ゴブリンスレイヤー異聞:鬼滅の剣士(デーモンスレイヤー)   作:生死郎

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長くなりそうなので分割します。


06

 見張りの死体を藪に隠した一行は遺跡へと踏み込んだ。白亜の壁に囲まれた狭い通路は、徐々に下り道になっているようだった。前衛を務める森人の斥候は拾った長い枝で、行く手の床と壁をコツコツと叩く。そして紐に結んだ小石を放り、それが無事に転がるのを確かめて、するすると手繰り寄せる。

「罠はないな」

「拙僧が思うに、これは神殿だろうか」

「この辺りの平野は、神代の頃に戦争があったそうですから」

 蜥蜴僧侶(リザードマン)の疑問に女神官が答えた。彼女は壁面に彫られた絵を、そっと撫でて頷く。

「その時の砦かなにか……。造りとしては、人の手による物……のようですが」

 女神官が私見を披露する側でめそめそと泣く声が聞こえる。

「……大丈夫かの、耳長娘」

 痛ましげに鉱人道士(ドワーフ)が妖精弓手を見ていた。

「うぇえ……。気持ち悪いよぉ……」

 森人(エルフ)の伝統的な装束を赤黒く穢されて、妖精弓手(エルフ)はぐずぐずとすすり泣いていた。ゴブリンの臓物から絞った汚れて穢れた汁を頭から塗りたくられたのだ。

 さしもの鉱人道士といえど、この有り様の彼女をからかう気はないらしい。妖精弓手の隣で、ゴブリンスレイヤーが淡々と言った。

「慣れろ」

 彼は既に剣を抜いていた。妖精弓手はぎろりと彼を睨む。もっとも目尻には涙が滲み、長い耳が情けなく垂れているので、迫力は皆無だった。

「……戻ったら、絶対覚えてなさい」

「覚えておこう」

 ゴブリンスレイヤーは素っ気無く言った。

 彼の前を魔女と並んで歩いている流水剣が、ゴブリンスレイヤーと妖精弓手の会話を聞いて微苦笑を浮かべる。

 ──律義者め。

 魔女は杖に明りを灯し、腰をふるように歩いている。光源は充分一党たちとその行く先を照らしている。松明よりも明るい。古き森人たちの火除けの結界は、遺跡の奥底にまで及んでいる。彼女の魔法のほうが炎よりも明るく照らしてくれる。

只人(ヒューム)っちゅうんは不便だのぉ」

 鉱人道士は口髭を捻りながら言った。鉱人(ドワーフ)闇人(ダークエルフ)森人(エルフ)蜥蜴人(リザードマン)も、大なり小なり夜目が利くのだ。

 妖精弓手の様子を見かねた女神官が、そっと、後から慰めるような声をかける。

「あの、洗えば落ちますから……少しは」

「……苦労してそうね、あなたは」

「ええと、もう、慣れました」

 女神官は困ったように笑う──彼女もまた、聖衣が赤黒い汚れで染まっていた。白磁等級である彼女は匂い袋を購入するお金を用意できなかった。

 前から順番に森人の斥候、流水剣、魔女、ゴブリンスレイヤー、妖精弓手、女神官、鉱人道士、蜥蜴僧侶という陣形。通路の幅は二人並んで余裕があったため、女神官を二人ずつ挟む形になった。彼女は白磁等級。一行の中で最も弱く、脆い。守らなければならない存在である。

「地下は慣れとるんじゃが……なんぞ気持ち悪いの、ここは」

 鉱人道士が額の汗を拭って毒づいた。遺跡はゆるい傾斜がどこまでも続いていた。

「直線に、見えて……通路が、曲がって……いる……、みたい」

「魔女の指摘の通り、通路が螺旋状になっていてそれが平衡感覚を狂わせているんだろう」

「なんだか、塔の中にいるみたいな気分ですね……」

「古代の砦というのであれば、こういう造りもあり得るのだろう」

 女神官も息を吐き、蜥蜴僧侶が応じた。

「古代の城塞……こんな時でなければ調べてみたいな」

「まったくだわ。こんな状況じゃなきゃ、もっと色々見てみたいんだけどなぁ」

 流水剣の呟きに、妖精弓手が同意した。ややあってようやく下り道が終わると、通路はそこで左右に分かれている。一見して特に差異のない同じ造りの通路が、T字型に伸びていた。

「待て」

 途端、森人の斥候が鋭く言った。

「どうした」

「動かないで」

 妖精弓手がゴブリンスレイヤーに短く命じて、彼女は腹ばいになって床に這い蹲る。そっと前方の石畳の隙間を細い指先でなぞり、丹念に探っていく。

「鳴子か」

「多分。真新しいから気づいたけど、うっかりしてると踏んでしまうわね。気を付けて」

 妖精弓手が指示した床は、僅かに浮き上がっていた。踏むと機構が動いて音が鳴り、奥にいるゴブリンたちが侵入者に気づくだろう。

 螺旋通路を下った直後で、集中力、感覚もおかしくなってしまい見落としてしまうかもしれなかった。

 鉱人道士がまだ見ぬゴブリンに悪態をつく、その前方でゴブリンスレイヤーは辺りを見渡した。

「どうした?」

「トーテムが見当たらん」

「あ、そういえば……」

 流水剣の問いに答えたゴブリンスレイヤーの言葉に、女神官は納得したように首をふる。

「ゴブリンシャーマンが……いない……という、こと」

 ゴブリンスレイヤーの短い回答に疑問符を浮かべる何人かの冒険者へ、魔女がゴブリンスレイヤーの言葉を補完した。

「あら、呪文使い(スペルキャスター)がいないのなら楽じゃないの」

 妖精弓手が楽観的に受け止め、笑顔で手を打った。

「いや」

 蜥蜴僧侶がシューッと鋭く息を吐く。

「察するに……いない、というのが問題なのだろう。小鬼殺し殿」

「そうだ」

 ゴブリンスレイヤーは頷き、剣の切先で鳴子を示す。

「ただのゴブリンどもだけでは、こんなものは仕掛けられん」

「真新しいのなら遺跡の仕掛けではないな」

「シャーマン以外の上位種か、あるいは別の存在がゴブリンを指揮しているのかもしれないな」

「そう見るべきだ」

 森人の斥候と流水剣の見解に、ゴブリンスレイヤーは頷く。

「足跡は分かるか?」

 ゴブリンスレイヤーの問いに、妖精弓手が申し訳なさそうに答える。

「……洞窟ならともかく、石の床だと」

「ならば、ここは私が見てみよう」

 森人の斥候が床の減り具合からゴブリンがねぐらとしているのが左側であると看破する。

「どうやってわかったの?」

 妖精弓手が不思議そうに森人の斥候に訊ねる。

「奴らは左から来て右に行って戻るか、左から来て外に向かっている」

 森人の斥候の説明に妖精弓手がなるほど、と感心した素振りをする。ゴブリンスレイヤーは剣を突き出して、右の道を示す。

「こちらから行くぞ」

「ゴブリンたちは左側にいるんじゃないの?」

 妖精弓手が胡乱げに問うても、ゴブリンスレイヤーはずかずかと歩いていく。

「ああ……だが、手遅れになる」

「なにが?」

「行けばわかる」

「……むこうからは酷い臭いがするな」

 鋭敏な感覚を持つ流水剣は右の道の奥から悪臭を嗅ぎ取った。

「ゴブリンに攫われた人がいるかもしれない。それを確認するためだ。それに右側にもゴブリンは向かっているのなら、そこにゴブリンが潜伏していた場合、背後から攻撃されるかもしれないから、念を押すためにも右の道を確認しておきたいんだ」

 妖精弓手は納得して、通路を進んでいく。次第に流水剣でなくても気づくほどにむっとするような臭気が漂い出した。ねっとりとべたついた空気。妙に酸味が、呼吸と共に肺腑へ取り込まれていく。

 皆がそれぞれ警戒していくなか、妖精弓手は女神官の様子を気にかかる。彼女の歯が、かたかたと鳴っていた。女神官はこの臭いに覚えがあるのだ。

「意識して、口で呼吸しろ。すぐに慣れる」

 ゴブリンスレイヤーは振り返らず、ずかずかと無造作に奥へ突き進んでいく。

 臭気の源は遺跡の一画で、腐りかけた木の扉が嵌っている。

「ふん」

 ゴブリンスレイヤーはそれを躊躇なく蹴り破る。ドアは室内へ倒れると、木板で床の汚液が音を立てて飛び散った。

 そこは、ゴブリンどもの汚物溜めであった。食べかす、腐肉のこびりついた骨、垂れ流された糞尿、ゴブリンの犠牲になった死骸、がらくたの山。

 大理石で作られた白かったはずの壁や床は殆どゴミに埋まり、赤黒く汚れていた。その中に、薄汚れた金色の髪が覗いていた。鎖に繋がれた脚も。やせ衰えた四肢には無残な傷跡がある。腱を断れたのだ。それは森人だった。汚濁にまみれ、憔悴しているが、彼女の左半身は美しい容貌をとどめている。

 だが右半身は違う。女神官は、まるで葡萄の房を埋め込まれたかのようだと思った。白い肌が見えないほど青黒く腫れ、目も乳房も、何もかもが潰れている。

 その意図は明白だ。ただ、彼女を嘲り、いたぶるためにゴブリンがしたのだ。

 女神官の頬は、瞳の青が拡散したように青ざめ、魔女も顔色は蒼白で痛ましげその美貌を曇らせる。

「うぇ、おえぇえぇぇ……っ」

 妖精弓手がうずくまって胃の中身をびしゃびしゃと吐いて、森人の斥候はその横で、吐き気を覚えて口を押さえている。

 流水剣は怒りで拳を固く握った。予期していたこととはいえ、彼の中でゴブリンへの嫌悪感は、殺意へと生化学反応を生じて変化している。

「……なんじゃい、こりゃ」

「小鬼殺し殿」

 鉱人道士は鬚を捻っていたが、顔が強張っているのを隠しきれていない。表情のわかりづらい蜥蜴人の顔にさえ、嫌悪感が溢れ出ていた。

「初めて見るのか」

 ゴブリンスレイヤーの静かな言葉に、妖精弓手は口元の汚れを拭う事もなく、こくんと頷いた。目からは涙がボロボロ零れ、耳がぺにゃりと垂れている。

「そうか」

 ゴブリンスレイヤーは頷いた。

「……して、……ころして……ころしてよ……」

 微かに漏れた啜り泣きは囚われた森人のものだ。彼女はまだ息があった。

 女神官は慌てて駆け寄り、その身を支えた。汚濁が手につくことなど気にも留めなかった。

水薬(ポーション)を……!」

「待って……、弱って、いるから……喉に、詰まる……かもしれないわ」

 魔女が近づいてきて、彼女の身体を検めた。

「傷そのものは命に関わるものではない。が、危ういな。憔悴しきっている。奇跡を」

「はい……!」

 女神官は胸元に錫杖を手繰り寄せ、手を傷ついた森人の胸へと添える。

「《いと慈悲深き地母神よ、どうかこの者の傷に、御手をお触りください》」

 聖職者が神の奇跡をもたらしているのを横目に、ゴブリンスレイヤーは妖精弓手へと近づく。

「知り合いか?」

 妖精弓手はうずくまったまま、ふるふると力なく首を左右に振った。

「たぶん……たぶん、私と同じで冒険者だと……思う」

そうかとゴブリンスレイヤーが頷くその横を、流水剣が通り過ぎる。女神官と蜥蜴僧侶が訝しげに彼を見上げる。

 ヒュゥゥゥゥと呼気が流水剣の口から発する。そうして雷霆の如き迅速さで抜刀した流水剣は日輪刀を汚物の山に突き立てていた。そのあまりの速さは直近で目撃した魔女や女神官であっても、抜刀と刺突の過程を視認できず、まるで時間が消し飛んだようだったかのように錯覚した。

 汚物の中からぎゃっと悲鳴があがった。日輪刀の刺突によって吹き飛んだ汚物の中には、延髄を刺し貫かれたゴブリンがいた。手から毒短剣が零れ落ちる。

 エルフの背後、汚物の山にそれが潜んでいた事は、流水剣を除けばゴブリンスレイヤーと虜囚の森人以外気づいていなかった。

「あいつら……みんな、ころしてよ……!」

 囚われていた森人の冒険者は、血を吐くようにしてそう叫んだ。流水剣は日輪刀を引き抜き、刀を振るって血を振り抜き、ゴブリンの衣服で血脂を拭った。

「任せろ。それが俺の仕事だ。俺は魔性を屠る」

「無論だ」

 流水剣は力強く、ゴブリンスレイヤーは淡々と応じた。

 妖精弓手は力なく項垂れている。艶やかな髪が、頭部のうごきにつれて揺れたが、それはこのとき、いつもの華麗さではなく憂愁の花粉をまきちらすようだった。

 ゴブリンの生きとし生けるものへの悪意に彼女は魂を底まで冷たくした。そして、その悪意と向き合い続ける流水剣やゴブリンスレイヤーが遠い異境の異邦人のように見えた。

「あなたは、いつも奴らを狩りつづけているの?」

 流水剣の琥珀色の瞳が鋭気を込めて、妖精弓手を見据えた。

「それが俺のできる唯一のことだ」

 

 ◇◆◇

 

 森人の虜囚を森まで送り届ける役目を買って出たのは蜥蜴僧侶だった。彼は腰に下げた袋から小さな牙をいくつか取り出し、それを床にばら撒く。

禽竜(イワナ)の祖たる角にして爪よ、四足、二足、地に立ち駆けよ」

 すると音を立てて散らばった牙は、原型を失い蕩けて沸騰するようにして膨れ上がった。程なくして牙は直立した蜥蜴の骨の姿となり、蜥蜴僧侶に(こうべ)を垂れて跪く。

「父祖より授かった奇跡、《竜牙兵(ドラゴントゥースウォリアー)》である」

 事情をしたためた手紙をもたせ、竜牙兵は森人を担ぎ上げ、出発する

 ゴブリンスレイヤーが蜥蜴僧侶に竜牙兵を戦力として利用できるか確認をしている横で、妖精弓手はうずくまって啜り泣き、女神官が彼女の背をさすっていた。

「なんなのよ、もぉ……こんなの、わけわかんない……っ」

 相談を終えたゴブリンスレイヤーがごみ溜めを漁り、弄り、崩し、やがて汚物の中から何かを引っ張り出した。それは明らかに冒険者向けの、帆布で作られた頑丈な背嚢だった。

 ゴブリンたちが中を引っ掻き回し、その内に飽きて捨てたのだろう。かなり汚れている。ゴブリンスレイヤーが背嚢の中を引っ掻き回した。

「やはり、あったか」

 そして乱雑に丸められた紙片を取り出す。随分と古めかしく、やや黄ばんでいた。

「……何ですか、それは」

 女神官が妖精弓手の背を撫でながら、そっと開いた。

「この遺跡の地図みたいだな」

 流水剣は流麗な筆致で描かれた図形を指先でなぞった。

 あの森人は不幸にもこの遺跡がゴブリンの巣穴になっているとは、思いもよらなかったのだろう。未知の遺跡を踏破するのもまた冒険であればこそ、起こり得る事態。

「左の道の先は回廊だ」

 ゴブリンスレイヤーは丹念に地図を調べながら言った。

「吹き抜けになっている。十中八九、其処だ。奴らが寝られるほど広い場所は他にない」

 ゴブリンスレイヤーは無造作に地図を折りたたみ、自分の雑嚢に押し込んだ。

「左で正解らしい」

「……ふん」

 鉱人道士は不機嫌そうに鼻を鳴らした。ゴブリンスレイヤーはその他、軟膏などいくつかの品を森人の荷物から取り出す。そしてその背嚢を、無造作な手つきで妖精弓手へと放った。

「……?」

「お前が持て」

 俯いていた妖精弓手が、背嚢を受け取ってきょとんと顔をあげた。擦ったせいか、潤んだ目尻を赤く腫れていて、酷く痛々しい表情だった。

「行くぞ」

「ちょっと、そんな言い方は……!」

「……良いの」

 声を荒げた女神官を遮って、ふらつきながら妖精弓手が立ち上がる。

「行かないと、いけないものね」

「そうだ」

 ゴブリンスレイヤーは淡々と応じた。

「ゴブリンは殺さなければならん」

 

 左の道は一点、まるで迷路の如く入り組んでいた。砦ならばこその構造である、地形を把握していなければ進むことも難しかったことだろう。流水剣たちには地図があったし、罠に関しても探索者は二人いる。途中、警邏中のゴブリンに遭遇することは何度かあったが、概ね、順調だったといえる。

 ゴブリンは妖精弓手が短弓で射殺し、仕留め損なえば、ゴブリンスレイヤーや森人の斥候が飛び掛かる。一行に遭遇して生き延びたゴブリンは一匹もいなかった。

 神業な射芸の妙を持つ妖精弓手が幾度か仕留め損なった事から、女神官は彼女の精神的失調を危惧した。

 幾度目かの、そして回廊を前にした最後の小休止。使える呪文の数の確認など行った。

「飲みますか?」

「ありがと」

 女神官が未だに顔色が悪い妖精弓手に水袋を渡す。妖精弓手は喉を潤すところを見てゴブリンスレイヤーが忠告する。

「あまり腹に物を入れるな。血の巡りが悪くなる」

「もう少し労ってあげてもっ!」

「誤魔化す必要がない」

 ゴブリンスレイヤーはいつも通り淡々として動じていない。流水剣は何と声をかけていいのかわからずにいる。

「行けるのならこい。無理なら戻れ。それだけだ」

「馬鹿言わないで! そんなこと、できるわけないでしょう!? 同胞があんな目にあって黙ってられないわよ。それに近くには私の故郷だって!」

「そうか。なら行くぞ」

 妖精弓手の激昂や心情などどこ吹く風のゴブリンスレイヤー。彼らしいと言えば彼らしい態度だ。

「落ち着け、耳長の。敵地で騒ぐもんじゃないわい」

「……そうね」

 落ち着くために呼吸を整えた妖精弓手。

「鉱人に従うの不本意だけど、正しい意見ね」

「ほ、調子が戻ったようじゃの」

 先程とは顔色が変わった彼女に続くように、他の者どもが歩き出す。

回廊へと行き当たった。手振りで先行する旨を伝えると、森人の斥候は妖精弓手を連れて猫のような足取りで前へ出る。妖精弓手が気落ちしているため森人の斥候がそれをフォローする形だ。

 森人の斥候や妖精弓手が見たのは、広大な空間だった。回廊にはゴブリンがはびこっていた。それも一〇匹や二〇匹ではない。それを越える、気が遠くなるほどの数。

 これほどの数のゴブリン。数の暴力が自分に迫ったらと想像すると、妖精弓手の胸郭の中で心臓が跳ねあがった。脳裏に虜囚となったあの森人が想起された。彼女はあれだけの数の小鬼どもの慰みものにされたのだ。そして、何か迂闊なことをすればそれは妖精弓手の未来にもなり得る。そして自分はその凌辱に耐えらえる精神的骨格を持ち合わせていないと、妖精弓手は思った。

「大丈夫か」

 森人の斥候に声をかけられて、妖精弓手は笹穂形の長い耳がビクンと跳ねあがった。

「お、脅かさないでよ……」

 妖精弓手が小声で文句を言うと、すまない、と森人の斥候が謝ってくる。

「そんなつもりはなかったよ」

 妖精弓手が恨めしげに睨んでくるが、森人の斥候は肩を竦めてみせる。

「さあ、相談しに行こう」

 

 ◇◆◇

 

 ゴブリンスレイヤーの発案に鉱人道士がまず呪文を使う。手にした赤い壺の中身をグビリと呷る。

「《呑めや歌えや酒の精(スピリット)。歌って踊って眠りこけ、酒呑む夢を見せとくれ》」

 《酩酊(ドランク)》の呪文によりゴブリンたちは酩酊状態になる。ゴブリンたちは妙にフワフワとして心地よくてたまらない。思考は曖昧になり自分が起きているのか夢を見ているのかわからなくなる。

ゴブリンたちは自分の声が出ないことに気づいた。それは回廊の上に鉱人道士とともに立つ女神官によるものだった。

「《いと慈悲深き地母神よ、我らに遍くを受け入れられる、静謐をお与えください》

 それは《沈黙(サイレント)》。無音の世界でゴブリンたちは眠りについてしまう。仲間に異常を知らせる時間もなく、または異常に気づかず眠りについて。そして彼らは永遠に目覚めることがなくなった。

 ゴブリンスレイヤーはゴブリンたちが持つ短剣で、ゴブリンたちの喉笛を切り裂いて容赦なく殺す。

 女神官と鉱人道士の呪文を維持している間に、手早く片付けてる必要があった。

 魔女は必要なときのために、《惰眠(スリープ)》を使うために女神官たちとともに控えており、その護衛として妖精弓手がいた。

 小鬼の抹殺はゴブリンスレイヤーだけでなく、流水剣、森人の斥候、蜥蜴僧侶が行なった。流水剣は最初に仕留めた一匹が持っていた棍棒を使ってゴブリンたちの頭部を潰して抹殺していく。森人の斥候は自分が持つ真なる銀(ミスリル)のナイフで喉笛を切り裂いて殺し続けている。彼女のナイフは魔法の力を持つナイフなので血脂が付着して切れ味が鈍ることはない。それは蜥蜴僧侶が用いている刀でも同じことだった。彼が使っているのは獣の牙を研いだ刀だった。白い刃が、既に真っ赤に染まっている。

 流水剣は淡々としてゴブリンの頭を潰し続ける。脳漿と血で汚れる棍棒を機械的に振るい続ける。流血に酔うなどということは彼には起こり得ない。

 流水剣は、人界最強の剣士と異名をとるほどの冒険者だが、それは彼が不必要に好戦的であることを意味しない。殺伐とした気性や残忍性、いたずらに武力を誇るなどの行為は、彼とはまったく無縁のものだった。

 三〇分もかからず広間のゴブリンたちはすべて討滅された。流血に白い床は穢れた、血の海が出来上がっていた。

 やがて全員が揃って広場を出ようとした、その時だ。

 ずん、と大気が震えた。無音空間の中で、その衝撃だけが轟いたのだ。誰もが立ち止まった。

 流水剣は棍棒を投げ捨て日輪刀を抜刀する。ゴブリンスレイヤーは素早く盾を構え、油断なく剣を抜き放つ。ゴブリンから奪った剣だ。森人の斥候はナイフを納めて突剣を抜き放つ。

 そして暗闇の中から、それが姿を現した。

 青黒い巨体。額に生えた角。腐敗臭の漂う息を吐く口。手にした巨大な戦鎚。驚愕に目を見開いた森人の斥候が、呟くように声を絞り出す。

「オーガ……ッ!」

 ようやく音の戻った世界で、その名前が木霊した。




ここら辺までのお話の流れにオリジナリティを追加したくてもうまく入れらなかったのは残念無念です。強いて言えば、人数が多いからゴブリン退治が早く済むくらいですかね。
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