ゴブリンスレイヤー異聞:鬼滅の剣士(デーモンスレイヤー) 作:生死郎
重戦士は
「!?」
自分では水柱の青年のように外殻を割り傷つけることはできないと痛感する。ならばと、外殻その隙間にだんびらを叩きつける。
体液が噴き出し、手応えありと思ったものの、次の瞬間には重戦士は全身が痺れるような衝撃があったかと思えば、宙を舞っていた。
冒険者たちは再び色めき立つ。
魔女に降りかかりそうなブロブを日輪刀で斬り払い、水柱の青年が頭目に呼びかける。
「その弩で二の矢は撃てないのか!?」
「無論だ! だが弦を巻き上げ、照準を合わせる必要がある」
「ならば、俺たちで時間を稼ぐ!」
水柱の青年に、魔女が頷き、槍使いや重戦士たちも同調する。
「よ、よし……」
頭目が頷く。剣を握る手に自然と力が入る。
「弓持ちは
頭目は指示を出した後、水柱の青年たちとともに
「腕に自信があるものは、ともに
一気呵成に攻める冒険者たち。さながら百足に群がる軍隊蟻のようである。しかし外殻は硬く、冒険者たちは外殻の隙間や足しか狙えない。頭目たちは外殻を割ってみせた水柱の青年に驚きを禁じ得ない。しかも、その水柱の青年は落下するブロブを斬り裂き、冒険者たちを守りながら、外殻を傷つけている。
縦横無尽に駆ける青年が持ち、青玉のごとき深い青色の刀身が振るわれて虚空に残す残光、それは流水のように見えた。
「これは……本当に黒曜等級なのか? 信じられん」
頭目が呻くように呟いた。自分が彼の境地に到達するまでどれだけの年月を要するのか。いや、自分は到達することができるのか──
僅かな間、頭目が思惟の海に沈んだとき、冒険者たちの声が上がる。
「あいつ、巨体に任せて押し潰す気か!」
重戦士の怒声が上がる。
頭目が
「準備出来次第、
巻き上げの間に矢へ
「盾を構えろ!
水柱の青年も対抗するため、魔女に願う。
「さっきの
「ふふ、諒解」
魔女が力ある言葉を紡ぐ。日輪刀に再び魔法の力が宿る。
冒険者たちが身構える。
「歯を食いしばれ! 来るぞ!」
怒濤の進撃をする
「ヒュゥゥゥゥ!」
水の呼吸特有の呼気。
──
空中から地上へ向けて大小様々な斬撃を放つ。
勢いを殺され、深手を負って意識も混濁した
「CEEEEEENNTT!」
「野郎! まだ生きている!?」
冒険者たちの合間を縫って、走る影がある。仲間に魔法をかけられた槍を持つ男──槍使いだ。
「じゃあな」
砕かれた外殻の隙間を縫って、穂先が深々と突き刺さる。断末魔を上げてその身を震わせて、
◇◆◇
「ここは……?」
「地母神の神殿だよ。……気づいたようでよかった」
あの若い戦士のかすれた声に水柱の青年が答えた。
その戦士の意識が覚醒したのは、石畳の上に敷かれたござの上だった。身を起こそうとするも怪我と痛みで身を起こすのに失敗した。頭や手足に巻かれている包帯が痛々しい。
対照的に水柱の青年に怪我はなく、土埃で着衣が汚れているくらいだ。今も療養ではなく、魔女の休息に付き合いつつ、臨時一党である若い戦士の様子を見守るためだった。
「礼拝堂を簡易の医療所にしてくれたんだ」
戦士はぐったりとしたまま、ぼんやりと礼拝堂の中へ目を向けた。水柱の青年も同じように目を向ける。
傷つき疲れた冒険者たちの呻く合間を縫って、神官たちが歩き回っている。水を与え、食事を与え、動けぬものの汗を拭い、献身的な看護を行っている。
水柱の青年と魔女も軽食を貰い、若い戦士の傷も神官たちが手当してくれたのだ。魔女は疲れから食事をとったあと座ったまま眠ってしまい、帽子のつばで俯いた顔は隠れている。
「あの、虫野郎は?」
「討滅した」
水柱の青年の答えは端的だった。若い戦士が横たわったまま拳を握る。
「あの槍使いが百足の頭を刺し穿ち、仕留めたんだ」
彼はまだまだ強くなるな、と水柱の青年は先刻見た光景を思い出して思う。
「……そうですか」
「仕留めたのが自分ではなくて悔しいか? 君はやれる事はやり切っただろう。上々じゃないか」
「……ですね」
若い戦士は少し考えたように間を置いて、答えた。
水柱の青年は若い戦士を見て、何か彼にかけてあげられる言葉はないだろうかと探す。
「思うようにいかなくてふっとばされた人間は、みんな一度は調子を崩す。それはね、当たり前さ。『このままじゃダメなんだ』と徹底的に思い知るからだ。そしてまた一からやり直そうとする」
水柱の青年は若い戦士を通して鬼殺隊として活動していたときを思い出していた。自分の無力感に苛まれ、弱さや不甲斐なさに打ちのめされた事は彼にもあった。
歯を食いしばり、自分を一回バラバラに壊して組み立てるように試みて、またやり直す。そうして踏み出していく。迷ってもいい。悩んでもいい。だが止まってはいけない。足を止めても時間の流れは止まってくれないのだから。生きているのなら進むのだ。
「──」
「まあ、みんなってのは経験した奴はって事だけどね」
水柱の青年は若い戦士に、何かを渡したかった。自分の思いがどれだけ伝わったのかわからない。
「──ええ」
若い戦士は目を瞑った。やるだけの事はやった。やったはずだ。
──だから、悪いけど、これくらいで勘弁してくれ。
もういなくなってしまった少女へ、言い訳めいた言葉が浮かぶ。そうして若い戦士の意識は
◇◆◇
冒険者ギルドでは最近、彼らの間で名が上がることが多くなった冒険者たちがいた。巨蟲にとどめを刺した槍使い。ゴブリンばかりを退治する小鬼殺し。そして──
水柱の青年は、最初それが自分を指した言葉だとは気付かなかった。
街のざわめきと喧騒、賑やかな声。初夏の陽気と日差し。
「俺が、そう呼ばれているのか?」
「ええ」
水柱の青年の胡乱げな問いに首肯したのは魔女だった。
「なんでまた、そんなあだ名が?」
魔女が説明するには彼が振るう剣技がさながら流れる水のように変幻自在で、
「それ、に……」
魔女が嫣然と微笑み、水柱の青年の頬にある痣を指さす。左頬の広範囲を覆う流れ渦巻く水のような形の痣だ。
「これか」
水柱の青年が痣を撫でる。自分が扱う全集中・水の呼吸にちなんだかのような形の痣を。
「そうなのか。……まあ、あだ名がついたくらいだし俺もここに馴染めたのかな」
水柱の青年は苦笑する。突然この世界に放り込まれて、驚き困惑しながらもなんとか生きていこうとしていた。鬼舞辻無惨も鬼もいないこの世界での自分の在り方に、未だこれだと思うものはないけれど……。
水柱の青年があの若い戦士に言った言葉は、彼本人にも言えることだった。無惨やその配下の鬼たちのいない四方世界。そこに生きるためには水柱の青年はもう一度自分を再構築しなければならない。
「これからもよろしく頼むよ」
「……ん」
魔女はそう呟いて、ゆっくりとした動作で煙管を取り出した。煙草を詰めて、着火具を用いて火をつけて、一服。
「よろし、く……流水剣」
あれ、魔女よりも若い戦士を攻略してない……?と書いていて頭を抱えてしまいました。そして水柱の青年こと流水剣のおかげで原作よりも冒険者の死者が少なくなりました。
あと今回、水柱の青年についにあだ名を持つようになりました。四方世界で生きて行くことに前向きになれたときにつけてあげたいと思っていましたが、結構時間がかかってしまいました。時間はかかるかもしれませんが、エタらずに続けていきたいと思います。