ゴブリンスレイヤー異聞:鬼滅の剣士(デーモンスレイヤー) 作:生死郎
まったくの不覚だった。よもやよもやだ。男湯と女湯を間違るとは。湯気の向こうに魔女と女戦士が垣間見えたものの、流水剣はすぐに冷静になり音を立てずに撤退した。水の呼吸を極め、頂点に到達した大剣士が、その
見事苦難を乗り越えた流水剣は風呂に入り、その後魔女や女戦士と合流した。翌日の探査行に備えて食事に行こうと酒場へ向かう三人。
武器を振るい、走り回れば身体に負荷がかかればかかるほど、筋肉が痛む。冒険を行えば当然なことながら身体は傷ついている。そして傷んだ身体は食事をして身体を修復する。そうして身体をより強く作り、強くなっていくのである。
──任務を終えたとき、鍛錬を行ったあとは、ちゃんとしたもの食え。
流水剣が育て手に何度も言われていたことである。
「そういえば気になったのだが」
流水剣が言うと魔女と女戦士が視線を彼に向ける。
「風呂にあった白樺の枝は何に使うんだろう?」
流水剣には使用用途がわからないので使わずにいたのだ。
「あれ、叩く……ため……よ」
「叩く? 何を?」
「自分」
「自分? 自分を叩くのか?」
「ええ」
胡乱げな目で見る流水剣。魔女は首肯する。何故、叩くのだろう。痛みに耐える訓練だろうか。それとも自傷行為を嗜む風習がこの地域にはあるのだろうか。
「君たちは叩いたのか?」
「そう、よ」
「叩いたわよ」
「―――そうだったのか。……そうだったのか……そう……だったのか……」
彼女らには自傷で喜ぶ趣味があったことを知って驚き、動揺してしまう流水剣。しかし、個人の趣味に差し出がましいことは言いたくはなかった。
「程々にな。何事も、やりすぎはよくない」
「? ……ま、待って……何か……勘違、い……して……る?」
「ちょっと待って。待って待って! 何か勘違いしてるよね!?」
◇◆◇
その日
水の都の地下世界には墳墓がいくつかあるようである。先日、ヴァルコラキとの戦闘があったところには既にヴァルコラキはいない。そのため地下水道の調査を続けることになる。調査中、悪鬼や人形と
強気に突入するのは、地道に敵を潰していけばいつかは終わりが来るという計算があったからだ。無限などない、何事も有限であり、圧倒的な力でそれを破壊していけばいつかは倒せるのだという経験則である。
「今度、相手は用心深く構えているだろう。こちらには自分を追い詰めるだけの力があるとわかっているし、怪我を負い逃亡することになった。臆病にもなる。だがそれも、相手の動きが読みやすいということでもある」
「どう……いう……こと?」
「ヴァルコラキは逃げ腰でいるだろう、と予測できる。俺たちが人形を潰している間にさっさと逃げてしまうかもしれない。水の都から出て行かれたら追うのは困難になる」
魔女と女戦士が頷く。
「逃げ腰ではあるが、あいつは自分の隠れ家や人形を破壊した俺たちをさぞや憎んでいるだろう。あれは人を見下し、傲慢で、激情家だったと思えた。逃げ腰になっても嘗めている人間たちに何もしないってことはないと思う。交戦して前のめりになったところを一気に叩く。逃亡の隙は与えない」
それが作戦会議を経た後の流水剣たちの方針だった。地下墳墓その最奥。そこは礼拝堂のような場所であった。室内には石から彫り出された長椅子が並び、奥には祭壇。そこに敵を発見した。
ヒトの姿に似ているが、青い身体に焦げ茶色の体毛を生やした、大きな口と乱杭歯の鬼だった。赤い双眸でこちらを睨む。彼我の距離はおよそ二〇〇メートルといったところか。
ヴァルコラキが笑ったような気がした。すると石壁を突き破って人形たちが流水剣たちに立ちふさがった。ヴァルコラキは自ら囮を演じたのか。これまでの臆病さから考えても奇妙なことだとは思ったが、ここで戦力をぶつけて殲滅するつもりだったのであろう。
厄介なことだった。だが敵の手の内のひとつ、暴くことができた。問題は、このあと流水剣
「一瞬でかたをつける!」
女戦士が槍を投擲する構えを取る。かつて異境魔境の主から教えを受けた光の御子が使ったとされる槍技の極み、秘中の秘とされる技芸に迫る投槍。
「ッ!」
流星のように迫る投槍が地面に突き刺さり、爆発を起こす。人形たちは爆砕され、残骸は爆風に吹き飛ばされ、散っていく。槍は変則的軌道を描いて女戦士の手元に戻り、女戦士は身構える。爆心地から飛び出してきた影が、その鋭い爪で女戦士を襲って来た。
ヴァルコラキだ。その全身は、もはや毛皮の殆どが剥げ落ち、肉が焼けただれている。満身創痍で、それでも魔物の圧倒的な生命力は女戦士の渾身の一撃を耐えてみせ、反撃に出たのだ。
女戦士の槍が突き出される。鮮血が舞い、魔女の頬を濡らす。
血はヴァルコラキの身体から噴き出たものだった。ヴァルコラキの爪が女戦士の胴をえぐりかけたところ、流水剣が横水車で腕を斬り飛ばした。同時に女戦士の槍はヴァルコラキの左胸を貫いていた。まるで流水剣が自分を守ることを信じていたかのように、防御を捨てた一撃だった。
「■■■■■■■■──ッ!?!?」
槍を握る手に女戦士は力を込め、ぐっと押し込む。ヴァルコラキは潰れた声で呻く。胸の傷はすぐに癒えるものの槍が刺さり治癒が阻害され、失った腕は断面が灼けて治癒が進まないどころか
「やっぱり効いてる!」
女戦士が槍を構え、流水剣に代わり魔女を守るように槍を構える。
流水剣が持つ日輪刀は燃えているように赤く染め上げられ、赤い燐光を放っている。赫刀化した日輪刀で負った怪我は、ヴァルコラキの生命力であっても傷を癒すのは簡単ではなかった。
流水剣は赫刀を発現させるには、日輪刀に凄まじい圧力を掛ける事で、刀の温度が上昇する事で発現するものだと考えた。
しかし、彼の意識が飛びかけるほどの握力を発揮して、目の前の大敵と戦うのは難しい。そのため考え出された苦肉の策が、流水剣がつけている指輪である。腕力強化の指輪。
そして嵐を操る神代の巨人に等しい膂力を一時的に授ける、怪力乱神の水薬。それを使って流水剣は赫刀を発現させて、意識を保って振るっていた。
しかし、
(これは、あと三分も維持は難しいな)
流水剣はそう判断する。この赫刀を、ただ日輪刀を握っただけで自在に発動できる剣士がいれば、それは剣聖と表現するのも生温い人を越えた超人だ。
「小癪っ!」
ヴァルコラキが肺腑いっぱいに空気を吸う。その様子を透き通る世界で流水剣が見た。ここで悪鬼が音波による攻撃をしかけることは、彼らは見越していた。流水剣が魔女に合図する。魔女が《
「──────???」
声が、音波が発生しないことに困惑するヴァルコラキの隙を流水剣は見過ごさない。流水剣は
──
未来の水柱から学んだ型。無拍子で繰り出される無数の斬撃。ヴァルコラキは赫刀で斬り刻まれる。
「地獄で詫びろ」
宙を舞うヴァルコラキの首が最期に見たのは冷厳なる覇気を放つ流水剣の姿だった。
◇◆◇
「消え、た……?」
確認するような魔女の言葉に流水剣は頷く。ヴァルコラキの肉体は灰とも塵ともつかないものに変わり消滅した。鬼舞辻無惨の鬼を日輪刀で首を斬ったときの現象に似ていた。
「ああ~、終わった終わった。腕痛―い」
女戦士が猫のように伸びをして呟いた。
「指輪は兎も角水薬の消費は赤字だったね」
腕力強化の指輪や怪力を与える水薬を流水剣に、提供したのは女戦士だった。
「ね」
女戦士はぬるっと
「これは貸しにしといてあげる。だからいつか返してね?」
端麗な唇を三日月のようにして微笑む女戦士。男ならば心揺らされる蠱惑的な微笑だ。
「……勿論、お返ししますよ。何なら粗品のたわしも付けちゃいます」
流水剣は表面上、取り繕いながらもそう言った。
「まだ……終わって、ない……で、しょ」
コツン、と魔女が床を魔杖で突く。魔女の言葉はまるで、流水剣と女戦士の間を割って入ってくるようだった。
「そうだな。ヴァルコラキは死んだが、まだゴブリンがいる」
流水剣が重々しく頷く。女戦士はうへぇと奇妙な声を出した。
「そうだった……そうね。あ~もう、帰ってお風呂入ってお酒飲んで寝たい」
ゴブリンは嫌いなのよ、女戦士はそう呟きながら、無造作に振るう槍の冴えに緩みは存在しなかった。
流水剣は既に通常の状態に戻っている日輪刀を自然体で握っている。自然体ではあるがその構えに油断はない。一切鏖殺の気概は些かの衰えもない。
三人の冒険者たちがそれぞれ迎え撃つ準備を整えているとき、地の奥底から唸り声が上がる。怨嗟の声、妬み嫉み、奪い、犯し、殺さんとする声。欲望に満ち満ちた、醜悪な叫び。
「……っ」
魔女は両手でしっかりと魔杖を握り締め、身を強張らせる。
「あいつら、ヴァルコラキが消えたのがわかった途端、襲うつもりになったか」
石櫃の奥にある階段から声が聞こえてくる。足音。武具のぶつかる音が幾重にも木霊し、近づいてきている。
武装を鳴らして歩みを進める怪物ども。吐息から混じる腐敗臭は遺跡の空気を、滴る涎は床石を汚す。猥雑な呟き、喚き声。
小生意気な冒険者どもをどう引き裂き、踏み躙り、陵辱するか都合のよい想像を膨らませて
美味そうな牝二匹の前に雄が立ち塞がる。
「何を笑っている。弁えろよ小鬼が。己を知れ、いい気分で終われるなどと思い上がるな。そんな都合の良い未来がお前たちに来ることは永劫ない。絶望しろ苦しみ抜け、惨めに泣き叫んで後悔しながら──死ね!」
流水剣の表情にも声にも、苛烈の気が溢れ、琥珀色の瞳が怒気の奔流を宙にほとばしらせていた。
没アイデアとしては女戦士がヘクトール(FGO)みたいに特殊な籠手を着けてロケットの推進力を加えて槍を投げるというものがありました。オマージュの範疇に収まるか自信がなかったので没になりました。