ゴブリンスレイヤー異聞:鬼滅の剣士(デーモンスレイヤー)   作:生死郎

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『鬼滅の刃』、いい最終回でした!ワニ先生もお疲れ様でした。


08

 コカトリスを退治した後はコカトリスの首と妖術師の邪教の御印などの討伐の証明となるものを持ち込んで、冒険者ギルドへ帰還した。見せられたコカトリスの首に受付嬢は絶句する。貼り付けた笑顔が剥離しかける。

 さらに回収した冒険者の認識票を引き取ってもらい、その費用として一党(パーティー)全体に銀貨合計二〇枚を支払って貰った。コカトリスたちの討伐報酬と本来のゴブリン退治の依頼達成の報酬と合わせても収益はなかなかのものになった。

 冒険の翌日。水柱の青年が昇級審査のために冒険者ギルドに向かったが予定よりも速く到着した。彼は数日前から、ギルドの宿泊施設を出て魔女の勧めで彼女が滞在している女圃人が店主を務める宿屋に泊まっていた。ギルドの宿泊施設よりも快適であった。

 時間を持て余した水柱の青年は冒険者ギルドの酒場へ向かった。昼間の酒場には、どことなく気だるげな空気が渦を巻いている。

点々と卓を囲んで座っている冒険者たちは、休日か、早く帰還したのか。だらだらと酒を呑み、だらだらとツマミを口に運ぶ姿には覇気らしいものがない。

「……くっそぉ……。なんだって、ああ、もう……」

 突っ伏してブツブツと呟いている冒険者の姿が、水柱の青年には強く印象に残った。周囲に一党(パーティー)の姿はなく、彼は相当酔っているらしい。彼が漂わせる退廃的な雰囲気を感じているのか、店内の冒険者たちも関わりあいにならないよう、視線をちらとも送っていない。

 彼の漂わせる雰囲気は知っている。鬼殺隊にいたとき同胞を亡くしたとき、自分の力が及ばず犠牲者を出してしまった隊員には、あのような様子になる者もいた。

 水柱の青年は何も言わなかった。誰にも構われたくない時があるのだ。

「あ、お前! 湾刀(イースタンサーベル)のお前だよ!」

 水柱の青年が声をかけられて視線を向ければ、一人の男が水柱の青年に手を振っている。

 すらりと背丈の高い美丈夫だ。革の鎧を着込み、背に槍を担いでいる。その槍使いには覚えがある。初めて依頼を請けた日にすれ違った青年だ。その表情は悪感情こそないが水柱の青年に随分と強気なものがあった。

「俺に何か用事があるのか?」

 水柱の青年が槍使いに近づいてみれば、槍使いの対面に座る冒険者とも目が合った。──ような気がする。その冒険者は鉄兜で視線が見えないのだ。

安っぽい鉄兜。薄汚れた革鎧。異様な風体の冒険者だった。

「何かじゃね。お前だろ、白磁でそうそうに魔神、トロル、コカトリスと大物を退治(スレイ)している冒険者ってのはお前だろう?」

「確かに俺はそいつらを斬ったな」

「やっぱり、そうか。あーもー! 同期がそんな活躍をしているせいで、俺が鉱山で片付けた粘液塊(ブロフ)っつう武功が霞んじまったんだ!」

 悔しそうに言う槍使いは、その自慢の槍を手繰り寄せると柄をくるくる弄んだ。

「いや……そんなことを言われてもな……。君に迷惑をかけることにはならないだろう?」

「なるんだよ、これがな」

 困惑する水柱の青年に、槍使いはさも深刻そうに言う。

「俺が受付さんにブロブ退治をアピールしても全然効かない! お前さんが大物ばかり退治しているせいで、受付さんも『まあ、それくらいなら』みたいになっちまっているんだ」

「ええ……」

 困惑する水柱の青年。しかし、ふと気づいた。

「そうか、君は受付嬢の気を惹きたいんだな」

「そ、そーだよ。悪いか!?」

「いやいや、悪くないよ。……まあ、その、間が悪かったな」

 水柱の青年は知らなかったが槍使いは、つい先ほども、鉄兜の冒険者が受付嬢から水薬(ポーション)を貰ったと聞いたばかりでむくれていたところをさらに拗らせていた。

「今に見てろよ。いつか竜でも仕留めてやるぜ!」

「竜か……ここにはいるのか。凄いな」

「え? もしかして、竜知らねえのか?」

 マジで、と言いたげな表情の槍使いに水柱の青年は慌てて取り繕う。

「知ってはいるよ。見たことはないが」

「……ああ、まあ、俺も見たことはねえ。だが、話には聞いている。そいつをいつかは退治して、受付さんをあっと驚かせてやるぜ!」

 竜の首を掲げて爽やかな笑顔で受付嬢に迫る槍使いを、水柱の青年は想像した。それはドン引きされて逆効果ではないだろうか。

「大物ばかり退治しているお前さんに対抗するなら、それくらいしないとな」

「大物ばかりではないぞ、ゴブリンやブロブも退治した」

「? だからなんだよ、お前ならゴブリンくらい楽勝だろう」

「ゴブリン」

 唐突に、今まで沈黙していた鉄兜の冒険者が反応を示した。

「そうだ。ゴブリンは──人に害をなす鬼は許せない」

 ああ、と鉄兜の冒険者が頷く。

「ゴブリンは皆殺しだ」

「そうだな。数が多く人々への被害が出て頻繁に依頼が出るような事態。できることならば、ゴブリンは根絶やしにしたい」

「あーもー! なんだお前ら!?」

 何か相通じるものを感じている様子の水柱の青年と鉄兜の冒険者に、槍使いは毒気を抜かれたように椅子へよりかかる。白磁等級では到底太刀打ちできないはずの怪物を退治したことを誇るよりも、ゴブリンについて真剣になる水柱の青年は、間違いなく変な奴である。

「ほ、ら……。もう、時間……じゃ、ない……の?」

 会話に割って入って来たのは、しゃなりと肉感的な腰を揺らして水柱の青年の隣に立つ美女。肢体の線も露わな衣装を纏って帽子を被った魔女だ。

「ああ……、そうだな。ありがとう」

 水柱の青年に応じて、槍使いや鉄兜の冒険者に挨拶をして別れる。

 ふと思い立った水柱の青年は、先程見かけた冒険者へ目を向けた。

「彼は?」

「ああ……」

 魔女がその長い睫毛を伏せ、物欲しげな仕草で艶やかな唇をちろりと嘗めた。

「二人、食べられ、て。その子の、形見、届けるのに、一人。あと一人は、腕を……ね」

 それで引退。つまらなそうに呟いた魔女は、どこからともなく煙管を取り出した。優美な手つきでパチリと指を弾くように、火打石を叩いて火種を落とし込む。ふうっと気だるげに息を吐くと、甘ったるい煙がふわりと広がっていった。

「残り一人。よくある、こと。……なのよ」

「……そうだったのか」

「そゆ、こと……」

 

 ◇◆◇

 

「あ、お待ちしてました」

 水柱の青年が冒険者ギルドに入ると、受付嬢が声をかけてきた。

「お待たせしました!では昇級審査を始めさせて頂きますのでこちらへどうぞ!」

 事務仕事が片付きようやく手が空いた受付嬢がやって来た。彼女に案内され、昇級審査を行う部屋の前へと到着する。

「それでは始めさせて頂きますので、どうぞお入りください」

 受付嬢がそう言って水柱の青年を案内して通した会議室には、他に二人入ってきた。法と正義を司る至高神の司祭──ギルド職員。そして立会人の冒険者が部屋の中へと入って行った。

「どうぞ、おかけください」

「ありがとうございます」

 受付嬢の勧めで、水柱の青年は席に悠然と座る。大抵の白磁等級の冒険者は緊張しているのだが、水柱の青年は実に落ち着いている。

「それでは質問させていただきますね」

「はい、よろしくお願いします」

「それでは、あなたの趣味を教えてください」

「はい? 趣味?」

「ええ。まあ、最初は初の昇級審査なので、肩肘張らず、リラックスして答えてください」

「そうですか……」

「こちらで冒険者登録していただいたときに、色々と既に聞いてますから」

「そうですか……地図を見ることは趣味ですね」

「ち、地図ですか?」

 受付嬢は意外に思う。地図となればより精度と確度が高いものであれば機密性も高くなる。彼女は水柱の青年が見ることができる地図とはどのくらいか気になった。

「この趣味は鬼狩りでも役に立てられました。冒険でも役立てることができると思います」

 水柱の青年は、選抜試験を合格した後、いくつかの戦闘を経験して、一の戦闘から一〇の知識を得て帰納能力の高さをしめした。そして彼の趣味によるもので、一度も行ったことのない場所でも地形を生かして戦闘を行うことができた。彼の超感覚も、それがとりもつ縁であった。

「そうですか、確かに地図を見るのが得意ならば、冒険でも安心ですね。それではですね……」

 受付嬢が手に持つ書類に何か書き込むと、

「では、質問を変えさせていただきますね。冒険者になっていかがでしたか?」

「どう……とは?」

「大変だったとか、思ったより簡単だったとか、そういう率直な感想で構いません」

「幸いなことに大きな怪我やトラブルもなく依頼をこなすことができました」

 水柱の青年がそう言うと、受付嬢、ギルド職員、立会人が笑う。

 トロルやコカトリスと偶発的遭遇(ランダム・エンカウント)してトラブルもなく、とは、それを本心から思っている様子の水柱の青年におかしさを感じたのだ。

「成程、そうですか。それでは一党を組んでからはどうですか?」

「彼女には助けられてばかりですね。冒険だけでなく、ここら辺での常識や事情に詳しくない部分でも助けられています」

 冒険者とも協同できるだけの社会性も備わっていることは疑いなかった。そして、受付嬢が聞きたいと持っていた来歴について触れる。

「あなたの実力にはギルドは疑うことはありません。ただ……どうしてそれだけの実力を持つくらい、鍛えようと思ったのですか?」

「え……?」

「あー、つまり、鬼狩りをする理由を聞きたい、ということです」

 ギルド職員が受付嬢に助け舟を出して、言葉を引き継いだ。

「例えば元が騎士だった人や、学院で学んでいた賢者さんとかでも、その軍や学院での働きはどうだったとか、そこに所属する経緯も聞いたりするものなの」

「ええ、これも形式的な質問なんです」

「そうですか……。わかりました」

 水柱の青年は頷くと話始めた。大体は魔女へ話したものだ。

 

 ◇◆◇

 

 むせるような悪臭。真紅に染まった世界。滴る赤い水音の中でごみのように転がされ、バラバラに切り刻まれた家族。

 叶わなかったたくさんの約束。閉ざされた未来。

 幻想のような現実は終わり、悪夢よりも凄惨な『今』が始まった。

 にぃ、と嗤う声で、彼の耳に未だに残る。

『一〇年は、お前を覚えといてやるよ。それだけあれば充分だろ? ただし、一〇年年経ったら忘れるぜ、お前が一五になるまでな』

 それは鬼の気まぐれだったのだろう。だが、そんな気まぐれによって少年は生かされた。

 

(ころしてやる)

 少年の目の前は真っ赤に染まっていた。

 燃えるように熱い身体を引きずり、彼は顎と肩を使って鬼によって捨てられた山を這いずっていた。両の手足は鬼によって折られて使い物にならなかった。全身から湯気が立ち上る。耐え難い疼きが少年にもたらした。

 一日目は数えた。二日目から生きる方に集中した。三日目から数えるのをやめた。気づけば這いずり、獣のように目についた草や土を喰い、太陽と影を頼りにただ西に這いずった。

 獣が何度か彼を囲む気配もしたが、少年の憎悪に気圧されるように去っていった。

(ころしてやる)

 昼も夜も、脳裏に赤黒い池が明滅する。その池にぷかりとのぞいていた、家族の切れっ端。残骸。なれの果て。鞠のように放り投げられた姉の虚ろな生首。

 噛みしめた奥歯が金臭い。

『強くて優しい子になってね』

 ごめん姉ちゃん、ぼくは優しくなれない。這いずってでもあの化物を殺しに行く。この手で殺して復讐する。だってそうしないと生きていけない。

 兄ちゃんや姉ちゃんみたいに強くないから、そうしないとひとりで生きていけない。

(わすれたくないんだ)

 どんな凄惨な記憶でも、もう少年がもっているものは記憶だけだったから。そして忘れないまま生きて行くには、糧が必要だった。復讐と憎悪。それがないと死にたくなる。

(ほんとうはいまだってしにたい)

 みんなと一緒の場所に行きたくて行きたくてたまらない。

 不意に、近くで、足音が聞こえた。

 少年の幸運は鬼が適当に捨てた山の近くには、鬼殺隊の隊士が立ち寄ったことで保護されたことである。

 保護され治療を受けた少年は、自分を助けた隊士──後の兄弟子を怒った。

「何で俺を治した! 治してくれなんて言ってねー! 治ったら……ちくしょう、生きるしかないじゃん!」

 叫んで、……少年は泣いた。死ぬ理由がなくなってしまった、と。

 元気になってしまった。歩いて、あの化物を捜せる体に。もう死ねない。もう、生きるしかない。誰もいなくなってしまったこの世界で。

 復讐の刃を磨ぎ、ひたすらあの化物を追って。そうしていつか、家族が願った自分じゃなくなる日がくるだろう。死ねば今のままの自分で彼らの傍に逝けたのに……

 もうだめだ。

 赦すか復讐かを選ぶなら、少年の答えは一つしかないのだから。

 少年は隊士の着物で涙と鼻水をぐしぐしとぬぐった。隊士は迷惑そうにしていたが、少年は離さなかった。全部こいつのせいだ。鼻水くらいなんだ。

「責任とれこのやろー! いいか、お前、覚えとけよ。ぼくは忘れるかもしれない。ぼくの兄妹は日の本一だ。ぼくは幸せだった。毎日めちゃめちゃ幸せだった。怒られてばっかだったけど兄ちゃんも姉ちゃんも大好きだった!」

 叫ぶと、少年はぱったりと倒れた。なんて幸せだったのだろう。

「でも、そんなシアワセな僕とも今日でお別れだぁ……」

 消えかけていた憎悪が蘇るのがわかる。

 脳裏に、あの化物の嗤い顔が点滅する。心のどこかで自分が変わる音がする。それは断絶の音。

 にぃっと、少年の口の端がもちあがる。

「……見てろよあいつ……絶対、ぶち殺してやる……」

 今までの少年ならば浮かべるべくもない翳りのある笑いを浮かべて、少年は目を閉じた。

 ――復讐の幕が上がる。

 それが自分の人生だと、少年は悟った。

 気を失う前に、少しだけすすり泣いた。

 愛する家族との永遠の決別と、もう戻れない自分に憐れんで。

 その様を隊士はただ見つめ、やがて守るように、その哀れな子供を抱き込んだ。

 少年が鬼殺の剣士となって復讐すべき鬼と遭遇したとき、鬼は下弦の鬼となっていた。死力を尽くして戦い、そして勝利した。

 刎ねられた鬼の口から血が溢れた。妙な血の色をしていた。

 野太い哄笑が響いた。口から血を流し、鬼は心底愉快そうに嗤い続けた。

「……イイ腕だ。本当にイイ腕になりやがったぜ、小僧。この一〇年、毎日毎日俺を殺すことだけを考えてきたろ?」

 まるでそうであって欲しいと思っているかのようだった。少年は無言のまま、消滅するまで嗤い続ける鬼を、見つめ日輪刀を構えていた。

 

 ◇◆◇

 

「では審査は以上となります、特に問題はありませんでしたので、黒曜への昇級となります。受付で新しい認識票をお渡し致します。お疲れ様でした!」

 水柱の青年が退席して、また立会人の冒険者もまた会議室を出た。そこでようやく、受付嬢は脱力した。

「はふぅ……」

 受付嬢は卓上へと身を伏せた。

「お疲れ様」

 同僚も張り詰めた表情を緩めた。

「……こんなに疲れる昇級審査は初めてです」

「ホントそれな」

「広い世界、よくあること……なのかもしれませんけど。やっぱり辛いですね」

「でも、納得はしたかな。五歳の頃からずっと鬼と戦うために鍛え続けたからこそのあの実力だったんだ」

 復讐を遂げた後でも鬼を狩る理由を、水柱の青年は話してくれた。

 ──自分の復讐は終わりました。それでも、まだ人を喰らう鬼がいる。俺のように大切な人を鬼に奪われる人が少しでもいなくなるようにして欲しい。

 自分ではない誰かのために命を賭けられる人なのだ、と受付嬢たちは思った。

 そんな彼は冒険者となってもその意志を貫こうとしている。彼ならば、きっと良い冒険者になってくれるだろうと、受付嬢たちは期待することにした。




長く書いてもダレるだけと思ってましたが充分に長かったですね。主人公の過去をダイジェスト版にしてもこれだけ長くなるとは……。
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