ゴブリンスレイヤー異聞:鬼滅の剣士(デーモンスレイヤー) 作:生死郎
瞬く間に三日が過ぎた。
二つの月が輝き、数多の星が数多の光を放っている。だが、その力は弱く、無限に広がる空間の大部分は、黒曜石を磨いたような暗黒に支配されていた。
八人の冒険者は円陣を組んで座っていた。中央に焚かれた炎から、煙が細く長く昇る。遠く背後には森人たちの住む森が、暗い中に盛り上がって見える。
「そういえば、みんな、どうして冒険者になったの?」
「そりゃあ、美味いもん喰う為に決まっとろうが。耳長はどうだ」
「だと思った。……私は外の世界に憧れて、ってとこね」
「拙僧は、異端を殺して位階を高め、竜となるためだ」
「えっ、は、はあ……えと、まあ、宗教は、わかります。わたしも、そうですから」
流水剣も驚いた。鯉の滝登りや登竜門のように、急流の滝を登り切った鯉は竜になるという故事を思い出した。蜥蜴僧侶は流石に滝を登ることはないだろうが。
「ゴブリンを……」
「あんたのは何となく分かるからいいわ。そっちは」
「鬼、魔性を斬るのが俺の仕事だ。冒険者は誰でもなれるからな」
転移でいきなりこの地に来たので、身分の保証ができない流水剣がなれる仕事は冒険者だった。
「そういえば、なんでグラムドリングは金等級なのに銀等級や他の等級の仕事を請けているのよ」
「俺は元々、銀等級のままでよかったから金等級昇格の依頼を何度か蹴っていたのだが、しつこく食い下がられてな。諦めさせようと思って『今までのように依頼を請けて仕事をすることを許すならば、昇格してもいい』と言ったんだ。そうしたら中央から来た官吏がそれで構わないというので、まあ、じゃあやるかと思って昇格した」
「じゃあやるかって……。なんか、嫌だ」
妖精弓手は何とも形容し難い顔である。彼女の意見ではないが、金等級で他の等級の仕事を請けることに難色を示す冒険者は確かに存在していた。
「嫌って……」
「おい耳長の。人に聞いておいて随分じゃないかえ」
「美味い! なんじゃいな、この肉は……!」
炙った途端から脂の滲み出る肉に、たっぷり香辛料をまぶして焼き上げた串焼き。香ばしくじゅわっと肉汁が出る柔らかい食感を気に入った鉱人道士は串焼きを無心になって齧りつく。
「おお、口にあったようで何より」
鉱人道士の快哉に、蜥蜴僧侶は自慢げに牙を剥いた。
「沼地の獣の干し肉だ。香辛料もこちらにはない物を使っておる故、珍しかろう」
「これだから
妖精弓手は顔をしかめ、小馬鹿にしたように鼻で笑った。
「私たちは仲良くお野菜食べましょうね!」
「え、あ、ああ……そうだな……」
わが友よ!と言わんばかりに破顔一笑する妖精弓手に、微妙な顔で応じる森人の斥候。彼女は横目に炙られている串焼きを見ている。流水剣と魔女は互いに顔を見合わせて笑う。自分たち
「あの、よかったらスープ、食べます? 炊き出しで作るようなものですけど」
「いただくわ!」
「いただこう……」
女神官はというと、手慣れた様子で何種類かの乾燥豆を混ぜ、スープを調理していた。妖精弓手は肉を受け付けなかったら、その提案には耳が跳ねるほど喜んだ。
「あっさりとした味付けでいいわね、これ! じゃあ、私も何かお返しをしないとけないわね」
妖精弓手はそう言うと、荷物から葉に包まれた薄く小さなパンを取り出し、一行へ配った。ふんわりと甘い香りが漂うが、砂糖や果実の類のそれではない。
「これは乾パン……じゃないですね。クッキーとも違うような……?」
「森人の保存食。本当は滅多に人にあげてはいけないのだけど、今回は特別」
「美味しい!」
「そ、良かった」
食べてみた女神官からの賛辞に妖精弓手は気のない素振りを見せつつ、どこか嬉し気に片目を閉じてみせた。
「ふぅむ! 森人の秘伝が出たとなると、わしらも対抗せねばならんの……」
鉱人道士が持ち出したのは、厳重に封印を施してある陶器の大瓶である。とぷん、と揺れる水の音。栓を抜いて椀に注げば、酒精の匂いが漂う。
「ふふん、わしらの穴蔵で造られた、秘蔵の火酒よ!」
「火の……お酒?」
妖精弓手が興味津々といった様子で、鉱人道士が手酌した酒を覗き込む。
「おうとも。まさか耳長の、酒も飲んだことないなんざ、
「ば、馬鹿にしないで、鉱人!」
妖精弓手はそう言って鉱人道士の手から椀をひったくった。並々と注がれた酒を、じいっと睨むように見て。
「透明だけど、お酒って葡萄の奴でしょう? 飲んだことあるわよ。子どもじゃないし……」
こくん、と。彼女は火酒を口に含んだ。
「……? ──ッ! !? !? !? !? !?」
途端、妖精弓手はあまりの辛さにケホケホと咳き込み始める。妖精弓手が目を白黒させて悶え、女神官が慌てて水筒を差し出す最中、流水剣たちも火酒を飲んでみる。流水剣も愛飲している蒸留酒をゴブリンスレイヤーや鉱人道士に勧めてみると鉱人道士にも好評であった。ゴブリンスレイヤーは黙ってがぶりと飲んだ。
よせばいいのに琥珀色の液体に興味を持った妖精弓手が飲んでしまい再び悶絶する事態にもなったが、夜の宴は賑やかで楽しい雰囲気のものだった。
顔を真っ赤にした妖精弓手がゴブリンスレイヤーに何か出せと詰め寄った。ややあって彼の雑嚢から、乾燥して固められたチーズの塊が転がり出る。
「ほう」
蜥蜴僧侶が舌先で鼻を嘗めた。見慣れないようで、しげしげと首を伸ばす。
「なんですかな、これは」
「チーズだ。牛や、羊の乳を、発酵させ、固める」
「なんじゃい、鱗の。お前さんチーズを知らんのか」
と鉱人道士。蜥蜴人には家畜を飼うという文化がなかった。妖精弓手が石を研磨したナイフでチーズを人数分に切り分ける。
鉱人道士の提案でチーズを炙ることになり、女神官が用意した串で刺して火にかけた。
「甘露!」
それぞれ食べてみると、快哉を上げたのは蜥蜴僧侶だ。長い尻尾が地面を叩いた。
「甘露!甘露!」
流水剣が物は試しにとろけたチーズを焼いた肉にかけて食べてみると、これが美味かったので魔女にも食べてみるように言って差し出す。
「……っ」
「美味しいよ、ほら」
魔女が何か言いたげに流水剣を見てから、彼が持っているチーズかけ肉を食べてみる。身を乗り出して串焼きを食べる格好になる。
「美味しいだろう?」
「そう、ね」
帽子のつばで隠れている顔がほのかに赤い。横で見ていた女神官が酒でも飲んだかのように赤くなっている。
蜥蜴僧侶が真似てみてその美味しさに咆哮を上げる中で、流水剣と魔女を面白くなさそうに森人の斥候が見ている。
「君もどうだ?」
「っ! 是非とも」
「ちょっとグラムドリング! お肉は森人の口には合わないわよ」
「ま、まあ、試しに食べてみてもいいと思うんだ」
「この子が鉱人臭くなったらどうするの!?」
妖精弓手の言葉から鉱人道士とまた口合戦が始まり、みんなの意識が森人と鉱人に逸れた隙に森人の斥候は流水剣から差し出されたチーズかけ串焼きを齧りついた。嬉しそうに食べて気づかれる前に飲み込んだ。
「のう、なぐり丸。その太刀、ちくと見せてくれんかのう」
流水剣が鉱人道士に日輪刀を渡す。鞘から抜き放って刀身を見る。流水剣の刀の色は深い水色で、彼が水の呼吸に高い適性を有している事を示している。刀身には“惡鬼滅殺”の意匠が刻まれており、鬼殺隊最高位たる水柱の証である。
「ほっほ、美しい刀身じゃ」
刀身や柄、鍔元をしげしげと観察する鉱人道士。
「そんなの見て、何が面白いのよ」
「まったく、これだから耳長は。この鋼の良さがわからんとはな。途轍もない切れ味に頑丈さ。そしてこの刀身に宿る尋常ならざる気配。この刀を打った職人はとんでもない腕利きよ。古の鉱人でさえ、打つのは困難じゃろうよ。そして同時に、この職人は常軌を逸しておる。作品にここまで情念を込められる人間とは恐ろしいのう」
「へー」
と、鉱人道士の説明に相槌し日輪刀を見つめる妖精弓手。
「でも、刀身は水みたいで綺麗よね。だけど、なんか怖いわね」
妖精弓手がただならぬプレッシャーを感じる刀身を見る。剣の乙女の鑑定で日輪刀は刀匠の鬼への憎悪が残り、日輪刀が四方世界に渡ったときにその憎悪によって絶対に壊れない不壊の妖刀と化していた。
「確か、鬼狩り殿はこの湾刀で竜も討滅されたとか」
「そうですよ」
「成程成程。術士殿の説明に納得しかありません。拙僧が竜になれば、鬼狩り殿と戦うこともあるのやもしれませんな」
「チーズ好きの竜と戦うなんて初めてになるな……」
流水剣は須佐之男命が八塩折之酒を使って八岐大蛇を倒した話を思い出す。
「大きなチーズを食べている間に斬りかかるとしよう」
「ふはは。いいですぞ。挑まれてこその竜ですからな。我が屍の上にこそ栄誉がありますぞ」
蜥蜴僧侶と流水剣の物騒な話に狼狽する女神官。
「え、あ、あの、本気じゃないですよね」
「は、は、は、は。無論、竜に成れればの話であります故」
「勿論、鬼でもなく人を襲わない相手を斬るつもりはないよ」
笑い合う二人に女神官は顔を引き攣らせた。魔女は長煙管をもって悠然としている。
「男の子、なんて……、そういう、もの、よ」
◇◆◇
巣穴は、広野の中に忽然として現れたように見えた。いや、果たしてそれを巣穴と呼べるのだろうか。大地に半ば埋まれるように盛り上がっている、大理石で作られた四角い入口。洞窟の類ではない。明らかに人工物。古代の遺跡だ。それが、沈みかかった太陽の光を反射し、ぎらりろ血の色に光っている。
見張りのゴブリンは二匹。入口の両脇に、手には槍を持ち、粗雑な革鎧を着て、並んで佇んでいた。その傍らには狼が侍っている。
「GURUU……」
「GAU!」
ゴブリンたちの様子を、彼方の茂みから森人の斥候と
「ゴブリンのくせに番犬まで連れているなんで、生意気よね」
「狼が多いとは、余裕がある群れのようだな」
「そのようだ」
森人の斥候の呟きに、傍らに伏せていたゴブリンスレイヤーが応じた。
彼らは打ち合わせをして妖精弓手の狙撃によってゴブリンたちを仕留めることにする。
弓弦が
矢が大きく弧を描く。右にいるゴブリンの頸椎が真横から吹き飛んだ。そのまま頬を突き抜けた矢は、左のゴブリンの眼窩に飛び込み、貫く。
何が起きたかわからないまま、飛び起きた狼が咆哮をあげんと顎を開いた瞬間、第二の矢が射貫き発声することもできず狼はこと切れる。
一党は驚嘆し、妖精弓手はドヤ顔をかまして、ふふんと自慢げに鼻を鳴らす。
「充分に熟達した技術は、魔法と見分けがつかないものよ」
「それを儂の前で言うのかね」
技術と魔法に長けた鉱人道士が顔をしかめて言った。
「二.……妙だ。奴らは何かに怯えていた。勤勉なゴブリンなど、いてたまるか」
妖精弓手が仕損じた場合に備えて、後詰めに
流水剣も気になることだった。上位種がトップである群れだとしても先程のゴブリンたちには違和感があった。そして、何よりもこの小鬼退治の専門家が妙だという事態である。ただの小鬼退治と思うのは心得違いというものだろう。
「みんな、油断せず行こう」
ずかずかとゴブリンの死体に歩み寄るゴブリンスレイヤーは、死体の傍らに跪く。
「あ、えっと……」
何をするか察したのだろう。強張った笑みの女神官が表情だけでなく、声まで
「て……て、手伝い、ますか?」
「必要ない」
ゴブリンスレイヤーは至極あっさりと答えた。ほっと息を吐く女神官の顔は、青ざめていた。
「何するの?」
好奇心旺盛な妖精弓手が軽快な足取りで近づき、ゴブリンスレイヤーの手元を覗き込む。ゴブリンスレイヤーの手には、いつの間にかナイフが握られている。
彼はそれをゴブリンの腹に突き立て、無造作に臓腑をかき回していた。
「……ッ!?」
妖精弓手が顔を強張らせる。彼女は慌ててゴブリンスレイヤーの腕を引いた。
「ちょ、ちょっと! いくらゴブリンが相手だからって、何も死体を、そんな……」
「奴らは臭いに敏感だ」
「……は?」
答えになっていない答えを、ゴブリンスレイヤーは淡々と言った。革の籠手をべっとりと血で染めながら、彼はゴブリンの骸から臓物を引きずり出す。
「特に女、子ども、森人の臭いには」
「え、ちょっと……。ね、オルクボルグ。まさか、と思うけど──……」
答えの代わりに、ゴブリンスレイヤーは臓物を手ぬぐいで包み、引き絞る。
妖精弓手は彼の鎧兜の汚れの正体に思い至り、顔面蒼白になる。
「あ、ゴブリンスレイヤー。うちの二人はちゃんと匂い袋を持っているから、臭い消しは要らないよ」
流水剣が事もなげに言う。彼が背後に守るようにしている魔女と森人の斥候が匂い袋を持ってゴブリンスレイヤーに見せる。まるで、その様子は匂い袋がゴブリンスレイヤーを寄せ付けないための御符であるかのようだ。
「そうか」
ゴブリンスレイヤーは頷いて、妖精弓手へ歩み寄る。
「い、嫌よ! ちょっとなんとか……」
助けを乞うように女神官に縋るように見るが、女神官は陸に打ち捨てられた魚のような目で、妖精弓手を見ていた。可憐な少女は力なく微笑んだ。
「慣れますよ」
やっぱり妖精弓手は洗礼を受けてもらわないとね!
妖精弓手は超トールキン人ですが森人の斥候もスーパーレゴラスなんでが出番は次回!あるはず。
この先待っているオーなんとかさん、超勇者ちゃんがLV30で殴り合うはずの中ボスなので間違いなく強い相手なんですよ。