まにわにヒーローアカデミア 作:塩谷あれる
最悪だ。猩々はそんな言葉を心のなかで噛み砕いて状況を確認する。相手は『病毒遣い』一人のみ。対しこちらは四人──ただし、八百万、上鳴、耳郎の三人が、『病毒遣い』を相手取って戦えるかどうかと言われれば、
(まず、無理でしょうね)
戦闘経験も浅く、素人にうぶ毛すら生えていない状態の三人では、恐らく五分と持たず殺される。それだけは、避けなくてはならない。
「──お三方、こうなっちまった以上仕方ありやせん。出来るだけ時間を稼ぎやすので、一刻も早く逃げてくださいや」
「え、いやだから真庭さぁ!?もうちょっと説明とかしてくれよ!?いきなりんなこと言われたってさぁ!?」
「してる暇ねぇっつーんですよ。強いて簡単に説明するなら、“あの男に障られたら死ぬ”っつーことでございやす」
猩々は額に冷や汗を滴しながら上鳴達に指示をする。
「……戦う、と言う選択肢は、無理なんですか?」
「恐らく不可能でしょうね。今のお三方じゃあ、あれに勝てる見込みは微塵もありやせん」
「そんな…!」
「随分と悠長ですね。この私を相手に……待っているのも疲れてきました」
迷彩柄の服の男は、何とも腹立たしげに言う。その言葉は、敵として猩々達の前に立っている者と言うには、あまりにも拍子抜けにも聞こえた。
(……もう説得云々やってる暇ァなさそうだ。あれの気まぐれでお三方を死なせるよりは……)
「あー、いえいえ。ご安心を。今お相手させていただきやすよ」
誰にも聞こえないような本当に小さな舌打ちを一つ打ち、迷彩柄の服の男に猩々は向き直る。次の瞬間──
「ぐ……っ、あ……」
「ま、ま、にわ……?」
「どう、して……」
「すいやせんお三方。死ぬよりゃマシだと思って、ほんの少しだけ寝てて下さい」
──一陣の風が吹き、八百万達三人の意識が、一瞬の内に刈り取られた。
「おや、御友人だったのでは?」
「友達ですよ?だからこそってのは、人間やめた呪い名共にゃ分かりやせんか」
腕の鎖を緩めながら、嘲りの表情と共に迷彩柄の男──『病毒遣い』の方へと歩みを進める猩々。
「おや、おやおや。私達についてご存知だとは思いませんでした。でしたらこちらも、本気で毒させていただきましょう。奇野師団きってのエース、奇野師団No.666、この奇野──」
“普通の世界”の住民である目の前の小僧が、自分達について知っている、ということに、何故ともなしに調子に乗ったらしく饒舌になった病毒遣い。しかし、彼はそれ以上、言葉を続けることが出来なかった。何故なら
「
病毒遣いは、元いた場所から10m以上吹き飛んでいたからである。吹き飛ばした当人であると思われる猩々の方をみれば、
「……あぁ、失礼いたしやした。あんまりにも腹立つお声だったもんで、聞くに絶えず。さて、お名前の方ですけど、奇野のエースの、えーと。なんでしたっけ?」
ひゅん、ひゅん、ひゅん、ひゅん──と言う音と共に、腕に巻き付けていた筈の鎖が、渦を巻くように回転していた。鎖の先端には、ソフトボール大のゴム製の球体。中に鉄球でも仕込んでいるのか、その重さが強力な遠心力を生み、10mも離れた距離にいる筈の病毒遣いにも聞こえるように響く音となっていた。
「な、な、なん、なんです、それは」
「真庭忍法・渦刀(新)、不殺の型……久々に使いやしたが、うん。うまく殺さずに使えてやすね。作ってくれた古槍のじっさまにはお礼をいった方が良さそうだ」
腹を鈍器で打ち抜かれた衝撃に言葉が震える病毒遣いを目の前に、先ほどの焦りようなどどこ吹く風といわんばかりのへらへらとした表情で
「あよいしょ」
「ぐおっ!?」
二撃。またもや腹にゴム玉が沈み込む。肺の中から空気が抜け出る感覚に、病毒遣いは思いきり噎せた。
「が、は…ごほっ」
「どうやってここの情報を知り得たのか、基本的には手前の上司の命令にすら従わねぇ究極の放任主義軍団の
まぁそれはそれとして、と猩々は鎖を振りかぶり、もう一度病毒遣いへと投げつける。
「──人の平穏ぶち破りにきてんじゃねぇよ」
びゅん、という先程よりも鋭い鎖の風切り音が響く。しかし病毒遣いは、これを待っていたといわんばかりに鎖を受け止める。
「かか、ったな糞餓鬼!」
元より奇野師団の病毒遣い達は、自分の身体の他に鎖を介して他者に病毒を感染させる。それは自前のものでなくとも十分に作用する代物だ。病毒は鎖より感染する。奇野の名を持つもの達は、そう教え込まれ、そうなるように特訓を積んだ。この場にいる病毒遣いの男にとっても、その鎖が誰のものであっても同じこと、猩々の鎖を通して病毒を移すことなど、このボロボロの体でも満足に行えることだった。
「ぐ、っあ……っ!」
「ふふふ、ふは、ふはははは!!私にこんな仕打ちをするからですよ!馬鹿め!私を相手に鎖など武器に使うからだ!馬鹿め、馬鹿め、馬鹿め、馬あぁ鹿めぇえ!!」
掴んだ鎖から病毒を受け、全身にたまのような汗を浮かべながら苦悶の表情を浮かべる猩々を見ながら、病毒遣いは勝ち誇ったように笑う。
「ははは!お前にかけたのは、致死性の薄い毒ですが、その代わり死ぬほど痛く、苦しいもの!えぇ、えぇ!!貴方はただでは殺さない、あそこにいる貴方の御友人を一人ずつ殺してから、更に毒を一つずつ体の中へと投与し、ゆっくりお前を死へ至らせてやる!」
「ぐ、が、う……」
毒の痛みで最早口も効けなくなったのか、ふらふらとよろける猩々を見ながら、よろよろと立ち上がった病毒遣いは高笑いをあげた。そして猩々の後ろで緩やかに寝息を立てて気絶する三人へと向き直り、にたり、と笑みを浮かべ自前の鎖を手に持った。
「貴方はそこでみていればよろしい。御友人が無惨に私の毒で死んでいくのをね!ふははははは!!」
「はぁ、はぁ…っう゛っ」
毒が本格的に回ってきたのか、ついに胃の中のものを吐き出した猩々。それを見た病毒遣いは満足そうな笑みを浮かべつつ、自分に対しリアクションを起こさない猩々に不満を覚えながら、三人のもとへ歩み寄った。あぁ、まずはあの三人を起こして、恐怖のどん底へと落とさねば。まずは誰からいたぶろうか。幸い女が二人もいる。しかも一人は極上だ。もう一人の方も気が強そうで実にいたぶり甲斐がある。男を先に始末して逃げ場はないと思わせるのも悪くない。その絶望の表情と肉体を楽しみながら、ゆっくり毒で殺してやろう。あぁ、最高だ。そんなことを思ったその瞬間──
ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、
三発の銃声が響き渡った。
「な……に……?」
「ふぅ、危機一髪、ってほどでもないですかね」
背後からの銃撃。まともに食らった病毒遣いは思わず膝をつく。その後ろから聞こえた声に、心底耳を疑いながら。
「やぁどうも。ベタではありやすが、鉛のお味はいかがです?呪い名殿」
声の主は、先ほどまで病毒遣いの毒によって倒れていた筈の猩々だった。
「な……!?あり、えない!!貴方は、お前は!私の毒で最早死に体だった筈──」
「えぇ、まさしく。その通りでしたよ。さっきまではね」
流れる汗をぬぐいながら、猩々はへらへらと笑う。
「俺達忍ってのはね。敵に情報を漏らさねぇために、敵に捕まったとき自死するための毒ってのを体に仕込んでるんですわ。ですが、せっかく自死してもそれを敵に治療されちまったらもう後がない。だから
──狂犬さん曰く、こと毒薬に関しては、真庭は日本の現代薬学の先を行く、んだそうですよ。笑えやせんか?──と、そんなことを猩々は言うが、それを聞いた病毒遣いは、ただひたすらに驚愕するしかなかった。毒薬に関して、自分達奇野が、この目の前の若造に劣っている。そんなことがあり得る筈がないと。
「なら、どんなに速効性も殺傷能力も高い毒薬を作ろうが、
相手が自分達の想像を越える毒を作ったとしても、それすらも越えるような薬を以て、情報を引き出すことは、忍としての定石である。そういわんばかりに言ってのける猩々の言葉で、病毒遣いは、彼が今、こうしてけろりと動けている理由を察した。
「まさか……!」
「ええ、そうですよ?さっき、
先程猩々が嘔吐したのは、毒が原因ではなくその薬瓶を使うため。苦しんでいたように見えたのは、毒によってでもあるが、吐き出すためにえずいていただけ。
「そんな……!」
「そもそもあんたら奇野は、俺達真庭にとっちゃ相性最悪でございやすからね。対策の一つや二つもするもんです」
そういってビー玉サイズの小さな鉛の塊を指で弄る猩々。
「ふざ、けるな……私が、お前のような小僧に殺される筈が……!」
「やだなぁ、殺しやしやせんよ。俺もヒーロー志望ですし。ただ、ちょっと話を聞きたいだけですわ」
そういって猩々は懐から二つの物を取り出す。片や、やすりのような細かい刃がびっしりと並んだ巨大なペンチ。片や、先端が恐ろしく鋭く尖り、近づける度にパチパチと火花を散らす二本の針。その様からすぐに、拷問のための代物だと気づくことができる。できてしまった。
「さて、今から一つずーつ、簡単な質問をしていきやす。余計な真似しなきゃ、痛い目見ないで済みやすんで。そんじゃあ、──」
──あとは、わかりやすね?その言葉と、猩々が浮かべたおよそ年相応とは間違っても言うことはできない凄惨な笑みによって、病毒遣いは敗北を悟った。山岳ゾーンでの非戦闘、真庭猩々対病毒遣い。勝者、真庭猩々。
あと二話くらいでUSJ終わりやす。あと、一応こっちで補足いれますが、名も無き奇野さんを打った銃声は撒菱爪弾です。銃声っていうよりは弾が着弾したときの破裂音ですが。後半は若干病毒遣い視点入りつつの第三者視点ですので、病毒遣いが銃声だとかってに勘違いしたみたいな感じだと思ってください。