ゴブリンスレイヤー異聞:鬼滅の剣士(デーモンスレイヤー)   作:生死郎

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短いですが、水の都編最終回です。
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 流水剣が死の旋風と化して、地下迷宮に巣食う小鬼たちを黄泉へ葬り去ったあとも何日か使って地下を探索して小鬼の退治を完了したと判断した。

 今、流水剣は武僧(モンク)と思われる女性神官に神殿の最奥に息づく庭園にある四阿(あずまや)へ案内されていた。剣の乙女の手で茶を淹れてもらい飲んでいる。剣の乙女は話さず茶を勧めるだけ。それをかれこれ一時間。注がれる茶も一〇杯目である。

 流水剣としては数日ぶりにようやく剣の乙女と話せる機会である。鍛錬場で話して以降剣の乙女は流水剣と会うとあわあわと慌てふためきスタコラサッサと逃げてしまうのだ。柱や遮蔽物に隠れてこちらを見ていることがあったし、表情に嫌悪感がないことから嫌われているわけではないとは思うが、ようやくこうしてまともに会うことができた。まるで心を閉ざした野生動物を手懐けたような気分だ。

「あの……」

「はい?」

「小鬼退治、お疲れ様でした」

 剣の乙女が俯き、薄い薔薇色に頬を染め、唇を艶めかしく緩めた。

「時間がかかってしまいましたが」

「ご無事でよかった」

 彼女は心からそう思った。

「安心して眠ることができます」

 剣の乙女はいったい何年ぶりかわからないくらい深くてやわらかな眠りに落ちていた。これは驚くべきことだった。この数日の間、彼女は温かさを胸に覚えていた。その温かさは自分をそっと包んでまどろんでいるような気がした。それがとても心地よかった。こんな世界があるのかと思った。静かで明るくて、何もこわくない所にいた。

 それを与えてくれた相手は知っている。鬼狩りの剣士。鍛錬場で無心に剣を振るう姿は、まるで精霊が舞っているようで美しかった。そして、その様子は如何な英雄のそれよりも彼女には尊く思えた。

「あなたに確認したいことがあります」

 流水剣の視線を感じて彼女はどんな表情をするべきか、少しだけ悩んだ。毅然とした態度を取るのか、それとも素直に微笑んだほうが良いのか。

「はい、なんでしょうか? わたくしに答えられる事でしたら、何なりと……」

 彼女はいつも通りの、穏やかな笑顔を選択した。それが一番自分らしいと思えたのだ。彼にもそう思ってもらいたかった。

「あなたは全部、知っていましたね」 

 剣の乙女は微かに心臓が跳ねた。頬が熱を帯びる。膝の上で拳をきゅっと握り、凛と背筋を伸ばす。

「──はい、その通りですわ」

「やはり、そうでしたか」

「でも、どうしてお気づきになられたのですか?」

「あの沼竜(アリゲイタ)が小鬼を襲ったのは偶発的遭遇(ランダムエンカウント)ではないと思ったのがきっかけでした」

 水の都ほどの遺跡なのに地図はなく、剣の乙女から依頼された小鬼退治の依頼を除けば小鬼退治の依頼はなく鼠退治の依頼もない。

「地下を見張る何かが潜んでいる。あれがそうではないですか? 陰陽師が使うという式神みたいなものでしょうか?」

「式神? は存じませんが、あれは使徒(ファミリア)という存在です」

 沼竜は至高神に仕える秩序の守人、都市地下の守護獣だ。

「あの使徒が誰かの意志で動いているならば、使役できそうなのはあなたしかいない。所感ですが、あなた以上に優れた坊主──失礼、聖職の方はいないと思いました」

 剣の乙女は嘆息する。

「皮肉ですわね。至高神の御使いが守ってくださるのは街だけ、なんて」

「あなたは気付いてましたね。事件がゴブリンの手口ではないこと」

「ええ……」

「だけど、黒幕はあなたの推量とは違っていましたね。いや、途中までは当たっていたか」

 ゴブリンを手勢として使おうとしたのは邪教の者だった。しかし、悪しき精霊によって計画が狂ってしまった。しかし、ヴァルコラキの存在は誰にとってもイレギュラーなことだろう。

「素直に言えなかったんです。わたくしをゴブリンから助けてくださいと」

 言いながら、剣の乙女はしどけなく薄布を崩し、そっと自らの肩を撫でる。

「言っても誰も、思いもよらないのでしょうね」

「しかし、俺は信じます。今度から俺に言ってください。ゴブリンは俺が斬りますから」

「はい……!」

 剣の乙女は花が綻ぶように微笑んだ。

 ──雰囲気が変わったな。

 流水剣はそう感じた。彼女が纏う空気が違った。ふわふわとしているようだった。もう何も緊張しなくていいと、こうも力が抜けて柔らかくなれるのかと、彼は思った。

 流水剣が四阿を去る後ろ姿を、剣の乙女は見送った。彼に言って貰った言葉を思い出し、喜びとともに、自らの想いを口にした。

「わたくしは、あなたを、お慕い申し上げております……!」

 その言葉が届いたかどうかは──神のみぞ知る、だ。

 

 ◇◆◇

 

 流水剣の鋼鉄等級の冒険者としての生命は六時間で終わった。

 それは流水剣が水の都から帰還した翌日の午前中に鋼鉄等級への昇格の辞令をうけ、同日の午後に青玉等級の辞令をうけとったのである。鋼鉄等級の在任期間は四方世界に冒険者ギルドの等級評価制度の設立以来、最短記録であった。

「青玉等級の在任記録も最短を更新することができることを祈っています」

 受付嬢がそういって笑顔でお辞儀をした。

 辺境での冒険の功績から昇級はほぼ決まっていた。しかし、昇級審査を受ける前に水の都での冒険の功績が重なることによって一日で二回昇級する事態になった。

 自分が地位や階級に執着する人間だとは、流水剣は思っておらず、それはまた事実であった。にもかかわらず、六時間しか経験しなかった鋼鉄等級という等級に、流水剣は奇妙な愛着を自覚していた。半年か一年くらいその等級にあれば嫌になってくるかもしれないが、たった六時間では嫌気がさす暇もありはしない。冒険者に飛び級特進なし、という不文律がもたらした奇妙な処置であった。

 青玉という等級は、冒険者としては中堅層に位置する。在野での最高位は銀等級を目指すならば、銅、紅玉、翠玉と中堅層で等級も含めて通過点であるにすぎない。それを一年未満で青玉等級になったのは流水剣が初めてだろう。

 流水剣は新しい辞令と認識票を受け取って受付嬢のもとから離れると中央の広間で女戦士が待っていた。彼女からは昇級祝いを受け取った。まさかの六英雄の一人の登場に周囲の冒険者がざわつき、遠目で流水剣たちを見ている。まるでちょっとした人除けのアイテムのようだ。

 女戦士としては流水剣たちとともに在るのは居心地が良かった。特に流水剣との戦いは特に印象深かった。ともに戦うことは夢中になれた。彼との共闘はまるで頭の中で銀色に光るまぶしい水が隅々にまで流れ込んでゆくようだった。そしてそれは心地の良いものであった。

 流水剣は別れの握手をかわした。

「また一緒に冒険できれば嬉しいな」

 と言い残したものであった。

 流水剣が新しい認識票を首にかけて冒険者ギルドの建物の外に出ると、朧月のように凄艶な美女が彼の名を呼んで近づいてきた。

「昇級……祝い……おめで、とう」

「ありがとう。迎えに来てくれたのか」

「ふ、ふ、ふふ」

 肉感的な肢体をしならせた魔女が、流水剣に近づく。彼女の昇級審査は明日行われる。昇級は確実であろうと訊き、流水剣は安堵していた。彼女は流水剣に頼り切りではないかと思われて、勲功が足りないと思われていたのだ。そのせいか、昇級は活躍に見合わず遅かった。

 昇級の祝いとして酒場に行こうということになったが、適当な酒量で、彼らはささやかな酒宴を切り上げた。魔女が宿屋の階段を昇るとき、平衡感覚を失うようなことがあっては不味いからであった。




図らずも魔女よりも剣の乙女と女戦士がヒロイン力を発揮してしまう章でした。剣の乙女は原作のような動きだし、女戦士は同じ戦士としての戦友感があるおかげでそのように書きやすかったです。

魔女の昇級が遅かったのは、原作で女神官が銀等級に寄生しているのではないか、という懸念事項から昇級が遅かったことから、水柱ほどの大剣士と組んでも同じように見なされるのではないか、と考えて本編のようになりました。とはいえ、黒曜等級と青玉等級とは大きな格差となりました。

ここから一気に五年後の本編に飛んで書くか、イヤーワンの時代で依然として書くか考え中です。イヤーワン時代で拾えそうなネタが思いの外少ないという悩みがありましてね。
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