ゴブリンスレイヤー異聞:鬼滅の剣士(デーモンスレイヤー) 作:生死郎
もうもうと土煙が立ち込める空洞はかつて礼拝堂があったところだ。土砂、瓦礫、岩に埋もれ、かつての礼拝堂の面影は残っていなかった。
天井があったはずの箇所には、今は張り巡らされた木の根が茂るだけだ。
月明り、星の光が木の根から漏れて、地中だった空間に降り注ぐ。
照らされるのは瓦礫と瓦礫の隙間からちらほらと垣間見える、無惨な小鬼の亡骸だけだ。
しかし、瓦礫の山から一部の瓦礫がまるで陥穽に吸い込まれるように消えていった。残るのは一つの巨大な鏡が鎮座していた。
「ひ、酷い目にあった……」
「よくこの使い方をわかっておったのう」
「本拠地と思われる場所に、意識がはっきりしていた邪教徒のなれの果てがいたものだから、そいつから聞き出したんだ」
「よく素直に話してくれたもんだの」
「いや、死んだふりをするして奇襲を狙っていたのでそこをさらに追い詰めるために面倒をかけさせられた」
動く死人となって尚、意識がある個体は通常厄介なものだ。たいていの攻撃ならば損壊しても、暫くすれ修復して再起できる。確実に殺したと思った相手が蘇り、自分を襲う。この奇襲性により
しかし、今回の死せる邪教徒は運が悪かった。死んだふりでやり過ごすことはできず、そうそうに自分の強みを無力化されてしまった。
「それで両手両足ぶった切った後に、切断面を蝋で固めたんだ。それでもう復活することはできないからね」
「怖いなお前は……」
わざと刃毀れしている大振りのナイフを見せる
「拷問して鏡の使い方を訊き出したことで、結果的に助かったのだからいいじゃないか」
思い出したのか魔女の顔色がやや悪い。冒険者として祈らぬ者へは時には厳しい態度を取ることもある。しかしながら、拷問の光景を見るのは辛いものがあった。
「恐ろしいのぅ……」
この白粉の匂いがする森人が正義を嗜好し善を為そうとする人柄なのは彼も知っている。それでいて悪しきものへ憎悪や怒りを燃やすことも、いたずらに痛めつけることを好む性情でもないことはわかっているからこそ、彼女の淡々とした拷問技術には寒気がする。
「して……その邪教徒はどうなりましたか?」
「バラバラに切り刻んで家畜の餌にでもしてやろうかと思ったが、連れていく必要もないかと思って置いてきた」
「今頃、鏡から出て来た瓦礫とかに潰されているのではないか? 家畜の餌になる予定だった達磨は」
流水剣が自分の推量を話す横で、ゴブリンスレイヤーが瓦礫の山から転がり落ちる。
ゴブリンスレイヤーはぐるりと見渡し、ひとつ頷き妖精弓手に顔を向ける。
「おい」
「何よ」
「火も、水も、毒も、爆発もなしだぞ」
いつも通り淡々とした彼の声だが、今日は妙に得意げに聞こえた。
「ああ、上首尾だった。こうまで巧く成功するとはな」
流水剣はゴブリンスレイヤーに同意するように頷く。彼らの様子を見て妖精弓手はにっこりと笑みを浮かべた。
「オルクボルグ、グラムドリング」
「なんだ」
「ん、用向きか?」
突如、猛禽のように襲い掛かった彼女は彼らを蹴り飛ばす。流水剣は受け流したが、ゴブリンスレイヤーは瓦礫の山を転がり落ちていった。
さてはて、何が気に入らなかったのか。
流水剣には見当がつかなかった。
◇◆◇
辺境の街へ向かう馬車が出るまでまだ時間がある。冒険者たちがそれぞれ時間を費やしていた。
功徳を積めたと冒険の成果に満足している者。報酬の金貨が詰まった袋の重さに満足げに笑う者。それぞれだった。
そんな中、魔女と流水剣は覚書を読み返していた。《
誰が《
「彼女から……何か、言われ……た? 《
「ああ、もしかしたらと思って怖かった、と言われた」
流水剣は剣の乙女との会話を思い出していた。
◇◆◇
神殿庭園にある
「全部、知っていたのだろう?」
流水剣の静かな声に、剣の乙女は微かに心臓が跳ね、頬が熱を帯びた。手にしていた剣秤の杖を手繰り寄せ、凛と背筋を伸ばす。
「───はい、その通りですわ」
そうか、と流水剣が微かに呟く。
剣の乙女の識見ならば看破することは容易いことだった。
ゴブリンは臆病で、醜悪で、小賢しく残虐な者どもだ。人の領域で獲物を解体して喰らう事などあり得ない。
「理由は、お訊きになられないのですね」
「それは、訊くまでもないのだろう」
囚われた哀れな娘がどうなるか、それは剣の乙女はよく知っていた。
「やはり、貴方にお願いしてよかった……」
眼帯で隠されているが剣の乙女の表情が恐怖に曇る。世界でも彼にしか言えないことだ。剣の乙女と呼ばれた英雄が、ゴブリンから私を助けてください、など。
「俺は鬼を、魔性を殺し続ける。血生臭い事しかできない俺だがこの刀が幾ばくかの力になるのなら──全霊をもって力になろう」
流水剣の言葉を訊いて嬉しそうにな笑みを口元に浮かべ、彼女はしどけなく薄布を崩し、そっと自らの肩を撫でる。
「今回も、皆さんにはわかってもらえませんでした」
闇より這い出て自分を狙うゴブリンがいることを、自分と同じようにきっとみんな怯えてくれるのではないか、そう思っていたのだが……。
「所詮は『それだけ』の事なのでしょう」
小鬼に殺されるかもしれないと、怯えながら生きていく者は誰もいなかった。小鬼に襲われるその瞬間まで、死ぬことは他人事なのだ。
「一つ、訊きたいことがあった。俺をあの《
「はい。……もしも、あの鏡を見つけた時、貴方は元の世界に帰ってしまうのではないかと思って……怖かったのです」
彼女は、精一杯に媚びるような微笑を浮かべた。自分でもわかってしまうほど、今にも消え入りそうに頼りないものだった。
「俺はこの世界で残りの生涯を終えるつもりだ。君に何も言わずに去るつもりもない」
「……ありがとうございます」
彼女の顔に、安堵の笑みが浮かんだ。
「……あの《
他のゴブリンが使い方を学習することを危惧するゴブリンスレイヤーが、厳重な管理をしてもらえればと提案して神殿に預けられた。
ゴブリンスレイヤーのことだから、鏡面を
もしかしたら、
「最初に見つけたゴブリンスレイヤーたちが決めたことだ。俺はそれに従おう」
「……ふふっ。本当に……本当に、面白い御方」
「そうか? 俺はいたって普通だが」
相変わらず自分を面白味のない男だと自任する流水剣である。
「あの鏡を使って何か企んでいた……例の魔神とやらの、残党です」
「あれは黒幕とは思えなかった……家畜の餌もそれは知りえなかったことだし、それを解き明かせなかったのが残念だ」
森人の斥候の徹底した拷問でも知らなかったのだ。本当に知りえないことだったのだろう。黒幕と繋がっていたのは邪教徒の宗主だったのだ。
「まあ、冒険者を続けるうちに、行き合うこともあるだろう。あるいは、俺の預かり知らぬところで他の冒険者や勇者に討滅されることもあるだろう。この世界ならば、あり得ることだ」
◇◆◇
「そう」
魔女は頷いて、煙草に火をつける。煙をくゆらせる。
「私も……ちょっと、怖かった」
「そうか……不安にさせてすまない。君や彼女たちが、俺のような面白味のない男をどうして好いてくれるのか。さっぱり分からないのだが……それでも、俺は最大の誠意を持って応じたい。一人で勝手に消えることはない、それは約束しよう」
流水剣は無骨そうに言った。それでも優しい、愛情を持った言葉に魔女は及第点を上げた。
「そう……ありがとう」
剣の乙女のエピソードはもう前に消化してしまったので、ここではあっさりめ。
活動報告にも書きましたが、クエストを募集しています。皆さん、ご協力をお願い致します。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=282177&uid=283656