ゴブリンスレイヤー異聞:鬼滅の剣士(デーモンスレイヤー)   作:生死郎

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戦闘ばかりで内容が薄くすみません。
月の呼吸が何やっているのか文章化が難しくて内容は短めになってます。やはり呼吸は漫画やアニメが一番映えるんだなぁ。

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16

 木漏れ日を遮るような濃い霧の向こうに立つ恐るべき魔人が、流水剣の眼前にいる。

 

「……上弦の壱」

 

 驚愕のあえぎは、冷淡な無視によってむくわれた。強大極まる鬼は、水柱の大剣士にいかなる感情も含有しない視線を向けていた。

 六眼から放たれる視線のさきには、流水剣が未発の殺気を湛えて、襲撃の機会をうかがっていた。魔女も森人の斥候も距離を取りつつ六眼の魔剣士に警戒している。

 流水剣は五年ぶりの再会であったが、久闊に叙するというわけにはいかなかった。上弦の壱はその手に持つ刀身全体に眼が無数についた妖刀を垂直にして、右肩に構えたのであった。

 これは閃光のごとき速さであったが、これに対して流水剣が日輪刀を構えたのも同じ速度であった。ただし、これは無意識の動作だ。鬼狩りあるいは剣人としての本能が、ただ構えをとることを流水剣に教え、そして流水剣にとってそれが精一杯の努力であった。

 ──なぜ、この鬼がここにいるのか、

 流水剣の身体中に、冷たい血とともに逆流する思考があった。この四方世界にいる鬼は上弦の壱だけなのか。いかなる方法でこの世界へ渡り歩いてきたのか。この世界でも人間を食ったのか。

 心の深海から湧き昇ってくる水泡のような動揺と、それを押しつぶそうとする心の水圧と──

 それらの潮騒を胸に湛えているとは見えない静寂の姿と見えたが、しかし流水剣は動いている。およそ只人(ヒューム)のなし得る動作のうち最も緩やかな──その極限をすら過ぎた最低の速度で彼は動いている。いや、動いているのは、大地に食い込む足のつまさきの筋肉だけと言ってよかった。

 その剣気は理性的な精妙と野性をかねたものであり、流水剣のその在り様を、この豪宕、山のごとき大敵に対して、それを損なうことは流水剣自身の壊滅を呼ぶしかないことを、本能的に彼は直感した。

 よそおわれた平静さは、だが、急激に破られた。臨界に達した殺気がさく裂し、両者は同時に刃をきらめかせた。

 

 ──月の呼吸 参ノ型 厭忌月(えんきづき)(つが)

 ──水の呼吸 参ノ型(さんのかた)流流舞(りゅうりゅうま)

 

 一閃は舞い、一閃は奔騰する。

 激突したふたつの刃は、激突の余波で霧をわずかに払った。

 振るわれる剣戟に伴う三日月のごとき大小様々な斬撃。月の呼吸の凄絶な魔技を流水剣は乗り越え、流水剣は水流のごとく流れるような足運びで日輪刀を振るう。

 鉄壁も裂くその豪刀を、流水剣は受けとめた。受けとめることができたのは流水剣と不毀(こわれず)の斬魔刀なればこそか──

 蒼白い火花が散って、二本の刀身はがきっとかみ合った。

 瞬間、流水剣はそのまま、戦車のごとく走りぬけて、凄まじい回転速度で振り向いた。迫りくる竜巻のごとき斬撃の渦に対応するためだ。かわし、いなすがそれでも無傷ではすまなかった。

 

 ──月の呼吸 伍ノ型 月魄災禍(げっぱくさいか)

 

 刀を全く振らずに竜巻の様な斬撃を出現させる。悠長に鍔迫り合いをすればこの月の呼吸の型によって流水剣は切り刻まれたことであろう。

 気合いの叫びをあげて、流水剣は突進した。大気を裂いて、刃と刃が激突を繰り返す。三日月の斬撃が、あらゆる角度から、流水剣を攻め立てた。流水剣も日輪刀で斬りつけ、突きこみ、押し込み、刀身の平の部分で打ち据える。

 流水剣は刃の嵐を潜り抜ける。透き通る世界に到達した彼は鬼の動きを先読みし、大気の震えで恐るべき三日月の凶刃を察知し、多くの戦闘経験の勘働きで戦えていた。

 しかし、それでも上弦の壱の刃は、彼の身体をかすめ、いくつもの小さな傷を刻んでいく。だが、頬や腕に血をにじませている流水剣とは異なり、上弦の壱には彼の刃は届かなかった。

 《 沈黙(サイレンス)》をかけられたように、ほとんど茫乎としてこの決闘を見守っていた流水剣一党が、はじめて動き、声をあげたのは流水剣の血が大気を舞う光景を目撃したときだ。

 しかし、下手に流水剣に協力しようとすれば、かえって彼の邪魔になる恐れがあった。それほどに、両者の戦いは熾烈だった。

 

 ──漆ノ型(しちのかた) 雫波紋突き(しずくはもんづき)

 

 流水剣は速い突きを繰り出し、月の呼吸の間隙を縫うように火箭以上の速い刺突によって上弦の壱を後退させる。

 好機と見て、魔女は短杖(ロッド)を抜き、《火球(ファイアボール)》を上弦の壱めがけて放つ。上弦の壱に及ぼうとしたが、その瞬間、周囲の木々が風もなくざわめいた。無数の木の葉と土くれが障壁となり《火球(ファイアボール)》を食い止める。

 

「! 動き……出し……た」

 

 異変は葉や土だけではない。流水剣たちが葬り去った怪物たちの、倍以上の数の新手が森の奥から現れる。獣に食われたあとに操られたのか、骨が露出している箇所の目立つ腐乱死体もあった。

 

「お前が血鬼術で操っているのか? いや、お前の血鬼術(ソレ)は魔剣のはず……」

 

 流水剣の声音に疑念が混じる。長らく黙して戦い、未知なる異能を使う魔剣士。その相手に実戦と鍛錬によって培った流水剣の洞察力が、戦い続けて違和感を抱きはじめていた。本当にあの強大極まる鬼であればなぜ自分はまだ生きているのだ?と。

 透き通る世界で見る上弦の壱は筋肉の伸縮、骨格の動き、血流、どれもかつて見たものと同じなのに……。

 

「亡者どもは私たちに任せろ! お前は、そいつに専念しろ」

 

 森人(エルフ)の斥候が背中を向けたまま言う。流水剣もまた、彼女を見ずに大声で返した。

 

「おう、分かった」

 

 森人(エルフ)の斥候と魔女が流水剣のため、死者たちを迎え撃つ。不意に死者に紛れて毒々しい紫色の斑が全身にある不気味な巨人が現れた。四メートルほどの大きさで両目は炯々と光を放ち、口には牙が並び、魔女の胴よりも太い腕の手の先には鋭い爪があった。おぞましい姿に魔女も森人(エルフ)の斥候も全身の肌が粟立ったが、彼女たちは歯を食いしばって敵を見据える。

 

「ゾンビの次は巨人か? いろいろと趣向を凝らすではないか」

 

 森人(エルフ)の斥候はまだ減らず口を言える自分に安心した。切迫した状況ながらも、まだ自分は落ち着いていると、冷静に自己分析していた。

 巨人が奇声をあげる。魔女たちに襲い掛かってきた。その突進を魔女と森人(エルフ)の斥候が横に跳んで避ける。

 

「《アラーネア(蜘蛛)……ファキオ(生成)……リガートゥル(束縛)》」

 

 魔女が作り出した蜘蛛の糸が巨人の脚に絡みつき、巨人はバランスを崩して転倒する。

 狙い過たず、森人(エルフ)の斥候が奇跡を使う。

 

「夜の御方よ痛みの母よ、汝が鞭と苦しみを」

 

 信徒の嘆願を聞き届けた嗜虐神の奇跡による《聖撃(ホーリースマイト)》が、巨人の側頭部を貫いた。頭部が爆ぜるだけでなく、その巨体が膨張したと思えば崩壊する。

 崩壊した巨人の身体。そこから現れたのは、人間の子供であった。無数の子供たちの死体が集まって出来た巨大な動死体(ゾンビ)が巨人の正体だった。

 森人(エルフ)の斥候たちは慄然として、子供たちの遺骸を見下ろす。胃の底から嘔吐感がこみ上げてくる。森人(エルフ)の斥候たちはあることに気づいた。

 先ほどまで自分たちを襲ってきていた屍たちの中には、子供はいなかった。森に入って行方知れずになる子供は、どの土地にでもいるのに。

 吐き気のするような見えざる敵の悪辣さに、森人(エルフ)の斥候は、かっと頬に血がのぼるのを覚えた。怒るのは彼女だけではない。魔女もまた気持ちは同じである。

 

「────ッ」

 

 嫌悪感は、怒気へと生化学反応を生じて変化したが、魔女はまだそれを抑制することがでいた。というよりも、強烈な感情であっただけに、それがかえって理性の枠に触れて、制御反応を生じさせたのかもしれない。

 冷酷な表情で、魔女は杖を屍たちに向ける。使用回数上限になった短杖(ワンド)が使えなくなったため、彼女本人の呪文を使う。

 

カリブンクルス(火石)……クレスクント(成長)……ヤクタ(投射)!」

 

 屍たちは業火に飲まれて抉られた大地とともに焼かれ、消し炭となった。

 ──許しは乞わない。成すべきことがある。そのために魔女は魔法を使う。

 

 ◇◆◇

 

 上弦の壱の眼が凄絶な光芒を発し出した。恐るべき六眼が──。

 

 ──月の呼吸 弐ノ型(にのかた) 珠華ノ弄月(しゅかのろうげつ)

 

 切り上げるようにして振るわれる三連の斬撃、そして大きな三日月の刃が流水剣を取り囲むように斬り裂くために迫りくる、上弦の壱による苛烈な猛攻を、流水剣は拾壱ノ型(じゅういちのかた) (なぎ)で応じる。日輪刀で斬撃を受け、あるいははじき返す。一瞬のうちに前方の広範囲に放たれる恐るべき斬撃は、見切る事はおろか間合いの外に出る事すら至難の極み。それに対応して見せる流水剣こそ賞賛されるべきだった。

 魔女や森人(エルフ)の斥候が死者の群れから守ってくれるという安心感と、彼女たちの期待に応えなければという使命感から、いつも以上に集中できている。

 彼は全力の一刀を。この一刀に全てを託し、流水剣は鬼を、祈らぬ者ども(ノンプレイヤーキャラクター)を殺し続ける。血生臭い事しかできない自分に呆れず、恐れず共にあることを望んでくれる彼女たちに報いるためにも、流水剣の気力は充足していた。

 だからこそ、上弦の壱の、その豪と妖を兼ねた剣気による、逃げも避けもならない決闘の風圏に踏み入っても挫けることはなかった。

 

 ──月の呼吸 陸ノ型(ろくのかた) 常世孤月(とこよこげつ)無間(むけん)

 ──水の呼吸 拾ノ型(じゅうのかた) 生生流転(せいせいるてん)

 

一振りで縦方向に無数の斬撃を乱れ撃ちしてくる上弦の壱による苛烈な猛攻を、そこを突き進むように、流水剣はうねる龍の如く刃を回転させながらの連撃で応じる。二人の距離は近づき、再び飛び離れている。飛びずさったのは流水剣だ。

 上弦の壱は刀を空中に止めた姿勢で、立ちすくんでいる。

 なぜか?

 流水剣の刀より早く彼のいる空間に魔技を振るおうとしていた上弦の壱の腕に、魔女の《無手(クラムジー)》がかけられたのだ。魔女が優れた呪文使い(スペルリンガー)であってもそれは《宿命》と《偶然》のサイコロが彼女に良い目を出した結果だった。

 一瞬、その刃が止まったのは──手放さずにその刃をとめ得たのは、むしろ上弦の壱なればこそだ。が、その刹那、三日月の斬撃は流水剣をそれることになり、間隙を縫った彼の刀身は、上弦の壱の頸をかすめ過ぎたのであった。日輪刀は、上弦の壱の頸部の肉を刎ねた。

 流水剣が振り返れば、上弦の壱の頸動脈から、ビューッと黒血を噴いて、どうと地上にうち伏した。

 

 ◇◆◇

 

「お前は何者だ……。真実、上弦の壱ならば今頃俺は死んでいた。正体を現せ!」

 

 流水剣の誰何は、虚脱状態に陥りながらのものだ。いま何者かに襲撃でもされれば、疑いもなく彼は大根のように斬られたろう。

 ──もっとも、その『虚』の様子は、彼の一党である魔女たちでさえ一種の戦慄を覚えたが、これは考えすぎだ。

 六眼の魔剣士の口から微かな声が漏れた。

 

「ボ……ガード……」

 

 その言葉を最期に、上弦の壱……と思われた魔性は灰とも塵ともつかないものとなり、消滅した。

 彼らの支配者の消滅とともに、屍たちも糸の切れた人形のように倒れる。

 森と屍を操り、他者の姿と力を擬態する恐るべき魔物ボガードはこうして討滅されたのである。




黒死牟兄上の正体、それはボガードという魔物でした。ボガードの素性は次回以降に明かされます。擬態能力があっても黒死牟のスペック100%再現はできていませんでした。だからこそ、流水剣は魔女のアシストを貰いつつも勝つことができました。黒死牟を単独で倒せるのは縁壱くらいかなぁという、黒死牟への贔屓目もあるかもしれませんがそういう判断で、本作のような決着になりました。

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