アインハルトside
今わたしと先ほどまで手合わせ(無理矢理)していた彼女は臨戦態勢をとっています。それも、目の前に居るキレている少年に対してで
す。私は彼の事を知っています……エロで変態という事で有名で、わたしと一緒のクラスの男子生徒です。ですが、今目の前に居る彼があ
の『彼』……三島一也さんと同一人物だと言われても信じきる事が出来ませんし、彼の事を知っているクラスメイトに話しても、多分信じ
てもらえないでしょう。
それ程までに今の彼から溢れ出ている威圧感が物語っています。
流れる冷や汗が額を伝い、頬を流れ、下顎まで伝って来るのがハッキリと分りますし、両足が震えてまともに動いてくれるかが心配です。
更に拳を作っている手は、嫌な汗が溜まり悪い状態です。
彼が一歩ほど足を動かした瞬間、場の緊張感が一気に高まり。そして、わたしとノーヴェ・ナカジマさんは、緊張感を高めていつ攻撃され
ても良いように構え彼の一つ一つの動きに細心の注意を払う。
彼から一時も目を離すことが出来ません。もし、瞬きや視線を一瞬でも外したらやられてしまいそうな、そんな感じです。
「!!」
突如として、私の視界から彼の姿が消えた瞬間。
「ガッ!」
「え? いつ?!」
強烈な打撃音と共に、ノーヴェさんの身体が私の真横を吹き飛んで行き壁に叩きつけられて地面に仰向けで倒れていました。わたしがそ
の事に気づいたのは、ノーヴェさんが壁に叩きつけられた爆音が聞こえてからでした。何時の間にかノーヴェさんが立っていた場所には、
彼が正拳突きをした姿があり、その足元のコンクリートが陥没していました。それはノーヴェさんも一緒のようで、痛みに堪えながらも顔
に『何時の間に?!』というのが表情に出ていました。わたしは疑惑の声が何時の間にか口から洩れていました。しかも無意識に……。
彼の『入り』と『抜き』が早すぎて捉える事が出来なかったし、視界にも映らなかった。
「構えを解くなぁぁあぁぁ!!!!」
「ガハッ!!」
ノーヴェさんの叫び声が聞こえた時には、もうすでに彼が何時の間にか目の前に居て、というより懐に入られていました。彼の繰り出し
た掌打がわたしの腹部に深々と突き刺さった瞬間、目の前が一瞬真っ白になり、身体が文字通り『く』の字に折れ曲がり防具服の背中部分
が吹き飛ぶのと同時に浮遊感が襲ってきた。内部からくる激痛により、曝け出された背中が壁に叩きつけられた感覚が無く、肺に溜まって
いた酸素が口から一気に吹き出て地面に倒れ伏せしまい、視界と意識がハッキリしない状況に陥ってしまった。
わたしは恐怖と共に驚愕していました。たったの一撃で、此処までのダメージを負わされた。しかも、相手は魔法も、防具服。ましてや
武装もしていない相手にだ。
視線を前に移動させた。未だにわたし達に向けて、重圧な威圧感を放っている彼の姿があった。
ゾクリと背筋が凍え、手足の震えが誰が見ても分かる程震えているアインハルトの姿があり、ノーヴェは両膝に両手を着けて立ち上がる
姿が見受けられた。
彼女たちは完全に彼の先の一撃により、相当なダメージを負わされていた。
「はぁぁぁぁ!!」
立ち上がったノーヴェさんが、一吼えしどっしりと構えた時、ノーヴェさんの雰囲気がガラリと変わりました。そして、魔力が一気に高
ぶったのが分ります。本気になったのでしょう。わたしの時は、やはり手加減をされていたみたいですね……悔しい。彼の動きを見ただけ
で、彼に手足も出ないほど全く敵わないという事を自覚させられた事。そして、同い年の彼とこれほどまでの差があるのが悔しい。わたし
は、知らず知らずのうちに血が滲むほど両手を強く握っていました。
ノーヴェside
立ち上がれたのは良いけど、大分足に来ている。たった一撃であんな重いのを喰らったのは初めての経験だった。姉貴達よりも一撃が重
く早い。いくらあたしが本気を出しても勝てるかどうか……いや違う。正直に言えば勝てる気が全くしない……でも、負けるわけにはいか
ない。あたしらのせいで目の前の少年が暴走してしまった?
「今、あたしが落ち着かせてやるからな。ジェットエッジ!! 行くぞ!!」
『Yes,my road.』
一撃でボロボロになっていた防具服が修復され、しっかり地に足を着けて構え……力強く地面を蹴った。約5m程離れていた距離が一瞬に
して0になる。その速さにアインハルトは、完璧にとらえる事なんて出来ていなかった。ノーヴェは彼の間合いに入ったのと同時に懐に飛び
込んで、魔力運搬により肉体強化された渾身の右ストレートを放った。
「な?!」
しかし、それが決まる事は無かった。彼は彼女の放った右ストレートを防ぐので無く、彼女の拳を文字通り真正面から握っていた。それ
は彼女を驚愕させ、動きを止めるのに十分過ぎた。だが、それも束の間。もう彼は次の行動に出ていた。
拳を掴んでいた腕を一気に振り上げた。それも、ノーヴェの身体ごとだ。彼女は正拳突きが真正面から握られたという事を脳内でシッカ
リ整理する前に、急激な浮遊感が襲ったためにパニック状態に陥ってしまった。彼は振り上げた腕をそのまま一気に地面に向けて振り下ろ
した。
「ガっ!!」
背中から叩きつけられたパニック状態のノーヴェは、受け身をとることが出来ず肺に溜まっていた酸素が口から一気に放出させた。更に
地面に叩きつけた瞬間、彼が手を放したために身体が地面に叩きつけられた反動によりバウンドして、宙に浮いた。
視界が一気に狭まった。ノーヴェは何をされたのか全く分らないが、ヤバイという事だけは本能的に感じ取っていた。一也がノーヴェの
顔を掴んでいたのだった。彼はそれを、彼女ごと地面に叩きつけた。しかし、ノーヴェはギリギリの所で両手を頭の後ろに回したおかげで、
大事には至らなかった。
それでも、叩きつけられた部分は、完全に陥没し周囲に小さな亀裂を走らせていた。
その瞬間、彼に大きな隙が出来た瞬間でもあった。それを見逃すほど余裕のある状況じゃないノーヴェは、顔を掴んでいる手を両手で掴
んで、更に両足をその腕に絡ませて地面に倒た。顔を掴んでいた手が外れた。腕挫十字固(うでひしぎじゅうじがため)を決める。コレで、
この少年は下手に動けないハズだ。そう、読んでの行動だった……そのハズだった。
「う・そ・だ・ろ」
体格的にも、身長的にもあたしよりも小さいコイツは、あたしの腕挫十字固(うでひしぎじゅうじがため)を決められている状態のまま
立ち上がった。あたしは開いた口がふさがらず、何も言えなかった。今あたしと戦っているこの少年は、あまりにも規格外すぎる。速いと
か、力があるとか、技があるとか、戦技能力が高いとかいう事ならどれだけ良かったものか。少年のその強さはそんな生易しい問題じゃな
い。何かが違う。そう、根本的な部分で違い過ぎる。
「うおおおおぉぉぉぉおおぉお!!」
「な?! 放すもんかぁぁぁあぁぁぁあ!!」
吼えながら、あたしが彼に決めている腕挫十字固(うでひしぎじゅうじがため)の腕を無理矢理、力づくで剥がしにかかってきた。あた
しはフルパワーで剥がされない様にしてるが、無理だった。
そんな事は分りきった事だった。あたしから離れた腕は、あたしの顔を掴もうと迫り来る腕に向かって電撃を帯びた拳『スタンショット』
を放った。あたしの反撃に獣並みの反射神経で反応して、空いている腕でガードした。その瞬間、彼の身体に電流が流れ一時的に彼の動きを
止めることに成功した。
「喰らえッ!! リボルバースパイク」
地面を力強く蹴って、地面を跳び回し蹴りを彼の側頭部にぶちこんだ。まともに喰らった彼は、棒切れの様に吹き飛んで壁に叩きつけられ
地面に倒れる。しかし、ノーヴェの表情は全く優れてなく、どちらかというと苦虫を噛み潰したような表情をしていた。
アイツ、あたしのリボルバースパイクが側頭部に触れた瞬間、真後ろにバックステップしたのと同時に、首を折る勢いで捻って威力を完全
に殺していた。完璧に見切られていた。
周りから見たら完全に決まっていたように見えるが、分る奴には分かる。何よりも決まった時の手応えが殆んど無かった。つまり、アイツは
そんなにダメージを負っていない。あたしは構えを解かない、解くわけにはいかない。もっと神経を集中させ、アイツを見る。
「やっぱり、殆どダメージが無い。」
アイツは何事も無かったようにムクリと立ち上がった。アイツにダメージが殆ど無いという事は分っていたけど、結構ショックだった。あ
たしの放った渾身の一撃がこうも簡単に見切られた上に、殆どダメージを負っていない。
立ち上がった彼が、こちらを向いてニヤリと笑った。ノーヴェの背筋が凍り、鳥肌がブワッと総立ちになった。生物としての本能が勝手に
身体を動かした。両腕をクロスさせて防御の態勢に入ったのと同時に、あたしの視界から彼の姿が音も無く消えた次の瞬間。
「!?」
彼はすでに目と鼻の先に居て、凶悪な拳が高速で向かってくるのが見えた彼女は、物理魔法障壁を瞬時に展開して両腕をクロスさせた前に
張った。だが、それすらも凶悪な拳の前では、紙屑同然だった。彼の拳が彼女の張った物理魔法障壁に衝突したとき、言い表せない衝撃が全
身を襲った時には、パリンという鏡が割れたような音がやけに、耳に残った。
「グアハァツ!!!」
物理魔法障壁をぶち抜いた拳は、彼女が防御の為にクロスさせた両腕真上に弾き、拳は彼女の丁度左胸に突き刺さった。まるで、高速で走っ
ている重量級の車に轢かれたと思わせる様な吹っ飛び方をしたノーヴェは、何度も地面をバウンドし、壁をぶち抜いてやっとのことで止まった
が、完膚なきまでにボロボロにされた彼女は、それでも立ち上がろうとしていた。意識が混濁する中でだ。
そして、彼女は立ち上がり構えをとる。更にそんな彼女の隣先ほどまで、地面で倒れていたアインハルトが手足を震わせながらも構えを作っ
ていた。
「ノーヴェさん。すいません。わたしも一緒に戦います。」
「分ったけど、無茶はするな。」
コクリと頷くアインハルト。心身ともにボロボロなノーヴェに、恐怖を刻み込まれているアインハルト。そんな二人の共同戦線が今張られ、
第二ラウンドの鐘が鳴った。