ゴブリンスレイヤー異聞:鬼滅の剣士(デーモンスレイヤー)   作:生死郎

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 流水剣は疑念を解決させる暇もなく、地の奥底から唸り声が上がる。

 怨嗟の声。妬み怒り。奪い、犯し、殺さんとする声。欲望に満ちて、自儘に振る舞うとする、醜悪な声。

 女神官は身震いし、蜥蜴僧侶がしゅうと獰猛に息を吐く。流水剣も鋭敏な嗅覚と聴覚で迫りくるモノがなんであるか推察できた。

 

「ゴブリンだな。小鬼英雄(ゴブリン・チャンピオン)大小鬼(ホブゴブリン)が一頭ずつ。小鬼英雄はお前たちの話の通り負傷しているようだな。血の臭いが濃い。あとは普通の小鬼が五〇近い」

「ああ、わかっていても言わないでよ……」

 

 森人(エルフ)の斥候が長い耳を揺らし、感覚を研ぎ澄まして流水剣たちに情報を共有する。銀灰色の長い髪を揺らして嘆息。

 妖精弓手は苦々しい様子で毒づく。

 

「数はまったく問題ないが、地の利が悪いな」

 

 平地でゴブリンに囲まれる状況は、小鬼退治の専門家(ゴブリンスレイヤー)であっても、生還は至難の極みとなる戦況である。それでも流水剣にとっては、いや彼に限らずとも柱に選ばれるほどの大剣士であればなんら脅威足りえないだろう。

 それでも、仲間を庇い、無傷で守り通すとなると難易度が上がってくる。

 

 鉱人道士(ドワーフ)が、火酒の瓶を鞄から取り出して、ぐびりと呷った。姿見を見る。

 

「小鬼ども、ここを取り戻しに来よるってわけか」

「ちょっと、もう……勘弁してよぉ……」

 

 妖精弓手はへなへなと、その場に座り込んでしまった。美しい細面も憔悴している。彼女に寄り添う女神官もまた、様相は似たような有様だ。

 

 魔女と森人の斥候は流水剣を見つめている。縋るわけでもなく、頼るわけでもない。ただ真っ直ぐに。

 

「それで……どう……する……?」

 

 まるで期待するかのように、魔女は流水剣に問いかける。

 

「呪文はあと何回使える?」

「五回」

 

 魔法を温存し続けたおかげで、魔女には余裕があった。

 

「よし」

 

 流水剣が頷く。彼の中で考えがまとまった顔だ。流水剣が魔女と森人の斥候。ゴブリンスレイヤーが女神官、鉱人道士(ドワーフ)蜥蜴僧侶(リザードマン)の使える奇跡と呪文の回数を確認する。流水剣とゴブリンスレイヤーが短く言葉を交わし、方針をすぐさま決めた。

 流水剣が回廊に繋がる礼拝堂の左右二ヵ所にある入口を指す。

 

「《石壁(ストーンウォール)》で入口を塞いでくれ。奴らが侵入する場所を減らしたい」

「了……解」

「みんなと協力して阻塞を作って防戦に備えてくれ」

 

 森人の斥候は頷き、蜥蜴僧侶もそれに協力する。先の爆発で崩壊した瓦礫や砕けた祭具を使い、祭壇を囲むよう、積み重ねていった。

 さらにはまだ破損していない扉に施錠して、さらに瓦礫で塞ぐ。

 

「俺はゴブリンどもを引き受ける。庇いながらでなければまるで問題ない」

 

 小鬼の大群を相手にしても動じることもない態度に、誰もが異論を持つことはなかった。しかし、ゴブリンスレイヤーも彼一人に任せるつもりはない。

 

「俺も助力しよう」

「助かる」

 

 ゴブリンスレイヤーが礼拝堂内の複数の箇所に松明を置いて死角になりやすい陰を減らす。

 予備の武器、道具、小石、矢などを並べる女神官。妖精弓手と森人の斥候は弓の糸の貼り具合を確かめ、さらに森人の斥候は偃月刀(シミター)を研いで切れ味を良くした。

 

「流石だな」

「ん?」

 

 日輪刀の目釘を改めている流水剣に、ゴブリンスレイヤーが声をかける。いや、思っていたことが思わず言葉として零れたというのが正しかった。

 

「俺では小鬼の群れを引き受けることはできない」

 

 自分のポケットに入っているものは何だ。あらゆる手段を講じて状況を打開するか思索を巡らせるだろう。

 

「それならば冒険者としても充分だと思うが?」

「そうだろうか? お前のほうが余程優秀な冒険者だろう」

「冒険者か……」

 

 剣を振るい迫る敵を悉く薙ぎ払う。優れた武具を手に入れ、姫を救い、怪物を滅ぼし、世界を救う。自分が憧れた冒険者とは、自分よりも眼前の男がより近いと思った。

 

「この身は所詮、何かを斬る包丁に他ならず。俺は……これくらいしかできないからな」

 

 無謬の猟犬の如く、刃のように、自らを限りなく鋭利に鍛えて研ぎ上げた剣士である。

 

「俺もまだ冒険者になれているとは思えないが、最近は冒険が愉しいと思えるようになってきた。いつかは、冒険者になれたらいいなと思う」

「冒険者になるか……俺は、難しいな」

「難しいか」

「ああ」

 

 ゴブリンスレイヤーは頷いた。簡単にはいかんのだ、と。

 

「そうか、ままならないものだな」

 

 流水剣は掌に唾をくれて日輪刀の柄を湿らせ、鮫皮を手によく馴染ませた。流水剣の両眼が松明のように煌々と燃えている。毛細血管のさらに末端まで漲った闘気のゆえであった。鬼殺隊最高位剣士集団である柱に相応しい堂々たる体躯に充満している。

 ゴブリンスレイヤーは空の右手に投石紐(スリング)を握り、石を巻き付ける。同時に雑嚢から取り出した投石紐(スリング)鉱人道士(ドワーフ)に託して、次弾の準備にも余念がない。

 妖精弓手(エルフ)はゴブリンスレイヤーに小鬼たちを引き付けて仕留めるよう言われて、嘆息しつつ弦に矢を番え、引き絞った。

 

「ま、いいわ、やったげる」

 

 強張った、けれど優美な微笑で、妖精弓手(エルフ)は仲間の頼みに応じる。

 と、その同時。

 

「GOROORORRRRRRR!!」

 

 ゴブリン・チャンピオンの戦咆哮(ウォークライ)

 隻眼の小鬼英雄(ゴブリン・チャンピオン)が棍棒を振るって吠えれば、小鬼の士気も上がろうというもの。

 手に手に槍や棒切れだの刃こぼれした斧だの錆びた短剣だの、雑多な武具を手にしたゴブリンども。

 小鬼英雄(ゴブリン・チャンピオン)は二メートルを超す巨躯で、たくましい骨格を引き締まった力強い筋肉が包んでいる。闘牛士に挑発された牡牛のように、力感と戦意に溢れた小鬼の亜種だ。

片目が生々しい怪我で潰れているのは、先のゴブリンスレイヤー一党との戦いで失ったからだ。

 ゴブリン・チャンピオンが使う棍棒は全長一五〇センチ、重さは一〇キロ。それを力任せに振るうのだ。

 この巨大なサイズと、戦闘技術がなくともゴブリン・チャンピオンの腕力が加わり、その破壊力は想像を絶する。銀等級の冒険者であっても受ければ危険極まりない。腕の骨はへし折られ、内臓は潰され、生命をまっとうしたとしても戦闘能力は失われてしまう。

 

 わらわらと有象無象に現れ駆けて来る、その中でも一番前に飛び出した刃こぼれした鉈を手にしたゴブリンが、

 

「はっ!」

「GROB!?」

 

 流水剣によって払いのける落ち葉より軽く、全く無造作に一刀、切り下げられていた。

 

 鬼狩りとして水の呼吸を鍛え、水柱となり、四方世界においても金等級に昇りつめた流水剣は卓抜した白兵戦能力を存分に発揮し、襲い掛かる小鬼を切り裂き、冥府へ出荷する作業を黙々とこなしていた。

 

「GROB!?」

 

 ゴブリンスレイヤーも躊躇いなく投石でゴブリンを撃ち殺した。

 有史以来、この世で最も物を投げるに適した種族は只人(ヒューム)である。

 流水剣がかつていた世界でも、二刀の大剣豪が礫で負傷し、羊飼いであった古代王が巨人兵士を礫で仕留めた。

 

 四方世界でも只人が投擲を得手とすることは変わらない。森人(エルフ)や小鬼では膂力が足らず、鉱人(ドワーフ)圃人(レーア)は手慰み程度に扱うが……。馬よりも速い速度で、礫を正確に叩き込める生物は、只人を置いて他にいない。

 

「ほ、こら狙う必要がなくて良いわな。かみきり丸、好きなだけ撃て!」

「そのつもりだ。……これで、三」

 

 鉱人道士(ドワーフ)が太い指を器用に動かして、次々に投石紐(スリング)の紐に石を巻き付けてゴブリンスレイヤーへ渡される。

 

「GROB! GOOOROBB!!」

 

 ゴブリンどもは自分たちが冒険者を襲っている、などとは思わない。自分たちが襲われているのだ、現実を解釈する。

 あらゆる事象において、ゴブリンどもは常に自分たちが被害者だと考える。そして襲われているのだから、叩きのめして良いし、何をしてもいい。何故なら自分たちは不当に虐げられているからだと、常に責任を転嫁する。

 

 ぎらついた瞳でゴブリンたちは、流水剣たちの後背で守られる、祭壇の魔女たちをめがけて殺到する。

 

 妖精弓手(エルフ)が瞬く間に矢を放ち、二匹のゴブリンが身をよじらせて倒れた。驚愕となるゴブリンに向かって、森人(エルフ)の斥候が襲い掛かった。阻塞から躍り出て、偃月刀(シミター)を振るう。

 妖精弓手(エルフ)による必殺の射撃の援護を受けながら、振るわれる偃月刀(シミター)がゴブリンの血を吸うことになるのだ。

 

 

「GOROROB! GROB! GOORB!」

 

 小鬼英雄の下知がくだり、一匹の小鬼が大事そうに抱えていた壺の蓋を引き剝がした。ゴブリンどもが作り出した、粘つく毒液である。

 

 粗雑な弓を手にした小鬼の射手は、石の鏃を毒液に浸して絡みつかせ、次々と毒矢を放った。

 適当極まりない狙いにとって、幾匹かの小鬼が背後から撃たれて殺される。だが小鬼どもはそれ気にしない。重要なのは森人や只人どもに矢が届くことだ。

 

 しかし、そこに精勤の竜牙兵が盾を掲げて、魔女たちを守るように盾で矢を弾く。仮に盾を越えて矢が彼らに当たったとしても、血肉なき身体に毒が通じるわけもない。神秘の鏡を壁面から剥がそうとする蜥蜴僧侶(リザードマン)に代わって、骸骨の兵士たちが仲間に献身していた。

 

「援護をしよう、斬りに行く」

「GOORB!?」

 

 戦場における殺戮の技術を、洗練された芸術の一種と錯覚させることのできる人物はめったにいないが、流水剣はそのひとりだった。

 彼は日輪刀を縦横に振るい、射手の小鬼たちを斬り払い、文字通り周囲に血煙の壁を築き上げていた。たんにSTR(パワー)AGI(スピード)が卓抜していたわけではない、相手に致命傷をあたえる攻撃の効率性において、彼に比肩する者はいなかった。

 流水剣は乱戦のなかを流れるように移動し、腕力にまかせて刃毀れしたナタを振り回すゴブリンの攻撃を紙一重でかわすと、がらあきになった頸に無慈悲なまでに正確な一撃を振るった。

 

「GROB! GROB! GOOOROBB!!」

 

 憎悪に燃え滾る小鬼英雄(ゴブリン・チャンピオン)は、ゴブリンの死体を踏みしめて進み出た。獰猛な殺意のエネルギーが周囲を圧した。片目を血の渇望に光らせて棍棒を振るわせる。

 

「GORRB!」

「GORB! GOORB!」

 

 喚き声をあげて喜ぶ小鬼ども。英雄がともにある、ただそれだけで勝った気になるのは、人も小鬼も大差ない。

 

「大きいの、来ます……!」

 

 いつもの一党であればゴブリンスレイヤーは迷わず、阻塞を越えて飛び出しただろう。しかし、今この場には驍勇なる鬼狩りがいる。

 

「頼むぞ」

「うん、わかった」

 

 火箭よりも速く駆ける流水剣。そして彼へ向けて武器を持ってゴブリン、その数三匹。ゴブリンスレイヤーは礫の投擲で仕留める。

 

「GORARARAB!!」

 

 小鬼英雄が振るった棍棒を流水剣が避ける。数匹のゴブリンが巻き込まれて瓦礫の山に突っ込む。

 そのまま力任せに、振り下ろされた棍棒が石畳を砕き、地響きを立てる。遮二無二になって振り回される。暴力の嵐を流水剣は軽功卓越の技でかわすが小鬼たちは巻き込まれる。

悲鳴、絶叫。肉と骨の潰れる音に入り混じり、汚らわしい血飛沫が奔る。

 

アルマ(武器)……フギオー(逃亡)……アーミッティウス(喪失)!」

 

 魔女が《無手(クラムジー)》の呪文を唱えると、棍棒を持つ小鬼英雄の手から力が抜けて、振り上げられた棍棒が明後日の方向へ飛んでいく。

 

 スピンしつつ小鬼英雄の背後が安全圏と思っていたゴブリンたちの中に突入した棍棒は、瞬時に十数匹のゴブリンをその回転に巻き込み、潰し、吹き飛ばした。無数の絶叫がかさなりあう。

 

 魔女の助力を受けて、流水剣は距離を縮める。小鬼英雄が驚愕しているうちに日輪刀が頸に迫る。

 

 ───壱ノ型(いちのかた) 水面斬り(みなもぎり)

 

 太刀筋の迷いのなさ、迸るような重さと鋭さで小鬼英雄の首は刎ねられた。

 薄汚い血の尾を引きながら、小鬼英雄の首が地面を転がる。

 

 それは蜥蜴僧侶が石壁から神秘の大鏡を引き剥がしたのとほぼ同時のことだった。

 ビューッと血が間欠泉のように小鬼英雄の身体から出ていることを確認して、ゴブリンスレイヤーは鉱人道士へ向く。

 

「《石弾(ストーンブラスト)》! 大玉、上だ!」

「上!? ───ほいさ!」

 

 一瞬驚きはあったものの、鉱人道士はそれ以上戸惑う愚を犯さない。鞄から取り出した粘度を一掴み。転がり回して息吹をかけて、念を込める。

 

「《仕事だ仕事だ、土精(ノーム)ども。砂粒一粒、転がり廻せば石となる》!」

 

 投じられた粘土玉は、見る間に巨大な岩へ変じる。蜥蜴僧侶もゴブリンスレイヤーの意図を察して、大鏡を屋根のように掲げて、祭壇の上で踏ん張る。

 

「光!」

「はいっ!」

 

 女神官はゴブリンスレイヤーの指示に躊躇なく応えた。

 

「《いと慈悲深き地母神よ、闇に迷える私どもに、聖なる光をお恵みください》……!」

 

 突然、ゴブリンたちの視界は激変した。白一色と化したのである。《聖光(ホーリーライト)》の奇跡が発現した。ゴブリンたちが悲鳴をあげ、仰け反りながら顔を覆った。

 

 蜥蜴僧侶が掲げた鏡の下に冒険者たちが集まる。流水剣が猛禽のような敏捷さで祭壇へ登り、ゴブリンスレイヤーの腕を掴んでよじ登らせた。

 

「《降下(フォーリング・コントロール)》───落とせ!」

「だあ、もう! 《土精(ノーム)土精(ノーム)、バケツを回せ、ぐんぐん回せ、回して離せ》!」

 

 巨石が天井にぶち当たって砕けたのは、鉱人道士が複雑な呪印を次々と結んだ直後だった。

 

「GO!? GROB!?」

「GRAROORORORB!!」

 

 パニックの、これが開幕だった。生存への渇望と恐怖が奔騰した。武器を振り回して、味方が味方を床にうち倒し、踏みにじった。

 

爆発に晒され、目玉の怪物が叩きつけられ、小鬼英雄の膂力でもって揺さぶられた天井。地を司る精霊の力で土砂や瓦礫や岩が下方へ落とされた。

 

 怒濤の如く降り注ぐ土砂が小鬼たちを潰して埋もれさせることで、たちまち死者の列に加えた。




流水剣と小鬼たちとの戦いは飛将軍の三國無双とか、石器時代の勇者vs雑兵みたいになって、戦闘シーンを長引かせてもしょうがないと思うので今回で終了。次回で原作2巻分が終わります。

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