朝。少しだけ遅めの時間。
「…………ん」
窓から差し込む太陽の光を受けて、真姫はゆっくり目を開けた。今日は日曜日。学校も無いし、μ'sの練習も休みだ。──夕方から、一つ楽しみな予定はあるのだが。
目覚ましに頼らない悠々自適な起床も悪くない。少しだけ上機嫌の真姫は、身体を起こす。
「あ、真姫ちゃん起きたにゃ〜。おはよう!」
すぐ横から聞こえてくる元気な声。
「ええ、おはよ、凛」
つい反射的に返してから、
「……ん?」
真姫は違和感に気付く。
「⁉︎」
人生最速とも思える速さで横を向くと、床に座ってニコニコ顔でこちらを眺める同級生の姿が。
「り、凛⁉︎ 何でここに⁉︎ どうやって入ったのよ!」
「真姫ちゃんのお母さんが、まだ寝てると思うから部屋で待っててあげて、って」
「ママ……!」
身近な犯人に届かぬ苦情を飛ばす真姫。
「それにしても、真姫ちゃんの寝顔、可愛かったにゃ〜。こんな時間までスヤスヤ寝ちゃうなんて、今日のお誕生日会が楽しみで夜更かししちゃった?」
「あなたじゃないんだから、そんな訳ないじゃない!」
笑顔に向かってチョップを繰り出すが、
「よっ」
華麗に回避されてしまう。
「へへーん、寝起きだから攻撃にキレが無いにゃ! そんなの当たらないよ〜」
「り〜ん〜!」
つい追いかけたくなったが、そもそも何故凛はここにいるのだろうか。今日の予定──もとい、μ'sのメンバーが企画してくれた誕生日パーティーは夕方なのだ。だからこそ、真姫は自然に起きるに任せたのだから。
「……なんであなたはここにいるのよ。勝手に部屋まで来て、私を起こすでもなく」
追いかけてこないと分かったのか、凛は立ち止まりこちらに向き直る。
「一番にお祝いしたかったから!」
「……それだけ?」
「あー真姫ちゃんそういう事言うんだにゃ! せっかく凛が早起きして駆けつけたのに!」
「頼んでないわよ」
「真姫ちゃん酷いにゃー! こうなったら……さっき撮った幸せそうな寝顔、μ'sのグループメッセに投稿しちゃうにゃ!」
「ちょ……⁉︎」
慌ててベッドから飛び降りた真姫は、阻止しようと凛に駆け寄る。のだが、掛け布団が脚に絡まりバランスを崩してしまう。
「わ、わっ……」
「! 真姫ちゃん危ないっ!」
流石の反射神経と言うべきか、真姫が倒れる寸前に凛がその下に滑り込んだ。
「──ムギュ」
潰されて変な声を上げた凛だったが、
「だ、大丈夫? 怪我は?」
「平気にゃ!」
問題はないようで、元気に立ち上がった。
「真姫ちゃんは?」
「私も大丈夫……。その、ありがとね」
「どういたしましてにゃ!」
凛は笑顔で答える。
ふと、真姫は床に落ちた小さな紙袋を見つけた。平べったく掌に乗るほどのそれは、何かの包装紙。真姫に見覚えはなく、先ほどまでは無かった。
「凛、これ落とした?」
ならばと持ち主と思われる人物に訊いてみるが、
「あっ……! そ、それは……」
何やら返事はハッキリしない。
「? 凛のじゃないの?」
「え、えーっと……元はと言えば凛のなんだけど、予定ではそうじゃなくなるっていうか……。確かに買ったのは凛だけど、目的は違くて……」
「さっきから何言ってるのよ。これは凛の? 違うの?」
どっちつかずの言葉で口ごもる凛に、真姫は首を傾げる。
「──あーっ!」
すると、突然大声を上げる凛。思わず肩を縮こませた真姫が抗議の声を出す前に、
「今日のパーティーで、海未ちゃんから頼まれてたおつかいがあったんだにゃ! 凛、もう行かなくちゃ!」
凛はバタバタと部屋から出て行こうとする。
「え、ちょっと凛⁉︎」
「それ、真姫ちゃんにあげるにゃ! 凛は使わないから、特別!」
ビシッ、と真姫の手の中の紙袋を指差し、凛は部屋から飛び出していく。
「真姫ちゃん、お誕生日おめでとうにゃ!」
それだけを言い残して。
「何なのよ一体……」
自室にいながら取り残された真姫は、ひとまず手元の紙袋を開けてみる。そこには、
「……ヘアゴム?」
シンプルな黒いヘアゴムが、一つだけ入っていた。
「凛、ヘアゴムなんて使ってたかしら。──ん?」
よく見ると、ヘアゴムには赤いラメが散りばめられていた。上品なワインレッドの輝き。
──真姫は、全てを悟った。
ふと窓の外を見やると、
「にゃぁぁぁぁ──っ!」
全速力で突っ走る巨大猫の姿が。
「りーん! ありがとねー!」
窓から礼を送ってみるが、返事はなかった。
「──ふふっ」
小さくなる後ろ姿を眺めながら、
「楽しみね」
真姫は小さく微笑んだ。