まにわにヒーローアカデミア   作:塩谷あれる

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なんか間違って別の作品に更新してました……こっちが本家です!


ヒトは猿になり得るや?

 唐突だが、我々ヒトとは一体如何なる生き物であろうか。生物学的分類で表現するなら、動物界脊索動物門哺乳網サル目ヒト科ヒト属サピエンス種──という、大層長い分類の仕方が為される訳だが、しかし今回の話の本質はそうではない。否、触れないわけではないし、本質じみてもいるのだが、分類の話はしていない。大事なのは、進化の話である。

 

 異形の力が我が物顔で横行するこの現代の超常社会において、ヒトという生命体は“最も進化の進んだ生物”として知られている。ある一説に則るとするならば、我々ヒトは超常を知らなかった旧人類から、超常の力を持つ新人類へと“進化”したのだと言う。猿からヒトへ、常人(ヒト)から超人へ。といった具合に。我々は進化してきた。進化し続けてきたがゆえに、進化し続けてしまったがゆえに、我々は忘れていた。()()()()()の、()()()()()()の真の恐ろしさを。時には上位種すら噛み砕かんとする、下等動物の凄まじさを。

 


 

「真庭忍法・退化論」

 

 そう言って猩々がとった構えは、断罪円と真逆のものだった。身を屈める姿勢こそ同じものの、両腕を鳥の翼のように広げ、胸を張るように反らす。今正しく、自分を殺さんと向かってくる脳無の、その姿をしっかりと見据えながら。

 

(タイミングは一瞬一度きりのみ……確実に決める!)

 

 脳無の拳が、猩々の顔面目掛けて迫り、ついに激突する、その瞬間、

 

(今ッ!!)

 

 屈めた身を更に下へ屈め、がら空きになった脳無の腹に、猩々の両手から強烈な掌底が放たれた。が、しかし

 

「…………?」

「……あん?」

 

 何も、起きなかった。元より『ショック吸収』の個性を持っているだけでなく、肉体の痛覚を完全に遮断されている脳無である。いかに強烈で、劇的な攻撃を受けようと大抵のものは彼にとって意味を為さず、意に介することもない。今回のそれもまた、至って当然のように同じことだった、ただそれだけのこと。

 

「ハハ、なんだよ傷一つついてないじゃん。そうだよ、そりゃそうだ!脳無は対平和の象徴!オールマイトを殺すために作られた改人だ!学生ごときの攻撃じゃ、意味がある筈がねぇんだ!」

(そんな……!)

 

 死柄木が高笑いを上げ、遠くから見ていた緑谷達が、思わず顔を青くする。猩々は学生だ。元より土俵の高さは自分達と同じ。それでもあの脳無に立ち向かっていったその姿に、一抹の期待と希望を覚えていた。その期待と希望を真っ向から打ち砕かれ、救援がいつ来るやも知らぬ彼らは、再び心を絶望へと叩き落とされてしまったのである。

 

(あんなに傷だらけで……脚まで失って……殺されちゃうかもしれないのに……それをただ見てるだけなんて、そんなのヒーローじゃない!)

「ハハ、笑わせてもらったよ……さ、とどめだ。今度こそ殺せ、脳無」

 

 それでも緑谷が、せめて猩々をなんとか逃がそうと動こうとし、ひとしきり笑い終えた死柄木が無慈悲に脳無に殺害命令を下す。が、しかし

 

「………………? おい、脳無?」

(………あれ?)

 

 動かない。今まで、どこまでも実直に死柄木や黒霧の命令に従っていた筈の脳無が、石になったかのように動かない。猩々への攻撃を空振ったままの体勢のまま、微動ひとつもせず、ただそこに立ち尽くしていた。

 

「おい、何やってんだ脳無。さっさとそのチビを殺せ」

「…………………………」

「……あー、もう、うざってぇなああ……ったくなんなんだよ、いきなりバグりやがって……仕方ねぇ。俺が直接殺すとするか……」

 

 唐突にうんともすんとも動かなくなった脳無にひとつ舌打ちをし、死柄木が猩々を殺すため二人に近寄ろうとしたその時、

 

「……ぁ」

 

 何も考えず、何も感じず、何も言わない筈の脳無が、微かに呻いた。そして次の瞬間──

 

「……あ?」

「が、あ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎぃあああああああああああああ!!!!!!!!」

 

 割れるような、つんざくような、引き裂くようなけたたましく、痛々しい叫び声を上げた。思わず緑谷や死柄木を始めとする周囲の人間は耳を抑え、苦悶の表情を浮かべる。

 

「な、の、脳無──!?一体何がどうなってる、おい、黒霧ィ!」

「……わか、り、ません!ありえないこと、です……が、私の目には、脳無がまるで、痛みを耐えられず、呻いているように見える──ッ!」

 

 黒霧の言葉通り、脳無はよだれを垂らし、地面を転がりながら叫び始めた。そしてその全身に、夥しい数の傷跡が、まるで古傷が開かれていくかのように浮き上がってきた。中には先ほど猩々がつけた、断罪円による抉り傷も紛れている。そして何よりも異常だったのは、その全てが起きているというのに、脳無の肉体が一切再生しないことであった。

 

「ぎあ!ぎゃあ、ぐあ、いた、い、()()()()()()()()()()()()()!!!!!!」

 

 今まで言葉の一つも、少なくとも、人語の一つも上げることのなかった脳無が、全身に浮かび上がった痣と共に、まるで一人の人間であるかのように言葉を発し始めた。

 

「脳無が、言葉を───!?」

「ありえねぇ!一体何がどうなってる、くそ、何しやがったあのチビ────ッ!」

 

 先程の攻撃で何かされたのか、と猩々を睨み付ける死柄木。しかし時既に遅し。勝負はもはや、決したも同然だった。

 

「──すいやせんね、痛がらせちまって。苦しいでしょう。お辛いでしょう。そんな姿にされちまって、さぞやお悲しいでしょう。………せめて一瞬で終わらせやす」

 

 のたうち回る脳無へ歩み寄り、その心臓部へと狙いを定め、猩々は、ただ静かに、忍法を行使した。

 

「真庭忍法・爪合わせ」

 

 通常よりも明らかに薄く、それ故にどこまでも鋭く速い爪刃が延び、ただ静かに、ただ一部の痛みなく脳無の心臓へと突き刺さる。五つの刃によって繋ぎ止められた脳無はびくん、と一度大きく痙攣した後、ただ一度だけ小さく呻き声を上げ、その場で動かなくなった。

 

「……………さて」

 

 動かなくなった脳無の目蓋をそっと閉じ、短刀の義足を使ってぎこちなく、幽鬼のように立ち上がる猩々。振り向いたその表情は、怨敵を狩らんとする獣のそれだった。

 

「あと二人」

 

 その瞬間、猩々の姿が完全に消えた。さらにもう一瞬すると──

 

「がっ!?」

「いつの、まに……!?」

 

 足軽を使い、二人に近寄った猩々が、二人に攻撃し終えていた。傷を見るに、死柄木は義足を使って肩を切りつけられ、黒霧は実体を捉えられた後腹に拳打を食らったらしい。なんにせよ、死柄木、黒霧の二人とも、猩々の攻撃を感知することはできなかったようである。

 

「っでえぇえ…!クソが、ふざけんな、こんなチートが生徒にいるなんて聞いてねぇ……!脳無もやられちまった……!……黒霧、撤退だ!!脳無が使えねぇんじゃ計画も破綻、ヒーローも直にやってくる!さっさとトンズラこくぞ!」

「で、できない、死柄木、弔!」

「はァ!?何言ってやがるテメェ!」

()()()()()()!!()()()……使()()()()!!」

「……………は?」

 

 個性が使えない。その事実は、死柄木を再び驚愕させるに事足りるどころか余りあるほどの出来事だった。思わずイレイザー・ヘッド──相澤の方を見るが、彼は大量の出血と負傷により完全に気絶している状態なのは見てとれた。

 

「……ふざけてる場合じゃねぇだろうが!これじゃあ逃げることもできねぇぞ!」

「わかりません、何が……一体どうなっているのか……!私の個性が、一切発動しない!使い方すら頭の中から消え去っている……!まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──!」

 

 黒霧は慟哭する。依り部を失った猿のように。行き場をなくした獣のように。そう。それこそが真庭猩々、最大にして最終の切り札、『退化論』のコンセプトである。

 真庭忍法・退化論。それはすなわち『被術者のあらゆる全てを自分と同じにする』という、超能力(ESP)の類いより派生した技術である。あえてこの忍法を例えるならば、RPGが相応しいだろう。一般的なRPGにはステータスと言うシステムが存在する。そしてそれはキャラクターによって異なるものだ。しかし退化論は、被術対象のステータスを()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことが出来るのである。筋力も、知能も、何もかもをも。

 この術の最大の特徴にして利点は、無個性である猩々が、この忍法の唯一の使用者であることにある。彼に個性は存在しない。それ故にこの忍法は、相手の『個性』と言うステータスを、完全な白紙に塗り潰す。猿からヒトへ、常人(ヒト)から超人へ。我々人類は進化してきた。しかし真庭猩々と言う存在とその忍法が、その進化を真っ向から否定する。ヒトを猿へと、超人を常人(ヒト)へと。進化した力に胡座をかいた上位種達を、自らの土俵へと相手を引きずり下ろし噛み砕く。対有個性者特化型忍法、それが、退化論なのだ。

 

(毒でごっそり体力削られてんのに、断罪円含め奥の手三連発は多少堪えると思ってやしたが、予想外に上手く、俺の体も動かせてやすね……)

 

 代わりに体力はガンガン減ってやすが。と心の中で一人ごちりながら、猩々は死柄木と黒霧からは視認できない遮蔽物に身を隠していた。

 猩々はこれまで、出血にふらつく体を劣化版骨肉細工で無理矢理誤魔化しながら戦闘を行っていた。しかし猩々の骨肉細工は本家と異なり長期的な使用に滅法向かない。発動し続けているだけで奪われている体力に、猩々はもはや限界を向かえる寸前だった。

 

(ですが、ワープを使うあの黒もやの個性はなんとか封じることはできやした……ヒーロー達が来るまでの間の時間稼ぎは、これで俺がぶっ倒れさえしなきゃ問題はねぇ。が、しかし……)

 

 猩々は思案する。病毒遣いから聞き出したかの存在のことを。

 

(オール・フォー・ワン……万が一そんな化け物じみた存在が仮に救援として駆けつけてきた場合、俺どころか他のヒーローでも対処しきれるかどうか危ういってもんです)

 

 ならば、せめてその存在との連絡手段を握っているであろう死柄木達を拘束、ないし処分し戦力を削ぐ。それが今自分に出来るであろう最善策だと断じた猩々は、最早帷子としての機能を果たせないほどにひび割れた全身の鎖を絞め直し、死柄木達の方へ向かった。

 

「……クソ、これじゃあ逃げ道もねぇ……!聞いてねぇぞ畜生!あの野郎、適当な情報寄越しやがって……!」

 

 もうどうしようもない状況に思わず悪態をつく死柄木。逃げることも叶わず、この状況を打開するための策もない。何も出来ない彼が、こうも癇癪を起こしてしまうのは致し方ないこととも言えた。

 

(……俺達やオールマイトについて、何らかの情報が与えられてたようでございやすね……となると雄英から情報を抜き出せるような存在があちら側にいるのか、それとも……)

 

 死柄木の悪態から様々な推測を立てつつも、攻撃の手段を整える猩々。選択した忍法は『渦刀(新)』。自分が覚えている忍法の中で、比較的拘束に向いていると判断したがためのチョイスである。

 

「真庭忍法・渦刀(新)、捕らえの型」

 

 振るわれた鎖が死柄木と黒霧の肉体を縛りつける。まだ退化論による個性無効化も解除されていない様子で、黒霧も実体を難なく捕らえられ、鎖の餌食となった。

 

「なっ、てめぇ!!」

「ぐぅっ、これ、は……!」

「……さて、もう終いにしやしょうや」

 

 拘束されたことで猩々に気づいたらしく、二人は彼の方を見る。黒霧はもやで上手く読み取ることが難しいが、死柄木の方からは間違いなく怨嗟の念をぶつけられていた。

 

「なんだってこんな無茶をしたんです。いや、あんたらにとっちゃあ、無茶でもなんでもなかったってことですかね……まぁ確かに、あの怪物……いえ、デカいのに加えて奇野のイカれ集団まで持ち寄って、負けるヴィジョンが見えねぇのもわからなくはねぇですが」

「うるせぇ!分かったような口聞いてんじゃあねぇよクソが!!お前なんかに何が分かる!世の中ゴミばっかりだ!ヒーローヒーローヒーローヒーロー!!ふざけんじゃねぇ!だから俺がまとめて全部ぶっ壊すんだ!気に入らねぇ奴は全部!全て!オールマイトだってそうだ!!全てを救える気でいやがる!!気に入らねぇったらねぇんだよ!!」

 

 死柄木の子供じみた言葉にあきれたような嘆息をつく猩々。その瞳に映っていたのは、酷い落胆と、ささやかながらにも強く揺らめく怒りの色だった。

 

「邪魔もん全部消して俺が一番気取ってんじゃあねぇですよ。ったく……こんなアホのために殺しやっちまうたぁ俺もヤキが回りやしたね……これじゃああのデカいのぁまるで浮かばれねぇってもんだ。

……例え気に入らなくても、お互いを知り、お互いを認め合うことで俺達人間は生きてきたんですよ。それを真っ向から無視した分際で、どの面下げてあんたがオールマイトにキレられるってんですかね」

「うるせぇ……うるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇ!!!」

 

 ガクガクと体を揺すり怒りを発露する死柄木。それに応じてどこか感ぜられるようにすらなってきた不気味な気配を、猩々は、感じ漏らさなかった。

 

(……なんだ、この空気。一気に重く、暗く……淀み始めた)

「何もかもを知った気になりやがって……気に入らねぇ……!気に入らねぇ…気に入らねぇ!!お前が、お前が邪魔だ!」

 

 次の瞬間、近くで横たわり息絶えていた筈の脳無の口から、黒い粘液のようなものが一斉に吹き出した。粘液は黒霧達の元へと飛びかかり、二人を包み込もうとする。

 

「あれは……死柄木弔!()()からの救援です!今すぐ避難しましょう!!」

「あぁ!?ふざけんじゃねぇ、こいつを俺は──!」

「なりません!直ヒーロー達も来る!一度退却すべきです!」

「っっがああああああああ!!!!!」

 

 黒霧の言い分を理解したのか、大人しく黒い粘液に覆い被されていく死柄木。しかしその双眸は、明らかな怒りと怨念を滾らせながら、しっかりと猩々を捉えていた。

 

「許さねぇ……てめぇは必ず殺す……!次会った時は、俺の手で息の根を止めてやる……!!覚えていやがれ、クソチートが……!!」

 

 その言葉を最後に、死柄木と黒霧は粘液に飲み込まれ、跡形もなく消え去った。そしてセントラル広場に残ったのは、もう既に物言わぬ肉塊となった脳無と、

 

(このタイミングでの撤退……見られてた、そう考えるのが妥当ですかね……しかし何にしても……)

 

「やっと……眠れる……」

 

 全てから解放されたかのように倒れ込み、死んだように気絶した猩々だけだった。

 何はともあれ何であれ、混戦と乱戦と死戦が入り雑じり、流血と肉塊飛び散る、雄英高校ヒーロー科A組の救助訓練は、あまりにも不格好に、不躾に、なんとも静かに終わりを向かえたのである。




忍法録・その③
真庭忍法・退化論(まにわにんぽう・たいかろん)
使用者:真庭猩々
分類:近接異能(ESP)
射程距離:1m弱
捕捉人数:最大??人
備考:真庭猩々が対個性保有者との戦闘を予期して、球磨川禊の「却本作り」を参考に編み出した忍法。近接異能型と言う分類でこそあるが、実際は殆どが彼の持つ技術によって考案された代物であるため、近しい能力や異能を所持する存在であるならば再現可能な忍法。
作品中でも取り上げたが、コンセプトは『有個性者をサルへと引きずり下ろす』こと。個性を使えなかった状態に変質させる力のため、回復系の個性持ちに対しては、回復させた筈の傷が古傷となって一斉に押し寄せてくると言う副次効果もある。
しかし、今回脳無が突然言葉を話し出したように、自分よりも知能や身体機能が低い存在に対しては、かえって肉体を強化する作用を与えてしまうため、必然的に自分よりも強い存在を相手するのに特化した忍法(脳無の場合完全に思考や知能を潰されていたのを無理矢理戻した結果に近いため、あのようなフラッシュバックじみた錯乱が発動した)。
いくつかの強烈な縛りが存在するため、滅多には使うことが出来ないが、しかし縛りによってより強い効果を示すため、『当たれば必殺』タイプの技とも言える。
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