ゴブリンスレイヤー異聞:鬼滅の剣士(デーモンスレイヤー)   作:生死郎

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魔女の寝間着という燃料を公式に投下してもらったのに投稿遅れてすみませ~ん!!
頭の中にある物語をアウトプットする能力が欲しい……!

剣の乙女が再登場です!


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 水の街。そこは辺境の街から広野を東へ二日ばかり行ったところに、その街はある。森の中、流水剣がかつていた世界の淡海(あふみ)(うみ)よりも大きな湖の中州にそびえ立つ白亜の城塞。それが水の街である。

 神代の砦の上に築かれたこの街には、その立地から多くの人が集う。湖に繋がる支流を伝って船が行き交う、商人と品物で溢れ、各地各種族の言語が入り乱れている。

 中央の西端、辺境の東端。辺境の街近隣では最大の都市である。

 がたごとと音を立てて馬車で湖の中央、城門を潜り抜ける。馬車が停留所に停まると、冒険者たちは次々と降りていく。

 長時間の馬車旅で強張った身体を解しながら文句を言っている妖精弓手(エルフ)の横で、鉱人道士(ドワーフ)は出店で買った料理を食べていた。

 流水剣が水の街に来たのは久しぶりであるが、相変わらずの盛況ぶりである。

 剣の乙女と流水剣の付き合いは彼が駆け出しの冒険者だった五年前からになる。彼女の依頼を受けて彼女との絆を強めてからは、頻繁に流水剣一党への指定依頼を出していた。彼の昇格には彼女の後押しによるところも大きい。

 先日の混沌の軍勢との闘いに臨んだのも剣の乙女の推挙によるものである。

「……何か、雰囲気が悪いな」

「ああ……」

 流水剣の誰へともなく呟いた言葉にゴブリンスレイヤーは首肯した。

 ほう、と蜥蜴僧侶(リザードマン)が興味深げに舌を出した。

「鬼狩り殿、小鬼殺し殿。して、その心は?」

「ゴブリンどもに狙われている村と、よく似た空気だ」

「……空気?」

「鉱人は鈍いからわからないわね」

「うっさいわ。お前だってわらかんのだろう」

「あら~、森人(エルフ)の故郷は森よ。都市の匂いがわからなくてもおかしくないもの」

鉱人道士(ドワーフ)妖精弓手(エルフ)の不毛な争いに、流水剣が一石を投じた。

「あそこの土には小鬼の足跡もある。偵察か、狩りに出たのかな」

「え!?」

 鋭敏な感覚を持つ流水剣が屋敷の庭を指して言った。森人の斥候とゴブリンスレイヤーが屈みこんで足跡を見る。

「こんな街中にゴブリンが出るだなんて……」

「だが、これが現実だ」

 妖精弓手が呆れたようにボヤくと、ゴブリンスレイヤーは鋭く言い返す。

「俺にも覚えがある」

 武器こそ抜いていないものの、彼の動きは洞窟の中のそれと大差がなかった。

「懐か、しい……わ」

「あれも小鬼退治がきっかけだったな」

「私もその縁でこうして行動することになった」

 流水剣一党が駆け出し冒険者の頃(イヤーワン)を思い出していた。

「そして、今回の依頼者も同じだ」

「あ、あの、流水剣さん。依頼者というのは本当に……?」

「そうだよ、嘘ついたって仕方ないだろう?」

「で、ですよね」

 流水剣に訊ねる女神官の表情は緊張が含まれている。それもそのはず。今回の依頼者が剣の乙女は六英雄(オールスター)の一角にして、西方辺境一帯における神官職の頂点である至高神の大司教(アークビショップ) なのだ。信仰は異なれど同じ神官職でも女神官とはかけ離れた人物である。

 偉大な先達との邂逅を前にして女神官が緊張するのも無理なからぬことである。

「安心してくれ。怖い人じゃないから」

「は、はい……」

 女神官は錫杖を両手でぎゅっと握りしめ、声も固いままであることを彼女も自覚していた。

 

 ◇◆◇

 

 法の神殿を訪れる者は多い。至高神に祈るのは信者だけではないからだ。神の名の下に審判を行う、司法機関でもあるからだ。

 細やかな日常の揉め事、人の生き死に関わる事まで。神の威光を以て裁いてもらおうという者はいつの世も多い。

 後の世に、水の都の人々は語り伝えたものだ。

「剣の乙女さまはあそこで、お裁きの公正なことにみんな感歎したものだ」

 剣の乙女が公正な裁判官であったことは事実だが、伝説とは膨れ上がるものである。彼女以外の者が裁いた裁判の多くも後世では剣の乙女が裁いたと民草の間に広がることになる。

 流水剣たちは女官に案内されて陳情者が満たされている待合室を抜けて、神殿の奥へ進む。そこは流水剣が駆け出しの頃に案内された場所と同じ、神殿の最奥、太陽を模した神像が祀られる礼拝堂だった。

 そこに、依頼主である彼女がいた。流水剣、そして同じく顔なじみの魔女、森人の斥候も挨拶をする。それは気安さを感じさせるものだった。

「久しぶりです」

「ふ、ふ、ふふ」

 流水剣の傍ら、肉感的な肢体をしならせた魔女が、さながら影のごとく、ぴたりと彼に寄り添っている。

「お待ちしておりました」

 今にも溶けてしまいそうなほどに熱のこもった、蕩けるような声だった。

 海のように揺蕩う豪奢な黄金の髪が、頭部のうごきにつれて揺れ、いつものごとく華麗な光をまきちらすようだった。

 地母神もかくやという豊かな身体の線を、惜しむことなく描き出す白い薄衣。衣服から垣間見える肌は、まったく日に焼けておらず、白を通り越して透き通る。

 故に彼女の頬が薔薇色に輝いて見えるのは、陽光を浴びているからだけではないだろう。

 愛と美の女神(アフロディーテ)の息を吹き込んだ白い象牙で作られたような、その美貌の大司教の瞳はしかし黒い(しゃ)で覆われている。

「あら……」

 剣の乙女は女神官や妖精弓手(エルフ)のほうを向いた。女神官は剣の乙女から硬質な冷たいものを感じた気がしたが、それも一瞬で霧散した。黒い紗で双眸を覆った剣の乙女からは、常人でない精気を発していた。ちょうど流水剣その人から発しているおなじ神秘的な力を。

 手にはさかしまになった剣と天秤を組み合わせた、正義と公平の象徴たる天秤剣。

 それに縋るようにして身体をしならせた彼女は、どこか不安そうに、か細い声で囁いた。

「ご迷惑、でしたでしょうか?」

「そんなことはないよ。久しぶりだね」

 剣の乙女。そう呼ばれる辺境一の聖職者に、流水剣は気負いのない笑顔で応じた。

「はい。どうか、助け……いいえ」

 女が艶っぽい、潤んだような声で囁き、ふるりと首を左右に振った。

「……殺して、頂けますか?」

「もちろん、約束を果たそう」

 泰然とした返事だった。剣の乙女の唇が緩んで、熱っぽい吐息が漏れる。剣の乙女が頭をふると、豪奢な金髪が、金環(コロナ)の一部をうつしたように、燃えあがるかがやきを発した。

「ゴブリンか?」

 そんな二人の間に斬りつけるような声が割って入る。ゴブリンスレイヤーである。

 剣の乙女が一瞬驚いたような反応をするが、すぐに気を取り直して流水剣たちを案内する。

「ええ、はい。それではまずはお仕事の話をしましょう」

 剣の乙女は流水剣たちを応接間へ案内して、手振りで椅子を勧めた。それぞれが席に着くと、彼女は流水剣の対面に、腰をしならせて着席する。僅かに身じろぎして、その豊かな尻の位置を整えると、剣の乙女は天秤剣を手繰った。

「かつて流水剣様には小鬼を、恐るべき魔性を討滅していただき、この水の街に平穏をもたらしていただきました。……それなのに、このごろこの街にそくそくと迫る妖気があります」

「──そうか」

 流水剣が蜥蜴僧侶(リザードマン)が首を伸ばした。

「妖気とは」

「巡回した衛視や冒険者の情報よりゴブリンと推して相違ないでしょう。このひとつき、夜に街を歩く住人たちが襲われ、命を奪われています。本当に、ひどい事件でした。かつて、あなたに救っていただいたあの時を思い出したように」

 剣の乙女の豪奢な黄金の髪が、頭部のうごきにつれて揺れたが、それはこのとき、いつもの華麗さではなく憂愁の花粉をまきちらすようだった。

「すると、冒険者を使わせても探索は成果を上げなかったのか?」

 森人の斥候が尋ねると、頷き短く自らの仕える神へと祈りを捧げた。

「以前と同じく、この地下にゴブリンは潜んでいるだろうと思い調査の依頼を冒険者へ出したのですが……」

「……その人たちは?」

 女神官がそっと問いかけると、剣の乙女は黙って首を左右に振った。

「そう、ですか……」

「さらに言えば、このゴブリンによる災いには、何か作為的なものが(ほの)みえます。しかし、それはわたくしの所感に過ぎません。ギルドへ依頼を請けていただきたくともわたくしの私見だけを根拠に依頼として請けるのは、どうやら御不満のていにみえる」

 この街に小鬼の巣がある、ということに半信半疑な者もいる。被害は出ているが気にしていない者が大半なのだ。それはかつてヴァルコラキが街に潜んでいたときと同じ状況だった。剣の乙女によって不浄なる輩が駆逐されているからこそ清浄な街として運営されているのだが、その状況を当たり前のものであると享受してしまい、街への脅威に実感を持てずにいる。

 そして、ゴブリン相手には軍や衛視を派遣することはできないのだ。

「それゆえ、わたくしと個人的にも昵懇の間柄である流水剣様に、密かに街を脅威から守ってもらいたいのです」

 昵懇の間柄のくだりの剣の乙女はやや強い語調だった。

「なるほど、了解した。謹んでお請けしよう」

 流水剣は泰然と言った。

「また、わたくしがはたと思いついたのは、ゴブリンたちから辺境の勇士と名高いゴブリンスレイヤー様に街を守っていただきたいと」

「街を救えるかどうかは、わからん」

 ゴブリンスレイヤーはあっさりと言った。

「だが、ゴブリンどもは殺そう」

 仮にも辺境一帯を預かる大司教、かつての英雄に対する口の利き方ではない。女神官は彼の袖を引き、唇を尖らせて彼を窘めている。

 しかし、その様子を見て剣の乙女は楽しそうに笑っていた。意外そうな視線を受けて、失礼、と剣の乙女は謝る。

「ねえ、地図を持って来てくださる?」

「はいはい、準備できておりますよ」

 答えたのは年嵩の女官だった。彼女は流水剣たちを案内した女官で、応接間の隅、暗がりに溶けるように彼女は控えていた。裾が長く衣の多い礼装でありながら、女官は音もなく動いて黒檀の卓上へ地図を広げる。

 彼女は剣の乙女の世話役兼護衛であり、女官とも流水剣一党は古い知己である。

 武僧(モンク)の類かと彼女を見た初見のゴブリンスレイヤー一党に、「ふふふ」と笑った剣の乙女が、彼らに説明する。

「それで、地下水道へ降りるには神殿、裏庭の井戸からがよろしいかと思いますわ」

 その地図は古めかしい地下水道の見取り図に真新しい書き込みがあった。それはかつて流水剣によって小鬼の屠殺場と化した地下水道、そして神殿部分の空間について正確な情報が書き込まれていた。神殿建立当時の古い見取り図も情報がアップデートされて正確な地図になっていた。

黄金の絹糸のような髪を、白い指ですきあげつつ、細い人差し指で地図上を滑った。

「わかった」

 剣の乙女から話を聞き、ゴブリンスレイヤーは頷くと地図を無造作に畳むと、宙に放った。サッと蜥蜴僧侶が腕を伸ばして鋭い爪先で器用にそれを掴み取る。

地図役(マッパー)は任せる」

「うむ、承知した」

「では行くぞ。時間が惜しい」

 言うだけ言うとゴブリンスレイヤーはずかずかとした足取りで歩き出した。彼の一党は仕方ないとばかりに頷き合い、彼について退室した。

「故に其の疾きこと風の如く、だな。やれやれ。彼らが帰り次第、私が提供できる情報もあの地図に補完しておこう」

 森人の斥候が嘆息する。

 彼女もかつてはこの街の地下水道で謀を企む一派に属していた。そのため、水の街の地下水道の構造についても一日の長がある。

「ええ、お願いしますわ」

残ったのは流水剣一党、剣の乙女、女官のみとなった。女官は彼らの関係は知っている。

「依頼を請けていただいて本当に……ありがとうございます。本来であればわたくしがやるべきことなのでしょうが小鬼がこの地下に潜んでいるかと思うと」

 剣の乙女は表情だけでなく、声まで雪花石膏(アラバスター)で固めたようになって言う。

「恐ろしくて、恐ろしくて、とてもではありませんが……」

 気が気でない──と。剣の乙女の告白を、余人が聞いたら何と思うだろうか。肩を震わせる剣の乙女に流水剣がにやりと笑って片目をとじてみせた。

「ああ……俺が幾ばくかの力になるのなら──全霊をもって力になろう」

 剣の乙女は濡れた赤い唇の隙間から、ほぅ、と吐息を漏らして、微笑んだ。




剣の乙女「美人が増えてる……」(女神官、妖精弓手を見ながら)

数あるゴブリンスレイヤー二次創作でもあんまりなかっただろう、行殺(スレイ)された邪教団側からのアプローチ&ゴブリンスレイヤー一党とは別行動な展開です。こう原作から外れた展開となるとやはり構想にも時間がかかりまして……、進捗が遅くて本当に申し訳ございません。

評価、感想、意見をいただければ幸いです。

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