ゴブリンスレイヤー異聞:鬼滅の剣士(デーモンスレイヤー) 作:生死郎
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流水剣
彼らはこれから関所を通るため一党と依頼者との摺り合わせを行う。
「この関所では今、領主の権限で特別厳戒態勢が取られている。お前たちも気づいている通り、この街が結構ぴりぴりしているのもその関所手前に位置するためだろう」
魔女は地図に視線を落としつつ目を細めた。
「関所に……ついて……他に……は?」
「ここから」
「入ってくる十六、七の少女ならば誰でも一時拘束だとさ」
戦女神の女神官はぎょっと顔を上げた。が、
「しかも凄いぞ。一度拘束されてしまえば、確実な身元証明がとれるまでは拘束され続けるらしい」
「道すがら鬼が狙ってくるかと思ったが、搦め手を使ってきたな」
「吸血鬼が待ち構えているというのですか?」
「不自然なまでの関所の厳戒態勢。それにこの街にも起きているという行方不明や旅人や行商人の死。近くに鬼、魔性がいると思われる」
「……つまり私を狙っているのですね」
戦女神の女神官の身柄を狙う者が網を張っていることは容易に想像ができることであった。彼女がぽつりと疑問を投げる。
「それにしても何も悪いことしていない人たちを、そんな勝手に拘束することが可能なのでしょうか?」
「理由ならあとで色々つけられる。別に処刑するってわけじゃないからね。確実な身元証明があれば解放されるし、よほど切羽詰まった用事ならば、役人に一緒についてきてもらって用事を済ませて戻ることも許されているらしい」
「正式な身元証明は神殿で都合してもらっていますし、今までの関所を抜けることもできました」
そう言って、戦女神の女神官はさっと巾着から木簡をすべらせる。
「ですが、ここでは出しても止められてしまいますね」
「鬼が裏で絡んでいるのであれば、本来であれば一発で通るような威力のある一筆でも阻まれてしまうだろう」
通行手形の裏面には、持つ者の身元を保証する書き添えがあるのが普通である。通常は地元の役所で一律に出されるごく事務的な一筆となり、これで関所を通るには、それなりの時間がかかる。
だが独自のつてで有力な人物の書き添えが得られれば、身元保証の信用性は格段に高くなり、関所でも通常とは別の窓口で素早く処理されるのだ。
「流石に美髯公の故事にならって関所破りでもするわけにもいくまい」
かの武人は
「どう関所を通るかをよりも、吸血鬼を討つほうを先に考えるとするか。そうすれば宝玉も回収することができる」
魔女は流水剣のほうを向いた。
「宝玉は……ちゃんと……届いた……の、かしら?」
「ああ、ちゃんとこの街に届いている。偽装していたので関所でも通すことはできるだろう」
現在、宝玉は流水剣たちの手元にはない。もしも手元にあれば現在の貴族領に入る前の関所で、押収されているだろう。
「それにしてもよく考えたものだな。あのような運び方」
「昔から日輪刀を運ぶことには苦労したからな。何かと工夫する知恵がついてきた」
武士の時代では誤魔化しができたが、御一新の後に帯刀を禁じられて以降は事情が異なった。廃刀令違反をしても平然と帯刀する流浪人もいたらしいが、鬼狩りの剣士たちには日輪刀を帯刀するには工夫が必要な時があった。
「ああ、そうだ。お前が気にしていたことだが調べがついたぞ」
「調べただけでも不審死とか行方不明というのは六六件起きているけれど、そのどれも一件も事件にはなっていないようだ」
「不審な死に方や行方不明が六六回も起きれば、司直は何かしらの行動するのではありませんか? なぜ表沙汰にならないのでしょう?」
戦女神の女神官は胡乱げに小首をかしげた。
「……なんでも領主から圧力がかかっているようだ」
戦女神の女神官は思いついたことを口に出した。
「もしかして、領主が吸血鬼……?」
流水剣は静かに首を振り、戦女神の女神官の言葉を否定する。
「いや日中動けない鬼───吸血鬼が領主とは思えない。恐らく吸血鬼が領主に近づいて傀儡にしているか、共犯関係になっているのだろう。鬼と人は相いれない存在だが、鬼が効率よく人を食うために人間を利用することはある」
鬼を祀り上げて鬼が殺した者の金品で私腹を肥やす者も、流水剣は知っている。鬼を斬るために生きていながらも人のしたたかさ、恐ろしさを思い知ることも多かった。
「それで……どうする、の?」
魔女のその言葉、質問の形式であっても質問ではなかった。そして流水剣にもそれがわかっていた。
「ああ、鬼なら斬る。それ以外でも斬ってみるとするか」
神々が盤として作った四方世界。跳梁跋扈し放埓の限りを尽くすのが鬼でなかったとしても、魔性であれば屠る。流水剣の指針が変わることはない。
◇◆◇
流水剣一党と戦女神の女神官は分散することになった。戦女神の女神官は宿屋に待機して、流水剣一党は関所を通り領主の屋敷へやって来た。屋敷には鬼の臭いは残るものの、それは薄く、鬼は不在で
屋敷の潜入は流水剣と斥候が行い、魔女には控えてもらう。
「問い詰めている時に邪魔が入っても面倒だ。全員、気絶させよう」
「《
「いや、要らないだろう」
流水剣が断言した通り、二分とかからず警備兵は全員、襲撃者の姿すら認識できず無音で気絶させられた。
さらに領主が拘束されて床に転がされるまでに五分もかからなかった。老年の男性である領主は床に転がりながら、突然の襲撃者に対して喚いていた。
「な、なんだお前たちは!? 警備兵はなにをしていた! 無能どもめ!」
「質問しているのはこちらのほうだ。なぜお前が鬼と組んでいる? どういう理由で、何の目的があってのことだ?」
「貴様ら、冒険者か!?」
「質問に質問を返すな」
冒険者の雷光のような鋭い眼差しに、領主は屈した。
「ゆ、許してくれ! あ、あいつに言われたんだ。協力すれば俺も鬼にしてくれるというんだ。お、鬼になれば老いることもなく死からも解放されると。そして手に入れた力で自由に生きていいと! 私は悪くない! あいつの誘いに乗っただけなんだ!」
吸血鬼に老いた身体を若返らせてかつての若々しさを取り戻せる、そう囁かれて領主は誘惑に屈した。
活力を失い、身体が思うように動かない虚しさ、若い愛人を寝室へつれて行っても己の分身が役に立たずだった屈辱。吸血鬼の囁きはそういった失ったものへの餓えを思い出させた。
「そういうことか。餌で釣り協力者を得るやり口か」
とんだ
世界は異なっても同じ魔性が人を誑かすやり方は、葦原中国だろうが神々が盤として作った四方世界の盤面だろうが変わらないものだと、流水剣は思った。
吸血鬼について訊き出しているうちに領主は吐血して、身体を震わせ始めた。吸血鬼が領主の身体に植え付けた毒薬を内包した肉腫が爆ぜて領主を蝕んだのだ。
「あっ……ぐっ……もんっ……!?」
「頼む!」
「ああっ!」
「《夜の御方よ痛みの母よ、毒を薬に悦びよ》」
奇跡によって毒が消滅するが、失った体力を取り戻すことはできず《
「駄目だ……。既に事切れている」
「……自分の秘密を洩らせば殺すよう仕組んであったか。ますます奴を思い出すやり方だ」
予期すべきことだった。この事態を考慮していなかったことを流水剣は苦々しく自嘲した。自分の未熟さがこの領主を死なせたのだ。
「直ぐにこの場を離れよう。鬼の頸を刎ねなければ犠牲者は増え続ける」
素早く立ち上がった流水剣は
遺体のいましめを解き、苦悶に歪む双眸を瞑らせた。
「……仇は、必ず討つ」