ゴブリンスレイヤー異聞:鬼滅の剣士(デーモンスレイヤー) 作:生死郎
水柱の青年と魔女が請け負った依頼はありふれた
廃坑に棲み着いた
水柱の青年は生臭く湿った空気の中を歩く。足元に粘つく不潔な汚物が靴に貼りつき、歩くたびに音を立てそうになるのを注意する。そのとき、水柱の青年は異臭に気づく。彼が何かを気にして地面を見ていることに、魔女が気付いた。
「な……に?」
「獣の糞だ」
水柱の青年は指先で足元の汚物を示した。その形と臭いに覚えがあった。蝦夷に鬼狩りを行ったとき、アイヌから教わったものだ。
「狼のものだ。……狼はあちらと同じ生き物なのか」
「狼……。ゴブ、リンが……獣、を……飼う……ことが、ある……らしい、わ……よ」
「そうか……」
咆哮とともに三匹の狼が汚物を蹴散らして駆けてくるのが見て取れた。まだ、鬼殺の剣士の間合いに入る前でも、血肉の腐臭を漂わせている。
「めんどうだな」
ヒュゥゥゥゥと水柱の青年は呼気を吐き、日輪刀を怒涛の勢いと共に上段から打ち下ろす。三匹の狼は頭蓋を割断され、脳髄がまろびでる。
──
「相手にはもうバレているから、油断せずにいこう」
水柱の青年の嗅覚は空気に異臭が混じり、それが近づいてくることを感じた。
「来たぞ。嫌な臭いだ。数も多い」
水柱の青年が嗅ぎ取ったのは
「GOROB! GOROBG!」
「GOOROGGB!」
「ゴブリンが湧いてくる……大きいのもいるぞ」
闇から湧き出るように現れるのは
ゴブリンどもは手に雑多な武器を持って押し寄せてくる。
──
淀みない動きで斬撃を繋げて、ゴブリンたちの首を瞬く間に刎ねた。
「七……八……九……一〇!」
流水のように日輪刀が振るわれると、鮮やかな青い刀身によって渓流のような青い軌跡を描く。
ゴブリンの首が落ちて、首から血が間歇泉のようにぴゅうと噴いて胴体が倒れる。殺したゴブリンの数は一〇を越えており、ゴブリンの襲撃は途絶えていた。
「あと大きいのがいる! 数は二。……それと」
言葉を途中でとめた水柱の青年を不思議に思った魔女が、彼を見て瞠目した。
水柱の青年が怒っている。
魔女の耳にも遅れて届いてきた。ずん、ずんと重く鈍い足音。廃坑の奥から迫りくるそれは、羆ほどの大きさの巨体。そして、その足元に隠れるように動く影。
「
困惑する水柱の青年に、魔女が補足する。
「
いかにも愚鈍そうな顔つきをした巨体のゴブリン。そして、その足元にいる賢しらな顔つきの、杖を持ったゴブリン。
水柱の青年にはどちらが群れの長なのかわからない。だが、それよりも彼には見るべきものがあった。
ホブゴブリンは手に、盾を持っていた。その盾は人の形をしていた。一糸まとわぬ裸形の女だった。様々な体液と泥にまみれた汚濁の白い裸体の首に、白磁の等級票がかかっていた。
「村長が言っていた先行した冒険者の生き残りか」
彼女は先行して、そして壊滅した冒険者の一党だった。
「ぁ……ぃ……」
ホブゴブリンは女を見せつけるように盾を振り回す。乳房が、腿が、壁に当たり、悲鳴をあげる。そしてゴブリンたちがけたけたと下卑た笑い声をあげる。
「……酷い血の臭いだ。お前たち、一体何人を喰った? 彼女の仲間を喰ったのか?」
水柱の青年が冷え冷えとした声音で言う。透き通る世界に到達した水柱の青年は、思考が深くなれば深くなるほど、精神の芯は冷めていく。
──
透き通って見えるホブゴブリンの身体から、心臓の位置を見極め、日輪刀は肋骨の隙間を潜り抜け、的確に刺突する。精緻神妙な剣技でホブゴブリンは痙攣が数度、断末魔の震えが、太い手足をぴんと張りつめさせた。
「ひ、ぃ……っ!?」
ホブゴブリンが振り回し放り出した虜を、水柱の青年が片手で受け止める。
「頼む!」
魔女が歌うように細く唇を緩め、吐息を漏らした。
「ええ!
杖の先から投じられた《
「GOBOOROG!?」
魔法の矢が当たったゴブリンシャーマンは濁った悲鳴を上げて、血泡に溺れてもがきながら倒れる。
「ありがとう、助かった」
水柱の青年は虜囚となった女性を地に横たえると、地面でのたうち回るゴブリンシャーマンの首を刎ねる。
それで、終わりだった。
廃坑の奥へ行けば、ゴブリンたちがたむろしていたらしき場所には、真新しい人骨が散見していた。骨の近くには白磁の認識票が三つ、落ちていた。虜囚だった女性の一党のものだろう。
水柱の青年は認識票と集められるだけの骨を回収した。黙々と骨を拾い集める水柱の青年と一緒に、魔女も骨を拾い集める。彼女にも水柱の青年には静かな怒りが伝わってくる。
「手伝わせてすまない」
「いい、わ」
気にするな、と魔女はヒラヒラと手を振る、この男が冒険者らしからぬことをする、というのは前回の冒険から、なんとなくわかっていたことだ。
「この坑道、横に抜け穴があるな」
犠牲者の遺骨を集め終えた水柱の青年が魔女にそう語りかけた。彼女は青年が指さすほうを見る。
「地下は……どこ、に、でも……繋がって……いる、から……ね」
「あの先にも、ゴブリンたちはいるはずだ」
「わかる、の?」
水柱の青年が首肯する。闇の奥から肺腑のざわめき、骨の軋む音、筋肉の伸縮、それら生き物が発する音が多数聞こえてくるのだ。そして、おぞましい怪物どもの体臭もあの闇から漂い出てくる。
「数は、ここにいた奴らよりも多いと思う」
「……そ」
魔女は頷き、
「い、く?」
「……彼女をまず、村へ送り届けよう。そして君も少し休んでからにしよう」
そう言って、水柱の青年が魔女のほうへ振り返ったとき、
「──あ」
滴るような音を聞きとめ、それが魔女のほうからすることに気づく。
──しいて言えば、水柱の青年がそれを知らなかったことが、彼の行動が遅れた理由であった。
壁を這い上がる赤い粘菌を、水柱の青年は知らなかった。
「上!」
端的な、水柱の青年の声が含む切実さに、魔女は反射的に身体を退かせようとして、体勢を崩す。
「あっ!?」
悲鳴が上がった時には、すでに遅かった。
魔女がバランスを崩したおかげで、粘菌が彼女の美しい顔にかからなかったものの、天井から落下した粘液が彼女の衣服へ大量に付着してしまった。
「きゃぁ……!」
悲鳴とともに服が焼けたような臭いが発生する。このままでは服を溶かし、魔女の肉体までも溶かされてしまう。
いかなる器用な指先を持つ
「ヒュゥゥゥゥ」
水柱の青年が日輪刀を縦横無尽に振るい、付着する粘菌を斬り刻み、粘液を剣圧で吹き飛ばす。
──
相手の周囲を回転しながら斬撃による波状攻撃をしかけて、斬り刻む。水柱の青年が独自に開発した型である。
ぱしゃりと弾けるようにして赤い粘液が飛散した。魔女の最高級の白磁のような肌や黒絹のような髪を、傷つけることもなかったことは彼の卓抜した技量によるものであった。
だが、
「大丈夫!? ……あぁっ!?」
赤い粘液が飛び散るとともに、衣服もまたボロボロになって崩れてしまった。
「……え?」
魔女は水柱の青年の反応から、遅れて自分の状態を確認する。辛うじて、腰巻のように残る服の残骸、そしてそんな格好でありながら帽子とソックスだけが残るという、倒錯的な自分の姿。
魔女の頬は、処女雪を夕陽が照らすように紅潮していった。
「────────!?!?!?」
水柱の青年は初めて魔女の大きな声を聴いた。
拾参ノ型 十六夜の雨
水柱の青年独自に編み出した独自の型。相手の周囲を回転しながら斬撃による波状攻撃をしかけて縦横無尽に斬り刻む。
〇こそこそ四方世界裏話
主人公の呼吸術は水の呼吸と風の呼吸と迷っていました。もしかしたら、風柱の青年になっていたかもしれません。どっちの呼吸も格好いいですから、悩ましかったです。