ゴブリンスレイヤー異聞:鬼滅の剣士(デーモンスレイヤー)   作:生死郎

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『まだ読んで頂ける方がいらっしゃるのか?』と不安になるくらい更新が遅くなってしまった………。


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 銀色の煙とも雫とも見える光点が零れた。零れた光点はやがて数を増やし、最初は小さく、すぐに大きく、縦に薄く渦を巻き始める。渦はまたすぐ中空を広げ、人を優に通す道の奥にに、漆黒の水晶のような床のある空間がある。

そこは、柱と床だけの空間。壁はなく、両側に列なす白い円柱の柱が間隔をあけてゆく、開けた空間。

 

「邪教団の企みは頓挫した。──ゲーム終了だ」

 

 髭を生やした老人がそう宣言した。彼の宣言を受けたのは若い男と老婆だった。

 

「魔神王の残党も存外、情けないものたちじゃの。これで潰された勢力はいくつめだったか……」

 

 老婆は忌まわしげに呟き、嘆息する。邪教団という駒の躍進、彼らの邪教が浸透する領域を拡張することを願っていたからである。

 この会合を取り仕切る老人が、自分たちが話題にしている件について、私見を披露する。

 

「剣の乙女が小鬼に怯えるだけかと思えば、存外に察しがよかった。そして彼らは発生したロードブロックの解消をできなかったわけだが、奴らの能力を過大に評価し過ぎたのかもしれぬな。バーバ=ヤガー、パズズ」

「そうだな。わしがわざわざ守り手を用意しても大して役立てることもなく潰れおったわ」

「あなたは終始、《秩序》側に賭けていましたね。何か掴んでいたのですか? ギルタブリル」

 

 老婆───バーバ=ヤガーに比べて大人しい若い男───パズズに問われた老人───ギルタブリルは隠すことなく、答える。

 

「剣の乙女は鬼狩りの冒険者とは懇意だ。小鬼殺しの一党程度であればボガードならば屠れるが、あれが出てくるならばそれも難しい。鬼狩りと小鬼殺しが二方面で動くならば奴らでは対応できないと判断した」

 

 どじょうのような髭を撫でながら、ギルタブリルは鷹揚な態度を取る。

 

「まあ、戦勝のおかげだ。次なるゲームでの配慮を頂くとしよう」

 

 彼らはかつて月が一つだけの世界から渡り歩いてきた妖魔だ。何故自分たちがこの四方世界に来たのか誰もわからなかった。しかし、彼らは各地に跋扈するようになった。

 妖魔たちは遊興としてこの四方世界をゲーム盤に見立てることにした。

 

 “駒”は君主や司教、冒険者などの祈る者(プレイヤー)から、怪物や魔神将、淫祠邪教の徒や凶賊などの祈らぬ者(ノンプレイヤー)

 “陣地”は国や伯領に荘園、混沌の領域。

 彼らは直接の干戈を交えず、各々“見立て領地”を統べる《秩序》や《混沌》を操り、その興亡と趨勢によって、互いの勢力図を線引きする。

 

 神々が、世界の支配を巡って勝負をするために創り上げた盤たる四方世界を、さらに自分たちの遊戯盤にしてやろうという、神も恐れぬ大胆不敵な企てだった。

 

 異なる世界からの漂泊流離の客人(まれびと)たちの、驕慢とも思える代理戦争協定。それが今回の水の都で起きたことの顛末だった。しかし、流水剣たちはまだ知らなかった。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 鏡面に映る美麗な青年。そのにこやかな笑顔。友好的にも見える笑顔を見たとき、女神官はのぞきこんだ虚無の淵の深さが、彼女の魂を底まで冷たくした。

 

「な、何、あんたは!」

 

 彼女と同じ所感を持った妖精弓手(エルフ)が鋭く叫ぶ。美麗な青年はいかにも残念そうな様子だ。

 

「え、待ってよ」

「ひぃっ!?」

 

 瞬く間もなく距離を詰めた美麗な青年の手が妖精弓手(エルフ)に伸びる。只人(ヒューム)のようにしか見えない青年だが、まるで人のかたちを取った死滅の虚のようで妖精弓手(エルフ)は生涯で一番、死と対面したことを自覚した。

 

「君、珍しい耳の形をしているね。もっと見せて欲しいなぁ」

 

 妖精弓手(エルフ)が再び手を鏡面に触れると、鏡面が揺らぐ。

 瞬間、鏡面が水面のように揺れて美麗な青年の姿が消えた。鏡面からわずか飛び出た右腕だけを四方世界に残して……。

 

「な、なんだったの……」

 

 呆然と呟く妖精弓手に答える者はいない。誰も、答えを知らなかったからだ。ゴブリンスレイヤーも鉱人道士(ドワーフ)蜥蜴僧侶(リザードマン)も戦うため構えたが、それでも勝てるように思えなかった。

 

「もう……何なのよ。次から次へと!」

 

 妖精弓手の呟きに女神官も内心では同意する。鏡を守る大目玉(ベム)を倒したと思えば鏡が恐ろしい男を映し出し、それもやり過ごせたと思えば今度は小鬼の群れだ。愚痴の一つ零したくなる。

 

 波打つ鏡面は乱れ、揺らぎ、狂い、やがて奇怪な光景を映し出した。どこともしれぬ、荒野。そして、そこから新たに出てきた人影は、ゴブリンスレイヤーたちも知る人物だった。

 

「流水剣さんたち!」

 

 堂々たる体躯、頬にある流れる水のような痣を持つ凛とした美男。金等級の冒険者流水剣だった。さらに彼のあとから魔女や森人(エルフ)の斥候がやってきた。

 

「君は……そうか、ここは水の都の地下なのか」

 

 納得したように頷く流水剣に、ゴブリンスレイヤーは何故鏡から出て来たのか問いかける。

 

「なぜ鏡から出てきた?」

「いや、俺も森の奥にある地下神殿で淫祠邪教の徒を倒したはいいが、神殿を探せば砕けた鏡以外にも無傷なものがあって、しかも鏡の光景にはゴブリンたちがいた。なので、よーし斬るかと思って、鏡の向こうに行ったんだ」

 

 そこはいずこかの遺跡で、装備の良い小鬼たちの群れ。それらを流水剣たちは討滅した後、さらに鏡を使い移動してみれば荒野に現れた。

 

「そこでは、何やら作業をしている小鬼たちがいた。何をしているかまではわからないが……。まあ、俺には斬らない理由もない」

 

 巨大な、得体の知れない機械装置。それは人骨を寄せ集めたものだった。目的はどうあれゴブリンたちを斬らない理由はなかった。

 

「最後にもとの地下神殿まで戻ろうと思ったが、何故かここに繋がったんだ」

「無闇に……入るの……は……おすすめ、できない……わね」

「たまに、お前は向こう見ずになるのはなんとかならんものか」

「まったくもって、申し訳ない」

 

 魔女が嫣然と微笑みながら、流水剣の脇腹にぐりぐりと杖を押しつける。聳える巌のような流水剣は身体を揺らされながら、謝意を示す。

 森人(エルフ)の斥候も意味深な笑みを浮かべている。何割か諦観の感情が混じっていそうだ。

 

 流水剣は謝罪しつつも、彼の鋭敏な嗅覚はその場に残る匂いを捉え、もたらされた嫌悪感は、殺意へと生化学反応を生じて変化した。様子は転変し表情が強張る。微かにでも残る鬼の匂いは有象無象の鬼ではないと推察した。

 

「鬼の匂い……! ゴブリンスレイヤー、ここに鬼がいたのか?」

「ゴブリンがいた」

「ゴブリン以外だ」

「ゴブリン以外か」

「ああ」

 

 ふむ、と考え込むゴブリンスレイヤー。彼では埒が明かないと思い嘆息した妖精弓手(エルフ)が、先程まで起きていたことを説明した。鏡に謎の男が現れて危うくこちらまで侵入するかと思ったときに、鏡面から消えて代わりに流水剣たちが鏡を通じて辿り着いたのだと。

 

「奴の鬼のもとに鏡面が繋がったのか!」

「あいつって、あなたが追っていた鬼なの? 何かヤバい奴ってことはわかったけど、鬼だったのね……」

「見た目は人に近い鬼もいるな。お前たちが見た鬼も、そういう類だったのだろう」

「鬼狩り殿のいたところが奈辺にあるか存じませぬが、よもやこれはそこに繋がったのでしょうか……?」

 

 蜥蜴僧侶(リザードマン)は顎を撫でながら言う。

 

「《転移(ゲート)》を作り出す姿見。……古代の遺物には分からないことが多すぎる」

 

 森人の斥候は鏡面に触れないようにしながら、矯めつ眇めつ姿見を観察する。

 そもそも空間と空間を繋ぐ《転移(ゲート)》の呪文は失われて久しい。幻の呪文を、自在に発動できる魔法の品。そしてそれが何か所にも配置されている。

 

 鏡の稀少さを考えれば、誰がなんのためにこんなところに置いたのだろう。しかも、複数の箇所に鏡が配置されていたという事実も気がかりなことである。

 

「それにしても水の都を陥落させるために、ゴブリンをここから出すのか? それがあの邪教団の狙い?」

「鏡を……いくつも……使って……やること……かしら?」

「そうだな。稀少な古代の遺物をいくつも用意してあり、自分たちの潜伏先を守る番人を置く。所感だがあの邪教団にはとても用意できそうにはなかった」

 

 森人の斥候、魔女、流水剣はどうにも釈然としない気持ちだった。そして、流水剣には気がかりなことはまだある。この鏡が自分の知るあの世界へ繋がるのかということである。

 流水剣が鏡面を触れば、鏡面は揺れる水面のような波紋が生じ、映り変わったのは美しい藤の花が咲き誇る山だった。月の明かりに照らされる花々は幻想的なまでの美しさだった。

 

「ここは……最終選別の山……なのか」

 

 途端、流水剣は懐かしい思いを抱いた。その光景を見ているだけで花の香りや、当時のことを思い出す。

 

「知っている場所なのですか?」

 

 女神官の問いに、流水剣は彼にしては珍しく呆然とした様子でそうだと頷いた。

 

「ここは俺のような剣士が、鬼殺隊に入隊するための最終選別を行われる山だ」

「じゃあ……あそこは……あなたの……故郷」

「───そうなるな」

「最後選別って何をするの?」

 

 妖精弓手(エルフ)が興味深げに流水剣へ質問する。既に動揺も静まった流水剣が彼女の疑問に答える。

 

「あの山中には生け捕りにされた鬼たちが放たれている。そしてあの山で七日間生き残れば剣士の資格を与えられる。当然、人喰いの鬼がいる山だ。生き残れず鬼に喰われる者もいる。俺が受けた選別では俺含めて三人しか生き延びることができなかった」

「え、えっと、それは何人が選別を受けたのですか?」

「たしか二〇人受けて残ったのが俺を含めて三人だった。それでも恒例よりは多いほうだ。兄弟子が受けたときは二七人受けて兄弟子しか残らなかったと訊いた。誰も帰ってこないで全滅することもざらにある」

「───」

 

 ごく当たり前のように話す流水剣の言葉に女神官や妖精弓手(エルフ)の顔色が悪くなる。帰って来なかった者たちの末路を想像したのだろうか。

 

 それまで沈黙していた魔女は流水剣に訊ねた。

 

「それで……どうするの? 向こうへ……帰る……の?」

 

 質問した者でもされた者でもなく、周囲の者たちのほうが、あるいは緊張したかもしれない。

 

「俺は……帰らない。帰れない」

 

 帰れない、という言葉を発したとき、精悍な流水剣の貌に、微かな苦渋の翳りが見えた。たとえ四方世界に残留する意思を持っていたとしても、かつての世界を見ればやはり虚心ではいられないのである。

 

「烏滸がましいが、俺には……置いてはいけないものができた」

 

 故郷を想いながら異境を過ごした。冒険を重ねて、多くの人と出会い、未知に触れる。そのような慌ただしくも、充実もした日常のうち、時は流水剣の皮膚の上を通りすぎ、単身でこの世界に訪れた男には友人ができ、そして愛する者もできた。

 

「まあ、そう悪い生活でもなかった。これほど長くなるとは思わなかったがな」

 

 述懐しながら、流水剣は姿見から離れる。ただそれだけだが、彼には故郷への訣別の辞としての意味があった。いささか思いがけない展開ではあったが、だからこそ人の世は面白い、そういうことにしておこう……。




冒頭の魔物たちの代理戦争協定はすべての魔物が参加しているわけではないです。例えばヴァルコラキは参加していません。

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