ゴブリンスレイヤー異聞:鬼滅の剣士(デーモンスレイヤー) 作:生死郎
「あ、流水剣さん、おはようございます」
「……っ! ああ、おはよう」
朝、大浴場から出てきた流水剣を見かけた女神官は挨拶をした。少し驚いたような顔をしている流水剣は朝の鍛錬のあと汗を流したのだろうか。
(あれ……? ですが昨日はたしか……)
胡乱げな女神官の視線を受けながら流水剣はさりげなく浴場の扉を女神官の視界から遮った。堂々たる巨躯なので小柄な女神官にとっては壁に等しい存在感だった。
「いやあ、ちょっと汗をかいてしまったから身体を清めたくてね。君もそうなのかな?」
「あ、はい。それに、ゴブリンスレイヤーさんも目覚めたことですし、気分転換で落ち着かせようかなと」
「そうか、ゴブリンスレイヤーは目覚めたか。そりゃあ良かった」
ゴブリンスレイヤーとともに流水剣が剣の乙女からの依頼を請けて数日が経過した。ゴブリンスレイヤーは
「俺たちも、そっちに参加しておけばよかったな。ゴブリンスレイヤーには申し訳ないことをした」
ゴブリンスレイヤー一党は大半が在野における最高等級である第三位の銀等級であるという質の高いメンバー構成である。それでも流水剣一党が加わればより万全に小鬼たちに対処することができただろう。そう思うと友人の負傷に流水剣は呵責を覚える。
「そんな、流水剣さんが気に病むことではありません。それにみんな生きて帰ることができましたから」
「……ありがとう。そうだね、みんな生きて帰ったんだ。重畳だな」
年下の少女に気を遣われたことに流水剣は困った風情で頭を掻いた。思わず”たられば”の話をしてしまったのは、流水剣自身に今回の依頼について疑問に思うところがあったからだ。いくら依頼が二つあったとはいえ別行動するのではなく合同で動いてもよかったものの、剣の乙女からの要望で二方面に同時で依頼をこなすことになった。
(結局、訊ねても答えることはなかった)
その点に、流水剣は剣の乙女の真意が読めないのである。
「俺たちも早いところ解決しないとな……」
流水剣が微苦笑するが女神官には、謙遜が過ぎると思った。彼が剣の乙女の依頼に対応するため、水の都周辺を調べる過程で依頼以外の問題を解決させていた。
強大な怪物の討滅だけではなく、化生が従える野盗の討伐、霊峰からの遭難者救出、無実の囚人の救出等々。
「街の皆さんが感謝していると、神官の方たちも仰っていましたよ」
「だったら嬉しいけどね。あと残った案件は『牢屋から出た幽霊』と『禁忌の森』か……」
女神官は流水剣の言葉にひとつ覚えがあった。
「『禁忌の森』というと、森やその周辺で行方不明になる方が多いという噂ですか」
「そうそう。水の都の冒険者ギルドやこの土地の官吏も調べているらしいが、どうやら本当に曰くありげだ」
もとは特別な名前もない森だったが今では、禁忌の森と呼ばれるようになったらしい。
「今日はそこを調べるつもりだよ」
「そうですか……。あの、私が言うのも烏滸がましいですけど、どうかご無事で」
「ありがとう。心遣い感謝するよ」
素直に謝意を伝える流水剣。そして彼は後背の大浴場を見る。……どうやら、ちゃんと部屋に戻れたようだ。流石に大浴場で
「じゃあ、俺はもう行くよ。あとでみんなと一緒に食事をしようか」
流水剣が大浴場への道を女神官に開けた。
「あ、はい。ゴブリンスレイヤーさんたちにも伝えておきますね」
◇◆◇
半刻ほどかけて準備を済ませると、流水剣たちは神殿を出た。そして水の都から出て北に進んだ先にある森のそばまで歩いていった。森の中の木漏れ日が射し込んでいて、かなり奥が見えるほど明るい。
しかし、流水剣は思わず顔を顰めた。流水剣は脳内物質のバランス構築が常人とは異なり、脳内が常に活性化している。五感が異常発達しているため、音や空気、その場の異物や違和感を察知する得手がある。
その彼は森の奥から強烈な、薄気味悪い視線のようなものを、肌に感じていた。
木々の奥、森の影から、何ものかが潜んで、じっとこちらを見ている。
流水剣の隣に立って、魔女が森の奥へと目を凝らした。彼女は手に持つ杖を強く握る。この森を警戒する彼女の心のうちを示しているようだ。
「一見、何の変哲もない森だろう」
渋面をつくって、
「だけど、奥へ行けば行くほど、気分が悪くなり、自分が進む道がわからなくなり彷徨うことになるそうだ」
流水剣は外套を羽織り、荷物を肩にかけるつくりにしてある。日輪刀を扱う際に、すぐに地面に落とすことができた。
魔女も荷物を肩にかけてある。いつでも短杖や巻物を取り出せるように工夫をしてある。
荷袋の中には食糧や水、松明などが入っている。松明を用意したのは場合によっては木を焼くこともあると考えたからだ。
「それ……じゃ……行き……ま、しょう」
気負いのない調子で、魔女が言う。三人は森の中に足を踏み入れた。
斥候たる森人が前を歩き、その後続に魔女が続き、流水剣がさらに後ろに続く。流水剣が後ろに立つのは、側面と背後を警戒するためだ。
木々の間に漂う空気は涼しく、射し込む陽光はやわらかく地面を照らしている。遠くからは鳥のさえずりが聞こえた。視線を巡らせれば木の実が地面に落ちている。
何本かの木々には色染めされた長布が結びつけられていた。以前に調査のために訪れた衛士たちによるものだろう。
「君は何か感じるか?」
しばらく歩いてから流水剣が
「誰かに見られている気がする。いやな視線よ」
「俺もだ」
流水剣は足を止めた。
「無、性に……不安、を……感じる……わ」
魔女の憂愁にしずむ瞳は、水晶の杯に液体化した月光をたたえたようであった。
さらに森の中を歩き続けたところで、不意に流水剣が表情を険しいものにする。流水剣は腰に佩いた日輪刀に手をかけた。
「──私たちはもう誘いこまれたわ」
「あの木は先刻も見た」
流水剣が日輪刀を抜き放ち、魔女が周囲に視線を走らせた。
「それともう一つ、おかしいと思わないか?」
「ここまで歩いてきて、生き物の気配が消えたことか?」
流水剣が不敵な笑みを浮かべて同胞の
「気づいていたか」
鳥の鳴き声は聞こえるがそれは遠くから響くばかりで鳥の姿は影も形もない。狐、栗鼠、野兎なども見当たらない。これだけ多くの実りがある森の中では考えられなかった。
流水剣一党が足を止めると。にわかに森の奥から濃い霧がたちこめる。清涼だった大気が、ただの霧のように見えるソレによってまるで毒を含んだ瘴気に変じたかのように思われた。
流水剣、魔女、
木漏れ日が人影の群れを照らし出す。流水剣は剣呑に目を光らせた。
人影は冒険者だった。武装した兵士だった。行商人だった。だが、彼らの顔はどれも干乾びていて皺だらけ。落ち窪んだ目は黒々とした洞のようである。見るも無惨な
彼らはこの森に立ち入って犠牲になった者たちに違いなかった。
左右に身体を揺らしながらゆっくりとした足取りで流水剣たちに近づいてくる死体たち。
流水剣は眼光の矢で冒険者の屍を突き刺し、こみ上げる怒気を抑制するために呼吸を整えなければならなかった。
彼らがどのように生きてきたのか、流水剣は知らない。だが、少なくともこのような凄惨な最期を遂げ、死後も醜悪な怪物になるようなことなど、あってよいはずがなかった。
ひと跳びで四一間もの距離を詰めた流水剣が振るった日輪刀は、冒険者の首を刎ねた。首は地面に墜落する前に崩壊して、首を失った死体も灰とも塵ともつかないものとなり崩壊した。
飛燕のような敏捷さで剣を避けた、
「こいつら、ただの
有象無象の屍が、さらに数人こちらへ向かってくる。魔女が端麗な唇で
「《サジタ(矢)……ケルタ(必中)……ラディウス(射出)》」
光の矢が放ち、屍たちに被弾する。武器を持ったまま死体が転がり、二度と動くことがなかった。
屍たちは同胞を倒されてもひるむことなく、流水剣たちに迫り取り囲む。流水剣は淀みない動きで一閃、二閃と斬撃を繋げる。
──
木々の奥にただよう霧の向こうから、新たに十数人の屍が現れた。
「いったいどれだけ彼らはいるんだ」
「キリが……ない……わ、ね」
流水剣は破落戸やならず者の屍たちを瞬く間に斬り、薙ぎ払っている。この程度の
流水剣は魔女や
「抱え上げてあげようか」
日輪刀を持ったまま、お姫様抱っこをするポーズをしながら走る流水剣。
「そ、れ……は、また……今、度、ね」
「ズルいぞ、私にもやってもらわねば不公平だろう」
精神を擦り減らさないため、冗談をかわすことができるあたりが、
正面からは屍たちが現れる。粗末な剣を持ち、同じく粗末な革鎧を着こんでいる屍たち。盗賊たちがこの森が入って、森の犠牲者の列に並ぶことになったのであると思われた。
「なあ、まわりの様子はどうだ?」
走りながら、敵を見据えながら流水剣は
「同じところを走らさせられている。面倒だなことだ!」
彼女は心中で
「ああ、やっぱりな!」
荷袋を地面に落として、流水剣は脚速める。盗賊たちとの距離を縮めて、刀を振るった。彼が夢を介して知った型を使う。
──
無拍子で繰り出される無数の斬撃が盗賊たちの身体を革鎧ごとまとめて、縦横無尽に斬り刻む。
あとから迫る屍たちも
魔女は短杖を取り出す。《
刹那、轟音と爆風が生じ、オレンジ色の火球が強烈なエネルギーの残波とともに、悲鳴にも似た音が森に響き渡った。
屍たちが糸の切れた人形のように倒れ、周囲の木々が大嵐にぶつかったように大きく揺れる。
「これは、効いているようだな」
「手応えが、あった、けど……。仕留め、て、ない……わ」
それでも一撃を与えた効果はあったようで、屍たちが倒れ追撃に迫る屍たちが来ることもなかった。
直後、轟ッ! と強風が木々の隙間を駆け抜けた。咄嗟に流水剣は魔女をその身で庇うように前に出た。
「──向こうも、本気になったみたいだな」
気配が近づいてくることに気づいて、流水剣は日輪刀を構えた。直後、木の上からこちらへ向かって飛び降りてくるひとつの影ある。その影を見たとき、流水剣は仲間を守るため半ば本能的に身体が動いた。
鋭い刃鳴りが森に響き渡った。蒼白い火花が散って流水剣が日輪刀で何かを弾き返した。その反動で身体を吹き飛ばされて地面を転がる。
「すまない、助かった!」
紫色の上着に黒い袴、一つに束ねている黒い総髪。額や首元から頰にかけて炎のような痣。そして六つもある目。
「お前は……」
眼前の相手を前にして刀をあげることができなかった。山のごとくのしかかってくる豪壮の迫力──そして、この大敵に名状しがたい奇怪ないらだたしさが、次第に流水剣の四肢を縛りつけて来た。
「上弦の壱……?」
六眼の魔剣士がそこにいた。
今回は試験的に台詞と地の分を改行してみましたが従来の書き方と比べてどうでしょうか?今回のようなほうが読みやすいのであれば今後はこのようにして投稿したいと思います。
浴場で流水剣と剣の乙女に何があったのか、真相はR-18版鬼滅の剣士で判明!……果たして需要があるかわかりませんが。
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