いつもどおりに『おはよう』と言ってくれた彼の気遣いが嬉しかった。
誰も悪くない、誰も責められない中で、心が悲鳴を上げているとき、庇ってくれたことが嬉しかった。
出会った頃と変わらない。
この教室で初めて声をかけてくれたのも彼だった。
彼はいつだって、味方でいてくれた。
いま、このときも。ずっと……
運命の出会いは、本当にあるのかもしれない。
彼女はそう信じていた。
信じられるほどの相手と出会っていた。
でも……
必ずしも運命が自分に味方をしてくれるわけではないことを、彼女は悟ることになる。
だって、気づけば彼はすでに自分ではない別の誰かの……それも、とても大切な人にとっての『特別』になっていたのだから。
運命なんて、ちっとも頼りにならない。
勝つのは、いつだって……
◆
占い。
そういう類いをあまり信用したことがない。
正確には、なるべく真に受けないようにしている、というべきか。
確かに良い結果なら喜ぶし、景気づけとして自信に繋げることができるかもしれない。
だが、もしも悪い結果が出たら?
占いの結果がさも『不変の真理』とばかりに信じ込んでしまったら……
「……50%。私とナガトくんの相性の良さが……たったの50%……いぃぃぃぃぃやあああああああああああああああああ!!!」
この世の終わりを迎えたような顔をして叫ぶ、いまの美森と同じ状態になってしまうだろう。
「み、美森、落ち着きなよ。たかが占いじゃないか」
「でもナガトくん! ただの占いじゃないわ! 相性診断なのよ!? 質問形式で答える相性診断で50%って出たのよ!? なぜ!? なぜ100%じゃないの!? 私たちはこんなにも愛し合っているのに! なぜなのおぉぉぉぉぉぉぉお!?」
今日も今日とて、暴走してしまう許嫁。
女の子が占いの結果に一喜一憂するのはべつに珍しいことではない。
勇者部には占いが得意な後輩がいてよく当たると評判らしいので、余計にこういうのを信じてしまいがちになるのも、わからんでもない。
……それにしたって、ホラー映画みたく顔面蒼白にして狂乱するのは美森くらいではなかろうか。
しかし50%か……。
0%じゃなかっただけ良かったとは思うけど、それでも50%かぁ……。
まさに『良くも無く、悪くも無く』といったところ。
なんか妙に生々しい数字というか、普段の美森の愛情深さや嫉妬深さを見てると、ついつい頷いてしまいそうになる結果だ。
「質問の解答に願望を込めすぎたのが良くなかったのかもっと将来を見越した無難な選択をすべきだったのかいえそれでも私たちの愛なら100%は確実のはずおかしいおかしいおかしいこんなことはあってはならない」
「怖い怖い怖い。ブツブツ言うの怖いって美森」
まずいな。
この調子だと、また思い込みから突拍子もない行動をしかねない。
その前に何かフォローを入れないと。
そう思ったとき……
「わっしー! 数字の結果なんかに振り回されちゃダメだよ!」
落ち込む美森に声をかける少女がいた。
「相性50%? なんぼのもんじゃい! ナガもんのことが本気で好きなら、この程度でヘコたれるんじゃあないっ! 運命を覆すほどの強い思い! それが真実の愛ってもんだよ、わっしー!」
「はっ!? そのっちの言うとおりね! 私は正気に戻ったわ!」
「うむうむ! 良きかな良きかな。ほら、ナガもんも愛の言葉をかけて安心させてあげて! 愛しのフィアンセに『愛しているぜベイベー!』ってね!」
「そのっち!? も、もう! ナガトくんが白昼堂々そんなこと言うわけ……チラッ」
「期待した目で見ないでくれ」
美森が『そのっち』と呼ぶ少女。
そして俺を『ナガもん』と奇妙なあだ名で呼ぶ少女。
そんな人物はひとりしか存在しない。
「ナガもんは相変わらず照れ屋さんだね~」
「乃木さんも相変わらずマイペースだね」
毒気を抜くような間延びした声。
美森と同様に、正面から向き合うには理性が必要とされる輝かしい美貌と抜群のスタイル。
その性格は雲のようにつかみ所のない奇想天外の天才児。
かつての神樹館の同級生。
二年ぶりの再会をした、
とんでもなくカワイイ転校生が来た。
と讃州中学の男子の間では、乃木さんのことで話題が持ちきりだった。
三好さんが転校してきた頃もそこそこ騒がれはしたが、乃木さんの場合はやはり名家の令嬢特有のオーラと、目立つ金髪や美貌、柔和な笑顔が男心をくすぐったのか。
いまや乃木さんも、美森と双璧を成すマドンナとして祭り上げられている。
――美しい……。
――まるで天使だ。
――しかも東郷さんにも負けない抜群のスタイル!
――声や仕草までかわいい……女神様か?
――ああっ、園子様!
そんな勢いで一日足らずでファンクラブまでできたらしい。
すっかり深窓の令嬢として、男子の憧れの的となっている乃木さん。
しかし、元同級生である俺は知っている。
令嬢っぽいのは見た目だけ。
中身はかなりの天然でのんびり屋。
はっちゃけるときははっちゃけるタイプであり、特に恋愛関連の話題になると、目をキラキラさせて暴走する。
「ビュオオオオウ! やっぱり、わっしーとナガもんを見てると創作意欲がビンビン刺激されるんよ~!」
まさに現在、そんな状態だ。
それにしても……本当に変わってないな乃木さん。
神樹館の卒業式に参加できなかった以上、彼女も美森と同じように御役目関連で何かあったに違いないのだが……
そんな俺の心配など吹き飛ばすような陽気さで教室に現れ、『あ、ナガもんだ~♪ 久しぶり~♪』と、のほほんと話しかけてきたものだから思わず漫画のようにズッコケそうになった。
……無論、乃木さんに心奪われた男子たちから『この美少女とどういう関係だ西条テメェ!』と質問攻めにあったのは、言うまでもない。
ともあれ、こうして無事に再会できたことは素直に喜ばしい。
事情は伺い知れないが、きっと乃木さんも乃木さんで無事に山場のようなものを乗り越えたのだろう。
祝福すべきことだ。
乃木さんが転校してきたおかげで、美森の笑顔もより増えた。
また昔のように、楽しい日常が送れるに違いない。
「……」
もし、ここに■■■さんがいたら、きっともっと……。
一瞬でも、そんな残酷なことを考えた自分を恥じた。
「うんうん。二人が変わらずラブラブなようで、私は安心したよ~」
「お礼を言うわ、そのっち。危うく数字の結果に絶望して命を絶つところだったわ」
「笑えないから、そういうこと言うのやめてくれ美森」
そもそも乃木さんがいきなり『そこのお熱いお二人! 相性診断やっていかないか~い?』って言わなければ、こんなことにはなっていないのだけどね。
「でも……やっぱり相性50%っていう結果は気になってしまうわね。私の愛情、もしかして足りていないのかしら? もっといま以上にナガトくんへの思いを深く募らせるべきなのかもしれないわ」
いま以上に愛が重くなるのか。
「……ぴっかーん!」
「どうしたの乃木さん? いつもだけど、急に変な声出して」
「ふっふっふっ……二人とも。より愛が深まる方法をわたくしが伝授して差し上げましょうぞ? いまから言うことを実践すれば相性50%なんて関係ない、瞬く間に理想的なカップルになることができましょうぞ~」
うわっ、めっちゃインチキ商法くさい。
親切で言ってくれているようだが、乃木さんのことだから趣味で書いている恋愛小説のネタ集めとして、俺たちをモデルにする気に違いない。
許嫁関係である俺たちは、乃木さんにとってはまさに格好の取材対象。
小学生時代も、よく乃木さんのメモ帳を厚くさせたものである。
「さぁさぁ、どうする? いま逃すと次のチャンスはないかもしれないよ~?」
しょっちゅう会っているのにチャンスを逃すもないだろうに。
だいたい、こんな胡散臭い提案に乗る人間がいるわけが……
「そのっち。是非詳しく教えてちょうだい」
将来、美森が変な商法に引っかからないように、俺がしっかりしないといけないな。
乃木さんの提案は実にシンプルなものだった。
要するにデートである。
デートならば、すでに休日を使って何度も美森と出かけている。
今更デートだけで美森が求めるような劇的な変化は望めないと思ったが……
「……これ、意外と恥ずかしいわね?」
「そ、そうだな」
しかし今回に限って、普段は照れくさくて、できなかったことをしている。
ずばり、『手を繋いで歩く』である。
カップルとして、初歩の初歩とも言える行為。
それゆえに躊躇し、いままで中々できなかった求愛行動。
『二人とも、再会してから手を繋いだことは? ……ない!? いけませんなぁ! 愛というのは言葉だけでは伝わらないのですぞ! そういう些細な態度や行動でお互いの愛はより深まるものなのだ! ……というわけで、二人は今日お手々繋いで帰ろうね~♪』
という乃木さんの指摘に従ってみたが……なるほど、シンプルではあるが、これは心の距離が縮まりそうだ。
手を越して、美森の緊張や羞恥が伝わってくる。
それと同じくらいに、手を繋げることの嬉しさ、愛おしい感情が、絡めた指の微細な動きから感じることができる。
「ナガトくん……」
「ん?」
「あのね……腕を、組んでみていい?」
「っ!? あ、ああ。いいけど」
「ありがとう。じゃあ……」
手は繋いだまま、美森が俺の片腕に身を寄せる。
ぽにゅん。
必然的に二の腕に当たる豊満な乳房。
密着することで香ってくる甘い女の子の匂い。
首筋にくすぐるような吐息が当たる。
……こりゃヤバい。
舐めていた。
手を繋ぐ、腕を組むことが、こんなにも刺激的なことだったとは。
健全な中学生には強烈すぎる。
しかも、横を向けばそこには愛おしい許嫁の顔が間近にある。
こちらの視線を感じると美森も顔を向けて、見つめ合う形になる。
「……ふふ♪」
かわいすぎか。
こんなにも近くで、許嫁の温もりを感じながら笑顔を見られる。
なんという幸福だろう。
これは提案してくれた乃木さんには感謝せねばなるまい。
……と、言いたいところだが。
背後からビンビンに感じる熱視線。
振り向くとそこには、やはり乃木さん家の園子嬢がメモとペンを手に、こちらを眺めているではないか。
案の定、小説のネタ集めのために尾行しているようだ。
「……っ!? ~~♪ っ! っ!」
俺に気づかれても悪びれた様子もなく、「ささ、どうぞどうぞ! お気になさらず! もっと存分にやっちゃってくだせ~!」と、シイタケの飾り切りみたいな形に光らせた目で催促してくる始末。
なんという、ふてぶてしさだろうか……。
呆れを通り越して逆に感心してしまうほどの行動力だ。
「ああ、なんだかとっても幸せ……。ナガトくんへの愛おしさが溢れてくるわ……」
絶賛トリップ中の美森は乃木さんの存在に気づいていない様子。
夢見心地の状態でますます強く腕に密着してくる。
……まあ、見世物みたいに観察されるのは勘弁願いたいが、普段なら照れくさくて叶わなかったことが実現できたのだから、良しとしよう。
なんであれ、役得な状況には違いないしな。
二の腕に広がる豊満な感触はますます強まり……って。
「痛い痛い痛い痛い痛い! ちょっ! 美森! 力入れすぎ! もげる! 腕がもげる! そして押し潰される!」
「あっ! ごめんなさい! 愛おしさのあまり、つい力加減が!」
美森が鍛えているのは知っていたけど、どんだけ馬鹿力出してるの!?
危うくおっぱいで腕が持ってかれるところだった……。
背後では乃木さんが「わっしーらしいなぁ~」と言わんばかりな苦笑を浮かべていた。
気を取り直して次に向かったのは喫茶店。
「お待たせいたしました~。ご注文のミックスフルーツジュースです~。ごゆっくりどうぞ~♪」
店員のお姉さんが微笑ましいものを見るようにジュースを置く。
グラスはひとつ。
ストローは二人分。
ずばり、カップル用のドリンクである。
……すごいな。漫画の世界でしか存在しないかと思っていたが、実在していたのか。
もちろん、これも乃木さんの指示である。
『二人で同じジュースを飲み合う……そんなベッタベタな真似できるかぁ! とお思いかな? ふっふっふ、だからこそメモのしがいがあ……げふんげふん! 王道だからこそ二人の距離はより縮まるのだぜ! お試しあれ!』
そして遠くの席に座っている乃木さんが「さあさあ! グイッとどうぞ~♪」と、またもや目で催促している。
さすがにこれはどうかと思ったが、しかし注文してしまった以上、やむを得ん。
ここは腹を決めよう。
「じゃあ、飲んでみようか?」
「そ、そうね」
注文した美森自身も実物を前にして顔を赤くしていたが、覚悟を決めたようにストローに口をつける。
俺もストローを咥えて、ジュースを飲む。
……うわ、これ傍から見たらかなり恥ずかしいのではないか?
なんか周りの人も物珍しそうに見ているし。
「はぅ……」
ストローを咥えた美森の顔がますます赤くなる。
まるで小動物のように縮こまって、チュウチュウとジュースを飲むその姿のなんと愛らしいことか。
あ、なるほど。
許嫁のこういったカワイイ反応を見れるという意味では、アリかもしれない。
向こうの席で乃木さんが「ええもんやろ?」という具合にサムズアップをしていた。
確かに、茹で蛸のように真っ赤になって恥ずかしがる美森は実に新鮮でかわいらしく……
「ああっ! もうダメ! こんなの恥ずかしすぎて耐えられないわ! ごめんなさいナガトくん! 私、飲み干すわ! んんううううううぅ~! じゅぞぞぞぞぞぞぞぞぞ!!!!」
羞恥の臨界点に達したらしい美森は、凄い勢いでジュースを飲み干してしまった。
可愛げどころか色気も無い、まさにタコのような吸い込み方だった。
……俺たち、というか美森って、実は王道なデートに向いていないのでは?
気まずそうに苦笑を浮かべている乃木さんに、そう視線で訴えかけた。
お伝えするのを忘れておりましたが、本作はただいま『ゆゆゆ杯』というTwitter企画に参加しております。
中間発表によれば本作は2位だったそうです(嬉しい!)
読者の皆様には多大な感謝を。ありがとうございます。
最終結果は5/1となりますので、そのときに匿名を解除させていただきます。
引き続きお付き合いしていただけますと幸いです。