ゴブリンスレイヤー異聞:鬼滅の剣士(デーモンスレイヤー) 作:生死郎
「はい、それではこれが新しい認識票となります。昇級おめでとうございます。これからもご活躍を期待しています」
受付嬢は水柱の青年へ黒曜等級の認識票を手渡す。お礼を言って水柱の青年は認識表を受け取る。
そのまま、水柱の青年と魔女はその足で依頼を請け負った。依頼内容はゴブリン退治だった。
「まあ、昇級したとしてもやることが変わるわけではないんだよな」
「そう、ね」
水柱の青年は魔女とそう話しながら、工房へ入る。これからの冒険に向かうために準備をしようとしている。彼らは
◇◆◇
昇級してから何度目かの冒険。
日輪刀を振るいゴブリンの首を断つ。洞窟には瞬く間にゴブリンの死骸が七つも量産された。ゴブリンの屍を越えて、冒険者の一党が歩いていく。
水柱の青年は自分が柱に就任したときのことを思い出していた。鬼狩りの剣士というのは、柱になることも、復讐を果たしたことも、それがゴールではないことを実感した。復讐を遂げて柱になったあとの方が、気が遠くなる程長かった。
進めば進む程道のりは険しく周りに人はいなくなる。自分で自分を調整して修理ができる人間ではなければ道は先へ進めなくなる。
冒険者も昇級したとしても、やることは変わらない。依頼を請けて冒険を行うのだ。
「GRROB! GRARD!」
二、三とゴブリンは首を刎ね、返す刀で五匹のゴブリンを斬殺した。片手間にゴブリンを討滅しながら、既に索敵を終えている。通路を進んだ先の暗がり、松明の灯りを受けて照り返す。鈍い輝きを認めた。
水柱の青年は日輪刀を振るう。びぃんと気の抜けた弦鳴りとともに、宙を切って飛来するものを水柱の青年は正確に捉えていた。二本の矢の軌道を読み日輪刀で叩き落とした。暗がりの奥に潜む小鬼弓兵の存在はわかっていた。
まるでわかっていたかのように、自分たちの矢を叩き落とした冒険者へ罵声を浴びせながら、矢を番えようとする小鬼弓兵に、矢を引き絞る暇を与えなかった。
「任せて」
魔女が力ある言葉を紡ぎ始める。
「《サジタ(矢)……ケルタ(必中)……ラディウス(射出)》」
《
「ありがとう!」
水柱の青年はお礼を言いつつ、彼は既に洞窟の中を駆け抜け、ゴブリンどもへ接敵している。
「ヒュゥゥゥゥ!」
──
清流のごとき淀みない動きで斬撃を繋げることで、吼え猛るゴブリンどもの頸を斬り落とした。一〇体を越えるゴブリンが累々の屍を晒す。
暫くの間、薄暗く生臭い洞窟の中に一党二人の呼吸だけが響いた。
「これ、で……、いったん、終わり……かしら?」
「まだ、奥にはいるぞ」
松明を掲げて、暗闇を水柱の青年が見通す。彼の知覚は透き通る世界だけではない、超感覚によって奥に潜むゴブリンたちの臭いや音を感じ取っていた。
「GROORORB!」
「GRAAB!」
地底の奥底より響き渡り、木霊する醜悪な声が魔女にも聞こえてきた。
「随分と数が多い巣穴だ」
水柱の青年が舌打ちする。無尽蔵と思うほどに湧き出てくるゴブリンは、それだけで新人冒険者の心を折ってしまうだろう。
この数時間、ほぼ休みなしである。始末したゴブリンの数は既に二〇は越えていた。水柱の青年だからこそ、この長時間の戦っていても呼吸の乱れもなく、疲弊もないのだ。
魔女の魔法も先程の一回しか使用していない。
「……また、来る、わね」
魔女がその美しい瞳で闇を見つめて、注意深く言った。
水柱の青年ほどの鋭敏な感覚を持たなくてもわかるほど、はっきりとゴブリンどもの猥雑な足音が徐々に迫っている。
狭く暗く細い幾本もの枝のように分かれた道が足音や喚き声を反響している。
「……数は多いな。一〇以下ということもないだろう。二〇と見るべきだな」
水柱の青年が険しい面持ちで言った。魔女もいつでも呪文が使えるように準備をする。
◇◆◇
それはゴブリンにとっては、いつもの事であった。
冒険者が来た。今回は二人だ。
若い女が一人いる。
「GRAORB!」
「GBBBOR!」
穴底でゴブリンどもや暗い欲望を胸に、薄汚く笑いあった。
まったく俺たちはなんと運がいいのだろう! 女がいるとは、当分は楽しめる。家族も増える。
人間とは異なり、ゴブリンにとっては捕虜の価値は男よりも女にある。男なんて奴は、危ないし、すぐに怒って暴れて自分たちを脅かす。
手足を切って牢に放り込んでもいいが、食べるか玩具にするしかない。苦労をしたわりには、なんと使いでのないことか。
この点、女は、雌はどうか。孕ませればそれだけで逃げなくなるし、暴れて手足を落としても困ることはない。なにより楽しい。重要なことだ。仲間を増やせるし、飽きたり死んだりしても食べれば良い。
「GROB! GROAR!」
「GROORB!」
雑多で粗末な道具を持って小鬼どもは囁き合う。
あの雌は二、三度小突けばきっとすぐに大人しくなるぞ。
雄のほうは妙な色の剣を持っている。冒険者が持つには勿体無い。自分たちが持つほうが相応しい。
ゴブリンは自らが負けるなどとは露程にも思わない。数こそがゴブリンの強みである。それを本能的に理解しているが故のゴブリンである。
手に手に、粗末な武器を持つ。だいたいは石や骨を枝と組み合わせたもので、ちらほらと掠奪した錆びた小剣やスコップが混じる。唯一、例外なのはこの洞窟の王気取りでいる
田舎者はゴブリンどもに冒険者らを襲うように命じた。事ここに戦術などというものはない。
仲間が殺されている間に、上手いこと襲い掛かって奴らを血祭にあげるのだ。殺された仲間たち、住処を荒らされた我等の怨みを思い知れ!
「GOROROB!」
「GRAB! GORAAOB!」
ゴブリンの群れは雄叫びを上げて、怒濤の如く冒険者たちに襲いかかり──。
──
瞬間、幾条もの青い閃光が、激流の如き勢いでゴブリンを呑み込んだ。
◇◆◇
水柱の青年は洞窟の地面が足場の悪い場所であっても、動作中の着地時間と着地面積を最小限にして、縦横無尽に駆け巡り日輪刀でゴブリンの首を次々と刎ねる。ゴブリンどもが武器を振り回しても、透き通る世界を見る水柱の青年にはゴブリンどもの動きは手に取るようにわかる。ゴブリンどもの抵抗虚しく首を刎ねられる。群れの長である田舎者もその例外ではなかった。
「お疲れ……様」
「ああ、お疲れ様」
水柱の青年は日輪刀を納刀して、魔女と笑い合う。そうして彼らは洞窟の散策をする。ゴブリンの住処とはいえ、確認はしておく。ついでに田舎者が持っていた剣も検分した。
「ミスリル? 鋼ではないのか……」
魔女の説明を受けた水柱の青年は不思議そうに──事実、不思議に思っている──剣を見た。彼のいた世界にはなかった金属である。興味深く見る。武器の状態がよければ中古として売ろうかとも魔女と相談した。
「予備に……持って、おけば?」
「予備? いや、この類の剣は使い慣れてないし、勝手も違うから要らないよ」
「そ……。あら」
「どうしたの?」
水柱の青年と会話しながら剣を見ていた魔女は何かに気づいたようで、柄尻を、岩塩を固めたような、白くて細い指で指し示す。
「これは……家紋かな?」
水柱の青年は所感を話した。彼が知る日本の家紋というよりも、洋書で見かけたことがある欧州の貴族の家紋に似ていた。
「貴族、の……家宝……かも……ね」
「家宝? 何だってそんな貴重なものをゴブリンが持っているんだ?」
「さあ? ……家宝を、持って……冒険、者に……なった、人が……ここで、果てた……の、でしょうね」
「……そういうこともあるか。……遺体は見当たらないな」
既に獣や魔物に喰われて土に還ってしまったのだろう。
魔女の忠告でこの宝剣は冒険者ギルドへ提出しようということになった。家紋からどこの家のものか特定は可能だろうし、遺品として遺族へ渡すことができるかもしれないからだ。中古として市場に送っても、不正不法なやり方で得たものをと思われてしまうことも不味いとの判断だ。水柱の青年はそれに同意した。
再び二人は小鬼どもの戦利品を漁った。今回は攫われた女性はいなかったが、以前にゴブリンどもの子供を見つけたことがあったのだ。もし見つけたならば、子供が大きくなり人を襲う前に殺すべきだ。それに、死んだ冒険者の認識票くらいは持ち帰りたいと思った。
「これは祠かな……?」
水柱の青年が胡乱げに見るのは、朽ち果てた祠だった。中には何かの像があった。経年劣化で水柱の青年が触った途端に崩れてしまった。
ふと、その像の中に宝石の指輪が入っていることに気が付いた。
「指輪か。何かやけに輝いてみえるな」
指先で埃を払い落し、彼は炯々と輝く宝石を覗き込んだ。まるで、宝石の中で何かが燃えているような輝きだった。
「ど、した……の」
魔女は孤を描くように唇を緩めると、腰をくねらせるようにしずしずと歩んで水柱の青年に近づく。
水柱の青年が指輪を拾ったのだと言って、彼女にも見せてみる。魔女は覗き込むように前かがみになる。豊かな胸が揺れる。水柱の青年が指輪を魔女に渡すと、彼女は指先でなぞるように環を撫で、裏返し、内側に文字が刻まれていないかを検める。
そうして、彼女はゆるゆると首を左右に振った。
「ごめ、んなさ……い」
言葉とともに指輪を差し出される。水柱の青年は受け取った。
「これ、は……ちょっと、わから、ない……わ」
「そうか。手間をかけてごめん」
ギルドに帰ってから調べてみようと思い、指輪を仕舞った。魔女からは不用意に指輪をはめることはしないようにと注意され、水柱の青年は素直に頷いた。
◇◆◇
「皆さん、お疲れ様でした!」
水柱の青年の報告を受けた受付嬢がいつもの笑顔と柔らかく言って頭を下げる。彼らは報酬を受け取り、宝剣を冒険者ギルドへ預けた。
「ところで、さっきから集まっている冒険者たちは一体?
水柱の青年がそう言って、ざわざわ人でごった返すギルドのロビーを見渡す。
「ああ、それは……」
受付嬢が説明をした。新しい坑道を深く掘ろうとした作業員がブロフという、
地中より
その巨大な百足の如き生き物を退治するために、複数の
話を訊いた水柱の青年が魔女のほうを向き、相談する。
このまま、
「あ、あの……! 貴方はまだ黒曜ですよ? 彼女だって白磁だし、クエストを終えたばかりですし休んだ方が……」
受付嬢が焦って言う。尤もな話である。
「い……わよ」
魔女はゆっくりと頷く。
「彼女はまだ魔法をひとつ使っただけ、移動までにまだ時間があるようですから、彼女には休んでもらいます」
魔女が新人でも優秀だとはわかる、そして何よりも水柱の青年が徒党に加わるというのは受付嬢にも魅力的だ。結局、彼女は水柱の青年の要求を呑んでしまった。