まにわにヒーローアカデミア 作:塩谷あれる
「いやー、食べた、食べた。量も辛みもなんともまぁ絶妙と言う他無い……また挑戦したいですねぇ」
食堂で激辛カツカレーチャレンジを見事最速記録(他成功者無し)でクリアした後、その豪快な食べっぷりに充てられ「胸焼けがしそうだわ」と苦い顔をした雨垣と別れた猩々は、膨れた腹を擦りながら、教室へと向かっていた。
喜色満面、鼻唄の一つでも溢れてきそうなほどに満足げに歩く猩々のズボンのポケットから、リリリ、と短い機械音が響く。
「………はい」
『どうも~☆先日は以来達成のほどお疲れさまです猩々様ァ~!いや~そのお仕事振りに依頼主様も大変喜ばれまして、早速次の依頼をt』
「死ね」
通話終了。すぐさま着拒。その瞬間に再度着信。ここまで、凡そ一秒足らずのことだった。
「手前ェエエエエエエエエエッッッ!!!こっちにかけてくんなと何度言えば分かりやがんですかオイィッッ!?ミジンコか!?手前
『いやですねェ~猩々様。ミジンコサイズの脳味噌しかなかったら私電話なぞかけられませんよ?齢16にして呆けるのは少々早いか「そう言う話してんじゃァねェのは流石の手前でも分かりやすよねェエ……ッ?」ンンはっは~~ッ!ジョークジョーク、もォッちろんジョークですとも!』
いつも以上にうざったるく話してくる窓口に、血管ブチ切れ二秒前レベルで苛立ちが募る猩々。先程のカレーの満足感なぞどこへ行ったのか、今はただスマートフォンの向こう側にいる外道を殴りたい衝動にのみ駆られる。既に、先日修理を終えたスマートフォンの画面にまた罅が入りかけていた。ちなみにその理由も前回と全く同じである。
『さて、本題に移りますが』
「さらっと素に戻んなびっくりするでしょう。……で、なんですかい?あ、教室戻んなきゃなんで移動しながら聞いても?」
『えェえェどうぞ。かく言う私めも片手間状態ですし』
急に真面目な口調に戻った窓口に呆れ返る猩々だったが、いつもの事か、と直ぐに教室に向けて歩き出す。
『では改めまして……以前真庭海牛様を仲介して猩々様にご依頼されていた、『オール・フォー・ワン』についての情報、調べが上がりましたよ』
「!……相変わらず手が早くて助かりやすよ。で、如何なもんです?」
『えぇえぇ……詳細はファイルで今送りましたが、見事なものですよ。真庭様方ほどの歴史はありませんが、超常黎明期に長く根付く『普通の世界』の巨悪……その一つですね。個性に関しては、猩々様は確か事前に知っておいででしたね……『個性を奪う個性』、はは、背筋が凍りそうですな』
「冗談は止した方がいいんじゃねぇですかい?手前の仕事に個性なんざ意味をなさないでしょう」
『最近は仲介業者も自衛を学ぶものなのですよ。まぁ、仰る通りなのは確かですがね』
軽口を叩き合いながらも、仕事用のスマートフォンに送られてきたファイルを解凍し、内容を眺める猩々。勢力、現在保有していると思われる個性、個性を投与された改造人間『脳無』に関する情報など……よくもまぁ出所があったなと言わんばかりの情報量だ。つらつらと見ていく内に、その中の一つ、死柄木弔の欄に目が留まった。
「……『志村転弧』」
『志村?……あぁ、死柄木弔の本名でしたね。個性は『崩壊』……五指で触れたものを崩壊させる、と言うものだそうです。見知った名でしたか?』
「……狂犬さんが、志村と言う名を時々口にしていやした。まぁ、ありがちな名ではありやすし、偶然だとは思いやすがね」
特に気にする必要も無し、と猩々は仕事用のスマートフォンをスリープモードにする。目の前にはA組の教室の扉。丁度良く辿り着いたようだった。
「んじゃ、報酬は追って送りやす。御苦労さんでした」
『えェえェ!普段は此方から頼らせて頂いておりますから、これくらいのことならお安いご用ですとも!またのご利用をお待ちしております。あ!ついでに今猩々様に来ている指名依頼の詳細の方も送し』
通話終了。と同時に、一通のメール。件のそれだろうということは明白だったためとりあえず無視。はぁ、と疲れたようにため息をつき、教室の中へと入っていった。
通話中彼に浴びせられていた、無数の軽視や侮蔑の視線、歩き通話に対する物ではなく、『真庭猩々』本人に向けられたそれを、まるで気にすることも無く。
「はい、じゃあ今日はこれで終わりだ。各自気を付けて帰るように」
(お、終わった……二つの意味で)
時間は過ぎて放課後。案の定予習範囲を越えて進んでいた授業内容に頭を抱えながらも、何とか今日の授業を終えた猩々は、ぐえぇ、と呻き声を上げながらよろよろと帰宅準備を始めた。
「な、なぁ、真庭」
と、その時、頭上から声が聞こえた。顔を上げてみると、そこにいたのは、やや怯えたと言うか、緊張した面持ちの上鳴だった。
「おや上鳴さん。どうなすったんです?俺に何か御用事で?」
「いや、別に大した用でもないんだけどよ。あのさ──このあとなんか、用事とかあったりするか?」
「?」
上鳴曰く、迫る体育祭に向けての作戦会議や特訓のようなものを行いたいらしく、そのメンバーの一人として、猩々はどうか、という声が上がったのだそうだ。しかし、その猩々を誘う役目をよりによって上鳴に任せるとは、と猩々は苦笑いを浮かべそうになる。
(あの時俺に対して疑念の感情を向けてた一人が上鳴さんですからねぇ……こりゃ気まずいと言うか、なんと言うか)
せめて呼ぶのは他の誰かじゃダメだったのか。どうせメンバーはいつもの五人衆+数名だろうし、切島とか芦戸じゃ駄目だったのか、と猩々は思うが、まぁことの顛末を知っているのは、あの時山岳ゾーンに居合わせた猩々と、あの三人だけである以上致し方もないか、と思い直す。
「……で、どうだ?」
「えぇ、構いやせんよ。遅れを取っちまってる身としちゃ、寧ろ願ったりってとこです。何処でやるんで?」
「あ、あぁ。実は雄英の体育館を借りられることになってるみたいで、そっちに行くことになってんだ。もう許可も取ってあるぜ」
「おぉ、手際が早いですね。流石です」
そんな話をしつつ、教室の入口付近で待機していた集団に猩々と上鳴は合流する。切島、芦戸、瀬呂、耳郎の四人に加えて、緑谷、飯田、麗日、尾白、峰田──意外なことに八百万もいた。ここに猩々と上鳴が加わり、クラスの過半数が参加するということになる。
「おう、真庭も参加するってさ」
「お!まじか真庭!」
「なんか悪いな、病み上がりなのに」
猩々の登場に切島がニカ、と笑い、尾白が申し訳なさそうに苦笑する。それに対し猩々はお気になさらず、と言わんばかりにほんの少し肩を竦める。と同時に猩々は、自分の登場で僅かに表情を歪めた人物がいたことにも気がついていた。
(耳郎さんと八百万さん……んま、そりゃそうですわな)
上鳴の他の、猩々に対し疑念を浮かべていた二人の人物でもある二人だった。山岳ゾーンにて、奇野某との戦いに巻き込まないための行動とは言え、あのように気絶させられているのだ、気絶させた張本人である猩々に疑念が生まれるのは当然のことと言える。
(どっかで弁明しようにも……
混沌の破壊が渦巻き、殺戮と呪詛が跋扈する『暴力の世界』、説明した所で到底信じられるようなものではないし、知るだけで危険が押し寄せるような場所である。そんな修羅の道に、わざわざ民間人を引き込むような外道な真似をする趣味は、少なくとも猩々にはない。
加えて八百万達はヒーローを志す『正義側』の人間。この世のどんな悪よりも深い
「んじゃ、集まったことだし行くか!」
そうして話が纏まり、一行は校内の体育館を目指し移動を始めた。小話なども挟みつつの道中だったが、唐突に──
「なぁ、ちょっと良いかい?」
──後ろから声がかけられた。猩々達が後ろを振り向いてみると、紫の髪を逆立てた、隈の酷い少年が立っている。
「あっ……」
「この前の」
猩々以外のクラスメートは彼に見覚えがあるらしく、各々リアクションを起こしている。唯一この場で彼について知らないのは猩々のみらしく、なんのこっちゃと首をかしげる。
「何だ何だぁ?また宣戦布告か?──それとも、今度こそ本当に敵情視察とか?」
「いや、そういう訳じゃ──いや、そう言う訳かな?ある意味じゃ」
茶化すように言った瀬呂の言葉に、即答するように返そうとした紫髪の少年だったが、ほんの少しだけ考え、そして、答えを変えて改めて返す。そして少年は、じと、まるで品定めでもするように、猩々のことを睨み付けた。
「ふぅん……アンタ、A組の真庭だろ?ヒーロー科の」
「えぇ、良くご存知で。何処かでお会いいたしやしたか?」
「……いや、別にそういう訳じゃない。でも、一般科じゃ結構有名だぜ?」
そういうと紫髪の少年は数歩、猩々の方へ寄り、見下ろすように、見下すように猩々を上から再び睨み付けた。
「……
「は、はぁッ!?」
「………」
「実際どんなもんかと思って見に来たけど……ハハ、噂に違い無し、かな?」
そう言って紫髪の少年は、猩々のことを嗤うように口角を歪ませる。
「お前、今なんて……ッ!」
「う、ぐッ……じ、事実だろ?こうして見てみても、大したこと無さそうだし……案外あっさり、足元掬えちゃいそうだ」
「な……ッふざけんな、真庭が怪我したのは……!!」
「おい止めろ切島!」
怒りのあまり少年の襟首を掴む切島と、それを気にする風もなく依然として冷笑を崩さない少年。一触即発の空気を変えたのは──
「はい、そこまで」
“落ちこぼれ”、そう揶揄された、猩々本人だった。小柄さを活かして二人の間に割って入った猩々は、掌で二人の胸を突き、二人の体を離れさせることで、いがみ合いをいさめたのだ。
「真庭……」
「いけやせんよ切島さん。一週間後にゃ体育祭ってェ今、このタイミングで諍い起こして問題にでもなったらどうしやす?」
「でもよ……!」
「えぇ、えぇ……怒って頂きありがとうございやす。でも大丈夫。俺ァ微塵も気にしとりゃせんです」
本当に全く気にしていない様子でにこり、と猩々は笑い、自分の代わりに怒ってくれた切島に礼をする。そして、今度は紫髪の少年へと向き直った。
「お兄さんもですぜ?さっきも言いやしたが、もう一週間後に体育祭は迫ってんです。どちらに落ち度があるでも無し、問題なんか起こして出場停止はお互い御免でしょうに」
「……あんな言われて、ちっとも言い返さないのか?それとも、噂は、本当に違わないってことだったりするのかな?」
「お前まだ……!」
「お止しなさいって切島さん。利がねぇんだから」
注意に対し返ってきた紫髪の少年の挑発と、猩々への嘲笑にも取れる笑顔に、猩々もまた、同じように軽薄に、それでいて自虐的に、はは、と短く笑って頭を振った。
「いやしかし、落ちこぼれ、落ちこぼれですか……ははは、言い返すなんてとんでもない。寧ろ痛いところを突かれちまったと困り果ててる位です。まぁ、そんな俺から何を言ったところで、説得力も糞もあったもんじゃありやせん。てなもんで、強いて言い返すなら、一つだけ」
そう言って猩々は先程自分がされたようにじぃ、と両目を睨み付け、軽薄な笑みを強めて言葉を放った。
「敵情視察大いに結構。ですが、俺達が戦う戦場は、こんな廊下の上にゃねぇでしょう?御託も煽りもこの際要りやせん。言いてぇことがあんなら体育祭で──せいぜい恨みっこなしで、全部ぶつけ合うとしましょうや」
なんともなげな、普段通りの、しかし、それでいてどこか力強い猩々の言葉。それは、敵意を持ってこそいないものの、確実に紫髪の少年に向けて、そして、この場にいる全員に──否、
「……ッ!」
紫髪の少年は、その言葉に、気圧されたように後退る。まるで巨鳥の翼のように、目の前の人間の心を包み込み、飲み込むような力強さ。それを猩々の言葉に少年は垣間見たのだ。勝てない。そう少年が思いかけた、その瞬間──
「……さて、こんなところで良いですかい?早くしねぇと体育館閉まっちまうかもしれやせんから 」
「………え?」
先程の怪物のような雰囲気が霧散し、目の前にはただの小柄な猩々のみが立っていた。
「いやほら、折角許可とってても、使ってねぇなら使わねぇって判断されかねやせんし。訓練の時間がなくなっちまうとキツいんで」
猩々の姿は、やはり先程の彼とは似ても似つかないほど善良で、小さく見える。思わず
「あ、あぁ……邪魔して悪かった」
と言ってしまった。先程まで自分が煽り散らしていた相手にである。
「いえいえ、お気になさらず。それじゃ……皆さんすいやせん。俺の事情でお時間とってしまって」
そう言って一礼し、猩々はクラスメート達と共に去ってい──くかと思ったら、一度だけ振り返り、少年の方へと向かってきた。
「……なんだ?」
「いやいや、そういやお名前伺ってねぇなと思いやして。同じ学年で、また顔合わせることもあるかも知れねぇんで、一応聞いておこうかと」
なんだその理由。と思いつつも、少年はまぁ聞かれて困るものでも無し、と名乗った。
「『
「心操さんですね、覚えやした。それじゃあ、また」
そう言ってまたクラスメートの方へと戻り、共に体育館を目指す猩々を、紫髪の少年──心操は、いくばくかの嫉妬と、良くわからないものを見る目で見た後、一人帰るのだった。
窓口は綾南豹みたいな感じで声のみの登場で、姿の公開はとりあえずない予定なので、声と姿に関しては自己解釈お願いします。ちなみに塩谷は猩々の声はまだ自分でもイメージできないくせに窓口の声は森川智之さんで最初っから固定されてます。