたよね」
なんだか一色触発の空気が霧散してしまって、猗窩座もどこか悲しげな面持ちを浮かべている。可哀想な猗窩座にお詫びと言う訳では無いが一応フォローを入れておく。
「あ〜……うん、よく女って間違われるんだ。いっそのこと髪切っちゃおうかな〜とか思ってて」
「真桜。扉一枚隔てた向こうに至高の領域があるというのに、なぜお前がその先へと踏み込むことができないのか教えてやる」
「え、あぁ……続けるんだこんな感じで……」
漆黒に染まった指先で真桜を指しながら、人という種族に対する侮蔑の言葉を並べる。
「人間だからだ。人間は弱く脆い。儚い。だから死ぬ。鬼になろう真桜。そうすれば無限に鍛錬できる。強くなれる。永遠の命を手にすることができる。老いることはない。死ぬことはない」
「無限……永遠……」
「そうだとも!鬼になれるのは選ばれし強者のみ。弱者は生きる価値がない。だがお前は強い。間違いなく!無限と永遠を手に入れる資格を持った稀有な人間だ!」
無限と永遠。必ず終わりを迎える人間では手に入れることのできないものを眼前に並べられ、暫し思考を巡らせる真桜に、自分の勧誘が有効打になり得ると手応えを感じた猗窩座は嬉嬉として続ける。
「俺は百年以上鬼狩りを殺してきた。『柱』ですらも容易く。その度に俺は思うよ。練り上げられた剣技が、鍛え抜かれた肉体が、人間という矮小な枠組みに押し込まれたが故に失われていく。俺は辛い。耐えられない。鬼となればその全てを永久的に保存することができるというのに」
両の手を広げ、硬直したままの真桜に畳み掛ける。
「お前も今まで鬼との戦いに身を投じてきたのなら分かるだろう?どう足掻いても人間は鬼に勝つことはできない。有限だからだ。肉体も、技の全盛も、寿命も、その全てが!もう一度言うぞ。鬼になれ真桜!鬼となって俺と永遠に戦い続けよう!」
高らかに。誇らしげに。己が掲げる思想こそが最上のものであるかのように。絶対的な理であるかのように。
俯いたままだった真桜が顔を上げる。薄桜色の長髪が夜風に靡いて艶やかに揺れる。桜の花弁が散りゆくかのように。
猗窩座を視界の中心に据え、人間の全てを否定した持論を並べられた真桜が口にしたのは。
「帰ってもいいですか?」
「は?」
予想だにしない返答に、素っ頓狂な声を上げる猗窩座。真桜は気だるげに息を吐き出すと、
「お腹を空かせた子が待ってるんだ。一応信用できる人に預けてるんだけど、心配で心配で」
「………なに」
「ああ、それからやっぱり僕はカナエさんの思想には賛同できないなぁ。カナエさんに倣って極力鬼の話を聞くようにしてるんだけど、やっぱりダメだ。殺意しか湧かない」
ここに来てようやく日輪刀を引き抜いた真桜は、桜色の刃の切っ先を猗窩座へと向ける。
「猗窩座くん。君の言う通り、人間は弱いよ。風が吹けば儚く散りゆくひとひらの花弁のように。僕も時々思うんだ。ああ、この幸せが永遠に続けばいいのに、って。でも幸せって刹那的なもので、有限で、終わりがあるからこそ尊いんだ。大切にできるんだ」
「理解不能だ」
「だろうね。無駄に長生きしてるから脳髄が麻痺して腐りきってるんだろうね。無限になんの価値があるのかな?永遠になんの意味があるのかな?鬼になって、そうして得た膨大な時間の中で君は何を成し得てきたのかな。せいぜい人を殺すことぐらいでしょう?」
鬼となり生きてきた百年を愚弄された猗窩座の顬に青筋が浮かび上がる。
「下らないね。しょうもないね。無駄な百年を過ごしてきたんだね可哀想に。僕なら百年あったらカナエさんと十回は結婚してるよ。ふふっ、こうして有り得ない妄想ができるのだって、無限と永遠に縁のない人間だからこそだよね」
「鬼になるつもりはないと?」
「いや、話の脈絡から察してよ頭鈍いなぁ。見かけ通りの脳筋仕様だね」
「ならば殺す…………!」
────術式展開 破壊殺・羅針
猗窩座が構えると同時に、その足元から自身を中心とした雪の結晶のような陣が展開される。
「さあ、お前の実力を見せてみろ!真桜!!」
「うん、いいよ」
言うや、真桜の姿が闇夜に掻き消えた。
上弦の参として最強の鬼の一角に列する猗窩座の眼を持ってすら追い縋ることの出来ない神速の踏み込み。
────桜の呼吸 陸ノ型『
桜の呼吸でありながら、桜殺しとはこれ如何に。
桜の花弁を蹂躙する荒々しい花散らしのごとき一閃。無数の花弁と暴風を纏いて猗窩座へと踏み込んだ真桜の斬撃は、頸の半ばまでの肉を削ぎ落とした。
人間としての理を超越した速度で放たれた斬撃を、猗窩座も常軌を逸脱した反射速度を持って躱したのだ。
頸の傷は即座に回復した猗窩座だったが、今しがた己の頸を跳ね飛ばされそうになり、背筋に冷や汗が伝う。鬼となってから初めてのことだ。ここまで死を間近に感じたのは。
だが、寧ろそれが良い。
「うん、うん。やっぱり今のじゃダメだね。反射速度が異次元すぎる。あの足元の模様の中に踏み込んだ瞬間だったな……」
必殺の一撃を回避された悔しさや焦りなど微塵も見せない真桜。
それどころか、一度の交錯で猗窩座の血鬼術の仕組みに対して凡その予想をつけた。
「素晴らしいよ真桜……!想像以上だ……!お前は強い!これまでの『柱』の誰よりも!」
久方ぶりに本気を出して戦える相手を見つけた猗窩座は咆哮する。
「桜の呼吸……初めて見る剣技だ!!美しい練り上げられた剣技!!見せろ!もっと曝け出せ!!お前の全てを俺にぶつけろ!!俺だけを見ろ!!!」
高揚する猗窩座に対してどこまでも冷静な真桜。
繰り広げられる剣戟乱舞。激しい攻防。
鬼殺隊最高戦力と十二鬼月最高戦力の一柱の人智を超越した戦いの幕が上がった。
早速上弦戦。
あ、安心してください真桜くんは縁壱よりも断然弱いので!
カナエさんやカナヲちゃんとキャッキャウフフしたかったのになぜこうなった……!