ゴブリンスレイヤー異聞:鬼滅の剣士(デーモンスレイヤー) 作:生死郎
水柱の青年と魔女は遠出の準備をした後に、前もって約束していた集合場所に揃った。水柱の青年は暫く待つことになった。魔女は遠出が初めてとなるので準備に時間がかかったらしい。今回の依頼には馬車は使わず、徒歩での移動となる。
「疲れたら早めに言って欲しい。目的地の街は俺も君も初めての場所だし、街道に沿って進むとしても、慣れない遠出に無理を重ねて消耗するのは得策ではないからな」
最初に水柱の青年がそう魔女に言って歩き出した。そしてその旅路、魔女が少しでも疲れが溜まっていると判断すれば、小休止や水分補給を行うように青年は気を配った。そのおかげで旅慣れしていなかった魔女の負担も軽くしていた。
水柱の青年自身、隊員を率いて移動するときに気を配ることが身についていた。同じ呼吸術を使う剣士であっても柱とそれ以外では圧倒的な格差があった。だからこそ、水柱の青年は自分と同じくらいの運動量を求めてはあっという間に潰れることを良く知っていた。
「ごめ、ん、なさい。あなた、一人。で、なら、ば、もっと、速く。行け、たのに」
小休止を入れているとき、魔女が水柱の青年に言った。
「気にすることはない。俺達は
屈託なく笑う水柱の青年に、魔女も表情を緩ませる。
「ありが、とう。……あな、たは、旅、慣れ……て。いる、の、ね」
「まあね。俺もこうやって移動することは多かったから。同僚たちと移動してもみんな同じくらい動けるとは限らない。だからこうして小まめに休憩を入れて休まないといけない」
「あなたは、まだ、大、丈夫、そう、ね」
「まあ、鍛えてるからな!」
実際、水柱の青年は鬼殺隊でも体力、スタミナが特筆して優れている剣士だった。特に痣が発現してからはさらに精強になった。
鬼たちを追って飲まず食わず三日かけて追い詰めて仕留める体力が、水柱の青年にはあった。
実体験に基づいた反省も含めた旅のコツを魔女に伝えた。水柱の青年は疲れにくくする荷物の背負い方、足を痛めないように長距離を歩く方法など、実体験に基づいた反省も含めた旅の知識を彼女に教えた。
途中、冒険者崩れと思われる盗賊や追い剥ぎの類いに出くわしたりもしたが、水柱の青年が相手では格が違いすぎた。粗雑ではあるが武器を持つ盗賊たちは徒手空拳の水柱の青年に撃退されてしまった。
陽も落ち、すっかり暗闇に包まれた平原の一角。そこでは暖かな焚き火の光が二人を淡く照らしている。
水柱の青年と魔女は肉や乾いたパンなどを取り出して夕食の準備をした。水柱の青年は購入した火酒を飲む。日本ではほんの数回飲んだことのある舶来の酒で、このような酒精の強い酒を飲んだことを思い出した。魔女は火酒を遠慮した。彼女には酒精が強すぎるらしい。
「それならばこれはどうかな?ギルドの給仕さんに勧められたものだ」
水柱の青年が旅用の背負い袋から取り出した水袋から杯に黄金色の液体が注がれる。漂う甘い香りに魔女は興味を示した。
「甘くて、美味しい。……飲みやすい、わね」
「口に合ってよかった。女性の給仕さんが飲みやすい酒、だからかな」
蜂蜜酒に合う肴として干した果物を魔女に勧め、水柱の青年は魚の燻製をあぶり始めた。
「燻製はいる?」
「いただくわ。そうね、私は……」
貰ってばかりでは難だからと、魔女が自分もお裾分けできるものを探した。
「蜂蜜レモンはいる?」
「これは初めて見るな。いただこう」
食事が進み、酒の深酔いしない程度に飲んでいた水柱の青年はふと魔女に訊いてみたくなった。
「ところで君はどんな理由で冒険者になったんだ?」
答えてくれるかわからなかったが、魔女が語りはじめた。彼女は貴族の子女だという。しかし、祖父の代では既に没落していた貧乏貴族なのだ。彼女には卓抜した魔法の才能があった。それを見込んだ賢者のもとへ魔女は師事して魔法を学んだ。そしてその力は世界ではどの程度のものなのか、それを確かめたいために冒険者になったのだと。
「あなた、は、どうして冒険者になったの? 腕は立つし、物腰も普通の白磁の冒険者らしくないわね」
水柱の青年は冒険者ギルドへ行ったような説明を魔女にした。自分がまるで異なる世界から来たとは、素直に言うつもりはなかった。
「もしか、して……貴族、の、生まれ、なの?」
白磁等級の剣士など武器を持っているだけの無頼漢や破落戸の類か、貧農から転身した者が大半で礼儀正しく謙虚、和を重んじるという水柱の青年のようなタイプは珍しかったのだ。
「まさか」
否定しつつも魔女の質問に水柱の青年は内心さて、どうしたものかと考える。
「俺は遠くの国から来た剣士だよ。怪物……人食いの鬼を斬ることを生業にしていたんだ。元の生まれは商家だ。それなりに店も大きかったんだけれども、人食いの鬼たちに使用人もろとも喰われて家もなくなったけどね」
焚火が爆ぜて火の粉が散る音が夜闇に響く。
まるで何でもないように話す姿に、まだ納めどころを見つけられずにいる水柱の青年の心情が魔女に伝わった。彼はまだ、何でもないようにしか話せないのだ。
「……ごめん、な、さい」
「気にしないでくれ、終わったことだ。──それとして、今は依頼のほうをしっかりやろう」
魔女に余計な気遣いをさせてしまったと水柱の青年は後悔した。
◇◆◇
「……これは」
「どう、したの?」
「硫黄の臭いがする……。硫黄の混ざった湯気の臭いだ」
「──」
水柱の青年の言葉を聞いて魔女の表情が強張る。ごくりと唾を飲む。緊張の面持ちだ。水柱の青年も彼女の緊張を察しはしたが、それ以前に周囲の環境からただならぬものを感じ取っていた。
透き通る世界へ到達した彼はより優れた感覚で気配の主を見つけ出した。
「上か!」
それは生物というより、人型の蟲を模して肉で造られた、機械か何かのようだった。血のような体表に、まるで帽子を被ったかのような尖った頭。
「来るか! 術の備えを頼む!」
「ええ!」
水柱の青年は日輪刀を抜刀する。魔女も杖を握り、術の備えをする。下級魔神たちの殺気を感じ取る。
「俺たちが狙いか」
「そう、ね」
ごうと風切る音を立てて、魔神の一匹が水柱の青年たちを目掛けて舞い降りる。
水柱の青年は日輪刀を片手で持ち、もう一方の手で魔女を自分のほうへ引き寄せる。
「いきなり、ごめん」
「大丈夫、私、こそ、ありがとう」
水柱の青年の胸板に手を添えた魔女が見上げてお礼を言う。
次なる攻撃が天降り注ぐ。翼を折りたたむようにして急降下。まるで飛燕のごとき一撃を、水柱の青年は睨み付ける。魔女をそっと離して日輪刀を構える。
「ヒュゥゥゥ……ッ!!」
──
「AAARREMMEERRRRRRR!?!?」
そして、この世のものとも思えぬ悲鳴が上がった。水柱の青年が機を逃さずに討ったのだ。全ての水の呼吸の技の中で最速の突きで迎撃したのだ。鬼の頸を斬り落とすには向かないが、悪魔の眼窩を突き抜けて脳幹を貫いたばかりか、刺突の衝撃に耐えかねた脊椎がへし折れ、刀を素早く引き抜けば悪魔はそのまま墜落してぐしゃりと潰れる。
「まずは一匹!」
そう言いながら、水柱の青年は地を転げる。先程までに水柱の青年の頭があった空間に、鈎爪が通過する。急降下してきたもう一匹の魔神が、水柱の青年の頸を掻き獲らんとしたのだろう。
「大丈夫!?」
「大丈夫だ!」
油断なく杖を構えいつでも魔法を使えるように、魔女は天を睨む。杖を持つ手は恐怖と緊張でかすかに震えている。初の依頼で遭遇した怪物が下級魔神二匹とは、骰子の出目が悪かったようだ。
敵を視界に捉えようとした魔女は、はたと気づいた。天に赤い光が一つ。それは星ではなかった。大口を開けた魔神の口中で輝く赤い火だった。
「《
「!?」
魔女の叫びに水柱の青年が反応する。魔女をお姫様抱っこしつつ、初速からの最高速度で走り出す。本来なら数秒後には水柱の青年がいただろう位置へ炎の矢が突き刺さり、火柱が上がる。
「~~~!」
水柱の青年と魔女は、赤々とした照り返しを受けながら走る。火箭のごとき速力に魔女は思わず、水柱の青年の首に腕を回してしがみついた。
「《加速》の、魔法、使って、いるの!?」
「まさか。鍛えているだけだ!」
絶対嘘だ、と魔女は思ったが彼が言ったことは事実だった。
人間の爪先は本来ブレーキをかける筋肉であり、素早く走り出すのには向かない。しかし、踵で踏み込むことで爪先から踏み込むよりも力強く走り出すことで、走り出しから最高速度を出すことが出来る。朋友の鳴柱から学んだこの走法。卓抜とした運動センスがあってこそのものだった。
「君の魔法であいつを墜とすことはできないか?」
「やって、みる」
「任せた!」
《火矢》を避けられた悪魔が、急降下を仕掛けるつもりのようだ。水柱の青年は魔女を降ろす。
悪魔の禍々しい気に、杖を構えるものの手が震え、力ある言葉も紡げない。
そのとき、魔女の肩に温かいものが触れる。水柱の青年の手だった。
「大丈夫。君ならばやれる。今まで学んできたことを思い出すんだ。努力してきた君は君のことを裏切りはしない」
落ち着かせるような静かでしかし力強い言葉だった。不思議なもので青年の声は魔女の中にすっと入ってきた。
「───ありがとう」
魔女の手の震えが止まった。
「
粘着性の蜘蛛の網が魔神に降りかかる。蝙蝠のような翼に網が絡まり羽ばたこうにも自由を失った翼では重力のしがらみからは逃れられない。──本来ならば。下級たりとて魔神は魔神。世の理を捻じ曲げ、道理を押し込め無理を押し通す怪物である。「ARREMERRRRRRRR!!」
地に落ちた下級魔神は筋力にものを言わせて網を千切ろうとしながら、蹴爪で大地を蹴って飛翔しようとする。
「ありがとう、助かる!」
次の瞬間、水柱の青年は下級魔神へと跳躍して躍りかかる。
──
クロスさせた両腕から勢い良く水平に刀を振るう。
「AREEEERMEER!?!?!?!?!?!?」
魔女が魔法で作り出した粘着性の網も抵抗なく斬り裂き、《火矢》を放たんとする下級魔神の頸を刎ねる。
落ちた頭部は広野を転がり、脱力した身体からは青紫色の血潮が噴き出す。弛緩した亡骸はどう、と音を立てて倒れた。
◇◆◇
まさか初の依頼で下級魔神と戦うことになるとは魔女は思ってもみなかった。小鬼でもあるまいに、下級魔神など銀等級の冒険者が相手をするような怪物だ。
水柱の青年が魔神の首を討ち落としたときようやく緊張が解けた。
「ふぅ……」
艶っぽい吐息を吐く魔女。
恐ろしい手練れの剣士を見つめる。同じ白磁の冒険者とは思えないほどの強さだった。いや、魔法職と戦士職では比較するのもおかしなことだが、彼が尋常ならざる実力者なのは確かだった。
──
魔女は実際に戦う青年を見て確信した。自分の肩に置かれた手。硬く鍛え抜かれ分厚い手だった。それは青年のたゆまぬ努力と鍛錬を物語る手だった。
そこにあるものは楽しいひと時も、平気でかなぐり捨てた一人の人間の生きた証だった。
いや、違う。……彼には投げ捨てられる程の時間などは持ってはいなかったのだろう。
焚火に照らされた、過去を話す青年の顔を思い出す。
「……」
もっと彼のことを知りたいと、魔女は思った。
コソコソ四方世界裏話
閃雷走法(せんらいそうほう)
作中で水柱の青年が使用した走法。鳴柱から教えてもらった技。
踵から走り出すことで走り出しから最高速度を出すことが出来る。通常、人間が走り出すときに使うつま先や太ももの大腿四頭筋という筋肉は本来ブレーキをかける筋肉であり、実は素早く走り出すには向かない。そこでこの走法は足の踵から踏み出し、裏側の筋肉を使うことにより瞬発力を高めている。
この走法の元ネタは現実の人間ではマイケル・ジョーダンが実践していたもので、実践しようとすればマイケル・ジョーダン並の運動センスにより可能になる動きであり、これはそう簡単にできることではない。
ちなみにこの走法は当時の鳴柱以外には水柱の青年しか習得できず技能としては失われてしまった。