ゴブリンスレイヤー異聞:鬼滅の剣士(デーモンスレイヤー) 作:生死郎
※アンケートは今後の創作活動のための参考にさせていただきます
※今回のエピソードはアンケート結果によって展開に変化があります
地下深くで、彼は怒りのあまり顔を歪めていた。
「くそ、くそ、くそくそくそくそ、
彼は魔神を奉じる神官。
都の地下に拠点を構え、密かに浸透させ、小鬼どもに贄を集めさせ、魔神復活の大秘儀の実現。
奉じる神を呼び寄せる、神門となりえる呪具も祭祀場に用意した。あれさえあれば我が大命を果たせたものを! と神官は辺りの祭具に八つ当たりしながら考えていた。
彼の荒んだ様子に、直弟子である
(何を誤った? あの忌々しい
あの剣の乙女が冒険者たちを呼び寄せ、その冒険者たちが秘していた計画に罅を入れたのだ。小鬼たちが皆殺しにあい、自分たちを秘匿していた森の番人たる魔物も滅んだ。
何故だ、という答えが出ない問いかけが邪神官の胸中に満ちる。
「偉大なりし我が神よ! どうかこの哀れな信徒のお慈悲を! あなた様のお力の一端をお恵みくだされ!」
「今更、お前の神に声は届くまい」
奉じる神へ嘆願する邪神官の耳に、冷笑と届く。振り返えればそこには、さっきまでいなかったはずの青年がいた。
「ヴォジャノーイ! 貴様、今更何しに来た!」
ヴォジャノーイと呼ばれた青年は、なよなよとした貴族服の美青年だった。邪教徒たちも忽然と現れたヴォジャノーイに戸惑っている。当人は周囲の困惑や怒りなど興味がないとばかりに無視している。
「お前の計画は最初から完璧ではなかっただけのこと。俺が貸してやった駒も失くした今、もうお前の命脈は途絶えた」
それはただの宣告だった。まるで伝令官の報告のように淡々としている。
ヴォジャノーイにとっても貸し与えた駒──擬態の力を持つ魔物ボガードが討滅することは想定外だった。
ボガードは他者の記憶を読み取り姿かたちに加えて技術や力も真似ることができる魔物。元来は月がひとつだけの世界にいたのだがこの四方世界に漂流してきたのだ。それを同じくかつて月がひとつだけの世界からやって来たヴォジャノーイが隷属させていたのだ。
「ボガードには森を統べるレーシー、屍を操るヤミー、それぞれの胆を食わせて力を付けさせていた。そのボガードを討滅した冒険者が、この上にいる。じき隠し扉も見破るだろう。そうなれば、お前はここで終わりだ」
「……取引だ。また、取引してくれ!」
焦燥にかられる邪神官はすがりつくような表情で、ヴォジャノーイに訴える
勇者に葬られた魔神を地上に降臨させることが、邪神官の目的である。そのため、彼は必要な手を打ってきた。大量の人血を流し、小鬼に放埓の限りを尽くさせたのも、魔神に供物として捧げるためだ。あの都は魔神を降臨させる儀式を行うのに相応しい場として作るつもりだった。
しかしながら、彼の訴えは、ヴォジャノーイの関心を得ることはできなかった。
「嫌だ」
「は?」
まるで小遣いをねだる子供のおねだりを断るような、拒絶に邪神官は絶句した。口を開いたら昂った感情のままに怒声を迸らせてしまいそうだった。
「言ったよな。お前はもう終わりだ。俺……俺たちにとってはもう力を貸すことも契約を結ぶ価値もない。『魔神を奉じる邪教団』は冒険者たちに計画を挫かれ滅ぼされ、終わる。……せめて
ヴォジャノーイの声には、ごく微量ながら、演劇を鑑賞する者のような響きがあった。
「な……、何を言っている?」
「それに、今更お前に対価などないだろう? 魔物も呪具も俺が与えたもの。まだ自分に捧げるものがあるというのか」
「……!」
邪神官の顔色が悪くなり土気色になる。ヴォジャノーイの言うことは正鵠を射ていたからだ。
「な、ならば我が弟子たちを……」
「ははははっ! もしかしたら忘れたのか? ならば、弟子たちを見てみろ!」
ヴォジャノーイは唇の端に皮肉っぽい微笑をひらめかせた。彼に言われて邪教徒たちを見る。ローブを纏う弟子たち。彼らに生気はなく落ち窪んだ眼窩には炯々と光る鬼火のごとき目があった。
「あぁ……」
「思い出したか? そいつらは既に捧げられたあとの残骸だ。お前がその身を捧げた後、傀儡としていたのだろう?」
──ああ! 何故忘れていたのだ!
邪神官は頭にかかった靄が晴れたような思いだ。今まで忘れていた記憶が蘇る。自分は既に人の身ではなかったこと、弟子たちの人生は既に永劫に封印されていたことを。
愕然としている邪神官を無感情な視線でヴォジャノーイは見た。もう見るべきことはない。
邪神官たちがいる部屋に置かれた巨大な姿見の如き、鏡。表面は水面のように揺らめいて、奇妙な反射を繰り返している。精密で繊細な彫金が施されている。
ヴォジャノーイは姿見の中に入っていく。鏡面に波紋を起こしながらヴォジャノーイは鏡面に沈んでいく。この空間とは異なる光景を映す。鏡の中に。
「ま、待ってくれぇっ!」
邪神官の哀願は無視され、鏡の向こうにヴォジャノーイが消えたとき、姿見は粉砕した。
この姿見もまたヴォジャノーイが邪神官に渡した呪具。二対一体の片割れだった。
流水剣一党が邪神官たちのもとへやってきたのはそのすぐあとだった。
◇◆◇
薄暗い礼拝堂内、祭壇の上にそれはあった。巨大な姿見の如き、鏡。表面は水面のように揺らめいて、奇妙な反射を繰り返している。精密で繊細な彫金が施されている。
先程生じた大爆発に巻き込まれて尚、傷ひとつついていない。およそ尋常な代物でないとは、誰に目にも明らかである。
「これはご神体か何か……でしょうか?」
そう呟いた女神官が、身を乗り出して祭壇へと近づく。
彼らゴブリンスレイヤー一党には
女神官の白い指先が、柔らかく表面を撫でた瞬間。とぷん、と。その指先が鏡に沈んだのである。
「……っ!?」
思わず指を引っ込めると、鏡面が水面の如く波打った。触れたところから波紋が広がり、鏡全体がさざ波立つ。
「あ、っと、これ……」
「備えろ」
狼狽した女神官に入れ替わり、ゴブリンスレイヤーの号令が飛ぶ。各々が武具を構えて臨戦態勢に入るが、その間も鏡の異変はとどまらない。
やがて波打つ鏡面は乱れ、回り、狂い、ややあってから奇怪な光景を映し出した。
地下の神殿と思わしき空間。巨大な、得体のわからぬ機械装置。まるで粉ひき機のように揺れながら動くそれ。巨大な歯車は、あきらかに人骨を寄せ集めたもの。
「こ、これは……」
「動かしているのは、小鬼めらのようですな」
恐れる女神官が眺めているうちに鏡は鏡面を発光させる。
そこは豪奢な調度の部屋であった。女神官たちは見たこともない意匠の調度品の数々。大きな部屋には一人の青年が座っていた。
白橡色の長髪に、血をかぶったかのような赤黒い模様が浮かぶ美青年だった。
「ん? ───あれ?」
青年の虹色がかった瞳が、ゴブリンスレイヤーたちを捉える。
「やあやあ、初めまして。変わった格好のお客様たち。いい夜だね」
かつて稀人を招き寄せた世界と縁が結ばれた四方世界。線と線は再び重なり合った。
ヴォジャノーイ、ヴァルコラキ、ボガードとゴブスレ作品らしく種族や職業などの特徴を交えた役名ではなく固有名詞なのは、異世界転移してきた魔物だからです。
ちなみに流水剣にも本名を出す機会がないだけでちゃんと名前の設定があります。いい名前だなと思います。