戦姫絶唱シンフォギアIF 〜陰る陽だまり〜   作:ボーイS

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予想以上に長くなってしまった。

時間軸的には前半ライブ直後、後半原作一話終盤&二話冒頭辺りです。原作と比べ寄り添ってくれる太陽がいない陽だまり……グレビッキーとはまた違う絶望に染まった少女が復讐の力を手に入れたら?

それでは、どうぞ!



九話

 日が沈み切り、辺りは街灯や家から漏れる光で照らされる街中をふらふらとさっきまでライブ会場にいた未来は重くなった鞄を抱きしめながら歩く。気付いた時には何故か見慣れた街を歩き、何処かへ向かっていたのだ。

 

 身体のあちこちが痛く、身体が酷く重い。怪我をしているのか、心身ともに疲れ果てたのか、それとも身体を支え切れないくらい精神がすり減ってしまったのか。それは未来自身も分からない。

 それでも歩は止めない。自分が何処へ向かっているか分からないが、それでも足を止めず歩き続ける。

 

 見知った人、見知った道、見知った店。それらを通り過ぎてたどり着いたのは一軒の家の前だった。そしてその家の表札には「立花」と書かれていた。

 

「あら未来ちゃん。どうしたのこんな遅くに……っ怪我してるじゃない!?」

 

 玄関から出てきた親友と何処か似ている女性は未来の姿を見るなりそのボロボロになり血がついた服を見るやいなや心配して未来には近づく。

 

「大丈夫なの!?痛くない?響は一緒じゃないの?」

「っ!」

 

 とても心配そうに未来を見る女性、親友の母親のその声に未来はとうとう耐えられなくなった。

 身体を震わせ涙を流し、力無くへたり込んでしまう。そんな未来に響の母親は怪我をしていると思い急いで救急車を呼ぼうと立ち上がろうとすると蚊の鳴くような声で未来が何かを言っている事に気づいた。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさいっ」

 

 嗚咽を漏らして許しを乞う未来に響の母親は戸惑うがその時、未来の抱えていた鞄からはらりとひとつまみほどの灰がこぼれ落ちる。それを皮切り未来は声にならない嗚咽を漏らして涙を流した。

 いったい何故泣いているか分からない未来に響の母親は鞄からはらりと落ちた灰を見て嫌でも何かを悟ってしまい動けなくなった。

 

 太陽が沈み暗闇が支配した世界で陽だまりはただただ泣き続けた。

 

 ────────────────────

 

 時間というものはどれだけ進むのを止めようとしても、または時を戻そうとしても無情にも時を刻んで行く。

 

 親友を無くして心にポッカリと大きな穴が開いた未来はライブ事件から数日、まともに食事を取る事も出来ず、言葉も忘れたかのように家族と話すことも無く、自室で膝を抱えて丸くなっていた。

 

(私が響をライブに誘ったから……私がツヴァイウィングの事なんて話したから……私なんかと友達になったから……私が、私が……)

 

 親友の無情な死は自分のせいだと思い、心に大きなヒビが広がって行く。考えるのを辞めないと取り返しがつかない事になると分かっていても考える事を止める事が出来なかった。

 

(なんで……私が生き残ったんだろう……)

 

 傍らに未来が誕生日にプレゼントし、響がいつもつけていた赤い雷のような形のヘアピンに紐を通してかつて親友だった灰の入った小瓶の口に巻いたそれを拾い、胸元で抱きしめる。

 

「響……響……ごめんなさい……ごめんなさいっ!」

 

 枯れ果てたと思った涙が身体に残った水分までも絞り出すかのように流れる。泣き続けたせいで目元は赤くなり痛みもある。喉も嗚咽を漏らし過ぎてかすれた声が痛々しく漏れるだけ。

 それでも涙は止まらなかった──

 

 両親の献身的な介護でまだ表情に陰りがあるものの食事や会話ができる程度には精神的に落ち着いた未来はまだ悲しみに明け暮れながらも少しずつ元の生活に戻ろうと努力をしていた。それがもうこの世にいない、自分をいつも照らしていた太陽を安心させる為と自分に言い聞かせて。

 

 そして未来は新たな地獄を見る。それは辛うじて砕けていなかった心のヒビを更に大きくする程だった。

 

 自分の努力を否定され、自分の想いを勝手に捻じ曲げられ、自分の命を弾劾され、その矛先を家族に向けられて、未来の心のヒビは大きくなる。

 落ち着いていた精神が悪化し、再び狂い始めた未来を守る為に未来の両親は引っ越しを決意する。自分達のせいで一人娘が心に大きな怪我を負ってしまった事も理解している。それでも救う為に町から離れるのを決心したのだ。

 

 そして未来は両親に連れられ親友との思い出が詰まり、そして自分の心に大きな傷痕を残した町を離れる。

 

 その目は既に酷く淀んでいた。

 

 ──────────────────

 

 ──ライブ事件から二年後

 

 

「今日の授業は終わりです。皆さん、気をつけて帰ってくださいね」

 

 授業の終わりを知らせる鐘がなり、先生の一声で今日の授業は終わる。

 帰路に着く準備を始める生徒は全員女子であり、男の姿は一人もいない。

 

 〝私立リディアン音楽院〟

 

 まだ設立十年ほどの新しい学園ではあるが普通科の授業と共に音楽関連の多彩な授業を中心とした小・中・高一貫の女子校であり、十年という短い間に少なくない数のアーティストを産んできた実績もある有名な学園だ。そのアーティストの中にはかつてツヴァイウィングとして名を轟かせ、現在ソロ活動中の天羽奏と療養中と言われる風鳴翼の二人もいた。二人に憧れて学園の門を叩く人間は多い。

 

 流行りの店やファッション、または授業の内容等の話が華々しく広がる中、一人だけ全く違う雰囲気を出して帰る準備を進めていた。

 

「小日向さん」

 

 学校指定の鞄にノートや教科書を詰めていた白いリボンが特徴的で少し痩せ細った印象を受ける黒髪の少女、小日向未来に向かって三人の少女が近づく。

 

「……なに?」

「今日三人で行きたい所があるんだけど、ヒナもどう?」

 

 そう言ってショートカットの少女、安藤創世が切り出す。ヒナというのは創世が勝手につけた未来のあだ名だ。

 

「それに入学してから小日向さんはいつも一人でしたのでお話したいと思っていましたので」

「漫画やアニメの事知ってたら仲良くなれそうだしね!」

 

 創世の後から未来に最初に話しかけたおっとりしてそうな性格の長い金髪の少女、寺島詩織とやたら元気なツインテールの板場弓美も矢継ぎ早に声をかける。

 実際未来はリディアンに入学してから必要な時以外声を出していない。クラスが違う者は未来を知っていても声を聞いた事が無いというのも少なからずいた。それに加えて誰とも仲良くならず授業が終われば何処にも寄らずに寮に帰るとしたら心配せずにはいられないだろう。

 そんな未来に話しかけたのが仲良しの三人組であった。

 

「……私は、別に……」

「それじゃ行こ!」

「え、いや、そういう事じゃっ!」

 

 未来は遠回しに断ろうとしたが言い終わる前に意味を曲げて理解した弓美に手を引かれてしまう。振り解けないほどの力では無いが未来は突然の事に戸惑い近くにいた創世と詩織に目を向ける。だが二人は苦笑いを浮かべるだけだった。

 

「こうなった弓美はうるさいからね」

「今日は付き合ってあげて下さい」

「でも」

「ほ〜ら!早く早く!」

 

 未来は困りながらも強引な弓美に引っ張られ教室から出る。その後ろに創世と詩織も後をついてくる。弓美の強引さがかつての親友の姿と重なり胸に痛みが走ったのは本人以外知るよしがなかった。

 

 

 

 学園から出て町にを歩く。未来は寮生である為必要が無い限り町に出る事はない。だが今日は特に仲良くもないクラスメイトの三人組に連れられて町を歩く事になった。

 前を歩く三人は楽しく話し合い笑いる。その光景に自分の場違い感に居心地の悪さを感じていた。

 

「どうかしたの?ヒナ」

 

 創世に突然話しかけられ狼狽るが直ぐに頭を左右に振って何も無い事を示すがそれに納得がいかないかのように詩織と弓美も立ち止まり振り返る。

 

「何があったかは詳しくは聞きませんが、私達にできる事があれば遠慮なく話して下さいね」

「そうそう。無理に溜め込んで闇堕ちとかアニメの世界だけにしてよね!」

「……うん、ありがとう」

 

 未来は無理矢理作った笑みを浮かべる。その姿に三人は何か言いたそうにしたが本人が話さないなら聞かないほうがいいと理解して歩みを再開する。

 三人が前を見た事を確認すると未来は鞄を開けて中にある小瓶をジッと見つめた。

 

(……きっと、昔の事を話したら……また迷惑をかけちゃう)

 

 二年前のライブ事件直後の世間的な騒動。そのせいで家族に大きな迷惑をかけた未来はこれ以上昔の事で迷惑をかけるのを忌避していた。それ故に、三人にこの事を話してあの頃のようになればまた両親に迷惑をかける事になる。それだけはなんとか回避したかった。

 自分はどうなってもいい。そんな気持ちを心の隅に置きながら。

 

「あれ?」

 

 前方を歩いていた弓美の声に未来はハッとして鞄を閉める。鞄の中身を見られていない事を知ってすぐさまホッとするが創世と詩織の戸惑っている姿を見て何があったのかと思い三人に近づく。

 

「……どうしたの?」

「いえ、何故か人が少ないと申しますか」

「人の気配が全くないね」

 

 その言葉に未来は辺りを見回す。あまり外を歩き回る未来ではないがそれでも今いる場所は道路が広く、コンビニやレストランがあるような大通りなため人が少ない事はあっても人が一人もいないという事は無いはず。なのに視界の中には人の姿が映らない。

 

「避難……いや警報とか鳴ってないよね?」

「偶然人がいなかった……とか?」

「まさか別の世界に迷い込んだ!?」

 

 三者三様に不安がるが未来だけは少し違う。

 一人も人がいない光景は初めてだが、何故か心臓の鼓動が早くなり息が苦しくなるその感じは経験した事があった。

 

「あれ、あそこに子供がいるね。しかも泣いてる?」

「迷子でしょうか?」

「ちょっと話聞いてくるね!」

 

 弓美は未来達を置いて少し離れた所で蹲る女の子に向かって走り出す。その後ろ姿を見ている創世と詩織の影に隠れて未来は鞄を胸元で強く抱きしめて落ち着こうと深呼吸しようとした、その時だった。視界の端の地面に何か、そう、()()()()()()()()()が落ちているのが見えたのだ。

 

「あ、あぁ……」

 

 身体が震え出す。上手く呼吸も出来ず胸が苦しくなる。

 何故人の姿が無いか?何故灰の塊があるか?何故こんなにも自分の身体が震える?

 未来はそれが何故か知っている。二年前に親友の命を奪った忌々しい存在がそれらを可能としていたのをこの目で見たからだ。

 

「どうしたのヒナ!?」

「凄い汗……具合でも悪いのですか!?」

 

 震える身体を自分の手で抱き締めているとそれに気づいた創世が未来の肩に手を置き、詩織は持っていたハンカチで未来の汗を拭う。

 

「あ……うぁ……」

 

 逃げなければならない。それを伝えようにもその言葉が喉に引っかかって出てこない。

 心臓の鼓動が早くなり息苦しさが大きくなる。そしてそれに伴いとてつもない嫌な予感が全身を包み始めていた。

 

「みんな!」

「板場さん!小日向さんの様子が」

「それより早く逃げなきゃ!」

 

 弓美が血相を変えて女の子の手を引き戻ってくる。未来の状態を話そうとした詩織の言葉を遮り若干青くなった顔でここから避難する事を提案する。勿論何故そう言うのか分からない創世と詩織は混乱するが次の弓美が言った言葉に二人も顔を青くした。

 

「ノイズが、ノイズが現れたって!」

 

 その言葉を合図に、近くの民家の上から数匹のカラフルな色の絶望の化身、ノイズが姿を現した。

 

 

 

 

 

 あれからどれほど走っただろうか。

 未来と弓美が連れてきた小さな女の子含めた少女五人はひたすらノイズを回避しながら沢山の灰の塊が落ちている町中を走る。

 何処もかしこも人気は無く、逆に何処にでも落ちているかのようにある灰の塊が全てノイズの被害である事を物語っている。

 

「はぁ、はぁ、もう、無理です……」

「わ、私も……」

 

 全員息が上がる中、運動が苦手な詩織が先に膝をついてしまう。それに釣られるように弓美もその場にへたり込んでしまった。

 唯一創世はまだ立っていたが小さな女の子を背負っていたため話す事が出来ないほど疲労しているのは誰が見ても明らかだ。そしてそれは未来も同じだった。

 ノイズが現れたからというもの心臓が張り裂けそうなくらい痛く、呼吸も上手く出来ないまま走ったため目眩を起こしている。それなのにここまで走れてのは生存本能か、それとも別の要因か。

 

 その時だった。遠くで銃声が響いたのだ。

 

「銃声?もしかしたら救助かも!」

 

 疲れてヘトヘトになっている創世は銃声を聞いて僅かな希望を持つ。それは後ろで座り込んでいる弓美と詩織も同じだった。

 再び立ち上がった二人は限界に近い身体に鞭打って走りを再開しようとした時、未来がその場から動いていない事に気付いた。

 

「小日向さん!早く行きましょう!」

「う、うん」

 

 詩織の声に未来はまるで()()()()()()()()()()()()()ような痛みに耐えながら三人の後を追う。

 

 そして近くまで来た五人が見たのは希望では無く絶望的な光景だった。

 

 ────────────────

 

 ニ課のモニターに写るのは家の屋根や壁に張り付いたり、道路をこれでもかと所狭しに移動する見晴らす限りの絶望の化身。

 それをなぎ払うのは一本の大槍を振り回す一人の少女だった。

 

『うおらあああぁぁぁ!!!』

 

『LAST∞METEOR』

 

 大槍の穂先が回転し、そこから大きな竜巻が巻き起こる。その竜巻は地面をえぐりながら眼下のノイズを巻き込みなぎ払う。

 竜巻が止み、巻き上がった砂煙が晴れるがまだそこには大量のノイズがひしめき合っていた。

 

『くそ!数が多い!』

「無理をするな!君が動けなくなれば町の住民は」

『分かってる!』

 

 モニターを見て通信機越しに命令していた弦十郎言葉に奏はイライラを隠せずに怒鳴る。

 ライブ事件から二年。あれから奏は絶唱のバックファイアにより辛うじて命は助かったが精神に大きなダメージを負い眠りについた翼の代わりに一人で戦っていた。

 アーティストとしてもシンフォギア装者としても一人になり責任という重圧に押しつぶされそうになりながら鍛錬と歌の練習を繰り返していたが、孤独感は拭えなかった。それが奏の精神を徐々に追い込んでいる事に奏自身は気付いていなかった。

 

『来いよ。一匹残らず駆逐してやる!』

 

 家族を殺され、最高の相棒が眠りにつく原因となった目の前の憎き敵に怒りを抑えずに持っている大槍を振り回す。

 人を灰するという人に対して圧倒的な脅威のノイズもシンフォギア相手にはその能力が効かないため奏は何も恐れる事なくその大槍をノイズに叩きつける。

 

 だが翼と違いLiNKER頼りの純粋な装者ではない奏が安定しない精神のままで長く戦う事は不可能だ。

 

『これでも、くっ!?』

 

 急激に身体が重くなり、持っていた大槍を掴む手からも力が抜ける。それでもなんとか握り直し近くにいたノイズを貫こうとしたが大槍はノイズの身体を貫かずに通過してしまい、逆に奏がノイズの攻撃により吹き飛ばされた。

 

「何が起きた!」

「フォニックゲイン出力低下ッ!相違差障壁の無効化の維持が出来ません!」

 

 弦十郎の問いにすぐさま朔也は答える。

 元より身体的にも精神的にも無理をしている奏を戦場に出す事自体あまり得策ではない。辛うじて戦えるが何か一つ歯車が狂えばすぐに瓦解する程奏はシンフォギア装者としてのギリギリのラインを歩いていた。

 だがそれでも制限時間というものは嫌でも存在していた。

 弦十郎は悩み、そして決断する。

 

「……二課より一課へ。現段階にて作戦を中止。速やかに撤退せよ」

『……こちら一課。了解した。装者を回収し速やかに帰投する』

 

 それは誰もが、そして弦十郎自身が一番選択したくない選択だった。

 直令所にいる全員だけで無く現場にいる者も全員悔しさで歯を強く噛み締める。だが弦十郎がどれだけ身を切り裂く思いで決断したか分かっている為その命令を潔く聞き入れる。奏以外は。

 

『待てよダンナ!まだあたしは歌える!まだ要救助者は残ってるんだろ!?だったら!』

「お前を要救助者の一人にする気は無い」

『それでも、ッ!離せ!』

 

 話している途中に奏は更に声を荒げる。モニターを見れば武装した一課の隊員が奏の腕を掴んでいるところだった。

 シンフォギア本来の出力を出しているのならただの人間に腕を取られたところで簡単に振り解ける。だが奏の身体は等に限界が来ておりその腕を振り解けないくらいにシンフォギアの出力は落ちていた。一般人よりも力強くても鍛えた大人数人で動きを封じれる程に。

 

『離せ、離せよ!撤収?フザけるな!お前らも知ってるだろ!?奴等がシェルターなんかでどうにも出来ない事!見殺しにする気かよ!!!』

「……構わん、鎮静剤を投与しろ」

『よろしいので?』

「命令だ」

 

 暴れる奏を取り押さえる一課の隊員にそう告げる弦十郎は自分の手を骨が軋み血が出るほど強くに握る。

 出来るのであれば弦十郎自身が現場に行きノイズを殲滅したい。だがどれだけ世界最強と言われようとノイズの前では無力。であればノイズに有効な現最大の戦力である奏をなんとしてでも生かすのは当然の事。失う事があればこれからのノイズ被害が目も当てられないほど酷いものになる。例え今回の襲来で被害が大きくなってでも次に繋がなければならない。

 

「本当にいいの?」

「……ああ。全ての責任は……俺が取る」

 

 それが何も出来ない自分の役目だ。そうモニターから決して目を離さなず言外に言う弦十郎に隣にいた了子は目を伏せる。

 

『ダメ、なのか……?あたしじゃ何も守れないのか?翼が残したものを何も……何も……」

 

 鎮静剤を打たれて身体から力が抜け、シンフォギアが解除された奏はただの無力な一人の少女に成り下がる。そうなれば大人の力に敵うはずがない。

 身体や頭から血を流しながらも自分の無力さに涙を流す奏をモニターを見ている全員が目を逸らさずに見届ける。そしてこれから起こるであろう惨劇を忘れないようにその目に刻み込もうとしていた。

 

 モニターの端に映る五人の少女達の姿に気付かないまま。

 

 ──────────────────

 

 銃声を聞き急いでその方向に来た未来たち五人が目にしたものは丁度シンフォギアが解除された奏を連れて武装した一課の隊員たちが撤退している姿をだった。

 

「ね、ねぇ!なんであの人たち帰って行くの!?」

「まさか……見捨てられたの?私達……」

「まだこんなにノイズがいるのに……!」

 

 残された弓美たちは眼下に広がる目の痛くなるようなカラフルな存在を前にして希望が断たれた事に張り詰められていた糸がとうとう切れて身体から力が抜ける。

 それも仕方のない事だろう。なんせ唯一助かるかもしれなかった希望を目の前にしてまさか自分たちを置いて立ち去るとは誰が思おうか。

 町の中をひしめき合っていたノイズの一匹が動けない弓美たち五人に気づく。それを合図に周囲にいたノイズも弓美たちの方に身体を向けて動き出した。

 

「ひっ!」

「こ、こっちに来ますよ!」

「逃げないと……あっ!」

 

 いち早く立ち直った創世が早く逃げようと提案して走り出そうとしたが、その先には別のノイズの群れがいた。

 

「挟まれた!?」

「来た道からもノイズが!」

 

 元来た道に戻ろうとしたら弓美と詩織だったがその先からもノイズが迫る。

 後は民家で壁になっている上に中に入れたとしても身体の相違をずらしたノイズは目の前の無機物を簡単に通過してしまうため意味はない。袋の鼠とはこの事だろう。

 

(もう……無理、なんだね)

 

 絶望して身体を震わせる弓美たちと違い、未来だけはノイズを目の前にしても焦る事はなかった。

 

(諦めたくないけどもう無理だものね?私は十分頑張ったよね?)

 

 ライブの日から太陽がいない毎日を過ごした陽だまりはやっと死ぬ()()()が出来てホッとする。

 死にたい訳ではなかったが生きたい理由がなかった。一番大切なものが無い毎日を生きるのは何よりも苦痛だった。苦痛しかないこの町に帰って来たのも親友との思い出で身を守るためでもあった。

 

 それでも今日まで生きたのは親友を置いて自分だけ生き残ってしまった罰と思ったからだった。

 でも目の前の地獄を前にやっと死ねると、親友の元に逝けると歓喜する部分もあった。

 

『お〜い。大丈夫ですか〜?ノイズがきちゃいますよ〜?もしも〜し』

 

 生きることに諦めると目の前に親友の幻影が現れる。それが本物では無いのは鞄の中にあるはずの小瓶を首に下げている事ですぐに分かった。

 

『このままだと死んじゃいますよ〜?いいんですか〜?』

 

 煽るように言う未来にしか見えない親友をじっと見つめる。これがお迎えとは笑えるとヒビの入った心で乾いた苦笑を漏らす。

 

(もういい。もう疲れたの。生きる事に)

 

 これが二年前に親友を亡くしのうのうと生きた自分の最後の罰だと思うと何処か晴々した気持ちになりながら未来は身体をドリル状にし突撃するノイズが自分を襲いに来るのを目を閉じて待つ。

 そんな未来をじっと見つめる幻影の親友はため息を吐いてニッコリと笑った。

 

『じゃあ未来は()()()()()()()()()?』

「……え?」

 

 その言葉に閉じていた目を開く。とうとう頭がおかしくなったのか目の前が二年前のライブ会場に変わっていた。

 混乱する未来を他所に二年前と同じ姿の親友の周りにノイズが集まる。

 

『諦めちゃうんだからね。仕方ないよね』

 

 ノイズは数が増え親友に、響に徐々に近づいて行く。これが幻影だと分かっていても未来は思わず手を伸ばす。だがあまりにも遠すぎた。

 

『バイバイ、未来』

「ダメ……ダメええええぇぇぇ!!!」

 

 次々ノイズが響にのしかかって行く。普通の人間であれば生きてある可能性は無い。それほど酷く、過剰に、念入りに数え切れないほどノイズが一箇所に集中して襲いかかる。そして残ったのは山を作った灰と赤い雷の形をしたヘアピンだけ。

 

「ああ……ああ……っ!」

 

 二年前の光景が脳裏によぎる。

 無数のノイズと足を怪我した親友とかつて親友だった灰の山。

 ライブ直後、自分の心を踏みにじり壊されそうになった日々。

 言葉にすればそれだけだが、未来の心には決して治せない深い傷を負った日々の記憶が次々と思い返される。

 

「私が何をしたの……?なんで私はこんな目に合わないといけないの……?」

 

 枯れたと思っていた涙が溢れ出す。潰れたと思った喉から嗚咽が漏れる。止まったと思った心が痛みを伴いながら鼓動する。

 

「……違う……私じゃない……響を殺したのも、私の日常を奪ったのも……全部……全部……」

 

 ヒビの入った心の隙間から黒いものが吹き上げてくる。

 枯れた涙も潰れた喉も血を流し、吐血しながら()()()()()()()()()()が全身を襲う。

 

 悪寒が走り耳を塞ぎたくなるほどの大きく、そして怒りや殺意の篭った叫び()が聴こえる。だがそれが心地良くも感じた。

 

「アイツらのせいだ!」

 

 

 ──Fellthr amenohabakiri tron(例え先に滅びが待っていようとも)──

 

 

 頭に浮かんだ禍々しい歌を未来は歌う。そして生まれるは聖なる剣が黒く染まりし漆黒の魔剣。

 

「あう、あああああああああぁぁぁぁ!!!」

 

 未来の心臓辺りから青い光が輝き出し、突撃して来たドリル状のノイズがその光を浴びると灰になり消えた。次の瞬間、胸元から大きな白い刀の刃が()()()

 刀の刃が未来の身体の中から無理矢理切り裂き細胞ごと変化させて行く。その際の痛みに何度も気絶しそうになるが未来は歯を食いしばり耐えた。

 身体の痛みが無くなると同時に胸元から出ていた刀が身体から飛び出し青い光に紛れて未来の身体を包む。そして分裂した刀の刃の破片は未来の手足に巻きついて行く。

 

 そして光が収まる頃には青と黒を基調としたインナーを着て同じく黒い部分が多めの青い機械的な装甲を纏った未来が腕をだらりと脱力したような状態で立っていた。その顔は髪で影になり表情は分からない。

 

「な、なに?ヒナ、いったい何を?」

「まるで変身ヒロインみたい……」

 

 未来に起こったまともじゃない変化を間近で見ていた創世と弓美は驚きで目を見開く。ノイズもそうだが普通に生きていては見る事はないであろう光景を見たのだからその反応は当然だった。

 呆然としながらも一縷(いちる)の望みが見えて笑みを見せようとした詩織の腕を一緒に逃げて来た小さな女の子は震える手で握った。

 

「あのお姉ちゃん……怖い」

「何を言って……ッ小日向さん!」

「……」

 

 女の子言葉に疑問を持った詩織だったがすぐさま未来に向かって別のノイズが身体をドリル状に変形させ突撃してくる光景が目に入り声を出して知らせるが未来は聞こえていないかのように微動だにしない。

 

 もう数秒で未来の身体に接触する死の弾丸が迫る。だが次の瞬間、未来の右腕が高速で動き、いつの間にか握られていた黒い刀が突撃して来たノイズを一刀両断した。

 

「嘘……」

「ノイズを切りましたの?」

「凄い、凄いよ!本当にアニメみたい!」

 

 目の前のあり得ないはずの光景にテンションが上がる弓美を尻目に創世と詩織は目をパチクリとさせる。だが目の前に起きている事が現実だと知ると互いに歓喜の声を上げて抱き合った。

 

 これで助かる。自分達は死なない。そう喜ぶ三人を尻目に未来は自分の手の平に目を向けて何度か握る。

 先程の全身に走った痛みが嘘のように消え、代わりに溢れるほどの力が漲っていた。力の使い方もなんとなく分かる。これが超常的な力でノイズを対抗出来ることも、そしてノイズを屠れる事も瞬時に理解した。

 

「ふふ、ふふふ、はははは、あはははは!!!」

 

 乾いた、しかし何処か底冷えするような笑い声が周囲をノイズに囲まれた未来から漏れる。

 心の底で望んでいた力に、親友を殺したヤツラを殺す力に、復讐を成す事が出来る力に、未来は狂ったような笑みを浮かべた。

 

「分かるっ!この力は、ヤツラを倒せる!あの子の、響の仇が打てる!!!」

 

 どれだけ憎み殺したいと思っても手を出す事が出来ない超常的な存在ノイズ。それを前に未来なぞ路傍の石のように取るに足らない存在だった。

 だが今は違う。その手にはノイズを殺せる刀が、殺意により漆黒となった刀が握られている。

 

「お前らを…………殺せる!!!」

 

 未来の心を、痛みによって押さえつけられていた怒りと怨嗟と殺意が僅かに残っていた未来の心を破壊した。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

 地面が揺れていると錯覚するほどの咆哮()。それによりノイズの虐殺が始まった。

 

 未来はただただ刀を力任せに振り回すだけであったがそれだけでノイズはそのまま姿を灰に変える。

 ここが住宅地だというのを忘れているかのように刀を振るう。クルマも信号機も家も何もかもがその際に起きる圧倒的な風圧にバラバラになるほどだった。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

 ただ目の前の敵を屠るキリングマシーンとなった未来は被害を考えずに暴れ回る。理性を無くしたその姿はまさに獣そのものだった。

 

 そしてノイズを殲滅する頃には、ここが住宅地だったとは思えないほど荒れ果てていた。一人の少女の手よりも爆撃にでもあったと言われた方が信じるだろう。それくらい酷い有様だった。

 

 倒壊した家屋の高い所で未来は怒りで歪んだ顔のまま殺すべき標的を探して眼下を見下ろす。既にニ課で確認したノイズ全滅しているのだが知らない上に復讐出来る力を手に入れ興奮状態の未来がそれを分かるはずもない。

 

「ひっ!?」

 

 ノイズを探していると視界にへたり込んでいる創世たち四人の姿が映り、その方向に顔を向けた未来と目が合い、誰かが短く悲鳴を上げる。全員生まれたての小鹿のように身体を震わせて身を縮こめていた。

 未来は四人を一瞥すると興味が失せたのか纏った鎧の出力に任せて大きくジャンプしその場から離れる。次の標的を探して。

 

 その場に残された四人が救出されるのはおよそ五分後の事だった。

 

 ────────────────

 

「……」

 

 モニター越しで今まで見ていた光景に何も言えず沈黙する弦十郎。

 いや、実際にはカメラに映った少女の画面越しでも伝わる殺意にその身が固まっていた。

 

「あれは……本当に翼と同じ天羽々斬なのか?」

「機械の故障で無ければアウフヴァッヘン波形は天羽々斬のものです」

「まさか奏ちゃんが撤退した後に新たなるシンフォギア適合者、しかもそれが天羽々斬とはねぇ。おかげで人的被害は抑えられたけど……」

 

 了子言う通り、弦十郎達が諦めた沢山の命は現在無事に生きている。それだけ見れば両手を上げて喜べる事態ではあるのだが。

 カメラに捉えた天羽々斬のシンフォギア纏う黒髪の少女は明らかに理性を失っている。だがただ暴れるのではなく明確にノイズだけを狙って。周辺の被害を考えずに。

 

「……被害の報告よりもすぐさま彼女を探せ!」

 

 先程の未来の戦いようにみんな恐れを抱いていたが弦十郎だけは違った。大人であり、長く血生臭い事をやっていたからか未来の叫びにとても悲しい何かが混ざっているのをその耳で聞いた。そのため弦十郎を構成する大人の、そして〝漢〟の部分が刺激されたのだ。

 

(助けねばならない。なんとしても!)

 

 この時、弦十郎の後ろにいた了子は()()()()()()()モニターをじっと見つめていた事は誰も知らない。

 

 

 そしてこの日から普通ならあり得ないほどの異常な頻度でノイズが出現し、その度に未来は現れてノイズを屠ってはその場を去っていった。その場の被害を考慮せずに。

 

 そして一ヶ月後、黒く染まった神剣と激槍がぶつかるのだった。




一応過去編はこれで終了です。次はクリスちゃんの精神がまた死にますよ(遠い目)
……なんでだろ、作者はクリスちゃん推しなのに過酷な試練を与え過ぎてる気がする。

バッシングを詳しく書かなかったのはやっぱりG編に回したいからでしてね!原作となるべく沿うようにしたいので(ビッキーが(以下略))

きりしらコンビ、この未来さんの過去知ったらどんな反応するだろうか。

あと無印のニ課のモニターのあった部屋を直令所としてますがこれであってるんですかね?誰か教えて(切実)

次回 雪の音と陰る陽だまり

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