戦姫絶唱シンフォギアIF 〜陰る陽だまり〜   作:ボーイS

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Bパートゥ!

もう言う事はない。最後までとくと見よ!(何言ってんだこいつ……)


終話

 夕焼けに染まる世界。

 町はボロボロになり、かつてリディアンがあった場所は見る影もなく半壊したカ・ディンギルが静かに鎮座するだけ。だが町を襲った災厄は無事に過ぎ去っていた。

 

 未来、奏、クリスの三人の装者と弦十郎たち二課のメンバーが夕日の見える見晴らしの良い切り立った場所に集まる。その視線の先にいるのは徐々に灰になっていく金色だったネフシュタンの鎧を纏ったままのフィーネが力無く呆然と夕日を眺める姿だった。

 

 未来は白紫の刀を創りだし、気配も消さずにゆっくりとフィーネの背後に近づいていく。何をするつもりか分からなかった弦十郎は未来を止めようと手を伸ばすが隣にいたクリスに止められ、それ以上前に出る事は出来なかった。

 

「──殺せ」

 

 真後ろに立った未来の気配を感じ、フィーネはポツリと疲弊しきった声音で呟いた。

 

「カ・ディンギルは半壊。修復に何年かかるか私にも分からん。ネフシュタンは過度の再生によって許容量を大きく超え自壊しつつある。これでは貴様らに勝つ事は不可能。完全に私の負けだ」

 

 先程まで若々しく生き生きしていたフィーネは何処に行ったのか。姿は同じだというのに今は何もかも諦めた老人のような雰囲気だった。

 

「──本当は今すぐにでも貴女を切り刻みたい。

 一撃で殺すんじゃなくて、少しずつ、生きているのが苦しいと思うくらいゆっくりと貴女に痛みを与えてやりたい。響だけじゃない、クリスや奏さん、今まで苦しんで来た人の分の痛みを全てぶつけたい」

 

 奥歯が折れそうになるほど強く噛みしめ、刀を握る手に力が入り手の隙間から血が滴り落ちる。未来の頭の中でフィーネの首を落とせと黒々しい自分の声が大声で響く。それを押し込めてゆっくりと口を開く。

 

「ですが、私は貴女を殺しません。例え貴女が世界に災厄をもたらした存在でも、そんな貴女でもきっと響は手を伸ばします。貴女を助けようと笑顔を見せます。あの子は、とっても優しいから」

 

 声のトーンを落とす未来にフィーネは僅かに顔を動かして後ろに立つ未来を見る。未来の瞳は今の憔悴したフィーネを哀みがこもった目で見ていた。

 

 大切な親友ならきっと目の前の仇すら助けようと手を伸ばす。それが分かっているからこそその想いを裏切るような事を未来は出来なかった。その優しさに幼い未来は何度も助けられ、そして未来が今正気に戻っているのも、今この場所に立っているのも親友の心を温かくするような優しさがあったからだ。

 

「でも、私はそこまで優しくなれない。知らない人まで助けようとは思えない。貴女みたいな人に手を伸ばそうとは思わない」

 

 目の前にいるのはその優しい親友を殺した黒幕であり、心の支えとなったクリスを苦しめた存在。それ以外にも命を奪っているであろう。殺意を向けるには十分すぎる相手。響なら助けるであろうと分かっていても許す道理は未来には無いし、そこまで善人でもない。

 

「私が貴女を殺さないのは……ただの同情ですよ」

 

 クリスに会う前に親友を生き返らせる方法を見つけていれば、例え万を超える人間の命が必要であっても未来は容赦なくその命を刈り取っていっただろう。後に悪魔と呼ばれたとしても親友を生き返らせ事が出来るのならどんな苦難にも立ち向かっただろう。

 クリスと出会い、その涙で正気を戻す前の未来であればそれはあり得ない未来(みらい)では無い。

 そんなもしもの自分の姿が未来にははっきりと見えていた。

 

 ただ一人のために周りを巻き込み、血塗られた道と分かっていても歩む。それはまさに今のフィーネのようだった。

 

「もし響が生き返る方法があって、もしクリスに出会わなかったら、私も貴女のようになっていました。自分の願いのために他人の命を踏みにじるような貴女に。貴女を殺したいと思うのと同じくらい、貴女の気持ちも分かります」

「なら何故だ!私の想いが分かるのなら何故私は貴様に負けた!?あのお方に会いたいという数千年のこの想いが、何故十数年しか生きていないお前に負けたのだ!?」

 

 フィーネには理解できなかった。

 想い人のために全てを捨て、全てを敵に回す事になってもたった一人で戦って来た。

 ネフシュタンと融合する事で人間も辞めた。残ったのは想い人に胸の中にある、数千年経っても衰えない純粋な想いを伝えたいという気持ちだけ。

 だが、そんな想いも目の前の十数年しか生きていない未来に打ち負けてしまった。

 

 認めたくない事実にフィーネは怒りを隠せずに鬼のような形相で未来を睨む。ただの人間であればその視線だけで射殺せそうなフィーネの金色の瞳を未来は真っ直ぐ見つめた。

 

「……その数千年もの間貴女が想っている人は、今の貴女を見て笑顔を見せてくれる人なんですか?」

「ッ!?」

 

 未来の言葉にフィーネは目を見開く。

 驚くフィーネの目の前に白紫の刀の腹を鏡のようにしてフィーネの顔が映るように横に向ける。刀の細さからしたら鏡の役割なぞほとんどしていないのだが、その僅かな刀身から映し出された自分の顔を見てフィーネは何も言えなくなる。自分でも醜いと思ってしまうほど怒りで歪んだ顔にフィーネは絶句するしかなかった。

 

「貴女のやって来た事は許せる事ではありませんし許す気もありません。ですが、その人に対しての愛情は嘘とは思いません。そんなに純粋な気持ちを向ける相手は、今の貴女の顔を見て貴女が望む笑顔を見せてくれるのですか?」

 

 未来の言葉にフィーネはハッとさせられる。

 今の醜い自分を見せたら想い人はどう思うのか、あの頃のように自分に優しくしてくれるのだろうか、あの時のように愛してくれるのだろうか。その答えは何も言わずとも分かるである。

 

「……さっきの質問の答えですけど、貴女は私以上のものを持っていたんですよ」

 

 未来はゆっくりと振り向き、後ろでことの成り行きを見守っている弦十郎達に目を向ける。

 

「私はクリスに助けられましたけど、貴女には沢山の味方がいた。貴女が一人で勝手にこんな事をせず、最初から弦十郎さん達に相談すれば良かったんです。そうしたら月の破壊じゃない、別の方法が見つけられたかもしれません。見つけられなくても、いつかその人に会える機会があったかもしれません」

 

 バラルの呪詛を破壊するには本当に月の破壊しかなかったのか?

 フィーネの想い人とはもう会う事が出来ない存在なのか?

 そもそも誰かに相談してはいけない事だったのだろうか?

 

 考え出せば他にも色々な選択肢があるだろう。その中でフィーネは差し伸ばされた手を払い除け、たった一人でカ・ディンギルを用いた月の破壊という愚行を取った。その結果が今だった。

 

 未来の単純な言葉に、ゴールとは全く違う方向に進んでいたフィーネは何も言い返せずに力無く項垂れる。

 

「私のこの想いは……間違っていたのか……」

「間違ってなんていませんよ。誰かを愛する事が間違いなんてあるはずがありません。貴女は方法を間違えただけです」

「…………」

 

 未来の厳しくも真実を射抜いた言葉にフィーネはただ黙る事しかできなくなる。

 生きる気力もなく、ただの抜け殻のようになるフィーネは哀れの一言しか言えない姿だった。

 

 何も言わずに項垂れるフィーネ。未来はそんな姿のフィーネを見て歩み寄る。

 

「貴女が間違い続ける限り私は、私じゃなくても誰かが貴女の野望を切り裂きます。どれだけ巧妙に、綿密に計画を練ろうと跡形も無く、完膚なきまでに絶対に。貴女が間違えれば私は全て否定し続けます。だから貴女は安心して正解を探し続けてください。貴女の想い人が笑顔になる方法を」

 

 未来の意外な言葉にフィーネは疲れ果てた顔で未来の顔を見る。まだ目は何処か淀んでいるものの、顔は了子として会っていた時とは見違えるほどスッキリしたものになっていた。

 

「お前は、私を許すのか?」

「いいえ。さっき言いましてよね、許す気は無いって。正直今でも殺したいと思っていますよ。

 でも前にも言ったじゃないですか。私は響がいない事よりも響に嫌われる方が何十倍も辛いって。私の中の響に嫌われたくないから私は響ならやるだろうな、って事をするだけですよ。貴女を殺さないのは響なら貴女を許すと思ったからです。私の意思は貴女を今すぐにでも殺したいと思っていますよ」

 

 未来がギリギリでフィーネを殺さないでいるのは一重に立花響という少女がお人好しだったからである。そうでなければ今頃問答無用で切り殺していただろう。

 今フィーネの目の前に立つ未来が人の形を保っているのも、心が壊れずにいるのも全て今は亡き親友の事を強く想っていたからであって未来にとって自分の意思というのは本人でも気づかないくらい小さいものとなっている。

 

「……それでも、それを貫こうとするのであれば、それは貴様の意思だよ」

 

 未来の中にある強い意思を感じたフィーネは何かを諦め、そして決意した目で立ち上がり右手に光を集め出した。

 突然のフィーネの行動に警戒して今まで黙って見ていた奏とクリスが臨戦態勢に入り、弦十郎も戦えない職員達を守ろうと構えるがフィーネは呆れるようにため息を吐いた。

 

「心配するな。今戦ったところで貴様らには勝てん。私は大人しく退場させてもらう」

 

 右手に集まった光がフィーネの全身を包み込む。光は五秒と保たずに消え始め、完全に消える頃にはネフシュタンの鎧が機能停止して癒える事の出来なかった傷が全て綺麗になくなっていた。

 直後徐々に金色の髪が先端から色が抜けて茶色くなっていき、夕焼けに照らされてキラキラと光る粒子が風に流されていく。

 

「……私は諦めんよ。あのお方に再び会えるまで」

「もう間違えないでください。次は容赦しません」

「ふっ。厳しくて、そして怖いな、お前は」

「こうなったのも貴女のせいなんですけどね」

 

 笑みなぞ不要と言ってるような真顔で話す未来とフィーネ。だが一歩違えば立場が逆転、もしくは協力し合っていたかもしれない二人。そのためなのか何処か通じ合うようなものを感じていた。故に、互いに慰めの言葉は必要なかった。

 

 ネフシュタンの鎧が完全に灰となって崩れ、一糸纏わぬ姿となったフィーネの髪もほとんどが茶色に変わっている。それと同時に『フィーネ』という存在がとても薄いものとなっていた。

 

「胸の中の(想い)を忘れないでください」

「ああ、肝に命じておく」

 

 未来の言葉を深く胸に刻みフィーネは目を閉じる。もうじき髪の色が全て茶色に変わるだろう。

 

「……櫻井了子にすまなかったと伝えておいてくれ」

 

 それだけ言い残してフィーネの髪の色が完全に茶色になると全身から力が抜けたかのようにふらりと身体を傾けて未来の方に倒れて来る。それを未来は優しく受け止めた。

 

「未来!」

 

 事が終わったタイミングでクリスを筆頭に今まで見守っていた奏たちが未来に近寄って来る。未来は弦十郎にフィーネ、いや櫻井了子を任せた。

 

「……息はあるな。良かった」

 

 慎次が着ていたスーツを静かに寝息を立てる了子に被せ、弦十郎は首に手を当てて脈があるか確認する。特に異常はなく一定のリズムで脈拍があったため無事だと思うと安堵のため息を吐いた。

 弦十郎にとっていつから櫻井了子がフィーネに変わったのか知る由がない。それでも、知り合いが苦難を超えて帰って来た事に喜びを隠さないでいた。

 

 

 

 弦十郎たちが了子の安否確認をしているのを少し離れた場所に移動した未来が静かに見守っているとクリスと奏が歩み寄って来た。

 

「終わった、んだよな?」

「はい。もうフィーネはいません」

「そっか」

 

 奏の問いに証拠は何もないが未来は確信を持って答える。その自信有り気な返事に奏は今まで張り詰めていた糸がゆるりと解けていくように身体から力が抜けていく。

 いったい何処からがフィーネの計画として奏のこれまでに介入したか奏自身は分からないが、それでもやっと大事が終わって解放されたような気分になる。

 

「奏!」

「おう、つばぐふっ!?」

 

 奏の後を追って来た翼が奏の胸元にダイブする。ギアを纏ったままとはいえ油断していたところで急な衝撃に脳が揺れた。

 

「大丈夫!?何処か怪我してない!?」

「今ので大丈夫じゃなくなったわ……」

「ご、ごめん……」

 

 しゅんとする翼に奏は苦笑いを浮かべ、大切な相棒の頭に手をやりそっと撫でる。奏の知っている昔の翼であれば顔を赤らめて恥ずかしそうに手を退かそうとしてくるのだろうが、今は素直に受け入れている。

 

「良かった、奏が生きててくれて」

「それはこっちのセリフさ。あの時は肝が冷えたぞ?」

「あ、あの時はああするしか助かる道がないと思って……」

「それでも、あたしは心配したんだからな」

「うっ、ごめんなさい……」

 

 真剣な目の奏に再び俯く翼。そんな翼の額に奏は強めのデコピンを食らわせた。ちなみに限定解除された不慣れなギアを纏ったままなので普通の人間であれば頭蓋骨が少し危ない事になっていた。

 

「痛っ!?」

「ははは!まー取り敢えず、二人とも生きてたんだからそれで良いじゃないさ」

 

 大声で笑う奏にデコピンをくらって額が少し赤くなった翼も釣られて笑みを見せる。二年もの間、奏が見たくても見れなかった笑顔だ。

 

「おかえり、翼」

「ただいま、奏」

 

 二年ぶりの再会を果たすツヴァイウィングの二人。その光景を未来は遠巻きで眺めていた。

 二年前のライブ事件で離れ離れになった二人が再会する。もう自分には訪れる事のないその光景に胸を痛くするも二人の再会を素直に祝福する気持ちはあった。

 

「よく知んねーけど、良かったな」

「うん。そうだね」

 

 未来の隣にいたクリスがぶっきらぼうながらも遠回しに二人の再会を祝う。翼の事は知らないが、ほんの僅かな間でも互いの命を預け合った奏が喜んでいる事にようやく自分のやって来た事が報われたような気がして上気分になっていた。

 両親を亡くし、捕虜になって、そしてフィーネの道具になって手を血で赤く染めた自分でも歌によって誰かを笑顔にする事が出来てやっと記憶の中の両親が笑ってくれたような気がした。

 

 フィーネによる月の破壊は阻止され世界に平和が訪れた。その事にその場にいた皆は程度はあれど喜んでいた。全て終わった、と。

 

「そんな、これはっ!?」

 

 そんな中、藤尭朔也の声でその喜びも霧散した。

 ただ事ではない雰囲気にまだ眠っている了子を慎次に任せて弦十郎は藤尭に近づく。

 

「何があった?」

「大変な事になりましたよっ!カ・ディンギルにより破壊された月の破片がこの場所に向かって落下しているようです!」

「なんだと!?」

 

 藤尭が持っていたパソコンを弦十郎に見えるように動かす。映し出された画面には月の破片と現在位置を歪曲した線が綺麗に繋がっていた。

 

「どうやら破壊された時の衝撃が偶然月内部で跳ね返り破片を押し出した模様です!」

「そんな事はいい!落下までの時間は!?」

「衛星回線とNASAからの情報によれば……およそ四時間!」

「なん、だと」

 

 導き出された残り時間を聞き弦十郎は歯噛みする。

 月の破片の大きさと落下速度からして町全体を巻き込むだけでは済まない。弦十郎が本気で走れば十分に安全圏まで逃げられるがそれでも助かるのはほんの数人程度。今から救助を要請してもとても予想される被害の範囲内の人間全員を助ける事は不可能だろう。

 

「やっと全部終わったっていうのに!」

「あたしらじゃどうにも出来ねぇのか……」

 

 奏は近くにあった瓦礫に拳を叩き込み、クリスは再び訪れた絶望に眉を寄せた。

 限定解除されたギアを使って落下中の月の破片を破壊しようにもフィーネとの激戦で未来も含めた三人は疲労困憊。無理をすれば装者の命の保証はないだろう。奏にいたっては既に限界を超え、自身の命を賭けた。それにより今は二本の足で立ってはいるものの本来であれば気絶しても不思議ではない。ギアのおかげでまだ意識があるだけであった。

 

 逃げる事も破壊する事も実質不可能。その現実にせっかく手に入れた勝利が全て水の泡になり、世界最強と言われる弦十郎ですらせめてここにいる人間だけでも退避させようと考え出していた。

 

「──まだ、出来ることはあります」

 

 それに待ったをかけたのは瓦礫により山のようになった場所のある一点を見つめる未来だった。

 未来の視線の先を奏たちも釣られて目を向けると()()()()()()

 

 そこにあったのはフィーネ、赤い龍との激しい戦いの末、その振動によりいつの間にか地表まで持ち上げられていた一本の禍々しく、取手から赤いラインの入った黒と銀の刀身が交差し、刃が二つに分かれた剣。それが瓦礫の頂上で妖しく輝いていた。

 

「あれはダインスレイフ?何故ここに……まさか!?」

 

 怪しく輝く剣、ダインスレイフを見た弦十郎はすぐさま未来がやろうとしている事を理解した。

 

 未来のやろうとしている事、それは月そのものを破壊する程のエネルギーを短時間で貯めたダインスレイフを使い、そのエネルギーを落下中の月の破片に当てる事で破壊するというものだった。

 

 ゆっくりとダインスレイフが刺さっている瓦礫の山を登る未来。その背中に弦十郎は痛む腹を抑えて声を上げた。

 

「やめるんだ未来君!ダインスレイフに触れれば暴走する危険性があるんだぞ!」

「でも、このままだとみんな死んで終わりです。暴走せずに月を壊せればそれで済みますし、仮に私が暴走しても月の落下で死にます。なら、僅かでも可能性に賭けてみてもいいんじゃないですか?」

「それは……」

 

 未来の言葉に弦十郎は言い返す事が出来なかった。

 辞めさせる事は簡単だがその場合月が落下してこの場にいる全員が確実に死ぬ。未来が言った通り暴走せずに月を破壊出来ればそれで良し。暴走したら月の落下でみんな仲良くあの世行き。

 弦十郎自身がダインスレイフを使うという手もあったが根っからの正義漢である弦十郎は自分がダインスレイフの呪いによる激しい破壊衝動に勝てるという自信は無かった。そう言った強い心に対して完全聖遺物のダインスレイフの強い呪いは致命的だからだ。

 

 黙ってしまう弦十郎に軽く笑みを見せて歩みを再開する。

 

「……呼んでるんだね」

 

 歩みを進めて頂上にたどり着いた未来は目の前に刺さるダインスレイフに向けて呟く。

 

 奏やクリスには聞こえないが、未来にははっきりとダインスレイフの呪詛のような《声》が聞こえていた。

 

 ──殺セ

 

 ──破壊セヨ

 

 ──敵ヲ葬レ

 

 ──殲滅ダ

 

 まだ握ってすらいないのに未来の中の心の闇をダインスレイフは無理矢理こじ開けようとしている。

 

 まだ消えていない怨嗟。まだ燃えている怒り。高まる殺意。

 クリスとの出会いから少しずつ収まっていた激しい破壊衝動をダインスレイフは的確に突いてくる。

 心が闇に飲まれそうになりながらもそれでも未来は歯を食いしばり、ダインスレイフを握り、瓦礫から引き抜いた。

 

 そしてダインスレイフは今までよりも強く、そして周囲を闇に変えるほどの黒く禍々しい光を放った。

 

 

「ッ!?う、あ、ぐっう、あア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!?」

 

 

 黒い光はまるで取り込むように未来の身体にまとわりついてくる。黒い光が集まれば集まるほど未来の纏う白と紫のシンフォギアが急速に黒に染め上がっていき、未来は激しい破壊衝動と殺意に呑まれそうになる。

 

(だ、め……意識が……)

 

 目の前が血のように赤く染まってただ誰かを殺したいという衝動が抑えきれなくなっていく。あまりにも強すぎるダインスレイフの呪いによる精神汚染に未来は耐えきれず意識を失いそうになる。

 

 その時だった、未来の両肩に強い衝撃が走った。

 

「あきら、めんなっ!」

「あたしたちが、ついてるんだからな!」

「カナで、サん、くリス?」

 

 一人でダインスレイフに立ち向かう未来追って奏とクリスは未来だけに辛い仕事はさせられないとダインスレイフの呪いの一部でも肩代わりしようと無策にも禍々しい光の中に飛び込んでいた。

 黒い光は未来に触れた奏とクリスをも飲み込もうとその身体を蝕んでいく。

 

「こ、これがダインスレイフ!?」

「あたしらまで飲み込まれそうだッ!」

 

 先に未来を取り込もうとしているのか、奏とクリスへの影響は未来よりも弱い。それでも強いダインスレイフに必死になって飲み込まれないように歯を食いしばる。だがそれを嘲笑うかのように二人のシンフォギアも徐々に黒く染まっていく。

 

「二人、とモ、早く、逃げテっ!」

「「馬鹿言ってんじゃねぇ!!!」」

 

 辛うじて残っている意識を総動員して逃げるように促す未来を二人は大声で叱る。その声にほんの僅かだけダインスレイフの呪いが弱まった。

 

「ここで逃げてもあたしらは終わりだ!だったら小日向と同じ賭けに出るっきゃねぇだろ!」

「あたしは逃げねぇぞ!未来を置いて、大切な人を置いて絶対逃げねぇ!もう何も失いたくねぇんだよ!」

「「だから!」」

 

「「生きるのを諦めるな!」」

 

 二人の叫びで僅かに怯んでいた黒い光が勢いを増して再び三人を飲み込もうと光が強くなる。しかし、それ以上進む事は無かった。

 

 黒い光は不思議と俯く未来の身体の中に導かれるように集まっていく。だがそれは黒い光が無理矢理未来の中に入るのではなく、未来が自らその光を吸収しているのだった。

 

「そう、そうだ。みんなを助けたいと思う気持ちも、この()()()()()も全部私のものだ。誰かのものじゃなくて、私自身が持っているものだ!」

 

 どれだけ綺麗事を並べようとも未来の中には親友が死んでから積もりに積もった簡単には消せないレベルの黒い感情がある。それをダインスレイフは増長している事は確かだが、増長するものが元からあったのも事実。

 

 未来が好きだった親友ならきっと時間がかかってもそんな自身を否定せずに全て受け入れるだろう。それは容易に想像出来る。であるなら、親友のために生きて行こうと決めた自分がそれをしない理由はない。

 

「私は太陽になれない。でも、良いものも悪いものも全部受け入れられる!それが私、それが響の好きだった()()()()なんだ!!!」

 

 黒い光に負けないほどの紫の光が未来のシンフォギアから放たれ黒に染まりかけたギアが再び白と紫に染まっていく。それに応じて奏とクリスのシンフォギアもそれぞれ色を取り戻し、そして橙色と赤の光が漏れ出した。

 

 太陽が無ければ陽だまりは出来ない。だがそれゆえに太陽と共に生き、受け入れられるのも陽だまりである。

 例え陰っていようとも、心の中に太陽がある(響がいる)のなら、陽だまりである自分がここで諦めたら辛くて痛くて悲しい思いをして、笑って楽しんで幸せに生きるという最後の約束を破る事になってしまう。

 それだけは、絶対に認めなかった。

 

 「正念場だ!!踏ん張りどころだろうがッ!!!」

 

 弦十郎の叫びが聞こえる。弦十郎の叫びに続くかの様に緒川、藤尭、友里が、そして創世や弓美や詩織といった三人の戦いを見ていた人たちの声援が三人の心の炎に火をつける。

 

「奏さん、クリス!」

 

 未来は自分の肩を掴む奏とクリスに目を向ける。それだけで未来がやろうとしている事を理解し、そしてその考えに面白そうな表情を作って頷いた。

 

 

 ──Gatrandis babel ziggurat edenal─ー

 

 

 

 未来、奏、クリスの歌声が重なり静かに、そして全てを包み込むような温かい優しい光が広がっていく。

 

 

 ──Emustolronzen fine el baral zizzl──

 

 

 ダインスレイフのような強力な聖遺物に対抗出来る可能性があるもの、それは自身の命すら危険に晒される代わりに莫大なエネルギーを産む破滅の歌、『絶唱』。それが三人分集まればいくら完全聖遺物であるダインスレイフでもただではすまない

 

 

 ──Gatrandis babel zziggurat edenal──

 

 

 ダインスレイフも絶唱による急激なエネルギーの上昇に対抗するかのように黒い光を更に強める。だがそれ以上の速さで未来たちを包む温かい光は強くなってく。そして白と黒が螺旋状な混ざりながら三人を包み込んだ。

 

 

 ──Emustolronzen fine el zizzl──

 

 

 歌い終わると白と黒が混ざり合った強烈な光を放つエネルギーを秘めたダインスレイフは先程までの禍々しい気配がかき消され、その代わりに遠くにいる一般人である創世たち三人ですら感じ取れる程の強いエネルギーが未来たちの元に集まっていた。

 

 その強烈なエネルギーで狙うのは、落下中の月の破片。

 

「これで!」

「終わりだ!」

「いっけえええええぇぇぇぇ!!!」

 

Synchrogazer

 

 奏とクリスの声を合図に未来はその場で爆発してしまいそうなほどのエネルギーが一点に集まったダインスレイフを月に向かって振るう。そして剣先から放たれたのはフィーネが操っていた赤い龍の大口径レーザー、いやカ・ディンギルの主砲にも匹敵するほどの巨大な白と黒が混ざり合ったエネルギー波だった。

 

 エネルギー波は空を超えて宙まで伸び、今まさに未来たちの元へ向かって落下中の月の破片に直撃した。

 月の破片とエネルギー波は僅かに拮抗するがすぐさまは月は貫かれる。そして貫かれて箇所から大きくヒビ入っていき、最終的には粉々に砕け散るのだった。

 

 

 

 

 

 

 ──────────────────────

 

 ──三週間後

 

 

 ルナアタックと命名された月の破片の落下は一時的に世間に波紋を呼んでいたが、それも政府の情報操作により一週間もせずになりを潜めて行った。そのため最近、弦十郎があちこちに頭を下げに行った事は未来たちは知らない。

 

 生き残った二課の隊員たちの内、希望する者は新しく建設途中の本部に移る事になった。朔也やあおいもそのメンバーに入ってる。指令もそのまま弦十郎が行う予定だ。

 

 櫻井了子は二週間ほど前に目を覚ましていた。

 フィーネに身体を乗っ取られていた際に出来た傷が全て無くなっている上に融合していたはずのネフシュタンも身体から消えていた。

 研究者と了子本人の考察としてはネフシュタンはエネルギーを使い果たし自壊。傷に関してはフィーネが消滅する直前、身体に纏った光が治癒能力があったのだろうと結論付けた。

 まだ了子がフィーネじゃない、という証拠が無いため軟禁状態ではあるがフィーネを見送った未来は心配をしていない。長くても後二週間程で出てくるだろうと思っている。

 

 奏はあの戦いの後装者を止める事を弦十郎に告げた。

 実際、一日に四本のLiNKERの投与と命を燃やしたシンフォギアの暴走と同レベルの力を持った強化形態、限界突破(オーバードライブ)と名付けられたそれを行った事、極め付けにはそんなボロボロの状態でのシンフォギアの様々な制限の一部を解除した純粋な強化形態、限定解除(エクスドライブ)の行使によって装者としての寿命が無くなったのだ。

 それにより普通に生きていくには問題無いが、シンフォギアを纏った戦闘は不可能となった。

 というよりもLiNKERを投与してもガングニールが反応しなかったのだ。その原因は現在調査中であり、今は不明だが単純に身体の酷使によりガングニールを纏えないレベルまでダメージを受けたためだと推測されている。

 

 翼は順調にリハビリを行なっており、すでに補助が無くとも一人で歩ける程度には回復していた。二年間まともに使っていなかったアーティストの命である歌声も毎日の発声練習により問題無い。むしろ早くリハビリを終えて奏と歌いたいと奏や慎次に愚痴るほどだった。

 

 創世、弓美、詩織たちリディアンの学生は政府が廃校となっていた学校施設を買い取る事によって新生することとなり新しいリディアン音楽院に移る事になっている。生徒数は、春の新学期時と比較して六割程度にまで減少したものの、 混乱は徐々に治まっており、新生活を心待ちにしている者も多い。

 加えて以前のリディアン音楽院には、 シンフォギア装者の選出、 ならびに音楽と生体から得られる様々な実験データの計測といった、 人道的に褒められたものでない暗い研究を行っていたがそれらの機能は現在、一時的に凍結。弦十郎筆頭に二課の意向により廃止の方向に進んでいる。

 

 大きな戦いが終わり、皆がそれぞれの道を歩み出そうとしている中、太陽が眩しく輝く昼下がりに未来は花束を持ってクリスと共にある場所へ向かっていた。

 

「…….遅れてごめんね、響」

 

 そう言って立ち止まった未来の目の前にあるのは二年前の日付だけが彫られ、他は名前も何も彫られていない寂しい墓石だった。一つだけでは無い、未来の周りには同じように名前の彫られていない墓石が無数あり、ここが墓場だと分かる。

 

 ノイズの被害者は例外なく骨も残らずに灰と化してしまう。そのため本人確認も、その灰が本当に人間のものかも分からない。苦肉の策としてノイズ事件一つ一つに墓石が作られ、そしてその墓石の下に回収された灰を埋める事で供養としていたのだ。

 

「ここに来るまでに二年もかかっちゃったよ」

 

 未来は花束を墓石の前に供えて手を合わせる。後ろにいたクリスも未来と同じように墓石に向かって手を合わせた。

 

「……まだまだ一人では歩いて行けそうに無いけど、でも、私頑張るからね。だから見守っててよね、響」

 

 辛そうな笑みを浮かべながら未来は首に下げていた紐を巻いたかつて親友だった灰を入れた小瓶を外し、花束の横に置いた。

 

「本当に良いのか?」

「うん。だって、このままじゃいつまでも前に進めないから、ね」

 

 未来にとって身を引き裂かれるような想いだが、それでもそうしなければいつまでも幻想の親友に頼ってしまう。親友と交わした最後の約束を守るためにも未来は前へ進もうと小瓶を手放す決心をしたのであった。

 

 前に進む決心をした未来を見てクリスも墓石の前に立ち、真剣な眼差しでそこにはいないはずの立花響に向かって言葉を口にする。

 

「あたしはお前の事を未来の話からしか知らねぇ。それ以外の事はさっぱりだ。でもな、これからはあたしが未来を守る。気に食わねぇかもしんねぇが、それだけは約束する。だから、お前は何も心配すんなよな」

 

 クリスは代わりに、とは言わなかった。

 まだ未来とお互いに知らない事が多くとも未来の中の響という存在がどれだけ大きいのかクリスは身に染みて分かっていた。それほどの大きい存在の代わりになれるとはクリスと思っていない。

 だがクリスは「立花響」の代わりではなくて「雪音クリス」として未来の隣にいる事を決心していた。罪滅ぼしの気持ちも勿論あるが、それはクリス自身が心から思った事である。

 

「……ありがとう、クリス」

「れ、礼なんていらねぇよ!」

 

 未来の感謝の言葉にクリスは恥ずかしさで顔を赤くして背中を向ける。耳まで真っ赤になっているためあまり意味はなく、そんなクリスに未来は微笑みを向けた。

 

「また来るからね」

 

 もう一度墓石の方を向き手を合わせてクリスと共に墓場から出て帰路に着いた。

 

 未来たち装者は先日までルナアタックによる情報規制により軟禁状態が解けたばかりであったが、来週から未来とクリスは新しくなったリディアンに行く事になっている。そのために必要な物を買い足すために今日はまだ行かねばならない所があった。

 ちなみにクリスは弦十郎からマンションの大きめの部屋を用意されており、未来もその隣の部屋に引っ越しする事となっている。未来自身はクリスと同棲でも良かったがクリスがあまりの恥ずかしさで拒否したため二人別々の部屋になった。その時の真っ赤な顔で面白いくらいあたふたするクリスを影で奏が動画として残している事を知るのはまだ先の事である。

 

「あ、そうだ」

 

 霊園を出てすぐ未来は何かを思い出したかのような声を上げた。

 

「どうかしたのか?」

「うん、ちょっと待ってね」

 

 ゴソゴソと持ってきた鞄の中を漁る。そして中にあった物を見つけると一度強く握ってから鞄から出してクリスに小走りで近づいて目の前に立った。

 

「ちょっと目を瞑って頭を下げてくれるかな?」

「あん?まぁいいけど」

 

 未来の言う通りに目を閉じ、軽く頭を下げて頭を未来の方に向けて突き出す。そしてクリスの綺麗な銀髪の両サイドのこめかみ辺りの髪に触れて何かし始める。未来の突然の行動に一瞬硬直するクリスだったがくすぐったいのを我慢してそのままの体勢を維持した。

 

「はい、もういいよ」

 

 そう言って未来は少し離れる。クリスも未来が離れたのを感じて目を開ける。すると髪に何か付けられ感覚に不思議に思いそれに触れる。

 手探りでは何か分からないかったクリスに未来は持ってきていた手鏡を向ける。

 

 クリスの髪の両サイドには少し傷の入った赤い稲妻のような形をした髪留めが付けられていた。

 

「お、おい、これってッ!」

「似合ってるよ。クリス」

「あ、ありがとう……じゃなくて!いいのか!?これは未来の大切な」

「いいの」

 

 クリスに付けられた髪留め。それは二年前のライブ事件で響が残していった髪留めだった。

 それがどれだけ未来にとって大切なのか分からないクリスではない。クリスはそれを未来に言おうとしたが未来は微笑み浮かべてその先を言わせなかった。

 

「私の大切な宝物だからクリスに持ってて欲しいの。私に何かあってもいいように」

 

 自分の異常性は理解している。暴走した時は勿論として、ダインスレイフという伝説の魔剣を一度は暴走せずに御した事から心の中にある闇の大きさを未来は誰よりも分かっている。もし、それが制御出来なくなって人じゃなくなったとしてもきっとクリスならそんな自分を打ち倒してくれると信じているからこそ、いつ壊すか分からない自分よりも守ってくれるクリスに預けるのだ。大切な思い出と共に。

 

「……分かった、()()()()()()

「ふふ、ありがとう」

 

 クリスは最後まで未来に全てを背負わせてしまった自分の弱さのせいでなにも言えなかったが、それでも必死に笑顔を作る。クリスの思っている事が予想出来る未来は何も言い返してこないクリスにお礼を言った。

 

「さて、今日の夕飯は何がいい?」

「あーなん「なんでもいいは駄目だよ?」……じゃカレー」

「カレーね。甘口?辛口?」

「……甘いので」

「ふふ、それじゃ一緒に買い物行こっか」

「おうよ!荷物持ちは任せろ!」

「でもクリスって私より力が」

「そんな事ねぇ!……と思う」

「はっきりしてよね、クリス?」

 

 そんなたわいもない会話をしながら二人は並んで明日に向かって歩み始めるのだった。

 

 

               無印編 完




無印一話と最終回のあの墓のある場所の表現がわからぬ……

アンケート詐欺と思われた方。誰が無印でフィーネを生存させると言いましたかね(ニッコリ)

前回以上に詰め込みすぎた感が凄いですね。二つに分けたほうがスッキリしそうではあったんですが後日談の部分が別にするには短すぎてこんな形になってしまいました……もう少し文章力があれば……_(:3」z)_

これにて無印編完!一回小話を挟んでから待望(?)のG編です!
散々言ったように基本は原作に沿って(もう()は使わなくていいかな?)るので大まかな話の想像はしてもらえると思いますのでそこからの変化球を予想しながら楽しみにしていてくだせぇ。でも奏さんや了子さん生きてる時点でかなりカオスな事になりそうな……

既にいくつか伏線を残してきましたが、皆様はいくつ気づかれましたかね?まあそのほとんどがXV編で回収予定なんですけどね。しかもこの先作者の思いつきで増える可能性も……失踪しないことを願っていてください_(:3」z)_

ラストの響のヘアピンクリス、書いてる途中にpixivに描いてる人がいて先を越された感が……でも似合うからいっか!

……このまま終わらせた方が綺麗じゃね?なんて思ってないんだからね!
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