ゴブリンスレイヤー異聞:鬼滅の剣士(デーモンスレイヤー) 作:生死郎
「来たぞ!
それが冒険者の最後の言語活動になった。
唸るような雄叫びが、血風吹き荒れる戦場に木霊する。オーガか
ゴブリンでありながら、戦場の行末を左右しかねない強大な敵。
「っしゃあ! 大物か! 雑魚相手も飽きてきたんだ!」
獰猛な笑みを浮かべて武器を背負い、率先して前に飛び出す重戦士。その後に、盾を掲げた女騎士が続く。
重戦士たちは先程流水剣に指示された作戦に従い、行動していた。
◇◆◇
「俺が有利と言うのは二つの点からだ。ひとつ、敵が四方向にゴブリンを分散させているのに対し、俺達は一ヵ所に集中している。全体を合わせればゴブリンが優勢であっても、ゴブリンは実質孤立した状態だ。ゴブリンに対したとき、俺達が優勢だ」
「それで、もう一つは?」
「戦場から次の戦場へ移動する際に、中央に位置する俺達冒険者のほうが最短で進むことができる。もしゴブリンが俺達と戦わないで合流しようと思えば、大きく迂回しなければならない。時間と距離は俺達の味方だ。それに、増上慢なゴブリンどもがそのような慎重な判断をするはずがない」
「ああ、なるほどぉ……」
「つまり、俺達はゴブリンに対し、戦力の集中と移動のしやすさから優位に立っている」
鋭く切り込むような語調で流水剣が言い終えたとき、冒険者たちは一瞬、結晶化したように魔女には思われた。
分散して進撃している最中の敵を、再集結する前段階を各個撃破のチャンスとする戦術が流水剣のいた世界にはあった。下級貴族から大国の皇帝にまで上り詰めた天才の叡智を魔女たちが知らないのは無理なからぬことだった。
流水剣は戦上手な
「俺達はゴブリンに包囲される危機にあるんじゃあない。ゴブリン達を各個撃破する好機にある!」
おおっ、と多くの冒険者たちがどよめく。難しいことはわからないが自分たちは窮地ではないらしい、金等級の冒険者にそう言われて安心したのだ。
「それで、鬼狩り殿に成算はおありですかな?」
「ある。みんなが俺の作戦に協力してくれればの話だ」
「どんな作戦だ? 言ってみろ」
槍使いが流水剣に問う。流水剣が作戦を説明した。
「俺が先頭に出る。ゴブリンの群れを斬り裂き潰す鏃となろう」
「じゃあ、俺も付き合おう」
「はっはっはっ。そのような大役、拙僧も担わせていただけなければ父祖に顔見せができませぬ」
重戦士と
「前にばかり腕っぷしがいるってのも難だな」
槍使いが名乗り出たベテランたちを見渡す。
「背後は俺が護ってやるぜ! だから存分に戦え」
頼もしい槍使いの発言に流水剣も重戦士も思わず、カッコイイ……と呟いた。
◇◆◇
──まったく、どいつもこいつも馬鹿ばかりだ。
やはり群れの長には死灰神から奇跡を授かった選ばれし者である自分。英雄である自分こそが相応しい。彼は今すぐにでも過ちを正さなければならないと考えた。
自分なら今頃、冒険者共を皆殺しにして、女は孕み袋にしていたのに。王を名乗るあいつはなんという無能者だろう。
彼にはこんな大きな群れを統率するだけの才覚も、あれだけの戦術知識もないが自分なら上手くやれていたと信じている。彼はまさしくゴブリンだった。
戦場に転がる死体から剥ぎ取った甲冑を着てマントを纏い、傷を負って衰弱していたところを不意討ちして殺した冒険者から強奪した名剣を持った彼の姿は、騎士道物語を皮肉った醜悪な
一つ、二つと群れは冒険者によって滅ぼされた。今もゴブリンたちの数は減っている。忌々しい。不愉快だ。
残るのは僅かだ。知恵も力もなく貧弱な小者が十余匹。呪文が使える小賢しい奴が一匹。図体がでかいだけで知恵の回らない二匹。
こんな馬鹿どもを率いて行かねばならないとは! 何故自分ばかり苦労するのか。小鬼聖騎士は苛立ちを隠そうともせずガチャガチャと荒々しく甲冑の音を立てながら歩を進める。
まあいい。あのような無能者が王になれたのだ。もっと賢く選ばれし者である自分はもっと大きな群れを率いる王になれるのだ。大勢の群れを自分が率いてあの牧場を落としてやろう。そして一番苦労して一番働いている自分は、当然女も餌も自分が一番多く得るのだ。
「GURAURAURAURAURAURAU!!!」
小鬼聖騎士の喚くような穢れた声は邪神に聞き届けられ、《
◇◆◇
「行きます! みんな、あいつらをぶっ飛ばしましょう! ……ん、んん! ともかく、戦います! いざ!」
貴族令嬢は戦いの昂揚感と、先手をとった自信が加わって、彼女の表情に鋭い生気を漲らせていた。彼女の一党もみんな士気を高揚させている。
武具が唸り、血飛沫あげて、平原のそこかしこで似たような光景が繰り広げられる。
そして貴族令嬢たちが向かうのは同胞を火だるまにさせたゴブリンたち。
「
森人の女魔術師の《
火炎に焼かれた仲間を踏み越えてやってくるゴブリンたちを貴族令嬢が
殺到する火球を小鬼聖騎士は
貴族令嬢の前に小鬼聖騎士が立ち塞がる。
「
言い放つと同時に、貴族令嬢は後方に跳び退いた。死灰神の
宙を切った剣は、慣性によって小鬼聖騎士をよろめかせた。貴族令嬢を組み伏せて犯す妄想にかられて功を焦ったのか。
兎に角、小鬼聖騎士はよろめき、貴族令嬢の一撃が、剣をはね飛ばした。小鬼聖騎士は、小さな叫び声とともに横転した。
「さあ、覚悟なさい!」
貴族令嬢の
その落下は、しかし永遠に中断された。死灰神の奇跡による一閃の光芒が、貴族令嬢の眼前を通過したとき、剣の刀身は撃砕され、破片となって飛散していたのである。
怒りと失望の声をあげながら、貴族令嬢は身をのけ反らせた。身体を一転させた小鬼聖騎士が、手に持つ古の名剣を貴族令嬢めがけて突き上げたのだ。のけ反ってそれをかわした貴族令嬢は、体勢を崩しかけた。そこへ小鬼聖騎士がつけこまなかったのは、森人の女魔術師と女僧侶が魔法と奇跡を放ちながら駆けつけたからである。
身を翻した小鬼聖騎士は追い討ちをかけようと剣を振りかぶる。だが圃人の女野伏が牽制の矢を放ち、小鬼聖騎士の兜に当たり、小鬼聖騎士は僅かに怯む。動きが止まる僅かな隙を冒険者は見逃さなかった。
貴族令嬢は刀身が折れた
「裁きを司、つるぎの君、天秤の者よ、諸力を示し候え!」
至高神の信徒である貴族令嬢が燦然たる死の閃光である《
「……終わりかな?」
「ええ、ここのゴブリンは、だけれど」
圃人の女野伏の呟きに森人の女魔術師が応える。そう、少なくともこの場のゴブリンは全滅だ。極めて局地的な戦いだったが、ここだけは自分達の勝利だ。
圃人の女野伏は矢が尽きたので
貴族令嬢は折れた剣を投げ捨て、小鬼聖騎士が持っていた剣を拾い上げた。彼女が思った通り、かなりの業物だ。
神代の頃、いにしえの名匠が鍛え上げた業物の剣だった。その刀身には幾重にも刃が連なって唸りをあげている
「そのような業物を何故ゴブリンが?」
女僧侶が当然の疑問を述べた。
「さあ、死体から剝ぎ取ったのかもしれませんね」
戦士である貴族令嬢も名剣魔剣の類を求める気持ちがある。例えば流水剣の
自分もいつか業物や魔法の剣を持ちたいと思っていた彼女は、これも縁だと思い、古の名剣を自分のものとすることにした。
「水を飲んで一息ついたら―――」
前線に戻ろう、と言おうとして貴族令嬢は言葉を切る。一党の
貴族令嬢は小休止を挟むため、一度離脱しようかと思ったとき……。
「GOARUARUARUARUA!!」
残るゴブリンの群れが疲弊する貴族令嬢たち一党へ殺到する。
「不味い!」
森人の女魔術師は表情だけでなく、声まで
緊張は光の速さで彼女たちの精神回路をみたした。
だが、彼女たちの横から人影が入ってきた。流水剣である。
「ヒュゥゥゥゥ!」
──水の呼吸
呼気とともに日輪刀が閃光となって撃ちこまれてきた。日輪刀は深い青色の軌跡を宙に残して、ゴブリンたちの首を刎ねた。
「みんな、よく頑張ってくれた」
抜き身の刀を持つ頼もしい笑顔を見て、森人の女魔術師はそのまま地面にすとんと腰を落とした。腰が砕けた。反則、と口の中で呟いて、森人の女魔術師は顔の火照りが収まるまで俯いたまま顔を上げられなかった。
◇◆◇
貴族令嬢が、流水剣にむけて笑顔をつくった。かなり強張った笑顔は、筋肉の緊張が完全にはとけていないことをしめしていた。
「どうやらまた助けられてしまいましたね」
「気にするな。助け合うのは当たり前だ」
気負いなく言う流水剣に、貴族令嬢はまともに流水剣の顔を見られず、彼女はゴブリンたちの様子を見る。
ゴブリンどもの増援だ。呼吸を整えねば危ない。彼女は名剣を構え直す。なんとか話題を探し出す。
「そ、そう言えばゴブリンスレイヤーさんはどこに行ったのでしょうね?」
「あら。彼が、誰だか、知ってる……でしょ?」
艶やかな声で囁いた魔女が長煙管から煙を吸い込み、そっと吹く。桃色の甘ったるい煙が風に乗って漂い、それを嗅いだゴブリンたちの五感は幻惑されて動きが鈍る。
「そうだ。あいつがどこにいるかはわかっている」
流水剣は言う。
「──ゴブリンを、
魔女は魔杖を掲げて、ゴブリンの群れを見つめている。やがて深呼吸すると、
「
魔女が《
白い、量感に溢れた光の塊が、ゴブリンの群れに襲いかかってゆく。魔女の魔法を受けたゴブリンの群れは瞬時に消滅した。あまりの高熱、高濃度のエネルギーが、爆発を生じさせるといういとまさえ与えなかったのだ。有機物も無機物も蒸発したあとに、完全に近い虚無だけが遺った。
◇◆◇
遠くの夜空の向こうから声が聞こえる。ゴブリンの汚らわしい声ではない。それは冒険者達の勝鬨だ。ゴブリンの群れが壊滅して、ゴブリンの王もゴブリンスレイヤーによって退治された。
貴族令嬢、森人の女魔術師、女僧侶、圃人の女野伏が表情を緩めて安堵の息を漏らす。
「終わったようですね」
「ええ」
「私達の……」
「勝ち、よ」
四人の間に弛緩した空気が流れる。こんな大勢の敵と戦うのは一党全員が初めての経験だったのだ。緊張し、張り詰めていた精神がようやく解きほぐされた四人一斉に大きく息を吐いた。
「どうした? 疲れてたのか」
流水剣の一党である森人の斥候が、未だに座り込んでいる森人の女魔術師に近づく。
「夜の御方よ痛みの母よ、痛み昂り悦びを」
森人の斥候が《
「ありがとうございます……」
森人の女魔術師はお礼を言うが、立ち上がろうとはしなかった。その様子に森人の斥候が胡乱げに見つめる。
「どうした? どこかまだ問題があったのか」
「い、いえ、そうではないのですが……」
森人の女魔術師は羞恥で頬を紅潮させる。縋るように杖を持ったまま顔を俯かせる。彼女の脳裡に窮地に駆け付けて、刀を振るう流水剣の姿が浮かび上がる。有象無象の小鬼たちを前にして少しも動じることがない。殺気を放たず、恐怖もなく、怯みもせず。ただ植物のような気配の彼が小鬼を斬る姿が思い出される。
「さっきの彼が格好良くて、その……下着がまずいことになってしまいました」
森人の女魔術師の告白を訊いた森人の斥候たちは表情の取捨選択に迷ったような顔で沈黙した。
森人の斥候は聞かなかったことにすると言って、その場を去った。貴族令嬢たちは仲間の魔術師にはまだ少し、時間が必要と判断した。
小鬼の首も正確には数えてないが、一党で合計すれば一〇は越えて獲った。そして貴族令嬢は
戦果としては充分なものではないか。そう自分に言い聞かせながら、貴族令嬢は、破壊と殺戮の手が丹念になでまわした、その痕跡を見渡した。冒険者とゴブリンの流血によってぬかるんだ地面。各処に、武器を納め、装備を緩めた冒険者たちの姿や、呆然と座り込む姿が見えた。
戦死者に祈りの言葉を捧げる神官と、その後ろで黙祷する冒険者たちもいる。胃壁に氷塊が下りてきたような気分になる。もしかしたら自分が、あるいは仲間たちがそうなっていたかもしれない。
ともあれ戦には勝った。今日、自分達は生き残った。大きな怪我もなく全員無事だった。報酬も充分だ。かつて一党全滅という大赤字になりかけた。だが、あれから自分達は鍛え続けて今日は決算を黒字に転化させることができたのである。
ちなみに今回登場した小鬼聖騎士は原作で雪山の城砦に登場した個体とは別です。あれは知覚神の聖騎士ですが、今回の小鬼聖騎士に力を授ける死灰神はサプリ導入された邪神です。
正直、流水剣だと小鬼相手では無双ゲーの呂布みたいになっちゃうので、貴族令嬢一党にスポットを当てて書いてみました。
最後に留めを刺した魔女ですが、《火球》が好きならば《