巨乳JSの乳を触ったらヤンデレな許嫁になった件   作:青ヤギ

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パイタッチから始まるラブストーリー 後編

 同級生の女の子の乳を触ったら、その子が許嫁になった。

 

 こんな話をして信じる人がいったい何人いるだろう。

 だが事実だ。

 

 あれから、俺の小学校生活は激変した。

 

「おはようございます、ナガトくん。今日もいい天気ね」

 

 まずひとつ。

 毎朝、鷲尾さんが俺の家に訪れてくるようになったこと。

 

「あの、鷲尾さん……」

 

「何かしら?」

 

「何度も言ってると思うけど、わざわざこんな朝早くに迎えに来なくても大丈夫だって。大変だろ?」

 

「問題ないわ。もともと私、早起きだし。それに、許嫁として未来の旦那様の家に通うのは、おかしいことではないでしょ?」

 

「……鷲尾さん、やっぱりその許嫁って、本気なの?」

 

「当たり前です。ナガトくんにはしっかり責任を取ってもらいます」

 

 子どもの冗談でも何でも無く、俺は本当に鷲尾さんの許嫁として正式に認定されてしまった。

 お互い、両親の挨拶も済ませている。

 鷲尾さんのお母さんは名家の妻にしてはフランクな人で、一通りの事情を聞くと微笑ましそうな顔で了承した。

 

『この子は一度決めたら頑固なところがあるから……まあ、貴方が良ければこれから仲良くしてあげてね?』

 

 鷲尾さんのお母さんはそこまで本気で受け止めていなかったのか、娘の暴走を温かく見守るような感じだった。

 ちなみにお父さんのほうは終始笑顔だったが、目が笑っていなかった。あれは間違いなく『娘を泣かせたら、ただじゃおかんぞ』と語っていた。

 祖父より怖い大人なんて初めて見た。

 

 それからというもの鷲尾さんはこうして毎朝、俺の家に通っている。

 

「おばあさま。だし巻き卵できましたわ」

 

「ありがとう須美ちゃん。毎朝助かるわ」

 

「お気になさらず。許嫁として当然のことですから」

 

「あらあら、本当にナガトには勿体ないできたお嬢さんだこと♪」

 

 いつのまにか祖母とも打ち解け、朝食を一緒に作る仲になっていた。

 孫にとつぜん許嫁ができたことに、祖母はあっさりと受け入れていたが……

 

「終わりじゃぁ。西条家はもう終わりじゃぁ……あの鷲尾家に逆らうなんてできんじゃろうがぁ……」

 

 俺が鷲尾家に婿養子に行くという話を聞いて、祖父は完全に腑抜けてしまった。

 この国を支える組織《大赦》の中で、鷲尾家は発言力のある家柄のひとつだ。いかに気の強い祖父といえども、鷲尾家の意向には逆らえないらしい。

 まさか、あの厳格な祖父がこんなにフニャフニャになってしまうとは……。

 

「もうお爺さん、いつまでも潰れかけの弓道教室に拘ってもしょうがないでしょ? この機会にしきたりなんて無くして、ナガトには好きな道を選ばせてあげようじゃないですか」

 

 祖母としては、やはり幼い子が親元を離れて習い事の日々を送る古いしきたりには、思うところがあったらしい。

 鷲尾さんが来てからというもの、心にゆとりができたのか、祖父にハッキリ意見を言う場面が増えてきた気がする。

 

 好きな道を選ぶ。

 ずっと弓道教室を継ぐものだと思っていた俺にとっては、正直戸惑いが大きい。

 ましてや、急に同級生の女の子と将来結婚することになるだなんて……。

 

「では、行って参ります。さ、行きましょうナガトくん」

 

「う、うん」

 

 登校も、もちろん鷲尾さんと一緒だ。

 男子と女子が二人きりで登校すれば、とうぜん注目を浴びる。

 

「鷲尾さんと西条くんって、いつのまにそんなに仲良くなったの?」

 

 と、よくクラスメイトから聞かれるが、さすがに経緯を話すわけにもいかないので、許嫁については二人だけの秘密にした。

 

 そのはずだったが……

 

「ひゅーひゅー。毎日まいにちお熱いね~ご両人~♪」

 

「ビュオオオォォォ! 許嫁関係とかイマジネーションが滾るんよ~!」

 

「ご、ごめんなさいナガトくん。二人が『くすぐりの刑』で聞き出してきたものだから……」

 

 さすがに、いつも御役目で一緒の三ノ輪さんと乃木さんには隠しきれなかったようだ。

 ……まあ、しょっちゅう行動を共にしていたら、聞き出されるに決まっている。

 

 幸いだったのは、三ノ輪さんも乃木さんも、それをネタに過度にからかってくるタイプではなかったことか。

 ……乃木さんは何やら奇声を発しながらメモを取りまくっていたが。

 

「しっかし、須美の旦那候補とは。西条も苦労しそうだよな~。怖い目にあったりしてないか~?」

 

 三ノ輪さんにそう言って苦笑しつつ、俺のことを気遣ってくれた。

 

「まあ、何かあったらこの銀様に相談しろよ? 須美の弱点とかこっそり教えてやっから♪」

 

「……銀? それはどういう意味かしら?」

 

「え? いやだってさー。須美って恐妻家みたく旦那さん縛り付ける感じがあるじゃん? 結婚したら大変そうだな~って……ちょ、ちょちょ、顔怖いって須美~」

 

「ねーねー。二人はどこまで進んだの~? もう手繋いだ? デートした? それとも、もしや、もしやすでにチュウ~を……ビュオオオォォォ!」

 

「そ、そのっち!? もう~! なんてこと聞くの~!」

 

「おやおやぁ? 気になるな~その反応。どうなんだ須美~? ほらほら答えろ~!」

 

「きゃあ! もう銀までっ……だ、だめぇ! くすぐるのはダメぇ~!」

 

 女の子はやはりこの手の話題が好きらしく、御役目の三人組はわちゃわちゃと盛り上がっていた。

 本当にいつのまにか随分と仲良くなったものだ。

 

 

 

 しかし……。

 鷲尾さんは、どこまで本気なのだろうか?

 

 確かに、嫁入り前の娘さんの胸を触ってしまった。

 それは許されることではない。

 しかし、やはり結婚というのは好き合った者同士ですべきものだと思うのだ。

 

 鷲尾さんに不満があるわけじゃない。

 むしろ、俺には勿体なさすぎる女の子だ。

 だから、どうしても気になってしまう。

 ただ事故で胸を触ってしまっただけのこんな男を、生涯の伴侶にしていいのか。

 鷲尾さん自身は、いったいどう思っているんだろう?

 

 ある日、思いきって聞いてみた。

 本当に、自分と結婚してもいいのかどうかを。

 

「……それは、私との婚約を解消したいという意味かしら、ナガトくん?」

 

「え? いや、そんなつもりで言ったんじゃ……」

 

 虚ろな目を浮かべて逆に鷲尾さんが問い質してきた。

 

「それは、ダメよ。あなたにはちゃんと責任を取ってもらわないといけないの。私の胸を触ったのだから」

 

「で、でも! やっぱりお互いのこと良く知らないのに、婚約なんて! こういうのは、ちゃんと順序みたいなものがあると思うんだ!」

 

「……まさか、他に好きな女の子がいるの? だから婚約を破棄したがるの?」

 

「はい? いや、そんな相手いないけど……ぐぇっ!?」

 

 制服の襟をグイっと引っ張られたかと思うと、すごい剣幕で睨む鷲尾さんの顔が目の前にあった。

 

「……ダメよ? ダメよそんなの? 許さないわよ? 私という許嫁がありながら、他の子に浮気するなんて」

 

 ひえっ、と悲鳴が出そうになった。

 怖い。鷲尾さんがすごく怖い。

 本当に小学生か? と思うほどの迫力が、そこにはあった。

 

「も、もし俺が他の子を好きになったら鷲尾さんはどうするの?」

 

「死ぬわ」

 

「はい!?」

 

「あなたを殺して、私も死ぬわ」

 

 冗談で言っているわけではないようだった。

 彼女はやる。

 本気でやる。

 そう目が語っている。

 

「いいナガトくん? これは順序の問題ではないの。あなたは私の胸を触った。その時点で、あなたは私と添い遂げないといけない。これは覆せない決定事項なの。お互いのことをまだよく知らない? なら、もっと知っていけばいいわ。そうしているウチに、真実の愛情が芽生えていくはずよ。私はあなたを愛する努力をする。良き妻になるために努力をする。……だからナガトくん?」

 

 ニコリと、彼女は素敵な笑顔を作る。

 

「あなたも、私を愛する努力をして、素敵な旦那様になってね♪」

 

「ア、ハイ」

 

 ダメだ。

 俺の未来はもう確定したのだ。

 そう悟った瞬間だった。

 

「……というか、私、もともとナガトくんのことは、前々から気になっていたのよ?」

 

「え?」

 

 恐ろしい剣幕はどこへやら。

 モジモジと恥ずかしそうに頬を赤らめる鷲尾さんに、不覚にもドキドキした。

 

 まさか、胸を触ったことを理由に婚約を迫ってきたのは口実で、本当は前から俺のことを?

 そんな甘酸っぱい期待が湧いてきた、が……

 

「実はずっと聞きたかったの……ナガトくんの名前の由来って、やっぱり戦艦長門(ながと)なの!?」

 

「はい?」

 

 お目々をキラキラと、フンスと鼻息を荒くして鷲尾さんはそう聞いてきた。

 

「ねえ!? どうなの!?」

 

「え、えーと。そうらしいね。名付け親のお爺さんが軍艦好きだから。『長門のように強く誇り高く、人々に愛される日本男児に育つように』って意味でつけたとか……」

 

「やっぱり! 素晴らしいおじいさまね!」

 

「俺はそんなに軍艦詳しくないんだけどね」

 

「なら教えてあげる! 長門はね! 高速航行が可能にも関わらず世界初の41センチ砲を搭載しているの! まさに日本海軍の建艦技術の集大成! 海軍力の象徴なのよ!」

 

「鷲尾さん、軍艦の話になると早口になるんだね」

 

 その日は、長門がいかに素晴らしいかという話を延々と聞かされた。

 そんな、かつてないほどに生き生きしている鷲尾さんを見て思った。

 

 確かに、これからお互いのことを深く知っていけばいいだけなのかもしれない。

 いいところも悪いところも含めて理解していくうちに、本当に彼女に対して特別な感情が芽生えていくかもしれない。

 

 

 

「ナガトくん、交換日記を始めましょう」

 

 ある日、鷲尾さんが一冊のノートを渡してきた。

 

「一日起きたことを何でもいいから、この日記に書いて交換し合うの。そうすれば、お互いのことがもっとよくわかるようになるわ」

 

 鷲尾さん曰く、こういう些細な日常の記録から、筆者の人柄が滲み出るものらしい。

 それならSNSでもいいのではないかと思ったが、手書きなことが大事らしい。

 

 最初は女の子と交換日記することに気恥ずかしさがあったが、いざ始めてみると思いのほかのめり込んだ。

 鷲尾さんの書く内容はなかなかに興味深かったし、自分にはない視点や、それまで気づけなかった発見があって、読むたびに新鮮な気持ちになった。

 

 小学生にしては文章が堅すぎたり、なぜか文中にやたらと『国防』『護国』が多かったのが玉に瑕だったが……。

 

 ただ鷲尾さんの言うとおり、普段見えない一面を知れる交換日記は、自分たちの距離感を徐々に縮めていく役割を果たした。

 その一方で……

 

『ところでナガトくん。この間、私に隠れて銀やそのっちとお話していたみたいだけど……何を話していたの?』

 

 たまに、そういう質問が日記に書かれていて冷や汗が出た。

 

 おかしい。

 鷲尾さんにバレないように、こっそり会っていたのに、なぜ知られているんだ。

 三ノ輪さんと乃木さんには口止めをしていたはずなのに。

 

『まさか、そんなことはないと思うけど……浮気? ねえ、浮気なの? 確かにあの二人は魅力的だけど、私だって立派な大和撫子になるべく日々、女を磨いているのよ? 私の何が不満なの? なんで隠し事するの? ねえ、答えて。答えて、答えて、答えて、答えて、答えて、答えて、答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて』

 

「ひえええ!」

 

 鷲尾さんはたびたび、思い込みの激しさから情緒不安定になった。

 そういう日の日記は、だいたい支離滅裂な怪文書と化す。

 

「ナガトく~ん? 説明してもらいましょうか~? 答えようによっては心中してもらうわよ~……」

 

 そして翌日、怪談に登場するお化けのような形相で鷲尾さんに問い詰められるのがお約束である。

 

 ちなみに、三ノ輪さんと乃木さんとこっそり会っていたのは、鷲尾さん本人には聞きにくいことや、サプライズプレゼントのために誕生日を仲良しの二人から聞き出していたからだった。

 そのことを素直に話せば、鷲尾さんはコロリと機嫌が良くなった。

 

「な~んだ、そうだったの♪ ナガトくんたら♪ そういうことなら恥ずかしがらず私に聞いてくれていいのに♪ もう、照れ屋さんなんだから♪」

 

「あ、あはは……」

 

「……本当によかったわ。友情が壊れるようなことじゃなくて」

 

「ひえっ……」

 

 嫉妬や思い込みから何度か怖い目にはあったけれども……彼女はとにかく一生懸命だった。

 

「あ、あのナガトくん。この間のお詫びと言ってはなんだけど、ぼた餅を作ってきたの。よかったら食べて?」

 

「え? あ、ありがとう! 和菓子は大好物なんだ!」

 

「そうなの? よかった~。私、洋菓子作るのは苦手だから『和菓子が嫌い』って言われたらどうしようかと思ったわ」

 

「洋菓子も食べるけど、家の習慣だったからかな? お煎餅やお饅頭とかのほうが愛着あるよ」

 

「そ、そう。……私たち、相性いいのかもしれないわね。こうして許嫁同士になったのも、実は運命だったりして……」

 

「んぐっ!?」

 

「まあ、大変! ぼた餅が喉に詰まったの!? お茶お茶!」

 

 運命だなんて。

 鷲尾さんはトンデモナイことを口にする。

 

 でも……

 ちょっとした事故から始まった、鷲尾さんとの婚約。

 普通ならうまくいく筈がない、この数奇な関係は不思議と良好だった。

 

「ナガトくん早く行きましょう。急がないと新発売の大和の模型が売れ切れちゃうわ」

 

「そんな慌てなくても大丈夫だと思うけど……わわ、そんなに引っ張らないでって」

 

「うふふ♪ 帰ったら一緒に造りましょうね♪」

 

 休日に一緒に出かけることにも抵抗がなくなっていた。

 

「ナガトくん、今日のお弁当、あなたの好きなものたくさん作ってきたから楽しみにしててね?」

 

 すっかり味の好みを把握した鷲尾さんの手料理は、こちらの胃袋を見事に鷲掴んだ。

 

 鷲尾さんはどこまでも献身に、俺のことを思って尽くしてくれた。

 彼女は本気で、いいお嫁さんになろうとしてくれていたのだ。

 そんな鷲尾さんの笑顔が見れると、胸の奥が熱くなった。

 

 振り返ってみれば、もうとっくに俺は彼女を特別な対象として見ていたのだろう。

 本当にこのまま、彼女と結婚できれば素敵かもしれない。と思うほどに。

 

 でも……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気づいたところで、もうその気持ちを打ち明けることはできなかった。

 

「鷲尾さんと乃木さんは、卒業式には参加できません。三ノ輪さんと同じように、あの二人も立派に御役目を果たしたのです」

 

 担任の安芸先生は、そう言った。

 それ以上の説明はなかった。

 

 過ぎゆく季節。

 自分たちは卒業式の日を迎えた。

 クラスメイト全員が、揃うこと無く。

 

 教室には三つの空席がある。

 そのうちのひとつには、花瓶が置かれている。

 

 あんなにも、楽しく笑い合っていた、仲良しの三人。

 その三人が揃うことは、二度とない。

 誰もが悲しんだ。

 あの二人が一番悲しんだ。

 もう、これ以上、辛いことは起きないでほしいと皆が願った。

 

 なのに……

 あの二人まで、卒業式に出られないとは、どういうことなのか?

 イヤな想像が頭をよぎった。

 

 二人はどこに行ったのか?

 二人は無事なのか?

 二人と、もう一度会えるのか?

 

 どれだけ聞いても、安芸先生は答えてくれなかった。

 とても冷たい顔だった。

 人が変わったみたいだった。

 厳しい先生だったが、ちゃんと生徒を思いやる温かな心を持っている人だったのに。

 まるで、仮面を着けたかのように、表情に変化がなくなった。

 

 6年2組の卒業式は、陰鬱な雰囲気に包まれて終わった。

 

 

 

 何度も鷲尾さんの家を訪ねたが、結局ご両親に取り次いではもらえなかった。

 ただ伝言で、使用人さんの口からこう言われただけだった。

 

『あの子のことを思うなら、どうか忘れて。本当に申し訳ないけど、もう家には来ないで』

 

 わけがわからなかった。

 納得いくわけがない。

 せめて鷲尾さんの無事を確認しない限りは帰れない。

 だが、どれだけ言っても、屋敷には通してもらえなかった。

 

「旦那様と奥様も、辛いのです……。西条様のお顔を見ると、どうしても思い出してしまうからと……。どうか、ご理解ください……」

 

 それは心を砕くのに充分すぎる言葉だった。

 直感したのだ。

 鷲尾さんとは、もう二度と会えないのだと。

 

 

 渡しそびれた交換日記。

 鷲尾さんが最後に書いたページには、こうあった。

 

『何があっても心配しないで。絶対に、一緒に卒業式を迎えましょう』

 

 

 

 

 

 

 

 俺の卒業に合わせるように、祖父が亡くなった。

 父はあとを継がなかったので、これで本当に弓道教室は潰れることになる。

 葬儀を済ませた後、祖母は聞いた。

 

「ナガトは、これからどうしたい?」

 

 本来ならば、このまま神樹館の中等部に進学して、本格的に弓道の修行を始めるはずだった。

 だが、その必要もすでにない。

 ひとりになってしまった祖母のことを考えれば、このままこの家で暮らすべきなのかもしれない。そう思ったが……俺は、こう答えていた。

 

 実家に帰りたい、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 実家に戻った俺は、近隣の讃州中学に通うことにした。

 部活動は弓道部を選んだ。

 跡継ぎになれなかったぶん、亡くなった祖父に少しでも報いられるよう、弓道そのものは続けようと思った。

 ……でも、一番の理由は現実逃避だったのかもしれない。

 

 弓を握っている間は、余計なことを考えなくても済む。

 神樹館で過ごした記憶は、できれば忘れたかった。

 楽しければ楽しかったぶん、鷲尾さんと会えなくなってしまったことが、とても辛いから。

 

 彼女が『御役目』のことで苦しんでいたのはわかっていた。

 でも何もできなかった。

 彼女も俺に何も求めなかった。

 心配する俺に、鷲尾さんはいつも、こう言っただけだった。

 

『大丈夫、きっと無事に帰ってくるから。絶対に、あなたを守ってみせるから……』

 

 もしかしたら、止めるべきだったのかもしれない。

 御役目なんて辞めて、一緒に逃げようと言うべきだったのかもしれない。

 

 だがどれだけ後悔しても、もう時間は巻き戻らない。

 思い出せば思い出すほど、辛いだけだ。

 だったら、あの頃の思い出も、芽生えた感情も、胸の内に閉じ込めてしまおう。

 

 そう考えていたのに……。

 

(東郷、美森さん……)

 

 こんな自分の、許嫁になると言ってくれた少女。

 その少女と面影が重なる彼女のことが、どうしても気になる。

 

 君は、本当に鷲尾須美さんじゃないのか?

 

 そう尋ねたい気持ちを、何度も堪えた。

 もしも本当に東郷さんが鷲尾さんだったとして……今更どんな顔を向けられるというのか。

 けっきょく俺は、彼女のチカラになってあげられなかったのだから。

 

 東郷さんはいま、結城さんと一緒に『勇者部』でボランティア活動をして、幸せな日常を過ごしている。

 なら、わざわざ辛い過去を蒸し返すのは野暮というものだ。

 忘れてしまっているのなら、そのほうが彼女にとってはいいのかもしれない。

 そう、自分を納得させた。

 

 

 

 

 

 夏休みが明けて、しばらく経ったある日。

 クラスは騒然とした。

 東郷さんが、車椅子無しで、徒歩で登校してきたのだ。

 

「東郷さん!? 歩けるようになったの!?」

 

「おめでとう! でもどうして急に?」

 

「私も詳しいことはわからないけど……とにかく、治ったの。いままで心配かけてごめんなさい」

 

 クラス中が東郷さんの快復を祝った。

 だが、明るい話ばかりではなかった。

 

 東郷さんの親友である結城さんが、意識不明となったからだ。

 原因は不明。

 東郷さんはその治った足で、毎日お見舞いに行っていた。

 彼女のそんな様子は、デジャヴを引き起こさせた。

 

 ……もしかしたら、また『御役目』があったのではないか?

 不自然なほどに唐突な足の快復を見ると、神樹様が関わっているのではないかと勘ぐってしまう。

 確証はない。

 だが、東郷さんはいま辛い思いをしている。

 それは確かだ。

 

 ……東郷さんが鷲尾さんだろうと、そうでなかろうと、もうどっちでも構わない。

 とにかく、彼女のチカラになりたかった。

 

「東郷さん」

 

 俺は勇気を出して東郷さんに話しかけた。

 

「何かしら、西条くん?」

 

 東郷さんはニコリと笑って言った。

 

 西条くん。

 そう呼ばれたことに、チクリと胸が痛むのを誤魔化して、話を続けた。

 

「その……何か困ってることない? 手伝えることがあるなら、手伝いたいと思って……」

 

「……どうして?」

 

「どうして、って、それは……」

 

 バカか俺は。もっとうまいこと言えないのか。

 特に親しくもなかった男子に脈絡もなく、こんなことを言われたら困惑するに決まっている。

 これじゃあ、逆に東郷さんに気を遣わせて困らせてしまうではないか。

 

「……相変わらずなのね」

 

「え?」

 

「何でもないわ。ありがとう、気を遣ってくれて。でも大丈夫。いまは人に甘えずに、ひとりで頑張ってみたいの。だから、お気持ちだけ貰っておくわ」

 

「そっか……」

 

 そう言われてしまっては、引き下がるしかない。

 ずっと誰かのサポートがなければ日常生活もままならなかった東郷さんにとっては、いまはリハビリ期間のようなものなのだ。

 

 やはり、俺に彼女にしてやれることは何ひとつ無いのかもしれない。

 まったく自分の非力さが情けなくなる。

 落ち込みつつ、とぼとぼと席に戻ろうとすると……

 

 ふと、背中に視線を感じた。

 振り返ると、東郷さんがこちらを目を向けて、微笑んでいた。「心配しないで?」と言わんばかりに。

 

 俺を気遣ってくれたのだろう。

 優しい人だ。

 

 ……でも、なぜだろうか。

 優しいはずのその目線に、身の危険を覚えるのは……。

 

 

 

 

 

 

 

「結城友奈! ただいま帰還いたしました!」

 

 秋も近づいてきた頃、意識の戻った結城さんが元気に登校してきた。

 足はまだ満足に動かせなかったようなので、かつての東郷さんのように車椅子だったが、いずれはちゃんと歩けるようになるらしい。

 クラスのムードメーカーである結城さんの快復を皆が喜んだ。

 これで本当に平和な日常が戻ってきた。そんな気がした。

 

 東郷さんも、さぞ喜んでいるだろう。

 目配せすると、ちょうど彼女と目が合った。

 ……それはまるで、敢えて視線を絡めるような動きだった。

 

「……うふふ」

 

「っ!?」

 

 気のせいだろうか?

 東郷さん、いま凄い笑い方をしたような……。

 微笑みと言えば微笑みの類いだったが、なんというか、こう……。

 

 ネットリ、獲物を見るかのような。

 そんな目だった。

 

 

 

 

 

 その後も、たびたび東郷さんに見られているような気がした。

 授業中にも、体育の時間にも、昼休みにも、放課後にも。

 日に日に、その頻度が多くなっている気がした。

 

 ただの自意識過剰かもしれない。

 それならば、寧ろそのほうがいい。

 だって正直ここ最近、気が気でないのだ。

 たとえば……

 

「西条く~ん。先生が放課後に合宿のことで話があるって~」

 

「ん、わかった。ありがとう佐藤さ……ひっ!?」

 

「ん? どったの西条くん? 震えたりして」

 

「い、いや、なんでもない……」

 

 同じ弓道部の女子との何気ないやり取り。

 ただ、それだけのことで……凄い殺気を向けられた気がした。

 

 その殺気には、身に覚えがあった。

 

『ナガトくん? ナガトく~ん? ……あなた、岡本さんと二人きりで内緒話をしていたそうね? 何をしていたの? まさか浮気? 私という許嫁がいながら? 答えられないの? 答えられないようなことをしてたの? ねえ? ねえ? ……答えなさい!』

 

 鷲尾さんが思い込みで暴走したときに向けられた、あの殺気と似ている。

 ……ちなみに、岡本さんと内緒話をしていたのは、クラスで一番お洒落な彼女に鷲尾さんへのプレゼントを相談していたからだ。

 

『あ、あらそうだったの? もう! そういうことなら素直に言ってくれればいいのに♪ やだ、私ったら許嫁を疑うなんて恥ずかしい♪ うふふ♪ 贈り物大事にするわね♪』

 

 そんなやり取りが数十回あった。

 あの頃と同じ危機感を覚えるということは、やはり東郷さんは……

 

「ん?」

 

 ふと気づくと、机の中に紙きれが一枚入っていた。

 手紙だ。

 いったい、いつのまに……。

 開いて中身を読んでみる。

 

 

    大切なお話があります。

    放課後、三階の端にある空き教室で待っています。

 

 

――東郷美森

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三階の空き教室は「本当に出る」という噂があって、怖い物知らずでない限り誰も近づかない場所だ。

 わざわざそこを待ち合わせ場所にするだなんて、東郷さんは何を考えているのだろう。

 

 東郷さんはすでに来ていた。

 場所が場所だけに、見ようによっては、窓際に立つ長い黒髪の女性の霊と見間違えられるかもしれない。

 東郷さんのような常人離れした美貌を持つ女性というのは、時として恐怖の対象として見られるものだ。

 

「と、東郷さん。来たけど、話って何かな?」

 

 俺が入室すると、東郷さんはゆっくりとこちらを振り向いた。

 

「待ってたわ……」

 

 東郷さんはどこか夢見るような表情で距離を詰めてきた。

 ……近くないですか?

 

「ぜんぶが落ち着いてから話したいと思っていたの……。やっと、打ち明けることができるわ」

 

「な、何を?」

 

「私、なにもかも思い出したの。()()()()()……」

 

「え?」

 

 その懐かしい呼び名は!

 

 東郷さんの、とつぜんの足の快復。

 もしも、足と一緒に欠けた記憶も戻ったとしたら……

 

「じゃあ、やっぱり君は……」

 

 鷲尾さんなのか、と尋ねる直前。

 

「ナガトくん!」

 

「うお!?」

 

 東郷さんが抱きついてきた!

 必然的に胸板に押しつけられる、規格外に大きい膨らみ!

 な、なんだこのデカさは!?

 二年前に触った鷲尾さんのものとは比べものにならないほどのボリュームと柔らかさ!

 もはや常軌を逸した特大サイズ。

 でかい。でかすぎる。

 こんなの中学生が持っていい代物じゃない。

 限度というものがある。

 このおっぱいで中学生は無理でしょ。

 

 ……って、呑気に解説している場合ではない。

 

「と、東郷さん!? いきなり何を!?」

 

「会いたかった……ずっと会いたかったわナガトくん!」

 

「いや、いつも教室で会ってますが!?」

 

「違うわ! 記憶を無くしている間、私たちは他人同然だった。心の距離が離れていた! いまやっと、私たちは再会できたのよ! ああ、ごめんなさい! 二年も待たせてしまって! でも安心して。いまここに帰ってきたわ! あなたの未来の妻が!」

 

「未来の妻!? ……と、ということは、本当に東郷さんは……」

 

「ええ、そうよ」

 

 涙で頬を濡らした東郷さんが、艶やかな表情で見つめてくる。

 

「事情があって名前は変わってしまったけれど……私はあなたの許嫁の、東郷美森です」

 

 許嫁。

 なんて懐かしい響きだろう。

 

 驚いた。

 本当に彼女は、ずっと会いたいと思っていた鷲尾須美さんだったんだ。

 

「鷲尾さん……いや、東郷さん。なんて言ったらいいか。ごめん、まだ理解が追いつかなくて」

 

「無理もないわ。私だって記憶が戻ったとき、いろいろ戸惑ったもの」

 

 彼女が失っていた記憶は、鷲尾須美として過ごした時間のすべてだという。

 どおりで俺のことを覚えていないわけだ。

 

「でも、嬉しかったわ。ナガトくん、優しいところがちっとも変わってなくて。立派な殿方になったのね」

 

「……そんなこと、ないよ。俺、東郷さんが大変なとき、何もしてやれなかったし」

 

 俺の言葉に東郷さんは首を振る。

 

「あなたがいてくれたおかげで、あの頃の私は頑張れたの。何もできなかった、なんてこと絶対にないわ」

 

「でも……」

 

「大丈夫、もうすべて終わったから。いっときのことかもしれないけど……これからは、また前みたいに一緒に過ごせるわ」

 

 ……そうか。

 終わったのか。

 なら、もう東郷さんが辛い思いをすることはないのか。

 

「よかった」

 

「ええ、本当によかった。これで安心して、お互い将来のことを考えられるわね?」

 

 ああ、お互い将来のことを……ん?

 

「式はいつ頃がいいかしら? 私としてはやっぱりお互い結婚できる歳になってからすぐが望ましいけど……」

 

「ちょ、ちょっと待って東郷さん!」

 

「何かしらあなた?」

 

「あなた!? あ、いや、まさかと思うけど……今でも俺と結婚する気でいるの?」

 

「……どういう意味かしら?」

 

「ひっ!?」

 

 東郷さんの目から光彩が失われる。

 

「何を言っているのナガトくん? 私たちは許嫁同士。結婚するに決まっているでしょう?」

 

「そ、それって小さい頃だけの話じゃなかったのか?」

 

「とんでもない。いまでも私は本気よ。私の胸を触ったナガトくんには、きっちり責任を取ってもらいます」

 

 な、なんということだ。

 それじゃあ、あの殺気と視線は、昔と同じく嫉妬からくるものだったのか?

 

「それとも何かしら……まさか、私が記憶を失っている間に好きな人でもできたの?」

 

「ひっ!」

 

 表情から完全に感情が消失した東郷さん。

 ズンズンと迫ってきて、壁際に追い詰められる。

 

 実に久方ぶりに見る、嫉妬に支配された許嫁の姿だった。

 

「私、言ったわね? 浮気したら、あなたを殺して私も死ぬって」

 

「お、覚えております……」

 

「だったら、どうして不安になるようなことを言うの? 二年の間に、私への思いが冷めてしまったの?」

 

 ヤバい。

 ヘタな回答したら命が危うい。

 本能でそう悟った。

 

「そ、そんなことは一切ございません! あの日からずっと、寝ても覚めても東郷さんのことを考えておりました!」

 

 嘘ではない。

 決して甘酸っぱい類いではなかったが。

 しかし、俺の返事に東郷さんは満足げだった。

 

「あら、そうなの♪ もう、ナガトくんたらっ♪」

 

 真っ赤になった頬に手を当て、いやんいやんと身をくねらせる東郷さん。

 

「……でも、少しでも私の思いを裏切ったら……わかっているわね?」

 

 念を押すように彼女は言った。

 

「……肝に銘じます」

 

「よろしい。……うふふ。ん♪」

 

 俺の答えに満足すると、また東郷さんは、ひしと抱きついてきた。

 先ほどとは違う意味で緊張した。

 

「ああ、ナガトくん……もう二度と離れないわ。これからはずっと一緒よ? 二人で素敵な夫婦になりましょうね、旦那様♪」

 

「ソウデスネ」

 

 許嫁の少女との感動の再会……のはずだったのに、なぜ俺はこんなに恐怖に震えているのだろう?

 

「うふふ♪ 今日は私の実家に招待するわ。実の両親にナガトくんをちゃんと紹介しないとね。……もちろん来てくれるわよね?」

 

「モチロンデス」

 

 確かに三階の空き教室には()()

 幽霊よりも恐ろしい般若が。

 

 

 

 学園のマドンナ、東郷美森と許嫁。

 讃州中学の男子なら誰もが羨むだろう立場。

 だが当人である俺からはこう言わせてほしい。

 

 

 

 

 

 

 命が惜しければ、やめておけ。

 

 

 

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