※すこーしだけラブコメ味※
「ど、どうしよう~」
夕刻のハンバーガー屋さん。
俺の注文した品をトレイに持って、アルバイトらしき女の子がつぶやいた。
ん?と思って覗き込むと、ジュースが緑色だ。
俺が注文したのはウーロン茶。
間違えてメロンソーダを入れてしまったのだろう。
ポテトのサイズを間違えたならまだしも交換しやすいが、入れてしまったジュースは破棄するしかない。
あたふたとあわてているピンク色の髪の女の子に、俺は言った。
「あの、それ間違えたのなら、俺の注文ってことにしといていいよ」
ちょっとした気まぐれだ。
俺も仕事で失敗することあるから、なんか親近感が沸いた。
別にメロンソーダを飲んだからって死ぬわけでもないし。
「でも。お客様のご注文はメロンソーダ……」
「大丈夫。なんとなくウーロン茶にしただけだから」
「あ、ありがとうございます……!」
女の子は涙目で、俺の手を握らんばかり。
めっちゃくちゃ感謝された。
よくよく見ると、すごく可愛い女の子だ。
思わず、名札をチラ見する俺。
丸山さんかぁ。
って、なにやってんだよ、俺。
ストーカーじゃないんだから。
鼻の頭をかいて、「それじゃ。間違えたこと気にしないでね」とつぶやいてカウンターを離れた。
女の子は、俺が席に座るまで何度も頭を下げていた。
真面目だなぁ。
本当は甘いものは苦手だから、いつもウーロン茶なんだけど、可愛い女の子に感謝されて悪い気はしない。
俺は23歳の新社会人。
今は7月だから、働き始めて3ヶ月目。
小さな会社で働いているから、歳の近い女の子はほとんどいない。
アルバイトの女の子は、まだ高校生ぐらいだろうか?
女の子と会話をしたのって久しぶりだなぁと思った。
さっきのちょっとした会話を、会話したと言えるかどうかわかんないけどさ。
メロンソーダ以外はいつもどおりの、チーズバーガーとポテトのセット。
ポテトを口に放り込みながら、ぼんやりと女の子を眺めた。
一生懸命に働いているってのが、遠目に見てもはっきりとわかった。
声ははきはきとしているし、動きも機敏。
でも、どうやら空回りしているようだ。
ときどきベテランの店員さんに怒られている。
ペコペコしているのがよく見えているから。
頑張ろうとしすぎているのかもしれないな。
一方で俺はどうなんだろうか。
会社で働いていても、あんなに一生懸命働くモチベーションはない。
ただ日々をこなしているだけ。
と、女の子と目が合った。
向こうもこちらをちらりと見ていたらしい。
女の子は恥ずかしそうに目線をそらす。
頬が赤くなっているのがわかった。
俺は俺で、じっと見つめていたのはさすがにちょっとアレかなと思って、ジュースを飲むことにした。
久しぶりに飲んだメロンソーダは、思ったよりもおいしかった。
※ ※ ※
それから後は、席でゆっくりとポテトをつまみながら、お気に入りのラノベの新刊を読んでいた。
まぁ、その、若干オタク寄りなんだよ俺。
一冊読み終えると、22時。
そろそろ帰りますか。
明日も仕事があるし。
スーツの上着を羽織りながらカウンターを見ると、もう女の子はいなかった。
シフトの時間が終わったのかな。
外に出て、帰り道を歩いていると。
目の前にひらひらしたピンク色の髪が見えた。
さっきの女の子だ。
どうしよう。
声をかけるのも変だしなぁ。
かといって、黙って後ろを歩くのもおかしいし。
ストーカー認定だけは真っ平ごめんだ。
ちょっと考えてから、無言で追い抜くことにした。
女の子は、俺よりも歩くスピードは遅い。
追い抜いても不自然ではないだろう。
「あ!」
追い抜いた瞬間、女の子が声を上げた。
「さっきのお客様ですよね?」
うれしそうに言う。
この状態になると、無視をするわけにもいかない。
俺は振り向いた。
「えっと……カウンターにいたバイトの子?」
まるで、いま気がついたかのように言った。
「は、はい! そうです! さっきはありがとうございました!」
深々と頭を下げる。
真面目だなぁ。
「全然いいよ。久しぶりにメロンソーダ飲んだら美味かったし」
「ほ、本当ですか?」
心配そうに見上げてくる。
「嘘じゃないよ。俺さ、甘いの苦手だったから普段ウーロン茶にしてたんだけど。今日は妙に美味く感じた」
「…………」
その言葉に、女の子がうつむいた。
あれ?
俺なんか、変なこと言ったか?
「あ、あの」
女の子が鞄からやおら財布を取り出す。
「や、やっぱり弁償させてください!」
涙目でそう言った。
おいおい。
どうしてそんな発想になるんだ。
「いや、いいって。美味しかったって言ったじゃん」
「で、でも。本当は甘いのが嫌いだって。私に気を使って我慢してくれたってことなんですよね?」
あちゃー。
そう受け止めたのか。
俺を頭をかいた。
弁償してもらっても別にいいけど、なけなしのバイト代を奪うのは気が引けるよなぁ。
「違うよ。本当に美味かったんだ」
ちゃんと理由を説明して、納得してもらうか。
「あの、俺さ。今年の春から社会人になったばっかなんだよ。大学卒業して、働き始めたってわけ。そうすると、思ったよりも仕事がキツくってさ。怒られまくりなんだよ。んで今日も上司に怒鳴られてさ」
わざとおどけたように肩をすくめて見せる。
「ちょっと落ち込んでたんだけど。甘いのを飲んだら、そんな気持ちが吹っ飛んだんだよ」
それは嘘偽りのない事実だった。
「疲れたときに甘いのが効くって言うけどさ。心が疲れてるときにもバッチリ効くんだな。知らなかったわ。君のおかげだよ。そういうわけだから。むしろありがとう、丸山さん」
「あ、こ、こちらこそ!」
俺の言葉に、女の子の表情がぱぁっと輝いた。
「そ、そっかぁ、本当によかった」
ほっと胸をなでおろし、しみじみとつぶやく。
大げさだなぁ。
まぁ、この子にとっては一大事だったのかも。
「でも、あれ?」
女の子が、ふと気がついたというように首をかしげる。
「ん?」
「お客様、どうして、私の名前を?」
し、しまったぁぁぁ!!!
今度は俺が頭を抱える番だった。
さらっと苗字で呼んでしまった。
名札を見て覚えていたとか、キモ過ぎるじゃないか。
「ちょっと優しいお客さん」から「変態粘着男」へ転落だ!!
べ、弁解せねば。
「あ、いや、その……」
返答に詰まる俺。
やべぇ。
うまい言い訳がなにも出てこねぇ。
そんな俺を、すごく純粋な瞳で女の子が見つめてくる。
うぐぐっ、どうすれば。
「……ちゅ、注文のとき、名札を見て覚えてしまいました。ごめんなさい」
数秒間粘っていろいろ考えて、結局観念した。
恥ずかしい事実を告白。
なぜか敬語で謝る俺。
でも、女の子は。
「わぁ、そうなんですね!」
ぽんっと手を合わせて、ますます笑顔になった。
「なんだか、すっごくうれしいです!」
「え?」
「あ、そ、そのぉ……」
女の子が照れくさそうに言った。
「ふ、普段、頑張ってもなかなか名前って覚えてもらえないから。ちゃんと私の名前を見て、覚えてもらえたのって、その、す、すっごく幸せです」
そういうものなのか?
女の子の言葉は、バーガー屋のアルバイトとしてはちょっと違和感があるような気がした。
何か、他のことを言っているような感じというか。
うーん。
考え込む俺をよそに、女の子がトンでもないことを訊いてきた。
「あ、あのぉ、お客様はなんていうお名前なんですか?」
「へ?」
「あ、い、いえ、そのっ」
変なことを訊いてしまったと自覚しているのか、女の子がわたわたと両手を振る。
顔が赤くなっていて、なんだか可愛い。
「あ、あのっ。せっかく私の名前を覚えてもらっていたから、そのぉ、わ、私も、あなたの名前をちゃんと知りたいなって、思い……まして」
恥ずかしいのか、最後のほうは消え入るような声。
こうなってくると、教えないほうが意地悪な気になってくる。
「あ、その。俺は、森嶋悠だけど」
「森嶋悠さん……素敵な名前ですね!」
女の子が微笑んだ。
「そ、そう?」
こっちまで恥ずかしくなってくる。
「はい。あ、そうだ。私は、その。彩です」
「え?」
「し、下の名前ですよぉ」
はにかんで言った。
「あ、あなたがちゃんと名前まで教えてくれたから。私のほうもお返しです」
言ってから、はっと気がついたように頬を赤らめた。
「そ、そういえば。お、男の人と、名前を教え合ったのって、は、初めてかもしれません」
もじもじと指先をあわせている。
か、可愛い。
俺も照れてしまい、思わずお互いに黙りあってしまう。
って、何してるんだ俺たちは。
ってか、俺。
かなり年下の女の子相手になにやってるんだ。
い、意識しすぎだろ。
「そ、そっかぁ」
ようやく、そっけない言葉を搾り出した俺なのであった。
※ ※ ※
それから、ちょっとお喋りしながら帰路を二人で歩いた。
「あ、ここでお別れです」
三叉路に着いたとき、彩ちゃんがそう言った。
三叉路の先は、住宅街ではなく、ビルが多いオフィス街に通じている。
「実はこのあと、別のお仕事がありまして」
「え、まだアルバイトするの?」
もう完全に夜だけど。
「アルバイトというか……まぁ、その」
なにやらもごもごと歯切れが悪い。
夜のお仕事って、へ、変なことしてるわけじゃないよな?
ってなに考えてるんだ俺は。
こんな真面目な子が変なバイトするはずないだろ。
「す、すっごく大切な夢がありまして。それに向かって頑張る用事があるんです」
わかるようなわからないような謎な表現だな。
「あ、あの、今日初めてあった人にこんな子と言うのは変ですけど。わ、私、頑張ってきます!」
そんなことを言ってガッツポーズ。
言葉のニュアンスから、本気っぽい熱っぽさが感じられた。
「おぅ。なんだかよくわかんないけど、頑張ってきな!……えっと、丸山さん」
せっかく教えてもらったし、下の名前で呼ぼうかと思ったけど、恥ずかしいからやっぱやめた。
へたれか、俺。
「はいっ!」
彩ちゃんは満面の笑みで微笑んだ。
※ ※ ※
そこから先は一人で帰宅。
アパートのベッドに寝転んでも、まだ少しドキドキとしていた。
脳裏に彩ちゃんの微笑んでいる顔が浮かんだ。
すごく可愛いんだけど、顔立ちは少し幼げ。
たぶん、まだ16、7歳だろうな。
7つぐらい年下の女の子相手に何をときめいてるんだ、俺は。
「丸山彩ちゃんかぁ」
なんか成り行きでお互いの名前を教え合ってしまった。
ついでにアドレスでも交換すればよかったかなとちょっぴり思いつつも、俺にそんな勇気はない。
「またお店に来てください」とか言ってくれたけど、まぁたぶんリップサービスだよな。
あれだ、本気にしたらキモがられるやつだ。
ため息をついて、なんとなくラジオをつけた。
深夜のラジオは、音楽番組だった。
そんなに音楽に詳しくはないけど、流している分には害はない。
むしろちょうどよい退屈しのぎだ。
俺は、買い置きしていた缶ビールを開けた。
流行のバンドが何組か紹介されていく。
流行に疎いからよく知らないけど、ガールズバンドってのが最近は人気らしい。
5、6組ぐらいのバンド紹介された後で、ひときわ初々しい感じの歌が流れ出した。
まだ慣れてない感じの歌声。
新人かな?
曲調はかわいらしくキラキラしていて、ロックバンドではなくアイドルって感じだ。
でもギターとかはちゃんと鳴っている。
聴きやすいし、いいね。
ビールを喉に流し込みながら、その曲に聴き入った。
しかし、なんかこの声、聞き覚えがあるんだよなぁ。
と、歌が終わり、DJらしき男のおしゃべりが始まった。
「えー、たった今お届けしましたナンバーは、Pastel*Palettesさんの〝しゅわりん どり〜みん〟でしたー。えーっと彼女たちは、新人アイドル5人組なわけですが、今スタジオに来てくれてるんですよねー。いますかー?」
「こ、こんにちわ! Pastel*Palettesです!」
5人の女の子の声が重なる。
「いいね、初々しいねー。これがファーストシングルだっけ?」
「は、はい! そうです!」
さすがアイドル。
声だけでも可愛いな。
やっぱりなんか聞き覚えがあるような気もするが、気のせいだろう。
「で、そこそこ売れてるの? なんかやらかしちゃったんでしょ? ライブで」
DJの男は、そういう芸風なのだろう、ちょっといやらしい感じに質問をする。
ってか、やらかしたのか?
何を?
「いや、それはその」
なんとなく聞き覚えのある声の女の子が、答えに窮している様子。
「え、えぇっと、ど、どうしよう。こんなの台本にないよぉ」
おいおいおい、困り果ててるじゃん。
っていうか、口に出してそれを言っちゃだめでしょ。
思わず突っ込みを入れそうになる。
すると。
「確かにデビューライブでは機材トラブルがありましたが、そのあとは順調です。ライブハウスではありませんが、路上でのライブも行っていますし、地道にシングルの手売りなどを頑張っています」
困り声の女の子に助け舟を出すように、毅然とした声の別の女の子が言った。
ハキハキとしたしゃべり方。
いかにも頭の回転が速そうだ。
「あ、ありがとう〜」
「生放送でお礼は良いから」
「あぅっ」
漫才みたいなやりとり。
ある意味息ぴったりなのかな。
「ふーん。で、これタイトルの意味はなに? しゅわりん どり〜みんって印象的だけどよくよく考えると意味がわかんないよねー」
DJが問いかける。
マジで嫌味なヤツだなコイツ。
「ええっと、それは……」
またもや答えに窮する女の子。
と、別の子が声を上げた。
「意味なんてどうでもいいと思うよ? なんかフィーリングでいいんじゃない? たぶん恋したらしゅわしゅわ〜ってなるでしょ? したことないけど」
今度は飄々とした声の女の子だ。
ナイスアシスト。
嫌味なDJを見事に煙に巻いた。
「そ、そうかな」
DJがたじろいでいるのが少し面白い。
「ま、まぁそれじゃ、タイトルの意味は置いといて。君たち楽器ができるんだって? アイドルでは珍しいよね。この曲のレコーディングの苦労話とか聞かせて欲しいなー」
DJの声音には、小ばかにしたような空気があった。
どうせたいした演奏できないんだろ、みたいな。
「あ、それはですねぇ」
するとまた別の女の子が、いきいきとした声を上げた。
「ドラムの話になっちゃいますけど、ハイハットの刻み方にすごく工夫しているんですよ。拍子の間にしゃって入ると心地良いと思うんですが、入れ過ぎるとくどいので、バランスをよく考えました。あとは、音全体のリバーブのかけかたをですねぇ」
「あ、も、もう大丈夫だから」
DJが慌てて会話を中断。
ちゃんと、かなり楽器に詳しい子もいるみたいだな。
「え、えっと、君は何も話してないね。何か意気込みはあるのかな?」
さすがに分が悪いと感じてきたのか、DJのおっさんの質問にもキレがなくなってきた。
すると、最後に話を振られた女の子は、待ってましたとばかりに元気に答える。
「意気込みですか? もちろん、ブシドー!です!!」
は?
「ぶ、ブシドー?」
「はい! ブシドー!!」
謎の自信たっぷりにブシドーを連発する女の子。
その言葉を発するのが楽しくてたまらないといった様子。
ど、どうやらPastel*Palettesって、かなり個性派ぞろいみたいだな。
でも、そういう変なところも含めてなんか可愛いかも。
さすがアイドルだ。
顔が見えないラジオだっていうのに、おしゃべりの掛け合いだけでちゃんと可愛いって感じさせたんだから。
俺が感心していると、DJが言った。
「そ、そろそろ時間だね。そ、それじゃメンバー紹介して終わりにしよう。えぇっと、ピンク髪の君からどうぞ」
「ふぇ、わ、私からですか?」
「彩ちゃん、結局なんにもしゃべってなかったじゃん。ちゃんとアピールしないとマズイよ?」
「ひ、日菜ちゃん。うぅぅ緊張する」
すーはーと深呼吸の音。
「ま、まんまるお山に彩りを。Pastel*Palettesふわふわピンク担当の丸山彩です!」
謎のキャッチフレーズ。
しかし、そんなことよりも、俺は彼女が名乗った名前に聞き覚えがあった。
丸山彩?
え?
まさか。
同姓同名か?
いや、しかし、そうだ。
ラジオが始まった時から感じていた聞き覚えのある声。
この声って……。
「あははー。いつも通りの変な彩ちゃんだー!」
「あ、彩ちゃん。ラジオなんだからポーズはいらないのよ」
「え、えぇ~?」
スタジオ内が爆笑している。
一方、俺は唖然としていた。
やっぱり、そうだ。
この既視感のある声。
名前も全く同じだし、間違いがない。
つい2時間ほど前に俺がしゃべっていた女の子じゃないか。
三叉路での別れ際に彩ちゃんが言った言葉を思い出した。
『実はこのあと、別のお仕事がありまして』
そうか。
お仕事って、このことだったんだ。
深夜のラジオ生放送なら、あの時間からビル街に向かって行ったことも納得できる。
可愛いとは思っていたけど、まさか新人アイドルだったのか。
「以上、Pastel*Palettesのみなさんでしたー」
番組が終わった。
俺は、ラジオのスイッチを消した。
唐突にやってくる静けさ。
ばふっと、ベッドに体を横たえた。
音は消えたのに、可愛らしい声がまだ耳の奥にかすかに残っているような気がする。
それは、ひどく心地よい気分だった。
俺は、ルームライトを眺めながらつぶやいた。
「アイドルって、普通にハンバーガ屋さんでバイトしてるんだなぁ……」
※ ※ ※
翌日から、仕事をするときもどうにも彩ちゃんのことを考えるようになってしまった。
全部あのラジオのせいだ。
ラジオでPastel*Palettesに興味を持った俺は、ついついネットで検索。
いくつか上がっていた動画とか、全部見てしまった。
「やらかしちゃった事件」ってのもどういうものか、把握した。
デビューライブで口パクってのが、ばれちゃったみたいだな。
まぁ、たしかにやらかしちゃった感はあるけど、俺としてはあまり気にならないな。
実際に口パクをやってるアイドルなんて普通にいそうだし、そういうのって彩ちゃんたちが決めるんじゃなくて事務所の意向だろうし。
それに、失敗があってもめげずに頑張ってるって姿が胸を打った。
なんとなく、仕事で失敗続きの自分に重なったのだ。
俺は結構打たれ弱いから、叱られたりしたらすぐに逃げてしまいたくなる。
彩ちゃんたちは、俺が上司に叱られるとかいうレベルじゃない非難の渦に身を置いているはずだ。
たくさんのファンやアンチたちに常に囲まれているわけだから。
あのラジオDJの嫌味な質問も、もしかしたら口パク事件が絡んでいるのかもしれないし。
常にそういう攻撃にさらされながら、それでもライブを続けたり、ラジオに出たりしている。
それは、すごく勇気のいる行動のはずだ。
俺は、知り合いの彩ちゃんだからという理由以上に、Pastel*Palettesを応援したいなと思うようになっていった。
CDショップに行くと置いてなかった(本当にまだマイナーみたいだ)ので、通販サイトでデビューシングルも買った。
通勤中とか毎日聞いていて、ちょっとしたファン状態だ。
なのだが……。
「あ! 森嶋さん! 今日も来てくれたんですね!」
「お、おぅ」
満面のスマイルの彩ちゃんを前にしてあいまいに頷く俺。
「いつものセットですか?」
「そうだね。いつもと同じやつで」
「かしこまりました!」
今日も普通に会社帰りにチーズバーガーセットを注文。
あれから2週間がたつというのにいまだに「ラジオ聞いたよ」の一言が言い出せないでいた。
それどころか、せっかく教えてくれた名前を呼ぶこともできないでいる。
もともと仕事帰りに頻繁に寄っていたから、相変わらずハンバーガー屋には顔を出しているというのに、だ。
おいおい、思春期の少年か、俺は。
いや、しかし。
実際彩ちゃんに面と向かうと、なんだか言い出しにくいのだ。
むこうから 「私アイドルやってるんです」と宣言したわけじゃないし、一緒に帰った日も「特別なお仕事」としか言わなかった。
もしかしたら、隠したい理由があるのかもしれないじゃん?
その、「アイドルって知ったら粘着されそう」とか思われてるかもしんないし。
もちろん、そんなこと考えるような子じゃないってのはわかってるんだけど。
それでも、怖いんだよなぁ。
拒絶されるのが。
「ん?」
じっと見つめていた俺を、不思議そうに見つめ返す彩ちゃん。
か、可愛い。
だが俺は首を振った。
「あ、ごめん。何でもないんだ」
そうつぶやいて、商品の乗ったトレーを受け取った。
※ ※ ※
雑念を振り払うように一心不乱にポテトを口へ運ぶ。
だが、どうしても目線は彩ちゃんがいるカウンターへと向いてしまう俺。
彩ちゃんはバーガー屋の制服に身を包んで一生懸命働いている。
彼女がアイドルだということに気が付いているお客さんはいない様子だ。
それもそうか。
お店で店員さんの顔をそんなにじろじろ見ることなんて普通しないもんな。
仮に、ちょっと可愛い女の子だなと思ったとしても、だからアイドルだなんて発想には至らないだろう。
この空間にあっては、彩ちゃんは路傍の石と同じ。
誰の目にも止められない存在なんだ。
そしてそれは、アイドル活動をしているときも、同じなのかもしれない。
アイドルとはいえ、まだまだ新人。
デビュー時のトラブルもあった。
ネットに書かれていた記事によると、路上でチケットの手売りをしていたけど、ほとんど受け取ってもらえていなかったみたいだし。
だからあの子は、名前を覚えてもらえたことに喜んでいたんだよな……。
気が付くと、手元のウーロン茶が空になっていた。
あの日以来、メロンソーダは注文していない。
俺のチーズバーガーセットはいつもと同じラインナップに戻っていた。
「……」
立ち上がる。
ちょうど空いていたカウンターの彩ちゃんの前に立って行った。
「あの、追加注文いいかな?」
「あ、は、はい!」
「その……め、メロンソーダを」
なんか、照れくさい。
「え!? メロンソーダですか?」
驚いた顔の彩ちゃんに、言った。
「この前、飲んでから結構好きになったんだ。また飲みたくなった。その……ま、丸山さんの、おかげだよ」
はっきりと、よく聞こえるように、少女の名前を呼んだ。
「わぁっ」
彩ちゃんの笑顔が、ぱっと明るくなる。
「ありがとうございます! すぐにご用意しますね!」
ぺこぺこと頭を下げてから、踊るようにスキップをして、ジューススタンドへ。
Lサイズのメロンソーダを差し出してくれた。
「あ、Mサイズでいいよ」
「内緒のオマケです」
そんなことを言ってペロリと舌を出した。
席に戻ってゆっくりとメロンソーダを飲んだ。
それはやはり甘ったるい味だったけど、案外美味しかった。
※ ※ ※
その日の帰り道。
「あ! 森嶋さん!」
後ろから声をかけられた。
振り向くと、学校の制服姿の彩ちゃん。
バイトが終わったのだろう。
ここ2週間、帰り道が一緒になることはなかったんだけどな。
「いつも遅くまで本を読んでいるんですね」
てててっと俺のそばまで駆け寄ってくる。
「ま、まぁ、仕事帰りの日課だからな」
「どんな本を読んでるんですか?」
「うっ、そ、それは、その、しょ、小説だ」
ラノベということは一応隠しておこう。
「あ、そういえば!」
「な、なに?」
「今日、注文の時に名前で呼んでくれましたね『丸山さん』って」
「ま、まぁな」
「えへへ。うれしかったです」
「そ、そっか」
あ、なんか、ちょっといい空気かも。
今このタイミングで言っちまうか?
ラジオ聞いたよって。
「あ、あのさ」
「あのっ」
俺と彩ちゃんの声が重なった。
なんつータイミングだ。
「あ、先に言っていいよ」
またもやヘタレな俺。
「ありがとうございます。メロンソーダ注文してくれたお礼が言いたくて」
「お礼なんていいよ。俺が気に入って頼んだんだし」
「でも、なんだかすごくうれしかったから」
そう言ってほほ笑む彩ちゃんを見ていると、このままでいいかなと思えてきた。
下手にラジオ聞いたよとか言っちゃうと、今の関係が壊れてしまうかも。
「森嶋さんは何を言おうとしていたんですか?」
「ん。忘れちゃった」
「え~? なんですかそれ」
「大したことじゃなかったから」
「怪しいなぁ。隠し事ですか?」
そんなたわいもないじゃれあいを楽しむ。
三叉路にたどり着いた。
「あ、それでは、私は向こうへ」
「この前もそうだったね」
「はい! この道で帰るときは、もう一つのお仕事に行くときなんです」
そういうことか。
ってことは、今日はラジオの収録なのかな。
「大事な仕事っていってたよね」
「はいっ!」
元気いっぱいに彩ちゃんがうなづく。
「いつも、お仕事の前って緊張するんですけど。今日は森嶋さんとおしゃべりできたから、緊張がほぐれました」
それでは行ってきます、と手を振って彩ちゃんがビル街の方向へ。
俺は、頬が熱くなるのを感じていた。
※ ※ ※
その日の深夜、ラジオをつける。
ネットで調べたら、ビンゴ。
今夜Pastel*Palettesは、ラジオのトーク番組に出演するらしい。
しばらく待っていると、トークが始まった。
メンバーがそれぞれ、近況とか学校での出来事とか、他愛もないことを話していく。
そんなゆるいトークの途中、彩ちゃんがこんなことを言った。
「あ! そうだ! 今日実はとっても素敵なことがあったんだ」
「なになに? 彩ちゃん」
興味津々の様子で、メンバーの日菜ちゃんって子が問いかける。
「アルバイト先のお話なんだけどね、いつもウーロン茶を注文するお客様がメロンソーダを注文したの」
「それがどうしたの?」
「そのきっかけが、私だったの。もともとは、私が注文を間違えてメロンソーダを入れちゃったのがきっかけで」
「あはは。彩ちゃんらしいね」
「ま、まぁね……。でもでも、それがきっかけで、メロンソーダを好きになってくれたって! なんかすごくうれしいよね」
「優しい人だね」
「優しい……うん! すっごく優しい人!」
「その人は彩ちゃんがこういうアイドルやってること知ってるの?」
「し、知ってるわけないよぉ。全然まだまだ有名じゃないんだし。でも、そうだな。うん。いつか、アルバイトとしての私じゃなくて、アイドルとして。あの人にも、歌を届けられたらいいな」
「彩ちゃん、顔赤いよ」
「ふぇぇ? そ、そ、そんなことないからー!?」
「あの、彩ちゃん、その人って男性じゃないわよね? 私たちは恋愛はご法度よ?」
白鷺さんが的確な突っ込みを入れる。
「ち、ちがっ、まだ全然そういうのじゃなくて!」
「まだ?」
日菜ちゃんのニヤニヤ声。
「あーもうっ。この話は終わりーー!」
あ、強引に終わらせた。
「そ、それではいろんな人に届くように、一生懸命歌います! しゅ、しゅわどり〜みん、聴いてください!」
音楽が始まった。
スタジオライブの日だったのか。
恥ずかしがっているのか、彩ちゃんの歌声は音程が外れ気味だ。
しかし、そういうところも愛嬌があって可愛い。
「しかし、まさか俺の話題が出てくるとは……」
アイドルのラジオで自分のことが取り上げられるなんて寝耳に水もいいところ。
ちょっと照れくさいが、うれしかった。
俺とのたわいもないやり取りを、彩ちゃんも喜んでいてくれたんだな。
「し、しかし、さっきのトークを実は俺が聞いていましたっての、ますます言いにくくなっちゃったな」
苦笑いする。
メンバーの子たちにからかわれていたしいたし。
恥ずかしがり屋の彩ちゃんが、実は本人が聞いていたってことを知ったら真っ赤になって失神しちゃうかもしれない。
そんな様子を想像すると、思わずほおが緩んでくる。
彩ちゃんって、ふわふわしていて、可愛くて。
ふいに、メロンソーダの甘い味を思い出した。
(終わり)
ちゃんと彩ちゃんになっているでしょうか。
書くの難しかったです。