まにわにヒーローアカデミア 作:塩谷あれる
ピピ、ほんの数コール分、目覚まし時計のアラームが鳴る。しかし直ぐにその停止ボタンに手が乗せられ、喧しく声を上げる予定だったそれは黙った。
「………」
手の主──猩々はむくり、と上半身を起こすが、まだ意識が完全に覚醒していないのか、半ば呆けた表情でぼうっと目の前のカレンダーを眺める。今日の日付に大きくマジックペンで赤い丸と何やら文字が書いてある。
「……んん?」
まだ重い目蓋を擦りながら、猩々は赤い色の文字を読み取り、そしてあぁ、と一つため息をついた。そこに込められているのは、緊張か、歓喜か、はたまたそれとも違う別の何かか……凡そ言葉に尽くせないような──それこそ、当人足る猩々にさえも──様々な感情が入り雑じっていた。
「……いよいよ、ですねぇ」
完全に覚醒した意識で、 猩々は感情がない混ぜになったままのぎこちない笑みを浮かべ、独りごちた。本日は快晴、春真っ盛り。雄英高校体育祭、その当日である。
「皆準備は出来てるか!?もうじき入場だ!!」
A組メンバーの控え室に、委員長である飯田の声が響く。とは言え、とっくのとうに皆其々で準備は終えており、その声に真面目に応える者もなく、各自時間を潰していた。二十人『個性的』な生徒が揃えばその面持ちも様々で、緊張しきりで汗がダラダラな者もいれば、大して緊張を顔に出すことなく、普通に談笑する者もいた。さて、そんな中で、現状唯一無二の『個性的』でない方の生徒である猩々は、と言うと、
「……何してんだ?真庭」
「……いえ、ちょっと、最終、調整を」
何をトチ狂ったのか、天井に座った状態で上体起こしをする、という奇行に走っていた。というのもこの猩々、滅多に参加できない学校のイベントにワックワクが止まらず、開催前から気力体力エネルギー、全てもて余して仕方がない状態なのである。遠足やお泊まり会の前日、楽しみすぎて中々寝付けず、当日寝不足になってやってくる、というケースはままあるが、猩々は、そのケースが寝不足でなく元気満々有り余り状態なパターンだ。忍として培った人外的体力を遺憾なく発揮している瞬間である。こんなところで発揮するな。
「いや地味じゃなくてマジでスゲェけどさ……汗とか垂らすなよ?汚ねぇし」
「ご安、心を。これくらい、じゃあ、汗の、ひとつも、かきやせん、よ……99、100っと」
下の瀬呂が呆れ顔で見る中、本人の言う通り汗の一つもかいていないらしい猩々は、上体起こしをやめ、ゆっくりと天井に立った後、すとん、と床の方に下りてきた。涼しい顔で物理法則ガン無視のトンチキを披露して見せた猩々に、周りが半ばドン引きする中、
「別にそこ詮索するつもりはねぇが…お前には勝つぞ」
控え室の一角で、新たにざわめきが生まれていた。轟が緑谷に宣戦布告していたのだ。一クラスにつき二つしかない推薦枠を勝ち取った、クラス最強候補が、現状成績が今一ぱっとしない緑谷に対し勝負を挑む、と言うのは、やはり皆意外だったようだ。それは緑谷も同じだったようで、最初は驚き、ネガティヴな言葉を並べていく。しかし、
「他の科の人も本気でトップを狙ってるんだ」
俯いていた顔をきっ、と上げたその表情に、悲壮感や諦めの色は浮かんでいなかった。
「僕だって…遅れを取るわけにはいかないんだ……!」
声は震え、眼は僅かに泳いでいる。しかし、その声には確かに熱が灯り、その瞳には光があった。
「僕も本気で、獲りに行く!」
力強い宣言。その言葉には、絶対に負けない、という覚悟が、色強く現れていた。
(眩しい、眩しいですねぇ……実に青春って感じですわ)
それを見ていた猩々は、その光景を羨むように、憧れるように、微笑ましげな表情を浮かべていた。
(そりゃ、真庭で修行してた時も同年代はいやしたが、各組ホームベースが違うから会う頻度も少なかったですからねぇ……こういう感じで燃える感じの宣戦布告とか、闘志のぶつけ合いとか、そういうの無かったですし)
そうしている内に、控え室に機械音声の入場誘導アナウンスが入る。そろそろ開会式が始まるのだろう。
「さぁ、皆急ごう!入場だ!」
暗い一本道を真っ直ぐに歩いていく。次第に聞こえてくるのは、観客達の歓声と、実況担当の『プレゼント・マイク』のアナウンス。いよいよ猩々達、若人達の出番が来る。
『雄英体育祭!!ヒーローの卵達が、我こそはとシノギを削る、年に一度の大バトル!!!
どうせテメーらアレだろこいつらだろ!!?
鋼の精神で乗り越えた奇跡の
新星!!!
ヒーロー科!!
1年!!!
A組だろおォ!!?』
幕は上がった。戦士達は戦場に降り立った。ならばもう、望むべくは一つのみ。雄英体育祭、1年ステージが今、始まろうとしていた。
「選手宣誓!!選手代表!!1-A真庭猩々!!」
今年の1年ステージ主審、18禁ヒーロー『ミッドナイト』が、手元の鞭で空をピシャン、と叩きながら猩々を呼んだ。その瞬間猩々の方へと視線が注目する。その視線に込められている感情は、大きく分けて三つと言った所だろうか。一つ目、ヒーロー科の入試を一位でパスした猩々への、期待や興味といった前向きな感情。これは観客であるプロヒーロー達や猩々を知るA組のクラスメートが注いでいるものだ。
二つ目。『
そして三つ目。明確な敵意と殺意。これもやはり、普通科の生徒、他にも、同じヒーロー科のB組生徒から向けられている。あと、何故かわからないが爆豪のいる辺りからクソでかい殺意の塊のような感情が向けられているのがチラッと見えるような気がした。猩々は見なかったことにした。
因みにサポート科連中は特に興味があるようでもなく無関心状態、経営科はプローヒーロー達と同じようなものだ。
(うわーっはは……こうもまぁ綺麗に俺へのアレコレが別れるもんですか……感情の温度差激しすぎて脳が風邪引きそうですよ俺ァ……)
登壇しながら思わず苦笑いを浮かべそうになった猩々だが、ここは真面目な場面。ギリギリ表情筋を制御して笑みを文字通り押さえた。
(いやーしっかし、まぁ侮蔑の感情がまた多いこと多いこと……ちょっと吐き気するレベルですよこれ……この量が俺に向けられてるって考えると、ちょっと腹立ってきやしたねなんか)
「あ、すいやせんミッドナイト。選手宣誓の前にちっとばかし小咄しても良いですかね。いや、三分で済みやすんで」
「えー?なに話すのよ?……ま!面白そうだから許可しましょう!特に貴方は積もる話も在るでしょうしね!」
「いやすいやせん。ありがとうございやす。すぐ済みやすんで」
そう言って猩々はマイクをスタンドから取り、満面の笑みで言った。
『どうも、普通科の皆様方曰く、ヒーロー科最弱です(笑)』
空気が凍りついた。まだ春場真っ盛りなのに。
『ってぇとなんですかい?俺がヒーロー科最弱で、なおかつ入試一位通過者ってことは?ここにいる
凍った空気が怒りで煮立った。すぐに猩々に怒号と大量のブーイングが向けられるが、猩々は素知らぬ顔でにやりと笑って続けた。
『まぁ俺が最弱かどうか、皆さん方がクソザコさんかどうか、そんなの前評判からわかるもんじゃあねぇでしょう。誰が強いか?誰が弱いか?そんなもんは戦りあって初めてわかるもんだ。
皆さん色んな思いで今日っつー日に望んでるはずです。ならばそいつを、今みてぇなブーイングで発散するのはお門違いでしょう?だって俺達は、自分達の闘志を、実力を、証明する
圧勝も泥仕合も、安牌も下克上も、青春も実力も全ては手前で見せつけてやればいい!俺達にはそのための戦場が用意されてるんだから!!』
そう言うわけで、と一拍言葉を切って、猩々はマイクを持っていない左手を天高く掲げた。
『宣誓──
我々、生徒一同は、スポーツマンシップ──もとい、ヒーローとしての、ヒーローになるための心意気を胸に、正々堂々、全員が
生徒代表、1年A組、真庭猩々』
ブーイングはもう、鳴り響いてはいなかった。グラウンドは静まり返ったが、しかし内包する熱量は、先程のそれとは比較にならないほどに膨れ上がっている。
幕は上がった。戦士達は戦場に降り立った。最後の一つ、鬨も上がった。全てが揃い、準備は整った。雄英高校が誇る一大イベントが一つ。雄英体育祭が、ついに始まったのである。
批判でも良いから感想がほしいな、と思ったり(ボソッ