まにわにヒーローアカデミア 作:塩谷あれる
『雄英高校タイムアタックチャレンジメニュー』。それは、超常黎明期以降長い歴史を持つ、この雄英高校に長く存在し続ける『食』の試練。今まで、数々の大食い自慢の生徒や教員が挑み続け、そして膝を折ってきた、正しく『壁』と呼ぶに相応しき圧倒的な“量”と“質”を持った学食達である。
チャレンジ資格は、不屈の意志と燃えるチャレンジ精神。それさえあれば、『壁』は全ての挑戦者を平等に待ち受ける。しかしその高さと厚さ故に、それを乗り越えた者は数少ない。挙句の果てには、『壁』を超えた者には、一流ヒーローへの道が約束されるとさえ噂される程に。
ここで、過去歴代の『壁』超越者達を見て行こう。
イタリアン部門ッッ!!
その面積はまさに世界遺産級!濃厚なチーズが、挑戦者達を逆に喰らい尽くす!ピ○ーラ提携!真実の口マルゲリータピッツァ!!最短クリア者、後のNo.4ヒーロー『ベストジーニスト』袴田維!!クリアタイム∶38分43秒!
丼料理部門ッッ!!
360度、どこから見ても肉、肉、肉!!まさしくその様は肉のエレベスト!ダイナミック焼肉丼定食!!最短クリア者、後のNo.2ヒーロー『エンデヴァー』轟炎司!!クリアタイム∶16分51秒!
中華料理部門ッッ!!
無数の皿、無数の料理、無数の味。終わることのない皿の応酬!!中国四千年の歴史が、挑戦者に襲いかかる!!全チャレンジメニュー中最大カロリー量!マジ満漢全席!!!クリア者は唯一人――後のNo.1ヒーロー『オールマイト』八木典俊ッ!!クリアタイム∶30分19秒!!
噂は真実となった。『壁』を乗り越えた名だたるヒーロー達は、口を揃えてこう語る。『あの地獄よりはマシだ』――と!
この物語は、そんな『壁』に挑む、一人の少年のお話である。
小春日が注ぐ昼間の雄英高校の食堂に、一人の少年の姿があった。低い背、腰の辺りまでありそうな雑に伸ばした朱髪、その顔面を覆う、歌舞伎の隈取にも良く似た模様。全てをとっても異質に見えるその少年の名は真庭猩々。今日、『壁』を超えんとやってきた『挑戦者』である。
(おっ、彼は確か……)
厨房で料理をしていたクックヒーロー『ランチラッシュ』は、猩々の姿に気づいた。マスコミ騒動の日、揚げ玉うどんを頼んでいた彼だ。随分いい食べっぷりでうどんを啜っていたのを覚えている。さて、彼は今日は何を頼むのか。そう考えながら、鍋を振るっていると、猩々の注文の番が回ってきた。
「ハイハイ!何をご注文かな!?」
「チャレンジメニュー、『超激辛大盛りカツカレー』を一つ」
「「「!!!」」」
猩々の注文の後、食堂内が僅かにどよめいた。タイムアタックチャレンジメニューの一角、カレー部門『超激辛大盛りカツカレー』。それは、チャレンジメニュー発足から長らく存在し続ける、最も古く、しかし最も高き『壁』の一つ。その辛さと量ゆえにリタイア者が跡を絶たない、正真正銘曰くつきの一品だ。
クリア者は未だ――ただの一人として存在しない。
「本当に、良いのかい?」
「男に二言はございやせん」
試すように、確かめるように問いかけるランチラッシュに、猩々はきっぱりと応える。その顔に躊躇いや後悔の類は見えない。その姿にランチラッシュは一度だけ頷き、
「10分だけ待ってな!!」
そう言って厨房の奥へと入っていった。
(ふふふ……腕が鳴るね。アレを作るのは久々だ……!!)
必要な材料を取り出し、鍋を振るうランチラッシュ。ところで、聡明な読者諸兄ならば、本来カレーを10分で作ることが難しいことはよくご存知だと思われる。ましてや今回はチャレンジメニュー、使われるスパイスの数も、単純な量も、全てが雄英で常日頃から出されるカレーのそれとは異なっている。だと言うのに、どうやって10分で大量の激辛カレーを作ることができるというのか。その真相こそが、彼がこの、雄英の厨房を任されている理由そのものである。
「――す、すげェッ!!なんだあの野菜を切るスピード!手の動きがまるで見えねぇ!!」
「動きの全てに一切無駄がない……!あれが、プロヒーローの在り方ということか!」
厨房が見える場所から覗いていた生徒達が、ランチラッシュのその卓越した調理技術に思わず舌を巻く。そうしている間にも、調理は滞りなく進み、あっという間にカツカレーは出来上がっていった。まるで、彼のいる場所だけ、時が加速しているかのように。
――そう、ランチラッシュがクックヒーローたる、そして、雄英の厨房を任される最大の理由。それこそがこの、常軌を逸した調理速度である。より早く、そしてより美味い料理を人々に届けるため、彼は調理に速さを求めた。食材を切るスピードは勿論、加熱の時間もより削れるように。求め続け、追いかけ続け、そして辿り着いた彼の極致。究極の『時短』。無数の調理知識と、栄養学の観点から導き出される、究極の調理法。
かの稀代の天才料理人、沙代野弥生は、ランチラッシュをこう評価している。
――『こと早く、美味しく作るという点において、彼に勝る料理人なんて、この世界のどこを探しても存在しないでしょうね』――
『神業』、人々からそう呼ばれ、かの天才に称賛された調理法を以て、『超激辛大盛りカツカレー』は完成した。その調理時間はジャスト10分。予告通りの、完璧な調理だった。
「お待ちどおさま!超激辛大盛りカツカレーの出来上がりだ!制限時間は昼休みが終わるまで!さぁ!お上がりよ!」
猩々の目の前に運ばれてきたそれを見て、周りの生徒達は感嘆の声を上げる。赤い。たっぷりと盛られたルーも、瓦ほどの大きさもあるカツの群れも、兎に角赤い。色の濃淡はあれど、添えてあるサフランライスを除き、全てが赤い。食堂の照明に赤が照り、目が痛い程だ。
「……大丈夫?頭領さん。やめておいたほうが良さそうな気がするけれど」
猩々の隣に座る女子は、心配そうに彼の顔を覗き込む。しかし、それに猩々は笑って答えた。
「いやぁまさかでしょう。しっかしこれは美味そうだ。んじゃ、そういうこって――」
いただきます。両の掌を合わせて言ったあと、猩々はスプーンを手に取り、サフランライスと真っ赤なルーを口に運んだ。
「な、何だあの一年!?」
「絶対辛いと断言できるあのルーを、まるで呼吸するかのようにかっ喰らってやがる!!あ、アイツ、舌がおかしいのか!?」
猩々は、まるで流れ作業かのようにスプーンを持つ手を動かし、ルーとライスを口に運んでいく。
(辛い、そして美味い……!今まで食ってきた料理の中でも、三指に入る濃厚な良い辛さだ。香辛料の独特の香り、野菜やライスの旨味、その全てが溶け合い、完全に調和することで辛さが昇華されている……素晴らしい。俺にとっちゃ、最高のカレーかもしれやせん)
カレーの辛さと旨味に舌鼓を打ち、既に全体の1割程度を食べ終えながらも、猩々の心には疑問が浮かんでいた。
(……確かに辛い。ですが、この程度の辛さが、今まで多くの挑戦者達の心をへし折ってきたとは思えやせんね…。なんなら、バラエティ番組の激辛チャレンジをしてる方々にだって乗り越えられる辛味だ)
そう、辛さが薄いのだ。それは猩々が辛さに慣れているが故の錯覚というわけではなく、事実として、ある程度辛さに耐性があるような者ならば、頑張れば完食が叶うような、その程度の辛さだった。
この程度か、とやや落胆して猩々がカツを口に入れた、その瞬間だった。
「ッッ!!」
猩々の目前に火花が散った。異常なまでの辛さ。ただ触れただけで、焼けた鉄板を舐めたかのように舌が熱い。
(このカレーが突破不可能だった最大の理由がこれですかッッッ!!)
(ジョロキアを始めとした20を超えるスパイスを、特殊な調合によって辛さを倍増させて擦り込んで作った特製カツだ。並の辛い物好き程度じゃあ囓るのも
ランチラッシュが厨房から見守る中、猩々のスプーンを動かす手は止まっていた。辛い物が好物ということもあり、彼には辛いものに対する免疫に大層自信があった。その自分でも怯みかけるほどの辛さ。
辛さに熱された舌が冷気を求め、思わず手元の水に手が伸びそうになる。無理もない。このカレーのカツは、まさしく今までに無いほどの辛味成分を内包した、猩々の今までの人生における辛さの最高峰へと到達した存在。一度水を飲み、舌を休め、それから再びカツに挑戦するのが得策であると言えた。誰だってそうする、皆が考える当然の策。だが猩々は違った!
「な、何ィィィイイ!!?」
「一度止まった箸が、またスピードを上げただとッ!?」
(馬鹿な……それは自殺行為だぞ、挑戦者!)
猩々はなんとさらに、カツへと喰らいついた!水に伸ばした手を下げ、再び大量の激辛カツを食べ始めたのだ。その姿に、周囲の者は皆驚きの声と表情を浮かべる。
(ここで舌を休めれば、更に多くの水を舌が求めるのは必至……!一度ぬるま湯に浸かった人間が、そこに依存するのと同じ原理!ならば俺は舌を休めない!まずはこの、カツを全て喰らい切る!)
大粒の汗を流しながらも、先程よりもさりに速いスピードで箸を動かす猩々。その甲斐あってか、カツは見る見るうちに減っていく。そして、開始から六分、猩々はついに最大の難関、激辛カツを完食してみせた。
湧き上がる大歓声。しかしその中で――
(見事……だが、やはり下策だったな)
ランチラッシュだけがこの状況を正しく認識できていた。
カツは特大かつ多量。猩々の胃袋は、それだけで満杯になっていてもおかしくはない。それに対し、ルーとライスはまだ九割ほど残っている。いくら辛さに耐えられても、腹に入らないのでは意味がない。
(時が経てば経つほど消化が進み腹が膨れて尚の事残りを食べられなくなってしまう……残念だが挑戦者、君はここまでだ)
君の健闘に免じて、今日ばかりはお残しも見逃そう。ランチラッシュはそう考えながら、皿を洗おうと厨房に再び向かう。ランチラッシュの考えは正しい。確かに、普通ならば、瓦程の大きさのカツを何枚も食べれば、それだけで腹は一杯になるものだ。そう、
「す、スゴイぞアイツ!あんだけカツを食ったのに、まだ腹の中に入るのか!?」
「あの小柄な見た目でどんな胃袋してるんだ……えぇい!今年の一年は化け物か!?」
ルーが、ライスが、具材が、次々とスプーンによって掬い取られ、猩々の口の中へと吸い込まれていく。そのスピードは、やはり依然として変わらず、しかしその量は、間違いなく猩々の見た目に対し過剰と言えるものだった。
猩々がこの量のカレーを、依然として喰らい続けられているのには、猩々が純粋に異常なまでの健啖家である、という理由の他にもう一つの理由がある。それは真庭忍法・骨肉細工の存在だ。消化器官の機能を骨肉細工によって促進させ、胃袋内に放り込まれた食材を端から消化。余すことなく全てを栄養に還元し、体温を大幅に上昇させて脂肪となった余剰栄養分を燃焼、筋肉へと変えることで、胃袋のスペースを開けているのだ。勿論、食後の満腹感を含めての食事であるため、それを味わえる程度に消化速度は調節しているが。
「すげぇスピードだ!止まらねぇ!!」
「あ、あと少しだ!頑張れ一年!!もう二割もないぞーッ!!」
食堂の熱狂は更にボルテージを上げ、猩々への応援の声も聞こえてくる。その声に引き上げられるように猩々のペースも上がっていった。そして――
「……御馳走様でした」
目を閉じ、掌を合わせ、ゆっくりと猩々は、戦いの終わりの合図を口にした。高まった熱狂はそのまま歓声と、猩々への拍手に変わる。中には猩々の方へと寄ってかかり、労いの声をかける者もいた。
「そうだ!タイムは!?計測係!!」
「はい!し…衝撃の結果が出ました!タ、タイム……」
猩々の近くでタイム計測を任されていた生徒が、タイマーを起動させたスマホを片手に、声を震わせて口を開いた。彼の慌てぶりに周りの皆の期待値も一層高まった。皆その熱狂ぶりに時間を忘れ、どれぐらいの時間が経ったか今一掴めていないのだ。
計測係の言葉を待ち、食堂がしんと静まり返る。最早唾を飲む音さえ聞こえてきそうな程の静寂に辺りが包まれたその時、計測係は再び口を開いた。そして出された結果は――
「9分43秒!!全チャレンジメニュー挑戦者内最速記録更新です!」
チャレンジメニュー初挑戦にして最速記録更新、10分を下回る好タイムという大快挙だった。その結果に、食堂に再び歓声が巻き起こった。歴史が変わる瞬間。伝説が塗り替えられるその現場に居合わせたのだ。無理もないと言えるだろう。
「……見事だったよ」
「あ、ランチラッシュ!!」
皿を洗いながらも、猩々の奮闘を最後まで見守っていたランチラッシュが、最速で皿洗いを済ませて猩々の方へとやってきた。
「正直、またクリアは不可能だろうと思っていたよ。それこそ――あぁ、君にこの『超激辛大盛りカツカレー』がクリアできなければ、このメニューをチャレンジメニューから降板させる腹積もりでさえいた」
「ランチラッシュ……」
「だが、魅せてもらったよ。君のようにガッツのある生徒がいるなら、この料理にも、まだ輝ける居場所はある。まだこの料理には、更に求められる
いやぁ、それはどうだろう。食堂の生徒達の思いが一つになる。というか、七味山盛りうどんをかっ喰らう猩々でさえ一瞬諦めかけたレベルのカツの辛さは良い加減ナーフすべきだ。なぜこのままにしておいているのか、コレガワカラナイ。
「美味しかったです。また、次も期待してやす」
「あぁ、楽しみにしていたまえ。最高の料理を提供しよう」
そんな生徒達の思いも素知らぬと言わんばかりに、猩々とランチラッシュは熱く握手を交わしていた。何やら、調理者と食事者の間で感じるところがあったらしく、二人の間には、友情のようなものが芽生えていたことは確かだった。
因みにこの一件が、雄英高校に存在するタイムアタックメニューの全てを踏破し、『
なお、それを間近で見ていた雨垣が、しばしば胸焼けしたらしく顔をしかめているのが見られるようになるのも、また別のお話だ。
本編最新話書いてたら筆が乗った。後悔はしていない。