ゴブリンスレイヤー異聞:鬼滅の剣士(デーモンスレイヤー) 作:生死郎
手紙の受取人が住む村は、水柱の青年がこの世界に渡って来て初めて訪れた村よりも規模は大きいところだった。上質な紙で使われた手紙、そして識字率はあまり高いわけではないらしいことを考えれば、手紙を受け取る相手はどのような人物だろうか。
村人に事情を話せばすぐに受取人の家がわかった。他の家屋よりも作りが立派な屋敷だった。水柱の青年は真鍮製のノッカーを叩いて、家人を呼ぶ。出てきたのはこの家の使用人で、家主のところへ案内された。家主は隠居した商人で、家業を子どもへ譲った後にここへ隠棲しているらしい。
「おお、遠路はるばるありがとうございます」
水柱の青年から受け取った手紙を、家主が喜んで受け取った。依頼完了の手続きをしていると家主は水柱の青年たちに追加依頼をしてきた。
「
「ああ、最近大きい
「一匹なのですか?」
「ああ、大きいのが一匹」
仲間と相談させて欲しいと言って、水柱の青年は魔女と話し合う。
「大きな小鬼。とは
「恐ら、くは、ね」
「小鬼とは群れて襲って来ると思っていたが、一匹だけなんてあるのかな」
「渡り……かも、知れない、わね」
「渡り?」
「巣穴を、持たない、ゴブリンを、渡り、と、呼ぶ、らしいわ」
「渡り……、そういうものか」
ゴブリンによって壊滅的な損害を受けた村を思い出す。内臓を泥靴で踏みにじられたような苦しさを思い出す。
「出来れば……この依頼を請けたい」
「──」
「ゴブリンは滅ぼしたい。人の命を弄ぶあいつらは許せない」
「許せ、ない、ね」
魔女の紅い唇が孤を描く。
「あなた、なら、言うと、思った、わ」
魔女の同意を得た水柱の青年は一党として依頼を請ける。報酬も事前に交渉して決めた。
そして、大きなゴブリンがいるという巣穴に向かった水柱の青年と魔女たちだったが。
「これが……ゴブリン?」
水柱の青年が胡乱げに見るのも当然と言えた。
のそりと身を起こし、棍棒を手にしたその怪物を胡乱げに青年は見ていた。
羆ほどの大きさ、灰色の体色。巨躯の怪物。
「いいえ、これは……」
魔女の表情に焦燥がよぎる。
「
愚鈍なれど怪力、強靭な怪物。それがトロル。
鱗や甲殻で覆われてはいない。しかし、その身に負った傷は多少なら炙られてもすぐに塞がる。術を使う高位の
ぶよぶよと膨れ上がった、腫瘍だらけの灰色の巨体。大樹の如き腕に握られた棍棒。
──勝て……る、の……?
自分を襲う恐れと驚愕。不安が魔女に重くのしかかる。
「俺は壁役、君は後方から警戒!」
水柱の青年のよく透る声が響く。それが今まで重くのしかかっていた魔女の不安を払拭した。
「TOOOORLLLLL!!」
鼻息荒く、振りかぶった棍棒が、致死的な剛力で振り下ろされた。
「ヒュゥゥゥゥ」
しかし振り下ろされた棍棒は水柱の青年を透けて空振りしてしまう。
「OLRLLLLRT!?」
困惑する巨人は答えを得られることがないまま、その生命活動を終えた。胴から首が落ちる。斬り捨てたのは、水柱の青年。
弛緩した巨体がどうっと倒れた。
「え……? え……?」
きょとんとした表情の魔女は、長い睫毛を揺らして瞬いた。魔女の顔を見た青年は、可愛いなと場違いなことを感じてしまった。
「今……、のは……な、に?」
「ただの武術さ」
──
重心や動きを錯覚させる足運びを、相手の目の動きより速く行う事で透けていくような錯覚を見せながら相手の死角に入る回避と攻撃を合わせた技。
水柱の青年が
「そう、では……なくて。トロ、ルが治ら……、ない」
並大抵の刀傷では切断できないぶよぶよとしたトロルの灰色外皮、筋肉、骨を綺麗に切断されていた。
日輪刀によって斬られた断面が、黒く焦げていた。魔女はその断面を見て、岩から作り出され、日光の下では岩になるというトロルの話を思い出していた。もしかしたら、水柱の青年が持つ刀で斬られたら、トロルは傷を癒すことはできないのではないか?
魔女がそう考えながら傷を見ていると、水柱の青年が話かける。
「これも前に遭遇した下級魔神と一緒に討伐報酬を得られるのかな?」
「貰え……る、わね……」
「そうか、じゃあこれも臨時報酬だな」
水柱の青年が討伐証明のために遺体の一部を回収して、依頼主に報告する。青年が回収した分以外の遺体は村人たちが処分してくれるとのことなので、水柱の青年と魔女はそのまま村を後にした。
◇◆◇
陽は高く昇り、もうじき昼になるかというとき、髪を緩く編んで束ねた受付嬢は朝の冒険者たちの対応にひと段落させてから、書類の山と格闘していた。
そんなときである。手紙の配達を終えた水柱の青年と魔女をギルドの受付嬢が迎えた。
青年はブーツでも足音がしないが、律動的な歩き方。魔女は腰をくねらせるようにしずしずと歩んだ。
その肉感的な肢体へ、ちらほらと周囲の冒険者が彼女を見て何事かを囁いている。しかし、魔女は鍔広の帽子で目元を隠し、視線をそれらへ向けようとはしない。
「あ! お疲れ様です。依頼完了ですか?」
受付嬢のもとで水柱の青年は依頼完了の報告をする。受付嬢は手紙を受け取った者の署名入りの書簡を青年から受け取る。
「それと、これは道中で退治した下級魔神とトロルです。鑑定をお願いします」
そう言って包みから出されたのは、二つの悪魔の頭と一つのトロルの頭。
「ええ!?」
流れるように自然と出された頭に受付嬢はギョッとする。どれも怪物としては高い難度だ。しかもトロルは銅等級案件だ。
受付嬢はチラッと魔女のほうを見ると、彼女はくつりと喉奥で笑い、悪戯を面白がること子供のようだ。
受付嬢が報告を記録にまとめるとき、不思議に思った。報告するのは主に水柱の青年。その青年の説明は実に丁寧で、必要な情報が不足なくあってわかりやすい。こういう書類を作るのに慣れているかのようだ。
トロルや下級魔神も同僚のギルド職員が看破の奇跡を使って真実だと証明してしまった。
(話には聞いてましたが、ここまで凄い人だったとは)
尋常ならざる剣士だと聞かされていたが、どこか信じがたいものがあったが、こうして実績を示されると真実だったと認めざる得ない。
「それでは、こちらが報酬となります」
金貨が含まれた袋を水柱の青年に渡す。彼が受け取り、お礼を言って去る姿を受付嬢は見送った。袋を掴んだときに見えた青年の鍛えられた太い腕が印象に残った。
◇◆◇
冒険者と酒盛りは切っても切れないものだ。ギルド内の酒場は今日も一仕事終えた冒険者たちが集っている。
成功を祝い、反省会もする。自分や仲間の失敗を笑い飛ばし、成功を褒め讃える。そして、次の冒険への期待を語る。それぞれ
そこに水柱の青年と魔女もその賑やかな喧騒の中にいた。
「冒険、お疲れ様でした」
水柱の青年がそう言って杯を掲げると、対面へ座った女──肉感的な肢体の娘がこくりと頷き、乾杯と杯をぶつける。
いつもの帽子を脱いだ魔女は優美に笑う。
「最初の、冒険は……、かな、り……大、変だった……わね」
「大物に二度も出くわすとは、そんな冒険者はそういないんじゃないかな」
「私、は……あまり、役に、立て、な、かった」
ぽつりと零した、魔女の本音を水柱の青年は否定する。
「そんなことはない。下級魔神との戦いには助けられた。飛ぶことができない俺では、警戒していたあいつを倒す決め手にかけていた。君だからこそ、助けられたんだ」
「……トロル、は……一人、で……倒し、た」
「あれは、俺が戦いやすい相手だったからだよ。俺が出来ないことを君にやってもらって、君ができないことは俺がやればいいのさ」
水柱の青年が所属していた鬼殺隊には多くの人がいた。彼のように戦う者もいれば、彼らを支える者たちもいた。みんな、同じことをすればいいわけではない、みんなが自分にできることをやって、誰かの助けになっている。そうやって、鬼殺隊は動いていた。
冒険者もきっとそういうものなのだろう、と水柱の青年は思うのだ。
「そう……か、な」
そうだよ、と青年は言って葡萄酒を飲んだ。魔女も何か考えるように杯へ口をつけた。
この辺境で尋常ならざる実力の冒険者として勇名をはせる青年の、最初の冒険はこうして終わりを迎えた。
短いですが、今日はここまで。魔女のエミュが難しい、自分の構想している話をうまく書けないと苦労も多かったですが、楽しんでもらえたならば幸いです。
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