喫茶店を後にした俺たちは次に、夕陽がよく見える、見晴らしのいい公園に向かった。
乃木さんから与えられた、最後のオーダーをここで行う。
「……もう一度確認するけど。本当にいいの、美森?」
俺の問いに、美森はモジモジとしながら頷く。
「だって、いつかは、することだもの……」
そうして潤んだ熱い眼差しを向け、
「ん……」
そっと、唇を差し出した。
もう何をするかはおわかりだろう。
『最後は夕陽の見える公園で……ベーゼェ……』
やたらと良い声で乃木さんはそう言った。
そりゃ『いつかは……』と俺も考えていた。
しかし、それがいまでいいのだろうか?
こういうものは、もっと段階を重ね、絶好のシチュエーションで自然とするものだと思っていたが、しかし……
『そうやっていつまでも先延ばしにして、いつ来るかもわからないタイミングを待ち続けた結果、一度も経験しないまま成人しちゃう気かい、ナガも~ん!?』
そんな世の成人男性の心にグサリと刺さるようなことを言われてしまっては、一考せざるを得ない。
『あのね~ナガもん。中学時代のわっしーの唇を味わえるのは……いましかないんだよ!』
確かに、その年代でしか残せない甘酸っぱい思い出というものがある。
なにより、夕暮れの公園で初めてのキスだなんて最高のシチュエーションではなかろうか。
舞台は整っている。
しかし……
「じ~っ……」
乃木さんにジッと見られたままできるかぁああああ!!
「ナガトくぅん……わ、私はいつでもいいわよ?」
そしてなぜ美森はいまだに物陰に隠れている乃木さんに気づかないのか。
『それはナガもんしか目に映っていないからだよ~』
とか乃木さんなら言いそうだな……。
「今わっしーはナガもんしか目に映ってないから、思いきってやっておしまい~……」
本当に言いおったわ。
「ナ、ナガトくん……」
小声とはいえ、乃木さんの囁きも耳に届かないほど、いまの美森はいっぱいっぱいの状態だ。
背伸びをして、身体をプルプルと震わせながら、口づけを待っている。
もう美森はすっかりその気だ。
「……」
許嫁の女の子がこうしてキスの決意を固めたのに、ここで俺が引いたらさすがに示しがつかない。
奥手である俺がこの先、同じようなシチュエーションを造れるとも思えない。
やはり、いましかないのか。
同級生に見られながらファーストキスなんて、あまりにも特殊だが……。
でも逆に言えば、乃木さんがいなかったら、こんなチャンスは生まれなかったのだ。
私欲が混ざっていたかもしれないが、乃木さんは乃木さんなりに俺たちのことを思って、いろいろ考えてくれたのは事実。
ならばその思いを……無駄にするわけにはいかない!
俺も男だ。覚悟を決めてやろうじゃないか。
「美森」
震える許嫁の両肩を掴む。
ビクッと跳ね上がる柔らかな肢体。
「ナ、ナガトくん」
「目閉じて」
「はう。いよいよなのね……」
美森は夢見るような顔で、顎をまたクイッと上げる。
見ていてくれ乃木さん。
いまから俺たちは大人の階段を一段昇る! メモの貯蔵は充分か!?
「……って、美森? あのぉ、目閉じてもらえます?」
「ああああっ、ナガトくんが、ナガトくんの顔がこんなにも間近にぃ……」
「おーい、美森さ~ん?」
「はあぁぁんっ! してしまうのね!? いまから私たち本当に初めての接吻をしてしまうのね!?」
「はい、そのつもりなので目閉じてください。恥ずかしいので……」
「も、もう我慢できなぁい~~!!」
「美森さ~ん!?」
「ぶはああぁあああああぁあぁあああ!!!」
「ぎゃああああああ!! 鼻血が顔にぃぃぃ!!」
「そこは鼻血を噴出するところじゃないでしょーが!? わっしーのムッツリ~!!」
「そのっち!? まさかずっと見ていたの!? いやん、恥ずかしい!」
『キス直前』というシチュエーションで大興奮した美森は鼻血を盛大に噴射。
俺はサスペンスドラマの被害者のように顔面が血まみれに。
思わず物陰から飛び出てツッコミをする乃木さん。
とてもファーストキスを仕切り直すような状況ではなくなりましたとさ。
「陳謝」
と言って美森はお詫びのジュースを買いに行った。
顔面にこびりついた鼻血を水道の水で洗い流した俺は、ベンチに座って美森の帰りを待つ。
「ファーストキスの直前で鼻血ぶっかけられた人類って俺が初じゃないかな……」
「わ~お。おめでとう~。ナガもんは誰も味わったことのない未知の世界を体感した~」
「できれば一生知りたくなかった世界だよ」
「だよね~……」
隣に座る乃木さんが「たはは」と苦笑する。
「わっしーは相変わらず芸人さんだな~。何やってもぜんぶお笑いみたいになっちゃうんだも~ん」
「乃木さんこそ相変わらず取材に熱心だよな。どう? 少しは捗った?」
「あ、あはは~。メモ取ってるのバレてましたか~」
「そりゃそうだよ」
「……怒ってな~い?」
「別に。いまに始まったことじゃないしね」
神樹館に通っていた時期だって、何度もこっそりと尾行されてメモを取られたのだ。
怒りだしていたらキリがない。
「まあ照れくさかったけど、小学生の頃を思い出せて、ちょっと楽しかったよ」
「……ナガもんも、そういうところ変わらないね~」
「え?」
「心が広いところ。誰にでも対等で、誰にでもちゃんと歩み寄って理解してあげて、誰とでも仲良くなれる。そんなナガもんが、ずっと羨ましかったな~」
乃木さんは昔を懐かしむように微笑む。
「ねえねえ覚えてる~? あのクラスで最初に私と仲良くしてくれたの、ナガもんだったんだよ~?」
「そういえば、そうだったっけ」
「うん。私が乃木の家の子だからか、皆どこか距離を置いてたけど、ナガもんはそうじゃなかったでしょ?」
「それは……」
乃木家は上里家と同じく、大赦の中で頂点に君臨する大名家だ。
日頃から祖父より『乃木家の娘に失礼のないようにな』と釘を刺されていた。
その教えに従っていれば、俺だって乃木さんとの接触を避けていたかもしれない。
でも……
「だって乃木さん、見てて放っておけなかったしな」
『スヤスヤァ……』
『乃木さん? そろそろHR始まるよ? ほら、起きて』
『むにゃ~。あと五分だけ~お母さ~ん』
『俺お母さんじゃないけど……』
『ほへ~? ああ、ナガもんだ~♪ おはよう~ナガも~ん♪』
『ナ、ナガもん? それって俺のこと?』
『うん~♪ 西条ナガトくんでしょ~? だからナガも~ん♪』
『なんかマスコットキャラみたいだね……』
『はぅ、イヤだった~?』
『うっ。の、乃木さんが呼びやすいなら、それでもいいけど……』
『やった~♪ えへへ、起こしてくれてありがとうナガも~ん♪』
『喜怒哀楽激しい人だな~……』
たまたま席が近かった子が居眠りばかりをしていたら、たとえ相手が名家の令嬢でも気にかけるものだろう。
でも、それが乃木さんにとっては嬉しかったらしい。
「わっしーやミノさんと仲良くなる前は、よく二人でお話したよね~」
お話というか、乃木さんの独特なノリに振り回されていただけな気がするけど……。
ただまあ、美森と許嫁関係になる前によく会話した女子は、確かに乃木さんくらいだった。
『ナガもん見て見て~♪ これサンチョって言うの~♪ よ・ろ・し・く・ね~」
『う、うん、かわいいね。でも、学校に抱き枕持ってくるのはどうかと思うけど……』
『サンチョを枕にするとよく眠れるんよ~♪ ……試してみるかい、ナガもん?』
『なぜ枕のスペースを空ける? ……え? 並んで一緒に寝ろと?』
『スヤァ~♪』
『本当にマイペースだね君!?』
『えへへ~。今日は鳥さん祭りなんよ~♪ すぴぃ~』
『どんな夢見てんのさ……。って、ああもう、ヨダレ出てるよ乃木さん。嫁入り前の娘さんがそんなだらしない顔しないの』
『むにゅにゅ。ふわぁ~。ナガも~ん、だっこ~』
『なぜにいきなり甘えんぼに?』
『えへへ~。ナガもんってお兄ちゃんみたいに面倒見がいいから甘えたくなるんよ~』
『同い年だけどね。はぁ~、手のかかる妹だな。ほら、次は移動教室だから早く行くよ』
『は~い♪ お兄ちゃ~ん♪』
乃木さんが周りから距離を置かれていたのは、単に掴み所の無い性格のためでもあったかもしれない。
でも、そんな乃木さんも御役目で美森と三ノ輪さんという、真に心を許せる親友を得た。
だから、少しの間だけ会話をした自分との時間を、乃木さんがいまも特別なものと思っていることに少し驚いた。
「ナガもんにとっては、些細なことだったかもしれないけど……乃木の家の子としてじゃなくて、普通の女の子として私を見てくれたのが、新鮮だったんよ~」
「そんなの……だって、クラスメイトじゃないか」
実際に接してみればわかる。
名家の娘だろうと、乃木さんは普通の女の子だ。
乃木家だからとか、御役目をしている選ばれた存在だから……なんて理由で遠ざけたら彼女を傷つけることになるじゃないか。
「……ナガもんがそういう人だから、あのときも嬉しかったんよ~」
「あのとき?」
「ミノさんの、告別式の後の日」
「……」
「ナガもん、普通に挨拶してくれたよね? いつもどおりに『おはよう』って」
沈黙した教室。
誰もが腫れ物を扱うように、乃木さんを見た。
でも、乃木さんはいつもどおりに登校してきた。
だから、こっちもいつもどおり挨拶するのは当然のことだと思った。
でも……
「皆から質問攻めされたときも、庇ってくれたでしょ? 誰も悪いわけじゃないのに、ナガもん、怒ってくれた」
「……庇ったわけじゃないよ。ただ……」
亡くなった人を英雄のように持ち上げて、盛り上がる様子が我慢できなかったんだ。
「俺も、辛かったから。乃木さんの気持ちになって考えたら、耐えられなかった」
「そっか……」
乃木さんは何か眩しいものを見るように目を細めて、しばらく黙った。
「……ナガもんは、聞かないんだね。何があったのか」
「美森が打ち明けてくれるまでは、聞かないって決めてる」
御役目とはいったい何なのか?
神樹館の誰もが知りたがった。
俺だって本当は聞き出したかった。
でも……
「秘密にしなくちゃいけないってことは、しなくちゃいけないほどの理由があるってことだろ? 普通の人では理解しきれないこと。それこそ普通の日常生活に戻れなくなるようなこと。限られた人間にしか頼れないこと。世間には絶対に明かせないこと……そういうのが、あるんだろ?」
だって、どう考えたって普通じゃない。
毎回怪我をする。
死者が出る。
名前そのものを変える。
とつぜん動かなかった足が治り、失った記憶が戻る。
人智を越えた何かが、起きているとしか思えない。
一般人が安易に踏み込んではならない境界線が、確実にある。
……だから、ただの一般人に過ぎない俺は、待つことしかできない。
真実を打ち明けてくれる日を。
「そうだね。私も今は、ナガもんには知らないでいてほしいな」
と乃木さんは言った。
「私にとって、きっとわっしーにとっても、ナガもんは『日常の象徴』みたいなものなんだ。安心して帰れるお家みたいに、何かあっても、いつもどおり優しく迎えてくれる。……だから、こっちの事情に巻き込んだら、そうじゃなくなっちゃう」
美森は昔、俺に言った。
『私は大丈夫だから、心配しないで? ナガトくんとは、いつもどおりに過ごしたいの』
乃木さんの考えはきっと正しい。
だからあの頃の俺は、いっときだけでも辛いことを忘れられる、そんな存在に甘んじた。
それが正しいことだったのか、間違っていたのかはともかく、せめて美森の心の安寧を守りたかった。
「二人には、うまくいってほしいな」
乃木さんは底抜けに明るい笑顔を浮かべて言った。
「『初恋は実らない』ってよく言うけど、二人にはそうなってほしくないんよ~」
「乃木さん……」
「だから今日は、ついつい
「そんな。謝ることじゃ、ないよ」
なんだかんだで、俺たちのことを思ってしてくれたことだ。
その厚意自体は素直に嬉しい。
「相性50%だからって、気にすることないよ。だって……そんなの、ぜんぜん関係ないもん」
夕陽を背にして、乃木さんは微笑みを向ける。
「運命とかに、頼っちゃダメ。自分の力で掴みに行かなくちゃ。――恋はね、いつだって先に行動した者勝ちなんだよ?」
「……乃木さん?」
気のせいだろうか。
とびきりの笑顔を浮かべているはずなのに……乃木さんが何か、悲しみを耐えているように見えるのは。
哀愁漂う夕陽が、そう思わせるのか。
「ズッ友としてお願いするね~。わっしーのこと、これからもよろしく、ナガも~ん♪」
「……うん、任せてくれ」
そうだ。
乃木さんの言うとおり、相性50%だからって何だと言うのだ。
この気持ちはもう、そんな数字の結果だけで抑えられるものではないのだから。
「……あれ?」
相性診断といえば……昔一度、乃木さんともやったような……。
あれは確か、まだ美森と許嫁でなかった頃に……
『ねぇねぇ、ナガも~ん! 相性診断やってみようよ~! マブダチになれるかどうか占おうぜ~♪』
そうだ。
今日、美森とやった相性診断と同じことをしたはずだ。
あのときの結果は、確か……
「なあ、乃木さん。俺たちって、もしかして……」
「じ~っ……」
鋭い視線が背後から刺さる。
振り向くと、ジュースを抱えた美森が、物陰からジト目で睨んでいた。
「なにしてるのさ、美森……」
「むぅ。二人が仲良くお話してるから何だか入りづらくて……」
プクっと頬を膨らませて拗ね出す美森。
ジュースを買いに行っただけのわりに遅いとは思ったが……まったく、このヤキモチ焼きな許嫁は。
『――恋はね、いつだって先に行動した者勝ちなんだよ?』
「……」
乃木さんにああ言われたからか、拗ねる許嫁を見て、普段なら決してしない行動に出てみた。
「うりゃ」
「ひゃんっ!? ナ、ナガトくん!?」
美森を抱きしめ、子どもをあやすように頭を撫でる。
「よしよし。俺が好きなのは美森だけだから、安心しろ」
「なななな、何を言うの!? そ、そのっちの前で~!」
「おお~! 見せつけてくれますな~お二人さ~ん!」
「ちょっとそのっち!? そのメモ帳はなに!?」
「わ~お。わっしーの顔、夕焼けみたいに真っ赤っか~♪」
「も、もう~! そのっち~!」
「あはは~♪」
夕暮れの公園に、美森の恥ずかしげな叫び声と、乃木さんの陽気な笑い声が広がった。
◆
園子はずっと覚えている。
たとえ彼が忘れてしまっていても。
彼にとっては些細なことだったとしても。
あのときのことを、園子は決して忘れない。
いつもどおり学校に行こう。
園子はそう決めていた。
たくさん泣いたから。
まだ、すべきことがあったから。
せめて学校では、普段どおりでいよう。
決して悲しい顔をせず、明るい笑顔で。
『おはよう~♪ お・は・よ・う!』
しかし、談笑で溢れていた教室は、園子が入ってきたことで沈黙する。
困惑。好奇心。恐怖。
さまざまな感情が混ざった視線を向けられた。
『……』
いつものように挨拶を返してほしかった。
腫れ物のように扱ってほしくなかった。
わかっている。
皆、どう接すればいいのかわからないということを。
簡単に割り切れるほど、自分たちはまだ大人じゃないということを。
それでも……いつもの教室が恋しかった。
普段どおりでいられる、温かで、明るい教室であってほしかった。
だからこそ……
『乃木さん』
いつもと変わらず、声をかけてくれたこと。
『おはよう』
いつもと変わらず、笑顔で挨拶をしてくれたこと。
ただ、それだけのこと。
ただ、それだけのことが……
『……うん! おはよう~ナガもん!』
どうしようもないほどに、嬉しかった。
彼だって、きっと悲しんでいるのに。
それでも、園子のことを考えて、笑顔で迎えてくれた。
彼はずっと、そういう人だった。
出会った頃からずっと。
いてほしいときに傍にいてくれて、欲しいときに欲しい言葉をくれる。
皆から質問攻めされたときも……
『やめなよ』
誰も悪くない。
だって何も知らないのだから。
ただ皆、純粋に応援してくれただけ。
頑張った人を褒めてくれただけ。
それでも、いまは触れて欲しくなかった。
善意だからこそ、強く拒めない、優しい刃。
それすらも、彼はわかってくれた。
『いまは、やめようよ。その話をするのは。告別式、終わったばかりなんだよ?』
彼だって、真実を知らない。
それでも、園子の心が悲鳴を上げていることだけは、わかってくれた。
嬉しかった。
嬉しかったからこそ……悲しかった。
その優しさは、自分だけに向けられるものではないから。
『皆さん。おはようございます』
『っ! 鷲尾さん……』
『おはよう、ナガトくん』
『……うん。おはよう。……あの』
『……大丈夫よ。ありがとう。心配してくれて』
『……うん』
『……』
その日、園子は生まれて初めて自分を恐ろしく思った。
考えてはいけないことを、考えてしまった。
彼女は大切な親友で、いまとなっては、ただ一人の仲間なのに。
そんな仲間に、こんな感情を持ってはいけないのに。
どうして、一瞬でも、思ってしまったのだろう。
私が、そこに居たかったのに……どうして、あなたなの?
――ねぇねぇ、ナガも~ん! 相性診断やってみようよ~! マブダチになれるかどうか占おうぜ~♪
――いいけど……俺あんまり、そういうの信用してないんだよなぁ。
――んん~! つれないこと言うなよ~!
――だって、もし低い結果出たらショックじゃないか。
――大丈夫だよ~♪ だって私とナガもんだも~ん♪
――どういう自信なんだ?
――……お? おおお!? これは!?
――どうだった?
――わ~わ~! すごいよナガも~ん! 私たち! なんと相性が……
聡明な彼女はわかっていた。
こんな感情をいだくことは、もう意味の無いことだと。
鷲尾須美は、彼を許嫁として愛すと決めた。
西条ナガトも、そんな彼女を受け入れた。
それで、この話は終わりだ。
自分はもう、二人の仲を応援する立場なのだ。
『なあ、園子~』
『なぁにミノさ~ん?』
『須美のやつ、本当に西条と結婚する気なのかな?』
『わっしーは決めたことをなかなか曲げないからね~』
『まあ、そうなんだけど……やっぱし結婚って、その……好きになった相手とするもんじゃないか? もし西条のこと最後まで好きになれなかったら、須美どうすんのかなって……』
かつて銀とそんな会話をした。
相変わらず、友達思いの優しい少女だった。
でも、そんな銀の心配は杞憂だと、園子は思った。
『大丈夫だよミノさん。わっしーは、きっとナガもんのことが好きになるよ」
『ふ~ん。どうしてそんなことわかるんだ?』
『わかるよ~。だって、ナガもんは……』
――私の、■■の人だもん。
「わっし~♪ ナガも~ん♪ また明日ね~♪」
ナガトと美森に手を振って別れる。
また明日。
当たり前に、そう言える日が来たことを、園子は心の底から喜んだ。
「……」
並んで歩く許嫁たちの後ろ姿は、とてもお似合いだった。
素直に、そう思えた。
「さてと~。帰ったら原稿書かなくっちゃ。二人のおかげで捗るんよ~♪」
園子は恋愛小説が好きだ。
小説の中なら、いくらでも夢をえがけるから。
手を繋いで歩く。
一緒にジュースを飲む。
夕暮れの公園で、初めてのキスをする。
小さな頃の自分が憧れたこと。
――好きな人ができたら、やってみたかったこと。
小説の中なら、それが全部できるから。
だから……
「あぁ、毎日が楽しいんよ」
夕陽に照らされた笑顔は、どこまでも明るかった。